正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

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発行日 2017.3.27                 
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【1】 読書日記 А慄榲は間違っている心理学の話』

【2】 読書日記◆А愃眄から読みとく日本社会』

【3】 連載 ユリーの星に願いを・第14回「素直さを疑う」

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【1】読書日記 А慄榲は間違っている心理学の話』

 アメリカでも日本以上に「通俗心理学」がTVや雑誌を賑わしているよう。

 役に立つ知識もありますが、中には科学的根拠がなく、使った人が不幸になってしまうようなものもあります。

 『本当は間違っている心理学の話――50の俗説の正体を暴く』(スコット・O・リリエンフェルド他、化学同人、2014年3月)は、そんな状況に危機感をもった心理学者が、すべての「通俗心理学」を検証して書いた本です。

 根拠のない「通俗心理学」を信じることのデメリットは、たとえば「本当に必要な援助を受けられなくなること」また「ほかのこと全般にも、正しくものを考えることができなくなること」だと著者はいいます。

 読書日記に、著者が「心理学神話」だという50項目を抜き書きしてみました。さあ、あなたはこのうちどれくらいを信じていたでしょうか?

●「問題は、真に必要な援助が受けられなくなること」――『本当は間違っている心理学の話』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51954524.html 

 なおこの中にはありませんが、わが国の「心理学神話」の最たるものは、「血液型性格診断」。東大のある心理学研究室では、1年生に「血液型診断はウソです」と告げると、「えーっ」と声が上がるそうです。

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【2】読書日記◆愃眄から読みとく日本社会』

 気鋭の財政社会学者の新著『財政から読みとく日本社会――君たちの未来のために』(井手英策、岩波ジュニア新書、2017年3月)を読んでみました。

 大人にもわかりやすく、日本財政の「これまで」と「今」を解説してくれます。縁遠かった財政が身近に感じられますが、同時にその財政の背景にある日本社会のユニークさや危うさもみえてきます。

 行き詰まり感をみせる財政に著者の提言は…。ご関心のあるかたはこちらの読書日記をご覧ください。

●「必要」を分かち合う、人間の時代を財政で――『財政から読みとく日本社会』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51954542.html 

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【4】 連載 ユリーの星に願いを・第14回「素直さを疑う」
By ユリー
 ユリー:マーケティングコンサルタント。人と組織のメカニズムに高い関心
を持つ仏教学習者。40代女性。
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 こんにちは、ユリーです。
 2月から3月は決算やら来期の準備など目の前の事務処理に追われてしまい、この短い原稿を書くだけの思考も止まってしまいました。まだまだ文章修行が足りない私です。

 先日、ある知人の長所について考える機会がありました。知人を仮にA氏としますが、A氏を知る誰もが口を揃えて言うA氏の長所は「素直さ」でした。

 確かにA氏はとても素直です。例えば私が何かアドバイスをすると「はい、わかりました。そうですね。」ととても物わかりよく素直に聞いています。私のアドバイスはかなり具体的なことを伝える場合が多いのですが、それらのアドバイスはうまく活用している様子ですが、ときどきとんでもないトラブルをおこします。

 そんなことを振り返っているうちに、A氏が陥るトラブルパタンはいつも同じ原因だということがわかってきました。

 それは、A氏の「素直さ」が周囲の誤解をうみ、認識のズレをおこしているという現実です。A氏は、誰の話も素直に「はい、そうですね、わかりました。」という礼儀正しい態度で聞いています。その態度は好感度が高く、周囲はA氏に対し、素直で物わかりよい好人物という評価をします。

 しかし、A氏は「本当にわかった。」わけではなくて「承りました、持ち帰って上司に確認します。」レベルの「わかりました。」を言っているにすぎないということがみえてきました。しかし、残念ながら、今のA氏に上司はいません。起業して3年目の社長です。周囲は社長としてA氏をみていますが、A氏の中身はサラリーマン時代のままだったのです。

 実際、サラリーマン時代のA氏の主な仕事は「わかりました。承りましたことは、上司に確認してご連絡します。」と言うこと、つまり秘書でした。とても優秀な秘書でした。

 その秘書の当時と同じように礼儀正しく物わかりよく「わかりました。」と言ってしまえば、相手は社長であるA氏に自分の話が通ったと理解します。
しかし、実際には、A氏は秘書として身についてしまった習慣的な「承る」モードで相手の話を聞いているにすぎません。

 内容を詳細に理解し、判断力を働かせながら相手の話を聞いているわけではないのです。ここがトラブルの原因になっていると私は見立てています。

 素直さはA氏の長所であり大きな武器だと思いましたが、現状では、それこそがA氏の成長や会社の成功を妨げる足手まといになっているように思えます。

 A氏の抱えるこの問題をどうやって解決していくか?
 私も頭を抱えています。
 が、これこそ私の今年のテーマである「アンラーニング」の実践です。挑戦すべき課題ですので、経過をご報告させていただきます。

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 ┃今日の一筆箋  
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 大相撲春場所は負傷した稀勢の里が優勝決定戦で逆転優勝。心揺さぶられる幕切れでしたね。誠実な人柄の人の「ここ一番」の気力のすさまじさが印象的でした。負傷した左肩をゆっくり養生していただきたいものですね。

〈お詫びと訂正〉
 前回3月22日号では、「わが国の幸福度はOECD加盟国中最下位」としていましたが、これは「G7中最下位」の誤りでした。確認不足で、大変申し訳ありませんでした。お詫びして訂正いたします。

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 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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画像財政から読みとく日本社会

 『財政から読みとく日本社会――君たちの未来のために』(井手英策、岩波ジュニア新書、2017年3月)を読みました。

 気鋭の財政社会学者の本。このところ著者は若者向けの本の執筆が増えています。この本は大人にもわかりやすく日本財政の「これまで」と「いま」を解説してくれますが、日本独特の寒々しい現状をいやでも再認識させられます。

 若者という読者を想定しているためか、印象的な呼びかけのフレーズがたくさんあります。

「この本は君たちだけの本ではありません。まだこの世に生を受けていない、君たちの次の世代の子どもたち、つまり、将来の若者たちが大人になった君たちとつながり、ゆたかな将来を見とおすことができることを願って書かれます。」

 財政とはそれぐらい気の長いいとなみだ、それを国民にわかってもらうことに歴代内閣は成功してこなかったが著者はあえてその困難に挑もうとしているのだ、と知らされます。

 
 日本の財政と社会を読みとくキーワード、それは「勤労国家」であり自己責任社会だ、と著者はいいます。

「『勤労国家』の枠組みのなかで大切にされたのは、自助努力や自己責任でした。勤労にはげみ、所得を増やして貯金をする。子どもの教育費、病気や老後へのそなえ、住宅の取得、将来の人生設計を自分でおこなう自助努力と自己責任の社会。それを『奥さん』、コミュニティ、企業がささえる社会。これらの条件が小さな政府を可能にしてきたのでした。」

 だが「勤労国家」にはひとつの大きな前提があった。それは経済成長。バブル後、この土台が崩れ、「総額に気をつかう財政」という日本財政の特徴が再登場した。増税もままならないまま、さまざまな「ムダ」を発見し、これを批判しては削り、増えていく社会保障の穴を埋めた。そこでは公共投資、特殊法人、公務員や議員の人件費、地方自治体への補助金、生活保護の不正受給、震災復興予算と、次から次へとムダ使いのレッテルがはられ、削減や抑制の対象とされていった。

 著者はこれを「袋だたきの政治」と呼びました。じつは、このような袋だたきの対象となっているのは、地方や低所得層といった社会的に弱い地域、弱い人たちです。都市部へと人口の集中が進み、中間層が貧しくなっていくなかで、こうした弱者へのやさしさが少しずつうしなわれていった、といいます。

 生活保護費の不正な受給は全体の0.4%程度なのに、多くの人々は受給者を疑いのまなざしで眺め、メディアも不正受給があたかも日常茶飯事であるかのようにとりあげる。

「この本のなかで何度も考えてきた痛税感、租税への抵抗は、仲間とは思えない『他人』に対して税をとられることの痛み、反発なのかもしれません」


 このあと著者は居住地の小田原市のあるエピソードから、「税とは共感なんだ」と学ぶ。
 共感は――、ホルモンの働きからいうと「信頼」とも言い換えられる。「スピード・オブ・トラスト」、信頼社会の意志決定のはやさはいろいろなところで経験する。小さいサイズの自治体であると、それはできやすいかもしれない。

 著者は信頼感の低いわが国社会を背景に行き詰まる財政の突破口として、「だれもが受益者」という財政戦略を挙げる。貧しい人だけに〔再分配」するのではなくお金持ちも受益者にすることによって、格差は和らぐという。大きな財政となり増税は当然避けられないが、所得制限をなくして受益者の数を増やしている国では、総税収が大きくなるのだという。

 財政とは「必要」と価値判断、哲学の思惟のかたまりなのだ。またそのよってたつ社会を映す鏡なのだと、この分野に疎いわたしにも刻みつけられました。

 もういちど著者の印象なことばを、あとがきから。

「このくたびれた社会を君たちにゆずりわたす瞬間、それは僕たちが『歴史の加害者』になる瞬間です。歴史の加害者になるのは簡単です。ただだまって見ていればよいのです。傍観者になりさえすれば、君たちはこの生きづらい社会をさらに生きづらい世の中にし、次の世代の子どもたちにそれをあっさりと『受け伝え』ていけることでしょう」

 分野こそ違え、おおいに共感することばだった。

本当は間違っている心理学の話画像

 『本当は間違っている心理学の話――50の俗説の正体を暴く』(スコット・O・リリエンフェルド他、化学同人、2014年3月)を読みました。


 ワイドショーなどで「心理学」をおもしろく扱ったコーナーが受け、そこで言葉巧みに語る見た目の良い心理学者に人気が集まるのは、このところ日本でもお馴染みの光景ですがアメリカのほうが一歩先を行っているよう。そこで間違った心理学知識が流布していることに危機感を抱いたまじめな心理学者の側からの本です。


 アメリカの「通俗心理学」を初めて広く見渡した本。筆頭著者のスコット・リリエンフェルドはエモリー大学の臨床心理学教授で、人格障害の原因、精神疾患の分類と診断基準、エビデンスに基づく診療の推進などのほかに、心理学の哲学、科学的思考法、疑似科学などを研究している人だそう。


 一般人にわかってもらいたい仕事のためか、「ですます」体の訳文で平易に書かれています。「(愛着のある)常識に反することをわかってもらう」という仕事のむずかしさ、私もつとに経験するので頭が下がります。

 
 この本によると――。

 
●通俗心理学の神話レベルの多くのものは、人間の特性についての誤解を生むだけでなく、日常を生きていくのに賢明でない、間違った決定を招きかねないのです。

●問題は、通俗心理学産業が科学的証拠に基づくような顔をして、助言をまき散らすことなのです。たとえば、ある有名なトークショーに出ている心理学者はいつでも恋愛関係では「こころの流れに身を任せよ」と強いています。たとえこの助言が人間関係をダメにしてしまう場合にでも、そう助言するのです。

●私たちは全員いわば心理学者である。友人、家族、恋人、見知らぬ嫌な奴らをどうすればよいか理解しようと努め、彼らがすることの理由を理解しようという気持ちに駆られます。

●通俗心理学には十分に支持できる主張もありますが、一部の主張はそうではないというのは困ったことです。

●私たちが心理学神話にいとも簡単に誘惑されてしまう理由は、それが常識をもてあそぶところにあります。予感や直感、第一印象などを揺さぶるからなのです。

心理学神話は有害でもある。
 経済学者は、「機会費用」とは、人間が有効でない処置を求めることで真に必要な援助が得られる機会を逃してしまうことをいう、としています。たとえば、意識下で作用する自己啓発テープが体重を落とすのに有効であると間違って信じている人が、時間、お金、努力を有効でない無駄な処置に費やしてしまうことをいいます。その人たちは実際に価値のある、科学的な基礎を持つ体重提言プログラムを見逃してしまうことになるのです。

心理学神話を受け入れるとほかの分野でもきちんと考えることができなくなる。
 たとえば心理学のような科学的知識の一つの分野で、現実から目をそらして神話と区別しなくなると、現代社会で遭遇するさまざまな、非常に重要な分野での嘘から事実を見分けることもまたできなくなってしまうのです。…知識は力であり、無知は無力なのです。

――これですねー。わたしが間違った言説が流布することにやたらとイライラする理由は。それらを信じる人たちとは、永遠に同じものを見て同じ結論に達する基盤が失われるということですから。そしてまた近年のイライラの種は、「子どもをどう育てるか」についてあまりにも隔たりがあることであります。可哀想なのは子どもさんです。


●神話の正体を暴くことはリスクも伴います。ときには、間違った考え方をただすことが、かえってその考え方がもっともらしいと誤解するような逆効果をもたらします。というのも、人びとは発言そのものよりも「警告タグ」を記憶していることが多いからです。

●幸い、心理学の学生はたとえば「われわれは脳の10%しかその能力を発揮していない」というようなことは心理学的に間違っていると、心理学の授業をとっていない学生よりも理解しているという研究があります。教育は人々の中にある心理学神話の間違いを減らすことができるという望みを与えてくれるものです。


 そしてこの本は、日常生活の中で心理学的な主張を上手に評価するのに大切なのは「批判的思考」であること、心理学的な話を決してすぐには受け入れないこと、いつも精査する、自分がこれは正しいと思っていることに疑問を投げかけることを勧めています。
 
 この本が扱った「50の神話」のタイトルを抜き書きしておきましょう:

神話1 人は脳の10%しか使っていない
神話2 左脳人間と右脳人間がいる
神話3 超感覚(ESP)は科学的に確立された現象だ
神話4 ものが見えるのは、眼から微細な物質が出るからだ
神話5 サブリミナル効果でものを買わせることができる
神話6 モーツァルト効果で子どもの知能が向上する
神話7 青年期は心理的に不安定な時期である
神話8 40代から50代前半に中年の危機が訪れる
神話9 高齢者は不満が多くなり、心身ともに衰えが増す
神話10 余命を知ると、誰もが同じ心境の変化を経験する
神話11 人は過去の出来事を正確に記憶している
神話12 催眠術で忘れた記憶を取り戻せる
神話13 トラウマ的な出来事の記憶は抑圧される
神話14 記憶喪失者は過去の人生をすべて忘れる
神話15 IQテストは特定の人には不利になる
神話16 試験に自信がないなら、最初の直感を信じるのが一番
神話17 ディスクレシア(読み書き障害)の特徴は逆さ文字である
神話18 生徒の学習スタイルに合った指導で最高の学習効果が得られる
神話19 催眠は目覚めているのとは違う「トランス」状態である
神話20 夢には象徴的な意味がある
神話21 睡眠学習は効果的な方法である
神話22 体外離脱体験の間、意識は身体から離れる
神話23 嘘発見器は確実に嘘を見破る
神話24 幸せは生活環境で決まる
神話25 潰瘍の原因はストレスだ
神話26 ポジティブ思考でガンを克服できる
神話27 自分とは違うタイプの人に惹かれる
神話28 緊急時、数多ければ安全である
神話29 男女のコミュニケーション方法はまったく違う
神話30 怒りは抱え込まず発散したほうがよい
神話31 同じ環境で育てられた子どものパーソナリティは似ている
神話32 遺伝的な特性は変えることができない
神話33 自尊心の低さが心理的問題の原因だ
神話34 幼児期の性的虐待は、深刻なパーソナリティ障害を引き起こす
神話35 ロールシャッハ・テストでパーソナリティがわかる
神話36 筆跡にはパーソナリティが現れる
神話37 精神医学的診断名は差別のもとになる
神話38 自殺するのは重いうつ病患者だけだ
神話39 統合失調症患者は多様なパーソナリティを持つ
神話40 アルコール依存症の親を持つ子どもはすぐにわかる
神話41 幼児の自閉症が急増している
神話42 満月の日には精神病院への入院と犯罪が増える
神話43 精神病の人は暴力的である
神話44 犯罪プロファイリングは事件解決に役立つ
神話45 犯罪者の多くは心神喪失で罪から逃れようとする
神話46 自白する人は実際に罪を犯している
神話47 臨床場面で一番頼りになるのは専門家の判断と直感だ
神話48 アルコール中毒の現実的な治療法は禁酒である
神話49 幼児期の問題に対峙させる心理療法は効果がある
神話50 電撃(ショック)療法は残酷で身体にも悪い

 本文が330pの本なので全部を丁寧に読んでいないのですが…、個人的におもしろかったのは神話37「精神医学的診断名は差別のもとになる」という神話のくだり。とくに子どもさんがADHDと診断されたとき、学校の先生のその子に対する好意の感情がUPしたというのが私的にはヒットでした。


 アメリカの「良心的な心理学者」の仕事。リリエンフェルドの仕事は同業者のキース・E・スタノヴィッチ(『心理学をまじめに考える方法』の著者)からも賞賛されていました。さあ日本にはこういう仕事をする心理学者はいるのかな…。


 


 精神科医で、家族機能研究所所長の斎藤学氏から、『嫌われる勇気』についてのコメントをいただいた。斎藤氏は日本のトラウマ治療者としては草分け的な存在で、NPO法人日本トラウマサバイバーズユニオン理事長を兼任するなど、トラウマをもつ人の支援も行ってきた。

 フロイディアンである同氏からは、「フロイトをよく知らないでフロイトを批判している」「アドラー1人が屹立して他はダメだというのはどうか」と厳しい言葉があった。


 斎藤氏はコメントを引き受けられたあと『嫌われる勇気』を取り寄せて読まれたうえで、非常にきっちりとしたコメントをくださった。
 他の多くの先生方もそうだが、斎藤氏のコメントを引き受ける姿勢、コメントする姿勢には、とりわけ「これぞ知識人」と感銘を受けるものがあった。

 ご了承をいただき、謹んでブログに掲載させていただきます。


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 いい本だと思います。読みやすいし。しかしアドラーの心理学ではないな。
 著者がプラトンを研究している人ということなのでそちら側に引き寄せているのかも。アドラーの中の著者たちにわかりやすいところを抜き出している印象。

 しきりにフロイト的因果論を否定しているが、そもそもフロイト的因果論などというものはない。フロイトと言っても、初期、中期、晩期で言ってることはまったく違うんですよ。例えばフロイトは1886年に『ヒステリーの源流』で大人の子どもに対する誘惑(性的児童虐待)が後年子どもの神経症を作ると言った。その後彼自身が、この仮説を引っくり返してしまう。「フロイトの撤退」と呼ばれている事態で、その代わりに登場したのが「子どもは親たちからの被害を空想するものだ」というファンタジー説。そのファンタジーの中身が「エディプス・コンプレックス」です。

 ところが今の精神医学では彼が引っくり返す以前の説のほうが正解ということになっていて、児童期のインセスト・アビューズ(近親姦虐待)の成人になってからの障害(例:境界性パーソナリティ障害)をどう治すかということが課題になっています。1970年代以降、フロイトの空想説によって消えかかったシャルコーからジャネを経てフロイトにつながる外傷体験説が復活して今のPTSD論の一部を構成しています。脳図像学の発達によって心的外傷による海馬体の萎縮などが明らかになっているので、単なる「論」や「仮説」を越えた実体として治療対象になっているのです。

 確かに「子どものころ親に虐待されました。」で終わっては治療にならない。例えば私は外傷性記憶の曝露療法というものをやっています。外傷体験を言語化するのは苦しい。しかし過去を明らかにすれば治るなんて誰も考えてないので、目の前に居る患者の人格障害や解離性フラッシュバックという、「今、ここ」の苦痛の解消が私たち治療者の仕事です。他者に向けて外傷体験を曝露するという作業はあまりに痛いので、過去の外傷そのものは大した痛みでなくなり、過去のとらわれから解放されるのです。 

 以上がひとつの例で、この本には誤解(あるいは省略)が多すぎる。とは言っても私はこの本全体を否定するつもりはないのです。正しいこと、常識的なことも多いのですが、その多くは既にフロイトやその後輩たちによって吸収されてしまっています。例えばサリヴァンなどを読むと、アドラーとの類似に驚くでしょう。アドラー1人が屹立していて他はダメだといい、フロイトを否定して敵を作って叩いて売っているというのは商法ですよね。フロイトをよく知らないでフロイトを否定している。読む方はそんなことどうでもいいでしょうけれど。

――教育心理学の分野などでも常識の逆張りを狙って明らかに間違いということがベストセラー本に書かれ、学識経験者はあまりにもバカバカしいからと黙殺しているとそれが一人歩きするということがよくあります。

 変だよね、ということはいっぱいある。
 「承認欲求を否定せよ」などは、単なるレトリックですよね。あとの方で自己受容はいい、と言っているじゃないですか。受容は承認されることで生まれますから。何も根本的な違いはない。
 「トラウマは存在しない」という言い方は派手ですが、上に述べたように誤りです。アドラーは「トラウマは無い」と言っているのではなく、「トラウマを含む過去にとらわれてはいけない」と言っているのです。

 アドラーの代表的仮説である劣等コンプレックスや器官劣等性の概念は外傷体験というものを前提にした因果論そのものじゃないですか。これらはアドラーの代表的著作「Adler, A: Der Aggressionstrieb in Leben und in der Neurose.〔『日常生活と神経症における攻撃欲動』〕」(1908)に収められていますが、記述の仕方そのものが精神分析です。アドラーの著作は彼が望んだか否かは別として、精神分析を補完するものです。

 アドラーの評価を語るに当たっては、エレンベルガ―の書いた『無意識の発見』(第8章,邦訳,弘文堂)が参考になります。そこではアドラーに100頁ほどが当てられています。その前の第7章はフロイトに当てられていて、こちらは約200頁。公平な評価で、アドラーがフロイトに比肩される心理臨床家であることには間違いありません。その点、この本(『嫌われる勇気』)はアドラーを誤解させますね。

 アドラーは1902年から1911年まで精神医学会の4人の理事の1人でした。
 アドラーは、フロイトのエディプスコンプレックス仮説を受け入れられなかった。リビドーとは無関係に発生する攻撃性や権力意志が存在すると説いたのです。そしてそれは後期のフロイトによってもタナトス(エロスと対立して自己破壊に向う衝動)という言葉で説明されています。それと、アドラーはトロツキーの友人でもある社会主義者でした。フロイトは同じくユダヤ人の医者ですが、金持ちばかりを診ていたし、本来「大学の人」でウイーン大学の客員講師(後に客員教授)でした。アドラーにはこうしたことへの反発もあって、フロイトたちから離れたのではないでしょうか。

 1911年以降のアドラーは大衆への説教者になっていきます。説教をして、社会共同体の向上をはかる。これが何につながるかというと、自己啓発ですね。デル・カーネギーや『7つの習慣』などの。専門家でもなくて。扇動者とまで言わないが、大衆を集めて真理を説く人の元祖になりました。

 1920-30年のアドラーは社会状勢の読みがよかった。早々とアメリカに移ったので。フロイトのようにナチの迫害にも遭わなかった。恵まれない人たちの人間共同体にどう関心を向けるのかに力を注いだ。啓発者としてのアドラーですよね。その件に関してアドラーは偉大です。

 この本(『嫌われる勇気』)について憂慮するのは、この本を鵜呑みにする「無智な大衆」の中に大かたの精神科医も入ってしまうことです。実は医学生の訓練課程ではフロイトの「フ」の字も習いません。精神科医になってからも同じことです。未だに精神分析は学びたい者だけが時間とお金をかけて、苦労して身につけるものなのです。

 今や患者さんのほうが精神療法をよく知っています。自分が困っていますから真剣に勉強します。しかしその中には、ネットの解説だけでわかった気になってしまう人たちも出てくる。この本は150万部も売れているそうだから、わかった気になった患者がわかっているつもりの精神科医と出会うことも多々あるでしょう。

 そんな人の中で「トラウマはない」とか「過去は要らない」みたいなことが常識になれば、そういう親たちに育てられた子どもたちの問題が深刻なことになるでしょう。

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【1】 世界幸福度報告書が教えてくれるもの:幸福と不幸のカギは

【2】 「アドラー心理学批判、楽しみにしています」

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【1】世界幸福度報告書が教えてくれるもの:幸福と不幸のカギは

 3月20日の「世界幸福デー」に国連が発表した「世界幸福度報告書2017」では、調査対象155か国中ノルウェーが1位に、そしてわが国は51位となりました。G7加盟国(※注)では最下位でした。
 このWEBページを少し詳しくみてみました。
>>http://worldhappiness.report/
 ノルウェー、デンマーク、アイスランド、スイスの上位4か国は福祉、自由、寛容さ、正直さ、健康、収入、良い統治の6つの指標でいずれも高得点でした。わが国は、「選択の自由」と「寛容さ」の2つが低かったということです。
 またわが国は昨年の53位と比べるとやや順位を上げました。ただし、報道されませんでしたが、10年前と比べると大幅に幸福度が下がっています。2005―07年までの幸福度と14年―16年の各国の幸福度を比較したところ、日本の幸福度の伸びはマイナス。―0.447で調査対象126か国中、106位でした。
 幸福あるいは不幸を決めるキーファクターは先進国では「精神の健康」でした(途上国では「収入」のほうが上位になっています)。
 報告書は、「鬱と不安障害を減らすだけで、不幸を減らすことができる。これはもっともコストの低い幸福増進法だ」と提言しています。
 子どもさんの幸福に関しては、「学歴」よりも子ども時代の「感情の健康」「行動」が、大人になってから満足度の高い人生を送れるようです。そして、子どもさんの「感情の健康」と「行動」を左右する要素は、「お母さんのこころの健康」と「学校」でした。
 また、「仕事の幸福」では、やはり「失業」は人生の満足度を大きく低下させる要因でした。またマニュアル労働では全般的に幸福感が低いこと、給与以外にワークライフバランス、自治、多様性、仕事が確保されていること、ソーシャルキャピタル、健康や安全のリスクなどが幸福感を左右することなどを指摘しました。
 働く人の幸福感が高ければ生産性も向上し業績向上が見込まれます。改めてそのことを認識させられる報告書でした。

※注 メルマガでは「OECD加盟国」としていましたが、これは「G7」の誤りでした。こちらでは修正しました。お詫びして訂正いたします。

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【2】「アドラー心理学批判、楽しみにしています」

 3連休の間、マネジャーの知人から急にお電話がありました。
「社内がギスギスしています。社長がアドラー心理学に傾倒して『嫌われる勇気』ほかを読んでいるんです。社員同士互いに意思疎通がなく、情報共有がされません。業績は低下しています」
 この知人は久しぶりに『嫌われる勇気』を読んでみたところ、気分がわるくなってしまったということでした。知人は鬱歴があり、再発してしまった可能性もあるとのことです。
「最近アドラー批判をされてないですね。どんどんしてください。楽しみにしています。私だけではないと思います」
 さて、どのぐらいこのような方がいらっしゃるのでしょうか。
 私は3年前『嫌われる勇気』をひと目みたとき、「これでは職場は上手く回らないだろう。みなさん、すぐそのことに気がつかれるだろう」と思いました。それが翌年には韓国、台湾、中国と発売され、いまやアジア全体で400万部のメガヒットになってしまいました。
 日本発でこんなグロテスクな本を産みだしたこと、今もヒットの数字をたのみになんら正当性のないものをはびこらせていることに、悲しみと無力感をおぼえます。
 『嫌われる勇気』に関する最新の批判記事はこちらです

●オールオアナッシングか、非断定口調か――『嫌われる勇気』『認められたい』『行動承認』を検証してみた
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51953894.html 

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 ┃今日の一筆箋  
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 前回3月13日発行号では、うっかり冒頭に記載する発行日を「2月27日」としてお送りしてしまいました。大変申し訳ありませんでした。

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 『嫌われる勇気』のオールオアナッシングの断定口調ぶりを、数字で検証してみた。

 とりあえず先日『暴力の人類学』(下)で学んだ、「統合的複雑性(integrated complexity)」の初歩のところを調べてみることにした。


 『嫌われる勇気』の文章の中の断定的な単語を抜き出し数える。「すべての」とか「あらゆる」とか「何もない」「誰も…しない」「いつも」「必ず」「絶対に」「無条件の」など。

 数えてみると、著者らのあとがきを除いた本文で349個。本文283ページ、1ページあたり1.23回断言口調があったということになる。ちなみに「すべての人の悩みは…」のように多用された「すべて」という語は55回登場した。一方「非断定的」な単語も数えてみた。「ほとんど」とか「基本的に」「多くの場合」など。こちらはわずか29個で、1ページあたり0.10個だった。

 これだけでは多いのか少ないのかよくわからないかもしれない。そこで、比較対象に先日読んだ『認められたい』(ヴィレッジブックス)をもってきてみた。熊代亨氏、怒るかな。

 『認められたい』に比較的よく出てきた「断定語」は、「〜だけ・〜ばかり・〜しか」などの語の後ろにつけて限定するもので、これが35回で最多だった。その次が「まったく(ちっとも)〜しない」で16回。全体では185ページに158回登場して、1ページ当たり0.85回。「非断定語」は133回で、0.72回/ページ。



 どちらの本もページあたりの文字数は同じようなものだが、念のためちゃんと字数を調べることにした。といってもおおざっぱに各ページの行数と1行当たり字数を数え、それにページ数を掛けて400字で割る。すると『嫌われる勇気』は505.155枚だった。『認められたい』は330.225枚。

 こうして分母をそろえたところで比較してみると下記のようになった(数字はいずれも400字詰め1枚あたりの出現回数)

『嫌われる勇気』
断定語   0.69
非断定語 0.0057

『認められたい』
断定語   0.48
非断定語 0.40

 やはり、『嫌われる勇気』の断定語が多いのがわかる。『認められたい』の1.5倍。アドラー自身は、「親相手に断定口調でものを言ってはいけない」と言った人なのだが。

 『嫌われる勇気』では非断定語が極端に少ないが、これは断定語を使いすぎて非断定語を使う余地がなかったのだろうか。あるいは非断定語を使うと自信がないように見えてしまうからだろうか。
 断定語の「すべて」を多用したり、「〜ばかり」「ちっとも〜しない」といったフレーズを読まされていると、それらの言葉の背後にある刺激の強い言葉で注目を集めたい幼稚な自己顕示欲か、あるいは他人への拒絶の姿勢、他人の行動に向ける強い嫌悪の視線のようなものを感じて、わたしなどは気分が悪くなってくる。だからこの本を最初読み通せなかったのだ。
 しかし自己啓発本の読者はこういう言葉が好きなのだろう。最近も筋トレを自己啓発に応用して「あらゆる悩みは筋トレで解決する」というフレーズをみた。断定語はマッチョでもあるようだ。

 またおもしろいのは、『嫌われる勇気』では「断定語」を「青年」も「哲人」も「地の文」も、それこそ「みんなが」言っている。三者とも「断定語」の使い手なのだ。こういうオールオアナッシング思考や過度な一般化の思考は、認知行動療法では「認知の歪み」と呼び、鬱になりやすい思考だからカウンセラーは修正を図ろうとするものだ。しかし『嫌われる勇気』の世界では、青年だけが「断定語」の使い手なのではなく、「哲人」も果ては「地の文」さえも「断定語」を使うのだから、始末におえない。狂気の世界に巻き込まれそうだ(途中、「哲人」がとってつけたように「神経症の人は『すべて』と言いやすい」云々と言うくだりもあるが、その「哲人」自身が「すべての」「あらゆる」を連発している)




 いっぽう『認められたい』は、極端から極端ではなく、もっと狭い振れ幅のなかでロジックが動く。
「○○な人も、××な人もいるでしょう」
「そうかと思うと、△△な人もいます」
等。
 文章が「キラキラ」でないから、わたしなどは安心して読める。一方、「キラキラ」文章ばかり読んで中毒になっている人だと、何が書いてあるかマイルドすぎてよくわからないかもしれない。
『認められたい』では、「〜だけ」「〜ばかり」が登場するのは、おおむね行動傾向が偏っていて特定の行動ばかりとりがちな人に向けられている。戒める文脈である。


 なお、こうして「統合的複雑性」を調べてみたが、
 1月にUPした『暴力の人類史』(下)の読書日記で、

 「統合的複雑性があまり高くない言語を用いる人々は、フラストレーションに対して暴力で反応したり、戦争ゲームに参戦したりする確率が高い。」

というフレーズがあることにも注意したい。それからしても『嫌われる勇気』を好んで読んでそれと同じ言語を使う人々がほかの人と平和的に共存できるとはとても思えない。





 ついでに便乗して、わたしの拙著『行動承認』の紙版も同じ尺度で測ってみた。

『行動承認』
断定語  0.26
非断定語 0.25

 断定語も非断定語も3冊の中で圧倒的に少なかった。3年前の本。

 これにはわけがあって、「統合的複雑性」の概念は執筆当時知らなかったが、この本のミッションというのはそもそも、読んだマネジャーに気持ちよく実践したいと思ってもらうこと。そのために、

,笋譴个垢瓦だ果の出るものだとわかってもらう
△靴し、反感を買ってはいけない。

 著者のわたしの語り口に少しでも強引なところがあったら、良識的なマネジャーは「引いて」しまう。「すごい成果が出ることは言っているけど優しい語り口でいっさい強引さのないロジック」という難しいかじ取りが必要だった。
 そのために断定語を極力省いた。非断定語も、恐らく使うとあいまいな印象を持たれてしまうのを危惧して省いた。数字で言えるところはできるだけ数字で言った。

 そういう工夫が読んだ人の「やりたい」と前のめりになる気持ちに直結しているかどうか――。

 でも自分が工夫したことが数字で証明できたのでちょっと満足している。


 わたしはわたしの文章を読んだマネジャーたちがわたしのように思考してもらいたいと思っている。緻密に細やかに、愛情をもって。幸い類は友をよぶのか、過去にわたしのもとに集まってくれた人たちは似たような言葉づかいをしていた。

 ちょっと最後は手前味噌がすぎたかもしれない。


 参考リンク・断定口調で話す専門家の予測は当たらないという研究

●断言する人は信用しないのが一番―『専門家の予測はサルにも劣る』
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51819125.html

サイコパス 表紙

 『サイコパス』(中野信子、文春新書、2016年11月)。


 読みやすい文体だが、以前に読んだロバート・ヘアの『診断名サイコパス』より新しい知見がふんだんに入っている。今の時点でこの分野のスタンダードとしてチェックしておこう。


 「ありえないようなウソをつき、常人には考えられない不正を働いても、平然としている。ウソが完全に暴かれ、衆目に晒されても、全く恥じるそぶりさえ見せず、堂々としている。それどころか、「自分は不当に非難されている被害者」「悲劇の渦中にあるヒロイン」であるかのように振る舞いさえする。
 残虐な殺人や悪辣な詐欺事件をおかしたにもかかわらず、まったく反省の色を見せない。そればかりか、自己の正当性を主張する手記などを世間に公表する。
 外見は魅力的で社交的。トークやプレゼンテーションも立て板に水で、抜群に面白い。だが、関わった人はみな騙され、不幸のどん底に突き落とされる。性的に奔放であるため、色恋沙汰のトラブルも絶えない。
 経歴を詐称する。過去に語った内容とまるで違うことを平気で主張する。矛盾を指摘されても
「断じてそんなことは言っていません」と、涼しい顔で言い張る。
 ――昨今、こうした人物が世間を騒がせています。」


――たしかに、たしかに。
 では、この本で新しくわかったことをご紹介します。

●サイコパスは研究によってはアメリカの全人口の4%にものぼる(診断基準による)。およそ100人に1人ぐらいとして、日本人のうち約120万人はいる計算になる。

●サイコパスにもグレーゾーンがあり、症状のスペクトラム((連続体)をなす複合的な障害。


●サイコパスを見た目で判別する方法。
 顔の縦と横の長さの比率を比較して横幅の比率が大きい男性ほどズルをする傾向があり、サイコパシー傾向が高い。男性に比べて女性ではあまり相関関係がなかった。

●心拍数が低いと暴力や反社会性につながる。モラルに反する行動をとっても心拍数が上がらないから?
 不安を感じにくいため、サイコパスは、一般人よりもまばたきの回数が少ない。

●サイコパスは相手の目から感情を読み取るのは得意。

●サイコパスは他人の恐怖や悲しみを察する能力には欠ける。
 サイコパスにとって他人の感情を知ることは、学校の国語の試験問題を解いているようなもの。

●サイコパスが重視する道徳性は、「共同体への帰属、忠誠」「権威を尊重する」「神聖さ、清純さを大切に思う」。一方で「他人に危害を加えないようにする」「フェアな関係を重視する」はスコアが低い


●サイコパスは孤独感が強く、職場の環境を「協調し合う場所」というより「競争的なもの」であると捉える。

●サイコパスの反社会行動に関する4つの仮説。〃臟_樟癲閉磴ざ寡欖蕎隹樟癲法´注意欠陥仮説(反応調整仮説) 性急な生活史戦略仮説 ざΥ鏡の欠如仮説

●サイコパスの脳の特徴。
・恐怖を感じにくい。扁桃体の活動が低い
・眼窩前頭皮質(抑制する)や内側前頭前皮質(モラルを感じる)の活動が低い
・扁桃体と眼窩前頭皮質や内側前頭前皮質の結びつきが弱い
・前頭前皮質内側部(VMPFC)が、痛々しい画像を見ても反応しない
・海馬の機能低下。恐怖条件付けの反応が鈍い
・脳梁の容積が一般人と比べて増加

●勝ち組サイコパス(成功したサイコパス)と負け組サイコパス(捕まりやすいサイコパス)の違い。
 勝ち組では背外側前頭前皮質(DLPFC)が発達し、短絡的な反社会行動を起こしにくい。

●昔からいたサイコパス。革命家・独裁者。推測では、織田信長、毛沢東、ロシアのピョートル大帝、ジョン・F・ケネディ、ビル・クリントン。意外なところでは聖女マザー・テレサ。援助した子どもたちには冷淡で、残酷とも思える扱いをしていた。

●歴代の精神科医もサイコパスの存在を指摘していた。
 
●2000年代から、神経倫理学(ニューロエシックス)や神経犯罪学が台頭。19世紀の「犯罪人類学」の祖、チェーザレ・ロンブローゾの骨相学や遺伝学の研究が再評価される。

●反社会性は遺伝するのか。ある研究では顕著にサイコパス的な双子の反社会的行動は、遺伝の強い影響を受けており、要因の81%が遺伝性、環境要因はわずか19%(英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン発達精神病理学教室教授のエッシ・ヴィディングの研究)。

●MAOA(モノアミン酸化酵素A型)遺伝子の活性が低い人は、セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質がなかなか分解されずに残ってしまい、それらの効果も持続するため、つねに浮ついた感じになったり、攻撃性が高くなったりする。

●ADHDの人も、MAOAの活性が低い。

●ドーパミンを大量放出することとサイコパスの特性の相関。サイコパスの診断基準であるPCL-Rのスコアとドーパミンの最終代謝物であるホモバニリン酸の脳脊髄液中の値が高いことは関連している。ドーパミンが多ければ多いほど人間が報酬を求める欲が大きくなるので、大量放出する遺伝子を持つ人は強烈な刺激を求め、犯罪を犯す?

●遺伝とともに環境の影響の可能性。脳科学や神経科学の研究者は「遺伝的な要素が大きい」と判断しがち。社会学者や教育学者は、「後天的な要素が大きい」と判断しがち。

●遺伝と環境の相互作用説。神経科学者ジェームス・ファロンによる、サイコパスの発現についての「3脚理論」。ヾ窿歔案前皮質と側頭葉前部、扁桃体の異常なほどの機能低下 △いつかの遺伝子のハイリスクな変異体(MAOAなど) M直期早期の精神的、身体的、あるいは性的虐待
ファロンはこの3つが揃わなければ反社会的行動をするサイコパスにはならないと指摘する。

●現時点で言えるのは
・脳の機能について、遺伝の影響は大きい。
・生育環境が引き金になって反社会性が高まる可能性がある。

●今からは遺伝情報が当たり前のように取り扱われるようになっていくので、社会制度や法整備、遺伝に関するリテラシー向上をはかるべき。また虐待や劣悪な環境を避けることで反社会性の発現のいくらかは抑えられるという研究があるので、社会全体として施策を行っていくべき。

●サイコパスが人類を進化させた可能性。前人未到の地への探検、危険物の処理、スパイ、新しい食糧の確保、原因不明の病気の究明や大掛かりな手術、敵国との外交交渉など。

●「良心」とは「うしろめたさ」である説。マーサ・スタウトによれば、自然に湧いて出るうしろめたさや心の痛み、善悪や美醜の判断などを担う領域である内側前頭前皮質に良心が存在するのだという。

――内側前頭前皮質、以前にこのブログでは「自己観」と「規範の学習」を担う領域として登場した。善悪や美醜の判断も担うんだそうだ。そういうものも一体なのね。――。

●「サイコパスには良心がない」とは、彼らの内側前頭前皮質が機能不全を起こしているということ。


●倫理や道徳とは、人類が生きていくために後付けで出現したもの。それは脳の発達段階からもわかる。良心をつかさどる前頭前皮質と扁桃体のコネクティビティが他の部分に比べて遅れて発達するということは、進化の過程において絶対に必要な原始的な部位が完成した後に、いわば「建て増し」のような領域としてできた部位だと考えられる。

●サイコパスが生きやすい環境とは、たとえばブラジルのアマゾン南部の先住民族、ムンドゥルク族。男たちは雄弁、恐れ知らずの勇敢さ、戦闘に秀でていることが求められ、日ごろから「俺はこれだけ危険な男なんだ」と大風呂敷を広げてアピールしあう。その他良心の欠如、表面的な愛想の良さ、言葉の巧みさ、節操のなさ、長期的な人間関係の欠如という特徴がある。

●またブラジル北部からベネズエラ南部にかけて住むヤノマミ族は、争いが頻繁に起こる。男性の死因の30%がなんと暴力によるもの。25歳を超える男性の44%に殺人の経験がある。殺人をすることで集団内での地位が上がり、殺人を犯したほうが妻の数も子どもの数も多い。

●対照的なのが南アフリカのカラハリ砂漠の狩猟採集民、クン族。食糧に乏しく生存に困難な生活条件に置かれているため、共同で狩りに行き、成果は平等に分配される。ウソは厳しく禁じられ、一夫一婦制、子どもは一族で面倒をみる。

●男性にはアルギニン・バソプレッシンの受容体の遺伝子のタイプによって、生まれつき愛着を形成しやすい人と、しにくい人の2タイプがいる。後者では妻の不満度が高く、未婚率、離婚率が高い。

●日本は国土面積は全世界の0.25%しかないが、自然災害の被害総額では全世界の約15〜20%を占める。すると集団内での協力体制が強固でなければならない。夫婦はともにいて、子どもに対してもリソースを割くべき。こういう国ではサイコパスは育ちにくく生き残りにくいはず。


●韓国の新聞報道では「サイコパス」の語が頻出する。犯罪者や仮想敵を叩くためのレッテル貼り。伝統的な集団社会から、急速な経済成長で利己的で競争的な生き方が歓迎される社会へとがらっと変わった。頭では他人を出し抜くような生き方に適応しなくてはいけないと分かっていても、情動の部分ではそんな人間は許せないと感じてしまう。その軋轢が、過剰なまでのサイコパス呼ばわりと集団的なバッシングにつながった?

――おもしろい指摘。日本ではサイコパスバッシングというのはきかない。「承認欲求バッシング」がそれに当たるのだろうか……、特定の他人ではなく自分たちの中に普遍的にあるものをバッシングするというのがよくわからない(言っている人は、自分たちの中に普遍的にあるものだという自覚があるのかどうかもよくわからない)

 
●現代ではサイコパスはどう生きているか。口ばかりうまくて地道な仕事はできないタイプが多い。

――以前ブログ読者さんの指摘で、そんな人格の人が会社をひっかき回したお話が出てきたなー

●起業家として成功する勝ち組サイコパス。故アップルの創業者スティーブ・ジョブズはそう。ジョブズの周囲には「現実歪曲フィールド」が発生し、彼の話を聞くものは誰でもコロッと乗せられてしまう、と言われていた。

――なるほど、「驚異のプレゼン」はそうだったのね。

●”起業家のふりをしたサイコパス”(アメリカの産業心理学者ポール・バビアク)
1.変化に興奮をおぼえ、つねにスリルを求めるので、さまざまなことが次々起こる状況に惹かれる。
2.自由な社風になじみやすい。杓子定規なルールを重視せず、ラフでフラットな意思決定が許される状況を利用する。
3.リーダー職は他人を利用することが大得意なサイコパスにもってこい。スピードが速い業界や土地においては、メッキが剥がれる前に状況やポストが次々変わっていくことが幸いする。

●ママカーストのボス、ブラック企業経営者。

●サイコパスはとくに看護や福祉、カウンセリングなどの人を助ける職業に就いている愛情の細やかな人の良心をくすぐり、餌食にしていく。自己犠牲を美徳としている人ほどサイコパスに目をつけられやすい。

●サイコパスはネット上で「荒らし」行為をよくする。

●問題発言やわざと挑発的な言動をしてよく炎上し、しかしまったく懲りずに活動を続け、固定ファンを獲得しているブロガーにも、サイコパスが紛れ込んでいる確率は高いと考えれる。彼らは人々を煽って怒った様子を楽しみ、悪目立ちすることで快感を得る。

――なんか特定の人を連想したが、、、だからこの手の人について、「承認欲求がどうのこうの」という切り口を使うのは間違い。もともと脳の機能が普通ではなくて、ネットの存在で顕在化しただけなのだ。

●いうまでもなく、こうした人物の発言は、真に受けないことです。彼らの脳は、長期的なビジョンを持つことが困難なので、発言に責任を取ることができず、またそのつもりもなく、信じるだけバカを見ます。しばらく観察するとわかりますが、変節に呆れて旧来からのファンが離れた頃に、何も知らない人間が引き寄せられてまた騙され……の繰り返しです。

●オタサーの姫/サークルクラッシャー。後妻業の女。涙を流す女

――このあたりも特定の人をほうふつとさせる。

●サイコパスと信者の相補関係。人間の脳は、「信じるほうが気持ちいい」。人間の脳は自分で判断することが負担で、それを苦痛に感じる(認知的負荷)。また、自身の中で矛盾する認知を同時に抱えて不快感(葛藤)をおぼえると、その矛盾を解消しようと、都合のいい理屈をつくりだす(「認知的不協和」)。何かを信じたら、そのまま信じたことに従い、自分で意思決定しないほうが、脳に負担がかからずラクである。

●ネットでウソの検証手段が増え暴露装置である反面、ネットは同類の人間を即座に結びつけることができるツール。信者同士がすぐにつながり、クラスター化する。いったん信者たちから搾取できる宗教的な構造やファンコミュニティをつくってしまえば、崩壊することはまれ。

――これだなあ。わたしは過去にNPOで会員さんのコミュニティをつくろうと試みたが、わたしがやっているとどんなに頑張っても強固な信者組織はつくれないのがわかっていた。そのように働きかけることに気恥ずかしさがあった。「よそさん」と比べると脆弱だとわかっていた。

●サイコパスの診断法。ロバート・ヘアによる「PCL-R」。DSM-5による反社会性パーソナリティ障害の診断基準。心理学者ケヴィン・ダットンによるチェックリスト。

●サイコパスに治療法はあるか。1960〜70年代から治療不可能という研究が出ていた。これを受けてアメリカの刑事司法は厳罰化に傾くが、それも犯罪の抑止力にはならなかった。

●ある種の心理療法に限定すれば半分くらいのケースではサイコパスにも再犯抑止効果があった。集中的な1対1の治療を受けた群と通常の治療を受けた群では、その後2年間で後者の再犯率は前者の倍以上。

●サイコパス傾向の高い子どもの話を聞く、ほめる、毅然として叱るというやりかたを母親に訓練し実践させたところ、子どもたちがルールを無視するような傾向は減ったという報告(米サザンメソジスト大学のマクドナルドら)。

――これは行動療法プラス構造化ということではないのかな。

●サイコパスの多い職業トップ10。1.企業の最高経営責任者 2.弁護士 3.マスコミ、報道関係(テレビ/ラジオ) 4.セールスマン 5.外科医 6.ジャーナリスト 7.警官 8.聖職者 9.シェフ 10.公務員

●サイコパスの少ない職業トップ10。1.介護士 2.看護師 3.療法士 4.技術者、職人 5.美容師、スタイリスト 6.慈善活動家、ボランティア 7.教師 8.アーティスト 9.内科医 10.会計士

――知り合いにサイコパス的な人は少ないがそのわけがわかった。しかしわたしが親しくないだけで、研修講師にはサイコパスが多いかもしれない。魅力的なしゃべり手というのは。

●サイコパスは、100人に約1人という決して少なくない社会の成員。

●罰をおそれない人間からすれば、反社会的行為を抑制するために作られた社会制度やルールはほとんど無意味。別の手段によってサイコパスの犯罪を抑制・予防する方向へ発想を転換しなければならない。


――サイコパスとの共存。わたしにはほとんど想像すらできない。著者には想像できるのかな。

 ふだんあまり読まない著者だったがさすがに売れっ子、うまくまとめているなあ。

 ともあれ「顔の幅の広い男性」には、気をつけましょう。一番大きな収穫はそこかも。


こんな風にも思った。
「サイコパス」とはほど遠いドンくさいわたしが、仕事の世界を幸せにする手法を編み出しこの歳まで生きてきた。この人生、もうそれで十分ではないか。


 昨日の記事に登場されたFacebookのお友達にご挨拶したところ、また改めてお礼を言ってくださった。

「実は2011年(震災の年)前後から気に成って『咽喉に刺さった棘』の様な物が幾つかあったのですが、正田さんのブログでかなりの『棘』が洗い流された思いです。気持ちの上だけでなく、実際の普段の行動で、それが物凄く活きています。」

「お陰様で、集客数も増え、売り上げも上がり、従業員との関係も更に向上しています(笑)」


 ふと、ほっこり。


 世間でベストセラーがどんなことを言おうと「行動承認」の効果は揺るがない。人の性(さが)はそうそう変わらない。担い手の方々が信念をもっていればよいだけである。

 ただ、「承認欲求を否定せよ」のせいで、「私がやっているのは『承認』です」とは、言いづらくなっているかもしれないとは思う。それは、やはり普及を遅らせる。


 この手法が広まるのはまことに難しい。

 もう一昨年のことだが、公的経営支援機関主催の3回のセミナーに足を運んでくださった、40歳前後の地域の女性の獣医さんがいた。

 獣医さんが途中で質問された:

「ここできくお話はよそでまったくきいたことがないと思うんですけれど、私がおかしいのでしょうか」

「おかしくはないですよ。よそではあまり言っていないと思います、こういうことは」

 ちょうど共同で講師を務めた松本茂樹さん(関西国際大学経営学科長)が、銀行支店長を辞められた後、大学教員として「行動承認」をベースとしたさまざまな取り組みをされた結果、ゼミは大活況でその大学では考えられないような有名企業に多数合格し、成績優秀で学費ゼロの特待生も輩出した、という、夢のようなお話をしていたときである。

 法螺話のようなことが本当に起こってしまうのが「行動承認」の世界。

 それでも、その世界を外に広げるのはまことに難しい。
 この女性獣医さんは

「獣医のあいだではまったく知られていないお話です。獣医業界は、人手不足でスタッフ募集にどこも苦しんでいます。離職率も高いです。ほかの獣医に知ってほしい」

と言われた。きいてみると今時そんなところがあるの?というような、誠に非人道的な、スタッフに対して人を人とも思わないようなところが多いらしい。だから定着しない。

 女性獣医さんはその方の参加している獣医同士の勉強会に私を講師として招くことを提案してくださったのだが、他の獣医から賛同が得られず、実現しなかった。

 これほどまでに凄い変化を起こす手法がある、ということはむしろ信じてもらいにくいのだ。

「私が若輩者だからみなさんを説得できなくて。ごめんなさい」

 獣医さんはしきりに謝ってくださった。それもそうだろう。

「あんた、騙されてるんちゃうか」

一蹴されるのが目に見えるようだった。1つ前の記事のように「わかっている人」の言い分が通るのはむしろ珍しいことなのだ。


 そんな風にして良いことが広まるのは遅い。昨今の風潮で新聞や雑誌も良いことはおもしろくないから取り上げない。仮説の段階なら「おもしろい」と思ってもらっても、完成された手法というのはおもしろくない。


 『行動承認』は今もAmazonレビュー欄で嫌がらせをされているが、心底思う、嫌がらせなどやめてほしい。気の遠くなるような長いこと誠実な努力をしてきて、ずばぬけて聡明な受講生さんや読者の方々の日々のご努力があってやっと1冊の本が作れたのに、くだらない悪意で足を引っ張られるのは本当にやりきれない。
 

 やはり、わたしの”生前”はこの手法が広まるのをみるのは無理なのかな。


 Facebookのお友達の1人が、最近「正田さんのお蔭ですよ。」と言ってくださった。

 何のことかと思ったら、お友達は以前から自身が役員を務める同業者団体の中のある”造反”のことで悩んでいた。最近、その同業者団体の総会があった。”造反分子”の不規則発言が予測された。

 お友達は執行部に策を授け、

「相手が何を言ってきても『承認』しなさい」。

 執行部はその通りした。果たして、”造反分子”は総会で執行部への不満を言ってきたのだけれど、執行部がそれを全部「承認」してあげると――具体的に何と言って「承認」したのかは知らない――発言者は肩透かしをくったのか、それ以上の追及をしなかった。結果、総会は事なきを得たのだそうだ。


 「いやあ、正田さんのお蔭ですよ」

 お友達は繰り返してくれるが、はっきり言ってこのケース、お友達のほうが偉い。だって執行部に自分の意見を通すだけの説得力があり、危機一髪のときに「承認」を使わせたのだから。

 わたしの受講生さんがこれまでやってきたことはそうだった。わたし自身は何の力もないただの女性なのだが、受講生さんたちがやることは本当に凄い。彼らは40-50代になってその世界できちんと地歩を固め、信用を築き、それに「承認」が付随するととてつもなく大きなことをやる。法螺を吹いているわけではなく、そうなのだ。この世代の人達は。

 だから、『行動承認』がエピソード中心の本になった理由もおわかりいただけるだろうか。「承認」の理論などくどくど説明している暇も惜しい。一見小さなものが、ふさわしい担い手と出会うととんでもなく大きなものになるのだ。その現実世界を動かす凄さといったら。

 おもしろいことにこのお友達は『行動承認』をまだ読んでいなかった。研修の受講生さんでもない。それでも、Facebook上のお付き合いを通じて、自然と「承認」を理解してくださっていた。


 また、こういう(これもほんの一例である)奇跡があちこちで起きるから、私は「承認」を「ほめる」とは言い換えたくない。「ほめる」と言っていてはできない、とんでもない大きなことが、「承認/認める」ではできるから。

****

 「アドラー心理学批判」では、ある有名人の精神科医の先生のインタビューが延期になった。「『嫌われる勇気』をまだ読み終わっていないから」というのが理由だった。「数日中には読み終わり、インタビューを再セッティングする」とのこと。

 わたしなどは『嫌われる勇気』を最初Kindle本で買って少し読んだ後放り投げてしまって、最後まで読み通したのはごく最近のことだ。

 この有名人の先生がインタビューを引き受けると言った時、「その本をまだ読んでいないから、読む。自分で取り寄せる」と言われた。もう1か月前のこと。
 しかし、「本を読んでからインタビューを受ける」「最後まで読む」という姿勢は、潔い。


認められたい表紙


 ネット時代の「承認欲求」について語らせたら第一人者、Dr.シロクマこと精神科医・熊代亨氏の新著『認められたい』(ヴィレッジブックス、2017年2月28日)が出た。
 表紙の可愛らしい男の子と女の子のイラストの目がまっすぐにこちらを見てくる。(本を読まない時代、「イラスト」の存在は大きいですね。)

 「私は精神科医として、一人のインターネットマニアとして、私自身と他の大勢の人々の『認められたい』気持ちと、その気持ちに引っ張られた人生模様を観察し続けてきました。」
と、熊代氏は書く。
 きわめて大きな切り口だ。ネットで否応なく肥大した承認欲求の観察というのは。
 (アメリカではそれを「ナルシシズム」という文脈で考えているようにみえる)

 わたしはちなみに、承認を長くやっていますがここまで丁寧に「承認欲求」を観察していない。多くの人がそうであるように「承認欲求」の観察というのは気恥ずかしいものだ。自分の奥のほうがくすぐったい感じがする。熊代氏はそれを本書で入念にやっている。自身、精神科の患者さん、そしてネットユーザーと3つの視点で。

 では心に残ったところを抜き書きします。

●承認欲求を持っていない、例外はいるものでしょうか。
 …たとえば統合失調症で長期入院している患者さんのなかには、仙人のような心持で過ごしている人がいなくもないのです。しかし、精神医療の世界でさえそういった人は例外中の例外で、褒められたがりな人にはたくさん遭遇しますが、褒められることに興味の無い人は非常に少ないのです。

●何かを学びたい・身に付けたいと思った時、承認欲求を充たせるか否かはとても重要です。

●承認欲求の時代がやってきた。企業の雇用も流動化する現代には、滅私奉公を良しとする所属欲求の強い心理よりは、他人から褒められたり評価されたりしてモチベーションを獲得するような、承認欲求の強い心理のほうが都合がよかったとは言えるでしょう。

●ネットでいかにも承認欲求を充たしたくて頑張っている人。なにか気の利いた事を書いて「いいね」や「リツイート」を集めたがっているツイッターアカウント、グルメや観光地の写真をせっせとアップロードして「いいね」をもらいたがているFacebookアカウント。ユーザーの褒められたい欲求を充たしやすく、刺激しやすいようなシステム上の工夫。

●変化は2000年代の中ごろから。ネットコミュニケーションは匿名アカウントから個人のアカウントへ。

●情報の真偽には注意を払わない。大半の人は自分がどれだけ褒められ、他人にどんな風に評価されるのかに心を奪われながら使っているのではないでしょうか。


――「承認欲求」の「レベルが高い人」と「レベルの低い人」がいる、と熊代氏。

●レベルの低い人の事例1。始終認められたい、評価されたい。「認められなければならない」があらゆる人間関係に付きまとっていて、身も心も休まる時間がありません。

●レベルの低い人の事例2。大学で演劇部にのめりこみ、次いでオンラインゲームにのめりこんで、そこで目立てるからやめられなくなり、留年確定。

●「承認欲求は貯められない」。この点でお金より食欲に似ている。いっぺんに沢山充たしても定期的に充たさなければ、じきに飢えてしまう。また注目や承認を繰り返していると、充足感を実感するためのハードルが高くなってしまいがち。

――食欲の比喩はまた出てきましたね

●承認欲求が低レベルな人の類型。1)自分の承認欲求しか意識していない人 2)承認欲求が強すぎる人 3)褒められ慣れていない人 4)褒められどころの“目利き”が下手な人 5)承認欲求が承認義務になってしまっている人。

――こうした類型を知っておくと、実際にそうした人に遭遇したときに役に立つ。本書では熊代氏独自の類型が多数でてくるが、その思考の緻密さに驚く。

●承認欲求を充たすにはどうしたらいいか。オンラインゲームに時間をつぎこむ、Youtube等で肌をさらす、ホストクラブやキャバクラに行く。そうした充たし方は代償が大きすぎ、お勧めしない。

●承認欲求の充たし方が上手な人は、「褒めたり評価してくれる人にきちんと“お返し”をする」能力に長けている。40代〜50代の人たちにはこういう人がゴロゴロいる。

――うちの受講生さん方などはこういう人たちだろうな。

●承認欲求を抱えているのは自分ひとりではない以上、自分だけではなく、周りにいる人達も承認欲求が充たされるような、いわば認め合いのエコサイクルを成立させるほうが、結果として幸福な状態を維持しやすいはずです。

――「認め合いのエコサイクル」いい言葉だ。
 わたしが本を書くばあいは、出発点がここから始まる。対象者はいつも大体40代以上の管理職だ。その人たちにここまで「承認欲求」について話してあげることはしない。
 なぜかというと、やや言い訳めくが、「認め合う」ことを実現するためには「認める」という行為をしなければならなくて、その行為にもそれなりに練習が必要なのだ。40代以上の男女は、仮に会社で言われたから、マネジメントを上手くいかせたいからといった即物的な動機でもいい。まずは「認める」ということにスポーツトレーニング的に取り組んで欲しいのだ。細かいことはそのあとで「つかんで」もらえるだろう、と思っている。ただしそうやって彼(女)ら自身の学習能力に期待ばかりしているので、わたしはここまで丁寧に言語化する作業をおこたってきた。

●私は、承認欲求を“独り勝ち”的に充たせる状況を夢見るのは、危なっかしいと思っています。…私には、街でまずまず幸せそうに暮らしている人達の大半は、自分ばかりが褒められたがる人ではなく、周囲の人達と認め合える関係をつくりあげている人にみえるのです。


●昔の日本人は所属欲求で回っていた。承認欲求のレベルの高い人の例、家ではマイホームパパであり会社の付き合いも上手にこなす。所属欲求と承認欲求を両方うまく使っている。

●社会のすべての人が自分自身が褒められること・評価されることでしか心理的に充たされなくなったら、どうなってしまうだろうか。部分的にはそうした世界がある。お受験にわが子を駆り立てる親などもそう。

――『嫌われる勇気』の中心読者層が30-40代男女だ、というのも思い浮かべた。恐らく「自己啓発本のヘビーユーザー」と「お受験親」がまじりあっているであろう。お受験も、みんながみんな勝者になれるわけではなく、国立小を目指しても倍率は5倍だから5人に4人は敗者になる。そんな負け気分のとき、「人生の悩みは対人関係の悩みである」「他人の評価を気にする必要はない。承認欲求を否定せよ」の教えには、ほっとするであろう。
 熊代氏はそうしたベストセラーのことを挙げつらってはいないが、部分部分で「ベストセラーの謎」にうまく“回答”してくれている。

●所属欲求には、「自分自身が褒められたり評価されたりしなくても、心を寄せている家族や仲間や集団が望ましい状態なら、それだけでも自分自身の気持ちが充たされ、心強くなる」という性質があります。ほとんどの人間関係が承認欲求だけで成り立っているのではなく、こうした所属欲求も含んでいるからこそ、人間は家族や集団をつくり、お互いを信頼したり敬意を払ったりしながら、長く付き合っていられるのではないでしょうか。

●所属欲求にも、「低レベルな人」がいる。それは「承認欲求が低レベルな人」とも重なるという。1)自分の承認欲求しか意識していない人 2)「ひとりが一番」な人 3)「我々はかくあるべし」と思い込む人 4)完璧な人間を追いかけている人 5)いつも減点法の人

●承認欲求や所属欲求をうまく活かせる人と、そうでない人は、人生の難易度も幸福感も断然違ってくる。人間関係は私たちが思っている以上に、承認欲求や所属欲求のレベルに左右される。

●「認められたい」はレベルアップできる。

●子どもや若者は承認欲求や所属欲求のレベルが低い。たとえば保育園や幼稚園に通っているぐらいの子どもは、自己中心的に出しゃばり、褒められたがるもの。思春期の男女も、“中二病”や“意識高い系”のように安易に自分自身を特別だと思いたがる。

●「認められたい」のレベルアップが進んでいる人は、日常の挨拶などからも、承認欲求や所属欲求を充たすことができる。

●コフートの主張「自己愛は生涯にわたって成長し続ける」

●コフートの考えたレベルアップ―「変容性内在化(transmuting internalization)」、雨降って地固まるの経験。他人に期待した「認められたい」が充たされなくて失望しかけても、その辛さがあとで理解してもらえたり、仲直りして次の機会にはまた気持ちが通じ合えたりするなら、自己愛は成長していく。

●コフートによると、“適度な欲求不満”があるくらいの関係が良い。いつもいつも承認欲求を充たしてくれるとは限らない。

●「認められたい」のレベルアップをしたいなら、“雨降って地固まる”が成立し得る人間関係を大切にし、そのような人間関係に発展する目をつまないこと。多少の摩擦を含んでいても、お互いに「認められたい」をまずまず充たし合えるような人間関係を長続きさせること。

●ネットコミュニケーションを通じてのレベルアップは可能だが、時々会う機会ももつこと。

●認められたいあまり四六時中LINEやSNSにはりついているのは考え物。LINE疲れやSNS疲れに陥りやすく、疲れの蓄積はメンタルヘルスにもよくない。

●思春期の子どもの「認められたい」を親が充たしてやるのは役不足になる。外の関係を築くのが望ましいが、外の関係で傷ついて帰ってくる場合もある。躓いた子供に手を差し伸べられるのはやはり親。この時期の子の親は「裏方」として重要。

●「認められたい」のレベルアップを男女間の関係で行うのは難しい。多くは、「認められたい」のレベルが低い同士がくっついてそれぞれ異なるかたちで「認められたい」を充たそうとする。

●選択の自由が与えられた人間は、意外なほど似た者同士でつるみあう。

●「認められたい」のレベル差を挽回するのに重要なもの。コミュニケーション能力。

●コミュニケーション能力を高めていくときの重要な基礎。
1.挨拶と礼儀作法
2.「ありがとう」
3.「ごめんなさい」
4.「できません」
5.コピペ
6.外に出よう
7.体調を管理しよう
 そして時間をかける。

●友人・家族・会社の同僚との日常的な人間関係で満足している人。コミュニケーション能力は、有名人からではなく、そういう人からコピペすべき。

●ほとんどの人間にとっての幸福は、際限のない承認欲求や、カルト的な所属欲求に支えられるのではありません。もっと身近で、もっと少ない人数で、人間関係の持続期間が数年〜数十年単位の、そういう人間関係が、人間に幸福をもたらします。そのような「認められたい」の繋がりを、世間では「愛」や「友情」と呼ぶのでしょう。

●ヤマアラシのジレンマ。人間関係は近ければ近いほど傷つけあってしまう。

●親子関係のヤマアラシのジレンマ。子育ては核家族単位で行われるため、小学校以上の子どもの面倒まで、親がみる。親子間の距離が近い。「毒親」もそうした背景から生まれやすい。

●親は、子育て一本槍の生活や人間関係を改めて、他の人間関係に「認められたい」の供給源を見出していくこと。

●新しい人間関係ができるたびに相手に急接近してしまい、「ヤマアラシのジレンマ」を繰り返してしまうパターンの人が気を付けたほうがいいのは、「むやみに仲良くならないこと」「新しい関係をむやみに理想視しないこと」。

●あらゆる人との心理的距離を遠くする処世術には、以下のような欠点があってお勧めしない。
1.人と心理的距離の遠い生活をしてきて何かの拍子に近い人間関係を経験すると、距離感がわからなくて心理的距離を詰めすぎてしまい、しんどくなる。
2.スキルを磨きにくくなってしまう。
3.「認められたい」そのもののレベルを上げることも難しくなってしまう。


 抜き書きはおおむね以上。

 本書の中で熊代氏自身言っているように、本書に書かれていることは統計でエビデンスをとったものではなく、精神分析的でもあり、わるくいえば「印象論」である。ただそれが説得力があるのは、氏がきわめて膨大なネット世界の見聞やサブカルチャーの知識を持って発言しているからであろう。

 そこここに独自のパターン帰納がみられ、その観察と分析のきめの細かさに驚く。間違いなく、この分野で後々まで残る1冊となるだろう。

 若者だけでなく、若者を監督したり育成する立場の人、自分自身も承認欲求の使い方が今ひとつわかっていないという自覚のある人には、ぜひお勧めしたい。




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 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.2.27                 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
です。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーに  ご来場いただいた方にお送りしています。
ご不要の方は、お手数ですがメール末尾にありますURLより解除ください。

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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 フェイクニュース全盛の時代の「信頼」とは?
     信頼できる先生とは、ネットがウソつきをつくるって本当?
     信頼できない人のしぐさとは
     ――読書日記『信頼が裏切られるとき』から

【2】 アドラー心理学批判 続報・
     わかりあえないもどかしさ・『嫌われる勇気』共著者・編集者、
     精神科医・小児科医、そしてメルマガ読者より

【3】 「誕生学」続報・
      ついに「PTAに誕生学会講師をよばないで」のよびかけ出る
     「2分の1成人」参観日に揺れる友人

【4】 連載「ユリーの星に願いを」
      第13回「上手に忘れる」

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【1】 フェイクニュース全盛の時代の「信頼」とは?
     信頼できる先生とは、信頼が揺らぐときとは
     読書日記『信頼が裏切られるとき』から

 「フェイクニュース」去年から有名なことばになりました。
 主にネットで、誰もがうっかり「そうかも?」と思ってしまうような、本当
のようなウソが拡散されます。場合によっては米大統領選も左右します。
 いったいなぜ人間はこんなにウソつきになったのでしょう?
 『信頼はなぜ裏切られるのか』(』(デイヴィッド・デステノ、寺町朋子訳、
白揚社、2015年12月1日、原題'The Truth About Trust')は、この問題にこう答
えます。わたしたちは、置かれた状況次第で正直者にもウソつきにもなれるの
だ。
 とりわけネット時代には、ネットそのものの性質がわたしたちのウソつきの
性質を増幅させることもあるようです。
 ビジネスパーソンには最も気になるところ、「信頼できない人を見抜くコツ
はあるか?」最新心理学の知見から、「見抜くポイントは1つではない、4つ
だ」と言っています。
 読書日記は前後編になりました。とくに後編の知見は興味深いです。ご興味
のある方は、ご覧ください:

●『信頼はなぜ裏切られるのか』をよむ?――よい教師には誠実さも能力もど
ちらも大事
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952755.html

●『信頼はなぜ裏切られるのか』をよむ?――お金のせいでウソをつく、ネッ
トのせいでウソをつく、信頼を損なう4つのしぐさ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952837.html


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【2】 アドラー心理学批判 続報・
     わかりあえないもどかしさ:『嫌われる勇気』共著者・編集者、
     小児科医・精神科医、そしてメルマガ読者より

 この分野で引き続き“独走状態”の拙ブログです。

『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)を岸見一郎氏とともに著した共著者の古
賀史健氏と、編集者の柿内芳文氏からメールでご質問への回答がきました。
「初めて耳にするようなお話も多く、幾分困惑しております。」としながら、
「われわれとしましては、両書を『人は誰でも幸せになることができる』『勇
気をもって一歩を踏み出そう』という希望的なメッセージを届ける本としたつ
もりです。」とコメント。

●古賀史健氏と日本アドラー心理学会から回答来る(来ただけ)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51953163.html 

●本を読まない層、読む層――『嫌われる勇気』編集者 柿内芳文氏からの回答
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51953245.html

 一方、同書の中の「トラウマは存在しない」というフレーズはやはり大きな
問題をはらんでいます。
 虐待やいじめ被害者の心的外傷(トラウマ)を脳画像で可視化した福井大学
子ども発達支援センター教授・友田明美氏、女性や子どものトラウマ治療に当
たり東日本大震災後の岩手県でもケアに当たった精神科医の白川美也子氏がそ
れぞれ文書で貴重なコメントをくださいました。

●「心的外傷体験は子どもの心と脳の発達において長期的な悪影響を及ぼしま
す」――福井大学・友田明美教授の
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51953192.html

●祝来訪者40万人・精神科医白川美也子氏よりコメントをいただきました〜や
はりあった”実害“
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51953352.html

 上記のあとのほうの記事で「やはりあった“実害”」というのは、白川氏の
ブログ記事についたコメントの中に現役カウンセラーの方から、「患者さんで
『トラウマは存在しないなら私が苦しんでいるのは何?』と混乱していた人が
いました」というものがあったこと。
 こうしたことは、当事者がもともと声を上げないタイプの人たちと推定され
るので、あえて掘り起こすことは意義があるでしょう。「みえない」からとい
って「いない」わけではないのです。そして当事者の方にとっては痛みをとも
なうことなのです。

 そして、このメルマガとブログの読者の方から温かい投書をいただきました。

●アドラー心理学批判 「誰もが」が意味するもの:欠けている多様性、寛容
さ、中庸――NYさんからのお便り
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51953260.html

 そんなこんなをしているうちにささやかな拙ブログは通算来訪者40万人の大
台に乗りました。
 皆様の温かい励ましに心から感謝申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【3】「誕生学」続報・
   ついに「PTAに誕生学会講師をよばないで」のよびかけ出る
   「2分の1成人」参観日に揺れる友人

 このメルマガの1月30日発行号でお伝えした「誕生学」についての続報です。
「誕生学」とは、「誕生学協会」派遣の「誕生学アドバイザー」が学校で出張
授業をしてくれ、赤ちゃんが生まれる様子を子どもたちに見せたり出産・子育
ての素晴らしさを話してきかせ、「命のたいせつさ」を伝える、というもの。
 それだけきくと実に素晴らしい、何の問題があるの?という風にもみえるの
ですが――、
 「子どもには色んな家庭環境や育ち方の子がいる。キラキラ演出で『命のた
いせつさ』を語られても素直に楽しめない子もいる。そうした子どもへの配慮
に欠けるのではないか」
という指摘が出、現在多数の精神科医、カウンセラーから「誕生学」に異論が
出ています。
 そしてついにネットで「誕生学アドバイザーをPTA主催の講演会によばない
で」という呼びかけが出る事態に。

●【呼びかけ】PTA主催の講演会で誕生学アドバイザーを呼ぶのはやめよう
>>http://miraimemory.hatenablog.jp/entry/2017/02/04/112649 

 わたしの周囲では最近、フェイスブックで「子どもの参観日で2分の1成人
式をみてきた!感動!」と書き込んだ人に、「色んな環境の子どもがいるから、
考えてあげて」とコメントした友人がいました。
 最初の書き込みの人はもちろん幸せなご家庭の方で、子どもたちが自分の名
前の由来を発表し、クラスのみんなに褒められて嬉しかった、という素直な気
持ちを書き込んだとのこと。一方コメントした友人は仕事柄大変な状況のご家
庭を多数みている人。「分かり合えないのかしらねえ」とがっくり。
 この問題は今からどうなるのでしょうか……。
 【2】の「アドラー心理学」もそうですが、わたしにはどちらも共通して、
「●●●の不足」という問題にみえます。
 さあ、「●●●」には、何が入るでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


【4】連載:「ユリーの星に願いを」
    第13回「上手に忘れる」
By ユリー
 ユリー:マーケティングコンサルタント。人と組織のメカニズムに高い関心
を持つ仏教学習者。40代女性。

***********************************

 こんにちは、ユリーです。寒暖差の激しい気候が続き、体調を崩しがちな季
節ですが、読者の皆さまはお変わりございませんか?

「好物は何ですか?」と聞かれたら「お鮨です」と即答する私。かつては一人
でもお寿司屋さんに行くほどの鮨好きで、いろいろなタイプのお店に足を運び
ました。そんな私が最近たまたま入ったお店でとても感激したことがありまし
た。それはお鮨そのものの話ではなく(もちろん、お鮨も美味しくいただいた
のですが、)お店のご主人のお話にありました。
 そのお店は住宅街にあり、交通の便も良いとは言えない場所。2年ほど前に
リフォームたという店内は清潔で、カウンターの他に座敷1つと個室にもなる
テーブル席が2つほどあるお店でした。
 スタッフは、60代とおぼしき店主とその奥様、そしてその息子で30代半
ばと思われる2代目とその奥様の4人。つまり家族経営のお店でした。家族経
営ならではご苦労もあるのだろうなと心のうちに感じながら、一緒に行った友
人たちと美味しくお料理をいただいていました。
 そのうちに、隣席の友人が自分の悩みをふともらしました。そもそもその日

友人と会う目的は、その友人の家族間に起きたちょっとしたトラブルの相談で
した。その話を聞きながら、目の前でお鮨を握っている店主と偶然に目が合っ
たのをきかっけに「ご主人のお店はご家族でやっていらっしゃるのですね。ご
家族で同じ仕事をやっていくときに、うまくやっていくコツはありますか?」
と尋ねてみました。その友人も家族と始めた仕事のことが発端のトラブルだっ
たので、友人の参考になるかと思ったのです。
そこで店主はこう話してくれました。
「コツですか、そうですね、上手に忘れることですよ。」
清潔感にみちた店主の柔和な表情と穏やかな声は、その外見からも優しい方な
のだとわかる方でしたが、「上手に忘れる」という話にはその人柄の良さだけ
でなく、時間をかけて自らの中に培った哲学、本物の智恵を見た気がしました。
齢を重ねた人の姿にはその人の心のありようがはっきり映るものなのだという
ことも思った瞬間でした。
 他店での厳しい修行時代を経て念願の自分の店をもち、息子を後継者に育て、
さらに小学生のお孫さんも将来はお店をやりたいといっていると、嬉しそうに
語る店主とそれを見守る奥さんの姿は清々しく印象的でした。
その夜、自宅に帰ってから自分は上手に忘れることができているだろうかと、
自問自答してみましたが、当然ながらあの店主の足元にも及ばない私です。
 「上手に忘れる」とは、家族経営に限らず人間関係をともなう組織運営には
通底する大事なコツだと感じます。どうすれば人は「上手に忘れる」ことがで
きるのか?その技術をさらに教えてもらうためにも、またお鮨を食べに行くつ
もりです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃今日の一筆箋  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 記事中にも書きましたように、ブログへの通算来訪者数が40万人になりまし
た。タレントさんの人気ブログには到底及ばないですが、マネジメント関係の
「堅い」内容のブログとしては、健闘してきたほうではないかと思います。

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 誌上でのご紹介は匿名にいたします。このメールへのご返信で結構です。
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 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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 「トラウマは存在しない」というフレーズについて、
 女性や子どものトラウマ治療を多く手がけ、『赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア』(アスク・ヒューマンケア)などの著者である精神科医、白川美也子氏からコメントをいただいた。白川氏のクリニック「こころとからだ・光の花クリニック」のFBページのブログにて。

 ずしんと持ち重りのするような、最前線の治療者からのコメント。
 ご了解をいただきこちらにも転載させていただきます。

*******************************************


【院長ブログ:ほんとうに「トラウマなんて存在しない!」のか?】

正田 佐与 (Sayo Shoda)​さんから「嫌われる勇気」という本を契機にしてアドラーの言葉として一人歩きしている「トラウマなんて存在しない」という言葉に関する2つの質問をいただきました。

【正田佐与の愛するこの世界】
http://c-c-a.blog.jp/


とても重要な問題だと感じたため、以下に考えたことをまとめてみました。

1.「トラウマは存在しない」という言葉は、現にトラウマに苦しむ人にとって二次被害になることはありえますか。

→文脈によって十分あり得ると思います。

2.「トラウマは存在しない」という言説に対してどのようなご感想をお持ちになりますか。快、不快でいうとどちらになりますか。

→これも文脈によります。実際「嫌われる勇気」は拝読しておもしろいなと感じ、クリニックの書棚においてあるくらいです。ただ正田さんのブログを拝読し、アドラーは、実際はそんなこと(「トラウマなんて存在しない」)とは言っていない、という詳しい検証を見せていただき、それはまた別の重要な問題だと思います。また、以前ある心理臨床家の論文に「トラウマは存在しない」という文章を見つけて、それは、心理療法全般におけるトラウマ治療の否定だと感じたため不快であり、問題を感じたことがあります(その論文がどうしても見つけられません)。

以下にどうしてそうお答えしたかということの説明を書きます。

よくトラウマ・ケアのトレーニングのときに、使う比喩ですが「俺、失恋してさ、トラウマになっちゃってさ」という男の子が、6ヶ月後には別の女の子と楽しくしていたら、それはトラウマではないという話をします。そのときにそのときのガールフレンドの記憶は既にセピア色のものになっているでしょう。

トラウマ記憶はそんなものではありません。どれだけ時間がたっても生々しく鮮明に甦ります。〔技間性、∩杁に苦痛な情緒を伴う、8斥佞砲覆蠅砲い、という3つの大きな特徴をもちます。ここに私が書く<トラウマ>の定義はPTSDの診断基準Aに該当する重篤なトラウマです(子どもは別ですが話が難しくなるのでまた別の機会にします)。

トラウマ記憶の実体はこれも比喩でしかありませんが、特殊なメモリーネットワークということができます。PTSDや、その他のストレストラウマ性疾患として現れることもあれば、再演なども含め、行動パターンとしてその人の人生そのものに影響を及ぼすこともあります。

そして、その様態は、その人が置かれた状況や体験、回復レベルなどで刻々と変化していきます。最終的には、ある体験が、現在から振り返ると、非常にそこから学べるよい体験だったと結論できることもできます。

ただ問題は、「そのこと」をどう捉えるかは、その時、その人にしか定めることができないものであるということです。すなわちトラウマ問題は、経験したことがない人は理解しにくいということも含めて、一般論では語りにくい問題であることは間違いないと思います。

そして、トラウマをどう捉えるか、ということについての治療論(目的論と原因論)の異なりと、トラウマがあるかないか、ということの混同が、話をより複雑にしています。

密かにファンであるゆうメンタルクリニックの漫画にアドラー心理学の説明として、目的論と原因論についてわかりやすく述べられています(ただし、再度書きますが、正田さんによればアドラーは「トラウマなどない!」とは言っていないそうです)。

http://yuk2.net/man/110.html

原因論と目的論の違いは、.肇薀Ε淆慮海砲茲辰鴇評が出ていることを重用しする(それに気づくこと、そこになんらかの操作を行うことで変化が起きる)、▲肇薀Ε淆慮海砲茲觚絨箴匹鮟纏襪垢襪茲蠅癲¬榲にむかってどういう対処を取るか・どういう考え方をしていくかが重要だと考えるーこの違いだと思いますが、多くのトラウマを診る臨床家はその2つの考えを柔軟に自分の臨床に活かしています。

たとえば、私であれば、通常の診察では感情に焦点をあてながら未来志向・解決思考的なソリューションフォーカストの話法を中心に問題解決を行ないつつ、リソースを形成し、対処スキルを増し、それでも課題がある場合、長めの時間をとってトラウマ=特殊な記憶ネットワークの処理を特殊技法で行う、というように、治療上の文脈に応じて様々な介入をしていきます。そうやっていろいろやっても治療が難しいのがトラウマサバイバーの治療なのです。

多くのトラウマに焦点をあてる治療を行ったことがなく、かつトラウマ治療を批判するセラピストは、トラウマ治療というのは、「過去にこだわる治療」だと考えているのだと推測します。

「赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア」に書いたようにトラウマの処理とは、患者の過去を癒すのではなく(実際にどうやっても過去に起きたこと自体は変えることができない:過去そのものを癒すことはできない)、そのような体験をしたことによってトラウマ記憶が生じ、それが患者の「今ここ」に影響を及ぼしていることに変化を及ぼして行くわけです。

多くのトラウマを重視しないと述べる治療者が、重度のトラウマを経験した方の治療経験を欠き、トラウマ治療の実際を知らないという現実が、さらに問題を大きくしています。

実際のトラウマ記憶に苦しむ患者を診たことのある治療者は、その生物学的なレベルで残る後遺症が、どれほど患者が「今ここで」を幸せに生活して行くかを阻害するかを知っています。

人の苦悩に対してどういうアプローチをするのか、<原因論を取るのか、目的論を取るのか>ということと、<トラウマがあるのか、ないのか>という考えを混同しないでほしいと思います。

自分の治療的な立場が目的論<のみ>で(実際にそれでいけるということは、素晴らしいセラピストであるか、重篤なトラウマサバイバーの治療を行なったことがないか、あるいは壮絶な被害を体験した直後の方にも出会ったことがないか、のどれかであると思われます)あったとしても、もし、その治療法のみでうまくいっていたとしても、一般的に「トラウマという現象がない」というような安易な机上の論考をしないでほしいと切に願います。


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 非常に「熟考」してくださった白川氏。丁寧に完成度の高い文章として、コメントを執筆してくださった。この記事は既に10数件「シェア」されている。
深く感謝します。
 
 実は、心底「この件でコメントをいただいて良かった」と思ったことが、白川氏のこのご投稿の直後にあった。投稿についた読者コメントの中に、こういうものがあったのだ。

「患者さんがアドラー関連書を読み、トラウマがないなら今の私は何に苦しんでいるんだと混乱されていました。
正しい知識が広まることをねがうばかりです。」

 やはり、あるのだ。


 このところの見聞で、『嫌われる勇気』のコアな読者層は自己啓発本のヘビーユーザーの読者層なのであろう、その層にだけ通じる言語で書かれているのであろうと思っているのだが、

 それがすでに155万部の「国民的」ベストセラーとなり、一人歩きしている。書かれている文言も一人歩きする。

 そうなった今、”実害”も既に出てきているのだ。

 もはや、「若者世代の軽口」と見過ごしていい段階ではなくなった。


 というわけでこの問題の追及はまだまだ続きます。。


****


 そんななか、正確には今月22日、当ブログは通算来訪者40万人の大台に乗った。ブログ開始から40年、じゃなかった12年。

 ベストセラーと比べ一けた少ない(泣笑)けれど、ここまで支えてくださった読者の皆様に感謝。





 

 ブログ読者の40歳女性、NYさんからメールをいただいた。
 ちょっと疲れ?が出ているわたしには涙が出るほどありがたかった。

 ご了解をいただき2回のメールをご紹介させていただきます。

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岸見氏の講演参加、また質問状のやりとりお疲れ様でした。
講演中、嫌なストレスをお感じになりませんでしたか?
ご体調に悪影響かないか少々心配しております。
くれぐれもご無理はなさらないでください。

正田先生が火中の栗を拾うかのように、
アドラー批判をはじめ正しく現実的な情報を発信してくださっているのに、
なかなか有益なお手伝いが出来ず、申し訳ありません。

個人的には野田俊作氏がおっしゃる、理論と技術の違いとう部分を納得しました。
身近に医者しかも外科医がいるからかもしれませんが、
理論がわかっても技術が追いつかないと、手術はできません。
手技が下手な外科医は、いくら理論を知っていても、患者の命を危険にさらします。

そういう意味で、岸見氏は理論家(それも正田先生の分析によれば、それもあやしいですが)なのかもしれませんが、
その理論は手技を伴わないものだということ。
そう考えると、あの本の位置づけわかった気がしました。

「嫌われる勇気」は空想の話=フィクションで、現実世界に適用できるものではない。
だが、なぜか読者のほうが現実世界に適用できると勘違いして、
(あるいは勘違い生むように岸見氏他の関係者は振る舞っている?)
その勘違いを誰も訂正しないまま、今に至っている。

アドラーのような自己啓発とも重なる分野の話は、
その性質上、理論と実践の整合性をチェックすることが難しいのだと思います。
そんな中、正田先生が反証や検証をしてくださっていることは
本当にありがたいことだと思います。

嫌われる勇気のような本が売れる背景を思うとき、
現代社会の問題の深刻さを考えてしまいます。
中庸を忘れ、多様性や寛容さといった人間の知性やあるいは思いやりを軽んじるような風潮が人の心を浸食している気がします。
嫌な世の中ですが、そういう現実を変えて行くのもやっぱり一人一人の心と実践なので、
行動承認の実践は、善い変革のもとになる1つの大きな実践と思います。
「まずは、ささやかでもできることから」を、自分も心がけたいと思います。


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正田先生

お世話になります。

メールのブログへの掲載、どうぞお使いください。
お返事がおくれてすみません。

ブログやメルマガの読者の多くの方が、
私と同じような想いを感じていらっしゃると思います。

その後の、著者、編集者の皆様のお返事をよませていただくと、
正田先生の質問に正面から回答することはさけていらっしゃるようなので、
たぶん、彼らの視界には、先生が指摘されている深刻なトラウマを抱えた少年だったり、
あるいは褒め育てて成果をあげている教師や組織のマネージャー層というのは
全く入っていないのだと思います。

また幸福や自由、あるいは勇気についても、
例えば貧困や虐待、あるいは戦争、人種や宗教による差別、
などの理由によってそれらを享受することが不可能な人々にとっての幸福や自由、
あるいは勇気については考えが及んでいないのだと思います。

なので、「誰もが」の意味するところが、先方とこちらでは乖離していて、
議論の前提が噛み合ないのではないでしょうか。

私は、やはり「誰もが」の中には、
やはり貧困や虐待、あるいは戦争や差別に苦しむ人が含まれているべきだと思いますし、
もしそういう人々が対象者に含まれないならば、
誰もがという表現を使うことは不適切にも感じてしまいます。

そういう部分にそれほど過敏になる問題ではないと言う意見が大半なのかもしれませんが、
正田先生のおっしゃるように例えば公教育だったり、社会的に影響力の大きい組織や団体が、
弱者に対する眼差しを欠いた思想を積極的に採用することは危険だと思います。
そういう意味では、やっぱり今の状況はかなりおかしい、危ない状況にも思えます。

私はアドラー心理学も、教育も門外漢なので、的外れなことを考えているのかもしれませんが、
私のように感じるものの先生の読者の中にはいるということをお伝えすることが
少しでも先生のパワーにつながるといいのですが。


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 NYさん、ありがとうございます。しっかりパワーになっていますよ。

 気がつくと「独走状態」なのである。「アドラー心理学批判」では。
 今月初めからGoogle1-4位独占、Yahoo!1-6位独占になり、その状態が続いている。

 新聞はじめ大手メディアは2月10日に日本アドラー心理学会のフジテレビへの抗議文掲載を報じたあと、また「だんまり」になっている。
 出版界、広告料への気兼ねだろうか。

 だから「独走」していてもしょっちゅう考える。本当に正しいことをやっているのだろうか?わたしの独りよがりではないのか?

 そういっているうちに豊中市の国有地の学校法人「森友学園」にたいする売却価格の問題と、同学園の認可が下りない可能性が報じられた。

 結びつけるのは強引すぎるかもしれないが、「おかしい」と感じたことはおかしいと言わないと。今、そのセンサーが「いいね!」や「ほめない叱らない」「怒らない」のはんらんでで皆さん弱っているのかもしれない。


 
 いろんな形でお友達が支援してくれる。NYさんのようにご感想を寄せてくれる人、アドラー関係の催しに「潜入ミッション」をするわたしにイベントの案内をしてくれる人、そしてFacebookで「いいね!」をつけたりコメントしてくれる人。


 そしてここまで、当ブログに貴重なコメントをくださったトラウマ支援者の方、精神科医、小児科医の皆様、ありがとうございます。









 表題の通り、『嫌われる勇気』の編集者、(株)コルク 柿内芳文氏より当方の質問へのご回答をいただいた。
 心の準備をされていたのか、若干丁寧な文面だった。

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正田佐与様

先日は不在で電話に出れず、たいへん失礼いたしました。
『嫌われる勇気』および『幸せになる勇気』の編集を担当した、コルクの柿内芳文と申します。
このたびはご質問をいただき、まことにありがとうございました。

わたしは編集者として、「自由」や「幸福」、また「勇気」をテーマに、わたしたちが幸せに生きるための提案のひとつとして、両書を出版したつもりです。
また、現在たくさんの読者の方々からご支持いただいている理由も、わたしたちの真意が届いた結果ではないかと受け止めております。
ご意見、ご批判は真摯に受け止めたいと思いますが、そうしたわたしたちの制作意図をお酌みとりいただけますと幸いです。
なにとぞ、よろしくお願いします。 柿内拝


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 「自由」や「幸福」、また「勇気」をテーマに。

 かっこいい言葉だ。クリエイターなら誰しも一度は言ってみたいであろう。

 ともあれ、二人の著者・編集者計3氏の回答はこれで出揃った。




 柿内氏の回答内容とは別に、このところモヤモヤしていること。

 質問リストに書いたように、社会の分断は本の作り方、いやクリエイティブな仕事全般に現れているのだろう。

 本が読まれない。だから今の出版界でメガヒットを作ればそれは間違いなく出版社の功労者で、
 「ヒットを作ればいいんだろ」という「勝てば官軍」の姿勢にもなる。

 またヒットが出ると、
「これ本当は問題はらんでるよ。ほどほどのところで撤収しようよ」
というような「慎重論」は出てこず、韓国へ台湾へ中国へ「アドラー女子」へTVドラマへ、ガンガン売りまくる。

 そして怖いのは、本というメディアが今読む人・読まない人にくっきり分かれているために、
 「本を読まない層については何を書いてもいいんだ!」
という姿勢になるかもしれないこと。たとえば「トラウマは…」のように(本当にそうなのかどうかわからないが)

 それは当然、差別の固定化・激化にもなるだろう。

 「今までにない、新しい切り口」
ともてはやされるものが、実は単に自分と異なる層への想像不足なだけで、見る人が見ればとんでもないものかもしれない。単に良識的なクリエイターがそこまでやらなかった、というだけの。

 こんなことを考えるのがわたしだけなのだろうか、出版界のことだけに相互批判が生まれにくいのだろうと思うが、ちょっと怖い。

福井大学子どものこころの発達支援センター教授・友田明美氏より、アドラー心理学の「トラウマは存在しない」について、貴重なコメントをいただいた。同教授のご了解をいただき掲載させていただきます。


「NHKあさイチで放送されたように、いじめの認知件数は、22万4,540件と過去最高(文科省調査・2015年度)。そんな中、子どもの頃にいじめを受けた人が大人になってもその後遺症に苦しむ“いじめ後遺症”の実態が、最近明らかになってきました。容姿のいじめをきっかけに何十年も「摂食障害」に苦しむ女性や、いじめから20年後に突然思い出して「対人恐怖症」に陥った女性もいて、多くの精神科医がその深刻さに気付いています。
また、子ども期の心的外傷(トラウマ)体験は、従来考えられていた以上に頻回なもので、専門的知識とスキルを持った専門家による心理治療が必要になるケースもあります。
心的外傷体験は、子どもの心と脳の発達において長期的な悪影響を及ぼすことが知られています。」


友田教授は、トラウマ経験者の脳をMRI撮影し、実体としては存在しないと言われた「トラウマ」を可視化。


同教授の研究では、子どもが何歳の時に虐待を受けた場合最も深刻な影響を受けるかというと1歳前後だった。このころにダメージを受けると報酬に反応することに関わる左右の線条体の動きが悪くなる。それは将来、酒やギャンブルなどの深刻な嗜癖行為につながるという。

「これは脳が恐ろしい方向に導かれるということです。ちょっとやそっとでは快感を得られず、薬物や酒に平気で手を染めていくということです。この結果からも、早急な養育者支援が必要です」

と、友田教授は語る。







一連のアドラー心理学の"問題ワード"の中でも、「トラウマは存在しない」というフレーズはもっとも先鋭な対立をはらんでいる。
一方の当事者が前記事、前々記事にみるようにきわめて「能天気」に「人はだれでも幸せになれる」と言い放つのに比べ、
一方の当事者は最も深刻な弱者であり、声を上げにくい。またケアする側も「燃え尽き」を起こしてしまうようなハードな仕事である。

だから実は、ケアする側の人びとにコメントをとって回るのも結構大変なのだ。考えるのも不愉快な問題について、「寝た子を起こす」ようなものだから。


この問題については、『嫌われる勇気』のみならずわが国の代表的なアドラー心理学の学派もまた「トラウマは存在しない」という立場をとっているので、ややこしい。
当ブログとしてはもっとも弱い立場の人に焦点を合わせて「何が幸福なのか」を問いたい。また、困難な仕事をしている支援者の方々の労に報いたい。それは「承認」としても妥当なはずだ。


 来ないかと思っていたら古賀史健氏(『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』共著者)から、本日ご返信が来た。

 内容的にはほぼ、先日の岸見一郎氏と同様の文面。

ダイヤモンドオンラインのこちらの記事などによれば、古賀氏が岸見氏に『嫌われる勇気』の企画を持ちかけ、10数年越しで実現したのだという。

 古賀氏の回答内容から紹介させていただこう。


正田様

先日はお問い合わせありがとうございました。『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』共著者の古賀です。
ご質問の中、初めて耳にするようなお話も多く、幾分困惑しております。ただ、さまざまなご意見に対するわれわれの思いは、『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』両書の中で述べられており、特にこれ以上申し上げるべきことはないように思われます。われわれとしましては、両書を「人は誰でも幸せになることができる」「勇気をもって一歩を踏み出そう」という希望的なメッセージを届ける本としたつもりです。
正田様のご著書が有益な一冊となりますことを祈念しております。

古賀史健



 ちなみにわたしからの質問状は9問で、先日の岸見氏に宛てたものより少し詳しくなっている:

株式会社バトンズ
代表取締役社長 古賀史健 様

はじめまして。先ほどはお電話で大変失礼いたしました。わたくしは正田と申します。神戸に住む研修講師兼ブロガーです。『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』とそれらが生み出した社会現象について調べ、書籍にまとめさせていただこうとしております。
共著者である古賀様に、お忙しいことと存じますが、ご質問をさせていただきたいと存じます。以下のご質問にお答えいただければ幸いです。
(すべてが難しくても、答えやすいご質問にだけでもお答えください。)

1.『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(以下「両書」と略)の中で「トラウマは存在しない」「承認欲求を否定せよ」など、読む人の置かれた状況によっては非常に残酷な言葉が使われています。このことについてどうお考えですか。

2.「トラウマは存在しない」「承認欲求を否定せよ」は、既にネットやメンタルクリニックのキャッチフレーズ、常識のウソ本などで二次使用、三次使用されています。このことについてどんなご感想をお持ちになりますか。

3.両書に出てくるフレーズで、上記の2つを含め、アドラーが実際には言っていない言葉や、実際に言ったのとはほど遠い言葉が多数あります。本を作るにあたってアドラーの原著を参照して確かめるということはなさらなかったのですか。

4.「承認欲求を否定せよ」は、まともにその通りやると抑うつ的になるだろうという精神科医からの指摘があります。また「トラウマは存在しない」というフレーズは、現にトラウマに苦しんでいる患者さんが二次被害に遭ってしまう可能性があり、いずれも深刻な事態を招くおそれがあります。こうした本を作りアジア各国で400万部も売ったことについての社会的責任についてはどのようにお考えですか。

5.岸見一郎氏の『アドラー心理学入門』『アドラー心理学シンプルな幸福論』(いずれもベスト新書)では、まだ「承認欲求を否定せよ」という言葉は入ってきていません。この語を『嫌われる勇気』に入れるよう進言されたのは古賀様ですか。またそれはなぜですか。

6.『幸せになる勇気』では「ほめ育て」について、独裁者の武器であるかのように言っている箇所があります。全国にはほめる教育で成果を上げ、ひたむきに従事している多数の先生方がおられますが、その先生方の心を傷つけることはご想像されませんでしたか。

7.『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』がともに、深刻な状態の弱者を視野に入れておらず、「社会の分断化の象徴」という見方をされることについてはどんなご感想をお持ちになりますか。

8.韓国での熱狂的な歓迎にみられるように、「経済的に深刻な状態の国の抑圧された若者にとって絶望を固定化させる書物だ」と見られていることについてはどんなご感想をお持ちになりますか。

9.最終的に、両書はどんな読者にどんなメッセージを届けたいというコンセプトでしたか。

以上
ご質問は以上です。何卒よろしくお願いいたします。


 質問状を送ったのは13日だったので、1週間後に回答がきた。

 

 ちょうどこれと前後して、日本アドラー心理学会からもご回答がきていた。

正田佐与様

ご返信がおそくなり、申し訳ありません。
当方の状況についてご配慮いただき、感謝申し上げます。

さて、ご依頼の件について、理事会にて検討させていただきました。
結論としては、取材はお断り申し上げます。
理由は、当学会はテレビドラマ『嫌われる勇気』について株式会社フジテレビジ
ョンに抗議をいたしましたが、岸見一郎氏の学説そのものについては、現段階で
は態度を保留しております。したがって、これについては公的な立場でコメント
できることはありません。また、テレビドラマ『嫌われる勇気』に対する抗議内
容は抗議文に書いた通りで、それ以上コメントすることはございません。従いま
して、取材していただいても、お答えできる内容がございません。

ご期待に添えず、申し訳ありません。


日本アドラー心理学会会長
中井亜由美


*******************************************
日本アドラー心理学会
〒532‒0011 大阪市淀川区西中島3‒8‒14‒502
TEL:06‒6306‒4699 FAX:06‒6306‒0160
Mail:lem02115@nifty.com
*******************************************



 というわけで、取材へのガードは固い。
 でも理事会にもかけていただいたということだし、当方の真摯さは理解してくれたようだ。


 ”宿題”は少しずつやっている。

 きのうは急に下血してしまった。お友達に「もう免疫つきましたから〜」などと言っていたが、ちょっとストレスだったかな。





 




※先ほど、誤ってタイトルをデフォルトにしたままメルマガを送信してしまい
ました。読者の皆様には、ご不審に思われたのではないかと思います。改めて
タイトルを変更したものを送信させていただきます。メール受信件数を余分に
増やしてしまい誠に申し訳ありませんでした。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.2.20
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガで
す。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーにご来場いただいた方にお送りしています。
ご不要の方は、お手数ですがメール末尾にありますURLより解除ください。

■■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
■■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【1】 アドラー心理学特集:
     Yahoo!トップ6、Googleトップ4達成。
     これが最先端の「アドラー心理学批判」だ!
     岸見一郎氏、野田俊作氏とのやりとりも収録。

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【1】 アドラー心理学特集:
     Yahoo!トップ6、Googleトップ4達成。
     これが最先端の「アドラー心理学批判」だ!
     岸見一郎氏、野田俊作氏とのやりとりも収録。

 アドラー心理学をベースにした人生論の書『嫌われる勇気』とその続編、
『幸せになる勇気』。今月初め時点で、2冊合わせて日本・韓国・台湾・中国
で計400万部を超えるメガヒットになっています。メルマガ読者の皆様も手に
とられた方が多いでしょう。
 しかし、その内容に「トラウマは存在しない」「承認欲求を否定せよ」など、
アドラーが言ってもいない「捏造語録」や、アドラー心理学としても一般的で
ない、かつ人の心身にとって有害なことが多数含まれている…ということは、
まだあまり広く知られていません。
 今月10日には、同書を原案とした関西テレビ系ドラマ「嫌われる勇気」が、
「アドラー心理学に対する誤解を招くおそれがある」と、日本アドラー心理学
会からの抗議を受けています。
 わたくし正田は昨日、兵庫県教委播磨東教育事務所・加古川市教委・加古川
市PTA連合会の共催による岸見一郎氏の「アドラー心理学講演」に約1年ぶり
に行ってまいりました。
 そこでは、同氏が相変わらず「ほめない叱らない」という、非科学的な子育
てのお話をしていました。
 大新聞やTVはアドラー心理学と『嫌われる勇気』を礼賛するばかり。一方、
拙ブログ「正田佐与の愛するこの世界」での「アドラー心理学批判」のシリー
ズ記事は検索エンジンから高く評価されており、本日現在、Yahoo!でトップ6、
Googleでトップ4にランキングされます(いずれもPC版)。
 昨日未明は、下記のように岸見一郎氏本人から、不完全なものですが質問へ
の回答を受け取りました。「トラウマは存在しない」「承認欲求を否定せよ」
など、有害なフレーズを含む本をなぜ上梓したのか、読者の置かれた状況によ
ってはこうしたフレーズで深刻な影響を受ける人が出ることをなぜ想定しなか
ったのか、についての回答です。
 今号のメルマガは、「アドラー心理学批判特集」として、一連のシリーズ記
事の主なものをご紹介いたします。
 わたしは、お出会いするすべての方々が正しい情報を知り、その方々と共有
しながらお話をできることを願っています。
 なぜか、ここでしか読めない本当の話。お仕事のかたわら、どうぞご覧くだ
さい:

●「人は誰でも幸せになれる」「私たちの思いはすべて両書の中に」『嫌われ
る勇気』著者岸見一郎氏への質問とその回答(2017年2月19日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51953105.html

●重い傷を負った少年たちとともに「トラウマ」と向き合う――土井ホーム・
土井高徳氏の話(同2月17日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51953044.html

●三たび野田俊作氏が口を開く 岸見氏の問題は「手術じゃなくて解剖」(同
2月14日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952959.html 

●精神科医・熊代亨先生より「トラウマは本当に『ある』?/目的論・原因論
どちらを重視?/承認欲求を否定したらどうなる?(同2月10日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952757.html 

●トラウマの存在と野田氏との最後のやりとり(同2月4日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952515.html 

●野田俊作氏との対話。トラウマ、米国でのアドラー心理学、承認欲求、その
他。(同2月2日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952455.html 

●岸見氏の「脳内混線」の起源を探る――『アドラー心理学入門』をよむ(同
2月1日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952397.html 

●アドラー心理学批判 再度のまとめ:オールオアナッシングと「明確に否定」、
バグだらけのプログラム…『嫌われる勇気』は発達障害者の自己正当化だ!懸
念される「アドラー心理学鬱」(同1月14日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951658.html 

●アドラー心理学批判 アドラーの罪:発達障害者向けのお説教と批判封じ
(2016年5月29日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941204.html 

●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在し
ない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪(同5月30日)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html

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 ┃今日の一筆箋  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 梅の季節となりました。わたしの住む六甲アイランドにも梅林があり、紅白
の花が清らかな香りを運んでくれます。

※今号の「ユリーの星に願いを」は、お休みです。

※このメルマガへのあなたのご意見、ご感想をお知らせください!
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┌─<<現役マネージャー必読!>>──────────────────>
│  近著『行動承認―組織の能力を最大化する「認める力」』
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100年後に誇れる教育事業をしよう。

 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

◇―――――――――――――――――――――――――――――――――◇
このメールは転送歓迎です。

 『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』の主著者、岸見一郎氏にメールで質問をした。
 1週間後のきょう未明、メールでご回答があった。
 質問と回答を原文のまま掲載。

 なお共著者の古賀史健氏、編集者の柿内芳文氏にもメールで同様の質問を出してみたが本日まで回答はない。
 岸見氏の回答文中の「私たち」とは、古賀氏や柿内氏まで含むものと解してよいのだろう。


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岸見 一郎先生

初めてお便りいたします。
わたくしは神戸で管理職教育の研修講師・ブロガーをしております、正田佐与と申します。
現在、「アドラー心理学の真実」について、本にまとめようとしています。

『嫌われる勇気』と『幸せになる勇気』その他講演でのご発言について、岸見先生にご質問したいことがございます。
ご質問内容は以下の通りです。


1.『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』のほ中で「トラウマは存在しない」「承認欲求を否定せよ」など、読む人の置かれた状況によっては非常に残酷な言葉が使われています。このような配慮に欠ける本をなぜ作ったのですか。

2.上記のフレーズをはじめとして、アドラーが実際には言っていない言葉や、実際に言ったのとはほど遠い言葉、真逆の言葉が多数あります。アドラー心理学が社会から誤解を招くリスクはお考えになりませんでしたか。

3.「承認欲求を否定せよ」は、まともにその通りやると抑うつ的になるだろうという精神科医からの指摘があります。また「トラウマは存在しない」というフレーズは、現にトラウマに苦しんでいる患者さんが二次被害に遭ってしまう可能性があり、いずれも深刻な事態を招くおそれがあります。こうした本を作り400万部も売ったことについての社会的責任についてはいかがお考えですか。

4.『嫌われる勇気』また『幸せになる勇気』の文章は、いずれもフロイト学派やほめ育ての手法、承認論などへの強烈な対抗意識を含んでいます(本来のアドラーの思想はここまで露骨に他の手法を貶したりはしていません)。それらの人々のこれまでの実践を侮辱し、それらの人々の感情を傷つけるということは事前にお考えになりませんでしたか。

5.本日、フジテレビ系ドラマ『嫌われる勇気』の内容について、日本アドラー心理学会が抗議したことが報じられました。同学会はこれまでにも岸見先生にコンタクトを試み、ドラマの内容がアドラー心理学への誤解を招いていることについて善処を要望していたときいております。岸見先生はドラマの内容についてどの程度の指導等をされたのでしょうか。


ご質問は以上です。できれば、これらのご質問について、お電話か面談でお答えいただけたらと存じますが、お忙しければメールでも結構です。
本日より1週間以内、2月19日までにご回答もしくはお電話または面談によるご回答の日程設定をお願いできればと存じます。


※尚、野田俊作先生は、厳しいご質問にも真摯にお答えいただき、対話から逃げるようなことはされませんでした。
真実のアドレリアンはそうしたものだと思っております。

何卒どうぞよろしくお願いいたします。



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 100年後に誇れる人材育成をしよう。
   正田 佐与(しょうだ さよ)
正田佐与承認マネジメント事務所

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正田様

ご連絡いただきどうもありがとうございます。
私たちとしましては、『嫌われる勇気』や『幸せになる勇気』によって特定の方々を傷つける意図はなく、アドラーの思想をベースに「人は誰もが幸せになれる」という大きなメッセージを投げかけたつもりでいます。ご批判は真摯に受け止めたく思いますが、私たちの思いはすべて両書の中に込めてありますので、それ以上のご返答は差し控えさせていただきます。
どうもありがとうございました。

岸見 一郎(ichiro kishimi)



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 さて、上記の回答の中で岸見氏は「『人は誰もが幸せになれる』という大きなメッセージ」と言う。確かに『嫌われる勇気』も『幸せになる勇気』も最終的に同様のフレーズを謳っているが、しかし承認欲求を否定した人が幸せになることはそもそも不可能である。できるとしたらそれは認知能力の重篤な障害のある人が主観的にそう思っている、という世界だろう。そしてトラウマを負っているのにトラウマを否定される人も…。

 「人は誰もが幸せになれる」という言葉を言えば、ほかのことすべての免罪符になるんだろうか?

 ともあれ、岸見氏古賀氏柿内氏への質問というのは非常に気の重いフェーズだったので、少し肩の荷を下ろした気分だ。

 今日はいい天気。

 『嫌われる勇気』について調べるなかで、引き続き様々な関係者にご意見を伺っている。
 Facebookでご縁をいただいた、土井ホーム運営・土井高徳氏のコメントを、ご了解をいただいてブログにUPさせていただく。

 子どもたちの中でももっとも重い傷を負った、被虐待経験や少年犯罪、非行の経験をもつ少年たちを受け入れ、日々目の前にみて向き合い、励まし、時には真剣に叱りもする土井氏の目には、「トラウマは存在しない」が一人歩きする現状はどう映っているだろうか。


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 こうした、「トラウマは存在しない」が一人歩きしている現状について、「トラウマ」を抱える当事者と現在形で向き合っている支援者はどうみているだろうか。
 福岡県北九州市で、深刻な発達上の課題を持つ少年を多く受け入れている里親型ホームを運営する土井高徳氏にお話を伺った。

 土井氏は1970年代から不登校や引きこもり、ネグレクトの少年たちの支援を行ってきた。今世紀に入ってからの支援は、親から虐待された過去を持つ少年を多数受け入れるようになり、治療的専門里親として少年の生活全般を建て直す方針になっている。
 土井ホームで受け入れた少年たちは、家庭や児童養護施設で激しい虐待を受け、虐待の影響によって解離症状などの深刻な精神医学的症状を見せる少年、深刻な少年犯罪や非行、逸脱行動を表出する少年、不眠や抑うつ症状、自傷行為を見せる少年など、深刻な状態の少年ばかり。このような虐待と発達障害の重複という子どもも多い。少年同士の激しい対立が起こり、警察を呼ぶことすらあった。

「トラウマは存在しない」というフレーズが独り歩きしていることについて、土井氏はこう語る。

「トラウマ概念は紀元前8世紀のホメロスのイリアス、紀元前5世紀のヘロドトスの著作物にトラウマ類似の事例が記載され、戦争神経症、鉄道脊椎症候群などと時代時代で報告されてきました。こうした驚愕反応や侵入症状などの中核症状は、フロイト、フィレンツ、ジャネによって次第に明確化され、戦争体験者、大規模災害やユダヤ人収容所の生存者、性被害者などに広く認められる症状として、1980年にアメリカ精神医学会によって提唱され、引き続き1992年にWHOの診断基準に掲載されたという歴史があります。トラウマの存在を前提とした診断と適切な治療や援助は、臨床医学や臨床心理学、保健学や看護学などの分野ですでに確立されたものであることは論を待ちません。」

 児童養護施設で同室の子どもの体の50か所以上にやけどを負わせ、年下の男の子に性的いたずらをするなどして土井ホームに入所してきたA少年のケース。
 入所後も、少年の暴力と規則に従わない行動、それに解離症状は折に触れ噴出した。A少年も大事だがホームの他の少年も守らなければならない。このため土井氏はA少年に対して4点の指導方針を決めた。
1.「再演」としての逸脱行動に対する「強い枠付け(禁止)」
2.自分自身の行った行為に対する事実とそれに対する感情の徹底的な言語化
3.逸脱行動の背後にあるこれまでの心的外傷の語り
4.加害少年と被害少年との修復的司法の取り組み

 土井氏はA少年の被害にあった少年2人から聞き取りを行い、A少年による暴力行為の内容を確認。続いてA少年と面接を行った。
 A少年は身体的暴力だけでなくペットボトルの小便を飲ませるなど、性的暴力も行っていた。土井氏はA少年に、
「ひとが苦痛を覚えることを力で強要するのは最大の暴力だ。やってきたことはおまえ自身が施設でされてきたことではないか」
と施設での体験を話すように促した。するとA少年は激しい葛藤の表情を見せ、話すことへの強い躊躇を示した。
 土井氏がさらに
「つらく傷つくような体験をいっぱいしてきたと思う」「そうした体験をじっと心に隠しているといつまでもそのことに囚われてこころが晴れない」「言葉にすることで自由になれる」と促すと、A少年はようやく以下のような体験を語り始めた。

A少年:「養護施設では、小学生の間はまだ良かったが、中学生になったころからいじめが酷くなり、態度が悪い、言葉遣いが悪いと殴られたり蹴られたりした。子どもたちが囲んだ中で年長児とのたいまんを強要され、ボコボコにされた」「首を絞められ喉から血が出た」
土井氏:「施設の卒業生によれば、風呂場が一番苦痛だったとT教授から聞いたが」
A少年:「熱湯や洗面器に入れた小便をかけられた」「気を失うまでお湯に体を沈められ、浴槽のお湯を飲め、飲まないと殴るぞと強要された」
 その後A少年は施設で年長児3人から性的暴行を受けていたこと、自分も下級生に性的暴行をする側になったことなども語った。
 土井氏は「そうか、辛かったな。施設での出来事をよく勇気をもって話してくれたな」
とA少年を評価した。そして、ホームの多くの少年が家族愛に恵まれない中でA少年には母親や姉がいること、また土井氏の夫人がA少年を受容的に処遇したいと言っていることなどを語ってきかせた。A少年は号泣した。

 「明日からがんばるな」と土井氏とA少年は握手。「ただし再発した場合は即座に断固とした処置をとる」と告げた。面接終了は夜中の11時15分だった。
 「トラウマ記憶の言語化」については、90年代アメリカで「記憶の捏造」が訴訟問題にまで発展し、そのために今でもトラウマの存在に懐疑的な精神科医もいる。土井氏は大学の先生や出身施設など少年の周囲から情報を得ることでその問題をクリアしている。

 翌日、A少年は被害を受けた少年2人に謝罪。被害少年たちも謝罪を受け入れた。
 A少年はこの後、トラブルを起こすことはなかった。暴力の再発はなく、周囲からも「A少年は変わった」「以前は暴力で解決しようとしていたが、今は言葉で解決しようとするようになった」という評価の声が上がった。やがてコンビニエンスストアで高校の放課後アルバイトをするようになり、地場の企業に合格し、会社の社員寮に入ってホームから巣立っていった。

 土井ホームでのこのエピソードを紹介したのは、ほかでもない。
 「トラウマは存在しない」「承認欲求を否定せよ」に代表される、まったくの「頭でつくった言葉」がベストセラーに載り、一人歩きしている状況にNOを言いたかったのだ。
 切実にトラウマに苦しみ、自分が苦しむのみならず周囲にまで苦しみをもたらしてしまう当事者がいる。そしてその当事者と「本気」で向き合う支援者がこの地続きの世界に、いる。

 土井氏に、「目的論か、原因論か」について問いかけるのもいささか「野暮」のような気がする。氏の手法は、発達障害児への支援技法(構造化など)を加味しているが、基本的にオーソドックスな行動療法。そして上記のA少年に対しては、「トラウマを言語化する」という、認知行動療法の手法も使っている。大いに「原因論的」といえる。
(実は、筆者も自分の子がいじめによって不登校になり、鬱が治り元気になりはじめた頃家族にたいして荒れた。このときに「いじめっ子にされたことを言語化する」ことを勧めたことがある)

 あえて土井氏に伺ってみた。
Q.土井ホームで受け入れているような深刻なトラウマを抱えた少年について、この例のように原因にさかのぼって言語化してもらうことは多いですか?全体の何割ぐらいのお子さんにこういうアプローチをしますか?

A.子ども支援はマラソンです。まず安全感のある環境を保障し、内面で言語化の用意が十分に整ったことを見極めてから取り組みます。準備のできないうちに言語化を急ぐと回復の基礎が崩壊するからです。
 基本、虐待などの被害体験がどの子にもあり、その被害が加害へと転化した深刻なケースを長期にわたって取り組むことも少なくありません。「安全」、「相互性」、「回復・自立」という段階をゆっくりと穏やかに円環的に進めていきます。このようなアプローチはどの子に対しても同様です。子どもの傷の深さによって、「安全」の段階で回復する子も「相互性」の取り組みによって回復する子などそれぞれです。現場と子どもは実に個別的で、ケースバイケースす。
それと同時に、最近ではこうした「リスク管理モデル」から「長所基盤モデル」へとスライドし、子どものストレングスやレジリエンシー重視という方向へと向かっています。その際に、私たちと子どもにとどまらず、子ども同士の相互性を生かした言語化という取り組みを行っています。」

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 ちょうど奥様がインフルエンザで発熱、ホームレスの少女が来訪するなど大変な取り込み中のさなか、いただいたコメントだった。
 重い。でもこちらが確実に真実だ。

 ウソや軽い言葉より真実を尊ぶ私たちでありたい。

 この場を借りて土井高徳氏に深く感謝します。

 元アドラー心理学会会長、現アドラー・ギルド代表の野田俊作氏から再度メールのご返信をいただき、公開をお許しいただいた。

 今回は、正田から『嫌われる勇気』の中のアドラーの言葉の”捏造疑惑”についてお問合せしたことへの回答として。

 余談だが野田氏は日本人として初めてアドラー心理学をアメリカで学び日本に持ち込まれた方。帰国の2年後に日本アドラー心理学会を設立、初代会長に就任されている。正田はカジュアルにメール差し上げているが…偉い方なのだ。

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岸見氏は、私などよりははるかにアドラー自身の文献には詳しいので、彼が言う
ことは、探せばどこかに出典はあるのだろうと思います。また、出典があろうと
なかろうと、そこが問題ではないと思っております。むかし(1960年くらいまで
かな)のフロイト派は、「あなたの言葉はフロイト全集に出典がない」などと言
って他の学者を批判したりしていたようですが、アドラー派は、アドラー在世の
時代から、アドラーの言葉を引用しているかいないかを問題にしたことはありま
せん。それは現在もそうなので、岸見氏の書かれたものがすべてアドラーの言葉
の引用であっても、逆にすべて岸見氏のオリジナルであっても、どちらでも別に
かまわないのです。要は、彼が言っている言葉が、アドラー心理学の基本的な理
論や思想や技法と矛盾していないかどうかが問題です。

たとえば古典物理学は、アイザック・ニュートンやその後継者たちが作ったシス
テムですが、誰もニュートンやその他昔の学者の文献を引用して話をしません。
若いころに実際にニュートンの『自然における数学的原理』という著作を読んだ
ことがあるのですが、いまの物理学と違って数式はまったく使われておらず、幾
何学的な方法で説明がされています。それを、ある時代に、誰かが、すべて数式
に書き換えたわけです。だから、たとえば現在の高校の物理学の教科書には、た
だのひとこともニュートン自身の著作からの引用はありません。しかし、紛れも
なくニュートンの力学です。

アドラー心理学も同じことで、アドラー心理学の理論と思想と技法というものが
あって、それをわれわれは伝えています。ある主張がアドラー心理学であるかど
うかは、アドラーや他のアドレリアンの文献の言葉を引用しているかどうかでは
なくて、アドラー心理学の理論や思想や技法に矛盾していないかどうかで決まり
ます。

理論に関しては、ハインツ・アンスバッハーという人がアドラーの死後に、アド
ラーの理論を抽象的にまとめました。いまでは、私たちは、アドラーを引用する
代わりに、アンスバッハーがまとめた言い方(たとえば目的論)をもとに話をし
ています。では、岸見氏はアンスバッハーがまとめた理論について問題があるか
というと、詳細に検討したことがないので断言はできませんが、そんなに大きな
逸脱はないんじゃないかと思っています。つまり、理屈はわかっているんじゃな
いかということです。

思想に関しては、岸見氏の共同体感覚論は議論の余地があると思いますが、そも
そも共同体感覚論そのものが、理論のような科学的なものではなくて、だからさ
まざまの解釈の余地があると思います。岸見氏の解釈もありうるかもと思ってい
ます。私は好きではありませんが、許容範囲内かもしれません。共同体感覚論は
科学理論ではなくて思想ですので、そこで論争すると、宗教論争になってしまい
ますから、避けたいのです。

技法はルドルフ・ドライカースが大成しましたが、岸見氏に問題がもしあるとす
れば、技法論においてでしょうね。彼は、アドラー心理学の治療技法のごく初歩
しか学んでいないので(「カウンセラー」という資格はそういう意味です)、し
ょうがないのかもしれませんが、われわれ専門の治療者から見ると、「それじゃ
治療にならないでしょう」というようなものの言い方をしばしばされるように思
います。正田さまが引っかかっておられる部分も、多くはそれに関連していると
思います。

たとえば、岸見氏が、「不安だから、外に出られないのではなくて、外に出たく
ないから、不安という感情をつくり出している」という意味のことを言われるの
は、理論的にはそのとおりだと思います。しかし、治療現場で患者さんに向かっ
て、「あなたは外に出たくないから、不安という感情を作りだしているんです
よ」というようなことを言うのは、ほとんどの場合に反治療的だと思います。ア
ドラー心理学の目的は、「人間を知る」ことではなくて、「人間を援助する」こ
とです。「人間を知る」のは、あくまで「人間を援助する」ためです。ですから、
ものの言い方にはいつも敏感でなければなりません。たとえば私が、「あなたは
不安なのは、所属がうまくいっていないからだと思います。ですから、どうすれ
ば所属できるようになるか、一緒に考えていきませんか」というのは、岸見氏と
同じ意味のことを、治療的に言っているわけです。岸見氏は、私が知るかぎりで
は、この部分を習ったことがないと思います。まあ、私以外の治療者からどこか
で習ったかもしれませんので断言できませんが、そうであったとしても、まった
く勉強が足りないように感じます。つまり、岸見氏の問題点がもしあるとすれば、
治療の勉強をしていないのに、治療の話をするところではないかと思います。そ
の結果、しばしば反治療的な結末を作りだしているように思います。

大昔のことですが、郭麗月というお医者さんが、アドラーの本(たぶん "The
Science of Living" ではなかったかと思う)を訳して、『子どものおいたちと
心のなりたち』という本を出されました。その後書きに、当時、近畿大学医学部
精神医学教室の教授であった岡田幸夫先生が、「アドラーは人間を見るまなざし
がやさしいのがいい」と書いておられたことを、印象的に覚えています。私も本
当にそう思っていますし、その点が私がアドラー心理学を好きな最大の理由です。
岸見氏が現在説かれるアドラー心理学には、どうもそのあたりに問題があるよう
に思っています。

もっともこれは、岸見氏の人格的な問題ではなくて、治療理論と治療技法をきち
んと習わないままで、アドラー心理学の解説を始めたことによるのだと思ってい
ます。外科の実技を習ったことがない医学生が手術の話をしているようなもので、
「それでは手術じゃなくて解剖で、患者さんは死んでしまうよ」と思います。外
科手術のほとんどの手数は止血です。少し切っては出血部を糸でくくり、また少
し切ってはくくり、無限にそれを繰り返して、そうして最後に患部を切除します。
その途中の手数は、実際に手術場にいた人間しか知りません。ちなみに私は、若
いころに麻酔の研修医をしていたことがあって、2年あまり手術場をウロウロし
て暮らしていましたので、外科医がやっていることはよく知っています。心理療
法も外科手術に似ていて、すこしずつすこしずつ患者さんの納得をいただきなが
ら治療していきます。その手順の習得には、かなり長い期間の研修が必要です。

岸見氏と学術的な場で会えそうな感じになってきています。その際には、そのあ
たりの話をしようと思っています。テレビドラマは見ていないのですが、人々の
噂によると、「止血をしない外科手術」みたいなことが行なわれているようです
ね。そういうのは手術と言わないで、傷害事件と言います。それをみてアドラー
心理学だと思われると、本当に困ってしまいます。

野田俊作

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 「所属がうまくいっていない」
この言葉は、とりようによっては「承認欲求を満たしてあげましょう」と同義のようにとれなくもない。
「承認欲求」の定義しだいだが、わたしなどはマズローのいう承認欲求と所属欲求をひっくるめて承認欲求と呼んでいる(ヘーゲル-ホネットの承認論から逆算して考えても、そうなる)。承認欲求とは、決して「悪目立ちしたい」とかいう意味ではない。

 もうひとつ、
 「治療理論と治療技法をきちんと習わないままで」というところがわたし的にはヒット。

 そう、岸見氏は学会認定カウンセラーではあるのだが、その語るカウンセリング場面には今ひとつ援助職の人の共通してもつありようが見えない。私ごときですら、武田建氏(関学大名誉教授)が口を酸っぱくして言われたこと、「共感」を叩き込まれたのに。

――ちなみに武田氏はロジャーズの孫弟子でありかつ、行動療法家でアサーションの始祖ジョゼフ・ウォルピの直弟子でもあるという稀な人で、そういう人から行動療法を学べたのは私にとって幸運だったと思う――


 「治療」としてのリアリティが見えない。これは、他の精神科医の方も言われたことだ。

「親から優秀な兄と比べられて育ったことがトラウマだったんです」
「トラウマは存在しません。アドラー心理学ではトラウマを否定します」

 非常にライトな文脈で「トラウマ」と軽々しく言い、そのライトなのを受けて「トラウマは存在しません」と大見得を切る。なんというリアリティの無さか。

 いや、そのままだともの知らずの人同士の会話だと聞き流しておけた。わたしも3年間聞き流していたが、大真面目に二次使用三次使用され講演でも堂々と言っているとなると、ね。


 岸見氏がアドラーの訳書を出したのは10冊以上になり、国内ではぶっちぎり最多。そういう独自の立ち位置があったので独特の解釈を打ち広げることができ、またほかの人も意見できなかったのかもしれない。

 
 このブログではスルーしていたが、日本アドラー心理学会は今月10日、フジテレビに対してドラマ『嫌われる勇気』への抗議文をホームページに載せた(抗議文は3日付)。それより前、野田氏、岸見氏らにそれぞれのアドラー心理学観をきくコラムがHPから消えていた。

 というわけでこの項まだまだ続きます…

信頼はなぜ裏切られるのか 表紙画像

 引き続き『信頼はなぜ裏切られるのか』(デイヴィッド・デステノ、寺町朋子訳、白揚社、2015年12月1日、原題'The Truth About Trust')の読書日記。今回は後編です。

 後半は、「権力はなぜ腐敗するか」「金がからむと人は裏切り者になる」また、「しぐさ心理学の決定版!”この4つ”が信頼できる人そうでない人を決める」(ポップ心理学風に)があります。

 またITと信頼の項目では、ゲームに勝つことを目的に自分のアバターを利己的に改造すると、そのキャラに自分が乗っ取られ利己的でウソつきになる可能性があることが取り上げられています。ちょうど「フェイクニュース」拡散が大学生の仕業だった、などがわかってきたときに、「IT、ゲームと信頼にかかわる人格変容」を考察した気になる箇所です。

 全体の目次は以下の通りで、このうち第1〜4章の内容は前編でとりあげました。こちらの記事でどうぞ。

第1章 信頼とは何か?
第2章 無意識が支配する
第3章 赤ちゃんは見ている
第4章 恋愛と結婚の核心
第5章 権力と金
第6章 信頼のシグナル
第7章 操作される信頼
第8章 あなたは自分を信頼できる?
第9章 信頼するか、欺くか

 それではいよいよ、第5〜9章の内容です:

●信頼は、他者を頼らなくてはならない人にとって生き延びるための手段である。

●最下層に分類された車種のドライバーは一人残らず車を止め、研究者に横断歩道を渡らせてくれた。中間層では、ドライバーの約30%が法律を破り、車を止めないで研究者の行く手を遮った。そして最上層(フェラーリ)では、ドライバーの約50%が法律を無視して自分の都合を優先させた。

●社会階級の高い人はウソつきにもなる。採用面接の実験では、これから面接する求職者が少なくとも2年以上の雇用期間がなければ仕事に就くつもりがないことを知っておりその仕事が6か月で終わることになっているとき、雇用主の社会階級が高いほど、その仕事が短期間で終わることを隠す人が多かった。

●社会階級の高い人びとのほうが、他者の犠牲によって自分の利益を増やす行動を容認しただけでなく、自分もそうふるまう可能性があると答えた。

●社会階級の高い人びとの信頼度が平均的に低いのは、彼らの育ちのせいではなく、この瞬間に消費できる資源を持っているからだ。信頼度を生み出すのは、自分には他者が必要だという感覚である。独りでは望む目標を達成できないという感覚だ。

●人の信頼度は生まれ育った社会階級によって決まるのではなく、現在、周囲の人々と比べたときの自分の位置によって決まる。

●自分の権力や社会的地位が上だと感じた参加者――社会階級の低い人と比べたばかりの人びと――は、それとは反対に感じた参加者よりも、ボウルからかなり多くのキャンディーを取った(食べたければキャンディーを1つとってもいいと言われていた)

●人は権力を得ると不誠実になるだけでなく、ぬけぬけと嘘をつけるようにもなる。高い地位の盗人群――短時間、ボスの役になった人びと――は、平気で面談者に嘘をついた。じつは、高い地位の盗人群では、実験前に面談者から「嘘つき」に分類された人はほとんどいなかった。ちょっとした地位の変化が彼らに自信を与え、利己的な嘘つきにしたのだ。

――「テストステロン」は地位上昇に伴って出るという。本書では触れていないがこの人たちはテストステロンが出たのだろうか。

お金がそばにあるだけで、人をだます傾向が高まり、信頼度が低下する(ハーヴァード・ビジネススクールの行動経済学者、フランチェスカ・ジーノの研究)。現金7000ドル以上が机に積んであったグループでは、アナグラム問題の採点におけるごまかしは大幅に増えた。

お金のことを思い出させたりするだけで、人びとが自分中心になり、仲間との社会的な交流より自己充足を重視する。ミネソタ大学カールソン経営大学院のキャスリーン・ヴォースの研究)。お金があるという考えを実験参加者に強調すると(お金を見せたり、お金について書いてもらったりすると)、対人行動に劇的な違いが出る。お金を目立たせると、人びとは、助けを求められても積極的に支援しなくなるうえ、自分が困難な課題にぶつかったときに、他者の助けをm止めるのをためらうようにもなった。お金があるというシグナルは、自力本願の気持ちを強め、助けを求める他者や協力の意向を示す他者の拒絶につながるのだ。

●お金と社会的近接性の実験(ヴォース)。社会的近接性とは、他者とどこまで近づきたいかという感覚で、相手との関わり合いへの意欲を示す指標。二人の人間の距離は、交流したいという気持ちが強いほど近くなる。実験から、お金を思い起こさせるものがあれば、人びとが互いに離れて座ることを見出した。

●お金が社会的嗜好に及ぼす影響(ヴォ―ス)。参加者はこれから与えられる難しい課題を誰かと一緒にするか、一人でするかを選ぶように求められた。人はふつう、楽しくない課題では協力したがるが、(お金の絵を見せられるなどして)お金のことを思い出させられた参加者では、それ以外の参加者よりも、単独作業を選ぶ割合がかなり高かった。彼らは、成果を分け合うことや、成果を出すために他者を頼ることを嫌がったのだ。

――このくだりが本書の一番の「きも」。昨年初め、『「学力」の経済学』という本について「教師も子どももカネで釣れ、というおそろしい思想だ」とわたしは批判したのだが、カネで釣ってはなぜいけないか。ウソつきになるし人と助け合わない一匹狼になるし、と「人格面」でのよくない影響が出るということがちゃんと研究されているのである。教育経済学という狭い分野の知見だけで判断してはいけない。

――もうひとつは、アドラー心理学はじめ行動主義に対するアンチの言説をみると、結局かれらは「おカネによる報酬」を批判しているのではないか、そこだけをピンポイントで叩けばいいのにほめる(精神的報酬)までもを批判してしまっているのではないか、という気にもなる。


●権力者は信頼を重視しないが、「人を信頼するのはよいことだが、信頼しないのははるかによいことだ」と言ったベニート・ムッソリーニは最終的にどうなったか。処刑されたのち、遺体はミラノのガソリンスタンドの柱に逆さ吊りにされた。

●専制君主、上流階級の子孫、PTAの会長などは多くの場合、階層的地位が高いおかげで、社会的責任を果たす場面で制約を受けないように感じる。ほかの人びとは彼らの指示を聞かなくてはならないので、彼らは通常、反撃を恐れずに自分の短期的な目標を達成できる。つまり、他者を信頼しなくてもよく、他者に指図できる。

●だが、こうした統率戦略には、暴力や恐怖による強制力を何度も行使して地位を維持しなくてはならないという問題がある。そのため、有力人物が強制力を失うと、搾取に苦しめられた人々は、しばしば報復しようとする。

――どこかの大統領のことをつい考えてしまうが彼はどんな末路をたどるのだろう?

●心の知能(EQ)が高い人びとも、やはり権力のある地位に押し上げられたとき権力の毒に冒される可能性がある(ケルトナーの研究)。だがそれに抗える人もいないわけではなく、そうした人びとは名誉や公平さ、信頼を保とうと努める情け深いリーダーとなり、長く自分の地位を維持する。

●数学的シミュレーション(マーティン・ノヴァク)でも、さまざまな社会集団における現実世界での階層ダイナミクスの研究でも、公平で誠実で寛大な人は、長期的には得する傾向がある。

――受講生さん方、読んでくれているかな。

――ここからは「信頼のシグナル」の話。

●信頼のシグナルは、きわめて慎重に出される必要がある。自分の手の内を一度にすべてさらすと破滅する。

●身ぶりや表情を正しく解釈するには、2種類の文脈が欠かせない。私はそれらを「配置の文脈」と「場面の文脈」と呼んでいる。単独の身ぶりや表情は、人の感情や意図を表す確かな指標ではない

●顔の表情は、単独では人の感情を突き止めるのには役立たない。運動選手が勝つか負けるかして激しい感情を抱いている瞬間の写真を用いた実験で、人間は表情のみから感情を推測するのがひどく下手だということがわかった。

●「場面の文脈」。同じシグナルでも、それを発する人によって、伝えたいことが異なるかもしれない。心が誰かの微笑みを支持のシグナルと解釈するか悪意のシグナルと解釈するかは、その相手の社会的カテゴリー次第。競合相手や敵対する人の笑みは、よくない出来事の前触れかもしれない。

●相手のふるまいを予測する制度は、相手と対面で会話した参加者のほうが、インスタントメッセージを用いた参加者よりかなりよかった(著者の研究)。

●4つの手がかりに注目すると、参加者が感じ取った信頼度についても、実際の行動が誠実なものだったかどうかについても精度よく予測できた。4つの手がかりとは、腕を組むこと、体をそらすこと、顔に触れること、手に触れることだ。これらの仕草を頻繁にするほど、その人は不誠実に振る舞った(相手に渡したメダルの枚数が少なかった)。

●次にこの4つの手がかりをロボットの「ネクシー」に学習して実際にやってもらったり、やらなかったりしてもらったところ、会話中にネクシーが4つの手がかりを出すのを見た参加者は、あとでネクシーを信頼できないと述べた。彼らは、あたりさわりのない手がかりを見た参加者たちと同じくネクシーに好感を持ったが、ネクシーから騙されそうな気がしたのだ。さらに、4つの手がかりを見た参加者はネクシーからもらえるメダルは少ないと予想しただけでなく、メダルをネクシーと分け合う気持ちも薄れた

そして最も重要なのは、信頼度の感じ方がすべてを結びつけたことだ。すなわち、参加者が報告したネクシーの信頼度から、ネクシーが渡してくれそうなメダルの予想枚数と、参加者がネクシーに渡すメダルの枚数が、両方とも直接予測できたのだ

――4つのシグナルとは何!?テストに出ますよー(笑)

●能力のシグナルには微妙さが必要でないので、その構成要素は誠実さのシグナルに比べてはっきりしている。能力を示すシグナルは、自尊心や地位を表す非言語的な表現にそのまま結びついている。たとえば、胸を張る、頭をぐっと上げる、両手を広げて掲げる、両手を腰に当てる、交流するときに他者をあまり見つめない、などだ。


●人は一線を越えて思い上がる(過度な自尊心を持つ)こともあるが、心理学者のリサ・ウィリアムズと著者の研究からは、自尊心がきわめて有用であることが示されている。人は自尊心に駆り立てられて有益な技能を獲得しようとするが、自尊心がなければ、そんな気も起るまい。

――ここもひそかに重要。一時期、自尊心が高いことが暴力傾向につながることが強調された。しかしそれは過剰なレベルになった自尊心について言うもので、自尊心が低すぎる人や子どもには、まず上げてあげなければ学習意欲も湧かない。これは、「承認導入企業」で最初の意欲向上のマーカーとして学習意欲が高まり、仕事関係の本を読んだり社内勉強会を開いたりするようになるのだが、それとも一致する。
(当ブログの『「学力」の経済学』批判の最初の記事なども参照されたい)

――そしてやはり、「自尊感情をもちましょう」という教育は子どもさんのほうにではなく、親御さんや先生のほうにしたい。

 
●自分には専門技能があると思い込まされた参加者は、できるという単純な思い込みによって、自信のシグナル――胸を張った姿勢、頭を上げることなど――を発し、ほかの人びとは彼らの指図を信頼した。メンバーたちは、脅されて従ったのではなく、報告によれば、自信に満ちた仲間についていきたいと思ったとのことだ。彼らは、自信のある人を否定的に捉えたり、偉そうな奴と見なしたりはしなかった。逆に、好感を持ったと報告した。信頼できそうな人が見つかって喜んだのだ。

●心はよく間違いをする。だが、手がかりはつねに間違っているのではない。間違っているのは、心がそれを一般化しすぎるときだけだ。

●顔のつくりによるバイアス。静止状態での顔の構造的な違いを過度に一般化して感情を見つける。その結果、眉が目立つ人や口角がやや下がっている人は、そうでない人よりも、腹を立てている、よからぬことを企んでいる、あまり信頼できないと判断されることがある(トドロフの知見)。

●童顔の人は一般的に、温かい心や善意を持つが能力はやや劣ると見られることが確かめられている(トドロフら)。

●候補者の顔が選挙に及ぼす影響(トドロフ)。2000年から2004年までの5つの選挙で候補者の顔のみに基づいた有権者の選択を分析した。研究チームはニュージャージー州プリンストンの住民に、アメリカの別の地域で出馬した候補者の顔写真だけを見せた。結果は、顔の特徴のみから最も能力があると判断された候補者が、実際の選挙戦において、約70%の確率で当選したのだ。

●政治評論家のラリー・サバトは、「連邦議会が、ニュースキャスターやクイズ番組の司会者に似た人びとに乗っ取られていることがおわかりでしょう」と述べている。

●テクノロジーを信頼するバイアス。想定リスクが高いほど、人間の助手より自動化ツールから提供された情報に基づいて決定することが増えた。

●アバターの仮想世界でも、現実世界の男性と同じように、男性のアバター同士が会話するときには、女性同士や男女の場合に比べて、互いの距離がかなり開いていた。

●ある人から自分のアバターを信頼してもらいたいとしよう。人が他者に対して抱く共感や責任の大きさは、相手が自分にどれほど似ていると思えるかで決まる。たとえば、相手と同じリストバンドをつけるといったささいなことでも効果がある。

●仮想世界で、候補者2にんのうち一方の顔写真を参加者1人ひとりの顔に合わせて変形させ、参加者の顔が40%含まれるようにした。この程度の変形だと意識的な心は気づかないが、無意識的な心はパターンに対して敏感で、この変形に気づく。この結果、大多数の人が、政治的な立場についての情報を無視し、自分の顔が40%含まれる候補者に投票する意思を示した。

●相手より戦略的に有利な立場を得られるようアバターの外観を変えると、そのような変更が逆向きに作用してアバターのユーザーに影響を及ぼす。この可能性は「プロテウス効果」と名付けられている。背の高さは、他者と交流するときの自信や優越感、自尊心の大きさと関連することがわかっている。その分、誠実に振る舞おうという気持ちが薄れる。大柄なアバターを使った人は、バーチャルな世界で自分本位に振る舞うだけでなく、その態度を現実世界にも持ち込む。

●プロテウス効果を裏付けるように、背の高いアバターを割り当てられた参加者は、バーチャルな世界だけでなく現実世界でゲームをしたときにも、自分の取り分を多くした。自分には力があるという感覚が、無意識のうちに「通常の」自分に対する認識にも波及し、信頼に関連する振る舞いが悪い方向へと変わったのだ。

●ファンタジーの世界で利己的に振る舞う力やそうした役割のあるアバターを選ぶと、思いがけず、同じ振る舞いが現実の日常生活でもわかりにくい形で引き起こされる可能性がある。そして、もし誰もがこのようなゲームで何としても勝って他者を支配しようとするのなら――その可能性は高い――、私たちの社会の全般的な誠実さは、じわじわと下降線をたどるかもしれない

――「フェイクニュース」蔓延と関連するかもしれないところだ。ゲーム育ちの若者がネットでウソを拡散する、既に起きていることだが科学的にもその可能性が高いことがわかっているのだ。

●ヘルスリテラシーの低い人へのITを使った援助の試み。ヘルスリテラシーの低い人は勧められた治療を理解できず、指示された治療法に従えないため、退院後の健康状態がきわめて悪い。しかもその率は高く、アメリカの成人全体の36%、都市部の貧困層では80%を超える。ここで「信頼」できる特性を備えたエージェントを設計し、患者にこのエージェントとタッチパネルで交流してもらった。すると、ヘルスリテラシーの低い患者たちは、このエージェントに大きな信頼と安心感を抱いたと報告しただけでなく、大多数が人間の看護師よりもエージェントと交流したいと答えた。

●この実験でエージェントは、親身になっていることを占める感情表現と、患者の注意を退院後のケアプランの情報に向けるための手振りという二つの非言語的な行動によって、双方向の関係をつくり出した。それはヘルスリテラシーの低い人々と人間の看護師や医師との間に欠如しており、学習効果を高めるうえで大切なものでもあるからだ。エージェントの社会的な表現や患者への接し方を機械的なものにすると、患者たちはエージェントにあまり親近感を持たなかった。

――やっぱり、「AI先生」普及の余地はありそうですね

●患者の意識が高まった理由は、1つには患者が情報をしっかり理解したことにある。だが著者はひそかに、患者が誠実に振る舞いたいと望んだことも関係しているのではないかと思っている。患者はデジタルの看護師に対して、自分が信頼に値することを示したいと思ったのではないだろうか。


 抜き書きはおおむね以上。

 たいへん面白い読書でございました。


ネット時代、「社会全体の誠実度が低下するかもしれない」という著者の予測が既に当たりつつあるように見えるのが気がかりです…。

 精神科医・ブロガーである、Dr.シロクマこと熊代亨先生の新着記事を、こちらにも全文転載させていただきます。

※元の記事
>>http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20170209/1486634304


 熊代先生は従来より精神科領域から「承認欲求を否定することは危ない」と発言。
 2014年にはブログ「シロクマの屑籠」「承認欲求四部作(リンクは第一記事)」をまとめられ、当ブログでも引用させていただいたりしました。
 (当ブログの引用記事はこちら


 このシロクマ先生に最近、わたしから3つのご質問を投げましたところ、それへのお答えをこんな風にブログ記事にまとめてくださいました。

 大変熟考されたうえ、記事としては手際よくまとめてくださっています。わたし自身にも大変参考になりました。

「承認欲求を否定したら、どうなりますか?」普通の精神科医なら「考えたこともない」と答えるであろうご質問にシロクマ先生は、「抑うつ的になるでしょうね」。明確に言い切られました(←某ベストセラー的表現)

 読者の皆様も、よろしければご覧ください:


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「 トラウマは本当に「ある」?/目的論・原因論どちらを重視?/承認欲求を否定したらどうなる?


先日、ある方から3つの質問をいただいた。これについて、自分なりに整理してみたかったので、ブログ上で清書をしてみます。
 
 お題は、以下の3本です。
 
 1.「トラウマ」の有無について複数の精神科医に訊いて回ったが、回答がまちまちだった。結局、トラウマは「ある」のか「ない」のか。
 
 2.トラウマの有無はともかく、現場では「原因論」と「目的論」どちらの考え方を重視するのか。
 
 3.「承認欲求を否定せよ」というフレーズがあるが、本当に否定したらどうなるか。
 
 


 
 【1.トラウマは「ある」のか「ない」のか】 
 

 どちらかといえば、私は「ない」派かもしれません。

 私は、フロイト直系の精神分析でいう(古典的な意味の)トラウマについて、あまり考えません。
 
 ちょっと古めの精神医学事典によれば、
 


 心的外傷 psychic trauma
 
 個人に、自我が対応できないほど強い刺激的あるいは打撃的な体験が与えられることをいう。
 (中略)
 フロイトS.Freudの神経症に関する初期の研究の中で提唱されたもので、恐怖、不安、恥、あるいは身体的苦痛などの情動反応を示す刺激として論じられた。これらの刺激は意識的世界では受け入れがたいので抑圧されてコンプレックスを形成することになる。すなわち、心的外傷体験は新しい外傷に対する自我の傷つきやすさを増大する。


 とあります。
 
 問題は、「新しい外傷に対する自我の傷つきやすさを増大するようなトラウマ体験」が一体どういう体験か、です。私の記憶が間違っていなければですが、古典的な意味でのトラウマとは、特別にひどいエピソード一回で生じてしまうものだったはず。
 
 対して、私が愛好する自己心理学*1では、トラウマに相当するものは、特別な一回や二回の外傷体験によってできあがるものではなく、もっと長期間の、持続的な共感不全や不遇によって生じるもの、とみなされていました。逆に言うと、一回のひどい体験があっても、その体験と当人を周りの人達が適切に受け取って対処できていれば、トラウマへと発展しない、という考えかたです。
 
 私は、世間で騒がれるところの「幼少期のトラウマ」の大半は、こちらの考え方で捉えたほうが妥当だと思っています。
 
 ただし、PTSDを念頭に置いたトラウマに関しては、ある程度「ある」と想定しています。
 
 PTSDという精神疾患は、もともと第一次〜第二次世界大戦に砲弾ショックや塹壕神経症と呼ばれていた軍関係の領域で発展してきたものですから、主に、長期間にわたって極限状態に曝される人々を対象として発展してきた疾患概念でした*2。それが、20世紀末になって戦場帰りではない人々にも適用されるようになり、90年代〜00年代にかけて、たくさんの人々この言葉を好んで用いました。こういった経緯には十分な留意が必要だと私は思っていますが、それでも、重度の災害等でPTSDの診断基準に見合った患者さんを発見したら、そのように診断するよう心がけています。そんなに多く出遭うものではありませんが。
 
 また、PTSDの研究領域では、海馬の縮小や扁桃体の変化といった器質的な変化や、交感神経系の異常な反応などが報告されています。これらも、PTSD領域にトラウマという語彙にふさわしい変化が存在する傍証になるのでは、と思っています。
 
 まとめると、私は
 
 ・精神分析のトラウマに相当するものは、古典的な一発ノックアウト説には懐疑的だが、長期的には発生し得ると考える
 ・PTSD領域のトラウマは、日常臨床ではそれほど多くは出遭わないにせよ、「ある」と考える
 
 という立場を取っています。
 
 
 【2.現場で「原因論」と「目的論」どちらの見方を重視するのか。】

 
 「目的論」と「原因論」については、私自身は、アドラー風の目的論的思考にあまり重点は置いていません。
 
 ですが、患者さんとお話をする時には、「原因論」にもとづいた原因探し、いわゆる“悪者探し”を滅多にやりません。
 
 古典的な神経症の患者さんに出会った時も含め、一般に、過去の出来事や心的外傷を振り返って得をする場面はあまり無いと私は思っています。PTSD系の論説のなかには、過去をほじくり返すとかえって侵襲が増すという話もありますし、また、過去を振り返るよう勧めすぎると「トラウマのねつ造」のようなアクシデントが起こることもあります。その片棒を担ぐようなことはしたくありません。
 
 また、“悪者探し”は家族関係や周囲の援助関係に悪影響を与えやすく、これが、アンコントローラブルな事態をもたらす可能性があります。かりに、99%親が「トラウマの源泉」だったとして、患者さんに「親が悪いんですよ、あなたは悪くないんですよ」と囁く行為が、どこまで患者さんのためになるのでしょうか。
 
 のみならず、患者さんに「親が悪い」と囁くことによって、治療者自身の問題や病理を反映しているってこともあるように思います。これも一種の「転移」ですよね。そういう転移混じりの状況では、治療者は思い切ったことを言いたくなるものですが、それが患者さんにとっての最適解なのか、治療者自身にとっての最適解なのか、よく振り返ったほうが良いことがあるように思います*3。
 
 なにより、過去の原因をどれだけ探したところで、過去は訂正できません。それより未来の社会適応を考えたほうが建設的なので、臨床場面では目的論的な話し合いをする機会のほうが多いと私自身は感じています。
 
 他方で、個人としての私は「原因論」、というよりも「因縁論」者です。私は大乗仏教を広く薄く信奉しており、思考のベースには縁起の考え方があります。
 
 私が見聞している範囲で「因果」と「縁起」の違いを述べてみると、因果とは、科学にみられるような原因-結果を一対一の対応とみなすのに対し、縁起とは、ものごとが起こる種子(要因)は単一ではなく無限にたくさんの要因が寄り集まって結果を生じるもので、その結果が、更に次のたくさんの出来事の種子となっていく、といったものです*4。科学という枠組みで取り扱いやすい物理現象や化学反応のたぐいはともかく、娑婆の出来事を考える際には、こちらのほうが実地に即していると私は感じています。
 
 また、なんだかんだ言っても私は精神分析っぽい考え方が好きなので、患者さんの縁って立つ背景についてはできるだけ情報を集めますし、ネガティブファクターたり得る要因の洗い出しは不可欠とも考えます。ただし、集めた情報とその分析結果をどこまで患者さんに伝えるべきかはケースバイケースで、伝えるとしても、細心の注意が必要です。
 
 なので私は、頭のなかではだいたい「原因論>目的論」ですが、実地に人と喋っている時には「目的論>原因論」という構えをとることが多いです。
 
 
【3.承認欲求を否定したらどうなる?】
 

 マズローの欲求段階説をベースに、「承認欲求を否定したらどうなるか」について私なりの考えを書いてみます。
 
 現代日本には個人主義的な自意識とイデオロギーが浸透しているので、承認欲求は、関係性の欲求として最も重要とみなしても良いのだと思います。ですから、その承認欲求が断たれてしまえば抑うつ状態に陥りやすいでしょう。あるいは酒やギャンブルといった嗜癖に溺れやすくなるか。このあたりは、実地の観察とも矛盾しません。
 
 ただし、昭和時代の日本人、途上国の町村部といった個人主義的な自意識やイデオロギーがそれほど広まっていない地域では、承認欲求よりも所属欲求のほうが関係性の欲求として重要度が高いので*5、承認欲求を否定されても、現代人ほどにはメンタルヘルスに打撃を受けないんじゃないか、と思っています。
 
 自分自身が承認の焦点になっていなくても、自分が所属している集団を誇りに思えたり、仲間意識や一体感が感じられれば、所属欲求が充たされてまあまあ幸せになれたのではないでしょうか。そのような現代以前の社会*6では、承認欲求を否定されるよりも所属欲求を否定されるほうが“堪えた”のではないかとも思います。これは、現代の大都市圏でスタンドアロンに働く人には、信じられない世界の話と聞こえるかもしれませんが。
 

昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来

昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来
作者: ジャレド・ダイアモンド,倉骨彰
出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
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 このあたりは、リースマンやエリクソンやマズローといった昔の社会心理学っぽい書籍だけでなく、『昨日までの世界』のような最近の書籍を読んでいても、さほど間違っていないんじゃないかと感じます。また、私自身の親世代〜祖父母世代を見ていても、20代〜30代に比べて所属欲求への親和性は高いように見受けられます。
 
 ですから「承認欲求を否定したらどうなる?」の答えは「現代日本ではヤバいことになる。しかし人類史全体で考えるならそうとも限らない」が正解だと思っています。特に、内戦中の国のような境遇では、承認欲求/所属欲求どころではなく、マズローの三角形でいえば下のほうの、生理的欲求や安全欲求が脅かされるので、まず、それらを充たすことこそが焦眉になることでしょう。そのような状況下では、承認欲求が充たせるかどうかは、もっと後回しの問題になっているのではないでしょうか。あくまで相対的に、ということですが。
 
 

 
 ここに挙がっている3つの問題は、どれも、つきつめてYesかNoかで考えると割と考えが狭くなりやすいものだと私は思うので、ガチガチに肯定したり否定したりせず、コンテキストに即した柔軟な捉え方をしていくのがいいのかな、と私は思います。少なくとも実地で応用する際にはそうでしょう。そろそろ時間切れなので、今日はここまでにいたします。
 


*1:H.コフートが創始した自己愛についての精神分析学派。自己愛パーソナリティの研究で名を馳せた

*2:全米ベトナム戦争退役軍人再適応研究NVVRSによると、戦争に従事した後の30%の人がPTSDの診断基準をみたし、22.5%が診断基準の一部をみたすそうです。

*3:こういう、治療者自身の病理の取り扱いって、現在の精神科研修医はきちんと教わるものなんでしょうか。教えて偉い人。

*4:ちなみに宗教的には、そういった多岐にわたる縁起の連なりを全て把握できるのは人間には不可能とされています。それができるのは如来。

*5:「所属欲求よりも承認欲求が上」というあのピラミッドの書き方は、現代日本の個人にはあまり当てはまらないものだとは思いますが、西洋史観にもとづいて文明発達を考えるなら、順序として当てはまっているように私にはみえます

*6:ああ、これも西洋史観的なモノ言いですね、その点には留意しましょう


(太字一部正田)
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 いかがでしょうか。

 熊代先生は、「承認欲求」の定義としてはマズロー説にしたがっていらっしゃるので、当ブログの通常のつかいかたとしての「承認欲求」と少しずれるのですが、その点もメールで少しお話ししたうえで、ここでは熊代先生の定義のほうを採用させていただいています。

 熊代/マズロー説による「承認欲求」でも、否定すれば抑うつ的になってしまう、ということですね。

 当ブログの定義による、「赤ちゃんのころから」の「承認欲求」だと、どうなってしまうでしょう…


 とまれ、素人のわたしのご質問に真剣に悩んで答えてくださいましたシロクマ先生、どうもありがとうございました!


信頼はなぜ裏切られるのか 表紙画像

 『信頼はなぜ裏切られるのか』(デイヴィッド・デステノ、寺町朋子訳、白揚社、2015年12月1日、原題'The Truth About Trust')を読みました。

 あまり期待しないで読み始めた(失礼)が意外におもしろかった(それも失礼)、いや、素直におもしろかったです。

 「信頼と教育」というところで「教育屋・正田」が素直に腑に落ちたところがありました。
 簡単にいうと「小学校以上の子どもは物知りの人に教えてもらうのが好き」ということです。


 またアドラー先生のお好きな「協力」「貢献」「共同体感覚」に近いお話も出るので、最近ブログ読者に多いアドラー・ファンの方々も必見ですヨ!!

 今回も長い日記になるので2回に分けます。全体の目次をご紹介してからこの記事では前半部分、1−4章をご紹介します。

第1章 信頼とは何か?
第2章 無意識が支配する
第3章 赤ちゃんは見ている
第4章 恋愛と結婚の核心
第5章 権力と金
第6章 信頼のシグナル
第7章 操作される信頼
第8章 あなたは自分を信頼できる?
第9章 信頼するか、欺くか

(第5章以降は次の記事(未投稿)で。)

 以下、抜き書きです。


●そもそもなぜ人間は信頼するのか?人を信頼することはまさに賭けであり、当然リスクがある。一言で答えれば、そうするしかないからだ。他者を信頼することで得られそうな恩恵が、被りそうな損失より平均するとかなり上回るのだ。

●宇宙船の打ち上げのような共同事業を成功させるためには、みなが各自の役目を果たして任務を完遂すると、全員が信頼しあわなくてはならない。

●日常のほとんどの事柄でも私たちは他者の協力を当てにしなくてはならない(例、子どもを人に預けて働くなど)

●アクシデントにあう場合もあるが、統計的に言えば、他者を信頼しないよりも信頼したほうが、一般に長期的な利益は大きくなる。

●問題点その1.人の行動すべてを確認できない。

●問題点その2.行動のやり取りのあいだに時間のずれが起こりうる。

●囚人のジレンマ――『暴力の人類学』で既出。「寛大なしっぺ返し戦略」が長期的にみて最終的な勝者になる。

●評判は「間接的互恵性」という、他者の経験から恩恵を得るメカニズム。評判は、他者を信頼すべきかどうかの判断の手がかりになるほか、みなが誠実にふるまう可能性も高めてくれる。

●しかし、評判は個人の不変的な特性を表しているわけではない。科学的データからは、人間の道徳性が非常に変わりやすいことがはっきりと示されている。同情や利他主義、寛大さや公平さ、浮気や嫉妬、偽善や賭博のどれを取り上げても、人の道徳的な行為の揺れ幅は予想以上に大きいことが実験的なデータから繰り返し示されている。(このことは多くの人は信じられないと思うようだ)

●客観的な状況が変わったり、水面下の心の計算が変化してはじき出す報酬が変わったりすると、行動も変わる。もちろん、どれくらいの量の報酬で誠実な態度が翻されるかは、人によって違うかもしれない。だが、人の信頼度のレベルが固定されていないというのは事実だ。だから自覚のあるなしはともかく、誰でも報酬如何でころっと変わってしまう。私たちの心は、つねにコストと利益を計算しているのだ。誠実さはどんな状況でも、競合する心的なメカニズム同士の目下のバランスによって決まると提唱した。

――こういうのは、わたしもよく経験した。慣れっこになったとまではいかない、いまだにうっかり信頼して裏切られ、裏切られるとその都度傷ついている。ただ以前に比べると裏切られることへの耐性ができていると思う

●「ギブ・サム・ゲーム」で、参加者がサクラに感謝する理由のない群では、参加者は相手に平均で2枚のメダルを渡すことを選択した。サクラに対して(事前のイベントにより)感謝の気持ちを抱いている参加者はより協力的で、対照群よりも多くのメダルを相手に与えた。この結果は、参加者が初対面の相手とゲームをしたときも同じだった。これは感情の状態の一時的な揺れによって信頼度の評価が変わることを示している。

●社会的ストレスは、誠実な振る舞いを劇的に増やす。社会的な不安のある人たちは、そうでない人に比べて相手に協力する割合が約50%多かった。

●何を身に着けるかという単純なことで、その人の誠実さが変わる。偽ブランド品だといわれた眼鏡をかけた参加者は、数学テストの得点を自己申告するとき参加者の71%が自分の得点を水増しした。本物のブランド品をかけていた参加者で得点をごまかしたのは30%にとどまった。偽ブランド品の眼鏡をかけているだけで、偽という観念を生み出し、嘘をつく傾向を大幅に増加させたのだ。

――ウソの下手なわたしは今度偽ブランド品を身に着けてみようかな

●したがって、誰かを信頼する際、あの人は信頼できるかと問うべきではない。正しくはこうだ。あの人は、現時点で信頼できるか?

人の道徳性はほぼすべて、短期的な利益と長期的な利益の兼ね合いとして理解できる。信頼は異時点間の選択のジレンマとして概念化できる。成功とはたいてい長期的な観点で決まる。成功する戦略を擬人化すれば、それは何百、何千もの交流を重ねて、結果的に多くの資源を蓄積する人と言える。

●だとすれば、誠実さの核をなす特徴の一つは自己制御能力と言うことになる。言い換えれば、長期的な利益につながる願望を優先し、目先の願望に抗う能力だ。

●他者の信頼度についての評判があてにならないとすれば、信頼度を直感で見抜くことができるだろうか?

●非言語的な手がかりや生理的な指標を利用して感情や動機を見極める方法についての科学的な理解は、急速に見直されている。それら従来の手法は、ほぼ使い物にならないことが示されてきた。

●信頼度のシグナルがまだ特定されていない理由。
1.信頼度のシグナルは微弱で、すぐ読み取れるものであってはならない。
2.これまでのシグナルの探索がまったく間違っていたこと。信頼にかんしては、視線をそらすことや作り笑いのような決定的な手がかりなどない

●信頼のためには誠実さだけではダメ。能力も誠実さと同じくらい重要。そして信頼にかんする心の計算のほとんどは、意識外でおこなわれる。

私たちの心は、能力のシグナルに関連する手がかりをすばやく処理する。すなわち、地位や力、リーダーとしての資質を評価したがる。そうした手がかりによって、それらを示した人が周囲から信頼される度合いははっきりと変わる。

●信頼にかかわる生理機能が進化によって形作られてきた様子は、突然変異の結果を時間の経過で比較すればわかる。こうした取り組みのなかで有名なモデルが、ポージェスの提唱する「ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)」だ。

●哺乳類の迷走神経は2つの部分からなる。1つは、髄鞘に覆われていない古い部分で、もう1つは、髄鞘に覆われた進化的に新しい部分だ。迷走神経の古い部分と新しい部分、それに交感神経系の特徴によって、脊椎動物の神経系の発達段階がはっきりと3つに分けられる。

●1つめは、髄鞘に覆われていない迷走神経からなる古いシステムで、動きを止める反応に関係がある。そのシステムが活性化すると、硬直や死んだふりが起こる。動物が極度の恐怖にさらされたとき(捕食者に追い詰められたときなど)に実行できるきわめて単純で効果的な戦略の1つが、死んだふりなのだ。

●第2のシステムは、交感神経系が活性化したときの脅威に対する第2レベルの反応、すなわち「闘争・逃走反応」を生む。つまり、生物に行動を起こす準備をさせるのだ。そのシステムが活性化すると、心拍数や呼吸数が上がり、血液が四肢の筋肉に送り込まれ、アドレナリンなどのストレスホルモンが分泌される。これらは、不安や心配、どうしようもない恐怖を感じたときに起こる。

●第3のシステムは、髄鞘で覆われた迷走神経系だ。このシステムは哺乳類にしかなく、人間を含む霊長類などの高度な社会的動物と関連が深い。信頼にかんして重要なのは、それが心臓やストレス応答と結びついていることだ。
 心臓については、迷走神経の活動が高まると、心を落ち着かせる効果がある。言い換えれば、心臓にとってブレーキの役目を果たし、鼓動や呼吸を緩やかにする。ストレスについては、迷走神経が高まると、視床下部―下垂体軸の活動が低下してストレスホルモンの分泌が減少する。

●興味深いのは、第3のシステムは、社会的な交流に関連した体の部分を調節する神経とも脳内で相互に結びついていることだ。たとえば、感情表現に必要な顔の筋肉、人の声と同じ周波数域の音を聞くために内耳の能力を変化させる筋肉、発生に抑揚をつける喉頭の機能をつかさどる筋肉などと結びついているのだ。以上から、髄鞘で覆われた迷走神経には、社会とのかかわりを調整する機能があることがわかる。このシステムは体を穏やかな状態にし、社会的な交流を円滑におこなえるようにする。安心感や落ち着きをもたらし、分かち合いや傾聴、心地よさ、そして信頼を促すのだ。

哺乳類、なかでも人間は、闘争や逃走や死んだふりでは対処できない困難にもぶつかる。私たちは生き延びるために、折に触れて他者と一緒に働き、協力し、他者と信頼する必要がある。…迷走神経の活動が高まると、体はコミュニケーションや共有、社会的なサポートを図りやすい状態になる。


●ポリヴェーガル理論が提唱されたのはわりと最近。支持する研究結果は増え続けている。たとえば、子どもを対象とした研究で長期的に迷走神経の活動が活発な状態だと、否定的な感情や問題行動が少なく、社交性が高いことがわかっている。大人でも同様で、迷走神経の活動が活発だと、社会とのつながりが強く、幸福度が高く、さらには他者の苦しみへの思いやりが深いことが見込まれる。これらはすべて誠実な行動を促す性質だ。私たちは、穏やかな気分のときや他者との絆を感じるときには、他者を助けてあげたことによる長期的な見返りを高く評価する。


――いわゆる「共同体感覚のある人」とは、「迷走神経の活発な人」じゃないでしょうか…

●迷走神経の活動が活発だと、行為の品性だけでなく知覚の精度にも影響があることが示されている。迷走神経による穏やか効果を活用すれば、他者の感情を正しく理解する能力が研ぎ澄まされることも多い。迷走神経がこのように働くのはなぜか?脅威に対する体の反応をなだめれば、心が眼前の社会的な課題に集中できるようになるからだ。社会的な課題への対応では多くの場合、相手の感情を確実に知る能力と、それに基づいて行動する意欲の両方が求められる。

●信頼だけですべてが解決できるわけではない。そのため、3つのシステムは階層構造になっている。私たちの心は、最上位のシステム――髄鞘で覆われた迷走神経――から出発し、そのシステムで問題が解決できなければ下に降りていく。

●迷走神経が緊張するほどよいわけではない。過度に社会的、あるいは過度に楽観的なのは病的と言える。心理学者のジューン・グルーバーによる研究では、迷走神経の活動レベルが極端に高いと、自信過剰や、人とのつながりを求めすぎる衝動に結びつくことがわかった

●そうした無差別的な迷走神経の緊張は、躁病と結びつくようだ。私たちの心はそうした状態を直感的に認識する。そうした人を、緊張がほどほどの人に比べて社会的なパートナーとして信頼できないと即座に見なす。

●私たちは普通、自分の生理反応を支配できず、逆にそのような反応に支配される。信頼の重要性や意義を踏まえれば、心が信頼に関わる計算をより効率的・自動的に達成する方法を生み出したのは当然である。

――ここまでが本書の前フリです。直感的な信頼のメカニズムとは何か、をここから解き明かしていきます

サルや類人猿の多くの種が、人間と同じように、不公平に対して断固とした嫌悪感を示す(ブロスナンの研究)。2頭のサルが同じ課題をして不公平なご褒美と交換するようにすると、チンパンジーやオマキザルは、自分が不当に扱われていることに気づくだけでなく、そのような扱いに対して憤慨する。交換に応じない、気に入らない食物をスタッフに投げ返す、あるいは少なくとも待遇に不満だという態度をありありと示す。

●チンパンジーの心には人間ほどではないが推論能力がある。しかし、オマキザルの分析能力ははるかに限られている。それでもオマキザルはチンパンジーのように、だまされると同様の嫌悪感を示した。したがって意識的な分析によって嫌悪感が生じたのではなさそうだ。

●オランウータンは逆に不公平に扱われても腹を立てない。人間以外の霊長類の中でも特に賢くて認知能力が高いのに、だ。理由は、チンパンジーやオマキザルと違いオランウータンは野生では単独で暮らしている。だから、彼らは協力をしないし、ほかの霊長類のように他者の信頼度を気にする必要もない。

●人間を対象とした研究から、心はしばしば状況を把握する前に判断をくだすことが一貫して確認されている。ニューロセプションはすばやく働くシステムで、意識的な思考を必要としない。人間やチンパンジー、オマキザルなどの社会的な種では、不公平な扱いに対する反応の多くは、時間をかけて状況を分析しなくても起こる。不公平な扱いや信頼の裏切りに対する怒りは、私たちのDNAに刻まれている。

●チンパンジーやオマキザルでは、不当に多い報酬を断るふるまいも見られた。長期的に信頼できるパートナーだという信頼を得るためには不公平を断ることも大事。

●チンパンジーにはパートナー候補を見分ける能力が十分にある(アリシア・メリスら)。2党が互いを信頼して協力しないと解決できない課題を出すと、チンパンジーは過去に食物を自分と公平に分け合った個体をパートナーに選んだり、すでに実力を示している個体を選んだ。

●オキシトシンに関する知見。
オキシトシンの鼻腔からの吸入量を増やすと、人がたとえ裏切りに遭っても相手を信頼し続けることを示した。

●オキシトシンの二面性。オキシトシンは確かに信頼や絆を強めるが、一方で不信や嫉妬、差別も煽る可能性がある。どちらになるかは文脈次第で、信頼にかかわる事柄では相手の素性によって決まる。

●オキシトシンの暗黒面。オキシトシンには信頼や協力を増す作用も減らす作用もある(カルステン・ド・ドリュの研究)。決断を左右したおもな要因は、相手の身元。外集団のメンバーにかかわる決断の場合、オキシトシンは温かい気持ちを引き出さず、それどころか差別的な決断を導いた。そのような決断は、よそ者ではなく自分やない集団の利益を優先する偏見の存在をはっきりと示していた。

――「自国ファースト」を叫ぶ大統領やその支持者の姿はあまり気持ちのいいものではないが、あの人たちもひょっとしたらオキシトシンの申し子かもしれない?

●道徳にかかわる出来事にかんしても結果はほぼ同じで、オキシトシンはつねに、外集団より内集団にとって有益な決断をくだす意欲を高めた。生か死かの場面でよそ者より同胞のほうを多く助ける決断を進んでくだした。要するに、オキシトシンが多いと、自民族中心主義や偏見の増大につながるのだ。

●オキシトシンはたいてい信頼感を増すが、その効果は相手に対する好感度によって左右される。たとえば、自分をつねに負かしたり不公平に扱ったりする相手と経済ゲームをした場合、オキシトシンが増えると妬みが助長される。したがって、オキシトシンが多ければ、相手がついに負けたときに、いい気味だという気持ちが強く引き起こされる。

――愛、憎ともに強くなるんでしょうかね。これ、従来男性のほうが競争相手の不幸に非共感的で、女性はその点競争相手にも同情する、という風に言われていたのと逆なような気がするんですが、オキシトシンが多ければ競争相手に同情できる、と思っていましたから。あと「ねたみ」は、よくタイプわけサポーターさんやFタイプの人はもっとも承認欲求が高く承認されないとひがみやすい、という説明をしますが、この人たちは妬みも強いのかもしれない。良くも悪くも感情が濃いというのはそういうことなんですね。

●オキシトシンはいつまでも相手を信頼しているわけではなく、しばらくすれば、あなたは信頼できない人を嫌い始める。特に興味深いのは、血管を駆け巡っているオキシトシンが多ければ多いほど、そのような人々に対する嫌悪や彼らの痛みに対して覚える喜びが増すほか、進んで痛めつけたいという思いさえ強くなることだ。

――可愛さあまって憎さ百倍ということか。これもこわっっ。この本を読むと、ポール・ザック本を読んで得たオキシトシンへの好感がふっとんでしまいそうだ。

●人間には、他者への信頼と自分の誠実さを高める生理的なメカニズムだけでなく、それとは逆に働くメカニズムも備わっている。人間は安心できる他者がいるときには心が落ち着くシステムを持っており、そのようなシステムはコミュニケーションや支援、信頼を促す。一方、人間は霊長類と同じく、これらの反応を修正するシステムも持っており、そのようなシステムは行動や技能に基づいて信頼できる人物を自動的に判断しようとする。そして、目の前の人が何となく信頼できなさそうなときには、相手を避けたり、相手を犠牲にして自分が得をするように振る舞ったりして、その人物の意に反する行動をしようとする。


――ここからはいよいよ「学習と信頼」の話。研修講師にとっても関心の高いところだ。案外シンプルな話なのかもしれないが……、

●何かを知りたいとき、大人ならいくつもの手段を自由に選べる。図書館やデータベースで疑問について調べることもできるし、実験をして自分の考えが正しいかどうか確かめることができる。それができないときは、誰かの話をそのまま信じるという選択肢もある。

●7歳ぐらいまでの子どもは使える調査方法があまりない。推論能力どころか語彙力もないので、Googleやウィキペディアを使いこなすこともできない。自分で実験して何かを学ぶ能力も限られている。

●実験で、子どもは自分の間違いから学べないことがはっきりした。何回間違えても、子どもたちは考えを変えなかった。幼い子どもたちは、重力の働き方についての思い込みに頼り続け、目の前のデータを無視した。子どもは実験や観察だけで学べるわけではない。

●そのような子どもは何から学ぶのか?第3の学習方法は、他者の発言に頼ることだ

●以上から、教室での学習効果を高めるためには、教師は指導の際に社会的な側面を考慮しなければならない。生徒に見せる教師の社会的なイメージづくりを強化すれば、学習効果はさらに高まるだろう。

●子どもの無私の親切心。心理学者フェリックス・ワーネケンの実験では、生後18か月の子どもたちに演技者が困った状況に陥り助けを求めるところを見てもらったところ、大多数の子どもが、演技者が助けを求めているようにみえる状況で、その人をすぐさま助けに行った。人を助けたい、人に協力したいという衝動は、1歳半になるころにはすでに目覚めている。

●3歳の子どもでは、報酬をパートナーと分けるさい相手の働きのほうが良ければ報酬を半々に分け、自分の働きのほうが良ければ相手に少なく与えた。相手の働きのほうが良いとき、誠実な振る舞いを促す心理的メカニズムと、利己的な振る舞いを促す心理的メカニズムとのあいだに根本的な対立が起こっている。

●子どもは8歳になるとこのような報酬の分け方をすると長期的にはトラブルを招きかねないことを学び、大人と同じように不公平に対して、少なくとも人前では強い嫌悪感を示す。この年頃の子どもはパートナー候補がいると、通常は不当に多い報酬を拒絶する。

●以上をまとめると、子どもは、公平かつ立派にふるまう動機がもともと備わっている。信頼や協力を促すメカニズムと、それとは逆に働くメカニズムが幼い子供の心に共存している。ただしだからといって道徳を教える必要がないわけではなく、子どもに約束を守る価値を教えれば、子どもが約束を守る見込みは確実に高まる(特に、子どもがあなたを信頼しているならば)こうした道徳的な価値観を身に着ければ、意識的な心が大いに働くようになるだろう。

●赤ちゃんでも道徳的に信頼できる他人を見分けられる。ブルームとウィンの実験では、「登山者」「協力者」「妨害者」の操り人形の劇を見せたところ、登山者が協力者ではなく妨害者のほうに飛び跳ねていってペアになると(期待違反課題)、赤ちゃんは信じられないという顔でその新しくできたペアに視線が釘付けになった。生後6か月の赤ちゃんは、二体の操り人形のうち、協力者か妨害者のどちらかを抱いてもいいよと言われると、すべての赤ちゃんが協力者に手を伸ばした。人形の色や形は重要ではなかった。

●信頼は誠実さと能力で決まる。子どもに潜在的な知的能力を存分に発揮してほしければ、子どもが最適だと思えるタイプの指導者をあてがわなくてはならない。

●また、子どもが成長するにつれて、子どもが重視する信頼関連の特性が変わることへの注意も必要だ。幼い子どもの心は、母親や父親など、自分と似ていて安心できる相手から学びたがる。だが、初等教育の初めごろにもなると、自分との類似性や気安さへの関心は薄れ、能力や専門知識を重視するようになる。子どもの潜在的な学習能力を最大限に引き出したければ、指導する者は、感じはいいけど重要ではない人物として無視されないように、専門知識を示す必要がある。

――ここですね。わたしは研修業界でも珍しく、仕事上のパートナーの方には「○○先生」と呼んでいただくようにしている。大多数の講師のかたが「さんづけでいいですよ」と仰っているなかでは、それは傲慢に映るかもしれない。しかし、受講生さんがよりよく学んでいただくためには、講師は「専門知識のある人」とみなされたほうがいいのだ。親しみやすく感じのいい人、ではなく。「さんづけ」は主にアメリカの教師生徒の間の民主的関係を重んじる20世紀後半の思潮の影響ではないかと思うのだが、その思潮にあまり妥当性はないと、近年の研究は教えてくれる。

ーーまた、このブログで何度か取り上げた「社内講師」の問題について。以前にも言ったように、管理職の受講生さん方は、圧倒的に豊富な知識スキルを持った「先生」に出会いたいのだ。人事の人などが社内講師を嬉々として買って出るとき、マネジャーのこうした密かな望みは無視されている。



――ここからは恋愛と結婚の話題。

●恋愛や結婚の関係の数十年に及ぶ研究や数百年にわたって培われてきた常識から、二人のコストと利益がだいたい同等な関係が、最も満足できて長続きするらしいとわかっている。二人の関係をうまく維持する秘訣は、ずばり相手が高く評価する分野で利益を与え合うことだ。そして、主観的に見て受け取る利益と支払うコストが同等ならば、その関係は順調に進む。

●このバランスをとる基本的な方法の1つは、誰が誰のために何をしたか、今後何をするつもりかを記録するだけでいい。

――行動承認ですね

●現実問題として、人間の心がいちいち正確に記録することなどできるはずはない。ここで信頼が登場する。信頼は、コストと利益を事細かくたどる必要性を取り除く認知的近道の役割を果たし、長期の関係を築いている人の心で計算の負荷を軽くするのだ。

●恋愛関係に信頼が生まれると、関係の快適さに著しい変化が起きることが多い。それは、その関係が長続きする新たな段階に入りつつあることの表れだ。この変化は「交換的」関係スタイルから「共同的」関係スタイルへの移行と呼ぶ(マーガレット・クラーク)。交換的関係では、互いにコストや利益を遠慮なく記録しようとするが、共同的関係では、交換の監視に費やされていた多くの思考力が解放される。

●互いに信頼感の高いカップルは、対立する話題について話すときそうでないカップルに比べて折り合いや協力の程度がはるかに大きかったのだ。彼らは、相手の望みを聞いてそれを真剣に受け止めることにより前向きだった。また、二人ともが受け入れられる解決策を見出そうとする意識も高かった。信頼は、心が長期的な利益より短期的な利益に注目しがちなのを抑制しようと働く。

●話し合いを始めたカップルがもとから相手に高い信頼を置いていた場合、自分が図ってもらった便宜を過大評価することがよくあった。相手を信頼しているほど、相手の行動を貴い犠牲とみなす。

●信頼は逆の方向にも同様に働く。相手の犠牲を価値あるものと見なすほど、相手に対する信頼がさらに高まる。互いに高い信頼を置いていたカップルは話し合いの後、相手をさらに信頼していた。信頼が信頼を生む好循環。

●信頼がバイアスをかける力、つまり相手の話し合いの態度を実際より誠実なものと心に受け止めさせる力は、寛大なしっぺ返し戦略に似た機能を果たす。

●「直感的な信頼」とは、相手の信頼度について意識の外でおこなわれる評価を意味し、「衝動的な信頼」とも呼ばれる。自動的で絶え間のない計算によって更新される相手の信頼度についての感覚ということだ。もう1つは「理屈に基づく信頼」あるいは「思慮に基づく信頼」だ。それは直感的な信頼とは対照的で、慎重な分析に基づいた評価を指す。

●2つのシステムの相互作用。カップルたちが、信頼を揺るがす問題を意識的なレベルと無意識的なレベルの両方でどう乗り切るか。過去20年に及ぶ心理学研究から、意識的な心が直感的な評価を覆す気にならないか覆せない場合には、直感的な反応が行動を誘導するという一般原則が導かれている。思考には時間がかかり、直感的な決断はすみやかで労力を要さない。

●実行制御力。意識的な分析の結果を優先して直感的な反応を抑える力。実行制御力があるほど、気を散らすものや時間の制約があっても分析能力は影響を受けない。つまり、直感的な反応を抑えやすい。

●実行制御力が高く、思考力を十分に使って相手の行動を慎重に分析した人は、カップルのあいだで疑わしい出来事が起こったときも、たいてい思慮に基づく信頼に従って、相手との付き合い方を決めた。また実行制御力の低い人は、直感が実際の反応につながること多かった。

●つまり、直感は相手の信頼度に大きく影響を与える。実行制御力の高い人でも疲れていたりひどく動揺していたり寄っていたりするとき、何かが起きて相手に対する信頼に疑問が生じたら、無意識的な心の判断に従う。

●思慮に基づくプロセスよりも直感的なプロセスから正しい情報が得られる可能性が高い。どちらのメカニズムも完璧ではないが、2つの組み合わせによって最良の判断が得られることが多い。

●嫉妬を理解するための2つの段階。
1.嫉妬がすべてセックスに絡むわけではないと認識すること。
2.三角関係の存在。

●ライバルにパートナーを奪われることへの不安には、それが現実になるのを防いだり、パートナーを取り戻したりする行動を起こさせるという特定の目的がある。

――おっ、「目的論」だ。

●嫉妬に襲われたときは、不安に怒りが混じっていることが多い。

●2つの予測:
1.もし嫉妬が信頼に関係しているのであれば、危機の初期段階で、人は嫉妬によってパートナーにもっと寛容になるように促されるはずだ。
⇒YES.嫉妬を感じていた人々は、相手からもっと頼りにされるような行動をとってからは、相手の熱意を疑う気持ちが少なくなった。
2.嫉妬は恋愛関係や結婚における現在のコストと利益だけでなく、将来的なコストと利益にも敏感に反応するはず、というものだ。言い換えれば、嫉妬は信頼にかかわるすべての現象と同じく、将来の影を敏感に察知して生じるに違いない。
⇒著者自身の研究。
YES,嫉妬は信頼が裏切られるのを防ぐ気にさせる。ライバルが自分やパートナーが高く評価する性質を持っている場合に嫉妬はピークに達する。嫉妬は実際には何か起きていなくても、将来に裏切られる可能性を追跡していた。

●嫉妬は今のパートナーだけでなく、かろうじて知っている間柄の人にも起こる(著者の研究)。数分間一緒に作業して好印象をもったパートナーが他の参加者を選択し裏切られると、「捨てられた」参加者は嫉妬の感情を報告し、機会が与えられるとほぼ例外なく以前のパートナーとライバルを罰した。嫉妬は将来見込まれる関係からくる利益が失われることを防ごうとする。

●怒りの結果として起こる仕返しの特徴:罰。

●「第三者罰」(行動経済学で知られる現象)。自分とは無関係なものに被害を与えた加害者を第三者の立場で罰する傾向を指す。数々の実験から、人は、たとえ自分は被害者でなくても、いかさまをするものをばするために金銭的な負担をすることが繰り返し示されている。

●嫉妬がDVのおもな原因になるのを防ぐのは困難(暴力による罰はよいことではないが)。




 前半部分は以上です。嫉妬のところ、こわかったですねー。
 後半部分は、「権力とカネ」や、お待ちかね「しぐさの心理学」的なお話が出てきます。なるべく早くアップします。乞うご期待。

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 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.2.10                 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
です。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーに  ご来場いただいた方にお送りしています。
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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 トランプ氏と歴代大統領の「大統領令」
連邦控訴裁判所の不服申し立て却下に思う

【2】 教育困難校における「承認」の重要性について
(宮崎照行さんより)

【3】 連載「ユリーの星に願いを」
第12回「座右の銘は何ですか?」

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【1】 トランプ氏と歴代大統領の「大統領令」
連邦控訴裁判所の不服申し立て却下に思う

 日米首脳会談を控え、またトランプ氏をウォッチしています。
 きょう10日、アメリカ連邦控訴裁判所が米政府の不服申し立てを却下し、
7か国民の入国を禁じた大統領令は引き続き差し止められて、入国が可能に
なりました。

 さて、この大統領令というもの。「アメリカ合衆国大統領が、連邦政府や
軍に対して、議会の承認を得ることなく、行政権を直接行使すること
により発令されるアメリカ合衆国の行政命令」(Wikipediaによる)
だそうです。
 ですので、まったく大統領の個人的なポリシーで発令することができ
ます。民主的な手続きで選ばれた人に許された「独裁」ですね。

 そして、歴代の大統領がどんなペースで大統領令を出していたかを
みると、興味深いデータがあります。

>>https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_United_States_federal_executive_orders

 歴代で大統領令の発令がもっとも多かったのは第二次大戦中の大統領、フラ
ンクリン・ルーズベルト。1933年から1945年の任期中に年平均290.8回
大統領令を出しています。次点はルーズベルトの前任者で大恐慌時代の大統領、
ハーバート・フーバー、242回/年。戦後では、戦後処理や朝鮮戦争に関わった
トルーマン大統領(116.7回/年)のほかはカーター大統領(80.0回/年)の多
さが目を惹きます。退任したオバマ大統領は34.6回/年と、少ない部類に入り
ます。共和党か民主党か、保守かリベラルか、の違いよりは戦時下や緊急事態下
であるか、が「大統領令多発」の大きな要因のようにみえます。

 さて、トランプ氏は?1月20日の就任から同29日まで、23回。このペース
を守ると、フランクリン・ルーズベルトの“記録”を抜くことは確実そう。

 大統領令だけをみると「戦時中並み」といえるトランプ氏ですが、くれぐれ
も本当の戦争にはならないでいただきたいですね…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【2】教育困難校における「承認」の重要性について
(宮崎照行さんより)
 
 佐賀県の研修業、宮崎照行さんから、標題の原稿をいただきました。
 本来書籍のために寄稿していただいたものですが、わがままなお願いをして
ブログでも一歩先に公開させていただきました。
 「ほめる」「承認」は、どんな子どもも切実に望んでいるものです。彼(女)
らの声なき声に耳を傾けてあげないといけません。
 「認められたい」彼(女)の望みを満たしてあげたら、こんなに素晴らしい
ことが起こるのです。

●教育困難校における「承認」の重要性について
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952326.html 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【3】連載:「ユリーの星に願いを」
 第12回「座右の銘は何ですか?」
By ユリー
 ユリー:マーケティングコンサルタント。人と組織のメカニズムに高い関心
を持つ仏教学習者。40代女性。
***********************************

 こんにちは、ユリーです。
 昨年25年ぶりのリーグ優勝を果たした広島カープ、その優勝に大きな貢献
をした黒田博樹投手の活躍はご存知の方も多いでしょう。

 その黒田投手の座右は「雪に耐えて梅花麗し」。黒田投手はメジャーリーグ
のヤンキースに在籍時、シーズンに入る前のキャンプ中、ミーティングの時間
に選手が日替わりで自分の好きな言葉を披露する際にこの言葉を紹介しました。
同僚の選手そして監督もこの言葉に心を打たれ、監督はネットで梅の花の写真
を探すほどだったそうです。

 この言葉の出典は西郷隆盛が海外留学をする甥に送った漢詩の一節、甥への
期待を込めて送ったメッセージのようです。そのことは当時の黒田投手の境遇
とも重なりより意味深い言葉に感じられたのかもしれません。

 ところで、皆さんは「座右」あるいは「好きな言葉」をお持ちですか?
 例えば、黒田投手のようにミーティングで自分の好きな言葉を披露する、
となったらどんな言葉を紹介なさいますか?

 ちなみに、私の座右の1つに
「財を遺すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上なり、されど財無くんば
事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」
という後藤新平の言葉があります。

 当然ですが、経営においては、カネ、モノ(コト)、ヒトは相互に密接に
関連しています。その3者の好循環を作ること、それこそが経営の要諦であ
ることが凝縮された、味わい深い言葉です。

 私自身の過去の経験を振り返ると、例えば人材育成のために費用をかける
ことのできる企業は、財務も既存事業そのものも順調な企業が大半でした。
また事業に関するコンサルティングをご依頼いただく企業も財務情況には不
安がない企業が大半でした。結局、財務基盤が不安定だと人材に目を向ける
ことは難しいのが現実だと実感しています。

 が、一方で、このヒトと業績との関係は「にわとりが先か、たまごが先か」
でもあり、ヒトが育てば業績が向上し結果的に財務も回復することにつな
がります。このジレンマは、経営幹部なら誰しも経験なさっている、簡単
に答えを見つけることは難しい問題ですね。

 私は、そういう時こそ「行動承認」が役立つと考えています。経営が苦
境にある時ほど、上司が変われば部下は変わることが実感できるのではな
いでしょうか。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃今日の一筆箋  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 前号で「誕生学」についてご意見を募集していましたが、残念。この件
に関してご意見を寄せてくださる方はいらっしゃいませんでした。
 何人かのお子さんのいる友人にリサーチをかけてみましたが、これも
不発。お子さんで、記憶に残っていたという方はおられませんでした。
 「記憶に残らなかった」はこの場合、喜んでいいのでしょうか…。

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100年後に誇れる教育事業をしよう。

 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

◇―――――――――――――――――――――――――――――――――◇
このメールは転送歓迎です。

 
「トラウマは存在しない」についての進展。

 結論から先に言いましょう、「トラウマはありまーす!」

 精神科医の先生により表現方法が違い、興味深かった。

 そのなかで日本トラウマティックストレス学会会長の岩井圭司氏(兵庫教育大学教授)からのメール。

 引用について正式のお許しがまだ出ていないので、要旨部分だけ抜き出すと、

※※※※

結論を先取りするならば、
> 1.動物でもトラウマに似た現象はあるのではないか
> 2.被災地にトラウマ、PTSDという現象はみられるのではないか
> 3.とくにASDの人ですと扁桃体が大きく、トラウマが残りやすいので、他人からみると些細なことでもトラウマになって動けないということが起きるの
> ではないか
>
すべてイエス、です。

で、敢えてわたくし流の独善的な言い方をするならば、
  PTSDはたしかに存在する。
  一方、トラウマは実在物ではない。ただ、構成概念ないし仮想実体としてのみ存在する。
ということになります。
・・・われながら、禅問答めいてきましたね(笑)

※※※※

と、いうことだった。

 ご自身は「隠れアドレリアン」とのこと。
 

 
 また今朝(2月6日)のNHK「あさイチ!」では、「いじめ後遺症」の特集をやり、そのなかで「トラウマ」に触れた。

>>http://www1.nhk.or.jp/asaichi/archive/170206/1.html


※※※※

いじめの認知件数は、22万4,540件と過去最高(文科省調査・2015年度)。そんな中、子どもの頃にいじめを受けた人が大人になってもその後遺症に苦しむ“いじめ後遺症”の実態が、最近明らかになってきました。容姿のいじめをきっかけに何十年も「摂食障害」に苦しむ女性や、いじめから20年後に突然思い出して「対人恐怖症」に陥った女性もいて、多くの精神科医がその深刻さを訴えています。
いじめ被害者のその後を追ったイギリスの調査では、40年たってもうつ病のなりやすさや自殺傾向がいじめられていない人と比べてかなり高くなることが疫学的に明らかになっています。いじめはその人の健康リスクや人生までも脅かすのです。さらに、最新の研究では、いじめなどの幼い頃のストレスが、脳の形や機能に影響を及ぼす可能性も指摘されています。
番組では、知られざる“いじめ後遺症”の実態を明らかにするとともに、いじめの過去を精算する克服法もお伝えし、“いじめ後遺症”について考えました。

※※※※

という問題提起で、実際に”いじめ後遺症”に苦しむ人や精神科医が登場した。

 またこのブログで以前にも登場した、福井大学医学部の友田明美教授の研究により、

 幼少期の虐待で脳の一部の変形や萎縮が起こることが脳画像で示された。




 というわけで、トラウマは「あります」。この番組ではあまりにも「トラウマ」が人口に膾炙しすぎて否定的感情を生むことに配慮したためかあまり使わなかったが、ところどころではやはり「トラウマ」と言っていた。


 番組に登場した「いじめ後遺症」に40代になっても苦しむ女性は、摂食障害を患い、ずっとマスクを着けていた。
「誰かに認めてもらいたいと思うほうが高望みだし自分が我慢したほうが…」
という言葉が印象的だった。

 以前の「アドラー心理学特集」で「トラウマは存在しない」「承認欲求を否定せよ」と大きなテロップで流したうっかりさんのNHK、軌道修正してきたか。


 一方で元アドラー心理学会会長の野田俊作氏(精神科医)とのメールのやりとりは昨5日まで続き、最後は野田氏の「コメント拒否」で完結したのだが、そこへ至るまでのメール公開はお許しいただいた。


 そこは「続き」部分で。続きを読む

 元日本アドラー心理学会会長で現アドラー・ギルド代表の野田俊作氏とメールのやりとりをさせていただいた。

 野田氏のご了承をいただき、そのやりとりを公開させていただこうと思う。

 かなり長いやりとりなので、中身は「続き」で…。

続きを読む

アドラー心理学入門表紙画像


※2017年2月1日現在「アドラー心理学 批判」のキーワードで、Googleのトップから4本、当ブログ記事がランキングされるようになっていました。ありがとうございます。


 『アドラー心理学入門』(岸見一郎、ベスト新書、1999年9月15日)。

 『嫌われる勇気』の系統の「アドラー心理学」をわたしが看過できない理由は、ひとつにはそれが若い人たちに及ぼす影響の深刻さを考えるからだ。周囲の人に心を閉ざし人との交わりから学んだり視野を広げたりすることができない。頼るのはもっぱらネット情報。そのもとからある傾向に「承認欲求を否定せよ」「人の期待に応えるために生きているわけではない」が拍車をかける。

 2つ目は、なんども書いていることだが「トラウマは存在しない」といったフレーズの傲慢さ。医療でいえば(精神医学も医療だが)ある特定の疾患について「存在しない」と言い切ってしまうことがどれほどその患者さんたちにとって残酷だろうか。

 3つ目は、笑われるかもしれないがアジア各国に我が国発でおかしな不良品を垂れ流しているということが我慢ならないのだ。それは過去に「トヨタやソニーの国」と尊敬された時代をなまじ知っているからかもしれない。


 そんなわけで異常な執念のようではあるが岸見思想の源流を探るため『アドラー心理学入門』を手に取る。1956年生まれの著者の43歳当時の著作ということになる。

 
「アドラーは人間の悩みはすべて対人関係の悩みである、といっています」(『個人心理学講義』26頁)(p.44)

 「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」。このフレーズも以前から不思議だった。せっかく出典が付してあったので手元にある『個人心理学講義』の該当のページを調べてみたが、そんなフレーズはない。版が違うからだろうかと、その周辺のページをくまなくみたが、やはりない。

 かろうじて近いと思われるのは、

「個人の人生を統一のとれたものと見なすことに加えて、人生を社会的な関係の文脈と関連づけて考察しなければならない」

という書き出しで、劣等コンプレックスにつながる話をするくだり。個人・個体として見るだけではなく周囲の人間関係も見なさいよ、と言っている。治療者としての視点で書かれており、「人間の悩みは」などという哲学者めいた主語のセンテンスはない。
※2017年2月現在、このフレーズは出典を付さないまま他の捏造語録と同様、「アドラー心理学ではこう言います」「アドラーはこう断言しています」とネット上に流布している。捏造語のリストはすなわち巨大なフェイク・ニュースの塊なのだ。

※※その後『人生の意味の心理学』を探すと、やや近いと思われるフレーズがあった。それでも言っている中身は「人間の悩みは…」とは180度真逆である。冗長になってはいけないので、この記事の末尾に追加したい。


 やれやれ、この時期から既に奇妙なフィルターをつけて「アドラー心理学」を名乗っていたのだ。

ちなみに昨年5月にまとめた「捏造語リスト」はこちら
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html">http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html


 このあとは、岸見一郎氏の「息子さん」とその周囲の人にまつわる記述がある。「息子さん」についていろいろと感じることはあるがここでは触れない。

 このあとp.48-69あたりは、「目的論」の題目のもと、アドラーのみた問題行動をとる子どもに関する記述が続くが、たしかにこれらは子どもが「注目を引きたい(=承認欲求の一部。自己顕示欲)」あまりに問題行動をとるケースのようである。これらの症例に目が釘付けになっていると、いかにも承認欲求はわるいもののように見えるだろう。

(ちなみにこの本にはまだ「承認欲求を否定せよ」のフレーズは出てこない。やはり、出版界の「承認欲求バッシング」の尻馬に乗った捏造と考えていいのだろう。「承認欲求バッシング」は2008−11年ごろ流行った出版界の潮流である)

 ただし、アドラーはカウンセラーとして問題のある子どもを診てはいたが、自分の子どものことはよく見ていなかったということにも注意しておきたい。普通の子どもの中にも自然に「注目されたい」という承認欲求はあるし、親はそれを適当に満たしたり、無視したりしている。その中の病的な領域の子どもがアドラーの元を訪れるわけである。病的でない普通の子どもの日常生活をアドラーがどこまで見ていただろうか。

 また、「目的論」の正当性がもっぱらこれらの「注目を引きたい子ども」の症例によってサポートされているなら、だからといって「原因論」を完全否定することはできないだろう、という結論にもなる。注目を引きたいだけの子どももいれば、ひどいいじめに遭って外に出たくなくなり、今も人の目が怖いと思っている子どももいる。



 「課題の分離」と「責任・責任範囲」というふたつの概念についても色々と思うところがある。
 アドラー(と岸見氏)が「課題の分離の例」として挙げる例のうち、かなりの部分が、「責任感の高い人だったらその課題までを自分の責任範囲とみなすだろう」というもの。課題の分離と責任範囲と2つの物差しを見比べてどちらを使うのがふさわしいか決めないといけない。また、特に企業のマネジメントでは部下の一挙手一投足にマネジャーが責任を負うので(その感覚が肥大しすぎると問題があるが)「課題の分離」は、使えない場面のほうが多い。

もちろん、今のお受験目的で「勉強しなさい」といい続けて親子関係にひびが入っている例だとその限りではない。アドラー心理学が子育てに効くというのは、その「勉強しなさい」という言葉の多用を戒めるところではないだろうか。



 修学旅行中の電車の中での先生と生徒の会話。

●「『いいか、先生の降りる駅はA駅だ。君らが降りる駅は次の次のB駅だ。降り間違ってはいけないぞ』
 私がこの会話を聞いて感じたことは、先生が生徒を対等の関係の存在と見なしていない、ということです。
」(p.84)

 本当はこの前段もあるのであまりいい例とはいえないが、この先生の立場にも大いに同情してしまう。修学旅行である。失敗が許される場面とはいえない。もしそこで迷子が出たら、あるいは生徒たちが自分の正しい目的地で降り損なったためにコースの大半を辿れなくなったら、途中まで引率していた先生が責任を問われてしまう。電車の中という制約もあり、先生は短い指示語で言っただろう。それを責めるのもどうかと思うのだが。

 
 
●「アドラーはいっさいの罰に反対しました」(p.87)

 これも眉唾。さきの『個人心理学講義』や『人生の意味の心理学』などを読むかぎり、体罰や厳しすぎる態度に反対していたという風にしかとれない。ただアドラーの生きた時代には体罰は今よりはるかに一般的で、普通のご家庭でも子どもを鞭で打っていたので、それに反対したのは先見性があったのは確か。


「アドラー心理学では、縦の人間関係は精神的な健康を損なうもっとも大きな要因である、と考え、横の対人関係を築くことを提唱します。」(p.89)

 これには反論が3通りほど考えられる。
 まず、そもそもアドラーはそのようなことを言ったのか?ということ。ここでは出典自体述べられておらず、どこで言っているのかわからない。(もしこのブログの読者にアドラー心理学に詳しいかたがおられたら、ご教示いただきたい)
 2つめは、ネットでもよく見られる反論。「そうは言っても現実世界は縦関係で動いているではないか。親子関係も縦関係ではないか」というもの。
 縦関係を否定し、横関係を称揚するのは、学者やコンサルタントにはよくみられる。メディア関係者にもよくみられる。個人主義的で独立心高く、個として業績を挙げ、「上」からの管理を嫌う、その自分たちの性質を正当化するために、この人たちはよく「縦ではなく横関係」のほうを礼賛する。しかし多くの組織には当てはまらない。私はよくいうのが、「組織を否定するなら、電車が動いている恩恵にもあずかれない」。
 3つめは、「ケアと依存」のモデルだ。人は赤ちゃんのころ全面的に周囲の人に依存し、大人はそれをケアする。子どもはいずれ独立して巣立つが、やがて老人になり、またケアされる側になる。病気のときも然りだ。「私たちは依存がデフォルトなのだ」と上野千鶴子氏はいう。
 もちろんケア関係でも子ども・利用者の尊厳をとうとび、関係をより対等に近づける試みはなされる。それでも、「依存」という現実はなくならない。完全な横ではなく、斜め横ぐらいになるだけだ。依存することを弱者に許さなければ、生存すること自体できない。

 このあとにアドラー心理学の継承者であるリディア・ジッハーのロマンチックな言葉の引用が出てくるが(pp.90-91) この本全体で、アドラー以外の人名、たとえばソクラテスやプラトン、が出てくるときは要注意で、論理の筋が通っていないのを視点を変えて誤魔化しているようにしかみえないのだ。読者が反論するタイミングを逸するように仕向けているとでもいうか。


ほめてはいけないという話を聞いたある人が、その場にいあわせた小さな子どもに「おりこうさんやね」と声をかけました。ほら、そういうのがほめるということなのですよ(だからいけないんですよ)(p.95)

 これがまさに、上記の3つめの反論にあたる話である。わたしたちは体感的に、就学前ぐらいの子どもだと大人への依存度が非常に高いことを知っている。だから「上から」であろうと、ほめられたら嬉しいということを知っていて、学のない人でも自然と声をかけるものだ。とりわけ、親以外のよその人からほめられるとさらに嬉しいものだ。
 なのだが岸見氏は独自理論でこれを否定する。自然な近所の人同士の心のつながりを断ち切ってしまっている。


 さて、この本で「トラウマは存在しない」という言葉の起源らしいところを見つけた。それも意外な「出所」だった。

 V.E.フランクル『宿命を超えて、自己を超えて』(春秋社)の中の言葉として。

「フランクルがこの著書の中で非常に明確に、「反」決定論に立っていることは興味深く思います。『後まで残る心的外傷という考えは、根拠薄弱である」とフランクルは明言していますが、しきりにトラウマ(精神的外傷)が問題にされる今日、アドラーの見解は改めて考察するに値します」(p.138)

 つまり、「トラウマはない(んじゃないのか)」と言ったのは、アドラーではなくてフランクルである。岸見氏の頭の中で後年そこがごっちゃになってしまったのではないかと思われる。
 この文の末尾に「アドラーの見解は改めて考察するに値します」とあるので、アドラーがトラウマの有無について何か言った箇所が前段にあるのだろうかと探したが、見当たらなかった。岸見氏は他の論文か何かと混同したのだろうか。アドラーが言ったとすれば、これまでにみたように、「トラウマに新しい意味づけをして乗り越えよう」という意味の言葉である。
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51941143.htmlなど参照。

 それと、フランクルのこの著作をまだ見てないのだが、フランクル自身はご存知のようにアウシュビッツの過酷な経験を生き延びた人だった。そのあとに精力的な学術発表を続けたから、「トラウマなど存在しない」と言う資格は、この人にはあるかもしれない、と思う。ただそれをほかの人に押しつけることまでできるかどうかはわからない。

 2月4日注:フランクルの『宿命を超えて、自己を超えて』を入手したところ、上記の「後まで残るトラウマは…」という言葉は、これもフランクル自身の言葉ではなく著書に登場する他の人の言葉の引用だった。伝聞として言っているのである。したがって「フランクルは明言した」は成り立たない。岸見氏の本の読み方や引用の仕方全体がおかしい、としか言いようがない。


 岸見氏が1999年のこの著作の中でトラウマ(精神的外傷)に言及した背景にはどんなものがあったろうか、とも思う。4年前の1995年に阪神大震災とオウム・サリン事件があった。97年には神戸で酒鬼薔薇の小学生連続殺傷事件があった。大事件事故災害のたびに「トラウマ」「PTSD」が話題になり、その治療技術をもつ臨床心理士が現地に派遣された。一般人の間でも「トラウマ」は日常語として、「俺、あの失敗がトラウマだよ」などと使われるようになった。

 「真性のトラウマ」もあるが「なんちゃってトラウマ」もある、そうした状況に苛立ち、「トラウマ」を標的にするようになった。そして著名人の言葉に「トラウマ否定」のフレーズがあることに救いを見出した、ということはないだろうか。

 
 『嫌われる勇気』の中の捏造フレーズ「トラウマは存在しない」は、昨年5月、NHK「おはよう日本」のなかでも大きなテロップで流れた。識者の懐疑的なコメントなどつけず、あくまで肯定的に。また最近書店で手に取った「常識のウソ」の本には、冒頭付近に「トラウマは存在しない」とある。理由は、「トラウマはフロイトが提唱したものであり、フロイトは原因論者で誤っているから」と、『嫌われる勇気』の論法そのままである。ライター自身が『嫌われる勇気』の信者で恐らく身内にトラウマに悩む人などいなかったのだろうし、編集部にもチェック能力が働かなかったということである。


 だから、ある程度大人の友人は「ウソなんか放っておけばいいよ」と言うが、わたしにはそうは思えない。本気で真に受けている人びとがいるからだ。とんでもなくいびつな人間理解がはびこり、どこかでそのために苦しんでいる人がいる。そしてアジア各国にも広まってしまっている。
 日本の片隅で、だれかが「それはおかしい」と言わなければならないと思うのだ。
 
 

※※「人間の悩みのすべては対人関係の悩みだ」に該当すると思われる『人生の意味の心理学』の中のフレーズ。

「われわれのまわりには他者がいる。そしてわれわれは他者と結びついて生きている。人間は、個人としては弱く限界があるので、一人では自分の目標を達成することができない。…そこで、人は、弱さ、欠点、限界のために、いつも他者と結びついているのである。…それゆえ、人生の問題へのすべての答えはこの結びつきを考慮に入れなければならない。」(p.11-12)

 ごく常識的な言葉である。しかしこれが「人間の悩みのすべては対人関係の悩みだ」というフレーズとして一人歩きしているため、TVドラマ「嫌われる勇気」の初回でヒロイン・庵堂蘭子の恩師は、この言葉のあとさらに「つまり他人さえいなければ私たちの悩みは消えるんです」と180度反対のことを言っているのである。
 

電通事件表紙画像

 『電通事件――なぜ死ぬまで働かなければならないのか』(北健一、旬報社、2017年2月1日)。昨年秋発覚した、入社1年目(当時)だった高橋まつりさんの過労自殺にまつわるタイムリーな本。

 結論からいうと、この本で分かったこと、分からなかったことがあった。


 分かったことから先に。

●「鬼十則」に長時間労働の推奨は見当たらない。しかし、時代はめぐり若者の気質も変わる。大学教授によると、「うちの大学でも、できる学生ほどまじめで、レールから外れることへの強迫観念が強い。それまで『ノーと言っちゃいけない』『意見を言っちゃいけない』と育てられてきましたから」。まじめで従順なサラリーマンが増えた電通で、「鬼十則」はたぶん、制定当時とはかなり違った読まれ方をしたのではないか。

●高橋まつりさんの過労自死は、2016年9月30日、三田労基署が労災認定。10月14日には東京労働局が電通本社を抜き打ちで調査。さらに11月7日の家宅捜索では88人の労働基準監督官が電通本社と3支社に踏み込んだ。

●12月28日、法人としての電通と幹部社員の労働基準法違反(違法な長時間労働)の疑いで書類送検。この日の送検は一部の容疑に絞ったもので、捜査は今(17年1月)も継続中。

●高橋さんは2015年4月電通に入社、インターネット広告を扱うデジタルアカウント部に配属される。「主な業務は、ネット広告のデータを集計・分析してレポートを作成し顧客企業に改善点などを提案して実行すること」(川人弁護士)。

●10月の本採用から忙しくなり、10月から11月初めにかけて長時間過重労働が続いた。
 高橋さんのツイッターやLINEなどによると
「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」(10月13日)
「もう4時だ 体が震えるよ……しぬ もう無理そう。つかれた」(10月21日)
 10月25日の週には、日曜日の午後7時半に出社し、水曜日午前0時42分まで会社にいた。その水曜日も、朝9時半に再び出社。

●残業時間を少なく見せる方法。
「中抜き」。たとえば実際に退社したのは22時でも、20時から22時までは仕事をしていなかったことにする。
「私事在館」。自己啓発や忘れ物など私的な理由で会社にいたとウソの申告。

●2016年12月28日、電通は労基法違反の疑いで書類送検されたのを受け初めての記者会見、石井直社長が辞任を表明。そこで2015年4月以降「三六協定違反ゼロ」に取り組んだ結果、過少申告が急増したことを認めた。

●パワハラの風土。元電通マンの証言によれば、残業が月200時間を超え、会議中ウトウトすると「体調の管理、できてねえのか」と叱責される。上司に殴られ頸椎損傷のケガ。軍隊組織で新人は1番下。いじめて使い倒す。

●有名な社内行事「富士登山」。7月に社員が富士山に登り、山頂郵便局から得意先に暑中見舞いのはがきを出す。関連会社も含め400人ほどの社員が登り、走らせる。

●ネット広告時代への対応の遅れ。
 既存マスコミの広告の落ち込みをネット広告で代替しようと躍起だがそれがうまくいっていない。
「マネジメント層にデジタル・リテラシーが低すぎて」(=ネット広告の実務が上司にはよくわからない)
 IT、システムの仕事は、年長の役員、管理職には技術が乏しく、仕事のイメージと納期と価格だけ上で決めてきて、実際の作業は20代、30代に回し、上司が配慮しきれずに過重な責任を負わされる。

●「高橋さんの上司は、『間に合わないぞ』『頑張れ』と叱咤するばかりで、実際の仕事の進め方に即したアドバイスができなかったんじゃないでしょうか」(立教大・砂川教授)

●テレビ、新聞など既存メディアへの広告と違い、デジタル広告は終わりがない。表示回数、クリック数などで効果が細かく測定され、その結果次第で、どう掲載するかを変えることができる。「できる」ということは際限がない。

●ネット広告部門は高橋さんが亡くなる前に無理がきていた。2016円9月、ネット広告での不正請求が発覚。

2015年10月、高橋さんの部署は人員が14人から6人に減らされ、高橋さんはそれまで担当していた保険会社に加え、証券会社も担当させられ仕事量がぐっと増えた。予定通り売り上げが上がらなかったから投入する人数を減らすことで「部門採算」の黒字化を図ったのか?

長時間労働の背景に「クライアント・ファースト(お客様第一)」。所定外労働(残業)が発生する理由を企業側に聞くと、「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」が多い。とりわけ情報通信業では「顧客(消費者)からの不規則な…」が65.0%とダントツ。顧客のありとあらゆる注文や要望、時にはわがままに振り回されて働き過ぎが発生する。

●自発的な働き過ぎ。クリエイティブ部門では、いくら時間をかけても、作品の完成度はキリがない。TVは24時間放送、新聞もネット展開と、24時間365日「オン」が続きかねない状況が出現した。

●投入した労力を請求に載せられず、「一式いくら」のように決まる商慣行。受発注と制作のルールがない。

●今50代、60代の経営層、マネジメント層が、高度成長期やバブル期の成功体験のまま、今でも会社を運営している、そこに無理がきている。

●安倍首相「働き方改革」の本音。2016年10月19日、「働き方改革に関する総理と現場との意見交換会」(第2回)の冒頭あいさつ。
「働き方改革は、安倍政権にとって最重要課題の1つです。なぜ最重要課題化と言えば、日本は人口が減少していくわけですが、その中でも成長していかなければ、伸びていく社会保障費に対応できない。そのためには生産性をあげていかなければいけない、という側面があります。働き方改革を進めていくことで生産性の向上に結びついていくと同時に、それぞれの人々にとってより豊かな人生にも結び付いていくのではないか」

●2016年9月21日、ニューヨークでの金融・ビジネス関係者との対話では、
「この問題は、社会問題である前に、経済問題です。我々は労働参加率を上昇させなければなりません。賃金を上昇させなければなりません。そして、労働生産性を向上させなければなりません。『働き方改革』が生産性を改善するための最良の手段だと信じています」

●「世界で一番企業が活躍しやすい国」という企業ファーストの政策目標と、「働き方改革」という一見働き手に寄った施策とは、どういう関係にあるのか。

●「残業代ゼロ法案」(労基法改正案)の2つの眼目:
・労働基準法の労働時間規制が適用されなくなる「高度プロフェッショナル」と呼ばれる働き手を作ること
・企画業務型裁量労働制を営業社員などに広げること

●「残業代ゼロ」の先例は学校教育現場。東京都内で2012年度の小中学校の「定年以外の理由での退職者」のうち10.5%(14人)が在職死、13年度は14.4%(20人)が在職死。

●OECDが2013年に実施した「国際教員指導環境調査」(TALIS)でも、教員の週労働時間の平均が38.3時間なのに対し、日本は53,9%と突出している。

●週60時間という過労死ラインを超えて働いている教員は小学校で72,9%、中学校で86,9%。

●文部科学省によれば、2015年度に病気で休職した公立学校の教員は7954人で、そのうち5009人(62,9%)がうつ病など精神疾患が理由だった。

●経団連の意向。日本を代表する大企業の多くが「過労死ライン」を超える三六協定(特別条項)を結んでいる。特別条項のある大企業の1か月の残業の上限は、過労死ラインの80時間超が25%、100時間超も7%もある。三六協定の上限が長い企業は実際の残業時間も長くなる傾向にある。

●インターバル規制についても、経団連はまだ前向きとはいいがたい。

●操業短縮の波。ロイヤルホスト、マクドナルド、吉野家など外食産業での24時間営業の中止。イオンの営業時間短縮、三越伊勢丹ホールディングスン1月2日休業など。背景には深刻な人手不足。

●中小企業でも改善の動き。親会社の要求を満たすと社員に負担がかかるため、完全下請け部門を廃止したところも。

●コンビニ店主のユニオン設立の動き。2014〜15年、本部に団体交渉応諾を命じられる(係争中)。

●2015年12月8日、ワタミ過労死裁判和解。


 抜き書きは以上です。この問題の「おさらい」になりました。

 さて、分かったことも多々あったのだがとうとう分からなかったことは、亡くなった高橋まつりさんの上司とは、どういう人物だったのか。実は知りたかった。この本ではとうとう顔が見えなかった。どういう人物だったのだろう。何歳ぐらいだったのだろう。

 
 この本で訴えている「長時間労働につながる顧客を切る」というのは、実は過去の受講生さんに例がある。現関西国際大学経営学科長の松本茂樹さんが、2005〜6年、銀行支店長時代にそれをやっている。松本さんは「残業バスター」という目安箱のような箱を備え付け、残業につながる要因を行員に入れてもらった。そうして残業要因を特定し、それが顧客だとわかると自ら客先に乗り込んで改善を求め、改善してくれない顧客は「切る」ということもした。

 松本さんはこれに限らず恐ろしく先進的なマネジメントをやっているのだが、手前味噌だが一支店長の判断でそれができたのは、前提に「承認」で業績が上がっていたからできたのだ。

 
 そして、「人員削減」の話があった。高橋さんの部署は14人から6人に削減された、という話。
 ちょうど、最近ある鬱休職した友人の話を聴くなかでこの「人員削減」の話が出ていたのではっとなった。その友人は、3人でやっていた仕事をいつの間にか1人でやらされていて、それに対する配慮もねぎらいもない上司に失望して鬱になっていた。

 人をたんなる数字でみている、とも言えるが――、
 わたしなどは、やはり「承認欠如」の話に思えてならない。「行動承認」をするマネジャーであれば、人間を「活動する肉体」としてみるはずなのだ。そして3人でこなしていた仕事を1人でできるわけがない、ぐらいのことは想像できるはずだ。そして万一、部下がそんなめにあっていたら、ねぎらい労わらないわけがない。

 だから、以前「長時間労働以外にパワハラがあり、それは尊厳の軽視であり、すなわち承認の不在である」のようなことを言ったが、長時間労働自体もまた「承認欠如、承認の不在」の問題とも読み替えられるだろう。

 この本の帯には著名経営者や学者の「人命軽視」ととれる「長時間労働擁護」の言葉が並んでいて、本の中身を読む前にこれらの言葉と人名を読んである種、慄然となった。一時期は時代のヒーローと目された経営者たちではないか。わたしたちはある時代の価値観と訣別しなければならないのだ。

 このブログの友人、佐賀県の研修業Training Office代表、宮崎照行さんから、「教育困難校における承認の重要性について」という原稿をいただきました!

 もともとは、わたしがKindleで『行動承認』の続編、『行動承認第二章』を書くにあたって宮崎さんに寄稿をお願いしていたのに対しこたえて送ってくださったもの。

 宮崎さんはこうした「教育困難校」でのマナー講師で既に8年のキャリアを持ち、その5年目にして心境の変化で「承認」のマナー教育に転換されたそうです。すると起こったことは…。

 図々しいお願いで、Kindle掲載前にブログでの掲載もお許しいただきました。宮崎さん、感謝!

 かつてわたしは宮崎さんのご経験を伺い、「この手法は、社会を建て直す力のあるものだと思っているんです」などと、大言壮語を吐いたのでした。それにしてもこうして新たな担い手の方が出てくるのは嬉しいことです。論理的で内省的な宮崎さんの言葉で、新たな「承認ワールド」を体験していただきましょう。

 若い人が伸びる風景を想像するだけでワクワクするという読者の方にお勧め!「教育困難校」もそうですがすべての教育関係者のかたに届くことを願って、お送りします。

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教育困難校における承認の重要性について

宮 照行


 教育困難校(高校)におけるキャリア教育やマナー指導で大切なものは何かと問われたら、真っ先に答えるとするならば「承認」だといえます。
 教育困難校とは、はっきりした定義はありませんがさまざまな背景や問題を抱えた子どもが集まり、教育活動が成立しない高校のことです。私は高校生の職業意識を育てる「キャリアガイダンス」のマナー講師をしてもう8年になります。そのなかで教育困難校にも数多く足を運びました。
 こうした高校の生徒の特長として挙げられるのが、低い自己効力感です。
「就職するために、最低限のビジネスマナーを身につけておかないと面接を乗り越えることもできないし、就職しても苦労するよ」
などと言って動機づけをねらうのですが、生徒からは
「なんでこんな面倒くさいことをやらなければいけないんだよ。うざいな。やっても無理だよ」
というような、半ば投げやりの言葉が返ってきます。限られた時間の中で指導しなければならないので、この状態の生徒に指導することは困難を伴います。

 そこで通常ならば、『相手を承認する』という概念がなかった私や多くの講師は次のような指導方略をとります。

「屁理屈言わずにやってみる。私に合わせてやる! ダメダメ!何でできないかな?真剣にやっている?真剣にやってないからできないんだよ。ほら、真剣じゃないという証明が服装や髪型にでもでている 。」

 いわば喧嘩腰ですね。情熱と力でねじ伏せようとします。講師初心者や講義を形式的なテクニックで乗り越えようとする講師が陥りやすい罠です。

 しかし、このようなやりとりが続くと自己効力感の低い生徒は、ますます自信をなくししやる気がそがれてしまいます。最悪の場合、低い自己効力感が更に強化されるという状況に陥りました。本来、教育や研修では、知識や技能を習得するだけでなく自己効力感も高めるという目的もあるにも関わらず、全く持って逆効果の状況に陥ります。私自身、過去の指導方法では相手のことを思いやらずに形式だけを重んじていましたが、一向に思うように指導ができませんでした。

 そもそも、講義もコミュニケーションの一環だとすると相手の気持ちを考えずに一方的に押し付けてしまうことはコミュニケーション同様、うまく機能することができるのだろうか?ふとそうという疑問が生じ、思い切って『相手を承認する』という前提を取り入れた指導を目指すようになりました。

 『相手を承認する』という方法はいろいろと考えられますが、私にとって『相手を承認する』とは、一つには教える内容の質を徹底的に高めたり、相手のことをしっかり把握したりすることが必要ではないかと思っています。講師として教える内容の質を高めたり、相手のことをしっかり把握したりすることは、それこそ相手を承認している結果です。形式的な指導は相手を軽んじているような気がします。このように指導に承認の概念を取り入れることによって、下記のような変化が起こりました。

「なんでこんな面倒くさいことをやらなければいけないんだよ。うざいな。やっても無理だよ」(生徒)
「そうだよね。面倒くさいよね。でもさ、面倒くさいというのは、ただ慣れていないからそう思うんだよ。スポーツやゲームなどもそうだけどさ、最初はうまくやれないよね。全部を完璧にやる必要はないんだよ。少しずつチャレンジしてみようか!」(講師:私 )

 ここで大事なのは、相手の思いを講師側が素直に受け取ることです。逆に相手の思いを否定したり遮断したりすると、特に自己効力感が低い生徒はそっぽを向いてしまいます。

 次に実際に実演をさせます(例えば、挨拶)。しかし、1回目の実演で大きな声ではっきりと出せません。もう1回やってもらいます。間違いなく1回目より2回目のほうがしっかりできています。ここでこのようにフィードバックを行います。

「気持ちいい挨拶だね。やっぱり大きな声ではっきりとした挨拶をしてもらうといいよ。やればできるじゃん。姿勢も1回目よりも綺麗に伸びているよ。だから挨拶をされたほうは ものすごく気持ちいいんだ。もっと、僕を気持ちよくさせてみて」

 1回目でダメ出しをするのではなく、必ず2回目に何かしらのプラスの変化があるので、そこを具体的に指摘することで更にチャレンジしようとする気持ちが生徒側に芽生えてきます。慣れていないことを行うので、当然、修正点もでてきます。ここですぐにダメ出しを行ってしまうと元の木阿弥です。修正点を矯正するために私は

「もっと相手をの喜ばせてみようか。背筋をしっかり伸ばして、喉の奥から声を出すイメージで声をだしてみると、クリアな挨拶になって相手はもっと喜ぶよ 」(私:講師)
(生徒の実行後)
「ああ、いいね〜。やればできるじゃん。」としっかり私の感想を述べます。

 「相手を喜ばせる」これも、私が発見した生徒の中の「承認を求める気持ち」でした。相手を喜ばせることで相手に受け入れられたい。つまり承認されたいという本質的な欲求が生徒の中にあるのです。

 このようなやりとりが続いていくと、私と生徒には信頼関係が生まれてきて、指示に素直に従うようになります。ここまでくると伸びしろの大きい彼(彼女)らは、こちらがビックリするほどうまくできるようになります。そして、研修終了後、

「大きな声で挨拶するなんて、面倒くさくてはずかしかっただけで、やってみたら何ともなかったです。相手も喜ぶことなんで自分からチャレンジしてみます」(生徒)

という言葉をいただきます。こういう言葉を貰うと実に講師冥利につきます。

 私のような外部講師は彼(彼女)らにとっては異文化の人間だと思われています。彼(彼女)らの特徴としてもう一つ挙げられることは、牋枴顕修紡个靴討侶找感がすごく強い“ことです。だから、話を聞いていない素振りをしたり、あえて茶々を入れることでふざけてみたり することで、異文化の私たちの反応を試そうとします。私自身、これらの反応は警戒感の表象であると考えています。

 では、警戒感の強い生徒さんに対して異文化を理解してもらうためには、何が必要なのか?私は文化間の橋渡し役になる信念や行為は「承認」だと強く認識しています。ここで注意していただきたいのは、「承認」が行為レベルにとどまらせずに哲学・信念レベルまで達していることです。行為レベルに留めてしまうと、「承認」は人を動かすためのアルゴリズム的で薄っぺらな方略だと誤解されかねません。生徒とのやりとりの会話をご覧いただくと簡単にやっているように思われますが、形式的に相手を褒めたり、フィードバックを行ったりすると、特に教育困難校の生徒は異文化に対して警戒感が強いために、相手が真剣なのか表面的なのかということを簡単に見破られてしまいます。だから、哲学・信念レベルまで「承認」の必要性や重要性を認識しておかなければなりません。

 そして、抽象的なフレーズではなく具体的に。抽象的フレーズでは解釈が必要となるため、生徒たちにとっては間があきます。具体的かつシンプルに伝えることで、講師と生徒とのやりとりのリズムが中断されることがないことが効果を発揮しているのだと思います。
 そのため、講師自身素直な気持ちになって、少しの変化も見逃さないように真剣に相手を見なければなりません。

 「承認」は、低い自己効力感によって異文化に対する警戒感が強い人たちにとって、安心感をあたえる効果があるのではないかと考えています。それは、承認されることで、異文化における彼(彼女)ら自身の犁鐓貊蝓箸鮓つけることができます。居場所が見つかれば、チャレンジ精神も生まれ、フィードバックによる強化も効果を示しパフォーマンスが驚くほど向上していきます。根底に相手を承認するという信念をもって指導すれば、負のフィードバックも素直に受け入れてくれます。
 彼(彼女)たちにとって異文化の人間である私たちが承認を与えることで、将来の芽目を摘まないようにすることが私たちの責務ではないのだろうかということを念頭におきながらキャリア教育にあたっております 。(了)

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 「承認は人間の行動・文化・発展の『胚細胞』ではないか」という宮崎さん。

 というのは、きっといかようにも成長し、変容し、つながりあっていく驚くべき生命力をなぞらえて言われたのでしょうか… 現にそうした現象を眺めてきたわたしには、自然と受け取れる言葉でした。

 宮崎さん、ありがとうございました!

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 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.1.30                 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
です。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーに  ご来場いただいた方にお送りしています。
ご不要の方は、お手数ですがメール末尾にありますURLより解除ください。

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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 トランプ氏の動静ウォッチ。見えてくるパターンは

【2】 読書日記:『マネジャーの最も大切な仕事』

【3】 ご意見募集:「誕生学」、どう思いますか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【1】 トランプ氏の動静ウォッチ。見えてくるパターンは

 前号に引き続き大統領就任後のトランプ氏から目が離せません。

 まずは、各国首脳との個別会談が続いています。
 24日、インドのモディ首相と電話協議。モディ首相の訪米が決定。
 27日、英国のメイ首相とホワイトハウスで会談。28日、日本の安倍総理と電
話協議。続いて同日、ロシアのプーチン大統領、ドイツのメルケル首相、フラン
スのオランド大統領、オーストラリアのターンブル首相らと電話会談。

 大変なハードスケジュールに見えますが、意外にトランプ氏、ビジネスマン、
経営者としてこのような個別折衝に慣れているのかも。「全体会議前に個別会談」
は、行動承認の中でも受講生さんにお勧めするやり方でもあります。

 さらに、就任後、矢継ぎ早に大統領令に署名。署名しているシーンが実に、
アメコミ的に絵になります(自分でもアメコミを意識しているでしょうか。。)
 
 23日、TPPから離脱する大統領令に署名。
 24日、オバマ前政権が却下した2カ所の原油パイプラインの建設計画を進め
る大統領令に署名。
 25日、メキシコとの国境に壁を建設して国境の管理を強化するとの大統領令
に署名。これを受けてメキシコ大統領との首脳会談が中止になりましたが、27日
急遽メキシコのペニャニエト大統領と電話会談。
 27日、難民受け入れ停止を命じる大統領令に署名。既に米国内および世界各
国の空港などで混乱が起こっています。
 などなど。

 みていると選挙戦中に公約したことは、支持者をがっかりさせないように大
統領令で実現しているもよう。それにより起こる混乱も意に介しません。ただ
し対外的にはブラフとして使っているふしもあり、メキシコ大統領との電話会
談では「壁建設」を引っ込めたようだ、とも。その代わりに何か有利に交渉し
たことがあったのでしょうか。。。
 
 歴史上かつてないことが起こっていて目が離せないトランプ氏。ただ、この
間一筋の光明が見えた、と思ったのは、ご意見番・マティス国防長官の存在でし
た。

 25日、トランプ大統領は「テロリストに対して水責めの拷問も辞さない」と、
表明。アメリカは「暴力の世紀」に再突入か?と思わせましたが、27日になっ
てトランプ氏はマティス国防長官が反対していることを挙げ「彼の発言を覆す
ことはできない。私は彼に従う」と、米英首脳会談後の記者会見で拷問断念を
表明した、とのことです。
 マティス氏は元中央軍司令官。「狂犬」とあだ名をとるタカ派の印象ですが、
実は大変な知性をもち、プロの戦略家だとの評判。対ロシア外交にもトランプ
氏と異なる見解を持っているといわれます。
今回はマティス氏の見識にトランプ氏が引き下がった格好でした。今後マティ
ス氏が引き続き政権内で発言権をもつかどうかが問われるでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【2】 読書日記:『マネジャーの最も大切な仕事』

 今週の読書日記は、ハーバードビジネススクールから出たマネジメントの
決定版。『『マネジャーの最も大切な仕事−95%の人が見過ごす「小さな進捗」
の力』(テレサ・アマビール、スティーブン・クレイマー著、英治出版、2017
年1月25日、原題’THE PROGRESS PRINCIPLE: Using Small Wins to
Ignite Joy, Engagement, and Creativity at Work’)です。
 
 ここでは、マネジャーの最も重要な仕事は従来の常識と異なり、部下の
「小さな進捗」を支援することだ、ということが膨大なエビデンスを基に
述べられています。
 また、やや専門的なお話になりますが「内発的動機付け」「外発的動機付
け」混乱しやすい用語についてもまとめられていますので、そうした話題に
ご興味のある方にもお勧めです。

●大切なのは「進捗」だった――『マネジャーの最も大切な仕事』をよむ―
―「内発と外発」の定義にも注目
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952222.html  

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【3】 ご意見募集:「誕生学」、どう思いますか?

 近年、小中学校で「誕生学」という出張授業をするのが流行っているそう
です。小学4年生で「1/2成人式」という催しをするところも多いとか。
 最近、このことに疑問を呈する声が出てきました。

●あまりまとまっていない、「誕生学」についての考え
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952220.html 

 実は、上の記事にも書きましたようにわたし自身は残念ながら「誕生学」
に疎いのです。
 このメルマガの読者の皆様の中には、お子様がこうした授業を受けたと
いう方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 多くのお子さんにとって「よいもの」であるはずの「誕生学」。
 今どきの子どもさんが、こうした授業をどんなふうに受け止めているの
でしょうか。
ご家庭ではどんな会話をされたのか、もし差支えなければ教えてください。
 ご意見・ご感想は、info@eudaimonia.jp またはこのメルマガへのご返信
で、お寄せいただければうれしく思います。ご意見掲載の場合はかならず
匿名にいたします。

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 ┃今日の一筆箋
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 渡辺一平選手が男子200M平泳ぎで世界新。また楽しみな新星が現れました。


※今号の「ユリーの星に願いを」はお休みしました。
※このメルマガへのあなたのご意見、ご感想をお知らせください!
 誌上でのご紹介は匿名にいたします。このメールへのご返信で結構です。
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 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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マネジャーの最も大切な仕事表紙画像


 『マネジャーの最も大切な仕事』(テレサ・アマビール、スティーブン・クレイマー著、英治出版、2017年1月25日、原題’THE PROGRESS PRINCIPLE: Using Small Wins to Ignite Joy, Engagement, and Creativity at Work’)。

 ハーバード・ビジネススクール教授の著者らが3業界、7企業、238人に対する1万2000の日誌調査を中心として創造性と生産性に関する35年間にわたる研究をまとめた。結論としては従来の常識と異なり、「進捗」こそが創造性と生産性の源であり、マネジャーの最も大切な仕事は、やりがいのある仕事が進捗するよう支援することだという。元早稲田ラグビー部監督、現日本ラグビーフットボール協会コーチング・ディレクターの中竹竜二氏が監訳。

 「行動承認」は、相変わらず正しい。この「進捗の支援」という新たな真実もそのなかに包含している。素直に喜びたい。(マネジャーに「やってほしいこと」を告げるうえで、その内容はシンプルであればあるほどいいのだ)
 とはいえ、あまり短絡的に結びつける前に、やはりこの労作の内容をじっくりみておきたい。中には、以前からある「外発」「内発」という用語の混乱について独特の解釈を施しているおもむきもある。(わたし的には賛同する)




 以下、恒例の抜き書きです:


どうすればビジネスの成功と社員の幸せを両立できるのだろうか?私たちの研究によれば、その秘訣は豊かなインナーワークライフ(個人的職務体験)を生み出す環境を作り上げること。すなわち、ポジティブな感情、強い内発的なモチベーション、仕事仲間や仕事そのものへの好意的な認識を育める状況をつくり出すことだ。


――「インナーワークライフ」。この本全体を通じて登場する言葉だ。押さえておきたい

●豊かなインナーワークライフとは仕事そのものから得られるものであり、仕事に付随する特典から生じるものではない。

●30年以上の研究を活用しながら、本書では7つの企業の内部に深く潜り込み、社員のインナーワークライフ――認識と感情とモチベーションの相互作用――に影響を与える日々の出来事を追跡した近年の調査に重点を置いた。
 
●驚くべき結果が判明した。彼らの95%が、最も重要なモチベーションの源泉について根本的に誤解していたのだ。各企業の内部をつぶさに追跡した私たちの調査が解き明かしていたのは、進捗をサポートすることが日々社員のモチベーションを高める最善の方法であるということだった。…しかしマネジャーたちは「進捗をサポートすること」をモチベーションを高める要素として最下位にランクづけしていた。

●従来の常識は優れたマネジメントにおける根本的な要素である進捗に向けたマネジメントを見落としている。私たちの研究によれば、マネジャーが進捗に着目したときに決定的なマネジメントの影響が現れる。


●インナーワークライフとは豊かで多面的な現象である。

●インナーワークライフは「創造性」、「生産性」、「コミットメント」、そして「同僚性(collegiality)」というパフォーマンスの4要素に影響を与える。私たちはこれをインナーワークライフ効果と呼ぶ。

●インナーワークライフが会社にとって大きな意味を持つのは、会社の戦略がどれほど素晴らしいものであっても、その戦略の実行は組織内の社員の優れたパフォーマンスに依存するものであるからだ。

――大いに同意。戦略が大事でないとは言わないが、戦略を実行するのはつねに「社員のパフォーマンス」という問題が横たわっている。だから戦略が横並びであれば、「行動承認」のマネジャーたちはつねに「1位」をとる…

●インナーワークライフは職場で起こる日々の出来事に深く影響を受けている。

●インナーワークライフは社員にとって大きな意味を持つ。

●3つのタイプの出来事が、インナーワークライフをサポートし得る要素として次の順序で際立っていた。,笋蠅いのある仕事における進捗触媒ファクター(仕事を直接支援する出来事)、そして栄養ファクター(その仕事を行う人の心を奮い立たせる対人関係上の出来事)だ。

●インナーワークライフに影響を与える戦術の3つの出来事群のなかで進捗が最も大きな要素であることを指して進捗の法則と呼ぶ。インナーワークライフに影響を与えるすべてのポジティブな出来事のうち、最も強力なのが「やりがいのある仕事が進捗すること」である。

●この3つの出来事群がネガティブな形をとると(あるいは欠如すると)インナーワークライフは大きく暗転する。その3つの出来事群を、順に仕事における障害阻害ファクター(仕事を直接妨げる出来事)、毒素ファクター(その仕事を行う人の心を蝕む対人関係上の出来事)と呼ぶ。

――3番目は「ハラスメント」の問題とつながりそうですね

●他の条件がすべて同じである場合、ネガティブな出来事はポジティブな出来事よりも強い影響力を発揮する。

――だから「5:1の法則(ポジティブなフィードバックとネガティブなフィードバックの比は5:1であれ、という法則)」なんですね

●たとえ一見ありふれた出来事であっても――たとえば小さな成功や小さな障害であっても――インナーワークライフに大きな影響を及ぼし得る。




●インナーワークライフとはインナー(個人的・内的)なものだ。各人の心のなかに宿るものである。インナーワークライフは個人の職場での経験にとって重要なものだが、普通周囲からは認識できないし、それを経験している本人さえ自覚できないこともある。

●インナーワークライフとはワーク(職務)である。基本的に仕事上の出来事に対する職場での反応のことを指す。インナーワークライフは私生活での出来事によって影響を受けることもあるが、それはその出来事が仕事に対する認識、感情、モチベーションに影響を与える限りにおいてのことだ。

●インナーワークライフとはライフ(人生・体験)だ。自分の仕事はかけがえのないもので、自分は成功していると感じると、個人としての成功という人生にとって重要な要素に対する認識も向上する。仕事に価値がないだとか、自分は失敗していると感じると、人生から大きく勢いが失われるのである。

●インナーワークライフとは認識のことだ――マネジャー、組織、チーム、仕事、ひいては自分自身に対する好意的あるいは敵対的な(そしてときに漠然とした)印象のことである

インナーワークライフとは感情のことだ――ポジティブであれネガティブであれ、職場でのあらゆる出来事から生じる気分のことである。


●インナーワークライフとはモチベーションのことだ――何かをする際の、あるいはしない際の原動力のことである。


●日誌の分析を通じて、出来事に対する即時の感情的反応は、本人が思うその出来事の客観的重要度とは無関係に大きくなることがあると分かった。小さな出来事の28%が大きな反応を引き出していた。つまり、人が重要ではないと感じる出来事でさえ、しばしばインナーワークライフへ大きな影響を与えていた。


●内発的モチベーションが下がるか、外発的モチベーションが上がると、結果として創造性が低下する。

――ここで「内発的モチベーション」として著者が挙げるのは、関心、喜び、満足感、仕事へのチャレンジ
また「外発的モチベーション」として挙げるのは、報酬、低評価への恐怖、勝つか負けるかの競争のプレッシャー、厳しすぎる締め切り、など。
 よく「賞罰主義を否定する」と言ったり、「内発、外発」の意味が混乱しているのだが、マネジャーの賞賛や励ましの言葉は、わるいものとして言われることの多い「外発的モチベーション喚起策」には入っていない。この本全体では、それらはどちらかというと「内発的モチベーション」を強めるものとして扱われていることに注意したい。
 要は、お金、昇進、(賃金や昇進を決める考課としての)評価、競争での勝ち負け などが外発的報酬(外発的モチベーションを喚起する報酬)。
 また、外からであれ内からであれ、精神的な喜びや満足をもたらすものが内発的報酬。

 ちょっとわかりにくい。
 ここでは、行動理論でいう「強化子」の概念とは、少しズレた意味合いで使われている。
 「強化子」は、むしろ大きな概念なのだ。上司からのほめ言葉も、賃金も、お客様からの喜びの声も、仕事そのものからくる手ごたえも、たとえば本書で重視する仕事の「進捗」も、すべて仕事を促進する「強化子」である。

 ところで、「外発・内発」の定義の分け方は、決して本書のようなものばかりではない。「上司や親や先生からのほめ言葉」も、「アメとムチ」と呼んで、「外発的報酬」に入れるものもある。
 当ブログの『報酬主義をこえて』にたいする批判のシリーズなど参照。

 なので、ここの定義は結構混乱している。比較的最近では、『ビジネススクールでは教えない世界最先端の経営学』でも出てきた話題。


 実務のなかでの対処法としては、
 「行動承認プログラム」を教える人が、もし今後「マネジャーからの承認の言葉は『外発的報酬』に当たるので、良くないものではないか」という反論に遭ったときには、本書を参照し、「マネジャーからの承認は『内発的モチベーション』を強化する役割を果たすので、『内発的報酬』に分類すべきだ」と反論すればよい。

 …正直、書いていてわたし自身あまり信じていない。あやふやな定義だ、と思う。「内発・外発」というくくりそのものが。
 しかし、次へ進もう。

●ある実験で72名の作家を集め、1つのグループには「ベストセラーを書けば経済的に保証される」などの外発的動機付けについて考えてもらったあと詩を書いてもらうと、その詩は「自己表現の機会を享受できる」などの内発的動機付けについて考えたグループのものより創造性が低かった。

●内発的モチベーションは組織内の創造性にも重要な役割を果たす。内発的なモチベーションが高いときのほうが個人としての仕事の創造性は高かった。

●心理学者のバーバラ・フレデリックソンあ、ポジティブな感情が人間の思考や行動の幅を広げるのに対し、ネガティブな気分には正反対の効果があることを理論的に解き明かした。

――このブログでは『ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則』という本の読書日記の中で触れています。いろいろと接点があるなあ。やっぱり「これは」と思う本はチェックしておくものですね

●仕事が実際に進捗すると、たとえば満足や嬉しさ、さらには喜びといったポジティブな感情が引き出される。進捗は達成感や自尊心、そして仕事やときには組織へのポジティブな認識につながる。

――「承認企業」では「企業理念への共感」が上がるという統計結果があるんですが、最後の一文はそのことを言っていそうですね

●ツイッターの共同創設者ジャック・ドーシーは、自分のアイデアで立ち上げた会社のCEOの地位を追われたことについて「腹を殴られたような」気分だったと表現している。…同じことが組織の上から下の人びとにまで言えることがわかった。仕事における進捗と障害がこれほど大きな意味を持つのは、仕事そのものが大きな意味を持つものだからだ。仕事とは人間の一部なのである。

――仕事が大きな障害に遭ったとき、自分が根本的に否定されたような感情にさいなまれる。自分も経験したこの感じ、わかるなぁ。

●人間の最も基本的な原動力のひとつは自己効力感――自分には望む目標を達成するために求められる作業をプランニングし実行する能力があるのだという信念だ。…仕事を通じて、人は進捗し、成功し、問題や作業を乗り越えるたびに自己効力感をますます強く育てていく。

●やりがいを失くす4つの道。
1.自分の仕事やアイデアがリーダーや仕事仲間から相手にされないこと。
2.自分の仕事から当事者意識が失われること。
3.自分たちが従事している仕事は日の目を見ないのではないかと社員に疑念を抱かせること。
4.頼まれた数多くの具体的な作業に対して、自分にはもっと能力があるのにと感じてしまうとき。

●進捗が人間のモチベーションにとっていかに重要か。マネジャーたちは気づいていないが、すべての優れたゲームデザイナーたちは、その秘密の事実を知っている。真に優れたゲームデザイナーは、ゲームのすべてのステージでプレーヤーに進捗の感覚を与える方法を知っているのである。

●感情に対する障害の効果は進捗の効果よりも強い。障害は、進捗が幸福感を増幅させる力の二倍以上の力で幸福感を低下させる。
 インナーワークライフへの影響力が相対的に弱いがゆえに、職場ではネガティブな出来事よりもポジティブな出来事が数で勝るように努力しなければならない。

●明確な目標は、触媒ファクターの主要な要素の1つだ。触媒ファクターはインナーワークライフに影響を与える3大カテゴリーのうち、進捗の法則に次ぐ効果を持つ。

●驚くべきことに、触媒ファクターと阻害ファクターは、まだそれらが仕事自体に影響を与えるまでに至っていなくても、インナーワークライフへ瞬時に影響を与え得る。

栄養ファクターの効果。ヘレンの休暇の申請に対して、「プロジェクト・マネジャーのルースからこれまでの働きに対する感謝と、この『自由な1日』はこれまでの懸命な働きぶりに対する報酬なのだと念押しが書かれたメモを受け取った。そのメモは私の気分を良くしてくれたし、このプロジェクト・マネジャーとチームを成功させるために、もっと頑張りたいと思わせてくれた。」ルースは栄養ファクターを行かしたのだ。

●栄養ファクターにまつわる4つの出来事。
1.尊重
2.励まし
3.感情的サポート
4.友好関係

●毒素ファクター。栄養ファクターの対をなすもので、正反対の効果を持っている。
4つの毒素ファクター:
1.尊重の欠如
2.励ましの欠如
3.感情無視
4.敵対

――「尊重」が一番上にきている。このことは大きな意味をもっている。人は、「下」にみられたくないのだ。できれば「対等か上」にみられたい。
 だからこそ職場の人にとってマネジャーとの関係はつねに悩みのタネだ。最近よく思うのは、「勇気づけ」を行うときにこの「尊重」の要素を欠いていると、いかに「勇気づけ」をしたつもりでも相手には「尊重欠如」になる、ということ。だから、「勇気づけ」にけっして反対はしないけれど、「勇気づけ」という言葉で意識するより他の言葉で意識したほうがいい結果につながりやすい、とひそかに思っている。やはり、「勇気づけ」はカウンセラーからクライエントへ、大人から子供へ、の目線が根底にあるのではないだろうか。

●多くのマネジャーは人間関係上のサポートが部下たちをやる気にさせ感情を上向かせるのに重要であることを知っているように見える。しかしこの栄養ファクターで難しいのは、このファクターが優れた仕事を讃えたり、長い1週間の終わりに激励の言葉をかけるだけにとどまらない点だ。人間関係のサポートはマネジャーが直接部下とやり取りするときだけに生じるとは限らない。それは部下同士が互いに栄養を与え合う基礎を築くことでもある。

――実はポジティブな職場風土を築くというとき、部下同士のよい関係にばかり着目して部下側に研修を施そうという考え方が根強いのだ。実際は、ポジティブな職場風土はマネジャーから発信される。このことはいくら言っても言い過ぎではないと思う。幸い、本書の著者はそのことがよくわかっている。(←えらそう)




 おおむね抜き書きは以上。

 有り難いことに「行動承認」は揺るがない。

 ハーバード大ビジネススクールという本書の著者の「環境」にも思いを馳せる。「論理的」であることを尊ぶ風土のところで、「感情」の重要性を言うむずかしさを、膨大なエビデンス群で跳ね返してきたであろう。その労を多としたい。

 そのうえで、現代はまた、「感情」のさらに高次のもの、「理性」についても言わなくてはならない。従業員の「感情」を尊ぶが、その主体であるマネジャーは「理性」の人でないと、という、入れ子状態。

 だが、恐れることはない。

 「誕生学」という分野が最近あるらしい。このところFacebookで話題になっている。
 子供がその年齢でなくなってだいぶ経つので、すっかりこういう分野に疎かった。
 
 「誕生学アドバイザー」という民間資格をもった人が小学校等を訪れ、「いのちの大切さ」を教える。

 この資格を認定している「公益社団法人誕生学協会」によると、誕生学スクールプログラムとは、

『誕生』を通して、子供に「自分自身の産まれてくる力」を伝え、生まれる力を再認識することで自尊感情を育むことを目的とした次世代育成のためのライフスキル教育*プログラムです。

 
と説明されている。


 一見すばらしい、誰にも反対できないような授業。しかし、これに疑義を呈する声がこのところ強くなっている。
 代表的なのが精神科医・松本俊彦氏の論考。

●「誕生学」でいのちの大切さがわかる? - 精神科医 松本俊彦

 ここでは、
・誕生学プログラムは自尊感情を高める効果はないこと
・自殺予防にはまったく役に立たないこと。むしろ自殺予防の専門家からみると非常にまずい
・中高生の約1割に自傷経験があり、この子たちに必要なのは「いのちの大切さ」の教育ではなく、他人に助けを求めるスキルと、信頼できる大人を探すスキルであること。またわたしたちが「信頼できる大人」であること。

を、述べている。

 誕生学は幸せに育った上位9割の人にとっての真実であり、深刻な虐待やいじめに遭ってきた1割の子どもにとってはただのきれいごとでしかない。

 なるほど。
 このところこのブログで批判している某「心理学」とも絡め、おおいに頷いてしまった。


 一昨日1月26日には、産婦人科医宋美玄(ソンミヒョン)氏が松本氏の論考に賛同するこんな記事を掲載している。

●「誕生学」に疑問 生きづらさを抱える子を追い詰めるのはやめて! 

誕生学は、感動させたい大人自身が満足するためのものになってはないでしょうか? 教育は子どものためであってほしいですし、それも本来、最も助けが必要な子どものためであってほしい。その子たちを追い詰めるような教育をして、大人が満足するなど、あってはいけないことだと思います。
 


 これも、なるほど、だった。


 ネットで見ると「誕生学」への批判は2012年ごろから出始めている。
 (松本氏や宋氏よりもっと過激なものもある)

 宋氏は上記の記事の中で

私自身、誕生学関係者にはよく知っている方々もいますし、共通の人間関係も非常に多いです。そのため、今までは批判をすることが 憚はばか られていましたが、よく聞いてみると、その中でも実は疑問に思っているという人たちに会い、勇気を持っておかしいと言うことにしました。


と、「批判のしづらさ」を乗り越えて今、はっきりと批判をすることにしたと述べており、こういう分野にもやはり乗り越えなければならない「壁」があることがわかる。



 今回は私があまり詳しくない分野のことなのであまり突っ込んだことは言えず、ほかのかたの議論をご紹介するにとどめたいと思うが――、



 某「心理学」のブームと一緒で、「想像力不足」があるのではないか、と思ってしまった。

 少数派の1割がどれほど傷つくかにたいする想像力の不足。
 それは某「心理学」の、「トラウマは存在しない」もそう。トラウマを抱える人にとっては残酷な言葉だ。また周囲の人にこういう考え方をする人が1人いただけで有効な治療が遅れてしまうおそれがある。
 「原因論はダメで目的論」というのも、上記の松本氏の記事のなかで、自傷行為をしたり「死にたい」という子供には「何があったか(原因論)」を十分に聴く姿勢で寄り添うこと、と述べている。常識的にはそちらだろう、と思う。フロイトが言ったからどうとか、どうでもいい。傷つき失意のどん底にある人に「あなたは目的があってそうしているのだ」と告げるとはいかに残酷だろうか。それは単に某「心理学」の限界を示しているに過ぎない。重症の人は力不足で扱えないのだ、という。


 社会の分断、想像力不足。先の米大統領選も含め、さまざまなことがつながっている。
 やりきれなさでしかこういうことを記述できない。
 

追記: もう一つ言うと最近学校で「自己肯定感を持とう」という出張授業をするのが増えているようなのだが、これにもわたし個人は違和感を禁じ得なかった。やはりいじめや虐待を受けた子供に、「自助努力」で自己肯定感を持てというのは無理があるのではないだろうか?信頼できる周囲の人との関わりの中で初めて自己肯定感を持てるのであり、こうした教育はまずは子供たちの周囲の人すなわち先生や親御さんにすべきなのではないだろうか?

読者の皆様は、どう思われますか。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.1.24                 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
です。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーに  ご来場いただいた方にお送りしています。
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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 大統領スピーチと「戦争予見性」の関係?
『暴力の人類史』(S.ピンカー)より

【2】 なぜ「承認欲求」は大事なのか 
  脳科学でみた「私」の概念と規範の学習

【3】 連載:「ユリーの星に願いを」
 第11回「今年の成長目標はアンラーニング」

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【1】 大統領スピーチと「戦争予見性」の関係?

 20日、ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に正式に就任。早速「オバ
マケア」の見直しを指示、環太平洋連携協定(TPP)からの離脱を表明するなど、
選挙戦での公約通りの政策を矢継ぎ早に発表しています。
 
 目まぐるしく動く情勢ですが、そんなときにわたしが開いた本は。
 一昨年翻訳された、『暴力の人類史』(上)(下)(スティーブン・ピンカー、
青土社)を読みました。人類は大筋では暴力減少の方向へ向かっているとい
うことを、膨大な証拠をもとに教えてくれる良書です。

●われわれは暴力的だ、生まれながらにして――ではなぜ平和を志向するか?
『暴力の人類史』(上)(下)をよむ(1)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951374.html 
●レベルの低い演説をすると戦争が起きる?私たちを悪たらしめるもの、善た
らしめるもの――『暴力の人類史』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951433.html 

 ところが、この中におもしろい一節がありました。人の文章やスピーチの
「統合的複雑性」という概念です。
「絶対に」「つねに」「断じて」など断定的な言葉を使う文章は、統合的複雑性が
低い文章。逆に統合的複雑性のもう少し高い知的な文章は、「たいてい」「ほぼ」
「おそらく」など、断定的でない表現をします。
 そして、「指導者の演説の統合的複雑性が低下すると、そのあとに戦争が起き
る」というのです。

 「演説なんか何の意味もない、重要なのは実行だ」
という政治家のかたもいらっしゃいますが…、歴史的には、演説から戦争の
可能性が予見できるらしいのです。
 さて、トランプ新大統領の就任演説は「統合的複雑性」が高いでしょうか低
いでしょうか?ご興味のある方は、採点してみてください。
 大統領就任演説全文はこちらでご覧になれます:
>>http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170121/k10010847631000.html 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【2】 なぜ「承認欲求」は大事なのか 
    脳科学でみた「私」の概念と規範の学習

 前号では、「承認」「承認欲求」はわたしたちの「尊厳」に深くかかわって
いること、「なぜハラスメントはいけないか」を考えるときにも「承認欲求」
が出発点になることをお話ししました。

 今回はそれに続き、「承認欲求」が日ごろから私たちに果たす役割につ
いて、脳科学からみた知識をお伝えします。
 「承認欲求」は決して抽象的な、想像の産物ではなく、現実にわたした
ちの脳のなかにあります。また一部の若い人だけのものではなく、赤ちゃ
んからお年寄りまで、老若男女すべてに組み込まれています。
 だから、「承認欲求を否定せよ」なんて、悲しいことを言うのはやめま
しょう。「ある」ことを前提として、うまく活用するやり方を考えたほうが
いいですね。また、「ある」ことを前提として、自分と他人を大事にしま
しょう。

●「承認欲求」はわたしたちの生涯変わらないOS―脳からみた自己意識と
規範の学習
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951803.html 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【3】連載:「ユリーの星に願いを」
 第11回「今年の成長目標はアンラーニング」
By ユリー
 ユリー:マーケティングコンサルタント。人と組織のメカニズムに高い関心
を持つ仏教学習者。40代女性。
***********************************

 こんにちは、ユリーです。
 厳しい寒さが続いておりますが、読者のみなさまは体調を崩したりしていら
っしゃいませんか?実は私、昨年末にひどい風邪を引いてしまいまして、以来、
マスク、手洗い、そしてビタミン、食物繊維と睡眠をしっかりとることを心が
け、体調管理に徹しています。

 さて、アンラーニング(unlearning)という言葉を耳になさったことありま
すか?日本語では「学びほぐし」とか「学習棄却」と呼ばれる概念です。

 私は、30代の始めから年頭に個人的成長の目標やテーマを決めることを習
慣にしています。今年の私の成長テーマはこのアンラーニング。知らず知らず
のうちに身についてしまった「思考の型」、過去の成功体験に依存する「仕事の
パタン」へのこだわりを意識的に捨てて、新しい思考の型や仕事のパタンの獲
得を目指したいと思っています。仏教では執着を捨てるという表現があります
が、アンラーニングはそれに少し似ている部分があるかもしれません。

 もちろん新しいものであれば何でも取り入れようとするのは危険ですし、
過去に身につけたものをすべて捨てることも現実的には不可能です。アン
ラーニングを実践するにも、当然ながら取捨選択の基準は必要でしょう。

 また、そもそもアンラーニングというのは何を学ぶか?ということより
も、学ぶための心構えや態度に関係する概念と私は考えています。例えば
何かを学ぶ時に「そんなことは、もう知っている」と決めてかかるのでは
なく、「知っているつもりだけど、もう一度初心にかえって学んでみよう」
という虚心坦懐に学ぶ能力、これが私の目指すアンラーニングです。

 そういうわけで、今年は「行動承認」の実践も自分は出来ているはずと
いう思い込みを捨てて、自分の実際の「行動承認」についても内省し、初
心にもどって学び直したいと考えています。

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 ┃今日の一筆箋  
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 日本人として19年ぶりの、稀勢の里関の横綱昇進のニュースが入って
きました。「若乃花以来」ときくと、あの「若―貴時代」の大相撲の熱狂ぶりを
つい、思い出してしまいますね。
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 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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 「承認欲求」についての世間の不当なバッシング、それにもっと前からあった「内発と自律論」による「行動理論叩き」は、あきらかに成果の上がる手法にたいして机上の空論で貶める、非常にもったいない時間の浪費である。わざわざわたしたちが有能に幸福になる道筋を閉ざしてしまっているのだから。

 ここで、現時点での脳科学からみた「承認欲求」とはどういうものか、というお話をしようと思う。「承認欲求」というモノについて恣意的にホラーめいた妄想をするより、生産的な議論ができるのではないだろうか。

 

 出典は『21世紀の脳科学―人生を豊かにする3つの「脳力」』(原題’SOCIAL Why Our Brains Are Wired to Connect’、マシュー・リーバーマン、講談社、2015年5月20日)。

 こちらの記事で2015年秋に詳しい読書日記を書いているが、例によって長大な記事で印刷すると10Pにもなった。今回はそのなかから、「承認欲求」に直接関係しそうなところだけ抜き出してご紹介しよう。


 ここでは、「内側前頭前皮質(MPFC)」という部位が問題になる。人類を他の哺乳類から区別して特徴づけている脳の一番外側、大脳新皮質のうち、理性にもっとも関わる前頭葉の内側の一部位。ちょうど額の真ん中の”第三の眼”のあたりを指で指すと、その奥が内側前頭前皮質だ。ここが”自己”という感覚をつくり出している。


 人間以外の霊長類では、脳全体に占める内側前頭前皮質の割合が0.2〜0.7%だったのに対して、人間の場合は1.2%だった。他の霊長類の脳と比べてこれほど大きな割合を占める人間の脳の領域は、内側前頭前皮質を除いてあまり見当たらないという。

 「礼儀正しい」「話好き」といった形容詞を見せ、「形容詞が自分自身に当てはまる」と判断した人の脳では、内側前頭前皮質が活性化していた。わたしたちが自己を概念的に捉えるとき、内側前頭前皮質を使っている。

 とりわけ、思春期の子供でみると、自分が自分をどう思っているか、他人が自分をどう思っているか、どちらを考える場合でも、内側前頭前皮質とメンタライジング系の両方が活性化していた。この時期の子供は「自分とは誰なのか」という問いに答えるのにさえ、自己の内面を探るよりも他人の心に焦点を当てて考えるようだ。人生で最も承認欲求が亢進する時期の子供の頭のなかは、そうなのだ。

 内側前頭前皮質は自分自身について教えてくれる、いろいろな情報を反映する領域だ。その中には、個人的で内省的な情報もあれば、周囲が自分をどう思っているかという反映的評価から生まれる情報も含まれる。つまり「自分とは誰なのか」という自己感は社会的に作り上げられたものであり、そのプロセスに関わっているのが内側前頭前皮質なのだ。

 内側前頭前皮質にはもうひとつ重要な働きがある。「説得に従う」ということである。暗示にかかりやすい人の脳では、内側前頭前皮質が活発に反応していた。日焼け止めの効用についての説明を聞いていた人たちのなかでは、内側前頭前皮質が活発に反応していた人ほど、そのあと日焼け止めを使っていた。わたしたちが態度や行動を変えるかどうかは、内側前頭前皮質が広告や説得にどう反応するかによって決まる。


 「これらの実験は、自己とは他者と自分とを明確に区別し、私たちを特別な存在にしてくれるものだという考えにとどめを刺したと言えるだろう」とリーバーマンはいう。「なぜなら、私たちの概念的な自己感をつくり出す内側前頭前皮質は、『私たちの考えや行動に影響を与える情報を、外部から取り入れるルートでもある』からだ」

 他人の目から隔てられまったく独自の価値観、独自の動機づけで生きる自分というのは、そもそも「ない」のだ。

 もう少し平たくいうとこんな風に言えるだろう。
 わたしたちは、生まれてからこのかた、親をはじめ周囲の人に自分がどう思われているかという情報を取り入れる。同時に周囲が提供してくれる、どう振る舞うべきかの規範の情報も取り入れ、内面化する。そのふたつの役割を、内側前頭前皮質が担っている。「どう振る舞うべきかの規範の学習」と「どう思われているかの情報を気にすること(=承認欲求)」はだから、一体にして不可分のものなのだ。

 


 わたしたちは現在、1日か2日に一度入浴し、きちんと洗濯した服を着て人前に出る。赤ん坊時代であれば入浴していなくても汚い服を着ていても気にならなかったかもしれない。
 しかし、「きちんとした人として見られたい(=承認欲求)」ことが規範を学ぶエンジンになり、そこそこ社会的な立ち居振る舞いをするようになる。幼いころからこのかた、わたしたちが承認欲求のお蔭をもってに身に着けてきた規範的・社会的な行動はどれほどたくさんあるだろうか。
 
 
 某アドラーの弟子ドライカースの著書では、人が悪いことをする契機の第一は「称賛の欲求」なのだという。それだけを見るといかにも承認欲求はわるいもので、アンインストールしたほうがいいもののように思えるかもしれない。

しかし、ドライカースはわたしたちが良いことをする契機については書いてくれなかった。わたしたちが人生の中で規範に従った「よい行動」をする回数と悪いことをする回数のどちらが多いか考えてみよう。ときどき悪いことをさせるのも承認欲求かもしれないが、日常的にそれをはるかに上回る数の規範的な行動をわたしたちにさせてくれるのも承認欲求だ。それは「操られている」「囚われている」といった被害者的なタームで表現する必要はなくて、そもそもそういう風につくられているのだ。


 この「承認欲求が規範の学習の原動力となる」という知見は、当然マネジメントにも応用できる。
 「行動承認研修」のなかではこのリーバーマン説との出会い以来、こんな風に教える:

 あなたがマネジメントの中で部下に順守してほしい行動を教えたり指示したりするときには、同時に部下を承認しなさい。できれば部下が「たしかに自分自身のことだ」と思えるような承認をしなさい(たぶん行動承認をしておけば間違いないでしょう)

 もっと以前から、「行動承認」の世界では、「部下がぼくの言うことを信頼して聞いてくれ、その通り行動してくれる」という報告がされていた。だから「信頼の問題」であるともいえるし、「承認欲求の問題」だともいえるだろう。いずれにせよ「行動承認」をしていればよいことなのだ。
 
 
 そういうわけで、承認欲求はわたしたちが生涯にわたってアンインストールできないOSのようなものだ。よく、前頭前皮質の一部を損傷した患者さんが抑制がなくなり、不道徳な言葉を言ったり約束を守らなかったりする事例が取り上げられるが、そういう逸脱した人になりたいと思うのでなければ、これまで通り承認欲求とともに生きればよいのだ。


 
 

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 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.1.16
             
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 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 ハラスメントを考える:「承認欲求」を貶めてはいけないわけ

【2】 ついにTVドラマも登場!
「アドラー心理学批判」再度の決定版を出しました
「『嫌われる勇気』は発達障害者の自己正当化だ!
懸念される『アドラー心理学鬱』」
米アドラー心理学会重鎮もきっぱり「承認を求めるのは正常なこと」

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【1】 ハラスメントを考える:「承認欲求」を貶めてはいけないわけ

 前号でも取り上げた電通の新入社員・高橋まつりさんの痛ましい死について、
その後フェイスブックでも話題にしました。

「…極限状態まで追いつめられて命を絶ってしまった人にかんしても、それは
その人の尊厳がひどく傷つけられたから、言いかえれば極端な承認欠如の状態
だったからという説明ができるんです。平常時、極限状態を問わず、『承認欲求』
は、わたしたちの『尊厳』と深く結びついています。『承認欲求』を貶めてしまう
と、『なぜ、パワハラはいけないか』『なぜ、セクハラ、モラハラはいけないか』
を説明することができません」

 これに対して応答してくださった思慮深い女性のお友達がいました:
「電通の彼女の話は長時間労働もだけど、承認の問題だな、とすぐに思いました。
電通に入って広告業界を志望するひとは好きな世界の仕事だから少々過重労働
でも頑張ると思います。彼女が亡くなったのは時間でなくて、内容。徹夜で仕
上げた仕事に「髪がボサボサ女子力低いね」という言葉。本質的なことではなく、
些末な部分、無関係なところをついてのセクハラ、モラハラの連続。
 疲れていようがダメ出しされようが、こういう能力も高くガッツのある人なら、
何がダメでどうしてほしいか、ここまでの努力は買うけど、ここがダメ、という
適切な指示があれば(かといって長時間労働そのものも問題だけど)死んだりしな
いと思います。
意味のないダメ出しに次ぐダメだし。承認されないことがこの事件には大きな
原因。人間は承認されなくても短時間なら耐えられるけど、長時間は無理。承認
されつつの仕事なら、多少の無理は耐えられるということなんではないかな、
とすぐに思いました。」

 メルマガ読者のあなたは、どう思われますか?
 わたしはこのお友達に全面的に同意です。
 長時間労働撲滅の取り組みが意味がないわけではありません。そのことに取り
組むことも偉大なことなのですが、それと並んでパワハラ、上司や周囲の人の
言動も同じくらい、重要なことなのです。
 そして、ハラスメントの問題にかんして
「では彼女には何が必要だったのか」
「何をしてあげるべきだったのか」
を考えるためには、決して、「NG言葉集」をつくれば解決するわけではありませ
ん。
「人権尊重」「尊厳」という言葉を一度、「承認」「承認欲求」という言葉に置き
換えてみると、上のお友達の言葉にあるように、「何をしてあげればいいか」初め
て答えが見えてきます。

 いっぽうで巷には、「承認欲求」という概念を貶めるネット記事やサイトの煽り
文句があふれています。これは、実は日本だけで起きている非常におかしな現象
です。
 次の記事にもあるように、「アドラー心理学」の米国の重鎮でさえも、「他者か
らの承認を求めるのは正常なこと」と述べています。
 ネットにもTVや書籍にも「フェイク・ニュース」があふれる時代です。メルマ
ガ読者の皆様は、決して間違った話を真に受けないようにしてくださいね!


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【2】 ついにTVドラマも登場!
「アドラー心理学批判」再度の決定版を出しました
「『嫌われる勇気』は発達障害者の自己正当化だ!
懸念される『アドラー心理学鬱』」
元北米アドラー心理学会長もきっぱり「承認を求めるのは正常なこと」

 先週12日(木)には関西テレビ系でドラマ『嫌われる勇気』がオンエア。
国内だけで累計150万部を売り上げたメガヒットの同名書を原案に、刑事ドラ
マに仕立てたものです。
 そのドラマの出来はさておき…。
 
 このメルマガおよび拙ブログでは、昨年末以来「アドラー心理学」の有害性
を取り上げてきましたが、こちらでも進展がありました。
 まず、国内のアドラー心理学会の重鎮が現在の『嫌われる勇気』ブームに
苦々しいコメントをしていたことが判明。
●不良品、ついにドラマになる〜元日本アドラー心理学会長も嘆く不幸な状況
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951602.html 

 つぎに、アメリカのアドラー心理学会の重鎮リチャード・ワッツ氏から
親切なメールをいただきました。こちらはより責任をもって説明しようという
姿勢が伺われます:
●元北米アドラー心理学会長がきっぱり「他者の承認を求めるのは正常なこと」
「問題の本はアドラーとはかけ離れた解釈」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951614.html 

 これらに基づいて、拙ブログでは「アドラー心理学批判」の再度のまとめ
記事をUPしました。この記事はフェイスブックのお友達に「説得力がある」
と評価していただき、傍からみて心配な言動をとる「信者」の方に転送してい
ただくなどしました。
●アドラー心理学批判 再度のまとめ:『嫌われる勇気』は発達障害者の自己
正当化だ!懸念される「アドラー心理学鬱」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951658.html 
 
 この記事の中に書きました「アドラー心理学鬱」は、まだはっきりした報告
があるわけではありません。しかし、Amazonの『嫌われる勇気』のレビュー
欄をみると、「重度の鬱の人はこの本を信じて実践しない方がいい!」という
警告のレビューをちらほら見かけます。
 ご本人がこの本を実践して鬱をひどくする場合と、周囲の人がこの本を信じて
「承認欲求など、尊重したり満たしたりしてやる必要はない」と考え、ことさ
らにご本人のこころを痛めつけるような言動をとる場合とが考えられそうです。
いわば、「承認欲求を貶める」とは、容易にサディズムにつながります。
 また、メディア関係者にアドラー心理学の信者が多いとみられる昨今なので、
ひょっとしたら電通の高橋さんを死に追いやった風土にも、この本の思想が
関係しているかもしれません。

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 ┃今日の一筆箋  
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 先週末はまたしても雪の中のセンター試験となりました。昨日曜夜は
「お疲れさん」をしたご家庭も多いかも…?18歳の試練、健康を維持して
乗り切っていただきたいですね。

 まだまだ、「批判」の仕事が続いていますが、本当は【2】でご紹介した
記事に書きましたような、幸せな職場づくりのお仕事のほうをしたいものです。

※今号は「ユリーの星に願いを」はお休みです。
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 再度のアドラー心理学批判のまとめ記事である。今日は少し物騒なタイトルをつけてみた。

 『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(いずれも岸見一郎+古賀史健、ダイヤモンド社)はそれぞれ2017年1月現在で累計150万部と44万部のベストセラーだ(同社調べ)。

 だがその論法を少し丁寧にみれば、この本の著者と想定読者層の独特の「認知的な偏り」をみてとることができる。既に日本の全人口の1,5%前後の方が購入した本であるが、その多くの方はこの本の内容をご自身の生き方やお子さんの子育てに応用する必要はない。できれば早めに内容を忘れたほうがいい、そういう本である。

 「この特性がなぜ発達障害?」と首を傾げる読者の方もいらっしゃるかもしれない。その場合は、発達障害の人の特性について比較的詳しいこちらのリンク先

●発達障害者は注意するのが好き?『大人の発達障害ってそういうことだったのか』を読む」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51873335.html

も、参照しながらこの記事を読み進めていただくとありがたい。

 また過去のアドラー心理学批判のまとめとしては、下記2本の記事がGoogleトップにランキングされているので、ご興味のある方はこちらも参照されたい:

●アドラー心理学批判 アドラーの罪:発達障害者向けのお説教と批判封じ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941204.html
●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在しない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html


 さて、今日の記事の目次は以下の通り。今回も長い記事になるので本文は「続き」部分に。

1.オールオアナッシング、論理の飛躍
 ――フロイトが原因論ならアドラーは目的論だ!

2.「…してはいけない」「トラウマは存在しない」極論の否定形連発
 ――「構造化」が好きな発達障害者向けのパフォーマンス

3.体内感覚との乖離
 ――承認欲求への嫌悪、しかし本来は「共同体感覚」「協力」「貢献」と不可分のもの。

4.尻切れとんぼのプログラム、 「実行」への想像力不足
 ――ほめるを否定し勇気づけを肯定、承認欲求を否定して貢献・協力を肯定

5.現場的努力への不敬/「ほめる」「承認」が定着した職場や学校への異常な妄想

6.「すべての悩みは人間関係からくる」は出家遁世のすすめ

7.結局「何もしない」で、嫌悪の感情が残るだけ!!

8.「アドラー心理学離婚」も発生?「アドラー心理学鬱」は?

9.アドラーは科学哲学者ポパーの反面教師だった!

10.「行動承認プログラム」は、「能動態の承認」



 続きを読む

 アドラー心理学最新情報。アメリカの権威からみた「岸見アドラー心理学」とは。

 北米アドラー心理学会元会長のリチャード・ワッツ氏からメールをいただいた。昨日昼に思い立ってお問い合わせのメールを書いたところ、夜中にご返信があった。

 その内容をご紹介させていただきましょう:

著者はアドラーの教えについてアドラーとはかけ離れた解釈をしているようですね。

まず、他人の注目を集めることだけを考えて生きるのは不健全なことです。しかし、他者の承認を求めるのは正常なことです。私たちは所属とつながりの感覚を切望する存在なのですから。ヒトは社会的存在であり、よい関係性のためには協力は不可欠なものです。

第二に、上と同様、他人の期待だけに基づいて意思決定をするのは不健全なことです。しかしながら、周囲の人との協力という概念、また共同体感覚/社会的利益(ゲマインシャフト、共同社会)という概念は、関係性の中のギブアンドテイクを含むのです。それはすなわち、われわれは関係性の世界の中で自分の意思決定が他人に及ぼす影響を考慮しなければならないということです。自己の利益にだけ動機づけられているというのは正しくありません。

第三に、「他人の問題に介入しない」という概念は、主に問題を抱えたお子さんをもつ親御さんに向けて言ったものです。「絶対にしない(never)」という言い方は、アドラーもドライカース(注:アドラーの弟子の1人。アドラーの死後、アメリカでシカゴを拠点として活発なグループを設立し、個人心理学国際ニュースレターを発行した)もしていません。彼らは、「子どもにはできる限り自分の問題を自分で解決する機会を与えよう」と言ったのです。これは大人にも当てはまると私は思います。子どもが自分で解決できなかった場合、まただれかが攻撃的になった場合には、親や監督者が介入します。要は、私たちはほかの人たちに、自分で問題解決する機会をできるだけ多く与えるべきだ(そして私たち自身の問題解決にベストを尽くすべきだ)、介入したり助けを求めるのはそのあとだ、ということです。「絶対に介入しない」「絶対に助けを求めない」という言い方はアドラー心理学の常識を超えています。

このメールが助けになればと思います。

最高の勇気の表現の1つは、不完全であることの勇気だ。―アルフレッド・アドラー


リチャード・E・ワッツ、Ph.D.LPC-S, Distinguished Professor of Counseling
テキサス州立大学System Regents' 教授
サムヒューストン州立大学カウンセラー教育学科(テキサス州ハンツビル)

米カウンセリング協会フェロー
アドラー心理学会資格保持者
元北米アドラー心理学会会長(Past-President)

Hello, Sayo Sodo.

It appears the author takes some of Adler’s ideas far beyond what Adler meant.

First, to base one’s view of self solely on how much attention one receives from others is not healthy. However, it is normal to seek recognition from others in the sense that we all desire to have a sense of belonging and connection. Humans are social beings and cooperation is a crucial value for successful relationships.

Second, and similar to the first, to base all our decisions merely on the expectations of others is not healthy. Nevertheless, the notion of cooperation, as well as community feeling/social interest (gemeinschaftsgefuhl), with our fellow human beings includes relational give and take; that is, we should consider the impact of our decisions for others in our relational world and not be solely motivated by self-interest.

Third, the notion of not intervening in problems is typically addressed to parents when siblings are having difficulties. To use “never” is not what Adler or Dreikurs stated. What they said is that we should give children every opportunity to work out problems for themselves. I believe this applies to adults as well. Leaders should give those they supervise every opportunity to work our problems. If the cannot work them out, or if one of the persons becomes aggressive, then a parent or a supervisor should intervene. In summary, we should give others the space to work out problems as often as possible (and we should do our best to work out our own problems) before intervening or seeking help from others. To say we should “never” intervene or “never” receive assistance goes well beyond the common sense of Adlerian psychology.

I hope this is helpful. rew

One of the highest expressions of courage is the courage to be imperfect. - Alfred Adler
Richard E. Watts, Ph.D., LPC-S, Distinguished Professor of Counseling
Texas State University System Regents’ Professor
Department of Counselor Education
Sam Houston State University
SHSU, Box 2119
Huntsville, TX 77341-2119
Phone: 936/294-4658
Fax: 936/294-4277
Email: rew003@shsu.edu
SHSU’s CACREP Accredited Ph.D. Program: http://www.shsu.edu/programs/doctorate-of-philosophy-in-counselor-education/

Fellow of the American Counseling Association
Diplomate in Adlerian Psychology, NASAP
Past-President, North American Society for Adlerian Psychology (NASAP)
ResearchGate Webpage: https://www.researchgate.net/profile/Richard_Watts8
My Website: http://sites.google.com/site/richardwattswebsite/Home
Twitter: @Richard_E_Watts
Article on Reflecting As If in Counseling Today: http://ct.counseling.org/2013/04/reflecting-as-if/
ACA Podcast on Reflecting As If: http://www.counseling.org/knowledge-center/podcasts/docs/aca-podcasts/ht026-reflecting-as-if-(rai)-adler-and-constructivists-unite





 このブログの少し長い読者の方には、もうワカッテイルお話だとは思うが、こうして米アドラー心理学界の重鎮の方が言ってくださると重みがある。

 できれば、日本のアドレリアンの方々もきちんと発言していただきたいものだ。



※ちなみにワッツ氏から上記のメールをいただいた元の私からのお問合せメールはこういうものです:


こんにちは、私は日本の研修講師兼ブロガーです。
日本のアドラー心理学のトレンドについて先生のご意見を伺いたいと思い、メール差し上げました。
近年、アドラー心理学に関する『嫌われる勇気』という本が日本とアジアでミリオンセラーになっています。
私はこの本を読んだらとても変に感じ、アドラーの原著を読んでみたところ大きなギャップがあることがわかりました。『嫌われる勇気』は個人心理学について誤解を招いてしまうのではないかと思います。「他者からの承認を求めるな」「他人の期待に応えるな」「他人の問題に介入するな、自分の問題に他人を介入させるな」などと、アドラーの思想であるかのように言っているのです。私はそれは変だと思いましたしアドラーがそんなことを言うわけないと思いました。

先生がこの状況をどうお考えになっているかぜひお伺いしたいです。私の友人たちはこのままだと、アドラーの教えは若い人に有害な教えだと思われてしまうかもしれないと不安がっています。私たちに正しいお導きをください。

Mr.Richard Watts,

Hello. I’m a Japanese business instructor and blogger.
I’d like to ask you about your opinion on Japanese Adlerian trend, if you don’t mind.
These years, a Japanese book on Individual psychology, ‘Kirawareru Yuuki’ (means ‘Courage to be Hated’) has become million seller in Japan and other Asian nations.
I read the book and felt very odd, so I read Adler’s original works and found many large gaps between the books.
I felt the book, ‘Kirawareru Yuuki’, induces a lot of misunderstandings about the individual psychology. It says "do not seek recognition from others," or "there is no need to fulfill others' expect," or "never intervene to others' problems and never let others intervene to your problems" as if they are Adler’s thought. So I felt it odd and thought that Adler should not say such a matter.

Please tell me how you think about this situation. My friends are anxious that if it were in this way, Adler’s teaching would be taken as a harmful to young people. Please give us a collect guidance.

Thank you,

Best Regards

Sayo Shoda
Koyocho-naka 1-4-124-205, Higashinada-Ward, Kobe-City, Hyogo-Prefecture, Japan



 今日はとりわけ当ブログの「アドラー心理学批判」の記事にアクセスが多いです。
 たぶん、ドラマのせいです。

 「嫌われる勇気」フジテレビ系、木曜22時〜
 http://www.fujitv.co.jp/kira-yu/

 アドラー心理学をベースにした刑事もの。
 毒食わば皿まで、この国で起こっている思想的狂騒を見ておこうとわたしとしては珍しくTVをつけました。

 香里奈が、冷え冷えとしたなんの潤いもない心のヒロイン「アンドウランコ」を好演しています。

 岸見アドラー心理学本の文体をまねしてか、「明確に否定します」というセリフをやたら乱発。少女が泣きわめくのを尻目に満足顔でショートケーキを食べる冒頭シーンなどは異常性格にしか見えません。

 (あとのほうになると、「皆さんは先生がいいというものをすべていいというのですか?」なんていう、正論めいたことも言います)

 椎名桔平扮するヒロインの恩師役によれば、アンドウランコは教育を受けてそうなったわけではなく生まれながらのアドラー、ナチュラルボーンアドラーなのだそうで、これなどは岸見アドラー心理学はもともと適性のある人を吸い寄せる性質のものなので、違和感はありません。そのマイペースでやれる人はやればいい、ただそれをやる人達はなまじアドラー心理学というテキストを手に入れたので教条主義的になってすごく鬱陶しくなる、ということだと思います。自己正当化しまくってはいますが香里奈の表情はお世辞にも幸せそうとは言えません(このあたり、上手い演技なのでしょうか)

 で、アンドウランコ的生き方が成立するのは、「上司も同僚もあたしよりバカばっかり」という状況であるということも指摘しないといけません。現実にも遭遇する「信者」の方の周囲へのリスペクトの無さも想起します。普通はここまで極端な職場環境はあり得ず、上司先輩周囲の人々に教えてもらって仕事するのですから、「つながり感」はもっと重要なのです。アドラー心理学信者には世界はこのようにみえている、ということでしょうか。


 さて、「この国で起こっている思想的狂騒」という言い方をしましたが…、


 国際的にみても、やはり日本のアドラー心理学の現状はかなり奇妙なことになっているようだ、という証左をみつけました。

 元日本アドラー心理学会会長・野田俊作氏の昨年3月31日のエントリ。

 http://jalsha.cside8.com/diary/2016/03/31.html


 この記事では野田氏は、米国のアドラー心理学会関係者の問い合わせに答えてこんな苦渋に満ちた回答をしています。

残念なことに私は彼の本を好意的に評価することができません。彼の意見はさまざまの事項について「標準的な」アドラー心理学から偏っています。たとえば彼はある状況下では協力を拒否することが重要であると述べ、「他者からの承認を求めない」とか「他者の期待を満たす必要はない」とか「他者の問題に介入してはいけないし、自分の問題に他者を介入させてはいけない」というようなことを書いています。多くの日本のアドレリアンたちは当惑していて、彼の本を無視していますが、けれども彼の本は爆発的に売れています。たくさんの人たちが彼の本を読んでそれが与えた先入観をもって私たちの講座にやってきます。私たちアドラー心理学の教師たちは彼らの間違いを修正することでとても忙しいです。経済的には幸福ですが、学問的には不幸です。私たちは「アドラー・ブーム」に圧倒されていて、ただ台風が過ぎ去るのを待っています。これが私たちの状況です。



 いかがでしょうか。
 以前にこのブログに「日本のアドラー心理学関係者や研究者は、岸見氏の暴走を批判しないのでしょうか」というようなことを書きましたが、ここでは野田氏は「台風が過ぎ去るのを待っています」と述べています。批判を封じられており奥ゆかしいので、公に批判したりはしないようです。


 しかし、以前にも書きましたように「岸見アドラー心理学」はアドラーの原著から恐ろしくかけ離れたことを言っていて、ほとんど虚構に近く、しかも人間性に対して有害な要素がいっぱい入っているのです。下手にかぶれた人が気の毒なのですが。

 そんないわば”不良品”をここまで大きくしてしまったのは、早いうちに誰も適切な批判をしなかったせいなのでありアドラー心理学関係者らの罪は大きいと、わたしは思っているのでした。

(だから、畑違いのわたしが今やっているのです)
 

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 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.1.10                 
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 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
です。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーに  ご来場いただいた方にお送りしています。
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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 「AI先生」と「ロボット上司」

【2】 ふたつの「1位」に思い複雑

【3】 連載「ユリーの星に願いを」第9回 「牡丹に思う」

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【1】 「AI先生」と「ロボット上司」

 読者の皆様、あけましておめでとうございます。しばらくこのメルマガの
発行を休止しておりましたところ、思いもかけず読者の皆様よりお年賀状等で
「良い内容を書いてくださっていたのに、最近見られず寂しい。ぜひ再開して
ほしい」と温かいお言葉をいただきました。大変、嬉しゅうございました。
 お言葉に甘え、改めて皆様にご挨拶させていただきます。本年も何卒よろし
くお願いいたします。

 昨2016年は、電通の新入社員の自殺という痛ましい事件から、かつてなく
「働き方」に注目が集まった年でした。
 読者の皆様も、「働き方」に関して今年は何らかの施策をお考えになる方も
多いのではと思います。
 さて、そんな中、昨日1月9日のNHK「ニュースウォッチ9」では、「AI先生」
についての特集がありました。

>>http://www9.nhk.or.jp/nw9/ 

(本日時点ではまだサイトに載っていないようです。数日経ってからクリック
してみてください)

 ある学習塾では「AI先生」による学習指導を全面的に導入。生徒にインタビ
ューすると、「AI先生」のほうが「リアル先生」より教え方が上手で好評、と
いう。生徒がどこでつまづいたかを一瞬で細かく分析し、その弱点を強化できる
ような問題を膨大なデータベースからいくつも出してくれる。それにより生徒の
問題を解く力がめきめき向上するそうです。
 では人間の先生の存在意義はなんなのか?というと、、、
とくに学校でこの「AI先生」を導入して学習指導を完全に「お任せ」した場合、
リアル先生の役割は、いわば「ファシリテーター」となります。生徒が友だ
ちと連携しながら考え、アイデアを出し、取り組むようサポートするというも
のです。

 いよいよ、「AI先生」の登場が現実的に。それでは、「マネジャー」「管理職」
の役割はどうなるでしょうか?
 これについての考察も実は既に出ていました。

●「ロボットの上司」は人間に優るか?―ハーバード・ビジネス・レビュー
>>https://at-jinji.jp/blog/5692/

 これによると、「ロボット上司」のメリットとしては
・衝突が避けられる・より客観的なフィードバック・合理的な意思決定ができ

などがあります。一方考えられるデメリットとしては
・ロボットもミスを犯す(具体的には、現状追認的になり差別をするなど)
・これまでの常識にない発想はできない
・人の管理につきものの不測の事態に対応できない
もう1つ大きな要素として、
・人はロボットより同じ人間に評価されたり感謝されたい
ことを挙げています。

 さて、「行動承認」を既に取り入れ実践されている皆様は、これらの考察
には「納得」いただけましたでしょうか?

 ちなみに、まったく偶然これに関連するようなお話ですが、年頭に
「ブログ読者の皆様にお年玉」として、なぜ「行動承認」の世界のマネジャー
は聡明なのか?という話題を掲載しました。
 連休明け、ひときわお忙しく過ごされていることと思います。お時間のある
ときにご覧ください:

●ブログ読者の皆様にお年玉 あなたがたはなぜこんなに聡明なのか
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951145.html

●ブログ読者の皆様にお年玉(2)OSとアプリ、「無罪判決」とマネジャーの
「寛容」、ダイバーシティ―の思考法について(試論)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951308.html

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【2】ふたつの「1位」に思い複雑

 わたくしが長らく「お休み」していたため、2016年は「1位マネジャー」を
とうとう作ることができませんでした。
 ただ、お休み中にひっそりと作られた「1位」がありました。自慢できること
なのかどうかわかりません。

 拙ブログ「正田佐与の愛するこの世界」がふたつの分野の「批判」でGoogle
検索1位を獲得していました。
 その二つとは…、
「アドラー心理学」と「学力の経済学」。
 これらを「アドラー心理学+批判」「学力の経済学+批判」でGoogle検索して
いただくと、トップページの最上位に拙ブログからそれぞれ2つの記事が
ランクされるようになっています。ご興味のある方はぜひ、やってみてください。

 特別な操作をしたわけではなく、Googleは「コンテンツの良さ」「被リンク数」
で検索結果を決めているそうですので、拙ブログ記事の信頼性、正確性などが
Googleに評価していただいた結果、と考えてよいと思います。

 年明けになってとりわけ自治体・教委のドメインから「学力の経済学」の批
判記事にアクセスが多いのは、『「学力」の経済学』という本に書いてあるこ
とを政策導入すべきか否か?真剣に迷われている方がアクセスされているので
は、と推測しています。

 一昨年末ごろから、世間のベストセラーの中に非常に人間性にとって有害な内
容があることに気づき、心ならずも「批判」に力を入れるようになりました。
 「批判」をすると、人格が狭量にみえ、敬遠されやすくなります。しかし、明
らかに人の体やこころを害するものを放置しておくことはできません。それは、
たまたまその「有害性」が見えるポジションにいたものの義務、「ノブレス・
オブリージュ」だと思っています。
 決してだれかを貶めて自分の優位性を誇りたいという意図はありませんので、
今年はできればこうした「批判」の仕事をしないで済むよう願います。
 出版社さんも、どうか人の体や心をむしばむ本を使ってヒットを作るよう
なことは自重していただきますように…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【3】連載・「ユリーの星に願いを」第10回「任せられないマネジャー」
By ユリー
 ユリー:マーケティングコンサルタント。人と組織のメカニズムに高い関心
を持つ仏教学習者。40代女性。
***********************************

 こんにちは、ユリーです。読者の皆様、あけましておめでとうございます。

 先日、知人のある中小企業の経営幹部から「課長が部下を使いこなせず、
自分で仕事を抱え込んでしまう、結果的に容量オーバーをおこし、経営改善
のための新規プロジェクトが計画通りに進まず困っている。」という話を聞き
ました。この手の話は、あちこちで聞く話なので、読者のみなさまにも、
同じような経験をなさっている方がいらっしゃるのではないでしょうか。

 組織のマネジャーである以上、組織として掲げた目標と計画達成の責任が
あります。しかし、優秀なプレーヤーだった頃と同じ働き方や目線では、マ
ネジャーに求められる成果をあげることは難しいということを知らないま
まマネージャー職に就いてしまう人がいます。また、頭ではそのことを理解し
ていても、実際の行動が伴わないということもあります。いずれの場合のマネ
ジャーも、期待に応える成果を上げることは困難です。

 さて、こういうケースでは経営者はどういう対策を打つべきなのでしょう。
読者のみなさまはどうお考えになりますか?

 もちろん「行動承認」の実践はとても有効です。確実にマネジメント
スキルを向上させることができるので、該当のマネジャーには正田先生の研修
を受けていただきたいところです。

 私の個人的な経験に照らして考えると、話題になった課長はルーチン業務に
は長けているが、プロジェクト業務には不慣れで、両方を平行して進めること
に混乱していると思えます。ルーチン業務は繰り返し業務ゆえ、タスク分解、
スケジューリング、リソースの割当など、前例に従うことで成立します。一方、
プロジェクト業務はそれぞれに納期があり、タスク分解もスケジュールリング
もリソースの割当も、マネージャーが立案せねばなりません。また、予算管理
や予算策定のためには財務知識も必要ですし、それらを現場に落とし込むため
には、事業ドメインに応じた業務レベルの擦り合わせをせねばなりません。マ
ネジャーとして成果を出すために必要な知識やスキルは、プレーヤー時代と比較
すると桁違いに増えるのです。こう考えると、この課長を課長職に登用する際の
能力の見極めが少々甘かったのではないかという気がします。「部下を使いこなせ
ない課長」を嘆いている経営幹部こそが、彼を課長職に登用した当事者であった
ことを思うと、問題の根は課長だけにあるのではなく、人事制度全般の問題では
ないかというところに行きつきます。この考えを知人に率直に伝えたところ、「自
分もそこが問題の根幹だと気がついた。」とお話してくださいました。

 中小企業で大企業のような人事制度などと言っていられるか!という経営者の
本音も十分すぎるほど理解できます。しかし急がば回れ。管理職の人事が機能し
ないとしたら、職務分掌、組織デザイン、人事制度や人事考課など会社の土壌の
見直しが必要なサイン。天候をコントロールすることは不可能でも、咲かせたい
花にふさわしい土壌は自ら整えることは自力で取り組めることではないでしょうか。

□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃今日の一筆箋  
□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 「トヨタ、米国で今後5年間に1兆円以上の投資計画」というニュースが
今朝飛び込んできました。オトナの対応が必要、しかし事の種類によっては
…またまた複雑な気持ちになる昨今です。
 皆様にとって素晴らしい1年になりますよう、お祈り申し上げます。

┌─<<現役マネージャー必読!>>──────────────────>
│  近著『行動承認―組織の能力を最大化する「認める力」』
│  http://www.amazon.co.jp/gp/product/4434198572
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 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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暴力の人類史下


 前記事に引き続き『暴力の人類史』(上)(下)(スティーブン・ビンカ―、青土社、2015年1月、原題'THE BETTER ANGELS OF OUR NATURE')を読んでいます。

 今日はその後半、下巻の「第8章 内なる悪魔」と「第9章 善なる天使」をじっくりと。いよいよ進化心理学者、認知科学者である著者ピンカーの本領発揮の、非常に読みごたえのあるところです。


 ですが、面白すぎてはしょれるところが少ない。ざくっとしたロジックの筋を追うことも大事ですがわたし的には脳科学の細かい知識のほうにも目が行きます。
 なのでこの記事は「続きを読む」を活用しようと思います。「ざくっとしたロジック」を表のウインドウで、細部の知識を「続きをよむ」で。


 「第8章 内なる悪魔」は、わたしたちを暴力的・攻撃的にさせる脳機能を扱います。これには5つのカテゴリーがあります。すなわち:

1.プレデーション(捕食):最も単純な種類の暴力で、ある目的のための手段として力を行使する。探索系によって設定される食欲や性欲や野心などを追い求めるために暴力が配備され、背外側前頭前皮質を格好の象徴とする脳内の知的な部分すべてによって暴力が誘導される。

2.ドミナンス(支配、優位性):ライバルよりも自らが優位に立とうとする衝動的欲求のこと。この欲求は、テストステロンを燃料とする支配系やオス間攻撃系と結びつくこともある。ただし、この欲求がオスだけのものというわけではなく、また個人間だけでなく集団間でも優位をめぐって争いをする。

3.リベンジ(報復、復讐):受けた危害を同じように返そうとする衝動的欲求のこと。直接的な主動力となるのは怒り系だが、その目的のために探索系を引き込むこともある。

4.サディズム:傷つけることそのものを喜びとする。

5.イデオロギー:あるイデオロギーを心から信じている人びとは、さまざまな動機を1本の教義に織りなし、そこに他人を引き込んで、破壊的な目標を遂げさせる。


 これに対してわたしたちを善たらしめる脳のはたらきがあり、これを「第9章 善なる天使」で取り上げます:

1.共感:「共感は過大評価されてきた」とピンカーは言います。

2.セルフコントロール

3.最近の生物学的進化?

4.道徳とタブー

5.理性

 このうちピンカーがもっとも期待と信頼を寄せるのは最後の「理性」です。「理性」は「セルフコントロール」や「道徳」と連携して「平和化効果」をもたらすといいます。
 加えて、人類のIQは20世紀初め以来、向上している(フリン効果)。自分の目の前のものだけでなく、より抽象的なものを理解し目の前にないものも推論できるようになり、この推論能力の向上が、「理性の平和化効果」と結びついて、20世紀後半の暴力減少や権利革命(人種、女性、子ども、動物など)をもたらしたのだろう、とピンカーはみています。

 本来凶暴なチンパンジーに近い人類が環境や文化や後天的努力によって長い平和を維持している。凄いことですね。


 大雑把にこれが『暴力の人類史』下巻の筋です。


 ところで、この原著の出版は2011年。この本には、最近のIS(イスラム帝国)の勃興やそれへの先進国の若者の参集はふくまれていません。

 また、「トランプ大統領」の誕生とそれを支えたアメリカの分断、それにネットデマの拡散や「PC(ポリティカル・コレクトネス)」への反動について、ピンカーはなんと言うだろう。という興味もそそられます。

 
 大統領選はるか前に書かれたこの本の中のひとつのヒントとして、ここには「統合的複雑性」という概念が出てきました。政治演説の洗練度を、「統合的複雑性」の概念によって測れる、といいます。

 たとえば「統合的複雑性」の低い文章は、「絶対に」「つねに」「間違いなく」「確実に」「完全に」「永遠に」「明白に」「疑いの余地なく」「まぎれもなく」といった単語を使います。
 文章の統合的複雑性は、それを作成した人の知能と相関関係にあり、特にアメリカ大統領において顕著だといいます。統合的複雑性があまり高くない言語を使う人は、フラストレーションに対して暴力で反応したり、戦争ゲームに参戦する機会が高いとも。

 そして、指導者の演説の統合的複雑性が低下すると、そのあと戦争が起きることが実証されているそうです。



 さあ、わたしたちが生きているのは「平和化から暴力化への揺り戻し」のプロセスなのでしょうか。
続きを読む

暴力の人類史












暴力の人類史下




 ちまたでは『サピエンス全史』が流行っているようです。
 
 そんなとき天邪鬼なのか、一昨年邦訳された大作『暴力の人類史』(上)(下)(スティーブン・ビンカ―、青土社、2015年1月、原題'THE BETTER ANGELS OF OUR NATURE')のほうを手にとるわたしです。


 『サピエンス全史』は、まあTVで結論らしきことをきいたからいいかと(笑)いや、なんか「持ってかれそう」な匂いも感じたんですよね。


 当面ここでは『暴力の人類史』から学べることを丁寧にみたいと思います。著者ピンカーは認知科学者。上巻は歴史と統計を駆使して人類史を通じて暴力は減少していることを実証。下巻は著者の本領発揮で脳科学、認知科学をフル活用しながら暴力をつくる脳と、それを抑制する脳の働きを説明してくれます。

 はい、実は2つ前の記事以来のわたしの「側頭頭頂接合部」にかんする説明のタネ本は『暴力の人類史』です。

 ピンカーの脳科学の説明のしかたや、過去の諸研究の押さえかた、それへの疑義の呈しかたと結論の立てかたは、わたし個人的に非常にすきです。このようにものを考えたいものだと思います。(ページ数を食う記述方法かもしれませんけれどね)


 
 この本によると、わたしたち人類は古代も中世も、今よりはるかに残虐でした。

 現代人の目から見ると、聖書に描かれた世界の残虐さは驚くばかりだ。奴隷、レイプ、近親間の殺人など日常茶飯事。武将は市民を無差別に殺しまくり、子供でも容赦しない。女性は人身売買され、セックストイのように略奪される。神ヤハウェはささいな不服従を理由に、またはなんの理由もなしに何十万もの人びとを拷問したり虐殺したりする。


 ヘブライ語辞書には「国家や王、あるいは個人が他の人びとを攻撃したり殺したりしたことを明示的に記している箇所が600以上ある。…ヤハウェ自身が暴力的な罰の執行人として登場する箇所がおよそ1000、主が罪を犯した者をそれを罰する者の元に送る場面も数多くあるが、それ以外にヤハウェが人を殺すように明確に命令する箇所は100以上に及ぶ。


 イエス・キリストが処せられた「磔刑」という刑罰は、こんなおどろおどろしいものでした。


 ローマの磔刑は、まず裸にした受刑者を鞭打つところから始まる。使われたのは先の尖った石を編み込んだ短い革の鞭で、ローマ兵がそれで男の背中や尻、足を打つ。この論文によれば「裂傷は骨格筋にまで達し、血を流して痙攣する細い筋肉の束が剥き出しになる」。次に、両腕が重さ45キロほどもある十字架にくくりつけられ、男はそれを背負って支柱が立てられた場所に運んで行かなければならない。そこで彼は背中をずたずたにされた体を起こされ、手首に釘を打ち込まれて十字架に磔にされる(手のひらに釘を打ち込むという説明がよくされるが、手のひらの肉では体重を支えることはできない)。次に十字架が支柱にかけられ、両足は支柱に――通常は支柱のブロックなしに――釘付けにされる。両腕に全体重がかかり、肋骨はその重みで広げられるため、腕に力を入れるか、釘を打たれた両足を踏ん張るかしない限り呼吸はむずかしくなる。3,4時間から長ければ3,4日間苦しみ抜いた末に、男は窒息か失血のために死亡する。処刑人は男を椅子に座らせることで拷問の時間を引き延ばすこともできるし、こん棒で両足を叩きつぶし、死を早めることもできる。


 凄いですねえ。この本の上巻の前半はこれに限らず、残酷な刑罰、拷問、残酷な戦乱シーンのオンパレードです。こんな残酷刑を公開でやっていて、それを近所の人と見物に行って歓声をあげる感覚ってどうよ?と思いませんか。昔の人は、今の基準からみてお世辞にも人格高潔な人びとではありませんでした。


 中世の騎士道精神というのも全然かっこいいものではなく、ちょっとでも名誉を傷つけられた面子を潰されたと言っては剣を抜いて殺しあいました。昔の人の「承認欲求」は今よりはるかに剥き出しで血なまぐさいのです。

 
 原始時代の紀元前5000年ごろから数千年単位で、人類のうち暴力的な死を遂げる人の数が5分の1ほどに減った、といいます。さらに中世後半から20世紀までの間にヨーロッパ諸国では殺人の発生率が10〜50分の1に減りました。

 第一次・第二次大戦は20世紀を「暴力の世紀」と呼ばしめましたが、だから人類は暴力化の一途をたどっているかというと、それは大きな間違いでした。第二次世界大戦後は、超大国や先進国が互いに交戦しなくなりました。そして武力衝突やジェノサイドも、いまだに報道はされているものの過去より減っているというのです。さらに少数民族、女性、子ども、同性愛者そして動物に対する小規模の暴力に対しても嫌悪感が増大し、これらの暴力も減っています。


 人類は本来的に平和的なボノボよりは凶暴なチンパンジーのほうに近い、とピンカーは言います。進化の枝分かれにおいて、チンパンジーの祖先がわれわれの祖先に近かったようです。チンパンジーはボスが君臨するタテ社会でボスがメスザルを独り占め、メス同士の抗争で憎いライバルの子供を食べてしまうこともするし、クーデターが起こればボスの女をレイプしてしまうこともします。


 では、そんな人類がどうしていま、比較的フラットな社会をつくり一夫一婦制で平和を志向することができるのでしょうか。


 ピンカーはそこで「啓蒙」そして「文化」の力を挙げます。


 大きなターニングポイントは18世紀。ヴォルテール、モンテスキューら代表的な啓蒙思想家らが残虐刑を批判。ミラノの法学者・経済学者チェーザレ・ベッカリーアが1764年に『犯罪と刑罰』を発表するに及び、以後数十年以内に主要な西欧諸国では拷問がなくなりました。
 

 さらに下って20世紀のとりわけ第二次大戦後には世界中で急速に犯罪発生率、殺人発生件数が減少します。

 が、中で例外的な現象もありました。アメリカの60年代です。
 人口10万人当たりの殺人件数は、1957年の4人から60年代末には10人近くにはね上がりました。60年から70年までの殺人増加率は135%。自由に心のままに振る舞うことが奨励され、抑制された態度をとることをあざわらい、フリーセックス、ドラッグ、逸脱の文化が花開いた時代でした。

 この時代はベビーブーマーが10代後半〜20代を過ごした時期でもあります。この世代は世代的連帯感が強く、そして通信機器の発達もあってサブカルチャーの影響を強く受けました。この時代にアメリカの犯罪発生率は突出した高さを見せ、先進諸国の中の例外となりました。それは「抑制」の方向へすすんできた歴史的趨勢への反逆のような時代でした。

 その後、90年代にはカウンターの力が働き、アメリカは一転して「抑制」へ。犯罪発生率、殺人件数も急降下します(年間7%減)。


 結局、「文化次第」なのだということをこの例は教えてくれます。遺伝子的に進化が起こりようのない時間軸でも、「文化」が変わることで人類は行動様式を変容できるのです。

 (ちなみに、アメリカのベビーブーマーに当たるわが国の某世代も、人口比で犯罪発生率が突出して高いのだそうで…、この世代は「暴力の世代」なのです)


 
 
 このことは、教育屋のわたしにはさまざまな示唆を与えてくれます。


 例えば「承認教育」10数年の歩みの前半は、上の世代の行動様式との闘いでありました。暴力がデフォルトの世代の人びとからみると、「承認マネジメント」など綺麗ごとすぎて噴飯ものでした。実際、ベビーブーマーに当たる世代の男性コンサルタントから脅迫状がきたこともありました。


 しかし、「非暴力化」は国家間のみならず会社のようなコミュニティレベル、個人レベルにも及んでいるのです。上の世代にとって当たり前でなかった「承認」のような行動様式でも、今は新しい規範とすることができるのです。むしろ過去の規範が明らかに役立たなくなった今日、新たな規範の確立は必須でしょう。


 そして遺伝子的にシャイな日本人がデフォルトでは「ほめる」「認める」ことを苦手にすると言っても、アメリカで起きた犯罪発生率の極端な上下をみるかぎり、デフォルトでどうか、よりも「文化」の影響力のほうが大きそうです。文化は、教育やTV、ネット等メディアの力でつくれるものです。

 よくいわれる「遺伝の影響が大」というのも、さまざまな形質にたいする遺伝の影響は多く見積もっても40%であり(注:例外は知能。60%ほどが遺伝に影響される)、残りの60%以上は「環境」それも生育環境でなくある程度大きくなってからの外部環境に影響されるのです。なので遺伝子決定論<文化決定論 と言っていいかもしれないのです。

(家庭教育は、それほど大きな影響を与え得ない、というのはちょっと悲しいですけれどね。)



 
 この本では、ここ数十年の「非暴力のゆきすぎ」についてもややアイロニカルに触れています。小学校ではドッジボールが禁止され、今のアメリカの小学生はドッジボールをすることができない。失踪した子供のために「誘拐防止」のキャンペーンを大々的に張った結果、親たちは子供を学校まで車で送り迎えするようになり、公園から子供の姿が消えた。送り迎えの車にはねられて交通事故に遭う子供の数のほうが誘拐される子供よりはるかに多いという。ある女性ジャーナリストが9歳の息子の冒険の希望を叶えて1人で地下鉄に乗るのを許したところ、轟々たる非難がきたという。「ゆきすぎは見直しが必要だ」とこの本は言います。

 
 それでいえばこのブログでよく槍玉に挙げている「批判しない」テーゼも、ひょっとしたら「非暴力のゆきすぎ」であり、見直しをしないといけない種類のものなのかもしれない。とわたしなどは思います。





 もうひとつは、人類が「デフォルトで暴力的」である以上、「承認」はやはり、「批判理論」なのです。わたしたちのデフォルトに反逆するいとなみなのです。それは繁栄に通じる、価値ある反逆だからこそ、やる。フランクフルト学派の創始者の一人であるアドルノがナチスに追われ亡命したユダヤ人であり、暴力的なものにきわめて敏感な人物であったことなども想起しました。

 心優しい人、なんにでも「いいね」というタイプの人も、「承認」に共感してくださいますが、基本的に承認はデフォルトに対する抗いであり、闘争の意味合いをはらんだものである、ということです。

 「行動承認」の初期の担い手だった気骨あるマネジャーたちは、上の世代にたいする反逆精神を持ち、それとは違うやり方で成果を上げたいと考える人びとでした。今の時代のマネジャーたちにはそれほどの思い入れがなくとも学習できるものかもしれませんが。


 せっかく書き始めたので、ぜひこの本の脳科学・心理学的知見も次の記事でご紹介したいと思います。

※この項目は書きかけ項目です


 1つ前の記事「ブログ読者の皆様にお年玉 あなたがたはなぜこんなに聡明なのか 」に関連して新たに2つの話題。

 「OSとアプリ」、それから「無罪判決と寛容、ダイバーシティーの思考力」について。

 きのう友人から示唆していただいた。
 「行動承認」とそれ以外の多数の研修コンテンツは、「OS」と「アプリ」の関係なのだ、と。

 たまたま、友人は企業の人の「マネジャーが部下に仕事を任せられない」というお悩みを持ってこられていた。私からは、
「それは行動承認というOSをその人の中に作ることができればすぐ解決できるでしょう。OSさえあればすぐ載せられます。人に任せられるようになります。経験的にはそうです。ただ企業の人にはそこの因果関係はなかなかわかっていただきにくい」
ということをお話しした。それに対して友人が言ってくださったのが、これ。

「行動承認とそれ以外の多数のコンテンツは、OSとアプリの関係ですよね。そういう関係だということが理解できない方が多いですが」。


 こういうことは無数にある。今ここで数え上げられないぐらい。「行動承認」というOSに載せられるアプリを挙げ出したら巻紙のような長い長いリストになるだろう。企業の方に、「あなたの抱えておられる課題にもちゃんとお役に立てますよ」ということを言うのにも、長いリストの中から探していただくことになる。「ダイバーシティー」「ワークライフバランス」「パワハラ」「メンタルヘルス」「安全衛生」などもその中に入る。

 企業の方は往々にして(私の存じ上げている少数の聡明な方々はべつとして)課題にピンポイントで効き目があると謳う商品を選ぶ。宣伝上、また研修を受けているさなかにもそれは有効そうにみえる。でも「OS不在」では、現場に帰って実際には動かないものだ。(あるいは、強すぎるトーンで研修をやり薬が効きすぎてまるでそのアプリがOSのように見えてしまうので、「全然叱れないマネジャー」ひいては「規律規範のない職場」ができてしまったりする)

 こちらからみると、「いや、それよりOSをじっくり作ってあげたほうがいいんですよ」というのが見えてしまい何とももどかしいのだが、それは非常に伝わりにくい。



 似たようなお話は過去のブログにも何度も出てきていると思う。10数年間そのもどかしさを抱えてきた。

昨年はかつてなく「働き方」に注目が集まった年だった。だがそこでも、「過労死に対する時短」がOSになりうるのかどうか、また「パワハラ対策」がOSになりうるのかどうか、立ち止まって考えてみたいものだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 もう1つの話題は、表題にある「無罪判決とマネジャーの寛容、ダイバーシティーの思考力」について。


 1つ前の記事では、「行動承認」に大いに関わっていそうな脳の部位に「側頭頭頂接合部」があり、この部位は次の3つの役割を担っている、ということを書いた。

1. 自分の体位と他人の行動を察知する能力
2. 他人の気持ちをわかる「メンタライジング能力」
3. 他人の問題行動の動機が故意かそれとも不測の事故なのかに照らして、有罪か無罪かを決める判断力

 このうち3.について少し展開して考えてみた。

 「有罪か無罪かを決める」というと大仰な表現だが、これはこの知見を導き出した実験で被験者に裁判官になってもらい「この犯人は有罪か無罪か?」を判定してもらうことをしたからだ。だが裁判官になってみるまでもなく、わたしたちは日常的に「有罪か無罪か?」という思考はしている。そしてその相手を「責める」かどうか決めている。

 例えば、職場や学校で障害のある人がその障害のために、ほかの人と同様の条件下で同様の作業ができなかった。
 いつも機転が利きサクサク仕事をしてくれるA子さんが今日は効率が悪く、ミスが多い。よくきくとA子さんは風邪で熱があった(あるいは、家族の介護に追われ仕事に集中できなかった)
 職場にきた外国人のB君があることで職場の慣行を守らなかった。よくきくとB君の母国にはそのような慣行はないとのことだった。
 C子さんとD子さんはワーキングマザーで同じぐらいの歳の小さな子供さんがいるが、C子さんのほうが子供さんの病気が理由での急な休みや早退が多い。よくきくとC子さんは実家が遠く、またお子さんが病弱だそうだ。
 ・・・

 障害のある人が健常者とまったく同じ条件で同じ仕事ができないのは、その人に責任のあることではない。好きで障害をもって生まれてきたわけではないのだから。だからその人は「無罪」である。だからできるだけその人に必要なサポートをし、できるだけ適材適所で、その人のできることをやってもらう。
 

 マネジャーは日常的に上記のような情報を集め、機械ならぬ人間の適材適所を図ったり好不調の波を理解している。
  普通のマネジャーはどうか知らないが「行動承認」の世界のマネジャーたちは、そうである。

 おおむね、「行動承認」のマネジャーたちはダイバーシティー(人の多様性)を苦もなく理解し、実践する。彼(女)らは性差別も障害者差別も外国人差別もしない。

 このブログでしつこく取り上げている「発達障害」の知識も持ち、そうした障害をもった人びとの行動特性も理解しているので、「行動承認」のマネジャーたちは普通の企業では問題になるかもしれない発達障害をもった働き手についても、不思議なくらいうまく落としどころをみつけて働いてもらっている。そうした働き手が必要とするちょっとしたサポートを面倒がらずに行い、周囲への啓発もする。

 
 恐らく彼(女)らは日常的に「無罪判決」をその脳の中で下しているのだ。
 
 それは、外形的には世間でいう「寛容」というものにみえる。(いや、過去から現在にいたるまで、「寛容」というのはそうした脳の働きによるのかもしれない)

 あるいは、「ダイバーシティーの思考法」とでも呼べるものが、「行動承認」のOSとともにインストールされるのかもしれない。
 経験的にはこれまで起きてきたことはそうだったし、今手元にある知見から仮説として言えるのも、そうだ。


 こうしたことがいつか科学的に実証されるといいのだが。
 

 

 ブログ読者の皆様、明けましておめでとうございます。
 皆様にとって素晴らしい1年であることをお祈りいたします。
 今年も、私はここでやっております。どうぞよろしくお願いいたします。


 1つ前の日記で「承認についてあまり新奇なことが言えない」と書いたが、大枠は変わらなくても毎年、少しずつは新しい発見があるものだ。
 このブログでは近年は「発達障害」と承認の関係、ドイツ・フランクフルト学派の承認論、それに幸福ホルモン・オキシトシンとの関連などが新しいトピックだった。
 一昨年の新しい話題は人の脳の「内側前頭前皮質」に「行動承認」で働きかけることによって規律規範を教え込むことができる、これは「行動承認」によって部下側に起きる画期的な変化の説明になる。職場でのOJTやリスクマネジメントの指示などに応用できるだろう。
(そう変わったことをする必要はない、単にできる限り「承認」、それも相手にピンポイントで働きかけるタイプの「承認」をまじえながら必要な指示を出してあげましょう、ということ。要するに「行動承認」をしていればよいのだ)

 昨2016年もそれに当たるちょっとした発見があった。「行動承認」を行う上司側の画期的な脳変化についてのひとつの仮説だ。
 「行動承認」の世界の上司たちはなぜ聡明で人の心がよくわかり判断力が高いのか?彼(女)らは「行動承認」ひとつに習熟したら、それ以上何も学ぶ必要がないかのようだ。

 実際には他の研修も色々と受けているだろうし本も読んでいるだろうが、彼(女)らはそれらの知識を易々と自在に組み合わせて動かしてしまう、まるで「行動承認」が万能のOSであるかのように。


 だから、「先生」としては結構寂しいのだがあまり多くの介入を必要としない。
 そして「先生」は十年一日のごとく「行動承認」のことばかり言い続けるのだ。


 さて、前置きが長かったが彼(女)らのこの聡明さの正体はなんなのだろう?

 それへの答えになるかもしれないのが、最近入手した、脳の「側頭頭頂接合部」に関する知見である。

 側頭葉と頭頂葉の繋ぎ目である側頭頭頂接合部は、きわめて多くの情報の通り道だ。2000年代に入って、この部位がいくつかの重要な思考能力と関わっていることがわかってきた。

 少なくとも3つの役割。
 すなわち、
1. 自分の体位と他人の行動を察知する能力
2. 他人の気持ちをわかる「メンタライジング能力」
3. 他人の問題行動の動機が故意かそれとも不測の事故なのかに照らして、有罪か無罪かを決める判断力

に、関わっているらしいことがわかっている。そしてこれら1.〜3.の組み合わせを見ていると、おぼろげながら一つの仮説が生まれてくる。

 つまり、「行動承認」を行うマネジャーたちは、日常的に1.の人の行動を察知することをやっているので、自然と「側頭頭頂接合部」全体の能力を筋肉のように鍛えており、従って2.のメンタライジング能力も3.の人の心に対する洞察に基づく判断力も高いのではないか?という仮説である。

 経験的にはこれは、非常に「ありそう」なことである。そうでもなければ「行動承認」の世界のマネジャーたちの聡明さの説明がつかない。
 残念なのは実際にアカデミックな実験をやったわけではないのであくまで仮説にすぎないのだが。


 また最近ではこの部位が「格差」を感じ取り格差を減らそうとする思考に関わっているらしい、という知見もあった。

>>http://www.asahi.com/articles/ASJB231TZJB2UBQU00B.html

 朝日新聞の有料会員でない人のためにこの記事の後半を補足すると、

 多数の人で調べたところ「お金の分け方」を考えるとき最大の関心が払われるのは「最低賃金はいくらか」つまり最も取り分の少ない人の取り分はいくらか、である。そして最低金額の状況をチェックする時に脳のどの部位が反応したかを血流で調べたところ、立場を置き換えて思考する際に使われる「右側(うそく)側頭頭頂接合部」が関係することも判明した、という。


 哲学の世界の「承認」は実際に「同一労働同一賃金」の思想的ベースとなり格差解消のための思想なのだが、脳の中で実際にそういう「格差解消」の思考が行われており、それは「行動承認」を行うのと同じ部位らしいのだ。
 いいですねいいですね。

 そこの格差の部分はちょっと余談でした。
 だがこの「側頭頭頂接合部」に関しては、今後も「こんな役割を担っていることが新たにわかりました」という知見が出てくるかもしれない。
 そのたびに「行動承認」が大人の人の総合的な思考力に関わっており、努力して維持し続けるだけの価値があるものだ、という話になるかもしれない。



 なので今日のお話は「行動承認」を行うマネジャーたちへの「お年玉」のようなものである。
 あなたたちは、聡明なのだ。おとなたちの中でも、ずば抜けて。

 「行動理論」などは昔からあったものの「部下や選手が伸びる」という相手方のご利益はわかっていた一方、こういう「行為者」つまりマネジャーやコーチの側のご利益はその当時言われていなかったのだ。



 そして、少しドヤ顔で、以前から小声で言っていたフレーズも言ってみる。
 あなたたちの今の聡明さは、「行動承認」を行うのをやめたら失われるよ。だから、絶対に「行動承認」は、やめないで。



 過去に一時期「行動承認」の人となったがその後様々な要因で離れて、急速に墜ちてしまった多数の人々を思うと心が痛む。一度こちら側に振れてから離れた人は、二度と戻ってこれない。

 一方で銀行のトップ支店長から大学の先生へ転身し、大学のゼミでも超有名企業に学生を送り込み成績優秀で学費免除の学生を輩出している松本茂樹氏のように、10数年も一つの手法の幸せな担い手でいることも可能なのだ。

 トランプ氏が米大統領選を制した。かつてなくウソに明けウソに暮れた時代。

 私個人的にも、2016年は幸福か不幸か、でいえば間違いなく「不幸」のほうに分類されるだろう。しかし、そんな中にも良いことがなかったわけではない。

 「ある言葉」プラス「批判」という検索カテゴリで、当ブログの記事がGoogleの栄えあるワンツートップをとっていた。それも2つの言葉で。


 その2つの言葉とは――、

 「アドラー心理学」と「学力の経済学」。
 それぞれに「批判」をくっつけてGoogle検索すると、当ブログ記事が出てくる。光栄なことです。

 

 「批判記事」を自慢するのもどうかとは思うが、当ブログの「本筋」である「承認」の話はめちゃくちゃ新奇なことが言えるわけではないので、他流試合をするようになってくるのである。そして世の大勢には、とりわけ政策提言をするようなところで、悪質なウソが蔓延している。

 そして、下のリンク先の記事の中でも触れているように、「批判はいけない」という心理学のテーゼがやたらとはびこっていて、学者も一般人も近年まっとうな批判をしなくなっている。わたしの好んで読む認知科学や脳科学の研究の世界では、新しい知見が出るたびに厳しい批判にさらされ反証が挙げられてブラッシュアップされていく(個人的にはそれが爽快)というのに。また当ブログの標榜するのが「承認」だとはいっても、「承認」の総本山であるドイツ・フランクフルト学派は別名「批判理論」であり、哲学の世界では批判は当然の行為だというのに。


 前者、「アドラー心理学 批判」の1,2位記事とは――、

●アドラー心理学批判 アドラーの罪:発達障害者向けのお説教と批判封じ (2016年5月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941204.html

●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在しない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪 (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html

 詳しく言うと、このカテゴリの検索トップページの「一番上」には「アドラー心理学批判の学術記事」が1本にまとまってリンクが張られており、それに続いて並ぶ、学術記事ならぬ一般記事の1,2位を上記2本の記事がいただいたという形。
 こういう検索結果をつくるところからみて、Googleさんの「中の人」もアドラー心理学のわが国での奇妙な隆盛ぶりに批判的なのでは?と邪推してしまう。その中で当ブログの内容が高く評価されているというのは、光栄なことである。
 


 そして後者、「学力の経済学 批判」の検索ワードで1,2位を獲得したのは――、


●本当は恐ろしい、『「学力」の経済学』がもたらす未来(1)ー”中室提言”をよく読むと―シリーズ『「学力」の経済学』批判 (2016年1月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933016.html

●エビデンスに惑わされず、論理の飛躍をじっくり味わいたい、「ほめてはいけない」論―シリーズ『「学力」の経済学』批判 (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51932574.html

 『「学力」の経済学』をご存じない方のために簡単な解説をすると、この本は昨2015年6月に出版され「教育政策にエビデンスを」という内容で注目を集めて18万部ほどの中規模のヒットになった。著者の慶応大学准教授、中室牧子氏はその美貌もあって一躍メディアの寵児に、そして安倍内閣の「教育再生会議」委員に。

 しかしその中身をよく読むと

「少人数学級では学力は上がらない(だから、少人数学級制をしないほうがよい)」
「子供はほめてはいけない、おカネで釣って勉強させればよい」
「教員給与に成果主義体系導入を」

等、全体に「おカネおカネ」の価値観がテンコ盛りの恐ろしい内容。そしてエビデンスは振りかざすもののよく見ると論理はめちゃくちゃ。にもかかわらず教員給与の成果主義体系導入は、既に一部の自治体でその動きが出始めている。若手教員の過労離職対策のほうが先だろうに、嗚呼。

 当ブログの上記批判記事はそんな中、検索結果のお蔭で今も全国の教委のドメインからアクセスがある。悪しき政策の導入を少しでも阻止できているのなら嬉しい。


 
 今日の記事ではあくまで「Google1,2位」にランクされたものだけをご紹介しているが、2つのカテゴリはそれぞれ7~15回にわたる長期シリーズで、上記の各記事にシリーズ全体のリンクが張られている。もし今日の記事でご興味を持った読者の方がおられたら、他の記事も目を通していただけると嬉しい。


 Googleの検索結果の決まり方は、今年新たに「公式見解」が出ていた。

●【詳解レポ】ついに公式発言、Google検索順位2つの要因とは
>>https://seopack.jp/seoblog/20160824-top2/

 それによれば、最重要要因は「良いコンテンツと被リンク数」の2つだという。これまで推測されてきた通り。
 とすれば当ブログ記事の品質を、某ネット書店さんのレビュー欄などと違いなんの裏操作もなくGoogleさんに認めていただいたわけで、

 やはり光栄なことである。

 そして検索結果のお蔭で上記の4つの記事には今も全国の教委のドメインからのアクセスが引きもきらずある。きっと、ネット書店さんの断片的なレビューでは何も本当のことがわからないと検索エンジンに向かい、問題のキーワードとともに「批判」の語を打ち込んだ本当に困っている人がアクセスしてきているだろう。その人たちに当ブログの主張が、その背景にある思考法とともにご参考になれば幸いだ。

 考える力が弱ってきている。それはスマホやネット動画の普及等の要因が大きいだろうが、コーチングなどの心理学系の研修もそれに拍車をかけているかもしれない。みんながみんな、アーチスト系の脳になり、そこでは緻密に思考することは奨励されていない。そして組織の規律規範は下がり、仕事の品質も低下する。

 本当はかつてなく「考える」ことの復権が必要な時代なのだ。

 
 
 
 私の教育の代名詞である「1位マネジャー」を、今年はとうとう作ることができなかった。しかしその蔭でブログはひっそりと健闘していた。
 ささやかながら、今年はブログに金メダルをかけてあげたい。冬の時代の頑張りだから。


 
 「1位うんぬん」とは別に、今年は一部の友人たちに多大なお世話になった。1人で生きている積りでここ何年もきていたが、こんなにも人のご縁に支えられていると感じたことはなかった。
 とりわけ――、とりわけ、個々のお世話になった方々の名を心の中で呼びかける。ありがとう。本当に。




 今日の記事は単なるデータ整理、ノートのようなものです。
 
 時々、出版社のかたがこのブログを訪問してこられて、「むずかしすぎる」と言って帰られるそうです。

 でも、「オキシトシン」についての記事もそうですけど、あんなに長々と読書日記を書いて、本に書くのはそのうちのほんの1−2行ですよ。自分があいまいな記憶に基づいていい加減な「捏造」をするのが嫌なので、覚え書きとして長々とブログ記事を書くんです。


 さて、以前から日本人における「承認」の有効性を言うときに「セロトニントランスポーター遺伝子(5-HTT遺伝子)」のスニッブのことを書いていました。

 「日本人は不安遺伝子を持っている人が多い」

 これ自体にもいろいろ注釈をつけないといけないのですが、最近では脳科学者の中野信子氏があちこちで同じことを言われているようです。

 
 で、気になりだしたのがこれの「分布」のこと。

 こうした研究は1990年代後半から盛んに出だしたのですが、それのもともとの論文に当たれていません。二次資料、二次情報ばかりです。

 で、ずうずうしく研究者の先生にお願いして「サイエンス」の論文を取り寄せていただきました。


 'Association of Anxiety-Related Traits with a Polymorphism in the Serotonin Transporter Gene Regulatory Region'
 筆頭著者はKlaus-Peter Lesch,* となっています。独ワルツブルグ大学の人。

 
 ここでは、2つの実験の被験者計505人のうち、

SS  95人 18.8%
LS 247人 48.9%
LL 163人 32.2%

となっています。
ちなみにSSとSL、Sが1つでもある人は不安感の高い「損害回避気質(harm-avoidance)」に関連づけられるとされています。SSの人は「とても不安」と言われます。

2つの実験の被験者とは、いずれもNIHが募集したものでアメリカ在住の人です。詳しくいうと、
(1)221人。男性93%女性7%。非ヒスパニック系白人79.1%、アジア/太平洋諸島出身者10.0%、ヒスパニック/ラテン4.1%、アフリカ系アメリカ人4.1%、その他2.7%。

(2)284人。男性92%女性8%。非ヒスパニック系白人93.6%、ヒスパニック/ラテン5.3%、アフリカ系アメリカ人0.7%、ネイティブアメリカン/アラスカン0.4%、その他0.4%。

 ・・・てなことをずらずら書くのは、以前「アメリカ人と日本人の分布の違いが云々」という話をしていたときに、「アメリカ人というのは人種は何か。アングロサクソンのことではないか」というご質問を受けたからです。答えは、アメリカ全人口の人種分布に近づけたような母集団だったということです。


 これに対して日本人に関してこのセロトニントランスポーター遺伝子多型をみた実験とは。
 アメリカ人の場合ほど母集団が大きくありません。

 中村敏昭らによる「アメリカン・ジャーナル・オブ・メディカル・ジェネティクス」に1997年掲載された論文の被験者数は女子学生ばかり173人で、

SS 118人 68.2%
LS  52人 30.1%
LL   3人 1.7%


でした。ネット上に流布している分布の数字は、ほとんどは出典が付されていませんが、この中村論文です。

だからよくこの種の知見を紹介するときに「日本人とアメリカ人500人ずつで調査」などというのは間違いだと思います。




 この当時(2000年前後くらい)は人種による遺伝子スニッブの分布の違いがホットな話題だったんですね。
 今もこれらの説は立ち消えになったわけではなく、例えばこちらの論文などに続いています。


「遺伝子と社会・文化環境との相互作用:最近の知見とそのインプリケーション」

>>http://www2.kobe-u.ac.jp/~ishiik/gxc.pdf

 これなどを読むと、「セロトニントランスポーター遺伝子」の多型と「オキシトシン受容体遺伝子」の多型(後者はオキシトシンの活性に関わる)が、それぞれ集団主義と、サポートの求めやすさに関わると言っています。

 ちなみにわが日本人をはじめとするアジア人は、セロトニンもオキシトシンも低く調節される多型の人が多いので、不安感が高く集団主義的になり、また信頼感が低くて相互サポートを求めにくい文化だ、といえます。

 欧米の個人主義というのは、実は高オキシトシンで相互信頼、相互サポートが期待できる基盤に支えられてるんですね。日本人は下手に個人主義をまねしないほうがいいと思います。


 今日はオチのないトリビアばかりの記事でした。


(23:15頃数字の間違いに気づいて修正させていただきました)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2016.6. 6                 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
です。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーに  ご来場いただいた方にお送りしています。
ご不要の方は、お手数ですがメール末尾にありますURLより解除ください。

■■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
■■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【1】再まとめ:アドラーの言葉は捏造されていた!

【2】STAP細胞 デマを拡散する側になっていませんか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【1】再まとめ:アドラーの言葉は捏造されていた!

 先月24日、NHK「おはよう日本」で「アドラー心理学」が取り上げ
られました。
 アドラー心理学といえば、2013年末に発売された『嫌われる勇気』が130
部、今年2月に出た続編『幸せになる勇気』(いずれもダイヤモンド社)が
既に37万部と大ベストセラーに。両書の共著者、岸見一郎氏も特集に登場
していました。
 前号のメルマガで、『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』に登場し「おはよう
日本」ほかNHKの番組で取り上げられた、「承認欲求を否定せよ」「トラウマ
は存在しない」「ほめない叱らない」いずれもアドラーの言葉ではなく、“捏造”
であることをご紹介しました。
 再度、アドラーの原著をたどって検証すると、アドラー自身はそれとは真逆
のことを言っていることがわかりました。
 あなたの周りに、上記のフレーズを間違って信じている人はいないでしょう
か。触れ回っている人はいないでしょうか。
 とりわけ企業のメンタルヘルスを扱うご担当者様、産業カウンセラーの方、
キャリアコンサルタントの方々が、こうした有害フレーズを信じておられると
大変なことになります。
 是非この機会にお読みください!「アドラーの真実の言葉」。


●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在し
ない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html 

●アドラー心理学批判 まとめの補足:正確な言葉は「人生のすべては認め
られたいという努力によって支配されている」、「ほめない叱らない」はアド
ラー信者組織分派の過激派の言説?
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941508.html 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【2】STAP細胞 デマを拡散する側になっていませんか?

 このところまた続けて「STAP細胞」についてご質問いただくことが続きま
した。ネットをみると、「STAP細胞はある!」「アメリカやドイツで成功した!」
「ハーバード大が特許出願した!」という、「ある」のほうの言説であふれて
います。
 読者の皆様、周囲にうっかり信じている方はいらっしゃいませんか?
 これらは、デマです。くれぐれも、デマを拡散する側にならないように
お願いします。
 ご参考までに、「STAP」をめぐる最近の状況をまとめておきましたので、
ご興味のある方はご覧ください:

●STAPあるあるパンデミックが日本を覆う―国会へメジャーニュースサイトへ、
三流国家ニッポン哀し―STAPあるあるウイルスに感染した人のこころの病
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941500.html 

 わたしのこれまでの経験では、男性でうっかり信じた方は、丁寧に論理的に
ご説明すれば誤解が解けるのですが、女性は感情的に固執する傾向がありました。
女性特有の不遇感と「下剋上願望」のようなものがSTAP細胞と結びつくので
しょうか。。わたし自身女性なので女性をわるく言いたくないのですが、残念
ながらこれまでの現象をみていると、そうでした。

 実は、「カルトは依存症の一種だ」という記事が出ていました。
●なぜ人は依存症になるのか/鎌田流健康塾
>>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160605-00000079-nksports-hlth 

 医師で作家の鎌田實氏(67)の記事。
 この記事では依存症には(1)物質への依存、(2)プロセスへの依存、
(3)人間関係への依存があり、カルトは(3)人間関係への依存に含まれる、
というのです。

 依存症は、ドーパミンが分泌され、一時的な幸福感が生まれます。
 ただドーパミンは「自己中物質」ともいわれ、空騒ぎをしたり躁的になる物
質でもあり、
「行動承認」ではお勧めしていません。それより、共感ホルモンといわれる「オ
キシトシン」がつくる、やわらかなモチベーションのほうを勧めています。
 「オキシトシン」についてもご説明が必要でしょうか。ちょうど、先週NHK
「ためしてガッテン」で「オキシトシン」が取り上げられ、下記の記事にアク
セスが集ま
っています。

●わが国ではハグはちょっと―じゃあ、どうする?神経化学物質オキシトシンの
知見『経済は「競争」では繁栄しない』
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51889965.html 

□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃今日の一筆箋  
□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 「ユリーの星に願いを」今回は都合によりお休みさせていただきます。

┌─<<現役マネージャー必読!>>──────────────────>
│  近著『行動承認―組織の能力を最大化する「認める力」』
│  http://www.amazon.co.jp/gp/product/4434198572
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100年後に誇れる教育事業をしよう。

 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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このメールは転送歓迎です。

 アドラーの「子供」に関する原著をまた2冊読みました。『子どものライフスタイル』(アルフレッド・アドラー、岸見一郎訳、アルテ、2013年。原題'The Pattern of Life'1930年)と『子どもの教育』(著者訳者出版社同上、2014年、原題'The Education of Children'1930年)

 どうしても「承認欲求を否定せよ」と「ほめない叱らない」に関連する語を探し出したいという、しょもない執念からであります。この「アドラー心理学批判シリーズ」としては、1つ前の記事に「まとめ」として中間報告のようなものがあります。「捏造語録」の「正誤表」のようなものも載せていますので、お時間のない方はそちらをご参照ください。


●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在しない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html

(本記事での発見に伴い上記の記事の「一覧表」を一部修正しております)


 今日の記事は上の記事の補足のようなものです。


 『子どもの教育』のほうから行きましょう。

 ここには、相変わらず優越コンプレックス、劣等コンプレックスなどの極端な性格の例が出、やはりアドラーはカウンセリング畑の世界の人だなと思わせます。

 そして「第十三章 教育の誤り」「第十四章 親教育」これらの章に、「ほめない叱らない(捏造と認定)」に当たるフレーズはあるか?やはり残念ながら、ありませんでした。あるとしたらこの本のこのあたりの章にあるだろう、と目星をつけておいたのですが。

 あるのは、「絶えずがみがみ言って息子を破滅に追い込んだ教育者」といった、極端な例です。また殴るとか鞭打ちとかの体罰への批判です。(p.191)

 「ほめない」に関わりそうな言葉はようやく、みつかりました。

「子どもをあまりにほめるのは賢明ではない。あまりに多くのことが自分に期待されていると思うようになるからである。」(付録II 五つの症例と症例のコメント p.228)
「いつもほめ、知能指数が高いということで認めるというようなことをしてはならない」(同、p.229)

というふうに「過剰」を戒めています。「行動承認」論者からは、とくに異論はありません。「行動承認」に徹しておけばいいんじゃないの?というだけです。

 これも、じゃあ「ほめてはいけない」「ほめない叱らない」に即結びつけていいわけではなく、むしろ現代からみてもごく常識的な、「過剰の害」を戒めたにすぎません。よって、上記に挙げたまとめ記事の結論は変わりません。

 後世のアドラー心理学信者の方々が、「アドラーは賞罰主義を否定した」と言いますが、それにあたると思われるフレーズはありません。

 


 それから、「承認欲求を否定せよ(捏造語録に認定)」に関係ありそうなフレーズ。
 実は、180度真逆のことをアドラー自身は言っていることがわかりました。

 
 「第十二章 思春期と性教育」。ここでは、以前にご紹介した『人生の意味の心理学』で使ったと同じと思われる少女のエピソードがまた出てきます。

 いわく、病気の兄や父、小さい妹がいて自分に注目を向けられずに育った少女がいた。少女は人に世話をされ認められることを熱烈に希求するようになった。中学では成績が良かったが高校では成績が振るわず、先生に認められなくなった。すると家出して知り合った男性と2週間過ごしたが、男性に飽きられてしまった。すると家族に手紙を送り自殺を予告した。しかし実際には自殺せず、母親が家に連れ帰った。(pp.170-171)

 このエピソードを紹介したうえで、アドラーはなんと言っているか。

「われわれが知っているように、もしも少女が、人生のすべては認められたいという努力によって支配されていることを知っていれば、これらすべてのことは起こらなかっただろう。」(p.171)

 おわかりになりますか。
 アドラーのこの言葉は、ニーチェ的なニヒリズムよりもむしろヘーゲルの「承認をめぐる生死を賭けた闘争」という言葉を彷彿とさせます。つまり、「認められたい」一心でばかげたことをしてしまう少女の例を紹介しつつも、それにたいするアドラーの処方箋は「承認欲求を否定せよ」ではないのです。むしろ180度真逆の、ヘーゲル的な現実認識を示したうえで、少女自身にもそれを教えてやり、欲求を自覚させ、そのうえで欲求に振り回されない対処法をおぼえよう、ということを言っているのです。
 常識的ですよね。
 現代の「承認欲求バッシング」の書籍の著者らにも言ってやりたいぐらいです。

「また、もしも高校の教師が、少女がいつも学業優秀で、彼女が必要としていたのは、いくらかでも認められるということであったということを知っていれば、悲劇は起こらなかっただろう。状況の連鎖のどの点においてでもいいが、少女をしかるべく扱えば、少女を破滅から救うことができただろう。」(同)


 この言葉は、処方箋の第2としてアドラーは、教師や親はじめ周囲が「認めてやる」ことが解決策だ、と考えていたことがわかります。

 アドラー先生、すごく正しいではないですか。

 だから、もうやめましょう。「承認欲求を否定せよ」なんていう現実離れしたことを言うのは。



 次の本『子どものライフスタイル』は、問題のある子どもの症例報告とアドラー自身によるカウンセリングからなっています。

 これをご紹介するのは、ちょっと言ってはわるいですがアドラーの「誤診集」のようなおもむきがあります。やはり、20世紀初頭のカウンセラーであったアドラーの時代的制約だろうなと思います。

 てんかん発作がある少女。男兄弟の間で育ち、男と闘わなければならないと思って男の子らしいスポーツを好んできた。同じ男性と8年つきあい婚約して3年。婚約して以来発作が頻繁になった。

 アドラー:トラブルのすべては、あなたが十分勇気がないからです。あなたが自分自身の行動の全責任を負う決心をすることを提案しましょう。私はあなたがこの一歩を踏み出せば、そのことは大いにあなたのためになると確信しています。
 フローラ:私が勇気を持てば、発作を治せるという意味ですか?
 アドラー:そうです。
 フローラ:どんなことでもやってみます。
(カウンセリングおわり)


 うーん。。。今ならてんかん治療に別のアプローチがあるだろうし、「行動療法」からは脱感作療法のような提案があるだろうし、。。。
 一事が万事、アドラーは「勇気を持つ」を提案するのですが、わたしがみてこれに同意するクライエントは、多少カウンセラーに迎合しているようにもみえます。軽症だから素直に受け入れるのだろうともいえます。

 勇気がない人に対して勇気をもってもらうためにはどうするか。

 「行動承認」では、オキシトシン、セロトニン、ドーパミンを同時に分泌してもらうことだ、そのうえで、小さな行動を1つずつ着実にとってもらい、行動をとるたびに認めてあげることだ、というでしょうね。その繰り返しが勇気と自信を生みます。決して、「勇気を持ちなさい」とお説教すればほんものの勇気が出るわけではありません。


 そんなわけで、アドラー良心的な人だとはいえ、今の尺度からは賛成できないところがいっぱいあります。




 ところで、この記事のタイトルの後半のほうのお話。

 「ほめない叱らない」はアドラー信者組織分派の過激派の言説?」というところです。

 これはわたしも詳しくないのですが、わが国ではアドラー心理学の組織は「東」と「西」に分裂しているんだそうです。

 参考URL:http://onigumo.sapolog.com/e427281.html

 これによると、「西」はアドラー心理学会。「東」はヒューマン・ギルドといい、操作主義OKの教義。

 上記の記事では操作主義はわるいことだと言っているようなのですが、記事の筆者は『嫌われる勇気』の愛読者なのでこれも注意が必要です。だって、アドラー自身は操作主義はよいとも悪いとも言っていないのですから。

 「操作主義」といわれるものは後世の「行動理論―行動分析学」の「ほめ育て」を外部の人が揶揄していったもので、アドラーの時代にはそもそもありませんでした。

 たぶん、行動理論的な「ほめ育て」に対して「内発的動機付け至上主義」の人から批判が起こったとき、アドラー心理学の内部の人もそれに同調する人、いやほめ育てしたってええじゃないかという人、議論が分かれたのでしょうね。・・・というあくまでわたしの推測です。

 で、岸見一郎氏はその「操作主義反対」のほうの流派で、「西」のアドラー心理学会の理事をしています。ただその中でも最右翼のようです。

(※上記の記事からさらにリンクをたどって論文を読むと、たとえば「ヒューマン・ギルド」の操作主義のわるい例として、小さいお子さんが熱いコーヒーカップに触りたがったとき、ヒューマン・ギルドの講師が「触りたいの?ほら、熱いよ」と言って実際に触らせ、お子さんが熱いと泣いた例を挙げています。わたしなどには何がわるいのかわかりません。親の管理下であれ自然の環境であれ、子供は負の経験からも学ぶのです。アドラーがこの例をわるいと言うとも思えないのですが、この例ではどう働きかけるのが正解なのでしょうか)


 素直にアドラーの著作を読むと、過剰な場合を除いて普通にほめること叱ることについてはいいとも悪いとも言っていない、むしろ前提としていたように読めます。

 分派すると、過激なことを言い出すってよくありますよね。

 「行動承認」も気をつけなくっちゃね。


 

<シリーズ・アドラー心理学批判>

●「勇気づけ」についての副作用情報。。(2014年12月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51903598.html

●褒めない・叱らないは正しくない!「逆張りロジック」に正しく反論する知性を磨こう―『嫌われる勇気』著者講演会 (2015年12月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51927076.html

●「自己認識には事実のフィードバックが大事」「思考的盲目が心配」―宮崎照行さんのメッセージ(同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51927143.html

●「子どもさんは大いにほめてください。そして叱ってください」―正田、アドラー心理学セミナーで吠えるの記 (2016年1月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933511.html

●「誰もが活躍できる社会」とは「承認社会」―NYさんからのメッセージ (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933591.html

●「勇気を持って指摘されたからこそ、いずれ考えを改める」―永井博之さんからのメール (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933656.html

●『行動承認』Kindle化に向けて(4)メディアの考える怠惰なお客様と「行為者」の乖離、王道とパチモンの「大衆的人気」(2016年5月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940842.html

●NHKおはよう日本 アドラー心理学特集を批判する(同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940920.html

●NHKおはよう日本 アドラー心理学特集を批判する(2)友人たちの反応 (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940923.html

●『行動承認』Kindle化に向けて(5)行為者の脳発達と細胞レベルの変化の可能性――林田直樹先生との対話より(同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940962.html

●アドラー心理学批判 「承認欲求否定」「ほめない叱らない」はどこから来るか―「共同体感覚」との関連において―アドラー『個人心理学講義』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941070.html

●アドラー心理学批判・友人からのお便り「幼稚さ、ナルシシズム亢進、成熟拒否」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941137.html

●アドラー心理学批判 「トラウマ否定」「承認欲求否定」起源はみつけたが誤読と捏造だった―『人生の意味の心理学』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941143.html

●アドラー心理学批判 アドラーの罪:発達障害者向けのお説教と批判封じ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941204.html

●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在しない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html

●アドラー心理学批判 まとめの補足:正確な言葉は「人生のすべては認められたいという努力によって支配されている」、「ほめない叱らない」はアドラー信者組織分派の過激派の言説?
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941508.html

 今朝iPadを開くとこんな記事が「グノシー」から届いていました。


 「STAP細胞ビジネス」がついに欧米で始まった! 小保方潰しに没頭した日本は巨大マネーもノーベル賞も逃す羽目に?」
>>https://gunosy.com/articles/RoXC9


 この記事の筆者は(文=王山覚/グローバルコンサルティングファームに勤務するビジネスウォッチャー)となっており、肩書はなんだかすごそうですが、上田眞実氏大宅健一郎氏に続く新たなトンデモライターの出現です。

 
 わたし自身はSTAP細胞ネタは重要でもないし単なる目くらましの気すらして、早くこの話題から離れたいのです。しかし「あるある」の方々が絶え間なく話題づくりをして世論をかく乱します。


 たまたま上記の例は「グノシー」ですが、このところビジネスジャーナル上田眞実氏大宅健一郎氏の「STAPあるあるネタ」が「Yahoo!ニュース」「MSNニュース」等、大手ニュースサイトに上がってくる例が続きました。

 こうしたニュースサイトは、要は儲け主義なのです。記事のアクセス数が多ければ広告主からの評価が上がるので、「STAP―小保方ネタは美味しい」ということです。また、ニュースサイトの運営というのは少ない人員でやっており、「ビジネスジャーナル」などは2人でやっているのだそうです。勢い、他のニュースサイトの記事を裏も取らずに転載することになります。

 こうしてネットデマは作られていくというお手本。



 国会では、山本太郎氏が「小保方晴子氏を潰した理研が「特定国立研究開発法人」(スーパー法人)になるのはけしからん!」と候補から外すよう求める動議を内閣委員会に出したんだそうな。



>>http://biz-journal.jp/2016/06/post_15341.html

 これはおなじみ上田眞実氏の記事。


 STAP―小保方ネタ、国会に上陸。


●STAP特許のありえない大ウソと、STAPあるあるウイルスに罹患したひとのこころの病
 

 さて、上記のグノシーの記事にある「特許ネタ」は、これまで当ブログでは紹介していなかったのですが、先月ビジネスジャーナルが騒いでいました。

「STAP細胞の特許出願、米ハーバード大学が世界各国で…今後20年間、権利独占も」(by上田眞実)
>>http://biz-journal.jp/2016/05/post_15184.html

 ・・・・・あるあるの方々の情報を全部フォローしてご紹介する気力が正直いってないのです……

 
 で、手が回りきらないので上記の記事の裏取りはしないでほっておいたところ、スカッと気が晴れる専門家の検証記事が出ました。

「STAP細胞の特許と論文 見比べて初めてわかる図版の不自然さ」
>>http://bylines.news.yahoo.co.jp/takumamasako/20160603-00058326/

 正しい記事なのでタイトルを太字にしております(笑)STAP事件を発生当初から追っていた科学ライター、詫間雅子氏の記事。丁寧な検証の結果、衝撃的な結果が出ています。

 STAP論文で正式に不正と認定された4つの図版のうち、3つが特許の書類にそのまま残っている。
 STAP論文の図版は「おえかき」か

 ぜひ、この内容をみるために上記のリンクをクリックして記事を一度ご覧ください。
 どれだけ悪質なウソか。

 専門家がみるとこれらは一発で特許却下になるレベルなのだそうで、ハーバードというかブリガムウィメンズ病院がどれだけお金を使って話題づくりをしたかわかりませんが、だませるのは素人だけのようです。


 友人は、上記の詫間雅子氏の記事の内容などを米国の弁護士の友人に送ると言っています。確認が取れたら特許は一発アウトであろうとも。


 しかし。

 以前にも少し触れましたが、
 「STAPあるあるウイルス」に感染すると、人間がおかしくなってしまう。

 という例を、最近も新たに1例、友人で体験しました。


 私と同年代の既婚、個人事業者の女性です。
 この人が上記の上田眞実氏のSTAP特許の記事をフェイスブックでシェアし、自分のコメントとして
「これでまたアメリカがボロ儲けってことでしょうかねー」
と、揶揄うような言葉を添えていました。

 わたしはそれにコメントを入れ、そうではないということを説明しましたが、彼女は会話しているふりをしますが受け付けていないのでした。

 記事内容をもとに次から次へと質問を投げつけ、わたしがそれに答えても回答への応答はなし、次の質問を投げつけるのみでした。明らかに回答は読んでおらず、単なる悪意を投げつけられたとしか認識していないのでした。そして自分も手りゅう弾を投げつけて反撃するのでした。コミュニケーションではなく、勝ち負けの問題になっているのでした。

 なんでこんなふうになるんだろう。


 以前は、というかほかの点では聡明だった女性でした。哲学カフェを主宰もしていました。


 無力感でした。わたしがこれまでのノウハウを基に、丁寧に丁寧に、相手へのリスペクトを欠かさない姿勢で語っても、逆に相手は当方を「下」にみて嘲笑するのみ。

 単にネットでみたしょもないデマジャーナリズムを信じこみ、普通の誠実な人を信じなくなるとは。

 デマジャーナリズムの中にある、嘲笑、揶揄、居丈高、センセーショナリズム、そしてマスメディアより自分たちが偉いんだという「上から目線」に感染したとしか思えないのでした。

 自分がすごいことを知っている特別な人間だという思い込み。
 まるでSTAPを妄想した元研究者の人格をコピーしているようです。

 そして、単なるナルシシズムを通り越した攻撃性。
あとで友人と話しました。これは「下剋上感覚」なのではないかと。
研究者、理研、マスメディア。普段ならどうやっても太刀打ちできない大きな権力を持った存在に、「STAP細胞」「小保方さん」という題材は、「自分は不遇だ」「抑圧されている」と思っている人にとっては意趣返しするための有効なネタだ、と捉えられているのではないかと。

でも、STAPがこういう人間を作ったのです。こういう人が今後、Yahoo!、MSN、グノシーといった大手ニュースサイトを通じて次々つくられていく可能性があります。


 このブログを読んでいるあなたの隣の人も、既にそうかもしれません。

 そして国会にまで行っているし。


 ほらね、3月ごろブログに書いた、

「元特ダネ記者のわたしが『まずい』と思うことは多分本当にまずいのです」

当たってたでしょう?


 STAP細胞自体は科学的決着がついている問題なのです。わたしはそれより、人びとの「こころの病」の問題のほうが怖い。

 NHK今期の朝ドラ「とと姉ちゃん」。5月31日は視聴率23.1%を記録し、今世紀の朝ドラで「あさが来た」を抜いて最高記録を更新しているそうです。

 今週は、ヒロインのとと姉ちゃんこと常子が女学校を出て就職しました。そこで、妙に「承認」が絡みそうな展開になってきます。


 就職先は文具会社で、職種はタイピストです。このタイピストの女性集団は会社の中でちょっと特殊な立場にあり、「タイピスト部屋」のようなところで仕事しています。

 昨日今日のあらすじを簡単に言うと…。

 未熟練でタイプの仕事をなかなか貰えない常子(高畑充希)。社内の他部署の男性に仕事を頼まれて引き受け、徹夜で机の整理整頓、書類整理、書類清書をこなす。真夜中まで残ってやっていた常子に、用務員のおじさん?がキャラメルを手に乗せてくれる。しかし時間内にやりあげた仕事に対し、依頼した男性は「もう帰っていいよ。邪魔」というのみ。

 タイピストの元締めのような先輩女性には、「男性は私たちを便利な雑用係としか思っていないから、仕事を引き受けてはダメ」と言われる。

 その先輩女性は、タイプでの清書を「原文通り打たなかった」と依頼元の男性になじられて切れ、
「文法がおかしいものを直してはいけないんですか!」
「私たちのことも男性と同様、ちゃんと苗字で呼んでください!オイや君じゃなくて」

 
…というような話です。

 はい、「承認研修」の受講生様方、ここには何と何の「承認欠如」が出てきましたか。

 なーんて、ね。

 答えは、「行動承認」「感謝」「ねぎらい」「ほめる(結果承認?)」「名前を呼ぶ」でした。基本中の基本です。皆さま、できてますね?(逆に、用務員のおじさんのキャラメルは、ささやかな無言の「承認」でしたね)

 ドラマでは、こうした「承認欠如感」を抱えてモヤモヤした常子が、家に帰って居候中の仕出し屋のおばさんに相談する、さあ何を相談するか、というところで今日は終わりました。

 もちろん戦時中の話ですから、「承認」なんて言葉はここに直接出てこないと思いますが…。


 ついでに、上記の話に常子の「義理のおじさん」(青柳家の養子。母の義理の兄弟)がサイドストーリーでちょっと絡んでいます。

 道で常子が自慢の多いおじさんとすれ違い、「ああまたいつもの自慢話をきかされるか?」と常子が身構える。しかし、おじさんは上機嫌の顔のまま、自慢せずに通り過ぎる。
 
 番頭の隈井(片岡鶴太郎)によると、おじさんはこのところ仕事で成功が続き、祖母(大地真央)からの信頼も厚いため、自慢しないでも良くなったのだという。ふうんと納得する常子。

 この話も、仕事自体によって十分な自信を得、また上司からの承認(信頼も承認のうち)も貰っていれば、自己承認をする必要がなくなった、というふうに解釈することができます。


 まあなんで「承認屋」の解説を必要とするドラマでしょうか。





 このところ「承認欲求バッシングの批判」という、批判の批判、ねじくれたことをやっていますので、「承認」のたいせつさがストレートに伝わりにくくなっていたのではないかと思います。

 しかし、「承認欲求」はわたしたち人間の基本欲求です。


 去年の10月、『21世紀の脳科学―人生を豊かにする3つの「脳力」』(マシュー・リーバーマン、講談社、2015年5月)という本について、読書日記を書いて考察しました。

 この本では、「五段階欲求説のマズローは間違っている」といいます。マズローは所属と愛の欲求、承認欲求を五段階の上のほうに置き、生理的欲求のところに置かなかった。しかし、現実には人間の赤ん坊は片時も愛されなければ、そして注目され世話をやかれなければ死んでしまう存在だ。たえず愛、注目、ケアを求める。だからヒトにとって、愛され注目されるということは生死のかかった基本欲求で、それを一生涯引きずるのだと。



●『21世紀の脳科学』をよむ(1)読書日記編―「自立した個人」の幻想、マズローとジョブズの犯した間違い
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51923413.html


●『21世紀の脳科学』をよむ(2)考察編―新しい欲求段階説、作っちゃいました
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51923415.html

 
 上記の「欲求」についての考察を、わたしがこの本に基づいて、またこれまでの人間観察に基づいて、勝手に図にしてみたものがあります。


スライド1

 
 
 
 ちょっと字が細かいのでまた手直しが必要ですけれど…

 この図では、「つながり欲求」を大きく赤色で分類して、その中の原始的な乳幼児〜思春期ぐらいまでのものを「生理的・利己的なつながり欲求」、もう少し成熟した、社会人以降のより高次な関係欲求を「社会的思考の欲求(承認欲求)」としてみました。

 でもざくっと言うと、赤い色のところは全部「承認欲求」とよべるのです。

 また、大人の年代になってからの「承認欲求」は、倫理的に高いレベルの人でありたい、ということも含みます。そのことを通じて他者に良い影響を与えたい、自分についても良いイメージを保ちたい、と思っているからです。決して自己完結的に成熟するわけではないのです。


 また、青い色のところはこれまでモチベーション論の中で高級なものとみられていたところでした。「能力をフルに発揮したい」「夢中になり集中したい(フロー体験だ)」、「挑戦・冒険したい」。

 これらは、重要なものではあるけれど、これだけでは自己完結的なモチベーションです。他人目線を欠いていて、ひとりよがりになる危険性もあるものです。赤いところとセットになって、初めて周囲の人に役立つことができるのです。

 ・・・という、わたしの解釈であります。


 脳科学者もいろいろな考え方があると思います。上記の『21世紀の脳科学』原題'SOCIAL Why Our Brains Are Wired to Connect’の著者リーバーマンは40代の少壮学者ですが、人と人の心の結びつきを重視するスタンスの脳科学者さんだったようです。ソーシャル・ブレイン(社会脳)系の人ですネ。いくらMRIのような文明の利器があっても、その学者さんがそういう仮説を立てなければそういう知見は生まれてきません。


 でもわたしはこの考え方に賛同するのです。


 
 また上記の読書日記では、その後繰り返し使うことになる「内側前頭前皮質」についての知見が出てきています。
 すなわち、「わたしたちが自己を認識する部位」と、「外部からの規範を取り入れる部位」は同じものだ、と。ひとつの部位がふたつの働きをしているのだと。


 だから、相手に規範を教え込みたいときには、相手が「たしかに自分のことだ」と思うような「承認」の言葉をかけながら教えてやるのがよい。

 「行動承認プログラム」の中では、この知見をこのように使います。

 はい、みなさん。「相手がたしかに自分のことだと思うような承認の言葉」って、どんなものでしょう?

 大丈夫ですね。「行動承認」でほぼOKです。「名前を呼ぶ」などもいいかもしれません。




 今日は、フェイスブックのお友達に「正田さんは承認のことを書かなければダメだよー」と言われてしまいました。

 最近たしかに寄り道ばかりしています。
 「承認」のすばらしさをもっと書かなくちゃね。

 とと姉ちゃん、明日からどうなるんだろう。



 ふたつの道筋があり得るんですが、
 ヒロインの常子自身には、「人に認められたいと思わず貢献しようと思って働け」というアドバイスがあり得ます。
 しかしタイピストの元締め、早乙女という女性の言い分ももっともです。この人の言動やスタンスには、「性差別と承認欠如が合体した状態」に対する抵抗が感じられます。こういうときに「人に認められようと思うな」ということは、「性差別を容認せよ」ということになってしまいます。
 
 さあ承認欲求バッシングか、それとも承認欲求肯定にいくか。目がはなせません。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2016.5. 31                 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
です。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーに  ご来場いただいた方にお送りしています。
ご不要の方は、お手数ですがメール末尾にありますURLより解除ください。

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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】本当の「アドラー心理学」あなたはどこまで知っていますか?

【2】連載「ユリーの星に願いを」第9回 「牡丹に思う」

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【1】本当の「アドラー心理学」あなたはどこまで知っていますか?

 先週24日(火)、NHK「おはよう日本」(朝7時のニュース)で「アドラー
心理学」が取り上げられました。

 アドラー心理学といえば、2013年末に発売された『嫌われる勇気』が130
万部、今年2月に出た続編『幸せになる勇気』(いずれもダイヤモンド社)が
既に37万部と大ベストセラーに。両書の共著者、岸見一郎氏も特集に登場
していました。

 しかし、アドラー心理学について、岸見氏もNHKも大きな誤解をしている
としか思えません。番組で取り上げた、「承認欲求を否定せよ」という言葉。
アドラー自身はそんなことは一言も言っていないのです。非常に人のこころに
有害な、鬱をつくりかねない言葉です。

 この“誤読と捏造”について、わたくしのブログで取り上げさせていただき
ました。

 アドラー自身は非常に良心的な人だったと思います。しかし、アドラーが
「承認欲求を否定せよ」と言ったなどと信じているのは、世界中で日本人だけ
かもしれないのです。

 国際派も多いメルマガ読者のあなた、ぜひ正しい素養を身に着けてください!
お時間のある方は、こちらのブログ記事をお読みいただければ幸いです。これ
らの記事は、長文にもかかわらずフェイスブックで多数の方に支持していただ
きました。企業のメンタルヘルスご担当者の方にもぜひご関心をもっていただ
きたいと思います。

(ここでは、代表的な2本の記事をご紹介しておきます。もしさらにご興味が
あれば、記事からリンクをたどってほかの記事もご参照ください)

●NHKおはよう日本 アドラー心理学特集を批判する
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940920.html

●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在し
ない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【2】連載・「ユリーの星に願いを」第9回「牡丹に思う」
By ユリー
 ユリー:マーケティングコンサルタント。人と組織のメカニズムに高い関心
を持つ仏教学習者。40代女性。
***********************************

 こんにちは、ユリーです。

 ご近所の庭先に立派な牡丹が咲いています。咲き誇るという表現がぴった
りの大輪をいくつもつけた立派な牡丹です。生命力にあふれた初々しい葉の
緑、薄紙のようにやわらかな花びらのピンク、凛とした花芯の黄色が見事に
調和して、ため息の出るような美しさです。その姿に見とれてしばらく立ち
尽くしていると、なんともいえない幸福感に満たされてくることに気づきま
した。眼福というのはこういう時に使う言葉なのだなとつくづくと納得し、
花や緑に癒されるという表現もまた、このような時に使うべきものなのだろ
うと感じていました。

 皆さんは、山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくかいしつじょうぶつ)あ
るいは山川草木悉有仏性(山川草木悉く仏性有り)という言葉をご存知でし
ょうか。前者は涅槃経という経典に由来します。後者は、鎌倉時代に曹洞宗
の開祖道元が、前者を翻訳解釈して残した言葉に由来します。道元の山川草
木悉く仏性有りという言葉は、古代からの自然信仰とも通じ、日本人の深層
意識に響き影響をあたえてきたのではないかと考えます。

 その意味は「山川草木つまり自然界にあるものにはすべて仏性がある。」
わかりづらいのは仏性という概念で、多様な解釈があるのですが、ここでは
個々の生命に本来備わっている仏陀になりうる素質としておきます。仏陀は
いわゆるお釈迦様のことですが、この文脈ではお釈迦様のように悟りを開い
た人ということで、自然界のものはすべて悟りを開く資質をもっているとい
うのです。

 仏教においては言うまでもなく仏性は尊ぶべきもので、現代の我々の言葉
に置き換えれば「いのち」という言葉がしっくりくるかもしれません。山川
草木つまり自然にはそれぞれ尊ばれるべき大切な「いのち」があるというメ
ッセージは、現代の地球環境問題と重ねて見るとさらに意味深く思えます。

 私が牡丹に深い癒しを感じるのも、無意識のうちに「山川草木悉有仏性」
が影響しているのでしょう。夏目漱石に「仏性は白き桔梗にこそあらめ」と
いう句がありますが、私もあの牡丹に仏性の化身を見たような気がしていま
す。

□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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 正田佐与承認マネジメント事務所
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100年後に誇れる教育事業をしよう。

 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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