正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

2012年01月

お世話になっている皆様




おはようございます。NPO法人企業内コーチ育成協会の正田です。


 寒波襲来。読者の皆様、節電下ではありますがお変わりなくお過ごしですか。



 
 さて、本日の話題は:


■世界にただ1つの特別なものvsでも、特別ではない
 ディスカッションの会がもたらす効用
 

■社員がルールを守るために役立った、1枚の写真とは?
 

■限定10名様に無料プレゼント!小冊子『最高のプロの2日間の授業』


■北中寿氏も登場!よのなかカフェ「日本の企業をつながり力で変える!」(2月2日夜)

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■世界にただ1つの特別なものvsでも、特別ではない
 ディスカッションの会がもたらす効用



 4年ほど前、私が「哲学カフェ」に初めて行ったときのことです。大阪のとあるカフェでした。

 そのときのお題は、確か、

「『あんたのためやから』って何?」


(哲学カフェですから、時事問題ではなく日常的なことを題材に「哲学」を考えるようにもっていくのです)


 さて、読者の皆様は、このお題からどんなことを連想されるでしょうか。


 不肖わたくしは、「母親」の立場で、

「子どもに対して私が『あんたのためやから』っていう意識をもって、
たとえば自分の時間も労力も犠牲にしてるのよとか、
なんでも買ってあげるとかあるいは習い事や塾を押し付けたりしていると、
子どもは反発するか、
素直な子だったら巻き込まれて過剰な『いい子』になってそのうちあるところで切れるんだろうな〜。
だから一応子どもにのめり込みすぎないように、
3人産んでそのあと仕事をして距離を置いてるつもりなんやけどな〜」

と、いったことを、頭の中でぐるぐる温めながら会場に向かいました。

 あるいは仕事柄、『人を助けるとはどういうことか』(エドガー・シャイン)のようなことも念頭にあったか

もしれません。



 ところが。

 会場に来られた老若男女の社会人の皆さん。それぞれ周囲の人との関係の中で考えを深めたことがおありで…



 ある若者は、それこそ「お母さん」「先生」に何かを押し付けられた体験を話し。

 ある女性は、人に何かを押し付けているときの自分自身の「巻き込まれ感」について話し。

 ある老紳士は、会社の若手や子ども世代と話がかみ合わない場面について話し。


 同じテーマでも人の数だけ真実がある。その人の体験に即した真実が。それを一度に聴ける。

 そのことが大変、「新鮮」でした。


 それは、例えばかつて私自身が「記者」だったとき、人にマイクを向け…と言ってもTV局ではなかったから本当にマイクを向けたりはしないんですけれど、

「この人にこの話を聴こう」

 と、あらかじめ心の準備をして、いわば「予断」をもって、話を聴いていたのとはまったくべつの体験でした。

 自分の頭にとっての刺激として新鮮だったと同時に、

 それは、さらにその場にいるだれが、どんな体験をもっているかわからない。外見から判断して人生経験の浅いと思っている人が、思いもよらぬ深い体験、深い思索をもって出してくることがある。外見にとらわれていると、その人の話の深さが読み取れないことがある。だから人を予断で判断するのはやめよう。


 さらにさらに、自分があらかじめ用意していた、いわば自分が「正解」だと思っていたことが、あくまで色々ある真実の1つに過ぎない、ということ。


 それは間違いなく自分にとっての真実です。ただしほかの人にはほかのストーリーがあり、そこから導きだされるほかの真実があるということ。


 いわば「真実を一旦、相対化する」ということと、ほかの人の真実をその人にとってかけがえのないものとしてともに感じるということ、その中からまた新たな「真実」が、だれに教えられたのでもなく形をとってくるということ。


 非常にお伝えするのがむずかしい感覚ですが、この感覚は是非、多くの方に体験していただきたいと思います。


 一方、「現代」ということで考えてみますと、
 
 わたしたちの社会は今、すぐ隣にいる人とのコミュニケーションが乏しくなりました。そしてネット上には情報が溢れているようにみえても、実は検索機能を使って、あるいはサイトがお勧めしてくれる類似の商品、類似の情報を渡り歩くことによって、自分の好む情報だけを「選好的に」受けとっているのであり、過去に比べて情報を受け取る幅が狭くなっているのです。

 隣の分野、隣の人の考えていることに興味をもたなくなっているのです。


 
 ネットの普及は不可避な流れなのですから、そのことに逆行しようとするなら、「リアルのコミュニケーション」の量を意識的に増やしていくしかありません。
 


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■社員がルールを守るために役立った、1枚の写真とは?



 日曜夜、大河ドラマのあとのNHKスペシャル「HUMAN」に、このところはまっています。


 この番組からお借りした”小ネタ”をひとつ―。


 ある会社で、コーヒーメーカーの横にお賽銭箱のようなものを置き、コーヒー一杯1ドルを入れるよう張り紙で呼びかけていました。


 しかし、実際に1ドルを入れる社員は全体の1割しかいませんでした。

 そこで、コインを入れる呼びかけのポスターの上部にある花の写真を剥がし、”あるもの”に張り替えました。すると、支払いをする人の率は5割に高まった、というのです。
 

 さて、”あるもの”とは、何だったでしょう?

 美女の水着写真?

 お巡りさんの制服姿?


 ―答えは、「人の眼の写真」でした。

 人は、他人に「見られている」ことをたえず意識するようにつくられている存在。そして「見られている」ことは、ルール違反の行動の抑止力になる。と、いうのです。


 
 「みる」こと、「みられている」こと。アメリカ人は他人の眼を気にしない国民性、のように思っていましたが、やはりちゃんと気にしてるんですね。



 1つ前の記事の「人の数だけ真実がある」ということと矛盾するようですが、わたくしは「エビデンス(データ)があるものについては一般的真理と認めてよい(ただし個別性にも配慮する)」という立場をとっています。



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■限定10名様に無料プレゼント!小冊子『最高のプロの2日間の授業』


 このメールニュースで以前にお知らせした、小冊子『最高のプロの2日間の授業』が、完成しました。


 大人向けの教育で必要な要素とは何か。アメリカ心理学の最新の知見とどうつきあうべきか。
 日本の組織は、そして「コーチング」は今からどの方向に向かうべきか。


 英国在住の哲学者・北中寿氏と不肖わたくし正田の3年前の対談を小冊子にいたしました。


 非常に手前味噌な内容も入っていて汗顔ものですが、とりわけ「教育」「企業研修」「管理職教育」「リーダー教育」などにご関心をお持ちの方には、お役に立つ部分があるのではないかと思います。

 
 A5判、51p。通勤電車の中ですぐ読めてしまう邪魔にならないサイズの本です。

 先着10名様に無料でプレゼントいたします!
 ご希望の方は、本メールへのご返信で,名前△棺蚕雖6侈垣茵修鯡正してお申込みください。


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■北中寿氏も登場!よのなかカフェ「日本の企業をつながり力で変える!」(2月2日夜)


 
 さて、次回のよのなかカフェも近づいてまいりました。


 http://c-c-a.jp/cafe/


 「承認中心のコーチング」。なぜそれを強調することが大事なのか。また、担い手をなぜ「マネージャー」としているのか。


 本メールニュースを「いつも楽しみにしている」とご連絡くださった皆様、本メールニュースでいつも「所与のもの」としていることについて、疑問をぶつけてみませんか。


 
 お心ある皆様、2月2日は多くの人の仕事の幸福感と、企業の業績に関わる回です。
 ぜひお越しください。お待ちしています。

 
 今回のよのなかカフェには、1つ上の記事・小冊子『最高のプロの2日間の授業』に登場される、哲学者・北中寿氏も出席される予定。
 海外(英国、アイルランド)からみた日本、そして「承認中心コーチング」の価値についても、お話が出そうです。お楽しみに!!

 
 会場はいつもの三宮のカフェ「アロアロ」です。

 詳細とお申し込みはこちらから。締め切りは前日1日(水)。

 http://c-c-a.jp./cafe/ 



※残念ながら会場に行けないという方のために。

 2日のよのなかカフェをUstreamでも配信します!

 URLはこちら
 http://www.ustream.tv/channel/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%8A%E5%8A%9B%E3%81%A7%E5%A4%89%E3%81%88%E3%82%8B 
上記のページでライブ動画で配信するほか、録画で後日にもご覧になっていただくことができます。


 当日のライブ配信中は、ページ右側の「ソーシャルストリーム」にチェックイン・入力することで、遠方からも議論にご参加いただけます。


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★一段と冷え込みの厳しいという今週…
 皆様、どうかお風邪を召されませんように。

 よのなかカフェご来場予定の皆様、2日当日は寒波の真っただ中ということで、くれぐれも十分に暖かくしてお越しください。
 



※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び
代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・
当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方に
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


今週が皆様にとって素晴らしい週でありますよう。





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神戸のコーチング講座
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ブログ「コーチ・正田の 愛するこの世界」
http://blog.livedoor.jp/officesherpa/

愛する日本を、人が元気になる国にしませんか。
「承認大賞2011プロジェクト」
http://.shounintaishou.jp

「企業内コーチ育成のすすめ」
(株)帝国データバンク社『帝国ニュース兵庫県版』
に好評連載中
http://blog.livedoor.jp/officesherpa-column
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 「自己愛」「ナルシシズム」というキーワードのお蔭で色んなものが急速に結びつく。


●たとえば去年このブログで槍玉に挙げた「団塊」―その世代に属する人格の良い人には大変申し訳ないことをしていると思う―の典型的な人格の人々は、見事に「自己愛的」である。

 激しい競争を勝ち抜き、一部はバブルを演出して「○×プランナー」などのカタカナの名刺をもってアルマーニのスーツを着ていた、あの人々です。
 今は「自己愛の老後」を生きようとしています。


 企業内コーチングあるいは「承認」は、かれらが組織に残した負の遺産、すなわち組織では上が下を潰すのは当たり前、面白半分に傷つけるのは当たり前、おべっか使いの上手い人間が上に上がる、などを一掃して当たり前の倫理を復活する役割を担っているともいえる。



●以前このブログで「ワークショップ症候群」というものをまとめてみた。2008年の記事。
 (この年も「谷間の年」だったので、よくものを考えたのだ)

http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51336521.html

 今見返すと、これはまんま「自己愛」の症状である。

 最近も繰り返し思う。ワークショップに行くと、プレゼン能力が上がることが多い。それを売りにするワークショップもある。多くは、

「上手なプレゼンをするためには、自分を受け容れましょう。自分を全面肯定しましょう」

という。これが危ない、ということは、このブログの読者の方はおわかりいただけるだろうか。


 普通の職位の人だったら急速に「打たれ弱い」人になっていく。
 自分の中に自分を疑い批判する回路がないのだから。
 周囲から打たれたときに免疫がない。

 怖いのは、こうしたワークショップ、あるいは「自分を全面肯定せよ」というメッセージのもつ「長期毒性」に、受講した側はほとんど気がつかないということである。ナルシシズムを喚起する恐ろしさは。

 多くはその過剰になったナルシシズムのために離婚や退職、左遷を経験するが、そういう結果になってさえも、「ワークショップ」の教えのせいだとは気がつかない。たぶん提供している側も気づいてないことも多いだろう。


 とくに「リーダー」の場合は、自分を半分か3分の1ぐらい疑いながら暮らしているのが正しいのだ、と正田は思う。リーダーは神経症や鬱すれすれのところで生きるのが正しい。

 リーダーは、自分の言葉を疑って、疑って、濾過したものを話してほしい。


●同じ2008年にCLS(うちのNPOの前身の任意団体)で「シュガー社員勉強会」というのをした。
 当時ベストセラーだった、田北由紀子さんという社労士の先生の著書をベースにして、若手の「甘い」社員を取り上げた。今だったら「ゆとり社員」というところだろう。コーチングの団体としては珍しい試みだと思う。
 この「シュガー社員」もやはり今みると「自己愛」である。



 日本の組織は「団塊と言う名の自己愛」と「シュガー・ゆとり社員という名の自己愛」に挟み撃ちされている、というべきか。
 そしてそれ以外の世代も、ワークショップで自己愛を増殖させられる。 「モチベーション」を論じる大学教授、コンサルタント、研修講師もほとんどは「自己愛」の塊だからその職業を選んだ人々である。またその人々の著書を読んだだけでも自己愛は感染するようである…



 
 よく私は考える。1匹のキリギリスを養うために何匹のアリが必要になるのだろうかと。今、働き盛り世代の中にキリギリスがどれくらい増殖しているのだろうかと。
(私自身も残念ながらキリギリスの1人だ)

 高齢化社会でただでさえ働き盛り世代の荷が重いのに。




 そしてこのところ繰り返される不毛な会話。

 なぜ、「会社のため」という軸で考える人が少ないのだろう。


 私は「人を幸せにする(経済的に、も含め)ため」という行動原理で動いているけれど。会社の中の人は、

「うちの会社が潤ったら、自分の生活もより保証されるな。みんなも幸せだな」

と考えればいいのに。

 相変わらず、「負けたくない」が表に出た口ごたえや、それでなければ個人的な愚痴ばかりきかされる。


 そういうのを聴いて聴いてラポールを築くのが営業スキルだ、と一般には思われている。逆に営業される側は、営業に来た人(特に女)にはいくらでも個人的な話をしていいのだ、と思い込む。


 会社のお蔭で自分は生活できているのだ、となぜ思わないのだろう。
 勤務時間中には精一杯「会社のため」を考えよう、となぜ思わないのだろう。


 大人になっていないのだ、自己愛だから。





 自己愛の人は、例えば

「正田さんの『思っている』承認というものは」

という言葉を使う。

 私、主観的に思っているわけじゃないんですけど。実践し、教え、その受講生さんがまた実践し、成果を挙げてきたんですけど。主観的にただ思っているだけなのはあなたのほうでしょう。


 例えば

「成果を挙げたら、もう少し広がるんじゃないですか」

 成果、とっくに挙げてるんですけど。何度も成果事例発表をやってきてるんですけど。
 うちの受講生さん方は、女の私のために人前で堂々と
「こういう成果が出ました。承認のお蔭、正田さんのお蔭です」
と、言う人達なんですけど。
 今私の目の前にPCがあるのと同じくらい、それは明らかなことで、
 それに基づいて次の段階の話をするために今日来ているんですけど。



 自己愛の人々はこういう風に、聴いたことが聴こえていない。彼らのところを通すと事実が事実でなく、ゆがんで伝わる。
 自分の個体を脅かすかもしれない情報は過小評価する。
 彼らは大きなバイアスの入ったフィルターなのだ。情報を正しくやりとりし判断考慮することができない。

 会社にとって有益な情報、あるいはリスクの情報、いずれも入手した人が会社の利益のためにそれを活用しないのは、背任行為といえないだろうか。


 
 そうしてまた「北欧」のことを思う。彼らは疫学的なデータが出たことについての行動は迅速だ。

 きのうきいた営業セミナーで出た、なかなかいいフレーズ―

「できることを先延ばししているうちに、どんどん自信を喪失する」

 本当は営業マンに向けて言われた言葉だけれど、私は「購買担当者」も知っておくべき言葉だと思うのだ。



 最近ちょっとだけ良かったこと。
 子どもを病院に連れていき、薬を処方してもらった。
 そこの病院の先生が最近ある別の医師のあるセミナーに行き、そこで「その薬をその年齢の子のその症状に出して全然問題はありません」と習ってきたのだそうだ。
 
 新しい薬の効果はまだわからないが、うちの行っているそこの病院の先生は老先生で、自分より若い先生のセミナーに行って習ってきたらしいので、そのことに頭が下がった。




神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
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「やたら議論を吹っかけたがる(それもあまり意味のない議論を)人」について、
性差別と同時にもう一つの見方ができる。


指令性という資質は、通常は「指示命令をしたがる資質」と呼んでいるけれど、
もう一つ「敵対することを嫌がらない、むしろ楽しむ資質」でもある。

ようするに「あまのじゃく」なのである。

人が右と言えば左と言い、西と言えば東と言う。
気をつけないと相当嫌われていると思う。
こういう人は、意識的に「同意すべきことに同意する」ということを
学んでもらわないといけない。

とくに、地位の高い人、決定権をもつ人がこれをもっていると
致命的にその会社が損することになりかねない。
ボトムアップが全然通らないということだから。


でも、往々にしてそういう人は高い地位にあるのだ。
本人が嫌われるのは自分で引き受ければいいが、
会社に対する責任というものがあるだろうに。


自分の性格は自分の責任で何とかしてほしい。
高い地位にあるということは、厳しく自分を律しなければならないということ。
自分の「車両感覚」に気がつかないようではいけない。


※心優しいコメントくださった方、ほかの読者の皆様ご心配をおかけしてごめんなさい。
 気分はもうすっかり良くなっているんです。ただ書き漏らしたことを
 書いておきたいだけです。



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グーグルには、「邪悪になるな(Don't be evil)」という有名な教えがある。


このブログにこのところ出てくる「自己愛」が、この「邪悪(=evil)」に対応している。


自分の出世欲や名誉欲、権勢欲のために他人を陥れたりしていないか。

正しいことに背を向け、ただ勝ちたいためだけに不毛な屁理屈をこねる人になっていないか。



正田は、これもたびたびカミングアウトしていると思うけど"Controlling"(主導型)である。


自分もそこに属しているからよくわかる。"C"の人間は、「質問する」のが好きだ。

支配することが好き。指示命令大好きな人間なのだが、
それは芸がないと気づき、脱却しようと試みるとこんどは「質問」にはまる。

"C"の人がコーチングを学ぶと、「コーチング=質問するコミュニケーション」と思い込む。

「質問」も、実は場を支配する「支配のコミュニケーション」なのだ。
相手に「このことを考えよ」と強いているのだ。

(質問ずきが高じて、ジャーナリストには"C"の人も多い。
うちの山口裕史さんは違うけど)


だから、みるからにコワモテの"C"の人が、
どこで洗脳されてきたのか
「コーチングとは質問することでしょう?」
と言う、
だけではなく
「私はもっとも大事なのは”問う”ことだと思います」
などと言うと、

私などは

「それは、あなたが生理的に『質問する』ことが好きで好きでたまらないんですね」

と、言ってやりたくなる。礼儀上言わないけれど。


私もそうだが"C"の人間は傲慢不羈なので、
他人に「認めてもらった」ことが自分のモチベーションにつながった、
とはなかなか認めたがらない。
ほんとうは彼らも「認められる」ことはすごく好きなのだが、
周囲が彼らのプライドに配慮して、
言葉で褒めるのではなく仕事を与えたりポストを与えたり、
さりげない形で認めてくれているので気がつかないだけなのだ。



営業に行った席でこの手の不毛な会話が多い。


担当者が、
「自分は人とは、組織とはこういうものだと思う」
「モチベーションとはこういうものだと思う」
と、持論をぶつ、
それは多くの場合その人個人の、個体の感じ方の域を出ていない。
一般論に敷衍できるレベルのものではない。
人の多様性についてしっかり学んでいないので、
自分の個体の感じ方を普遍性があると思い込む。

でもそれを指摘すると礼を失してしまうので、
多くの場合私は黙る。
そしてその会社を出てから、
「ああ、きょうも不毛な会話だった」と思う。



”C"の人間は一般的には正義感があり裏表がなく、
人間的に好感のもてる人も多いが、
性差別的な人も多い。
これは本来ものすごい甘えん坊なので、
以前にも書いたと思うが
自分のお母さんや奥さんに対してしてきた見下しやひどいことを
慢性的に後ろめたく感じており、
目の前の女の人を認めてしまうと、
過去に自分が女性に対してしてきたことをすべて懺悔しないといけないので、
意地でも目の前の女の人を認めないのである。

おもしろいことに、
女性に対する悪行のあまりひどくなかった"C"の男性や、
比較的大きい娘さんのいる"C"の男性は
正義感をもって、働く女性の味方になることも多い。


あと、"C"の人間といえど、
ある程度地位が高くなったり購買担当になってナルシになると、
どうしようもなく鼻持ちならない人間になることがある。
「邪悪」になることがある。

それはその人間の脇の甘さ、内省の習慣の有無によるのだと思う。


実るほど頭を垂れる稲穂かな。
地位が高くなったら、だれもまともに自分に反論してくれなくなる。
そのことをちゃんとわかっている人だったら、
他人においそれと議論をふっかけたりできなくなるはずだ。
偽の勝利体験ばかり積み重ね、判断を誤ってしまうはずだからだ。



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「説法行脚」のような日が続く。


このところ出会う人が、訳のわからない議論をふっかけてくることがある。
私も議論好きな人間だから、議論に応じるのにやぶさかではないが、
「議論のための議論」は、願い下げにしたいものである。


「人を幸せにするには」
あるいは
「業績を上げるには」

―真逆なようでいて、私にとっては同じことなのだが―

という議論の「軸」がないのだ。

そして、エビデンスのまったくない架空の思いつきの議論に、
私のやってきたエビデンス、実績をともなう仕事が
まともにつきあう価値があるとも思えない。

・・・というのは、傲慢に過ぎるのだろうか。


ただ空中を飛び交うだけの不毛な議論はするつもりはない。
私は人を幸せにしてきたし、
対案を提示するなら対案でエビデンスを出してみてほしい。


「反論のための反論」をする人は、
言外に
「女のあんたが正しそうなことを言うのは面白くない」
と言っているのだ。
自分の性差別をさらけだしているのだ。



でも、そんな人はまだ多い。地位のある人の中にも。
そういう人を決定権のある地位から一掃できたとして、
そのころにはこの社会はどうなっているのだろうか。


最近このブログで『自己愛過剰社会』を取り上げたが、
高い地位や購買担当者の地位は、確実に人を自己愛的にさせる。
それへの特効薬は、ほとんどない。
自己愛の人は、反論されたら批判されたと受け取り逆ギレする。


最近読んだ「自己愛性人格障害」に関する別の本では
「自己愛」のモデルケースとして、
大企業の研修担当課長を取り上げていた。
架空の人物だが、思わずにやりとしてしまった。


高い地位とは縁のない人生を送っているが、
前にも書いたようにものを書く仕事、人に教える仕事、
いずれも自己愛的になりやすい。
気をつけたいものです。


私が本日某所で切ってきた啖呵―

「私は38歳の時から10年この仕事をし、
『これがよいものなんです』
と言うことに全力を尽くしてきました。
あと10年後には私は58歳です。
38歳から58歳の20年を費やすだけの
価値のあることだと思います」


基本は、長幼の序を貴ぶ人間なんですが。


これまでの経験では、
相手がどんなわからず屋でも迎合してはいけない。
ぶれてはいかない。
まっすぐに、正しいと思うことを通して
わかる人にわかってもらう。
それが結局は幸せな人を作る道筋なのだ。




神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
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お世話になっている皆様




おはようございます。NPO法人企業内コーチ育成協会の正田です。


 優勝した大相撲・杷瑠都関の笑顔、爽やかでしたね。


 
 さて、本日の話題は:


■次第にわかってきた人間性・リーダーシップ
 リーダーに「承認教育」はなぜ、有効なのか
 

■よのなかカフェでさらに語る「承認するリーダーシップ」
 2月2日(木)「日本の企業を『つながり力』で変える!」



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■次第にわかってきた人間性・リーダーシップ
 リーダーに「承認教育」はなぜ、有効なのか



 先週土曜日、NHKスペシャルの「危機の時代のリーダーを生み出せ!」は、骨太の討論番組でした。
 読者の皆様にも、ご覧になった方はいらっしゃるでしょうか。



 いまや日本企業に優る存在感を放つサムスン。イ・ゴンヒ会長のようなトップダウンのリーダーが必要なのか。あるいは故スティーブ・ジョブズ氏(元アップル社CEO)のような、強烈な個性を持ったイノベーター型リーダーが必要なのか。


 リーダーをつくるためには子どもの頃からのエリート教育が必要なのか。


 そうではなく、「世のため人のため」という志をもつことが必要なのか。


 出席者は姜尚中、デーブ・スペクター、辻野晃一郎ほか。一般の無名の出席者の人選にもよく目配りされ、それぞれに説得力のある多様な意見が出ましたが、


 中に1人、フィンランド出身の女性が

「違いを認めることのできるリーダー」

をプレゼン。


 同国の現大統領、タルヤ・ハロネン女史はそのようなリーダーだ、というのです。


 
 何故か、このプレゼンが最も説得力があったように見えました。




 不肖わたくしも、「志」は、教えられるものではないのではないか、と思っています。

 多くの優れた経営者、リーダーたちの経験談をきく限り、彼ら彼女らは例えばビジネススクールのような、人工的な孵化装置のようなものの中で「志」を学んだのではなく、人生の偶然の出会いの中でその「志」を手にした、だからこの人達の「志」にまつわるストーリーは人の心を打つのだ、と思います。


 ただし、リーダーは\気靴せ屬鮖ち、△修譴鮗存修垢襪燭瓩両霰と行動力を持ち、周囲に対する説明能力を持つ人だ、と定義するなら、


 ひとりの正しい志をもった人が、いかにして周囲に対する説得力を持つか――ここに、リーダーが「承認」を学ぶことの効用があるのではないか、と思います。


(「フロネシス」を提唱した野中郁次郎氏が、「承認」を評して「『リーダーの巻き込み力』に関係しますね」と言われたことも、大いに示唆的です)




 また、「スティーブ・ジョブズ」を教育によって作り出すことは、恐らくできない。彼は突然変異的な奇跡の存在で、たとえば多くの場合組織人としては邪魔になるエゴが、なぜ人類の形質として残っているか。恐らくジョブズ氏のような例外的な存在をつくりだすためではないか。
(だからそうした形質を重要なものだとことさら称揚・奨励することも、恐らくあまり正しくない)
 これはなんの根拠もなく、わたくしがぼんやりと思っていることです。


 人工的につくりだすことはできないから、できることといえば、ジョブズ氏的な存在が出てきたときに上手く活かすような知恵をもつこと、なのではないでしょうか。



 蛇足ではありますが、兵庫県中小企業団体中央会の月刊誌「O!」に不肖正田が3回にわたり連載させていただいています。そのうち第1−2回の記事を、同会のご厚意でWEB上に掲載させていただきました。

 今回の話題にも大いに関係しますので、よろしければご覧ください:



誌上コーチングセミナー(1)「聴いていないことに気づく〜傾聴〜」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51785057.html


誌上コーチングセミナー(2)「『認める』ことで広がる視野と可能性〜承認〜」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51785060.html


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■よのなかカフェでさらに深める「認めるリーダーシップ」
 2月2日(木)「日本の企業を『つながり力』で変える!」




 続いてまたよのなかカフェの話題です。

 次回2月2日は、「日本の企業を『つながり力』で変える!」と題して、不肖わたくし正田がスピーカーを務めます。

 http://c-c-a.jp/cafe/


 「承認中心のコーチング」。なぜそれを強調することが大事なのか。また、担い手をなぜ「マネージャー」としているのか。


 NHKの討論番組では深まらなかった内容を、思い切って現実的に深めてみる機会です。

 「承認」が現実に役立った、という経験をおもちの方は是非、語ってください。
 また、よのなかカフェならではの「意地悪質問」も、大いに歓迎です。


 
 お心ある皆様、2月2日は多くの人の仕事の幸福感と、企業の業績に関わる回です。
 ぜひお越しください。お待ちしています。
 
 会場はいつものカフェ「アロアロ」です。

 詳細とお申し込みはこちらから

 http://c-c-a.jp./cafe/ 



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★帝国データバンク発行「帝国ニュース兵庫県版」に不肖正田が連載している、「企業内コーチ育成のすすめ」の記事を更新しました。

 「日本人にふさわしいグローバル化とは?」

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa-column/archives/2323840.html 



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ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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※この記事は、兵庫県中小企業団体中央会の会誌「O」に、正田が3回にわたり連載させていただいた「誌上コーチングセミナー」を、同誌編集部のご厚意により転載させていただいています。

 企業内コーチングでは、「承認」―人を認めること、褒めること―を最重要のスキルかつ意識の持ち方と考え、セミナーでも重点的にお伝えします。

「あれ、コーチングって『質問するコミュニケーション』じゃないの?」

 これまでにコーチングに親しまれた方からは、こんな疑問が上がるかもしれません。

 実は、プロコーチと個人が契約を結んで行う「コーチング」と、同一組織内で、主に上司から部下に対して行う「企業内コーチング」の最大の違いはそこにあるのです。

 「承認」は、相手の良い行動に目を留めて褒めることから始まり、相手の存在全体を認めたり、期待を伝える、共感する、ねぎらう、尊敬・尊重を伝えるなど、最終的には相手の人格や存在全体を肯定的にとらえることに行きつきます。

 これを実際に上司の方々が行うと、どんなことになるでしょう。

 ある営業部長のNさん(48歳)は、業績の上がらない若手営業部員A君に「承認」を試みました。具体的には、A君の営業に同行し、客先を出た後「おまえ前の提案おもしろいな」と、まずは肯定のメッセージを込めた言葉をかけます。次いで、営業所の朝礼でA君の働きぶりを全員に伝えました。「彼、こんな風になかなかよくやってるんだよ」。さらに、A君自身にもみんなの前で発言してもらいます。

 すると―、最初はしどろもどろだったA君も、2度目には同僚の前で「こんな工夫をしています」と、しっかりした口調で話すようになりました。さらに目立った変化として「肌の色艶がよくなった」(Nさん)といいます。そして元気よく客先に向かうようになりい、受注も増えた、というのです。

 人が、心の奥底でどれだけ「認められること」を望んでいるか。このA 君は、実は経営統合のあったこの会社で、吸収合併されたほうの会社の出身でした。このため経営陣や職場の上司、同僚に不信感をもち、周囲に心を閉ざしていた、といいます。

 一方、担い手のNさんにも変化がありました。

「『承認』に近いことは以前からやっていたつもりだった。しかし改めて『承認』と意識して心がけることで、これまで以上に相手のことが見えてきた。相手の目指しているもの、望んでいることなどが手にとるようにわかるようになってきた」。

 ここでは、何が起こっているのでしょう。

 少し大風呂敷を広げた表現をするなら、「承認」の実践は、恐らく私たち大人が、自分個人の個体を超えて、他人の文脈を心に取り込む、取り入れることに役立つのでしょう。

 それはとりも直さず、最近経営学で言われるところのリーダーシップの重要な概念である項目、「賢慮(フロネシス)」、すなわち、常に正しいことを志向し、かつその時々の文脈や状況に応じて最善の判断・行動ができる知恵、に通じるものでもあります。

 「承認」を実際に身につけ、実践されるリーダーの方々は、また次回取り上げる「質問」など、人を伸ばすコーチングの他のスキルも容易にこなすことができます。言わば、コーチングの全てのスキルを有効化・賦活化させるカギになるスキルが「承認」。そして、市場環境にもよりますが一般に「承認のコーチング」を行うところでは、一定期間たつと業績がはっきりと上がります。

 困難な時代、大人世代が一段階高い視座に立って問題解決をしていくのに、恐らくこの「承認」が強力な武器になるはずなのです。(了)

(「月刊中央会O!」2012年1月号 所載)
 

神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
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※この記事は、兵庫県中小企業団体中央会の会誌「O」に、正田が3回にわたり連載させていただいた「誌上コーチングセミナー」を、同誌編集部のご厚意により転載させていただいています。

「なぜ、言ったことが伝わらないのだろう…」
 そう思ったことはありませんか。
 ITやビジュアル表現が発達した現代であっても、緊急の報告はほとんどの場合口頭のコミュニケーションによって行われます。
 激動の時代に企業の生死を分けるかもしれない「コミュニケーション」を、もう1度見直してみませんか。この連載では、企業内コーチングの「傾聴」「承認」「質問」をご紹介します。



 「それでは、8通りの聴き方を試してみましょう」。
 黄色や緑色、色違いの8枚1組のカードを持った受講生さん方がやや緊張した面持ちで、2人1組で向かい合います。

 これは、当協会の「傾聴(話の聴き方)研修」の中の名物、「8通りの話の聴き方」別名、「地獄の傾聴8本ノック」です。研修に参加されるのはおおむね、40代から50代の経営者・管理職の方々。

 「地獄の」は少々誇張が入っていますが、1回2分の「話す」「聴く」を役割交代しながら8回こなすと、所要時間は正味16分、質疑や振り返りを入れても1時間程度とはいえ、頭が「フラフラ」になります。

 しかし、それくらい徹底的に「聴く」ことをしてみますと、皆さんかなり大きな「気づき」があるようです。

 ある管理職の方は、「わが社のコミュニケーションは全部『これ』です。相手の話をさえぎって自分が話しはじめます」。

 8本ノックの3本目、「相手の話をさえぎって自分の話をする、解決策を提示したりアドバイスをする」という課題のときです。

「最後まで聴かないで、アドバイスをしたり自分の体験談を話したりしてしまうわけですね。そうすると、あなたの中にはどんな気持ちが起きますか」と私。

「不完全燃焼が起きますね。『まだ全部言ってないのに』という不満な気持ち。また、結局問題は解決できていないですね」と、受講生さん。

「それでは、その逆パターンをやってみましょう」

 同じ問題を話してもらい、相手の話したことを、「それは大変でしたね」「その気持ちはよくわかりますよ」と、「共感」をもって受け止めて聴いてみることを試してみると…。

「話しているうちに頭がスッキリしてきました。問題の整理ができ、どうすればいいかの道筋も見えてきました」と、話し手の受講生さん。

 「聴き方」ひとつで、簡単な問題が解決出来たり、あるいはウヤムヤになって先に持ち越したり、とものごとの効率が如実に変わってきます。


 別の管理職の方は、女子高生のアシスタントとペアを組みました。

 女子高生も、部活の部長ともなればそれなりにマネジメントの悩みがあるもの。でも受講生さんは、「アドバイスをしてください」とカードに書いてあった指示どおりとはいえ、相手の話にまともに取り合わず、茶々を入れることに終始。

「まじめに聴く気がないんだな、と思いました」
 女子高生アシスタントから、意外に厳しいフィードバックが出ました。

「たぶん、家でも娘の話をまじめに聴いてないと思います」
 受講生さんは、ちょっと神妙な振り返りの弁。

 実は、相手が「女子高生」ではなく「女子社員」あるいは「女性管理職」であっても、相手の話したことを真摯に受け止めているか?というところで、日本の男性管理職、男性経営者さんは疑問符がつきます。

 一般に女性の方が細かいことに気がつきやすく、報・連・相を奨励すれば女性社員からの報・連・相が多くなりやすいものですが、報告の受け手がそれに対して事態の深刻さを想像できるかどうか。

 女性の容姿や、男性より甲高い声などからの印象で、話している内容が深刻でない、とうっかり片付けてしまっていないかどうか。

 「聴く」という作業。単純なようでいて、実は話し手を人として「尊重」しているかどうか、という問題もつきまとうのです。
(了)


筆者略歴:正田 佐与(しょうだ さよ) NPO法人企業内コーチ育成協会代表理事。
1963年生まれ。通信社記者、医薬翻訳者を経て2001年、ビジネスコーチ開始。特に管理職育成を得意とし、非営利のマネージャー教育により全国1位、社内1位といった「トップマネージャー」を輩出。2008年より現職。よのなかカフェ、承認大賞といった社会人教育のイベントも主催する。著書に『認めるミドルが会社を変える』(カナリア書房)など。
NPO法人企業内コーチ育成協会URL:http://c-c-a.jp 電話078-857-7055 メールアドレスinfo@c-c-a.jp

(「月刊中央会 O!」2011年12月号 所載)

 アメリカは「自己愛病」にかかっている。ナルシシズムは肥満と同様に、ここ数十年で急増した。

 『自己愛過剰社会』(ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル著、河出書房新社、2011年)によれは、全米3万5千人あまりを対象に行った調査で、アメリカ人の6.2%、つまり16人に1人は自己愛性人格障害にり患した経験があることがわかった、といいます。

 さらに驚いたことに、65歳以上の人では3.2%だったのに対し、20代は9.4%(若い男性はなんと11.5%)が自己愛性人格障害を経験していた。つまり20代は約10人に1人、65歳以上では30人に1人ということになる。(p.47)



 自己愛性人格障害が16人に1人。こういうデータをちゃんと出すところがある意味アメリカの凄いところです(上の調査は米国立衛生研究所のもの)。別の文献では、「反社会性人格障害が25人に1人」という数字が紹介されています。


ナルシシズムがどんな様相を呈するかというと、傲慢、うぬぼれ、虚栄、誇大癖、利己主義。自己顕示欲が強く、自慢屋で、独りよがりで、驕り高ぶっている。自分のステータスを見せつけられるモノへの執着も強い。身ぶりが派手で、自分の話ばかりしたがり、人を騙して出し抜く。ちやほやしてくれる人を(「側近」や取り巻きとして)引き連れ、ハンサムや美人のパートナーを持ちたがり、注目されたり有名になったりするチャンスに飛びつく。人を操ったり利用したりするのもなんとも思わない。ナルシシストにとって、他人は自分を引き立て、いい気にさせてくれる道具なのだ。

 人あたりがよくて魅力的なので人気者のナルシシストもいる(ただし、こういう人も最後には馬脚を露わして、自己中心的で不誠実な人だとわかってしまう)。


 現代のアメリカでは子育ての段階で「あなたは特別」と教え込まれる。そして心理学者も自己啓発セミナーも普通の教育者も、「自分を愛しなさい、でなければあなたは他人も愛せない」という。

 こうした風潮が子どもの頃からのナルシシズムを育てる、と2人の心理学者の著者らはいいます。

 日本のわたしたちでも当たり前に受け入れている、「自尊心」「自尊感情」はいいものだ、という思い込みを著者らは否定します。

 いわく、自分を愛さなければ他人を愛せないというのはまやかしだ。高すぎる自尊心は他人を傷つける結果になる。自尊感情の低いパートナーがあなたを愛している時「私を愛している?」と頻繁に問うが、あなたに対しては献身的なパートナーとなるだろう。

 (この論法は私にもちょっと新鮮でした)


 ナルシシズムがもたらす病理として、

・注目を浴びたいあまりインターネットで肌を露出したり級友を殴って暴力ビデオを投稿する高校生たち、
・同じ理由から大学で頻発する銃乱射事件、
「物質主義」の行き着く先として本来なら買えないはずの家を高いローンを組んで買う人々(ご存知、サブプライムローンですね)
「個性重視」ゆえに子どもに珍しい名前をつけたり(日本でも「キラキラネーム」全盛ですね)、自分のメールアドレスに"star"や"king"などのナルシシズム的な名前をつける人々、
恋人や伴侶を見栄えのよいアクセサリーや性のはけ口としか考えず深い愛情関係を築けない人々、
特権意識の高さゆえに学ばない、働かない、怠惰。そこで若手社員が定着しない傾向に拍車がかかる。同僚を踏みつけにして出世しようとする。


 などを挙げます。


 こうしたナルシシズム病をどう治療すべきか。

 著者らはナルシシズム拡大の原因を5つ挙げます:自己賛美、子育て、セレブリティの称賛/有名人崇拝、インターネット、放漫融資。

 
 解決策として著者らが挙げるのは:

 隔離。ナルシシストを雇わない、同僚にいたら接触しない。有名人のゴシップをみない。ステータスの高いナルシシストと接触しない。ネットは大切な友人との関係を維持するために使う。

 エゴを抑え、ナルシシズムを追い出す心のもちようとして、
 謙虚
 自分をいつくしむ心(自慈心。self-compassion、自己賛美ではなく、ありのままの自分を共感をもって受け入れる)
 念(マインドフルネス) 
 人のつながり、自分を支えてくれる人のことを考える。 
(3・11後の日本人はひょっとしたら一日の長があるかも?)

 子育てでは、
 子どもを褒めすぎない。失敗から学ばせる。「おまえは賢い」ではなく「よくがんばったね」と言おう。スポーツのコーチの励まし方から学ぼう。
 「おまえは特別だ」と言わない。
 

 なお、日本のわたしたちにとってはナルシシズムの侵入も気になるところです。周囲を見渡すと既に入っているような気もします。

 本書によれば、アメリカ式ナルシシズムは世界各国にも急速な広がりをみせています。一方でその国・地域の特有の文化が解毒剤になる場合もあります。

 儒教文化は人間関係のあり方と徳を具体的に示し、責任と勤勉と協調を重んじる。しかし中国では「ミー・ジェネレーション(我一代)」という、政治よりエステに興味がある世代が生まれている。この世代はモノに価値を見出し、生家を離れて暮らしたがり、夜が明けるまで友人とクラブで騒ぐ。

 
集団としてはアジア人はナルシシズムの診断テストで比較的点数が低い。アメリカ国内でも、アジア系アメリカ人はほかのどの民族グループよりもナルシシズムの点数が低い。だが、東西の「ナルシシズム格差」が縮まっている兆候がある。(p.312)
 

 
 北欧諸国にはナルシシズムに対して独自の免疫力がある、と本書は言います。

 これらの諸国は非常に独立心が強い一方、ひじょうに集団主義的でもある。スウェーデンやデンマークなどはその平等主義の哲学により、高いレベルの個人のやる気と成功を促進しながらも、充実した社会福祉政策を整備している。…この種の社会体制は、個人が自分を大人物だと思い込むことができないので、ナルシシズムの緩衝剤になる。


(正田も「北欧」関係の文献を集め研究者の話をきいたりしていますが、これらの国で何か必要な変革をするとき、「面子」(一種のナルシシズム)にこだわって妨害する人が登場しないのがいつも不思議な気がしています。日本となんという違いでしょう)


 しかしその北欧諸国にもナルシシズムはネットなどに乗って進出を果たし、フィンランドでは2007年、高校生がアメリカ式の銃乱射事件を起こし8人を殺害したあと自殺しました。そしてノルウェーで昨年、政治集会の場で痛ましい銃乱射事件が起こったのはご存知の通りです。いずれの犯人もネット上で犯行声明的なものを出していました。

 
 中国以外のアジア諸国では、仏教文化がナルシシズムの緩衝剤になっている、と本書ではいい、タイとブータンの例を挙げます。




 さて、「日本」は残念ながら本書の題材になりませんでした。

 読者の皆様の周囲について注意喚起したいとともに、私自身のスタンスについても記しておきたいと思います。

 このブログでは去年8月に「人に教えるということ」という記事で、「自己顕示欲から発して言葉を発してはいけません」ということを書きました。

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51754001.html 

 ここでほぼ、ナルシシズムについて警戒する必要性をいいつくしているような気がします。


 そもそも「コーチング」が、本来の意義とは異なり個人のナルシシズムを刺激し肥大化させる結果になりやすい。他の多くの心理学セミナーもそうです。(「アサーション」のセミナーですらも、創始者の思いをよそに、「自分は人生の被害者だ」と考えるナルシシストで占められる)

 そのことに私自身は神経をとがらせてきたつもりです。そのため「承認」については、「自分が『承認』を受け取ることを考えるな。『与える』側であれ」ということをしつこくうるさく言ってきたつもりです。「つもり」ばかり言っていますが、さあ、どこまでそれは功を奏したでしょうか。

 「受け取る/もらう」のと「与える」のでは、「承認」がもたらす効果は180度異なります。「与える」ことに専念した人びとは、発散するエネルギーの種類が静かな穏やかなものになります。やわらかな聡明な光をはなつようになります。(やや宗教的な表現になり恐縮です)

 一方、「もらう承認」にばかり気持ちがいってしまった人々は、ナルシシズムのぎらぎらした光をはなちます。それは、見た目にもまったく異なる種類の光なのです。

 嫌がられても、「与えよ」と言い続けなければなりません。それは、大衆的人気を得て初めて経営が安定する商業教育ではできにくいことです。


 
 これとは別に、「自己宣伝」の問題があります。

 大人に対する教育研修は、「宣伝」や「営業」をしなければなりません。私たちの教育もその伝にもれませんが、「宣伝」はどうしてもナルシシズムがましくなるものです。

 残念ながら、この世界のマーケティングというのはナルシシズムの塊になってとんでもない誇大広告、あるいは目新しい広告を打つほうが人々を「おっ」と思わせ、成功するようです。また研修講師の人格というものも、ナルシシズムの塊になって
「どう?私ってすてきでしょ。あなたがたも私のようになれるのよ」
という匂いをぷんぷんさせているほうが、参加者を魅了し、講師として成功するようです。


 そんななか、2010年に出版した『認めるミドルが会社を変える』という本は、年末年始、断食をしながら執筆しました。どうしても、受講生さんがこんなよいことをしてこんなよい結果が得られた、という内容を書いて伝えなければなりませんから宣伝は宣伝なのですが、自分の「我欲」「ナルシシズム」的なものが文章に嫌味な形で出ることが極力ないように、とあえてそうしました。

 
 そういいながらこのところイベントにカメラマンを入れて(うちのスタッフさんですが)写真を撮ってもらうようになり、私の写真をブログに載せることも増えています。現・元お客様がそのほうが喜んでくださるからとそうしているのですが、自分がナルシシストになり始めていないかな?と迷いながらやっています。


 さらに最近は「最高のプロの2日間の授業」なる、これも人様から褒めていただいたのを文章化した自画自賛オンパレードの小冊子を作ってしまい、恥の上塗りをやっていますが、以前からよく存じ上げているお客様に方針をわかっていただくため、と言い訳しながらやっています。


 本書のいう、「ナルシシズムは攻撃性を誘う」などの記述は大いに同意できるとともに、自分への戒めとしたいところです。
 教えるという商売が担い手のナルシシズムを喚起しやすい、という意味の耳の痛い記述もあります。


 なお昨年末このブログでしばらく扱ったアルフィー・コーンの『報酬主義をこえて』(1993年)の論旨は、本書とは似ているようで非なるものでした。コーンは、過剰な競争を生む要因として「行動主義」と「褒める」を槍玉に挙げてしまった結果、期せずしてアメリカのナルシシズムに合流し、「人は他人のお世話にならずとも成長できる」という傲慢な考えに帰着したのでした。(この流れをくんだ日本人の手によるモチベーションに関する書籍が近年もありましたが・・・、題名は忘れた)それはコーン氏自身の性向であったかもしれません。



 さて、リーダーのナルシシズムは…。

 ナルシシストのリーダーを育ててしまうぐらいなら、コーチングなどしない方がまし、なのです。過去にはホリエモンが成功哲学のコーチをつけていたという事実があり、恐らく本人のもともと持っていた偏りを助長したのでしょうが、似たような例は他にもきっとあるでしょう。


 とはいえ過剰にペシミズムに陥らず、サポートできる人をサポートしたいものです。


 この『自己愛過剰社会』とともに、『デブの帝国―いかにしてアメリカは肥満大国となったのか』(グレッグ・クライツァー著、バジリコ、2003年)をあわせて読むのもおもしろい。おそらくは進化の過程で残った食糧不足に対応するための遺伝形質、あればあるだけ食べて欲望をとことん満たすようにできているわたしたちの体の誘惑、またそれを当て込んで形成される市場からの誘惑に打ち勝つのがいかに難しいことか。「自己愛過剰社会」は、それの「精神版」ともいえます。




神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
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お世話になっている皆様




おはようございます。NPO法人企業内コーチ育成協会の正田です。

 年明け早々の3連休、いかがお過ごしでしたか。

 身近な方がきのう「成人式」をお迎えになった方もいらっしゃることでしょう。

 当協会の経理担当者さんも、今年息子さんが成人式でした。
 
 「子育てで苦労した時もあったけれど、成人となるとじーんとなって…
 子どもが幸せでいることが一番幸せです。」


 1人の人の20年にわたる成長、感慨深いですね。

 
 さて、本日の話題は:



■「ユーロ危機 そして日本はどうなる?」
 混迷の中徐々に照らし出される今後のシナリオ、それを避けるには
 


■「日本の企業を『つながり力』で変える!」



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■「ユーロ危機 そして日本はどうなる?」
 混迷の中徐々に照らし出される今後のシナリオ、それを避けるには



 去る5日、第30回よのなかカフェ「丸わかりユーロ危機!」を開催しました。


「IMF管理下に入ったら日本はどうなる?ユーロ危機金融カフェ開催しました」

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51782692.html

 (お蔭様でこの記事は高アクセスが続いています)


 会社員、元銀行―大学学長など、8名が参加。

 元銀行支店長で関西国際大学准教授の松本茂樹氏からの解説とディスカッション。
 非常に密度の濃い議論と対話になりました。


 途中には、「わたしたち」自身を問う場面もあり…、


 そのような手順を経ると、金融関係者にはおそらく自明のことであろう、近い未来の日本のシナリオも、普通の社会人の心に”落ちて”くるようです。


 
 どんなに言葉を尽くして未来予測を語り伝えても、伝わらない、わからない。それは「理解する」ことではないのです。ある瞬間に突然「シフトする」ことなのです。


 それは、やはりそのコミュニケーションの場に身を置くことが必要になるのでしょう。TVなどから一方に流れる情報を受け取るのではなく。


 第30回にして、そのような感慨をもちました。


 今回初参加の1人の方が

「正田さんのメールニュースが何故か会社に届いていたのでずっと見ていた。よのなかカフェ面白いことをしているなあと思って一度来てみたかった。今回のテーマはニュースでいつも見てわからなかったが、とにかく来てみようと思った。色んなものが動いている」


 これは嬉しかったですね。


 読者の皆様、「維新と戦後に匹敵する大激動の時代」です。よのなかカフェ、足を運びましょう。お待ちしています。



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■「日本の企業を『つながり力』で変える!」(2月2日夜)



 続いてまたよのなかカフェの話題です。

 次回2月2日は、「日本の企業を『つながり力』で変える!」と題して、不肖わたくし正田がスピーカーを務めます。

 http://c-c-a.jp/cafe/



 「承認中心のコーチング」。なぜそれを強調することが大事なのか。また、担い手をなぜ「マネージャー」としているのか。


 それには、日本人のやや特異な気質、それに日本企業・組織・人材マネジメントの置かれた不幸な20年が関係していました…。


 ある程度上の世代にとっては、「なぜ今更『承認』?」という疑問があるかもしれません。わざわざ言わなくてもそれに近いことをしていた、いわば「フロネシス世代」の人々がいたことも存じています。

 が、その世代の人々のあずかり知らない、組織の不幸な経緯があり、

 どこかで時計の針を力一杯巻き戻さないといけない。


 何が問題の本質なのかを、しっかり見極めないといけない。

 …いえいえ、ここで正田が1人でしゃべっていても仕方がありません。


 こちらにご参考記事をお載せしています

 「不安で臆病、そして怒りっぽくあきらめやすい、つながり指向のわたしたち」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51783180.html


 「何を失ったのか、何を回復しなければならないのか―『企業の錯誤・教育の迷走』」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51783205.html
 
 
 お心ある皆様、2月2日は多くの人の仕事の幸福感と、企業の業績に関わる回です。
 ぜひお越しください。お待ちしています。

「よくわからないけれど何となく来てみた」の方、大歓迎です。

 ファシリテーターは、フリージャーナリスト・山口裕史氏が務めます。
 
 会場はいつものカフェ「アロアロ」にて。

 詳細とお申し込みはこちらから

 http://c-c-a.jp./cafe/ 



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★なでしこジャパン 澤穂希選手がFIFAの選ぶ世界最優秀選手賞に。また佐々木則夫監督が女子最優秀監督に。

 きょう未明に入ってきた嬉しいニュース。世界から評価されたということ、かみしめたいですね。

 



※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び
代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・
当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方に
お送りしています。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


今週が皆様にとって素晴らしい週でありますよう。





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 前の記事で「不安で臆病、そして怒りっぽくあきらめやすい つながり指向のわたしたち」というように日本人を定義したのに続いて―。


 『企業の錯誤・教育の迷走 人材育成の「失われた10年」』(青島矢一編、東信堂、2008年)という本を読みました。


 バブル経済崩壊後の1990年代中盤から2000年代初頭の10年間に、日本の人材育成・教育システムに行われてきた改革を概観し、

「これらの変革は効果をもたらすどころか、むしろ問題を引き起こす例のほうが多かった」
と”断罪”します。


 われわれが「理念なき試行錯誤」と呼ぶ、これらの改革の構図はさらに次の三つの視点から特徴づけることができる。

(1)マクロ問題のミクロ要因への帰属
(2)形式化による理念の代替
(3)全体システム観の欠如による不整合
(太字正田)



 私としては特に(1)と(3)の視点が非常におもしろく当を得たものと思いました。


 この本は学校教育の問題も論じていてその部分も大変興味ぶかかったのですがこのブログでは詳しいところははぶきます。

(ご興味のある方は、この本をお買い求めください)


 「教育」を「改革」するということ。

 1990年代の「ゆとり教育」導入は、バブル崩壊後の経済・社会状況が、「人の質の低下」のためでありそれに対処しなければならないという論法のもとに行われた、と著者らは言います。

 しかしゆとり前の「詰め込み教育」がわるいものだったか。実はPISAの問題解決能力調査では日本は非常に高い成績を示した。ならば知識教育=悪という決めつけは間違っていたのではないか。

 ここで、「一歩引いたメタレベルでの答えの出し方の意義」ようするに大局観に立った問題解決とは何か、という問いになってきます。

 
 同じことが「企業での人材マネジメント」にも言える、と著者らは言います。


 従来の日本企業の特徴であったOJT(on the job training)。日常の業務に就きながら行われる教育訓練のことで、上司・先輩から部下・後輩へと伝えられます。

 これが日本では業務遂行能力に大きな影響を及ぼすため、日本では採用活動においても学校教育をあまり重視せず(それでもどの大学を出たかはけっこう重視したのですが中身まではあまり重視せず)、就職してからの教育訓練可能性を重視した採用をしてきた。

 一方アメリカでは大学だけではなくどの学部を出たか、どれだけの学業成績で出たかを重視し、大学教育(あるいは大学院教育)に「即戦力力」を期待する。


 これが80年代までの状況とすると、バブル崩壊後、よく知られているようにさまざまな人材マネジメントが導入されました。
 
 本書ではその中で、業績給(成果主義)、MBO(目標管理制度)を取り上げその功罪を論じています。

 成果主義に関する類似の指摘は2004〜05年ごろ相次いで出版されましたが、2008年時点の本書の指摘はヒステリックで部分的な指摘のトーンを抑え、緻密に問題点の抽出を行っています。本書と比較すると04〜05年時点の議論は「粗雑」な印象を与える気がします。

 営業職(A社)と研究開発職(B社)を題材に問題点を抽出しています。

 営業職では・・・、
 転勤時の得意先の引き継ぎをしなくなった。引き継いでも、特に親しい顧客には「後任に引き継ぎ後半年たったら自社製品の購入をやめてください」と依頼する。
 随行営業をしなくなった。
 若手営業員の定着が悪化した。それまで離職率が低かったA社でも、2002年に入社した営業部員の3分の1が2005年までに辞めた。
 ・・・と、競争の「負の側面」が大きく出てしまいました。

 研究開発職では…
 創造性のある研究員を業績給でつくることはできなかった。創造性のある研究員が求めているのは金銭的報酬ではなく、インフォーマルなフィードバック。(もろに「承認」ですね)しかし業績給導入の結果、インフォーマルなフィードバックは減少した。
 組織としての創造性を発揮するには、部門間協力が必要だが、業績給で評価基準が明文化されると、協力にかかわる関係構築の作業が捨象されてしまい、部門間協力がわるくなる。(⇒実はこれも「承認」の応用で解消することがわかっている)


 本書では、「問題点の抽出・提示」に重きをおき、「じゃあどうすればいいんだ」という「解決編」は提示されていません。ただこうした業績給の導入にどのような思考回路がはたらいたか、については考察しており、「横並び意識」と明言しています。

(ここで一度、前の記事「不安で臆病、・・・」を参照していただけるとさいわいです。正田注)


 次に本書ではMBO(目標管理制度)をとりあげます。これについては、本書の記述がおもしろいのでそのまま引用してしまいましょう。

 
 
先述したとおり、日本企業では、職務範囲の境界が曖昧であり、それが日本企業の強みにもなっていた。しかし、MBOを導入すると、自分の目標をきちんと明文化しなければならなくなる。その時点で、職務範囲が明示化されるのである。しかし、もともと職務範囲が曖昧な環境で仕事をしてきた日本企業の従業員は、MBOによって目標が明示化されることにとまどいを感じる。また、労働契約書や職務記述書が曖昧なまま、目標だけ明示化されることにより、職務と職務の間で抜け落ちる仕事が出てきてしまう。そのような仕事の多くは、言葉で明示することができず、また、あらかじめ予測することもできない。それまでの人材マネジメント下であれば、誰かがそれに気づいて対応してきただろうし、また、そのようなことに気づく従業員こそが、長い目でみると優秀な従業員として評価されるようになっていた。これは、明示化されたシステムではないが、実際にそのように機能していたのである。



 うんうん。

 正田個人はこの記述にすごく納得感をもっています。
 MBOについては、知人でその分野を熱心にやっている人もいますが自分としてはどこか納得しきれないものがあり、追随しないできました。
 その「言語化しにくいが、どこか納得しきれないもの」を言語化したのがこの記述、ということになるのでしょう。

 MBOだけでなく、海外の組織や労働政策について視察に行った学者さんの話にもどこか納得しきれないものがあり、職務範囲が限定されているから「自己所有感」が持てる、という話なども、その限りにおいてはいいことのようだけれども仕事って本当にそういうものなんかな、と突っ込みが湧くのを抑えきれないのでした。それはワーク・ライフ・バランスなどもそうであります。

 そういう疑問にこたえて「海外ではその部分をこういうふうに対処しているので問題にはなりません」というところまで説明してくれた説明をこれまで残念ながらみたことがない。簡単なことだと思うんだけれど。

 「職務範囲が限定されている」という説明で素直に納得できるのは「大学の先生」だからではないか。

 突っ込みが甘い。


(また余談だが、本書の記述「また、そのようなことに気づく従業員こそが、長い目でみると優秀な従業員として評価されるようになっていた。」というのもちょっと疑わしい。評価はそれほど公正なものではない。「そのようなことに気づく従業員」は無償労働をしてくれる便利な人として当てにはされるが重用されない、昇進するわけではない、というのもよくあることです。ここでも「承認」だいじです)


 本書ではMBOに対比して、従来の日本企業にあったきめの細かい昇進システムがモチベーションの維持向上に一役買っていたことを挙げ、

(ただし本書では触れていないが「きめの細かい昇進」はフラット化で崩れてしまっている)、

 システムとして明示化されていなくても、高いモチベーションが維持される仕組みが暗黙的に出来上がっていたのである。

 それにもかかわらず、あえて形式化されたモチベーション向上のシステムを導入し、しかも、それ以前の暗黙的な仕組みと、どこが整合しどこが齟齬をきたすのかを検証しないまま導入されたため、現場で大きな混乱が生じたものと考えられる。
 

 と、述べるのでした。


 最後に本書ではOJTを取り上げます。日本企業でOJTが品質管理に大きな寄与をしていた、それは「コミュニティと一体となった、ほぼ生活空間と同等の村=企業」という社会経済システムがあり、高度経済成長期には安定的採用のため、はるか遠くの熟達者ではない、より身近な師範代クラスのロール・モデルがいた。さまざまな私的、公的QC表彰活動なども高いモチベーションを支えた。

 しかし不況期に起こった採用抑制や数年間にわたる採用中止は、OJTの根幹をゆるがすことになります。


 
なぜなら、トレイニーにとっては、熟達者ははるかかなたの存在であり、そこに到達するために目標となる師範代や師範代候補が中期的・長期的には欠落することになるからである。人の連鎖が切れれば、OJTによる知識の連鎖も切断される。

 師範代や熟達者等の人員削減も実行された。彼らは、若い作業者にとっての憧れでありロールモデルである。…自分の将来像を重ねあわせていた人々―かつては、賞賛と尊敬の対象となっていた人々―が、次々と職場を去っていく姿を見れば、OJTを通じていかに学習と自己研鑽を重ねても仕方がないという諦観が生まれるのも致し方がない。
 


 というように、技術者や工場労働者にとっての成長のための「絆」が断ち切られたことが記されます。
 共同体の中で、そして「師」に導かれて安定的に成長してきた人々。少なくとも日本の風土では、人は「絆」によって成長してきたのでした。(「絆」はなにも、自然災害が起こったときの助け合いのためだけにあるのではないのです)

 本書では品質管理のこうした現状に対して問題解決の指針を示します。

1.退職した品質管理専門家を三顧の礼で迎え厚遇する
2.品質管理の担い手となる現場作業者は、企業業績いかんを問わず、継続して採用する
3.品質管理教育の総点検を行い、抜本的に企業研修プログラムに変革を加える
4.品質管理に関する研修費は予算において聖域とし、決して減額しない
5.従業員全員の倫理レベルを引き上げ、コンプライアンスの徹底を図る
6.品質のみに注目するのではなく、コスト、機能、スピード、環境配慮を同時に考慮する
7.製造をアウトソーシングしても、品質のつくり込み活動は外部化しない
8.現在直面している諸問題に、大所高所からの体系的な問題解決に取り組む
9.品質向上に有用なツールや考え方をフル活用する
10.日本的品質管理の逆機能の存在を認識した上で、それが顕在化しないマネジメントを行う


正田の感想としてはこのうち5.以降はやや対症療法的で、原則として重要なのは1〜4かなという気がします。
全部引き写す必要はなかったかも。


終章では、「個性の尊重」「個の重視」が含む問題をとりあげます。

ブログ読者の方は、正田が「個性」「強み」という語を両義で使っていることに気づいていただいているでしょうか。

これも書きだすと延々と一章ぐらいになりそうなテーマですが、まずこのブログとしては人は1人1人違う、という認識があること。脳画像の専門家によっても、人は生まれながらにして個性的な脳をもち、さらに生育過程でその個性に磨きをかけるように学習するといいます。

ところが、じゃああなたはあなたのしたいようにしてください、では人間社会はうまく行かないので、どんな個性の持ち主であっても統一の基本原則―倫理―を叩きこまれなければならない。人のものを盗んではいけない、人を傷つけたり殺してはいけない、等々です。

さらに企業に属するにあたってはその企業の理念に共感し、理念実現のために働くという誓いのもとに入社すること。個性は、あくまでその理念の範囲内で発揮していただくことになります。

リーダー教育の中でも強みを重視しますが、強みを活かしたリーダーシップ、というか、すべてを1人で持ち合わせることをあきらめてあるところで開き直るとともに、自分のマイナス面が強く出ることを抑える、という文脈で「強み」を考える、ということをします。


(さらにさらに正田はある時期医学薬学にも凝っているので、相手が誰であっても第一選択の薬というものがある、という考え方もとります。これを教育にも当てはめて考えます。ある疾病については、有効性が確認されかつ副作用が少ないことも確認された薬を使い、一定期間血中濃度を一定以上にして反応をみる。効くようならそれでいいし、効かないなら特異体質かもしれないから別の薬を考える。副作用が強く出る体質の人であればやめる。)


 「個性」はどこまでも伸ばすのが正しいか。実は、おとなの場合、標準化したくてもどうしてもできないときに本人の「個性」をみてあきらめる、という文脈で使うのが、「平常時には」正しいのではないか。ある種の天才を育てるというシチュエーションでなければ。

 逆にこどもの場合は、「自発性」の生まれるところに偏りがあるのがあまりにも明らかなので、生まれた「自発性」を大事に、その部位が脳全体を引っ張って発達するのを期待する、というやり方をして間違いではないのでしょう。ということを、やはり2008年頃書いた記憶があります。

 
 というように、ややぐらつきがちな当ブログの「個性」への対応ですが、基本は「あまりにもそれが抑えつけられていれば『個性』を言うのが正解。しかし『程度問題』つきの正解」というスタンスだと思います。


 で本書の記述に戻ると、

 1990年代後半〜2000年代前半の人材育成の試行錯誤を、本書は「個性の尊重」「個の重視」を錦の御旗として掲げたがゆえの錯誤、という意味のことを述べています。

 
最悪の場合、「個性の尊重⇒個の重視⇒個の責任」といった構図のもとに、実質的には、教育や人材育成の放棄につながる危険性さえある。
 

 その結果学校教育で起きたのは「ゆとり教育」であり、企業では社内研修費の削減、OJTによる知識の連鎖の断絶だ、と。

 
 「個性の尊重」と「個の責任」が極度に強調される状況を想定してみるなら、個人は、各人の目的に合わせて自らが必要とする教育を受けることになる。どのような過程で教育を受けるのかはすべて個人に任される。学習結果に対しても個人がすべて責任を負い、学習の優劣はあくまでもアウトプットで判断される。企業が行うことは、競争メカニズムを整備して個人の学習意欲を高めるとともに、教育資源の配分額を決定することである。そこに教育や人材育成の「理念」が登場する必要はない。理念の役割は、成果に基づく淘汰メカニズムによって代替される。
 


 この文章、大いに同意。

 正田はこれまでマネージャーたちが自主的にポケットマネーで受講するオープンセミナーの有効性を確信してやり続けてきましたが、そのことにも限界を感じ、(マネージャーの収入減や彼らへの告知不足)
企業の人材育成担当者に相談に行ったこともあります。

「こういう教育をしています。大変有効なんです。御社のマネージャーにも勧めてください。受講費を補助してあげてください」

 すると担当者の対応は、以下の二通りのものでした:

「こういうのは、”自己啓発”ですなあ」
(注:自己啓発セミナーという意味ではなく、会社のあずかり知らぬところでマネージャー自身が勝手に学んでくるもの、という意味。)

「じゃあ、当社には研修費を補助する『カフェテリア研修』というのがありますから、その中に入れましょう」 

 前者の反応は、今は論外と思えましょう(でもやっぱりあるのかな)。リーマンショック後、急激に給与を減らされた管理職が、それでも自分の生活費を削って会社の売り上げに貢献するような研修を「勝手に」受けてくるほどの犠牲的愛社精神をもつとは到底おもえない。
 売り上げを上げたければ、削った人件費の何割かを研修費に回しなさい。

 そして後者の「カフェテリア研修」という発想。これも、1990年代以降のアメリカの「内発と自律」、「自由選択できることが幸せ」という風潮に追随して入ったものと思う。

 しかし、それでいいのか?と正田は思ってしまいます。所謂「カフェテリア研修」が結果的にもたらす、ずっしり分厚いカタログの中から自分に合った教育研修を選ぶという行為。それは本当に幸せなことなのだろうか。

「良い教育研修を選ぶ」選定眼を身につける、というのは本来、プロでも難しいことなのです。(正田自身も、コーチングの大手研修機関2社、アサーション・アサーティブトレーニング2社・NLP1社の研修に数百万の金と時間を投じたあと、なおも「良い研修」を求めて単発のもの1泊のもの、とさまよい続けている)

 そして決定的なことは、本書の言うようにそれは「理念なき教育」だということなのです。

 本来たとえば管理職教育というものは、「君たち管理職に、会社としてはこういう人になってほしい」という思いをのせて提供されるべきものではないかと思います。

 カフェテリア研修にはその理念はありません。たとえば、管理職教育と名打って、実は自己啓発セミナー的に自己充実、自己実現ばかり教えて利他を教えない研修も世の中にはいっぱいあるのです。しかもそのほうが、口当たりが良くて自分で選ぶならそっちを選びたい、というのもあり得ることなのです。

 正田のもっている諦念

―人は、自分の持つ「偏り」を「強化する」刺激(学びを含めて)を好む
―そしてまた、学びは人を隔てる。異なった言語を話す人を育てる


にしたがえば、「私は私の信じていることを信じ、あなたはあなたの信じていることを信じる」という、ばらばらのバベルの塔のような組織だってできかねないのです。「カフェテリア研修」の発想を推し進めれば。

 
 ややとびますが、

 
こう振り返ってみると、一般論として「個性の尊重」や「個の重視」には賛同できるものの、「失われた10年」として表現された日本経済の長期的な低迷やその間に起きたさまざまな社会問題の原因を「個性の軽視」や「個の圧殺」に求めるには相当無理があったように思われる。序章で述べたように、ここには、マクロの問題をミクロの要因で説明しようとする強引な因果帰属が見られる。しかしそれも、個性重視のマジックワードの力の大きさゆえであるかもしれない。


 
 こうした、「マクロの問題をミクロの要因で説明しようとする強引な因果帰属」という問題意識は本書の至るところにみられ、これも正田の膝を打つところです。

 
 で、正田がなんで10年もの間、「コーチング」ばかりやり続けているか。たとえばよのなかカフェなどを派生的にやっているのだから、より耳ざわりのいい「ファシリテーション」の看板を掲げないか。

 それは、ほかのものは全部、些末なところの問題解決であり、根源的な「何が失われ、何が本当に今必要か」に応えていない、と思っているからです。

 また、「本当に必要なもの」を提供すれば、派生的にほかの些末なものは提供できてしまうからだ、と思っているからです。

 ミクロのところの問題がさしあたって目についたとしても、それについての「薬」を出すのは根源的問題解決にならない。より奥深いところまで問題の根をたどって本気でそこの解決に当たれば、ミクロの事柄に細分化した解決法をやっていくよりはるかにすっきり解決する。忙しい管理職に色々な名前をつけた研修を受けさせずに済む。

 本書は(OJT以外の問題については)「解決編」まで提示している本ではないので、こうして正田が我田引水的に自分の仕事の話をしだすと著者らは目を白黒するかもしれません。

 正田的には既に結論の出ていることについて、そこへ至る思考プロセスのすべてはクリアになっていないところを丁寧に補ってくれた本、という位置づけになるのでした。


 1つ前の記事「不安で臆病、…」とひっくるめてまとめると、

 不安感が強く人とつながりたい気持ちの強い、そして質の高い仕事をする日本人にとってOJTとそれに支えられた高品質システムは日本の強さの源泉だった。しかし同じ不安感の強さから、バブル崩壊後の経済低迷期に「横並び意識」と「焦り」によってアメリカ型人材マネジメントを導入してしまった。そこで深刻な品質問題やコンプライアンス問題が起こりつつある。


 そして我田引水ではありますが、正田流の「承認中心コーチング」が高い成果のエビデンスを出してきた理由づけとして、こうした人材マネジメントの混迷によって失われたものを取り戻すど真ん中ストライクのソリューションだった、という解釈をすると傲慢にすぎるでしょうか。

 聡明な管理職たちは枯れた大地が水を吸うようにそこで教わったことを吸収し、そして部下たちに学んだことを施し、成果を挙げた。
 恐らくそこでは「コーチング」だけではなく、「教師」もまた必要だったことだろう。商業教育ではなく非営利精神で、心から賞賛を与え、時には本気で怒るときもある教師が。それは既に、管理職たちがその上司から与えられなくなっていたものだから。

 
 だがこの教育ももはや風前のともしびで、歴史のもくずになるかもしれない。

 「大局観」をもつ人が意思決定に関わらなければ。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 
(追記)
なお現在でも、「人材マネジメント」の世界は迷走中です。
本書が出て3年たった昨年も、コンサルティング会社主催で東京で行われた「グローバル人材マネジメントセミナー」では、「マネジメント」はあたかも人事部が全社に対して行うものであるように言われ、「管理職による恣意的な評価を排するため」、アセスメントによる人事評価を推奨したりしていました。そこでは「マネジメントは管理職が職場で日常業務を通じて行うもの」という、当たり前の常識が欠落しているのでした。こうして実務経験の少ない人事担当者がコロリと騙されると、「管理職不在のマネジメント」なる空虚なものが横行することになります。
こうした明らかな詭弁が大手を振っていまだにまかり通っているのがこの「人材」の世界であります。

日本人と欧米人は違う。

欧米人(おもにアメリカ人)は「離脱傾向」(他の人より抜きんでて優秀になりたいという欲求)が強く、日本人は「つながり傾向」(周囲の人に喜ばれたい欲求)が強い。


というお話を、このブログでも何度もして、1つ前の記事「IMF管理下で日本はどうなる?」の中でも触れましたが、実はこのことを裏付ける脳科学の知見がちゃんとありました。


(※余談ですがこの「IMF管理で・・・」の記事はお蔭様で非常にアクセスの多い状態が続いています。ありがとうございます。)



たとえば、こちら
http://dsm.fujita-hu.ac.jp/TV_details.htm

宮川剛・藤田衛生保健大学総合医科学研究所教授が、安心感をもたらす脳神経物質セロトニンの取り込みにかかわるセロトニントランスポーターの遺伝子型が人種間で違うことを述べたもの。


上記のサイトには具体的数字はないが、人種間の数字的な比較はこちらのサイトをご覧ください。

http://www.d7.dion.ne.jp/~hal9000/agari.htm


ここから表の数字を抜書きさせていただきますと、

<日本人とアメリカ人、500人を対象としたセロトニン・トランスポーターに関する遺伝子の組み合わせ調査表>

SS (あがりやすい)
日本人  65.1% 
アメリカ人  18.8%

LS (比較的あがりやすい)
日本人  31.7%
アメリカ人 48.9%

LL (あがらない)
日本人  3.2%  
アメリカ人  32.3%

S遺伝子はセロトニン・トランスポーターをL遺伝子の半分しか作らないため、不安を感じやすい。SSが一番不安を感じやすく、LSもSの影響を受けるため比較的不安を感じやすい。
このS遺伝子を、「不安遺伝子」とか「恐怖遺伝子」と呼んだりするそうです。


ここで、「日本人の97%は比較的不安を感じやすい」と解釈することも可能でしょうし、
「日本人のうち非常に不安を感じやすい人が65.1%もいる」
と解釈することも可能でしょう。


上記の宮川教授のサイトでは、「経済行動も不安遺伝子から読み解ける」という研究も紹介され、興味深いです。

「日本人=つながり指向」。


そのことを説明するのに非常に、わかりやすい器質的なデータです。

不安を感じやすい心の持ち主だから、人とつながっていたい。人と違うことをすることに不安をおぼえる。

変革に対しては不安を感じやすく、抵抗する。疑義をさしはさむ意見が、さほど根拠がなくても大きな声になってしまい、変革が遅れる。

そしてある閾値をこえるとわっと一斉に行動する。


日本人の長所である、繊細さも、ひょっとしたら「不安」の表現型なのかもしれません。不安で臆病だからこそ、小さな差異に目をとめる。見逃さない。


このセロトニントランスポーターの話は2008年に何度かTV放映されたということで、私はそれを見逃していたのですが、2000年代の少し早い時期に、仮説の段階できいたことがあるような気がします。

なので「日本人=不安」というのはその頃からインプットされていたようです。


上記のデータの解釈のように、「非常に不安」の人が65%もいるということは(そしてそれに対応するアメリカ人が18%しかいないということは)それだけで国民性のあるカラーを決めるには充分だと正田には思われ、


なので「コーチング」が日本人とアメリカ人で違っても仕方ないじゃないか、むしろ当然じゃないか、と思ってしまうのです。
「不安」が強いからこそ、チャレンジをするのに温かい上位者の眼を求める。幼な子が冒険するのには、母親(ないしは温かい養育者)の見守る眼を必要とするように。

「君はどうしたい?」

の前に、

「君だったらできるよ」
「大丈夫だよ、見ていてあげるよ」

という手順が必要になるのです。

もちろん、「個体差」は必ずあるわけで、日本人の中にも不安感の少ないLL型の人も3.2%おり、

「コーチング」に早い段階で飛びついた人たちもこの3.2%だったかもしれない、という気がするのですが。


人を作りかえることができる、というのは、非常におこがましい不遜な考え方です。
たとえグローバル化という事態に対応するためであっても。

その人の良さを活かせるような成長の仕方を考えなければなりません。

歴史的に、日本人は徒弟制の中で育ってきたことも見逃すことはできません。
「師」を必要とする日本人。
これは
「師」がいれば、強くなれる日本人、といいかえることもできるかもしれません。



もうひとつ、自己批判になるかどうかわからないのですが、
例えば去年2回にわたりよのなかカフェで取り上げた「スウェーデン」。
私個人としてはスウェーデン式あるいは北欧式の問題解決能力は非常に羨ましく、
学びたいものではあります。
ただ、出発点の国民の気質が違うかもしれない、というところも
やはりみなければならないのかもしれません。
歴史的にはバイキングの民であり、外へ外へ攻めていっていたスウェーデン人。
「不安感」に関して、日本人とはやや異なるかもしれない。
スウェーデン式問題解決能力が、「信頼感」をベースにしていること。
同じものを手にすることは、
私たちにとってそう簡単ではないかもしれない。

(ぜんぶ「かもしれない」という仮説で言っています。
スウェーデン人は日本人と同じくシャイだ、という見方もありますから)


これとは別に、和辻哲郎の『風土』では、モンスーン気質とからめて「怒りっぽくあきらめやすい日本人」という、人類学上の知見を紹介しています。

つねに自然災害にさらされる風土、営々と積み上げてきたものが一瞬にして無に帰すことをたびたび経験する東南アジア〜日本の人々は、怒りっぽくあきらめやすい気質をもつ。

これは世界各国を回ったあと日本に帰ってきた人類学者の日本観ですが、このことはまったく別の、日本とアメリカの高校生の気質を比較した心理学研究でも裏付けられており、過去にも当ブログのこちらの記事でご紹介しています。

http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51437510.html


「不安で臆病」であるとともに「怒りっぽくあきらめやすい」という国民性をもっていることは論を待たないようです。

これもまた、現状に不満をもってもなかなか自発的な「変革」に結びつかない日本、と重ねあわせることができそうです。


さて、
こうしたことを踏まえて次の記事にいきたいと思います・・・



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

第30回よのなかカフェ 「丸わかりユーロ危機!今年こそ知りたい金融の話」。

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関西国際大学准教授・松本茂樹氏がゲストスピーカー。
会社員、元銀行マン・学長経験者、高校生、といった方々が集まりました。


「あす(6日)から9日までが山場ですね。イタリアがちゃんとするかどうか。可能性としては何が何でも抑え込むんではないでしょうか」(松本氏)


と、不穏な第一声から始まりました。


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当協会では「トップ支店長」として知られる松本氏は地銀の銀行マンとして神戸・兵庫・東京を舞台に活躍。「インドのムンバイでは『神戸のマツモト』として有名でした」。

あるとき、エリツィンの名前でロシアからFAXが送られてきた。

「デフォルトをするというFAXだった。 国がお金を払わないということもあり得るんです。それが今日のお話につながります」


ここから、EU・ユーロの歴史・現在について、松本氏より解説。
本当はスライド28枚の大部の資料を追いながらのお話でここでご紹介するよりはるかに手厚いものです。一部しかご紹介できないことをお許しください。


「ドイツ首相のメルケルが去年10月27日、「第二次世界大戦後の欧州で最も大きな危機」と言いました。ドイツにとっては、にどと戦争をしないためのヨーロッパ統合だった」

EU統合は19世紀の普仏戦争以来、100数十年の戦争の歴史を踏まえたヨーロッパの悲願でした。半世紀かけて金融・通貨・為替を共通にし、経済面の財政と政治面は別々の統合になった。





そのなかで覇権は世界恐慌を境にイギリスからアメリカに移り、そして今アメリカから中国に移ろうとしている、と松本氏。


「リ・オリエント。時代はアジアに写ってきている。19C始め頃、中国とインドで世界のGDPの半分を占めていた」 

そしていま、
「ヨーロッパ統合の逆回転。あすメルケルがイタリアの新首相をベルリンによびつける。 それをふまえて9日にメルケルとサルコジが会談。ものすごい危機の今日は前夜です」


「ドイツ人は日本人と似て生真面目、勤勉。しかしナチスが出てくる背景になったハイパーインフレを絶対避けたいという思いがあり戦後、均衡財政をやってきた。腹の底ではギリシャなんか救いたくない」


「メルケルがギリシャを救おうとしたら支持率が下がる。2012年はアメリカ、ロシア、韓国、中国のトップが替わる。選挙に勝ために自国民のための政策をとる。だから非常に危うい。」


「(スライドを見ながら)現在のユーロ分布図。イギリスはポンド危機のため入っていない。入らなくて良かったな」


「ドイツとほかの国は違う。ライン川以西とアルプス南部の国々の人々の20世紀はまったく違う」

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「(スライド解説)為替の推移。ユーロに対してもドルに対しても円が高くなっている。これまではユーロに対しては安かった。今回の円高は日本のトヨタなどにとっては深刻。」


「(同)フランス、ドイツ、イギリスはイタリア、スペインにすごい融資をしているので必死。」


日本にとっては?という問いに。


「民主党の一体改革大綱。消費税引き上げをやらないと格付け機関が日本国債をまた引き下げる。 そうなったらもう終わり(財政破綻)。今政権交代を狙って自民党がゴチャゴチャ言っているが今回の消費税は絶対にやらないと日本は終わりになる。」



 …とここまで、 駆け足20分での解説でした。


 ここから参加者の自己紹介。

3800



「大学客員教授。銀行員、銀行シンクタンクを経て大学で役職を経験し引退して現職。正田さんから強引に引っ張られてきた。年齢制限はないかときいたら『若い人を押さえつける人でなければ歓迎』と言われた


「女性会社員。会社に正田さんのメルマガがずっと来ていていつかよのなかカフェに来たいと思ってきた。ニュースをみても今ひとつわからないので今日は来てよかった」


「スタッフ山口氏、フリーライター。今日はユーロ統合の歴史を含め解説して頂き良かった。我々は時限爆弾を抱えているようなもの」


「女性会社員。税理士試験を受けている。2014年から消費税率8%になるということなので、税率が変わると色々変わってしまうな。それまでに受からないと…。」


・・・などなど。


このあとはフリーディスカッション。「90秒ルール」などのご説明の後、


「今大変にホットな話題で、予言的な話をするのもどうかと思うが、EU統合は非常に性善説的なものだったのではないでしょうか。政治は別で経済は一緒、というのはそういうことだったのではありませんか」


「(松本氏)そうでしょうね。ドイツはギリシャ等を切り離したい。EUの国を増やし過ぎて、6か国7か国でやっていればよかったが格差が大きすぎてコントロールが利かない。幕内力士であるドイツ、フランスが格下の中ですもうをとって独り勝ちしてる。 行司がいない。柔道でも体重制がありますからランクは必要なのかなという気がしますが。」


「EUが理想郷化していたときには次はアジアだ、と言われていたが。ちっともそういう言葉が出なくなりましたね。」


「(松本氏)そうですね。逆スパイラルになると矛盾が全部出てくる。いっときは大成功したように言われていましたが。
今はドイツがものすごく好景気。輸出がしやすくなって、トルコやイタリアの安い労働力を手に入れることができて。 中国は実質3%とか4%の成長率だがドイツはそれを上回る。 だから上手くいっていれば良かったが  解体の方向に行かざるを得ないのでは」


「PIIGS(※)の国は大なり小なりギリシャのように粉飾決算のようなことがあるんでしょうか?」

※PIIGS:ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペインの”問題児5か国”をよぶ。

「あるでしょうね。」


「そうなるとまた地域通貨のようなものを作って為替的なものを入れ込まないとにっちもさっちもいかないのでは?あなた方の成績が悪いから足切りですと言われるとギリシャとしては困るのでは。」


「(松本氏)ドラクマ(ギリシャの元の通貨)とかに戻ったら誰もその通貨を使わないのでは。 どこかアフリカの国がハイパーインフレになって通貨をドルに替えたら治ったという話がある。ギリシャでもユーロをそういう目的で使わせてもらうのかなと」


「われわれはどういう感覚でいたらいいんでしょう?静観するしかないんでしょうか。」


「(松本氏)日本人は選挙に行かないじゃないですか。自分たちの国を何とかしようと思っていない人がほとんどで、それを橋下さんが若者を組織してああいう勝ち方をした。若者が変わって、一生懸命国を良くする政治家を選べばいいのでは」


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佳境に入ってきました。ここでフリーライター山口氏から問い。


「デフォルトになると国はどうなるんですか。」


「(松本氏)たとえば夕張が破たんすると公共サービスをどんどん縮小しましたよね。弁護士がお金をコントロールする。会社が破産したら管財人がきて全部管理しますよね。韓国はIMF管理になったら企業をどんどん合併させて立ち直って今元気ですよね。」

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正田も問い。


「韓国の立ち直りの速さは驚異的でしたが、サムスンなど一部の大企業を除いて正社員になるライフコースが狭まってしまっている。それはIMF管理のせいなんですか」


「(松本氏)そうです。国が残す企業、残さない企業を決めた。だから少女時代とかKARAとかああいうのみな国策でやってますよね」


「そうすると子供たちの代にとっては決して幸せな社会ではないなあと。」


「物質的に恵まれているのが幸せなんじゃなくて。昭和30年代のAlwaysの時代。  」


「ブータンですか?一番幸せなのは。いいタイミングであの国王と王妃来ましたね。」


「就職率が低くなって若者にしわ寄せがくると希望のない社会になりますね」


「ただ雇用はミスマッチで、今でも中小企業に来てくれないと言っていますから。スティーブ・ジョブスのような若者がなぜ日本で生まれないのか。例えばトヨタに努めていると日本でははーっと言われる。それより本当にやりたい仕事をやれているかが大事なんですけど」


「やりたい仕事をやれているかというと私自身どうかなと。ホンマに私自身これをやりたくてやったのかなと。今介護の仕事は多いけれど資格をとらなきゃいけない。興味があるが労働条件が厳しい。夜勤もあったり。
子どもは親を見ているじゃないですか。もうちょっと私自身が自信をもって仕事している姿を見せられたらいいんだけど。
今までなるべくフタしていた。色々なところが動いているのがわかったけれど。とりあえず今日出てきた。」


「ギリシャの公務員 自分がその立場だったらやっぱり既得権益に走ってしまうだろう。 マルタなんかも40歳代で引退して80%の年金をもらって近所の人と和やかな生活をして。」


「キューバ 1950年代のアメリカの車が走っていて貧しいんだけどみんなにこにこしていて。あの幸せそうな顔はなんなんだろう。日本をみていると福袋に並んだりバーゲンで走り回ったり。」


「幸せ感ということについて。ユーロでもスイスだけ抜けてますね。永世中立という、小学校時代習った社会科学的なことで生き残ってるのはこれぐらいしかないなあ。スイスもブータンも同じなのかな。スイスは自分で作っていた。ブータンは最近まで鎖国みたいなことしていた。」


「スイスは自分で作ってますからこのままいくだろうと。彼らは本当に今ブータンの言うような幸福度というのが高いんだろうか。若いころヨーロッパを回ったとき、スイスは軍隊が目についた。自分たちで国を守るんだ、平和をかちとってるんだという意識が強い。日本はアメリカに任せてあまり考えずにきてしまった」


「スイスは高負担、高福祉だと思う。それだけの軍隊を維持するのだから高負担だ。しかし幸福なのかなと。あまりそこを研究している人がいない。」


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「(正田)よのなかカフェでは去年スウェーデンを2回取り上げました。スウェーデンも幸福感でいうと必ず5指には入る国。あそこは個人の自立、自己決定がすごく幸福感に関わるので、たとえばお年寄り1人暮らし、老夫婦だけの世帯も多いけれど自分で自分の身の回りのことができることが幸せだったりする。スイスについては不勉強だがどちらかというとそちら(スウェーデン、自立)系ではないかと思う。一方ブータンはラマ教(チベット仏教)の国。つながりの人間観、社会観というのが強い。おそらくスウェーデンとブータンでは同じ幸せという言葉を使ってもちょっと別のことを言ってるのではないかと。日本もアジアのつながりの人間観の国で。」



話題は「幸せ、幸福感」というところに向かいました。
ここで、「われわれ1人1人の幸せって何?」という問題提起がありました。参加者お1人お1人にうかがいました。


「娘達と3人で食卓を囲んでおしゃべりしている時。今にも失われるかもしれない時だから、かけがえのなさを感じる」

「日々是好日。仕事あっての自分かなと」

「理想ですけれど、自給自足。いなかに暮らして家族とも地域の人とも経済的にもつながって。」

「 承認ということを教えていただいたが『ありがとう』と言われるときがものすごい幸せ。銀行のお客様、大学の学生、コンサルティング先。」

「家にトイプードルがいて膝の上に載ってくる。なでたり顔みたらああ幸せ、と。」

「正月に嫁いだ娘が連れ合いと子どもと連れてきて家内が台所でかいがいしくやって娘たちが手伝ってむこさんと私が酒の準備して。その瞬間はほんとに幸せだと思う。一方平日に戻って外部の人と交流して。それも健康だからできてるのかなと。
ペットを連れて散歩しておいと言うと見上げてくると可愛いな。日常が平和に穏やかにすすんでいる。それもある程度収入があってある程度できるから。無収入の状態で幸せってあり得るのかな。70まぢかにしてまだわからない。ものすごくはかない。はかない、なんてことを若い人に言ってしまったらいけないかな」

「息子が今年成人式。子育てで苦労したときもあるけれど今は大学生。子どもが幸せでやってくれてると。」

「友人と買い物にいったり家族で3人でご飯食べながらしゃべるのが幸せ。1人でいるのとほかの人といるのとではほかの人といるのが好き。 幸せの基準がほかの人とちがうのかなと。」

「幸せの基準が1人1人違うのはあたり前。楽しいっていったけど今は楽しいのが幸せだよね。」


「共通するのは人とつながっているところかな。つながり傾向強い。」(※)

※注 すべての日本人が人とつながってるのが好きかというと恐らくそうではないでしょう。文化的にそれを強制されてるふしもあります。中に個体差もありながらトータルでは「つながり好き」な人が人口比で多い、そして社会のそういうカラーを作っている、のだろうと思います。


「与えることを幸せと感じることができると幸せを感じられる総量が多いですね。」



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「利他ですね。ソーシャルビジネスはぼくのライフワークです。ユヌスさんがやられたこと。
ビジネスの感覚でやれば公務員ももっと減らせると思うんですよね。ぼくが銀行支店長だったころ神戸市営バスの運転手の年収が1600万ぐらいなんです。神姫バスの運転手が500万です。
公務員がしなくていい公共サービスは一杯あると思うんですよね。そこを調整していくとプライマリーバランス改善するんですが。ギリシャと同じことにならないうちに手を打たないと。」

「ぼくの親戚が市役所に勤めてしょっちゅう休んでいる。それでも昇進昇格している。 公務員はだれから給与もらってるか毎朝唱和したほうがいい。 」

「日本経済を家計にたとえたらお父さん40万しか稼いでないのに90万使ってる。家計としておかしい。」


 ・・・そうしているうちにお時間となりました。最後に皆さん一言ずつ。


「このタイミングでユーロの話をもらったことにすごく感謝しています。」(松本氏)

「ひとりひとりが意識を変えていかないといけないという瀬戸際。最後に公務員の話も出たががらっと変えていかないといけないと感じた。」(山口氏)


「選挙による社会変革って日本ではだめなんじゃないかなと思ってましたが。今日のお話で励まされた。選挙というもの、もっとわれわれが上手に使いこなせれば。」(正田)


 
 大変に気づきの多かった回でした。

 「ユーロ危機」に始まって1人1人の幸福感の問題、そして公務員の問題。対岸の火事と思っていると実は私たちに密接につながっている。改めてそういう感覚を持てた第30回よのなかカフェ。

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 初めて来られたあるかたの言葉、

「自分の中でふたをしていた、色んなものが動いていてそしてニュースでやっていることの意味がわからなかったけれど、今日とりあえず来た」。

 何気ないけれどなんと貴重な言葉でしょう。こういうことが聴ければ長いことせっせとメルマガを発行した甲斐があったというもの。


 怪しげなものにオルグする気など全然ありません。ただ皆さんが1人の人としてしっかり大地に足を踏みしめて立っている、歴史上の今この瞬間に生きている、そんな実感が持てれば。


 今回は節目節目にファシリを代行してくださる参加者さんが沢山おられ、ありがたく甘えて進行させていただきました。


 多忙な中時間を割いて準備し、今回のよのなかカフェで解説してくださった松本さん、そして素晴らしい参加者の皆様、スタッフの皆様、ありがとうございました!



 あとで個人的に反省したことです。

幸せときかれて反射的に娘達との時間と答えてしまったけれど、仕事すなわち受講生さん方とのやりとりを通じた幸せもあるじゃないかと。マネージャーである受講生さんが部下への働きかけによって、若い人が仕事にやりがいを見出しイキイキときびきびと働く、それを幸せだと感じた瞬間がなんどもあったじゃないかと。

それを差し置いてプライベートがぽろっと出てしまったのは本音かなというのと、受講生さん方に関して生まれた幸せが暗転するときもたくさん経験し

 ―それは往々にしてその会社の教育担当者の気まぐれや交代や無知、他者からの洗脳、権力を行使して他人の幸せを断ち切りたい底意地の悪い衝動、などによる― 

最近は幸せをあまり感じられなくなっているのかな、と。


それはちょっとというか大分余談です。
こんなこと言う教育研修業者も私ぐらいなものでしょう。


よのなかカフェ次回は―、

―山口裕史さんのご提案ですが「ゴマすってないですか?」と正田はききかえしました。いやもちろん、ゴマすっても何の得にもならないと思います―

「承認中心のコーチング」を、とりあげさせていただきます。

2月2日(木)19:00〜 アロアロにて。詳細は近日アップさせていただきます。


神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp






 

寒い寒い日です。


日経ビジネスオンラインでこんな記事をみつけました。

「ユーロ危機とアメリカ危機からみえてくるもの」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111227/225721/?mlt


池上彰氏と岩井克人氏の対談。
詳しくは省きますが岩井氏はこの中で、ユーロ統一は「知性の失敗」だ、ということを言います。

通貨を統一するには明治維新期の日本(藩貨を統一した)のように、域内の人、労働力の移動が保証されていなければならない。ユーロ統一を立案したヨーロッパの知識階層はもともと流動的に学び、仕事をする人々だった。アメリカ的知性の影響下にもあった。彼らの感覚では労働力はいかようにも流動的になり得るものだったが、現実には自分の生まれた地方からまったく動かない人がいっぱいいる。これがもっと流動的になった後でなら、統一通貨は可能だったかもしれない。


うん、やっぱりこういうことがありそう。このブログでの12月後半のゴタゴタ

 ―そこでは、アメリカ1990年代の思潮「内発と自律」は大学の先生の発想にみえる、という意味のことを正田が個人的意見として言ったのですが―

も、記憶に新しい。

「大学の先生」が自分たちの皮膚感覚を基にものを言うと、世の中の大多数からはズレてしまう。

「ユーロ統一」は、理念としては美しいし、統一のころは良くやったなあ、という感じをもったけれど。


岩井克人氏は株主統治の思想全盛の2006年ごろに『会社はだれのものか』を著しアメリカ経営学一辺倒の風潮に一石を投じた人です。


ここでは「知性の失敗」という言葉を使っていますが、できれば「知性」とは、自分と立場や育ち方や仕事内容や生き方がまったく違う他者にも想像力の届くようなものでありたい。と、私の住む人材育成業界への反省も込めて、思います。


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今、「世界 正月料理」とういうキーワードでYahoo!検索をすると、当ブログの去年1月のおせち自慢記事が2位か3位に出るようです。
なんだか、すごいですね。
ご興味のある方はお試しください。

あっ今年もおせちは普通に作りましたよ。ただ自慢たらしく写真を出さなかっただけです。きのうは3が日の締めでおせちの煮物を入れたばら寿司をつくりました。

(ちなみに、4日朝の時点では、2つ前の記事「100年後まで、わが国が世界に誇る人材育成を」が、「社長 2012年年頭挨拶」のキーワードで上位に出ていたようです。その後さすがに一流企業の経営者さんのものが上位になりましたがちょっと光栄。)


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私的にはどうでもいいお話なんですが気にされる方は気にされると思うので―。
昨年暮れをもって、約10年保持していた「生涯学習開発財団認定コーチ」の資格が無効になりました。

なんとなく更新し続けて10年になりました。
今回の更新期限には、どうも強いモチベーションがわかず―。
資格発行をしている大手研修機関で、今、本当に共感できるところがなくなった、というのが理由です。

ICF(国際コーチ連盟)のコーチ資格ももっておりません。

当協会方式の研修プログラムは、ICFが要求するような研修時間(140時間だったカナ?)を必要としないので、認定プログラムになるという可能性は今後とも薄いと思います。

ICFのことを否定するわけではありませんが―、なんか、私なりに「これがコーチング」と呼べるものを持った、と思うときにそれがICFの基準とは相性がわるかったのです。

そうなると他の大手研修機関では「ICF資格」とか「ICF認定プログラム」というのを宣伝するところが多いので、わが社のプログラム恣意的なものかなーとか、受講生さん方に肩身の狭い思いをさせてしまわないかなーとか色々あるわけですが、
できるだけそういうことを気にしないお客様とお付き合いしたいと思います。

ほら、トヨタさんだってISO採用してないじゃないですか。そういう問題か。

何かのときに別ルートで公開されて嫌な気分にならないようにあえてここで公開いたします。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

お世話になっている皆様





 新年あけましておめでとうございます。

 どんなお正月をお過ごしでしたか。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。


 
 多難な年から、きっと私たちは何か大事なものを学んだことでしょう。

 過去と違い、今からは「大きな飛躍を」という形の希望を持ちにくいかもしれません。しかし個別には、「海外進出」「新事業創出」といった、大きな冒険を決断されるかもしれません。


 過剰に楽観することなく、でも踏み出す勇気を。

 
 さて、本日の話題は:



■20年かかったひとつの変革に思う…
 100年後まで、わが国が世界に誇る人材育成を
 


■「元気が出そうですね」金融と世界経済のあすを占うよのなかカフェ(1月5日夜)



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■20年かかったひとつの変革に思う…
 100年後まで、わが国が世界に誇る人材育成を



 昨年末、2つの印象的な出来事がありました。


 ひとつは運転免許更新。新しく交付された免許証の裏には、臓器提供の意思表示欄が。

 これは前年2010年より、改正臓器移植法によって免許証や健康保険証で意思表示をするようになったものです。

 不肖わたくしが日本初の生体肝移植手術を取材していたのが1989年。手術した医師団は売名行為だと激しく非難されました。
 このとき私を含め現場で取材していた記者たちの中に、医師団とりわけリーダーの永末直文・島根医科大助教授の動機の純粋さを疑うものはいなかったように思います。瀕死のお子さんをもつお父さんから頼まれた、だからやった、と。しかしピュアな目をした「生」のその人達を目にしている印象とTVのスクリーンを通してみたときの「ヒール」(悪役)の印象と大きくギャップがありました。

 不思議なことに、TVを通してお茶の間に流れる彼らは「秩序を乱す悪者」以外のなにものでもなかったのです。

 当時声高に脳死・臓器移植の非人道性を語っていた評論家たちも過去の人となり…、

 脳死状態からの移植が法的に可能となってからも国内での臓器提供は増えず、年間2000人以上が移植を待ちながら亡くなるといいますが、

 あれから20年、免許証で臓器提供の意思表示ができるようになっていました。



 そしてまた昨12月、
 『医療の組織イノベーション』(瓜生原葉子、中央経済社)という本が出版されました。

 20年前臓器移植で重要な免疫抑制剤シクロスポリンの開発に関わり、その後世界38カ国でアンケート調査を行って臓器移植を可能にするのは医療組織・地域・国の組織イノベーションであることを実証した、といいます。

 極めて有能な医師団・看護団そしてリーダーのもとで初めて可能になる手法だ、というのは、島根医科大学での経験を振り返ってもうなずけます。(「売名」が必要だったのかどうか、この医師団はCell, Cancerといった有名医学雑誌の常連であり、海外で既に認められた日本屈指の研究者たちだったのは間違いないのでした)


 「20年」という年月。


 わたくし個人は、「コーチング」を始めて今年で11年、「マネージャー向けの非営利教育」に関わり始めて10年になります。

 その中で「承認中心のコーチング」という型にたどりつき今に至っていますが、どれほど有効だというエビデンスを生み出し発表しても、まだまだ多くの方にご理解をいただいている状況とはいえません。


 ただ、それは手法が間違っているのではなく、単純に「あと10年」が必要なだけかもしれないのです。


 これほどエビデンスに恵まれた手法もないのだから、と自分に言い聞かせます。


 エビデンスというものの取り扱い方については、『医学と仮説』(津田敏秀、岩波書店)という本も参考になります。ヘリコバクター・ピロリ菌の発癌性が、海外では疫学調査で十分すぎるほどの証拠が出ていましたが、
これを受けて日本でさらに10年がかり5000人対象の臨床試験を行って確かめる、という奇妙なことが行われていたそうです。本来は国際機関の出した疫学調査のデータはそのまま国内に当てはめられる種類のものだったというのです。

 既に証明済みのものを「ぴんと来ない」ばかりに屋上屋の実験や調査を積み重ね、「ピロリ菌の除菌をする」という、きわめて簡便な処置を遅らせて国内の癌患者を増やしてしまう。それはいわばデータに対して「ぴんと来ない」という感性から出ているのです。



 このメールニュースをお読みになっているあなたは、自分はエビデンスに対して『ぴんと来る』ほうだ、という自信がありますか。




 これまで信念を持って当協会の手法を学び、実践してくださった受講生の皆様。

 もしかしたら職場で周囲の方々にご理解を得られず無念な思いをされたかもしれません。


 それはわたくしどもの力不足でもあります。でも一方で、正しいことがご理解を得ることは本当に本当に時間のかかる、それを耐えなければならないのがわたしたちの国だ、ということもどうかご理解ください。今後も引き続きよい実践をお続けになりますよう。


 素晴らしい受講生の皆様にこれまでお出会いができたことに感謝いたします。



 2012年、当協会の抱負を更新しました。

 一過性の売名行為に走ることなく、100年残る仕事をしましょう。

 「100年後まで、わが国が世界に誇れる人材育成を―2012年新年のご挨拶」

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51782172.html


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■第30回よのなかカフェ『まるわかりユーロ危機!今年こそ知りたい金融の話』(1月5日夜)



 新年最初の社会人のディスカッションの会「よのなかカフェ」は、あす5日で第30回を迎えます。


 http://c-c-a.jp/cafe/



 年初にいきなり1ユーロ=100円を割り込んだ波乱含みの為替。欧州経済への不安は否応なく今年の基調として流れることでしょう。そして世界金融、わが国の財政や金融機関の動向もどうなるでしょうか。


 銀行支店長経験者で関西国際大学准教授の松本茂樹氏の解説つき。

 1月5日(木)19:00〜、三宮のカフェ「アロアロ」にて。参加費500円+ドリンク代。


 ともに今年を占いましょう。皆様のご来場をお待ちしています。


 
 詳細とお申し込みは ⇒ http://c-c-a.jp/cafe/


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★新年第1号のメールニュース、いかがですか。

 前回お知らせしましたように、今回より、発信元のメールアドレスを変更させていただきました。これまで届かなかった皆様、御社のセキュリティは通過させてくれたでしょうか…?

 またメールの不配等の状況がありましたら、ご遠慮なくご連絡くださいね。


※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び
代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・
当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方に
お送りしています。

今後ご不要の方は、
空メールをご返信いただくか、こちらのページ

http://www.webcordial.com/bn/tk.html

より解除していただければ、
購読リストから外し、次回から送信されないようにいたします。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


 本年が皆様にとって素晴らしい年でありますよう。





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神戸のコーチング講座
特定非営利活動法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
代表理事 正田 佐与
----------------------------------------
Email:info@c-c-a.jp, sshoda@c-c-a.jp
TEL: 078-857-7055 FAX: 078-857-6875
Post:〒658-0032 神戸市東灘区向洋町中1-4-124-205

ツイッターアカウント: @sayoshoda

フェイスブックページ: http://www.facebook.com/sayo.shoda


ブログ「コーチ・正田の 愛するこの世界」
http://blog.livedoor.jp/officesherpa/

愛する日本を、人が元気になる国にしませんか。
「承認大賞2011プロジェクト」
http://.shounintaishou.jp


「企業内コーチ育成のすすめ」
(株)帝国データバンク社『帝国ニュース兵庫県版』
に好評連載中
http://blog.livedoor.jp/officesherpa-column
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ブログ読者の皆様、遅くなりましたが明けましておめでとうございます。どんなお正月をお過ごしでしょうか。

 昨年までのご愛読に感謝いたしますとともに、本年もこのブログをどうぞよろしくお願いいたします。


 
 昨2011年は大震災、ほか各地の水害・火山噴火と国内の天災のほか、原発事故、タイの洪水、超円高、そしてヨーロッパの金融危機が追い打ちをかけました。

 これ以上はないというの国難の年、それでも救いは「今年の漢字」ともなった「絆」、人と人とのつながりが改めて見直されたことでした。


 あえて欲を言うなら、この「つながり」を、災厄の時に苦しむ人を助ける、救うといういわば「負の文脈」だけにとどまらず、生きるための活動を行う集団の「正のエネルギー」に替えていくことが望ましいのではと思います。

 これについては、昨夏女子サッカー日本代表「なでしこジャパン」が見せてくれた「なでしこパワー」が象徴してくれた、強い個人同士の個人プレーを超えたつながりの力を記憶にとどめたいと思うのです。


 大手家電メーカーが国内工場閉鎖を決めるなど、円高に加えて新興国の経済の追い上げの厳しさを感じた年でもありました。
 1960年代以来破竹の勢いで高度経済成長、そして世界一流の工業国への道をひた走ってきたわが国も、深刻な衰退のサイクルに入っているという指摘もあります。これはある程度、歴史の必然かもしれません。

 しかし、新興国もまた、深刻な「人」の面の問題―高度経済成長を支えた世代の燃え尽きと後継の世代の人材育成の遅れ―に直面しています。いわばわが国が通ってきた道を新興国も速いスピードで進んできているのです。

 
 超高齢化、超少子化など、わが国の直面する課題は多元的にあり、その解決方法も1つではありません。


 とはいえ、2012年における私たちNPO法人企業内コーチ育成協会のミッションとしては、従来より一貫して取り組んできた、「承認中心のコーチング」のさらなる実践を通じて、はたらく現役世代の高業績と幸福感を両立し、他のすべての世代にも幸福感と福祉を分配できるようにすること。そして日本が世界に誇れる人材育成のモデルを築くこと、であります


 これまで私たちが3回にわたり実施してきた「承認大賞」の取り組みもまた、そこに寄与することと思います。


 また、「考える社会人の育成」を掲げた「よのなかカフェ」も、私たちのミッションを大きな社会観、歴史観の中で再度見つめなおし、決意を新たにする一助となることでしょう。


 一過性の売名行為に走ることなく、100年後に残る仕事をしましょう。


 本年も何卒よろしくお願いいたします。




 ※本年最初のイベントは明後日1月5日(木)19:00〜 よのなかカフェ「丸わかりユーロ危機!今年こそ知りたい金融の話」  参加費500円(+ドリンク代)で、知識を得てディスカッション。



 
神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp
 


 

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