正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

2014年01月

 このブログをフェイスブックに自動転送して、都度フェイスブックの読者(お友達)の方の評価にゆだねることにしていると、1つだけはっきりわかる傾向は、

「当協会の会員様受講生様が表彰されました」

という類のお知らせを書くと「いいね!」が減る、ということです。

 だから1つ前の記事に迷わず「いいね!」を押した方は、私から見て他人の幸福をねたまない、あるいは自分も励みにしよう、と思うことのできる、ナルシシストでない健康な公正な心の持ち主の方だと思います。その人たちは幸せになると思います。こらこら。


 ま、私はそんなことは関係なく、当協会の会員様受講生様方の景気づけのために、いただいたご報告をありがたくブログに載せるんですけど。

 
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 『「勇気」の科学―一歩踏み出すための集中講義』(ロバート・ビスワス=ディーナー、大和書房、2014年1月)を読みました。

 このブログでも最近「リスクテイキング」の話題に何度か触れ、1つ前の記事でも「勇気」という言葉を使ってしまいましたが、リスクをとる力とはすなわち「勇気」のことです。勇気は、正しいことをしようかどうしようか迷ったときに、「する」―実際の行動をとる―ことの助けになります。いわば、私たちが「正しくある」ことのための重要な部品が「勇気」です。またリーダー教育でも、簡単には伝えられませんが間違いなく大事な要素です。もうひとついうと「イノベーション」にも勇気は欠かせないもので、従来のイノベーション研究ではあまり言われてきませんでしたが組織の勇気の欠如がイノベーションの欠如に直結していることでしょう。


 余談ですがわたしは以前役人世界の不愉快なコミュニケーションを「IHKM」すなわち言い訳・屁理屈・口ごたえ・負け惜しみ、と分類したことがあります。本当は何が正しいかわかっている、しかしそれをする勇気はない、しかしプライドはやたらに高く、そしてなまじIQも高いので自己正当化のためのレトリックは豊富にもっている、そうした人達の特有のコミュニケーションです。
 こうしたコミュニケーションは一見まっとうなことを言ってそうなのですが時間をかけて咀嚼するとなんだ、要するに「弱虫」なんだよなこの人、とわかることがあります。年の功でそういうのを見抜くスピードは速くなったと思います。
 こういう言い訳がましい人達を相手に見栄を張って「ボトムアップコミュニケーション」をしていると、まあ大変ですね。ときには、「さっさとやれ」って頭ごなしに言ったほうがいい場合があることでしょう。

 えと、公務員のお友達もいてますが、「勇気」のある人はわたし的分類では「役人」ではないので・・・、大丈夫あなたのことではないんですよ。


 で、「勇気」というものを史上初めてさまざまな角度から検証しその身に着け方も指南した「本書は、現代の日本人にとって、とてもタイムリーなものです」(本書の解説・清水ハン栄治)は、わたしもそのとおり、と思います。

 今どきの「LINEでのべつつながってる中高大学生」や「二代目経営者コミュニティから抜け出せない二代目さん」などは是非読んでいただきたい。

 できれば本書は購入していただきたいので(1600円+税)内容紹介を最小限にとどめたいのですが、

 最重要ポイントだけ簡単にご紹介しましょう。


●勇気には、二つの主要な要素があります。「行動意志」と「恐怖のコントロール」です。恐怖を抑制すると、行動意志を高めることの二つの能力を向上させることで、あなたの人生の価値は高まり、より良く生きられるようになります。


−「恐怖」をどれだけ感じるか、ということと、その恐怖をも乗り越えて行動意志をはたらかせることができるか、というのが最終的にその人がどれだけ勇敢かを測る指標になるようです。

 本書の巻末に「不安(恐怖)スコア」と「勇気への傾向スコア」のページがあり、質問に答えることによってあなたのそれぞれのスコアが自己採点できます。
 
 ちなみにわたしがやってみると不安スコアは最高レベルで(だって、セロトニン値もオキシトシン値も低い平均的日本人だもん(-_-メ)) しかし「勇気への傾向スコア」は中級レベルでした。質問項目に「社会的な圧力が強くても、私は正しいことを行うのをためらわない」みたいなのがありますからね。ただ救急処置にはちょっと疎いですね。


●このほか「責任を感じる」「怒りを使う」「恐怖をシミュレートする」「あえて失敗する」などの方法で勇気を高めることができる。その他詳しくは本書参照。


●世界には尊厳の文化、名誉の文化、面子の文化があり、アメリカは尊厳の文化。日本や韓国は面子の文化で、「他者からの評価」を重んじる。

―日本は文化的に「恥」を恐れるので勇気が弱いといえそうです。まあ文化と遺伝子は相互作用するみたいで、基本、遺伝子的に日本人はビビリだと思いますけどね…。こういう社会である日本では、必要な教育とはこどものころから丁寧に「小さな勇気」を奨励して、遺伝子的な弱さを補うことだろう、と思います。それが重要な目的だということを理解している教育者でないとむずかしいだろうと思います。

また当協会方式の「行動承認」は、「行動する勇気を貴び、讃える」ということにつながりますので、「勇気」を高めるトレーニングの意味あいもあります。あ、嘘だと思うかもしれないけど割と最初からそういうことを意図してるんですよ。言うでしょ、「日本人の勇気と自信はここから生まれる」って。



 そしてこれも、あまりだれも言ってくれないのでわたしが自分で言うのですが、
 
 このブログの隠れた役割の1つとして、「勇気」を伝承する、というのがあると思います。1つ前の記事の有光毬子さんや柏原直樹さん、その他多くの顔出し・名前出しで当協会の教育の成果を語ってくれた登場人物たち、かれらも勇気を体現しています。

わたしもまた、時には「政治カフェ」を開催するなどして、あえてリスクを取る姿を見せています。

 また、有光さんのインタビューの中で、柏原(かいばら)出身の有光さんに「城下町の人は、どこか『武士道精神』的なものをもっていますね」と私がいうくだりがあるのですが、何をもって「武士道的」と感じているかというと、有光さんもそうなのですが「大義」的なものがあったときに、それに沿って行動することをためらわない、臆病風がそれの妨げにならない、ということがありそうです。もちろんそれは人によって濃淡があるでしょう。


 だから、現役マネージャーたちが「このブログを読んでいるだけでマネジメントができる」と言ってくれるとき、彼ら彼女らはたぶん、「承認」とその周辺知識、仲間たちの実践例を読み取っているだけでなく、「勇気」を読み取り、自分の中に「勇気」の「血中濃度」を上げているだろう、と思います。

 それは、「承認」にかぎらず、かれらが「正しいことを(多少の波紋を産むのを覚悟して)行う」ことの助けになり、彼ら彼女らの高業績の助けになっているだろう、と思います。なにせそれは、ほかの大半の人ができないことですからね。

 うん、最近どなたかが「私が正田さんをいいと思ったのは『潔さ』だと思います」という意味のことを言ってくださったんですが、としをとってくると、得るものと失うものの計算がさっとできるようになるんですよ。


 というわけで今回は講釈ばかり多い不親切読書日記でした。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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 このブログで予告しましたコープこうべ顧問の有光毬子さんのインタビューを27日午後、無事遂行いたしまして、以来暇をみては夢中になってその録音起こしをしておりました。で、ついさっき録音起こしを終わったところであります。自分でもびっくりするほどのスピードでした。


 なんていうのかな、「勇気ある人生」。

 これは、日本では組織内の女性が(組織外もだけど)まだまだ逆境にありますから、その中で媚びるでもなく信念を貫いた人というのは、本当にそこらの男性にはまねできないほどの「強靭さ」を感じさせるのであります。

 有光さんの場合はまた、そうした強靭さを優しさ柔らかさでくるんで無用に感じさせないきわめて高度に大人の方であります。

 私、「人格的完成」って好きな人間なんだと思う。自分はそこから程遠いくせにね。

 差し支えなければいいのですが―、一部だけご紹介させていただきます。

 インタビューの後半で、有光さんが当協会の「承認研修」に言及され自分はこんな実践をした、人間とは根源的にそういうものだ、という意味のことをおっしゃってくださったときのこと。

 私は「宣伝用のインタビュー」に有光さんを巻き込んでしまったことをお詫びし、それに有光さんがお答えになったくだりです。



―すみません押しつけがましくて。
 …まだまだ特に男性の方々は、これとは真逆のことを言ってる方も結構おられますので。

有光:ああなるほどねえ。うんうん。
 でもあんまりもう、のんびりゆっくりということでは、これだけ色んな環境が変わってきてるから、やっぱり早く、重要なこと価値観を取り入れる、そして間違った、まあ過去には正しかった観念なのかもしれませんけど、今の状況に合わない固定観念を捨てられる勇気を持てないといけないんでしょうねえ。
 固定観念で動いてたら楽ですけどね。今までやってきた通りにしてたらいいし、それを壊すということは非常にしんどい。けども変えなければ、やっぱりそういう状況変化に対応できなければ、やっぱり人は滅びるというか、ですからね。
 だから勇気をもってチャレンジをして、今の時代に必要なことを早く理解して



 いかがでしょうか。
 わたしは、もちろん肩をもっていただいた側の人間だからでもありますが、心が震えるような感動をおぼえました。

 承認は正しい。大量のエビデンスを出しながら、でも10年もたっていまだ遅々として普及しないのは何故でしょう。

 それは、勇気をもって公然と肩をもってくださる方が出てこなかったからです。

 2006年、当時89歳のアシックスの故鬼塚喜八郎会長が公開の場で

「コーチングは我々の若い頃にはなかったが、素晴らしいものですね。感動しました!」

と、言ってくださって以来、
(もちろん当協会の直接の受講生であるマネージャーたちは別なのですけれども)
そういう「男らしい」方は、途絶えていました。私の研修に部下がお世話になったはずの大企業・政令都市のトップたちも口をつぐんでいました。そしてしもじもの人々は、「承認研修」がいかに価値のあるものかわからず、目の前にエビデンスがあるにも関わらず継続しない、ということを繰り返していました。


 神戸財界の中での次なる「男らしい」方が、有光さんであった、というのもどこか示唆的なことであります。


 えへへ、自分に都合のいいところだけ先に抜書きしてしまってすみません。

 有光さんのこうした言葉のほんとうの重みは、それに先立つ、有光さんご自身のお若い頃からの奮闘ぶりや、女性として初めて経営層に入られてからの感慨などを読んでいただくと、初めて理解していただけると思います。

 ―「勇気」もまた、「承認」と同様、MBAなどでは学べないことです―


 このかたのご経歴はいまだネット上に見当たりません。「最近になってぼつぼつ自分の話をするのよ」と言われるように、VAL21ほかごく限られた場以外ではまだお話しされていないのではないかと思います。

 ネット上で初めてご紹介できることを光栄に思います。


 録音起こし原稿を今から有光さんにお送りして手直しいただき、GOサインをいただいて初めて掲載になりますので、読者の皆様今しばらくお待ちくださいね。


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 当NPOの初の「合宿研修」を、3月15・16日に計画しています。
 今日まで6名の方がエントリーされ、何とか恰好がつきそうです。

 この件では、楽寿園園長の生駒眞一郎さんに取りまとめをお願いしてしまい、私は自分では手を汚さずに横から「やいやい」言う側でした。生駒さん、ご苦労様でした。大変だったでしょう。

(ちょうど有光さんのインタビューの中にも、地域活動の中で有光さんご自身が手を下さずにほかの人にやってもらったほうがいい、と入れ知恵をうけるというくだりがあります。言い訳)


 そして会員の柏原直樹さんからまたご報告をいただきまして、

 柏原さんのチームが下半期、コピー機部門で上半期に引き続き表彰されるそうです。ぱちぱちぱち。
 詳しく言うと全国6位なので、5位入賞までが行けるハワイ旅行には行けないんだそうですが。

 やっぱり常勝集団、であります。

 当協会の「変な伝統」―でもほとんど再現可能な「科学」にちかいもの―は健在なのでした。

 ちなみに38歳の若き課長、柏原さんの名誉のためにもひとつ言うと、柏原さんは「育て上手」と思われてるせいか、毎年1年生社員を下につけられるのだそうで、提案営業中心の仕事からするとそれは「ハンデ」になり得ることなのですが、その中での「全国(約100チーム中)6位」なのでした。


 柏原さん、おめでとうございます。そしてありがとうございました。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

お世話になっている皆様


 おはようございます。
 企業内コーチ育成協会の正田です。


 冷凍食品工場での農薬混入事件の容疑者が捕まりました。
 49歳の契約社員。
 子どものお弁当を作った頃は、冷凍食品の助けが欠かせませんでした。同じようなご家庭の方はほっと胸をなでおろされたことでしょう。

 一方、「再発防止」には何が決めてとなるのでしょうか。
 施設の施錠、監視カメラの設置等考えられる策はいろいろあるでしょうが、
 昨年末以来、「悪感情」のマネジメントについてつい考えてしまうわたしであります…。


※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方にお送りしています。ご不要の方は、メール末尾にありますURLより解除ください。



 本日の話題は:



■若者は会社を向くか、ネットを向くか(3)


■楽しめました!篠山のいのしし祭り 


■ホームページ更新のお知らせ
(1)受講生様インタビュー・林義記さん
(2)「よくあるご質問」のページ



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■若者は会社を向くか、ネットを向くか(3)


 先週号でお知らせした、18日の猪名川町スマホサミットの記事は、主催者様の方でも回覧してくださったようで、その後高いアクセスをいただいています。


 「GREATEST LOVE OF ALL―猪名川町のスマホサミットに参加して」

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51880078.html

 猪名川町のホームページでも、20日付でイベント記事を掲載されました。

 「INAGAWAスマホサミット開催」

 http://www.town.inagawa.hyogo.jp/dept/06200/d005826.html 

 こちらによると、やはり全国初のこころみだったようです。

 今日的な問題にタイムリーに焦点を当てて取り組まれた見識に敬意を表します。いち早く着眼されただけに、貴重なデータとご経験をお持ちです。
 
 主催者・猪名川町青少年育成協議会会長の太田はるよ氏とは、その後フェイスブックでもお友達になりました。
 その後のご活動も注視したいとともに、企業でのマネージャー育成をおこなう当協会としても連携させていただきたいと思っております。


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■楽しめました!篠山いのしし祭り

 
 25日(土)は、篠山で行われた「いのしし祭り」に行ってまいりました。

 イノシシの魅力炸裂しました 篠山いのしし祭り ウール・トーク

 http://www.town.inagawa.hyogo.jp/dept/06200/d005826.html
 
 篠山城跡三の丸広場で開催。猪肉を使った多種多様なたべものの屋台が立ち並び、そして特設レース会場では「ドドドいのしし猛レース」と銘打って、3頭のいのしし(今年は子どものうり坊)が走ります。

 伝統色は全然なし、大人も子どもも楽しめる1日でございました。

 以前から篠山の人は美味しいたべものを作るのも上手、まちおこしも上手、と思っているのですが「お祭り上手」「楽しませ上手」という気風もあるかもしれません。



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■ホームページ更新のお知らせ
(1)受講生様インタビュー・林義記さん

 昨年末インタビューさせていただいた、介護施設相談室室長、林義記さん(34)の記事をトップページに掲載しました。

 http://c-c-a.jp/

 上から2つ目の記事「心に沁みた一言を、自分も与えようと」です。

 「承認」実践歴3年になる林さんの心の軌跡や、主任から室長へ立場が変わり、若い人をみる立場になっての実践内容、それに

「承認の見返りとして私が受け取っているのは『信頼』だと思います」

など、注意深く細やかな林さんならではの表現が光っています。



(2)「よくある質問 FAQ」のページができました

 http://c-c-a.jp/qanda/index.html

 昨年末ホームページセミナーに参加して決意したことをようやく果たしました。

 初めて2日間の講座に参加される方からよくいただくご質問や、過去の「コーチング」との比較でよくいただく疑問点、また「叱れないマネージャー」「業績向上」「パワハラ」「メンタルヘルス」「女性活用」など、こんにちのマネジメント共通の課題にどうご対応できるかについて、お答えしています。


1. 公開講座は泊まり込みですか?
2. コーチングは2日間でしか学べないのですか?
3. プロコーチ養成の講座はないのですか?
4. 貴協会のプログラムは女性活用推進に役立ちますか?
5. 貴協会のプログラムはメンタルヘルス向上に役立ちますか?
6. パワハラ加害者のマネージャーに受講させることはできますか?
7. 叱ることを学習することに役立ちますか?
8. コーチングは以前導入しましたが効果がありませんでした。
9. コーチングは面白おかしい会話ですか?
10. コーチングで人は変わりますか?
11. NPOなのに受講料が要るのは何故ですか?


 それぞれのご質問へのお答えはこちらのページをご覧ください

 http://c-c-a.jp/qanda/index.html



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◆昨27日、コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さんにインタビューさせていただきました。

 有光さんはコープこうべ(入社当時は灘神戸生協)の中で一社員からたたき上げて役員になられた方で、今も神戸のはたらく女性の大先輩でありお手本です。たまにご講演などもなさるそうですが、わたし正田はその来し方を伺ったのは初めて。また、当協会の「承認研修」にご自身の実践体験もからめて、温かいエールをいただきました。

 1時間40分にわたるたっぷりの密度の濃いお話に正田は鳥肌がたつくらい感動してしまったのでした…

 そのお話は次号以降にご紹介できるかと思います。どうぞお楽しみに!




◆ブログ「コーチ・正田の愛するこの世界」人気記事ランキング


1.GREATEST LOVE OF ALL―猪名川町のスマホサミットに参加して

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51880078.html


2.神戸は住みやすいのか住みにくいのか?よのなかカフェ「外から見た神戸と内から見た神戸」開催しました

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51833038.html

3.調光器とLED騒動 「工事」に行き着くまで

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51742296.html


4.発達障害者は注意するのが好き?『大人の発達障害ってそういうことだったのか』をよむ

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51873335.html


5.いま最も重要なのは日本企業の「組織を軽くする」こと―三枝匡氏講演


 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51792866.html






こちらもお勧め・最新「子どもの育て方」

 
 幸せを願うなら何をしてあげるべきか―『成功する子 失敗する子』を読む

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51879835.html



※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方にお送りしています。

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もしこのメールを新たに購読ご希望のかたがいらっしゃいましたら、
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

今週も寒波に負けず、良い週になりますように。


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100年後に誇れる人材育成をしよう。
特定非営利活動法人企業内コーチ育成協会
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ブログ「コーチ・正田の 愛するこの世界」
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日本人の勇気と自信は、ここから生まれる
「第3回承認大賞」
http://shounintaishou.jp

「企業内コーチ育成のすすめ」
(株)帝国データバンク社『帝国ニュース兵庫県版』
2008年〜2012年 長期連載このほど完結
http://blog.livedoor.jp/officesherpa-column/
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

 急に「なぜ『後進のためにがんばろう』と思えなかったか」を、思い出した。

 2つ前の記事の関連です。会社員時代、3年半で「後進のためにがんばろう」と思っていた志を捨てて家庭に入ったのでした。


 記者時代、詳しいことは省くがシリーズで取材していたテーマがあり、それについて会社が発行している週刊誌にも連載していた。


 この連載は社の内外で評価が高かったのだけれど、編集部の女性編集者からはクレームの電話がかかってきた。

「両論併記」にしなさい、というのだ。私は当事者側の発言だけを載せ、当時その問題について「お約束」だった、学者や評論家の側にコメントを取りに行っていなかった。


「この段階で両論併記は思考停止につながりますよ。日本はもう変革しなくちゃいけないんです。惰性で変革しない人たちの片棒担ぎをわれわれマスコミがしちゃだめですよ」

と私は言った。

 私が取材しなかった側の人たちとは「当事者」ではない評論家のような人々であり「当事者」の痛みを何らわきまえない発言をした。もう一方の「当事者」「現場」の切実さをを取材したあとでは、その評論家たちの発言にとりあげる価値があるように思えなかったのだ。そのスタンスをとることによって良心的なふりをしてマスコミの紙面に生き残ろうとしている卑しい人たちに思えた。


 今とあんまり変わらない思考回路をしてますね。

 日本は何事によらず社会変革が遅い。その「遅い日本」の遅さをもたらすシステムの一端をマスコミが担っているのだ―。
 

 そうして、恰好つけるためにあるいは自分が攻撃されたくない一心で、「両論併記」をしなさい、と言ってくる女性編集者は、もちろん当時の私と同様入社後日が浅く、結婚も出産もしていない人だったのだけれど、私の眼には


「人生に碌にコミットすることもなく世の中のみえやすい上澄みのところだけをみてマスコミごっこしている子ども」

と映ったのだった。

 女性編集者だからとか女の敵は女というのではなく、マスコミ全体に既に倦んでいた。


 だから、その小生意気なこざかしいマスコミの中で有利に泳ぎたいだけの人たちは、たとえ自分と同性といえども、助けたいと思えなかったのだ。


 そのためにあくせくするよりも、自分で子どもを産んで育てることのほうが、少しでも「コミット」していて、納得できる人生に思えた。



ちなみに今は、その時の連載のテーマはオーソライズされ神戸にはそれのためのセンターがありますーー


 そしてまた補足すると、なぜ「後進のため」と思えることがそんなに大事だったのかというと、当時の私は、特ダネを連発して表彰され社長・編集局長から「当社の声価を高める仕事をした」と賞賛された代わり、男性記者たちからは強烈にやっかまれ、蔭口や足を引っ張る行為の連続で、「自分のために」昇進することなどとても楽しめなかったからだ。

 だから「後進のために」と思うことが辛うじて支えになっていたときに、その気持ちも「切れて」しまったのだった。



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丹誠窯


 
 言い忘れましたが篠山の帰りやきものどころ今田に寄って、花瓶を買いました。

 備前のような黒光りするやきものが、丹波立坑焼だとかなり手ごろなお値段で手に入ります。

 やきものの地肌の気泡が良いのだとか―、詳しい理屈はわからないのですがくたびれかけたお花がよみがえった気がします。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 25日、篠山の「いのしし祭り」に行ってまいりました。


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 猪からあげ、猪ぶたまん、猪汁・・・イノシシづくしの屋台たち。


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 なんかうまく写真を配置できませんが
 左上は、この祭りの食べ物のメイン、限定1000個の「丹波―ガー(猪バーガー)」。分厚い猪肉のパティが入っています。

 右下は猪入りちゃんこ鍋と猪肉フランク。

 会場のパワーに押されて色々いただきました。猪肉は上質のポークという感じでどれも美味でした。

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 お待ちかね「ドドドいのしし猛レース」。今年はうりんこ3頭が走りました。チャーミングな猪パワー爆発!

 (昔ひどいめにあったくせにね)


 主催された篠山市商工会職員、部会の皆様お疲れ様でございました。楽しかったです。


原田局長と波部課長


 会場でであった商工会の原田事務局長(右)と波部課長(左)



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 その前日24日は地元の神戸ファッション美術館に「ウール・トーク」を聴きにいきました。

 「ウールの衣服展」に合わせて哲学者の河野哲也氏、ウールの専門家大内輝雄氏、ファッションディレクター眞田岳彦氏というメンバーで講演会―座談会をされました。

 
 なぜこの場に河野氏が、といういきさつは同美術館のこちらのブログに載っています

 http://fashionmuseum-blog.com/%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%80%81%E3%82%A6%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF


 河野先生にとってはややアウェー感のある主題のようでありながら、それでも

「なぜ服を着るか」を・実用性・社会的役割・ファッション と規定し、

「完成可能性(ルソー) 自然において自分に欠けているものを代補し、自然以上に高められる」

「私たちは必ず服を着る、だから身体と身体以外のものの境界が曖昧(脱着可能な身体)」

「生物が作る殻、叢、巣、穴は延長された身体である」

「裸の身体は強すぎる個性、服はそれを隠す 裸のもっている生々しさを弱め、減じ、関係性を創っている」

「イヌは鏡をみるとしばらく見るがやがて興味を失う 顔は他人にみられるための身体 私たち人間は他人の眼で自分をみるという回路を身体の中にもっているのだろうと思う」 


 ・・・という風に、華麗に「1つ上」の論点を展開してくださいます。

 会場は、ウール業者のかたやファッション、美術を専攻する人などが大勢だったようですがそれでも河野先生の華麗な「哲学トーク」は注目を集め質疑を集めました。

 この先生、売れるかも。

「なぜ服を着るか」

なんていうシンプルな問いと思考をききたがってるかも、私たちは。


 以前にも書いたように河野先生との初めての出会いは友人のやっている「鎌倉哲学カフェ」で先生の鮮やかなファシリテーションに触れ、

「すげー頭いーこの人。大学の先生にしとくのはもったいない(爆)」

と舌を巻いたのでした。

 しかしお話をうかがってみたいな、と思ったのは、華麗なトーク華麗なファシリテーションだから、というよりも、
 
 河野先生が年末にフェイスブックのタイムラインで「人工知能学会学会誌に描かれた掃除する女性型ヒューマノイド」をとりあげて、
「この学会の犯した罪を息長く追及していく所存です」
なんてことを、書かれたからなのでした。



 結構、「この人おもしろそう」と思うのはそんなことからなのでした。

  
 来るインタビューでは

「人はなぜ平等でなければならないのか」

のようなことを、おききしてみたいと思います。
 諸外国に比べわが国で遅れに遅れている女性活用、障碍者雇用は、既得権益者の権益の委譲、という問題をともないますから、「多数決」ではできません。それを支える「思想」とは何か知りたいなと思います。



 その前の段階でわたしは「アフォーダンス」という概念に苦しんでいるのですが・・・、

 正月以来もう何冊も本を買っていますがいまだにわかりません。河野先生は「行動主義がわかっていればその枠組みで理解しやすいと思いますよ。(アフォーダンスの提唱者の)ギブソンも行動主義者だったと思いますよ」てなことをおっしゃいます。

 なんか新しい理論的支柱になりそうでもありならなそうでもあり。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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 ―これも「重い」「暗い」ほうの記事なのでお嫌いなかたは読まないでください―


 NHK朝ドラ「ごちそうさん」で、何週か前の土曜日に主人公め以子の夫の悠太郎の不倫もどきの相手、アキという女性がこんなセリフを言った。

 アキは、火災で全身大火傷をした男性と学資のために許嫁になり結婚。その夫「みつおさん」は、死ぬまで医師になったアキを励まし続けた。

「私が帰ると、みつおさんは毎日、
『今日はどんなやった?』
『どんな患者さんやった?』
ときいてくれるんよ。みつおさん、生きているのに死んでいるみたいでなあ


 このセリフが長いこと耳の奥にはりついてしまった。
 状況は違うけれどわたしもそうだった、と思って。


 鬱の子を励まして学校に行かせる毎日というのは、そうだった。極力自分は仕事になど関心がないふりをし、生徒さんにも関心がないふりをし、子どもが帰る時間帯には家にいて、そして物静かな調子で子どもに話しかけたり問いかけたりほめたりした。

 その期間の私は生きながら「死んで」いた。自分の生気を殺すことで子どもの生気を引き出そうと努めていた。

 そんなことが私に可能だったのは、結構、一方ではほそぼそと仕事をもっていて、仕事でリーダーを通じて末端の人びとやその家族までも幸せにできる、という自負が支えになっていたのではないかと思う。


 鬱の人の回復に家族の助けが不可欠といわれるけれど、患者を「生かす」ために自分を「殺す」ことができる家族はそう多くないのではないかと思う。大抵は、自分も生きたい、と切実に思う。理性でどうすべきか分かっても身体がやみくもに生きよう、とする。

 だから、よくきくのは鬱の人が家族にいるとほかの家族も共倒れになって鬱になっていくか、あるいは離婚したりして一家離散になる。あるいは、鬱の人の回復のためには良くない、責めたり説教したり、ということをやってしまう。

 
 また、わたしが経験した限りでは鬱の人というのはとんでもなく「恩知らず」だ。自分が生気を取り戻すために身近な家族がどれほどの犠牲を払ったかなど考えず、ぞっとするような罰当たりな言動をとる。
 周囲の人間はだれも彼女に「感謝」を教えなかったし、わたしも「先生方への感謝」は口酸っぱくして教えたけれど、「わたしへの感謝」は教えられなかった。逆方向に「洗脳」する人はいた。


 
 2度、いや夫のぶんも含めると3度にわたり鬱の人の回復を手伝ったわたしは、今は「もう沢山」という気分になっている。あとはその人たちが自分でやればいいのである。

 一方で、「死んで」いた期間も長かったため、切実に「生きたい」という気力もあまりない。いささか惰性で生きているような気がする。そしてときどき、「死によってしか伝わらない性質のものもあるのではないか」という気持ちにさいなまれる。


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 会社員時代のことも振り返った。入社当時は自分のためだけでなく後進のためにも道を開かなくては、と志に燃えていたわたしも、3年半たったころにはどうでもよくなっていて、それより子どもを産んだり育てることのほうが大事に思えた。

 
 一方で「承認中心コーチング」の普及については、碌に報酬ももらえない境遇ながら、心無い人びとの蔑みにもあいながら、10数年も続けられるのは何故だろうか。

 比較すると、前者は「自分のため」および「自分と同様の一部のエリート女性のため」だったから、ではないかと思う。

 承認中心コーチングの普及事業によって得られるものというのは、たとえばアメリカから持ち込まれた功利一本槍の非人道的な組織論との対決であったり、他人の人生を踏みつけにして平気なナルシシストリーダーとの対決であったり、組織の人間性の回復であったり、それによる組織の末端にいたるまでの生気を失った人びとが人生の意味を取り戻すプロセスであったり。
 あ、くどいようですがすっごい「業績向上」も同時になしとげてるんですよ。「人道」の部分を言うとすぐ「業績」は上がらないんだろう、と決めつける人がいるからいやですねえ。そういう頭悪いやりとりが続くから疲れるんだ。「人道も業績も」同時に得られるんだからこんないい話、ないじゃないですか。
(でも「人道」が嫌いな人はどんなに業績が上がるときいても「嫌いなもんは嫌い」なんだなあ。そういうものだと、最近わかってきた)


 そして、「この道筋」を正確に指導し得る、大量の理論的根拠を持ちどんな反論に遭ってもぐらつかない腹の据わり方をしているのが現在のところわたししかいない以上、わたしが「これ」をやめてはいけないのである。

 そういう「大義」のスケールの大きさが、わたしに「これ」をやめさせないのだ。

 過去にご一緒に仕事しようとして果たせなかった研修講師の方々は、その「緻密な針の穴を通すようなリーダー教育をすることによって末端の人びとまでが幸せになる」というところまでの想像力を共有できなかったのだろう、と思っている。


(もちろん、女性の地位向上を人生を賭けてなしとげた人の人生が相対的に価値が低いと言っているわけではありません。こんどおききしてみたいと思っています、何がその人を動かしたのかを)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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 映画「永遠の0(ゼロ)」を観ました。

 「号泣必至」なんて宣伝されると構えてしまい、「くっ、このくらいで泣くものか」と、なってしまう私であります。

 まあ岡田准一好きだし空中戦の描写は多分すごいんだろうしストーリー展開は百田尚樹さん手練れのもので、良くできてたんじゃないでしょうか。音楽は最初「ナウシカやラピュタみたいだなあ(特に出撃シーン)」と思いましたが久石譲さんではなく別の人でした。「黒田官兵衛」の家臣団と一部配役かぶってたかも。

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 一つ前の記事に登場されるのは一部の読者の方お察しのとおりコープこうべ顧問の有光毬子さんです。去年、兵庫経協様の「女性産業人懇話会(VAL21)」の例会で9,10月と「承認」のお話をさせていただいたとき、2回目の終わりに有光さんが場を代表して発言され、
「2度にわたりこの『承認』のお話を聞きましたが、私にはこのお話はなんだか本当だ、と感じられます」
と、言ってくださって、当時もわたしは大先輩からの言葉に胸がいっぱいになったのでした。
 
 ちょうど昨日その有光さんと会合で同席されたお友達が、その彼女も有光さんに人生を祝福する言葉をたっぷりいただいて幸せだった、と教えてくださいました。

なんだか喜びがあとをひくのでした。


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 篠山市商工会の原田豊彦事務局長が六甲アイランドのうちの事務所に来られました。

 密談の内容は…、わたくし正田の「10倍返し」の打ち合わせ、カナ?(^o^)

 このかたが偉いとおもうのは、これもお追従ととられると困るのですが、リスクをとることを恐れないこと、だからあまたの商工会でも初の「承認コーチング」の導入を決断してくださったりもしたわけですが、そういうご性格なので「論理的に正しい」というか「筋論的に正しい」話をしていてそういう恐れの要素で話の道筋がまったくゆがまないこと、です。また、話の内容がポジティブ、ネガティブ、どちらに振れても苦にしない、嫌な話もちゃんと聞く耳持たれることです。簡単なようで難しい、こういう知性の人は最近希少価値なような気がします。

でまた、わたしの分野である組織・リーダーシップ・チームづくりの話を道筋を間違わずにするには、そういう知性が欠かせないように思います。


 今週末25日は篠山の「いのしし祭り」があり、商工会職員のみなさん総出で出店などされるそうです。

 


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20140121



 会合からの帰り、ある女性の大先輩とバスでご一緒し、しばらくお話しすることができました。


 地元の大企業の今は顧問に退いてはります、女性で一社員からたたき上げて管理職〜経営陣になってこられた方です。


 「最初は売り場のチェッカー(レジの人?)の仕事もしました。そのあと人事に行きましたけれどお客様に近い仕事をしたくて、商品に携わりたくてね。希望して商品開発に行き、そのあとも色々な部署を回りました。


 女性が試験を受けて管理職になる道筋も当時はなかったんです。私はそんなのおかしい、って。何度も上層部に足を運んで交渉しました。

 そして『おかしい』って言いに行くだけじゃいけない。ものを言うには、私が自分の分野の仕事で人並み外れてすぐれていないといけないんだ、とあるときわかりました。

 だから、当時は電卓を打って帳簿をつけたりするのをものすごい速さでやったり、ほかの仕事でもだれよりも上手にやりましたね。

 そうしていたらどんどん管理職登用の制度ができていって、女性で初めての店長になって」


 わたしは感銘を受けてきいていました。

 こんなとき「自分も・・・」と言い出すのはおこがましいんですが、私も社会人で最初の勤務先では総合職女性を採りだした「はしり」だったので、何も受け皿が整っていない環境で、泊まり勤務をさせてくれだの地方勤務をさせてくれだの、入社間もないころからやいやい言う側でした。「君が言わないと、だれもお膳立てなんてしてくれないよ」と言われた側でもありました。しかし言い疲れたのもひとつ手伝って3年半で辞めた、という経緯もありましたから、ひがみもあって、会社員として長く生き残れるのは文句言わない波風立てない生き方をした女の人なんじゃないの、みたいなイメージを持っていました。上の男の人が見栄で出世ルートをおぜん立てしてくれたラッキーな人が上に上がるんだろう、みたいな。

 
 だから、ラッキーではなく「まっとう」に闘って闘って上の地位をかちとってきた人、をまぢかに目にするとうわあ、と畏敬の念をもってしまうのでした。

 ブログ読者の男性諸氏の皆さん、女性で上の地位におられる人をゆめゆめ侮ってはいけません。普通の男性の何倍もの努力をしてきてその地位にあるはずです。そのことを、女性だから見下されて当然だろ、というのではなく、その人の払ってきた何倍もの努力に畏敬の念を持てる人であってください。


「最初のロールモデルが良かったからですね。御社の今の女性管理職の方々、けれんみなく頑張っておられますね。気持ちいいです。女が惚れる女、ですね」

 わたしは共通の知人を思い浮かべながら心から言いました。

 変にとしをとるとだれかを賞賛するのを億劫がってしまうところがあるかもしれない、あとで裏切られるのがこわくて。でもそれは自分を後生大事に可愛がっているということ。


 
 この大先輩に来週月曜日にインタビューできることになりました。


 神戸版「女性の地位向上物語」ついでに先輩からの「承認研修へのエール」をお楽しみに。

 たまにはこのブログにいいことを書かなきゃね。


 冒頭の写真は会合の主催元の兵庫県経営者協会様に何故か帰りがけにいただいたお花です。先輩へのインタビューのお願いも経協様が取り次いでくださって実現したものです。




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NPO法人企業内コーチ育成協会
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 駅の改札口を出たところのカフェでコーヒーを飲む。

 以前、ある組織の「トップ」が、「毎朝ここでコーヒーを飲み、あんたのブログもチェックするんだ」と言っていた。

 彼は「正田の話すことは俺マターだ」と思ってくれていたようで、挨拶に行くとつねに自身で応対してくれ、そのうえで担当者に話を振ってくれた。

 えこひいきだ、と思われるだろうか。私が2005-6年、大阪商工会議所の大ホールで1位マネージャーの受講生たちのパネルディスカッション等の事例セミナーをした時、彼も足を運んでくれた。それ以来のご縁だった。

 「いま」と切り結ぶ「本気」を理解してくれていた、と私は勝手に思っている。


 しかしその人たちとの縁も今は過去形になった。


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 大企業の子会社にお勤めする人から話を聴く機会があり、それによると子会社は本体側からABC・・・とランク付けされそれに応じた人材が出向する。

 「Cランク」の子会社だと、出向者は仕事ができないとレッテルをはられたナルシシストばかりになる。たとえ旧帝大卒でも、出来る人出来ない人の差は入社当時から厳然とあるそうだ。そのナルシシスト出向組ばかりで作る職場とは、遅延、不作為、やっかみ、足の引っ張り合い・・・の日々だそうである。自分の偉さを誇示するために平気で約束の時間に遅れ、納期を守らず顧客を待たせることさえ厭わない。そんな仕事ぶりだから顧客を失うことも当然あるが、基本本体との取引だけでもやっていけるので意に介さない。

(そうしたいがみ合っている人たちでも「外集団」に対しては「内集団バイアス」を働かせ一致団結して阻害することもあるから、怖い。触らぬ神にたたりなしである)


 
 例えば、私の場合例会で話をしろとふられて「パワポは必須」と言ったがフタをあけてみるとパワポが使えない会場を予約していた、会場側では「結婚式用の大型モニターはご用意できます」と言ったがモニターはどうしても画面が小さいうえ、当日結局PCとの相性が悪く途中で画面がダウンしてしまった、なんで自分とこのプロジェクタスクリーンを持ち込むぐらいの機転を利かさないのだろう、みたいな、「お子さま?」みたいな仕事のレベルの低さを経験しているが、子会社ではそのくらいのことは日常茶飯事で、たとえば上記のような状況で「ちゃんとやろうよ、お客様のために」という正論を吐く人は嫌われて飛ばされるのだそうである。


もう一つ、この人の観察で面白かったのが、
「ナルシシストは基本もできてないくせにもっと高度な応用をやりたがる」

某ナルシシスト氏が女性活用もできないくせにグローバルとはしゃいでいたのを思い出して笑えた。

受講生様、会員様も大丈夫だと思いますが心してください。他研修機関で「承認」より高度なことをできますみたいに言うところはいっぱいありますが、仕事をやめてプロになる人は別として、高業績マネージャーに必要なのは「承認」を日常行動としてやり続けることです。


****


 2つ前のスマホサミットの記事で私は「大人目線」「産業界目線」などという、また不遜な言葉を書いたけれども、もちろん決して私一人が「産業界」を代表できるわけでもない。
(「産業界」にもだらしない大人はいっぱいいる、とそんな話は置いておいて)

 でも私の責任において、子どもの教育の世界から真摯に発信されてきたことを受けとめたいと思うし、「産業界」へ向けて精一杯発信していきたいと思う。

 たとえ1つの組織が代替わりでどんなになっても。


****

 
 このところ私としては立て続けに多くの人と話す。
 言葉をちゃんと重みを感じて受け止めていただける人とそうでない人とやっぱり差が激しい。

 おおむね初対面の人は言葉が素通りする。表面をつるっと滑る感じがある。

 長年にわたりメールニュースを読んできてくださった方だと「言われていることの重要さはよくわかっています」と言ってくださり、それが社交辞令でない感じがする。


 担当者が替わると、私に関して一気に評価が下がるという感覚がある。女性であるということは、それだけで大きなマイナス点なのである。10年選手でも。


 私はいつまで闘う気力があるだろうか―。
 「精一杯発信していきたい」と言ったそばから弱気発言をする。


****


 フェイスブックで1人のお友達から、長文のコメントを頂いた。
 詳しいことは省くが私のとあるブログ記事について「勇気をいただきました」と締めくくられていた。 
 ありがたいなあ、という気持ちと、天狗になってはいけない、という気持ちと。
 こういうとき難しいのは、ありがたいなあ、と思うということは自分はその賛辞にふさわしい人間だ、と思ってしまうことにもつながるのだ。

 それでも一方でまた思う。わたしは通常ならあり得ないほどの「自己開示」をこのブログでしている。トラブッたことも、状況を克明に書く。
 それをネタに、わたしについて「論評」する人が現れる。上から目線で「評価・判断」する人もいるし、揚げ足取りをする人もいる。説教してくる人もいる。
 
 以前のあるとき、「年長の人より同年代の人から教えを請いたい気分だ」と書いた。するとその数日後に会った人が、「私は上の世代の人から学ぶのは大事だと思っていますよ」と、脈絡もないときに言われた。そのときは戸惑い、あとで彼は私のブログの上記の記述に反応したのだろう、と気がついた。
 しかしその彼は知らなかったのだ、私がその記述に先だって1年半ほどの期間、おじいさん方の儒教コミュニティに入り浸って年長の人から教えを請うていたことを。その末に、「いや、もう現代と切り結ばなければいけない。同時代をしっかり見て発言している池井戸潤、藻谷浩介らの論調をフォローしたい」というところに行きついたのだが。(ちなみに今度インタビューする予定の立教大の河野哲也教授も同い年だ)そういう前後関係を知っていれば私の発言は上の世代をないがしろにしたわけでもなんでもないことがわかると思う。
 でも、往々にして人は自分が反発を感じたところだけをおぼえているし実物の私をみたとき反論したくなるのだ、大半の妥当だと感じたところは忘れて。

 そんなこともあって人と話すことに疲れている。また、他人が労力をかけて他に例のないほどの判断材料を提供しているときに、プロ野球の観戦や論評のように「上から目線」しか持てない人の心に、その人のために荒涼感をいだく。


 そのなかで1人のお友達のあたたかいご理解が、ありがたかった。






100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp
 
 
 

お世話になっている皆様


 おはようございます。
 企業内コーチ育成協会の正田です。

 
 今日は、大寒。
 先週末は、神戸にも雪が舞いました。
 篠山のお友達からはフェイスブックで一面の雪に覆われた写真を見せていただきました。
 お子さんが大学入試センター試験を受験された方は、送迎に明け暮れた週末であったよう。
 


※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方にお送りしています。ご不要の方は、メール末尾にありますURLより解除ください。



 本日の話題は:



■若者は会社を向くか、ネットを向くか(2)
  18日猪名川町フォーラムにて・中高生の最新事情は


■お便りありがとうございます



■読書日記
  『人を動かす力』ハーバード・ビジネス・レビュー2014年1月号より
  『日本企業は何で食っていくのか』
  『成功する子 失敗する子』



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■若者は会社を向くか、ネットを向くか(2)
  18日猪名川町フォーラムにて・中高生の最新事情は


 前号のメールニュース「若者は会社を向くか、ネットを向くか」は、大変大きな反響をいただきました。読者様のところでメールを社内で回覧された企業様も多かったようです。

 心ある読者の皆様に危機感を共有していただけたのは何よりと思っております。


 さて、前号のお約束の通り、正田は去る18日(土)に川辺郡猪名川町で開かれた「第2回青少年フォーラム INAGAWAスマホサミット」に、行ってまいりました。

 82.4%。なんの数字だと思われますか?

 これ、猪名川町の高校生のうち、ガラケー(ガラパゴスケータイ、普通の携帯電話のこと)でなくスマホ(スマートフォン)を持っている子の比率です。ちなみにガラケー派は7.9%。

 そういう、「スマホ抜きではあり得ない」今時の中高生の日常とは―。

 ここでしかきけなかったかもしれない、中高生の「生」の声がきけました。


 このほか、「なぜ猪名川町で?」と私と同様思われた方も少なくないと思います。

 詳しくは、こちらの記事をご覧ください―。



 GREATEST LOVE OF ALL―猪名川町のスマホサミットに参加して

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51880078.html



 なお記事の後半は参加したわたし個人・50のおばはんの感慨ぼやきになっております。

 経営者・管理者が大半を占めるメールニュース読者の皆様はどう思われるでしょうか。よろしければ、是非ご感想を教えてください。

 前号でも述べたように、決して中高生だけの問題ではなく、大人の世界も既に浸食しつつある問題なのです。


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■お便りありがとうございます

 
 このところ、本メールニュース発行のたびに読者のかたからお返事をいただくことが多くなりました。お忙しい皆様が拙いこのメールに目を通してくださることを大変嬉しく存じます。

 そのうちのいくつかをご紹介します:


「今年1年ご指導有難うございました。
4月から、ラインリーダーの職に就き不安と心配の1年でした。
約8か月、時間が過ぎるのがすごく早く感じました。
どうにか、まだまだ未熟ですがラインリーダーの職をこなせたかな?と思います。
それは、正田先生のご指導と上司の方のご理解のたまものと思っております。」

(M・M様、昨年最終号に寄せて)


「私の息子(大学2回生)はゼミ長をやっており
なかなかまとまらないところにじれったさを
持っており、以前の講習で頂戴した先生の
本を勧めました。
ゼミ内で、読書から感じとった『なんちゃって承認』を
実践してみると、『Oに褒められた』とかで
なんかいい感じだったと話をききました。
※良ければ息子を孫弟子に承認してくださいね」

(S・O様、同)


「遅くなりましたが 明けましておめでとうございます いつもメールをありがとうございます。大変興味深く読んでおります。スマホの件は私も同感です。FBをしてますが中にははまっているような人が多くおります。仕事かFBか疑問に思います。今年もよろしく御願いします。」

(蔭山孝夫様[滋賀建機グループ前会長]、前号に寄せて)

 

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■読書日記
  『人を動かす力』ハーバード・ビジネス・レビュー2014年1月号より
  『日本企業は何で食っていくのか』
  『成功する子 失敗する子』


 前号で、冒頭の目次部分に読書日記の項目を入れておきながら本記事として掲載するのを忘れてしまいました。大変申し訳ありませんでした。
 新しい読書日記を1本追加して今号に掲載させていただきます。


◆人を動かすのは、恐怖で動かすのが正しいのか、それとも温かさで動かすのが正しいのか。HBR誌に時代を反映した興味深い二篇の論文が載りました


 「温かいリーダーと強いリーダー、権力と影響力―HBR誌1月号より」

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51879618.html


 ※この記事は、自治体にお勤めのフェイスブックのお友達Iさんが「私が最近勉強している『承認』の権威づけに」と「シェア」してくださいました。そのため「いいね!」の数が多くなっています



◆企業が生き残るための戦略には1つとして同じものはありません。しかし内部に抱える組織の病には、共通するものがあります

 「日本の内なる病 本質をたどると―『日本企業は何で食っていくのか』 」

  http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51879622.html



◆今お子さんを育てている方、また入社したての若い部下を抱えている方には必見の最新教育理論の本です。子どもの将来の人生を幸せにするのは知能指数ではない、では何か?お時間がなければこちらの記事をどうぞ

 「幸せを願うなら何をしてあげるべきか―『成功する子 失敗する子』を読む」

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51879835.html



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◆ブログ「コーチ・正田の愛するこの世界」人気記事ランキング



1.神戸は住みやすいのか住みにくいのか?よのなかカフェ「外から見た神戸と内から見た神戸」開催しました

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51833038.html


2.ネット・スマホ依存があなたの会社を蝕んでいる!?

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51879367.html


3.幸せを願うなら何をしてあげるべきか―『成功する子 失敗する子』を読む

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51879835.html


4.調光器とLED騒動 「工事」に行き着くまで

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51742296.html


5.発達障害者は注意するのが好き?『大人の発達障害ってそういうことだったのか』をよむ

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51873335.html





こちらもお勧め・昨2013年最後の記事がこちらでした

 
オキシトシン・システム、良心の決断、そして・・・

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51878619.html




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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

今週も寒波に負けず、頑張ってまいりましょう。
良い週になりますように。


*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
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日本人の勇気と自信は、ここから生まれる
「第3回承認大賞」
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「企業内コーチ育成のすすめ」
(株)帝国データバンク社『帝国ニュース兵庫県版』
2008年〜2012年 長期連載このほど完結
http://blog.livedoor.jp/officesherpa-column/
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

 18日午後、猪名川町文化体育館(イナホール)に、「第2回青少年フォーラム INAGAWAスマホサミット」を聴きに行きました。

 同町町長、町議会議長はもとより、県議数名、それに総務省近畿総合通信局電気通信事業課課長、兵庫県警本部サイバー犯罪対策課、同少年育成課などから来賓が来られ物々しい雰囲気です。
 
 たまたまフェイスブックでイベント告知を見つけて神戸から車を飛ばして参加したのですが、なぜ猪名川町なのだろう、同種のものをまだ見たことはないのは何故だろう。と疑問をいだきながら。

 
 開会時の主催者あいさつで、同町青少年健全育成推進会議会長の太田はるよ氏が、子どもたちがネットいじめに遭ったり、大きな課金、FBやLINEで傷つけられたりするという現状に触れながら、

「こういった環境を作り出したのは私たち大人の責任。子供には罪はない。猪名川町をスタートとして、どこの市でもこういうことができるんだよという見本として見てもらいたい」

と述べたのが、その疑問への答えの部分であったかもしれません。猪名川町の人びとの勇気ある現状認識と問題提起の産物であったかもしれません。こうした主催者あいさつで話すのが女の人であっても、ゆめゆめ侮ってはいけない時代です。


 午後1時から4時までのフォーラムは、中高生によるパネルディスカッションでの子どもたちの生の声、また中高生によるグループワーク〜プレゼン〜INAGAWAスマホサミット宣言の採択、と子どもたちが主役になってすすみました。

 総務省でスマホ問題の座長などもされているという竹内和雄・兵庫県立大准教授がコーディネーターとなってすすみました。

 そこでは、猪名川町の全中高生1358名が回答したスマホアンケートの紹介もありました。かなり驚くような数字が出ていますのでご紹介しましょう。

 竹内和雄研究室などが集計した結果によると、中高生のうちガラケーを持っているのは中学生で22.1%、高校生で7.9%。一方スマホはそれぞれ36.3%と82.4%というように、高校へ行くにつれ圧倒的にスマホが多くなっています。

 高校になると各クラスにLINEのグループがあり、着信をみるのに一々再読み込みをしなければならないガラケーでは到底追いつかないのだそうな。これは大学生も状況は同じだそうです。

 また使用時間では、1日3時間以上の使用がガラケーで15.4%、スマホで53.5%(スマホでは29.4%が4時間以上)と、スマホ派が圧倒的に使用時間が長い。これはスマホのほうがゲーム、動画をみるのに便利だからだそう。何をしているのかとの問いに女子はLINE、男子はパズドラ等のゲームと答えます。

 また「個人情報を公開したことがある」との回答は、ガラケーで12.6%、スマホで46.4%とやはりスマホで多い。
(「実際にはもっと多いだろう」との発言あり)

 
 そして「会ったことがない人とメールやLINEをした」との回答がガラケーで29.3%、スマホで58.6%。「ネットで知り合った人と実際に会った」はそれぞれ3%、29.5%となっています。前者の設問には、女子の場合それぞれ61.1%と66.4%という高率となっています。

 
 これらの数字は、大阪府警が同様のアンケートでまとめた数字と比べても高率で、「猪名川町の中高生が特別倫理的に悪いわけではなく、正直に答えてくれた結果ではないか」と竹内氏。
 いい悪いを超えて、これが現状のようなのです。

 
 グループワークでは、3グループに分かれてスマホの良い点・悪い点を討議させてプレゼン、次いで「対策」について討議させプレゼンさせました。

 
 ステージの下の観客席前部のスペースに子どもたちのグループワークの席をつくり、そこから壇上にのぼってプレゼン、という構図はこうしたフォーラムでは斬新なものだったことでしょう。


「子どもは大人の言葉ではなく、仲間の言葉によって説得されるんです」と竹内氏。

 
 グループのプレゼンは審査され、「リアルを充実させる」と力強く宣言したグループが優勝しました。

 
 途中、兵庫県立大学の竹内研究室の学生が「猪名川町のみなさま方へ」と題してプレゼン。内容は昨年1
年間の中高生〜大学生によるネットを介した事件でした。広島のLINE殺人・死体遺棄事件、そしてTwitterにバイト先の写真を載せて炎上し休業・閉店・損害賠償になった事件。ステーキ店の冷蔵庫から顔を出して「バイトなう」とつぶやいたケースでは、休業・閉店そしてバイトへの損害賠償請求は他の従業員への休業補償なども入れ、5000万円になったとか。

 そして採択された「INAGAWAスマホ宣言」では、各グループの対策プレゼンを総括したもので、

「私たち、猪名川の中高生は

ー分たち自身でルールを作ります
   夜○時まで 個人情報を書かない 心を広く(既読スルーを気にしない等)

▲螢▲襪離灰潺絅縫院璽轡腑鵑鯊臉擇砲靴泙

書いていいのか、ダウンロードしていいのか 立ち止まって考えます」

と、いう形になりました。

 
 竹内和雄准教授の講演はしめくくりの短時間になりましたが、

「ネット依存はリアルでしんどいからネットに逃げる。だから解決はネットにはない、リアルにある」

「リアルでうまくいかない人がうまくいく人を引っ張りおとそうとする」

「日本のフィルタリング技術は各国で絶賛されているが、現在はフィルタリングするとLINEが見れなくなるため、フィルタリング率は下がっている。機械で制限するのは限界がある。子どもたち自身に考えてもらわないと」

「今日の中高生たちは今日思ったことをチラシを作りたい、そして猪名川の子どもたちに配りたい、スマホの生徒手帳を自分たちで配りたい、小学生にもスマホの使い方を教えに行きたい、と言っている。私たち大人側の問題として彼らにどう向き合ってあげるか」

「ヨーロッパに視察に行くとドイツ、スイスの人からはOur Children (私たちの子ども)という言葉が頻繁に出る。ところが日本に帰ると教員たちの世界でもLINEが悪い、保護者が悪い、社会が悪いの大合唱。本当は私たちどの大人にも少しずつ責任がある」

「親として声かけしたいのは、

 屬个譴襪勝廖 憤稻.瀬Ε鵐蹇璽匹覆匹砲弔い董

◆屬┐蕕い海箸砲覆襪勝廖文朕余霾鵑慮開や不審なサイト閲覧などについて)

「相談しいや」」


「まず私たち大人が相談される大人になる。『あなたのことが心配やから』心が通いあうような大人にならなきゃいけない」



 閉会式の中では、県警サイバー犯罪対策課の人が

「私たち大人がリアルに手をつないでこの闇に向かっていきたい」

と、述べました。


****


 さて、わたしはもう子育ても卒業し、子どもの教育の専門家でもない立場で傍聴しておりました。

 すがすがしい気持ちになる部分と、もやもやが残る部分がありました。画期的なこころみであると拍手を送りたい部分は大いにあるのだけれど。どこか対話が「切れて」いる。

 子どもたちのグループワーク〜プレゼンのプロセスをみながら、

「この世代の子たちはもう、こういうふうにしてしか指導できないのかなあ」

という感慨と。

 しかしまた、彼らの着地点は大人の産業界の側からしたらまだ「あまい」のではないか、というもどかしさと。

 途中会場からの発言を募る場面もあったのですが、わたしのこの「大人目線」をどうしても言葉でまとめきれずにいて、発言しそこないました。他にもそういう種類の発言は出なかったので、「大人目線」というか「産業界目線」不在のままでフォーラムは終わりました。

 
 いくつか、わたしが今の時点で言葉にできている部分はというと、

1.思春期の脳の使い方として「スマホに1日3時間」は、ほんとうに適切なのか。2つ前の記事にあるように、思春期〜青年期の脳はまだアンバランスで、刺激に強く反応する反面、自制心は未熟だという。そうした時期に、スマホを通じて同世代のグループの人間関係に埋没してしまったとき、上の世代から自制のたいせつさを含めた人としてのありかたを学ぶ機会はますます減るのではないのか。そうした視点は、彼ら自身だけでは持ちようがないのではないか。

2.全体がスマホで「内向き」になったとき、一部の何か突出した才能をもった子であればそれを磨くために「目標を持つ」―例えば全国大会出場を目指すとか―ことも可能だろうが、そうでない平凡な才能の子はますます「目標」を持ちづらくなり、「内向き」の「同質化圧力」がはたらきやすくなり、それは「やすきに流れる」ほうへ向かわないだろうか。平凡ななりに少しでも自分を磨いて高みを目指す、ということができにくくならないだろうか。


3.「集中力」「生産性」の問題。フォーラムでも「既読スルーを気にしない」という言葉が頻繁に出たが、LINEで絶えずともだちとやりとりし、その中で自分がどう思われるか気にしていたら、その合間を縫って生産的なことができるのだろうか?長時間にわたって集中力を維持してはじめて可能なような、大きなものを作ったり大きなことを考えたり、できるのだろうか?ひょっとしてLINE世代の子どもたちは、LINE登場前の世代の大人たちよりもはるかに生産性の低い青春時代を送っていないだろうか?そうした、自分たちが過去の世代と比べてどの程度のレベルなのか、という比較の目をもつことはできるだろうか?産業界の側からの危惧はおもにここにある。


4.わたしの得意分野である「考える」ことについて。携帯メールがはやった時にも危惧されたことだが、短文だけでは伝えられない種類の思考がある、ということ。
たとえばわたしの考えることは、もう何年も、ブログの世界でもあまり例のないような長文で伝えることをしてきた。狙ってそうしているわけではなく、それこそ「チェスの何手か先を考える」ような思考は、人に伝えようと思ったらそうならざるを得ないのだ。
しかしそれが無用の長物なのかというと、そうした長文を伝えたり受け取ったりしてきた結果、10年にわたり「1位マネージャー」を産んできた。いわばマネジメントの思考とは「長文」なのだ。
それを受け取る知性が育たなかったら、すぐれたマネジメントの後継者も育たない、ということである。
短文だけをやりとりして育まれるのは、その場かぎりの刹那的な思考、あるいは先日NHK「クローズアップ現代」がとりあげたような、「ポエム語」を叫びあって思考をはたらかさずに分かり合うような、搾取される側から抜け出せない世界、ではないのだろうか。


5.「内向き」であるということは「内集団バイアス」がはたらきやすい、ということであり、それは1つ前の記事にみるような、外集団に対する共感が乏しく、「官僚的な硬直した思考」に容易になるということである。ちょっと頭をはたらかせれば「できる」ことでも、お客様のほうをまっすぐ向かず仲間のほうばかり気にしているから「できない」と言ってしまう。見た目若者でも、それは老人のように硬直化した思考・行動であり、無能な人材である。

・・・

 フォーラムから一夜明けた今日の時点で言葉にできているのはこのぐらいなのですけれども。

 あくまでわたしの狭い思考で考えたことですから、間違っていると思われたかたはどうぞご意見ください。

 1〜5まで、書いてみて、絶望的な気分になります。彼ら自身の言葉で思考してそこそこのところまでは宣言しても、それは産業界からの要請からはなんとかけ離れていることだろうと。

 産業界からの要請も、あまりばかにしてはいけません。ともすれば、学者や教育者は、「クリエイティブでさえあればプレゼン上手でさえあれば勤勉でなくてもいい」という極端な発想をしがちです。それは誤りであることは2つ前の記事をみればわかります。そして勤勉さをみるには行動のフォローが要ります。



 
 今の時点では、結局わたしは、当協会の受講生であるすぐれたマネージャーたち、若い働き手を日々目の前でみる人たちに、言葉をもってほしい、若者たちに届く言葉を、と願っているのだろう、と思いました。働くということの尊さを語ってほしい。ともだちなどを忘れて死に物狂いで仕事やお客様に向き合うことのたいせつさを語ってほしい。

 それは「承認教育」とダイレクトに結びつくのかというと、そのかなり高度な応用編であろう、と思います。漫然といろんな研修のひとつとして「承認」を学ぶのではなく、武道武術を学ぶようにそれに専心した人たちは、はじめて次の段階で、スマホ世代の若者たちに届く言葉を語ることができるだろうと。

 そしてそれはスマホに限らず、ウェアラブル端末でもなんでも、新しい先進技術すべてに言えることであろう、と思います。

 

100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
URL: http://c-c-a.jp
 

 表題は故ホイットニー・ヒューストンの初期の曲です。今もよくBGMで流れています。
 最近久しぶりにCDを聴きました。まだ20歳そこそこだったはずなのに迫力ある歌声でした。
 わたしはホイットニーのコンサートに1990年ごろ広島で1回だけ行きました(被爆地の広島は意外と海外の有名アーチストがくるのでした)そのときはCDよりももっと装飾音が多く音程のわかりにくいうたいかたでした。
 

 こちらもわりあい「重い」記事なので「重い」のが苦手な方は読まないでください。もとより「軽躁」な人とは私もお話ししたいと思いません―


 1つ前の『成功する子 失敗する子』の読書日記の中で、アメリカでの「中退―大検」のコースについての記述が私にとって「重かった」と書きました。

 関連する思い出があり、でもそれをご紹介すると実際の大検取得者や、現在まさに「中退―大検」を検討している方はご気分を害されるかもしれない、ということも書きました。

 
 あくまで、自分の家族に関する選択の記録としてとらえていただけると幸いです。


 2011年10月の初め、私は二女の高校の近くの喫茶店で、担任の男の先生と養護教諭の女の先生と二女との4人で向かい合っていました。

 その年の6月、二女は鬱を再発症し不登校になりました。3か月ほどの重篤なトンネルの後、9月末にはタイミング良く東北・南三陸へのボランティアの旅に連れていくことができ、二女は生気を取り戻しつつありました。しかし大きな学校行事の続く時期なのでまだクラスに合流はできないと、主に学校の方の都合で再登校が延び延びになっていました。

 そのころ、二女は家で家族と衝突したはずみに、学校でともだちに身体のことで言われた悪口をしゃべりだしました。それは本人にとってかなり耐えがたい内容が含まれていました。
 それまでも理由はまた「いじめ」だろうと当たりはつけていましたが、具体的な内容を本人の口からきいたのは初めてでした。それだけ本人もつらいことと向き合える力を取り戻した、ということでした。

 わたしは娘の担任の先生に電話をかけ、「これは先生の方で解決していただかなあきませんなあ」と言いました。
 「このお電話だけでは詳しい事情はわかりませんが、一度お話をうかがいましょう」

 担任の先生は言い、そして会談が実現したのでした。
 学校側は担任の先生だけかと思ったのですが、養護の女の先生がついてきました。

 
 喫茶店での会談では、冒頭から養護の先生が早口気味に発言しました。

「中退は何も敗北だとか逃げだとかとらえる必要はないのよ。中退して幸せになった人はいっぱいいますよ。私個人的にも知っていますよ」

 養護の先生は主に二女のほうを向き、しきりに話しかけました。二女もそれに合わせて応答し、不登校の間に高校中退者向けの大検受験用専門学校のセミナーに自分で行ってみた話などをしました。

 話は奇妙に「中退」に向けて回っていました。

 私は癇癪玉を破裂させました。

「今日のこの席はなんのためにあるんですか!問題はクラスのいじめなんですよ!この子には学校に戻る能力も気力も、今はあるんです。あなたがた先生がいじめを解決してくれれば、この子は戻れるんです。それがあなたがたの仕事でしょう」

「なんで中退中退ってそんなにそそのかすんですか!こんなまじめな生徒が中退するってことをあなたがたは敗北ととらえないんですか!」

「あなた、今『ざまあみろ』って思ってるでしょう」

 私は奇妙にブランド物らしいラグジュアリーな服装やバッグで身を固めた養護の先生に向かっていいました。

「あなた前、養護室で『立派な先生のお子さんも不登校って多いんですよ〜』って、妙に嬉しそうに私に言ってましたよね。あなた『ざまあみろ』って思ってるでしょう。社会人教育とか管理職教育とかしてひとかどの立派そうな仕事をしている私の子どもが中退者になることが嬉しいんでしょう、優越感を持ちたいですもんね」

「そんな…」

 養護の先生は口ごもりました。(私は今でも、自分の言ったことは図星だったろう、この先生の服装も口調も、女の優越感の厭らしさを表現したものだったろう、と思っています)

「そのにやにや笑いをやめなさい!どこのカウンセリングだかクレーム対応研修でそのにやにや笑いを憶えてきたんですか!人がひとり中退するって大変なことですよ。大変なことは大変なこととして、真剣な表情でやりとりしたらどうですか!」

 
 ここで担任のイケメンの先生が重い口を開き、沈鬱な口調で、二女がクラスメートから受けた悪口の内容をききたい、という意味のことを言いました。
 私の推測では、養護の先生はこのイケメンの先生のことを庇おうとしたのでした。クラスでいじめが存在したということを認めてしまうとイケメン先生の責任問題になってしまう。それより被害者の二女に無言で中退してもらい穏便に済ませたい、とこの人なりに気を利かせたつもりだったのでした。

 大津のいじめ自殺事件でいじめを積極的に掘り起こそう、という風潮になるより前の時期のことです。

 ただそれは先生同士申し合わせていたわけではなく、イケメン先生はそれなりに責任をもっていじめと向き合おう、と思ったようでした。

 
 いじめ/悪口の全容解明はその後も何度もの会談を要し、その後イケメン先生は別の学年主任の女の先生とともに何度もわが家を訪問してくださいました。私が問題提起するまでは、残念ながらイケメン先生は学校行事にかまけてうちの二女の存在を忘れていたようでした。調査の結果、いじめの「主犯格」のような女の子がいるのは確かだが、その子は家庭環境が複雑で、いじめをさせないように働きかけてもどうにもならない、と先生はいいました。

(私はもちろん、「じゃあ家庭環境が良くてしつけの良い子のほうが学校に通えなくなるなんて不公平じゃないですか」と文句を言いました)

 また、養護の先生と2年のときの担任の先生が「不作為」をやっていたこともわかりました。二女は中学時代からアサーションを鍛えていた子だったのでこの2人の先生にともだちから悪口を言われて悩んでいることも訴えていたのですが、2人ともそれを3年の担任の先生に引き継いでいなかったのでした。

 そしてその月の下旬、二女はやっとふたたび学校に通いだしました。あの喫茶店での会談から20日ほど後のことで、それは本当に卒業にぎりぎりのタイミングでした。3回の乗換のある片道1時間20分ほどの電車通学でしたが、二女はそれ以降休まず通いつづけ、クラスには戻らず別室登校を続けました。学年の先生方が入れ替わり立ち替わり別室に来て二女の自習をみてくださいました。そうして二女は比較的機嫌よく冬休みも春休みも不足した単位を補うため登校し、体育の実技のテストも1人で受け、そしてぎりぎり辛うじて卒業に間に合いました。

 厳密に言うとともだちが卒業した全体の卒業式の時点ではまだ出席日数が足りず通いつづけ、校長が「特殊な判断」で卒業させることを決め、それを告げられた私は学年主任の先生に肩を抱かれて泣き崩れました。そして3月の30日でしたか、学年最終日に近い春休みのある日、二女は「たった1人の卒業式」をさせてもらったのでした。
 
 はい、当時は「卒業」を公言することを禁じられていましたが二女は高校を卒業しました。そして、いじめの存在も校長は認めず、単に二女が周囲への配慮をしすぎるあまり不登校になった、と表現していました。やはりそれは大津の事件の前だったから、と言えましょう。

 
 そんなふうに、私は髪ふりみだして先生方と闘って二女の「高卒資格」を手に入れたのでした。

(喫茶店の会談の途中であんまり興奮して怒鳴ったものだから髪どめがとれてばさばさっと多量の髪が落ちました。相対していた先生方はさぞ恐い思いをしたことでしょう)

 
 そして。二女は「自分のために闘ったお母ちゃん」が泥臭くみっともなくて恐いと思ったのか、高収入で享楽的な父親のもとに行きました。


 なぜ「中退」を、いちどは二女のためにそのほうがいいのかと迷ったこともありながらいや、ダメだ、と思ったのか。

 恐らく、当時根拠はありませんでしたがそれは後々二女の人生に暗い影を投げかけるだろう、人生のどの節目をとっても、高卒ではなく中退なのはなぜなのか、高校に通いつづけることを選ぶことはできなかったのか、と自分を責めることになるだろう、と思ったのでした。人一倍勤勉性が高く、自分に厳しい性格の二女でした。

 そして今、前の記事にあるアメリカのGED取得者のその後のデータをみると、日本のデータはわかりませんがやはりあれで良かったのだ、最善を尽くしたのだ、と思うしかないのでした。

 二女はとりたてて部活を頑張ったほうでもなく学校時代大きな達成のあった子とは言えませんでしたが、2回にわたるいじめ―鬱―不登校を克服し、とりわけ義務教育でない高校で卒業まで自力で勝ち取った、という「乗り越え体験」をすることができたのでした。二女は「やり抜いた」のでした。


 私にとっても重たい記憶なので、このブログで吐き出したくなったのでしょう。

 私の血縁上の子どもたちは私の葬儀に来なくていいです。あなたがたの母を「勝間和代」と呼んで揶揄する父親の庇護のもとで、母のいない人生を自分で引き受けて生きていってください。




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 『成功する子 失敗する子―何が「その後の人生」を決めるのか』(ポール・タフ、英治出版、2013年12月)を読みました。

 読んでいて何度も「重く」なりましたが子育てを終わった私にとっても価値ある心の旅でありました。

 大まかに、人生の成功のカギは粘り強さや自制心、好奇心、誠実さ(勤勉さ)、ものごとをやり抜く力、自信などの「性格の強み」である、ということを最新アメリカ教育理論を総合して言っています。

 とりわけ貧困家庭に育った子どもたちの「貧困の連鎖」を断ち切るために決定的に重要なものであることも。


 印象的だったところをご紹介しましょう。


●過去十年、とりわけここ数年、経済学者、教育者、心理学者、神経科学者は知能至上主義に疑問を投げかけ始めた。子どもの発達に最も重要なのは、最初の数年のうちにどれだけたくさんの知能をつめこめるかではない、と彼らはいう。ほんとうに重要なのはそれとはまったく異なる「気質」、つまり粘り強さや自制心、好奇心、誠実さ、ものごとをやり抜く力、自信などを伸ばすために手を貸せるかどうかであるという。これらは「非認知的スキル」あるいは「性格の強み」とよばれる。


●アメリカの高校修了同等資格(GED、高校中退者が高卒資格を得る日本の大検のようなもの)は、人生を改善する手段として長い目で見た時に役だっていなかった。22歳の時点で四年制の大学に在学中か、すでになんらかの高等教育を終えている若者は、GED取得者では3%しかいなかった。これに対し高校の卒業生では46%にのぼった。将来的に生じうるあらゆる重要な数字―年収や失業率、離婚率、違法ドラッグの使用率など―についてみると、GED取得者は平均して高校中退者よりかなり知能が高いにもかかわらず、中退者とそっくりな結果が出た。


(正田注:わたし個人的にもっとも「重い」と感じたのはこの部分。でもそれは個人的経験に密接に結びついていて、その経験の中身は長くなるので別の記事にゆずりたい。もし実際の大検取得者や、現在よんどころない事情で中退―大検受験を考えている方が読者の中におられたら、気分を害するかもしれないことをお許し願いたい)


●GED取得者に抜け落ちていたのは、高校の卒業生が最後まで学校に残るために必要だった心理上の特質だった。それは報われることの少ない退屈な作業にあたるときの粘り強さだったり、喜びや楽しみを先送りにできる能力だったり、計画に沿ってやりとげる傾向だったりする。それは大学でも、職場でも、人生全般においても価値のあるものだった。


●幼少時のストレスは大人になってからも健康を損なう。ストレスは飲酒、喫煙など自滅的な行動様式をももたらすが、仮にそうした行動がなくても健康が損なわれる。わたしたちの身体はHPA軸と呼ばれるシステムを使ってストレスに対応しているが、それは本来天敵から逃げるときのような急性のストレスに対応するものだった。しかし現代のわたしたちは生活上の慢性のストレスにそのシステムを使い続ける。HPA軸に、とくに幼少期に負荷をかけすぎると、長期にわたる深刻な悪影響が体にも、精神にも、神経にもさまざまに出てくるのである。

●ストレスを管理するプロセスは「アロスタシス」とよばれる。これこそが体を損なう要因であり、人体のストレス対応システムは、酷使すればやがては壊れてしまう。そうした徐々に進行する人体への負担をマキューエンはアロスタシスによる負荷と呼び、負荷による有害な影響は体を観察していればわかるという。


●アロスタティック負荷(ストレスを管理することで受けてきたダメージの総量)を数字に置き換えるこころみがある。これを正確に表そうとするなら、血圧や心拍数だけでなく、ストレスによって敏感に動くほかの数値も考慮する必要がある。コレステロールやC反応性タンパク(CRP)のレベル、尿中のコルチゾールその他のストレスホルモンの数値、血中の糖やインシュリンや脂質の数値などだ。これらすべてを含む複合的な値が、将来どんな病気にかかるかを判断する際に信頼のおける数値となる。


●子ども時代の逆境(ACE)の数値が高ければ高いほど、成人後も常習行為から慢性疾患にいたるまでほぼすべての項目でより悪い結果が出ていた。ACEの数値が4以上の人は子ども時代に逆境になかった人々に比べて喫煙率は2倍、アルコール依存症である割合は7倍、15歳未満で最初の性行為を経験した割合も7倍。がんの診断を受けた率は2倍、心臓病は2倍、肝臓病も2倍、肺気腫や慢性気管支炎を患っている率は4倍だった。ACEの数値が6を超える成人は、ゼロの人びとに比べて自殺を試みたことのある割合が30倍にのぼった。そしてACEの数値が5を超える男性は、ゼロの男性に比べて46倍という高率でドラッグを注射したことがあった。


●ストレスの影響はおもに思考を制御する能力を弱めるかたちで出る。これは「実行機能」として知られる。実行機能は高次の精神活動の集積である。おおまかにいって、混乱していたり予測がつきづらかったりする状況や情報に対処する能力のことである。ストループ・テストでは緑色の文字で書かれた「赤」という単語を見せられ、単語は何色で書かれていましたかと尋ねられる。赤、と答えないためにはいくらか努力が必要で、とっさに赤といいそうになる衝動に抵抗するときに使っているのがこの実行機能なのだ。

(正田注:この記述を見る限り、「実行機能」という概念は『ファスト&スロー』でいう「システム2(遅い思考)」の機能に似ているように思われる。直観的・反射的な思考の誤りをチェックする機能である。ストレスの影響を受けない人のほうが「まじめ」にものを考えられるということだろうか)


●貧困はワーキングメモリを低下させる。10年を貧困のなかで過ごした子どもは5年の子どもよりもワーキングメモリ・テストのスコアが悪かった。ところが、統計学の手法を使ってアロスタティック負荷の影響を除外すると、貧困の影響も完全に消えてしまった。実行機能の能力を阻害しているのは貧困そのものではなく、貧困にともなうストレスだったのである。


●実行機能の高低は将来を見通すのに非常に役立つが、実行機能はほかの認知的スキルよりもはるかに柔軟である。前頭前皮質は脳のほかの部位よりも外からの刺激に敏感で、思春期や成人早期になっても柔軟性を保っている。だからもし環境を改善して実行機能を高めることができれば、その子どもの将来は劇的に改善される可能性がある。

(正田注:「成人早期」という言葉が出た時、想起されるのは、学校を出て就職して間もない若者は、まだ人生をやり直せる余地があるかもしれないということである。とりわけ、かつて流行ったフラット化ではなく、昔ながらの5−7人のユニットで仕事をし、リーダーが十分に1人1人に目が届く環境であれば、それはその子の人生にとって、かつてなく信頼のおける大人に「みてもらえる」「育ててもらえる」環境が整うことになるのである)


●思春期の脳には独特にバランスの欠けたところがあり、そのせいでよくない衝動の影響が出やすい。強い影響を与える神経系は2つあり、この2つの発達がきちんと連動していないところに問題がある。一方は刺激処理システムと呼ばれるもので、これによって人はより興奮を求め、感情的に反応し、周囲の情報に敏感になる。もう一方は認知制御システムと呼ばれるもので、あらゆる衝動を規制する。十代が危険な時期であるといわれてきたのは、刺激処理システムが思春期の早い段階で最大まで発達するのに対し、認知制御システムのほうは二十代になるまで成熟しきらないためだ、という。このため数年のあいだは行動を抑えてくれる制御システムが不備なままで狂ったように刺激を処理していくしかない。

(正田注:こうした思春期の脳の状態を考えれば考えるほど、この時期のネット依存は危険なことに思えるのだ)


●毛づくろいとアタッチメント、ストレス制御の関係の話題。母ラットになめられたり毛づくろいをされたりする頻度の高かった群の子ラットを「高LGグループ」、頻度が低かった群を「低LGグループ」としたとき、高LGグループは迷路を抜けるのもうまく、より社会性があり、好奇心が強く、攻撃性が低く、自制がきいた。より健康で長生きだった。高LGグループと低LGグループではストレス対応システムに著しい相違がみられた。ストレスに対処する脳の部位の大きさやかたちや複雑さが大きく異なった。


●母ラットがなめたり毛づくろいをしたりすることで与える影響は子ラットのホルモンや脳内化学物質の範囲にとどまらないことが立証された。もっとはるかに深い領域、遺伝発現の制御にまで影響が及ぶのである。生まれてまもないころの子ラットへの毛づくろいは、DNAの制御配列への化学物質の結合―「メチル化」として知られるプロセス―に影響する。毛づくろいによって子ラットのゲノムのどの部分に「スイッチが入る」のか突き止められた。それはまさに成体になってからストレスホルモンを処理する場所、つまり海馬をコントロールする分節(セグメントだった。

●1万2千人を超える幼児を生後まもないころから追跡し、ストレスのある状況に反応してコルチゾールのレベルがどれだけあがるかを計測したところ、家庭内の騒動や混乱、人の出入りといった環境上のリスクが子どものコルチゾールの値に大きな影響を及ぼすことがわかった。ただしそれは母親が無関心だったり無反応だったりした場合だけだった。母親の反応の感度が高ければ、環境上の要因が子どもに与える衝撃はほぼ消えてなくなるようだった。いいかえれば、質の高い育児は逆境による子どものストレス対応システムへのダメージをやわらげる、強力な緩衝材として働くのである。


(正田注:皮膚接触によるエピジェネティクスの議論。このあたりは女性活用の観点からすると不愉快なようだが、結局わたし自身はそのような選択をしていたと思う。3人の子どもたちの一番末っ子が3歳になるまでは専業主婦をやっていたので、仕事から離れていた期間が8年にわたった。それでも子どもが幼いうちは膝の上で育てることには疑いをいだかなかった。こうした毛づくろいの理論を発展させるとアベノミクスの「育休3年抱っこし放題」ということになると思うのだが、私は人間も生物の一種だと思う方なのであまりそれに抵抗を感じない。女性はとくに有能な人であれば、3年程度のブランクはすぐに追いつき追い越すものだと思っている。もちろん制度設計をする側になったことはないので、その困難を度外視して言っている)


●中学生を対象とした研究で、累積されたリスクの値、アロスタティック負荷の測定値、それからジェンガ(おもちゃ)を母子で一緒に遊んでもらっているところを研究者が観察した結果を総合すると、環境上のリスクの値が高いほどアロスタティック負荷の値も高い。しかし母親がジェンガのゲームのさいちゅうに子どもの感情に敏感で手助けをしたり気遣いを示したりした場合、劣悪な環境でもアロスタティック負荷には影響を与えなかった。ごくふつうの適切な親のかかわり方が、子どもの将来に大きく影響を与える。


●愛着(アタッチメント)理論。エインズワースの1960年代から1970年代までの研究で、生後1か月ほどのあいだ、泣いたときに親からすぐにしっかりとした反応を受けた乳児は、1歳になることには、泣いても無視された子どもよりも自立心が強く積極的になった。


(正田注:アタッチメント理論は当初ウーマンリブの風潮からは女性を家庭に縛り付けるものだとして批判的に迎えられたときく。わたし個人は親がそれの前の行動主義育児理論にかぶれたらしく、「抱き癖がつく」と抱っこされないで育ったらしい。そうしたハイカラな理論を学ばなかった親戚のおばちゃんが「赤ちゃんは抱っこして目を見ながらミルクをやるものよ!」と母親に意見したらしい。現代ではそちらのほうが正解になっている。今でも人に甘えられない孤独な性格はそれのせいだろうか、と思うことがある。自分の子に対しては反動でしょっちゅう抱き上げて育てた)


●彼らの発見によれば、アタッチメントの分類は決定的な運命ではない。子ども時代のうちに愛着関係が変わることもあれば、「不安定群」に分類された子どもが大人になってから成功する例もあった。しかし多くの子どものケースで、アタッチメントの安定した子どもたちは人生のどの段階でも社会生活を送るうえでより有能だった。就学まえも友達とうまく遊ぶことができ、児童期にも親密な友人関係を築くことができ、思春期の複雑な人間関係もより上手に切り抜けることができた。


●子どもたちの高校生活を追ったところ、どの生徒がきちんと卒業するかを予測する際に、知能検査や学力テストの得点よりも、幼少期の親のケアにかんするデータのほうが精度が高かった。幼少期の親のかかわり方のみを判断材料に、子どもたち自身の気質や能力をあえて無視して数字をはじきだしたところ、精度は77%だった。つまり、子どもたちが4歳にも満たないうちに、誰が高校を中退することになるかを8割近い確率で予測できたことになる。


●貧困家庭の母親の支援をすることによって愛着関係をよいものに変えることができる。リーバーマンは親子心理療法と呼ばれる治療法を開発した。親子心理療法では、幼児のセラピーと危機にある親のセラピーを同時におこなって親子関係を改善し、親と子の両方を心的外傷の影響から守ろうとする。週1回のセッションが1年つづくこともある。治療群では、1年の治療後2歳になった時点で、61%の子どもが安定した愛着関係を形成していた。対照群ではそれがたったの2%だった。


●フィッシャーは里親を対象にしたプログラムで、里親に6か月の訓練を施し、家庭内の対立や困難な状況をうまく処理するためのアドバイスを与えた。このプログラムを6か月受けたあとの子どもに「安定群」の徴候だけでなく、コルチゾール分泌のパターンの変化―機能不全から完全に正常へ―が見られた。


●ポジティブ心理学の登場。セリグマンは『性格の強みと美徳』(未邦訳)で、「好ましい気質の科学的な分析」をはじめようとするひとつの試みをおこなった。そこではどの時代のどんな社会でも評価される性質をつきとめようとし、古今東西の多くの場所で高く評価されると思われる24の性格の強みをリストにまとめた。このリストには、勇敢、市民性、公正、賢明、高潔といった従来高く評価されてきた特徴も含まれる。また、愛、ユーモア、熱意、美をめでる心といった情緒の領域に踏み込んだものもある。さらに、社会的知性(人間関係における力学を認識したり、異なった社会状況にすばやく適応したりする能力)、親切心、感謝の心といった日々の人間関係にかかわるものもある。セリグマンとピーターソンは「性格」を、変わる事のおおいにありうる―適応できる力を備えた―強みや能力の組み合わせであると定義した。性格とは習得でき、実際に仕える、そして何より人に教えることのできるスキルなのである。


●「読み替えスピードテスト」という退屈なテストの成績が、重要な資質の指標になった。NLSYの参加者のうち大学を卒業しなかった者だけを見ると、読み替えスピード・テストのスコアはあらゆる点で認知能力テストとおなじくらい正確な予測指標になっていた。スコアの高かった者の年収は、低かったものよりも何千ドルも多かった。
 このテストで測れるのは、見返りがなくてもテストに真剣に取り組むことができるような、内なるモチベーションだ。この「見返りの有無にかかわらず努力できる資質」を、パーソナリティ心理学の言葉で「勤勉性」とよぶ。


(正田注:一時期内発的動機づけか外発的動機づけか、の議論が流行ったが私はあの議論に乗れなかったし、「アルフィー・コーン」の著作に関しては強烈な論争のネタにしたが、その理由がこれでわかる。勤勉な人はほっといても勤勉なのである。コーン氏が批判した、小遣いで釣って勉強させる親子の図などは、もともと子どもが勉強好きでなく報酬が好きな性質、いわば勤勉性の低い性格のもちぬしだった、という程度の話である。
 また、じゃあ勤勉性の高い人にご褒美が必要でないのかというと、その人たちでも1か月とか1年という単位で、無給で働くのと有給で働くのとどっちがいいか?ときかれれば有給のほうがいいと答えるはずである。ただそういう実験デザインがないだけである。また、全然承認されないよりは適度に承認されたほうが彼らだって嬉しいはずである)


●パーソナリティ心理学の領域で勤勉性の研究の第一人者であるブレント・ロバーツによると、研究の世界では「勤勉性」は厄介者扱いされ、あまり研究されないできた。「研究者というのは自分が価値を置くものについて研究をしたがるものです」とロバーツはわたしにいった。「勤勉性を高く評価するのは知識人でも学者でもない。リベラルでもない。宗教色の濃い保守派で、社会はもっと管理されるべきだと思っている人びとです」(ロバーツによれば心理学者が好んで研究するのは「未知のものごとに対する開放性」だそうである。「開放性はクールですからね」と彼は少しばかり悲しそうにいっていた。「独創力についての研究だから。それに、リベラルのイデオロギーともいちばん強い結びつきがある。パーソナリティ心理学の世界にいる人間はほとんどがリベラルなんですよ。いってしまえばぼくもね。学者は自分たちのことを研究するのが好きなんです」)


(正田注:ここも示唆的で、少し笑えた。そうなのだ、学者、コンサルタント、新聞記者といった人々は社会人全般からみるとかなり特殊で、「自由」を標榜したがる。かれらは独創的なもの、新奇なもの、表現的なものが好きで好んで扱う。わたしはよくアリとキリギリスの比喩を使うが、承認コーチングなどはまるっきり「アリ」の世界の営みで、勤勉で愛社精神に富んだ良きサラリーマン、ビジネスマンのやることだ。そういうものは自由人の彼らにとって退屈で、取り上げる価値のないものなのだ。アリが働いてこそ彼らもお給料をもらえる立場だというのに)


(続き:なお、「ビッグ・ファイブ理論」はこのブログでは『パーソナリティを科学する』(2009年11月頃?)の読書日記でとりあげている。一時期、当協会プログラムでも性格分類の部分で「ソーシャルスタイル」をやめて「ビッグファイブ理論」に乗り換えようかと思ったが、「承認」との相性の良さで結局今でも「ソーシャルスタイル」を使っている。このときの読書日記に私は、「外向性の低い私は誠実性(勤勉性)を極限まで高めて辛うじて研修講師の仕事をしているのだと思う」という意味のことを書いた)


●産業・組織心理学の分野では、勤勉性は評価されてきた。企業には学究的で難解な議論とはかけ離れたニーズがあり、生産力が高く、信頼のおける、仕事熱心な働き手を雇いたいわけである。職場の成功のいちばんの指標となるのはビッグファイブのうちの勤勉性であるとわかった。
 勤勉性の高い人びとは、高校や大学での成績もよい。犯罪にかかわる率が低い。結婚生活も長く続く。そして長生きである。喫煙率や飲酒率が低いせいだけではない。血圧が低めで脳卒中にならず、アルツハイマー病を発症する確率も低い。


●勤勉性のわるい面。一部の心理学者は、過剰な自制心は過小な自制心と同様問題になりうると主張した。そういう人びとは「決断に困難を覚え、必要もないのに満足をあとまで我慢したり、喜ぶことをみずからに禁じたりする」。こうした研究者たちによれば、勤勉性の高い人々は古くさく堅苦しいし、神経症的で抑圧されているという。


●しかし全般的に、ものごとの良好な結果と自制心は相関する。2011年、1000人を超える若者を30年にわたって追跡した研究がまとまった。それによると子どものころの自制心が弱いほど、32歳の時点で喫煙率が高く、健康に問題を抱えている割合が高く、信用度が低く、法律上の問題を抱えている確率が高かった。影響が甚大なケースもいくつかあった。子どものころの自制心のスコアが最も低かった人々は、最も高かった人びとに比べて3倍の確率で犯罪にかかわっていた。アルコールやドラッグの依存症である確率も3倍。ひとりで子どもを育てている確率は2倍だった。


●やり抜く力(グリット)。ひとつの仕事に情熱を持ってかかわり、揺らぐことなく専念できる資質。グリット・スケールはやり抜く力を測定するテストで、12の短い文章が並んでおり、回答者がそれぞれについて5段階で自己評価する。自己申告だがおおいに成功を予測する指標になることがわかった。

(正田注:一昨年流行った「意志力」ですね)


●ピーターソン(セリグマンの共同研究者)は、24の性格の強みを実際の教育システムに取り入れるために絞りこみ、7項目のリストにした。

・やり抜く力
・自制心
・意欲
・社会的知性
・感謝の気持ち
・オプティミズム
・好奇心


●富裕層の子どもも中学あたりから精神面の問題を持ちはじめる率は高い。「ヘリコプター・ペアレンツ」―つねに上空をうろつき、何かあれば助けだす準備は万全―と呼ぶような親は大勢いるが、子どもとの気持ちの結びつきがない。豊かな子どもたちが抱える悩みのいちばんの原因は「成果をあげることへの過大なプレッシャーと、精神、感情の両面における孤立」だった。

●裕福な家の思春期の子どもに不安や鬱の値が突出して高い。親と子のあいだに感情面でのつながりがない場合、親は往々にして子どもの悪いおこないにひどく甘かった。


●裕福であることは、生徒の性格の発達に有害な影響を与えうる。リバーデールでは多くの親が子どもに抜きんでることを強要しながら、まさにそのために必要な気質の成長を知らず知らずのうちに妨げている。もともとリバーデールのような学校の目的は子どもたちの人生における可能性の「天井」を高くすることではなく、「床」を堅持すること、子どもが上流階級から転げ落ちることのないようなつながりや保証を与えることだ。リバーデールが親たちに提供するのはほかの何よりも、失敗のない人生への保険なのである。

●ここに問題がある。若者の気質を育てる最良の方法は、深刻に、ほんとうに失敗する可能性のある物事をやらせてみることなのだ。ビジネスの分野であれ、スポーツや芸術の分野であれ、リスクの高い場所で努力をすれば、リスクの低い場所にいるよりも大きな挫折を経験する可能性が高くなる。しかし独創的な本物の成功を達成する可能性もまた高くなる。


(正田注:このあたりは、丸々うちの近所のK南学園のようなお坊ちゃん学校のことを言っているようだ。まさしく、こうした学校の存在意義はセーフティネットであり、若者らしい挑戦の場ではない。幼稚園のころからこうした環境でぬるいおともだち関係を築いてきてJCやらS和塾やらその他お坊ちゃん御用達の団体にもそれを持ち込む、一生そこから抜け出せないで終わる。その「おともだちつながり」で人格の輪郭のぼやけた人と話しているとわたしも、いつまでも自立した大人と話しているような気になれないのだ。畢竟、こうしたその世界では平凡な育ち方をしてしまった二代目経営者がしっかりした独立自尊の経営者になろうと思ったら、子どものころからの自分の育ち方を一度解体するぐらいの覚悟が必要なのではないだろうか)


●KIPPでおこなわれる意志力を身につける手法。「実行意図をともなう精神的対照(MCII)」という。過度なオプティミストにもペシミストにもならない。ポジティブな結果に集中しながら、途中の障害についても考える。この両方を同時におこなうことで、「未来と現実に強いつながりができ、望ましい未来に到達するために乗り越えるべき障害が浮かびあがってくる」。

(正田注:コーチング研修でやる「望ましい未来を思い浮かべながら、『何が障害になりますか?』という質問もする」というのと同じではないだろうか)

●「習慣と性格は本質的にはおなじものです。よい子どもと悪い子どもがいるわけではなく、よい習慣を持った子どもと悪い習慣をもった子どもがいるのです。・・・わたしたちの神経系は一枚の紙のようなものである、繰り返し折れば、折り目がつく。」


●ステレオタイプの脅威にさらされている生徒たちに、「知能はさまざまな影響を受けやすいものである」と種あかしをすると、それを理解した生徒は自信を持ち、テストの得点やGPAがあがることもたびたびあるという。知能は影響を受けやすいものだと信じている生徒のほうが成績がはるかによい。


●ドゥエックは人々をふたつのタイプに分けた。「凝りかたまった心」の人びとと、「しなやかな心」の人びとである。前者は、知能やほかの能力は本質的に生まれつき変わらないものであると思っている。後者は、知能は改善できると信じている。正しい対策によって生徒の心のありようを凝りかたまったものからしなやかなものへ変えることはできるし、結果としてそのほうが成績もあがる。しなやかな心をつくるメッセージを聞いた生徒のほうがアンチ・ドラッグのメッセージをきいた生徒よりもはるかにいい成績をあげていた。最も顕著な効果は女子生徒の数学のスコアに見られた。


●1人の生徒が質問した。「強みとされる気質が裏目に出ることはないんですか?」
「もちろん、裏目に出ることもある」とウィッターは答えた。「やり抜く力が強すぎれば、他者に共感する能力を失うかもしれない。やり抜く力があまりにも強すぎて、つらいことなど何もないというミスター・グリットになってしまうと、ほかの人びとがつらいとこぼす気持ちも理解できず、人にやさしくできなくなる。愛することだって―、」


●チェスの強さを決めるのはどんな精神活動か。ある特定の精神作業をおこなう能力、認知的スキルと同程度に精神の強さも必要とする、「反証」として知られるタスクである。
 ある理論の妥当性を調べる唯一の方法は、それがまちがっていると証明することである。このプロセスをポパーは反証と呼んだ。科学理論だけでなく日常生活においても反証の下手な人は非常に多いことがわかった。ことの大小を問わず何かの理論を実証しようとするときに、人はその理論に反する証拠を探そうとはせずに、どうしても自分が正しいことを証明するデータを探してしまう。「確証バイアス」として知られる傾向である。これを乗りこえる能力がチェスの上達においてはきわめて重要な要素だった。


●チェスプレーヤーに盤を見せて次の最良の一手を考えてもらい、それに対して対戦相手はどう反応するか、またそれに対して自分はどんな手を打つかを考えてもらった。ベテランは初心者より正確に予測した。上級者のほうが悲観的だった。初級者は気に入った手を見つけると確証バイアスの罠に陥りやすい。勝利につながる可能性だけを見て、落とし穴は見過ごしてしまう。これに比べ、ベテランは隅にひそむ恐ろしい結果を見逃さない。上級者は自分の仮説を反証することができ、その結果、致命的な罠を避けることができる。


(正田注:わたしはいまだにしょっちゅう間違いを犯してばかりいる人間だけれど、この記述を見て過去に研修をべつの講師と組んでやろうと模索したことを思い出した。もう1人の講師と準備段階で研修アイデアを話し合うと、パートナーからは次々とこれまで試したことのないアイデアが上がってくるのだが、わたしは軒並み「それをやると、こうなる」「それをやると、ああなる」と、却下してしまうので、しまいにパートナーは「自由度がない」とへそを曲げてしまうのだった。でもわたしには見えるのだ、「研修とはいえ間違ったら人が死ぬ」というのが。なぜほかの講師にはそういう視点がないのか不思議だった。アイデアがクリエイティブに湧いてくるに任せてやれれば、それは幸せなことだと思うが。その後何年かたって、わたしが組もうとした元パートナー講師のひとりが転身して講談師になったことを知った。彼女は「教育」よりも「表現」の世界の人だったのだ、と思うと少し安堵した。「何手か先」を考えるほうの資質では、おそらくなかったのだ。そして「却下」ばかりしていた傲慢なわたしの思考プロセスが正しかったのかどうかは、この10年の受講生様方の出してきた成果を信じるしかない)


 


 引用は以上です。アメリカの良心的教育者たちが貧困家庭の母親への支援や、子どもたちの「性格の強み」を伸ばすことによって貧困の連鎖を断ち切ろうとする努力には本当に頭が下がりました。

 もう一度生き直すことができるなら、そんな仕事に就きたかったかもしれない。

 「承認の先生」には、お察しのとおりもう大分飽きています。だれか後を継いでくれたらな、と思います。

 でも一方で、現代日本の良心的な親御さんや良心的な先生方の願い、すなわち誠心誠意育てて責任感ある人間に育った子どもたちが社会に出て大きく羽ばたいてほしいとの願いが叶うのは、良いマネジメントを通じてだけなのだ、と気を取り直すのですけれど。

 「マネジメントになど頼るな、自分の力で思った通りに生きろ」などというのは、自分が組織の一番下っ端だったときにはどんなに無力で、上の人の導きが要ったか、を忘れてしまった不遜な議論なのです。


 なんて、それはこの本の主題とは全然別の話題でしたね。

 とまれ、
「何が子どもたちの人生を幸せにするのか」
30年にわたる追跡調査を含め、粘り強くしつこく追及した教育者や研究者たちの努力に脱帽であります・・・



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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お世話になっている皆様


 おはようございます。
 企業内コーチ育成協会の正田です。


 先週後半以来厳しい寒さが続いています。
 読者の皆様、お変わりありませんか。



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 本日の話題は:



■若者は会社を向くか、ネットを向くか
 「ネット・スマホ依存があなたの会社を蝕んでいる!?」


■ぬくもりのある「ください」
  当協会流「教えること」のこだわり・シリーズ「人に教えるということ」


■読書日記
  『人を動かす力』ハーバード・ビジネス・レビュー2014年1月号より
  『日本企業は何で食っていくのか』



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■若者は会社を向くか、ネットを向くか
 「ネット・スマホ依存があなたの会社を蝕んでいる!?」


 兵庫県中小企業団体中央会の機関誌・月刊「O!」新年号に連載中のコラム「誌上コーチングセミナー」第9回を掲載していただきました。

 お題は「ネット・スマホ依存があなたの会社を蝕んでいる!?」

 この記事は同会編集部のご厚意でブログに転載させていただいております。
 こちらからご覧ください。

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51879367.html


 こちらの記事にも書きましたように、わたくし個人は非常に危機感をもっております。
 近年のパワハラや、新型うつを含むメンヘルと思えていた問題も、ひょっとしたら深層のところでは「ネット依存」があるかもしれないのです。もちろんそれは個々の状況をよほど掘り下げてみないと見えてきません。

 組織崩壊の危機であるとともに、社会崩壊の危機かもしれない、ととらえています。

 上記の記事に登場される竹内和雄・兵庫県立大学准教授が、直近では今週末の18日(土)に、「INAGAWAスマホサミット」(猪名川町文化体育館・入場無料)で、『やめられない?止まらない!LINEやネット』と題して講演されるそうです。

 子ども・若者の世界で起きることは早晩企業でも起こります。当ネールニュース読者の方で、もしご興味のある方がいらっしゃれば、どうぞ聴講ください。わたくし正田も聴きにまいります。


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■ぬくもりのある「ください」
  当協会流「教えること」のこだわり・シリーズ「人に教えるということ」

 
 大人向けの教育研修のとりわけヒューマンスキル系の研修では、往々にして「教えるのではない。気づいてもらうのだ」ということが言われます。

 当協会では、それに対して「教える」ということにこだわってきました。

 最新版の「人に教えるということ」をこちらに掲載しました。


 「ぬくもりのある『ください』―人に教えるということ(3)」

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51879193.html


 ―現役管理職のとあるフェイスブックのお友達は、上の記事をご覧になって、

「あの『ロールプレイ』はわれわれにとって苦痛なんですよ。そういうことに配慮してくださるというのは、嬉しいですね」

と、コメントをくださいました。




 
 このほか「人に教えるということ」過去のシリーズ記事はこちらです

 「人に教えるということ」(2011年8月)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51754001.html

 「情報が沁みるスピード―続・人に教えるということ」(2012年7月)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51817885.html

 「『教える覚悟』への真摯な思考に耳を傾けよう―『教えることの復権』を読む」(2014年1月)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51879635.html

 

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◆ブログ「コーチ・正田の愛するこの世界」人気記事ランキング



1.神戸は住みやすいのか住みにくいのか?よのなかカフェ「外から見た神戸と内から見た神戸」開催しました

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4.ネット・スマホ依存があなたの会社を蝕んでいる!?

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5.ANA河本宏子氏インタビュー(1)CAは約6000人の巨大...

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51820117.html



こちらもお勧め・大好評「判断を歪めるものとの闘い」シリーズに新コンテンツができました

 
判断を歪めるものとの闘い(5)―爆笑ナルシシズム編

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51878575.html



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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

わたしはやっと新年以来の風邪が治り出歩けるようになりました。
皆様もくれぐれもお体おいたわりください。



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 今日は読書日記ばかり3本目をアップします。

 「人に教えるということ」の記事も最近シリーズ化しつつありますが、実はこれはルーツがあって、去年亡くなった実家の母は中学教師だったので、実家には中学の今でいうならカリスマ国語教師、大村はまの『教えるということ』があったのです。

 私が中学生ごろから、置いてあったと思います。

 中の文章は丸々忘れてしまいましたが、そこから受け取ったの大村氏の「教える覚悟」でした。


 それがどこか頭の中にあって、「人に教えるということ」のシリーズになっていると思います。
 自分は長いこと「教えるなんて嫌いだ、自分はそんな器じゃない」と言っていたくせにね。


 とりわけ大人に対するヒューマンスキル系の教育研修では、

「私は教えているんじゃありません、気づいてもらうことをしているんです」

という言辞はあちこちにみられます。

 ただ、それでは教える側学ぶ側どちらも責任を問われない、責任を引き受けていない、という趣旨のことも、わたしは著書やこのブログなどに書いてきたつもりです。

 そして、とりわけ「承認」という巨大な広がりと深さのあるコンテンツについては、「腰の引けた」伝え方では伝わらない、とも。


 その「私は教えていません」に対する、子どもの教育現場からの答えが、今回ご紹介する『教えることの復権』(大村はま/苅谷剛彦・夏子、ちくま新書、2003年3月)でした。

 時期的には、1998年から導入された「ゆとり教育」について、学力低下の警告サインが出始めたころです。

 ゆとりに対してつめこみが正しいのか、という議論はさて置いて、「教える」を再度標榜する大村氏の議論に耳を傾けてみましょう。


 れいによって印象的だったところの抜書きです:

大村:単元学習には非常に教師の力が要るわけ。この単元の目指すものはこれって決めて、そこへ向かって具体的に手を尽くさなければならない。これよさそうだ、これ楽しそうだなんてやっていたら学力低下になるのは決まっている。そんなやり方で、目標もはっきりしないのに、そのうえ子どもの希望に任せるなんてことをしたら、危ないですよ。まだ選ぶ目もない人に選ばせるわけだから。


 
 これは私が言ったら不遜にしか聞こえないでしょうが、中学教師の大村氏の立場でもこの言葉を言うのに当時は勇気が要ったことと思います。しかし真実です。より時代が下ると内田樹氏が『下流志向』で、教育の消費者になってしまった子どもたち、ということを言い出しました。

 そして、大人の世界でも残念ながら言える部分はあります。たとえば「承認教育」を行うか行わないかについて、多数決で決められることではありません。なぜならこの教育は従来の延長線上ではない成果を創りだしてしまうので、未経験者は誰もその未来を予測したりイメージしたりできないからです。それは多数決では選べない問題です。


大村:教師から問いを出して真実を聞きだすなんて無理なこと。子どもを知るというのはとにかく大変なことですよ。教育の仕事で最大のものではないかしら。その力を持たずにいろんなことをやっても、うまくいかないというくらい。
 私は、自分から問いを出して「このごろどんなふうですか」などと聞いて返ってくる答えのなかには、真実はないと決めていました。そうでなくて、私がいろんな話をしていて子どもも面白く聞いているうちに、思わず自分から自然に出てくる話、そのなかにピンピンと感じるものがある、それを感じとるのが教師の力じゃないの。

 

 これも深く頷く箇所です。私がこのブログを延々と8年間も書き続けることの理由の1つは、これです。身近なエピソードでも読書日記でも映画評でもあるいは自分自身の方針説明でも、とにかく私から大量の情報発信をしておくのです。すると、それを見ていた人は何かを感じてくれる。そして次回あったとき、関連でその人の心に浮かんだ思いをこちらから問われるのも待たずに話し出す。私は、その人の話題が最近の自分の記事のどれかとシンクロしてるな、と漠然と思いながら、でもその人から出てきた大量の思いを受けとめるのです。

 気持ちとしては、最近のどの記事の関連でこういうことを自分は思った、と前置きをつけてくださると本当は嬉しいんですけどね。でないとときどき相手の話が「見えない」ことがありますので。

 そして、「その力を持たずにいろんなことをやっても、うまくいかないというくらい」というのは、恐らくそうした相手(大村氏の場合は、子ども)から出てくる思いをすくいあげることなしに「教える」作業をしてもダメでしょうと、そういう「一方的に教えるとか押しつける作業はダメ」と、ただ教えることの限界も言っているのだと思います。短絡的に、「教える」ことを復権させる、じゃあ一方的に立て板に水と教師がしゃべってていいか、と大村氏はそんな極端なことは主張していません。もちろん私もであります。


 
大村:戦後の一番の失敗は、先生方が教えることをやめたことにあります。教えることは押しつけることで、本人の個性を失わせると、そういう話がたくさん出たでしょ。そういうのがちょっとしゃれて聞こえた。(正田注:大人の研修の世界ではその流行は今も続いています)戦後の教育の大失敗ですよ。先生とは教える人でしょう。教え方が悪かったので詰め込みになったかもしれない、だけど詰め込みになってしまったことがまずいだけだったのに、教えることを手控えてしまって、あの頃から教師が教師とはなにをする人かというのを忘れたのではないかと思う。
 

夏子:サッカーでも野球でもいいですが、そういうスポーツをやるときには基本的な技術がとても大切だから、まずは、こつこつ走るとか基本動作を確実に覚えるとかいうような地味な練習を積むしかないですよね。一番いいフォームがすっかり身につくまで、素振りを黙々と繰り返すような部分です。コーチは、それこそ手取り足取りで、理想的なフォームを教えることに迷ったりしないでしょう。
 ところが、学校の先生方が勉強については、そういう基本的なことを教えるのに、スポーツのコーチほどには手取り足取りしていないような感じがありますね。
 


 はい、私は大いに同意します。「自分は教えない」というのは単なる逃げ、責任回避、だと思っています。教えるというのはそれ自体なかなか難しいことで、それが出来ないから「教えない」のではないか、と勘繰りたくもなります。でも大人のヒューマンスキル研修の世界でこんなこと言うのは少数派です。

 「おこがましい」のは、承知のうえです。そのおこがましさの重圧に耐えた人だけが本当に教える人として人前に立つことができるのだろう、と思っています。
(だから、私は1日研修が終わると翌日はほとんど倒れているのですが、普通の「教えない」先生とか「好き勝手な事歌ってる」先生と比べてなぜそんなに「疲れる」のか、多くの研修事務局の人にはわかっていただけないみたいです)

 
 
 ・・・と、本書についてはほとんど無批判に「そうだそうだ」と心の中で叫びます・・・


 もうひとつ、本書の主題ともこの記事の主題とも少し離れているのですが、私が「引っかかった」くだりがありました。

 
夏子:どんな職業でも、仕事のしはじめの頃には、上の人にコテンパンに叱られてギャフンということってあるじゃないですか。私も、おまえは根性が曲がってるから仕事がうまくできないんだ、と言われたことがあって、次の日仕事に行きたくないと思ったことがあります。そんなこと言われる筋合いはないっ、て腹が立ってね。もう打ちのめされるぐらいにきびしくされて、それでもなんとか奮起してやり直すと、一歩成長したり1つコツをおぼえるというのがある。だから上の人は、自信をもって駄目出しをするのでしょう。こんなので給料もらえると思うな、なんて言われながら歯をくいしばって仕事しているのだけれど、先生にはそういう場があまりないんじゃないでしょうか。まわりは子どもばかりだし。



 これも、今日では「パワハラ」の観点から語られそうなことを言っていますが大事なことのような気がします。
 大学まで22年間で学んだとはまったく異質な種類の学びの世界に入る、そのときにそれまで身に着けていた(と思っている)ことを一度解体してゼロから泥まみれになって、初めて習得できることってあります。 

 自分で自分にダメ出しをできる人はそう多くない。しかしそういう時自信をもって駄目出しをできる上司は今どれくらいいるだろうか。また、「ブラック企業」の影響か、最近では大学生に対してパワハラ・メンヘルの講義をするようになっているそうだけど、極端に「自衛」の感覚をもった若い人が、そうしたダメ出しに出あって初めて学習できることに対しても心を閉ざしてしまわないだろうか。

 ふう、考え過ぎでなければいいのですが。


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 続いて、伊丹敬之『日本企業は何で食っていくのか』(日本経済新聞出版社、2013年5月)を読みました。

 タイトルの答えとして伊丹氏は「6つのキーワード」を挙げます。

 すなわち、

・日本企業は電力生産性で食っていく
・日本企業はピザ型グローバリゼーションで食っていく
・日本企業は複雑性産業で食っていく
・日本企業はインフラで食っていく
・日本企業は中国とともに食っていく
・日本企業は化学で食っていく

の6つです。これらは詳述しませんので知りたい方は本書を購入してお読みください。

 正田は、このへんはななめ読みして、これら各産業に共通して横たわる「組織」についての章を中心に読むのでした。

「第9章 日本の内なる病」

 東日本大震災への対応で浮かび上がった日本の組織内の弱さを伊丹氏は「平時対応、利害調整、中央志向という病」だと述べます。べつに組織間力学の病として「産業組織編制の病」があるといいます。

 ちょうどきのう、NHKスペシャルで「日本インフラ」をアジアに売り込むにあたって1つのプロジェクトに18の企業の連合体で入札に参加しようとし、タイ政府から「本気度はあるのか」と呆れられ価格面も折り合わず受注できなかった、という話をやっていましたっけ。

 
 それらの本質原因は3つ、すなわち

・経営者の器量
・組織の防衛本能
・人々のエネルギー水準

と著者は言います。

最初の「経営者の器量」について。
 伊丹氏の名著『よき経営者の姿』では、経営者のいい顔つきの条件を次のように挙げました。

・深い素朴さ
・柔らかい強さ
・大きな透明感

(余談ですがここまでの要約文をご覧になってもおわかりになるように、伊丹氏の文章は非常に要約し易い。箇条書きにしやすいです。たぶんですがこういうのは日頃の頭の中の抽象化、練り込みの度合いを示すのだと思います)

(「素朴さ」は、大事です。マネジャーの行動観察をやった経営学者ミンツバーグについて、だれか日本人学者が「子どもの眼」と言っていましたが、同じことではないかと思います。「事実」を誤らず見定めるバイアスをかけない眼というものは子どものような飾らぬ輝きを持っていることでしょう)

 このあたりは少し長く引用しましょう。

 
 
器量の小さな経営者は、危機の際にも平時からの頭の切り替えができそうにない。つい、問題を矮小化して考えそうである。また、自分で方向を示して引っ張っていく器量もないから、つい関係者の利害調整でその場を凌ごうとする。そのくせ、ついつい現場のディテールが気になり、チェックをする。そうなると、現場は『社長に分かりやすい』解答を出すようになる危険が増す。あるいは、あらかじめ社長の意向を先読みしようとして、ムダなエネルギーを使う。ましてや、産業組織の再編成のような大技は考えられない。経営者の器量の小ささは、内なる病の大きな原因なのである。
 


 もし現役経営者がこの文章を読んだら、「われわれに期待しすぎだ。買い被りすぎだ」とカンカンになって怒るかもしれない。
 わたしはエグゼクティブ・コーチもするが、戦略については残念ながら教えられない(引き出すぐらいはできる)と思っています。不透明な未知の未来への果敢な跳躍は、自社の不変の理念を一心不乱に考え、かつ今ある内外の手持ちのカードとの掛け合わせでしかないと思っています。しかしすべての材料をにらみ合わせながら「大きな絵を描ける」のはやはり経営者しかいません。

 
 このあと伊丹氏は「失われた四半世紀」―もはや20年ではない、四半世紀なのだ―の病の本質を逆手にとり、病のドツボにはまっている論理を逆回転させよう、と提起します。

「病を癒すのは、ポテンシャルを活かす実行をすることによって癒す。癒してから実行ではない。実行するから癒される」

 
 ―情報収集もいい。しかしなまじ際限なく収集できる環境に身を置くと、「実行」することが忘れられる危険性もある。収集が目的になってしまってはいけない。―

 
 さて、「病を反転させる」手段はどんなものがあるでしょうか。


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 『Harvard Business Review』(ダイヤモンド社)2014年1月号は「人を動かす力」を特集しています。

 同誌は周期的にこういう特集を組み、わたしも周期的に買って紹介している気がします。

 その中から二篇の論文をご紹介しましょう。

 「温かいリーダーか強いリーダーか」(原題' Connected, Then Lead')では、「リーダーはまず温かさを示せ」ということを言います。

 ここではマキャベリの「愛されるよりも恐れられるほうが、はるかに安全である」の言葉を引きながらも、それとは別にこう言います。


 
今日のリーダーは、職場における自身の強さ、能力、資質を強調する傾向がある。だが、これは完全に間違ったアプローチだ。信頼関係ができる前にリーダーが強さを誇示すれば、相手は恐怖に陥り、組織の機能を損なう行動が多発するおそれがある。恐怖心は認知面のポテンシャルや創造力、問題解決能力を蝕むため、社員は身動きがとれなくなり、場合によっては職務から脱落してしまうかもしれない。恐怖と歯「激しい」感情であり、その影響はなかなか消え去らない。「穏やか」な感情とは違って我々の記憶に焼きつくのである。
 (中略)
 影響力を発揮して人を統率するためには、まずは温かさを示すことから始めるべきだと示唆する研究が増えている。温かさのある態度は、信頼の構築やコミュニケーションを円滑にし、アイデアを引き出しやすくするという意味で、影響力を発揮する通路となるのである。
(太字正田、以下同じ)

 温かさを示すにはどうしたらよいか。著者によれば、言葉以外のちょっとしたシグナル―たとえばうなずいたり、ほほえんだり、オープンな姿勢を見せたりするのがよい。口調はトーンとボリュームを控えめに、率直に、ごまかしや大げさな感情移入をせずに、大事なことを共有してくれていると感じさせる口調で。そうすることで、物事を適切に処理するために腹を割って話しているというシグナルが伝わる。また、オープンな態度を示すために、自分の個人的な話を、打ち明け話をするような調子で話してみてもよいかもしれない。ある有能だが人間関係の問題を抱えたマネージャーは、ミーティングの冒頭やプレゼンテーションに自分の子ども時代のエピソードを加えることで、温かさや親しみやすさの面を同僚に示すことができるようになった。

 このほか、部下たちの感情やものの見方を共有する(共感)、というのも効果的なやり方だと著者は言います。

 
たとえばあなたの会社で大規模な組織改革が実施されていて、グループのメンバーが、クオリティ、イノベーション、雇用保障の面の影響に不安を募らせているとする。メンバーと話す時には、彼らの恐れや懸念を受けとめるようにしよう。これは正式な会議の場でも休憩中の雑談でも同じである。みんなと目を合わせながら、「君たちがいま、大きな不安を感じていることはわかっている。とても落ち着かない状況だ」と話せば、グループが共有する問題にあなたが立ち向かおうとしていることにメンバーたちは敬意を示し、より心を開いてあなたの話を聞くようになるだろう。

 
 ここには触れられていませんが当然、「承認」(口先のお世辞ではなく本心からの誠実なもの)は何よりも強い「温かさ」の提示方法であり、「承認」は強力なリーダーシップの手法である、という当協会の従来からの主張を補強することにもなります。「温かさ」を示すことに成功したリーダーは、次の段階で「強さ」をも効果的に提示できるのです。


 続いてわたしたち自身はなぜ「強さ」の方を提示しようと躍起になるのか、について。
 私たちはみずからが職務に適任であることを証明しなければならないという強迫観念にかられ、会議で最も斬新なアイデアを出し、先陣を切って困難に立ち向かい、だれよりも遅くまで仕事をしようと躍起になっている。しかし実際に人が他者を評価する時に最初に注目するのは、その人が信頼できるかどうかという点なのだ、と本稿の筆者はいいます。

 「しかし、能力を最初に押し出してしまうと、リーダーシップの面ではマイナスになる」と筆者。「信頼関係のない職場では『自分の身は自分で守る』ことが原則となり、各自が自分の利益の保護に神経をとがらせることになりがちだ。また、他者に手を貸しても見返りや評価につながる保証がないため、そうした行為に消極的になる可能性もある」

 信頼のない職場では協力関係もない。逆に「承認」を導入してしばらくした(といってもほんの1−2か月のことです)職場で協力行動の増加がみられたことはこのブログには何度もでてきました。

 
 「温かさ」は最初に評価される。社会心理学の研究では、実験参加者に顔だけで他者を評価させたところ、一貫して能力の高さよりも温かさが先に指摘された、といいます。さらに実験参加者にワード・パズルを解かせたところ、能力に関する単語(「熟練」など)よりも温かさに関連する単語(「友好」など)のほうが有意に早く回答されたとのことです。
 行動経済学の分野では、パートナー候補の顔をぱっと見た印象に基づいて、より信頼できそうだと判断した相手により多くの資金を割り当てた。この論文ではありませんが2人の人が会話している様子を観察して、どの人が信頼できるか、一緒にビジネスをしたいか、と尋ねるとオキシトシン受容体遺伝子の最も高オキシトシンになるスニッブの持ち主が最も会話の中で共感を示し、かつビジネスパートナーにしたい相手だと評価された、といいます。

 ・・・と、それくらい「ぱっと見の温かさに基づく信頼感」は大事だ、というお話。恐いですねえ。


 次のフレーズは「承認」にお詳しい方であれば年来のこのブログの主張と重ねあわせながらお読みください。


 
 信頼関係があると社員が他者のメッセージに耳を傾けるようになるため、アイデアの交換や受容もスムーズになる。その結果、組織のなかで量・質ともに豊かなアイデアが生み出されるようになる。

 しかし何より重要なのは、信頼を確立することによって、社員の表面的な行動だけでなく態度や考え方まで変えるチャンスが生まれるということだ。これこそリーダーが社員に影響力を及ぼすための最適なアプローチであり、メッセージを完全に受け入れさせる秘訣なのである。
 


 えと、しつこいようですがこれ正田が「承認の効用」について書いた文章じゃないんですよ。HBRに寄稿された、ハーバードビジネススクールの准教授がパートナーコンサルタントらとともに書いた論文です。

 この論文は残念ながら「承認」には触れず、ただあとのほうの文章で「人間には聞いてもらいたい、見てもらいたいという心の奥底からの願望がある」と、「承認欲求」に通じることを述べています。

 ひょっとして「承認リーダーシップ」「承認マネジメント」は、リーダーシップの一番入口で重要な部分を科学的に学習可能にした、世界最先端の画期的な手法だったりするかもしれません。
 仮説レベルでなく、「承認」に本気で取り組んだリーダーたちがいかに多くの奇跡を巻き起こすか、こうした海外の論文にもまだ登場したためしがないのです。

 というわけでいつもの伝で会員様、受講生様、分からない人たちのことはほっておいて、引き続き胸を張ってお取り組みくださいね。反対のための反対をする人たちはいずれ絶滅しますから。

 
 さて、「温かさ」だけがあって「強さ」がない人も当然リーダーには向きません。この論文によると、最も有能なリーダーは男女を問わず、ある独特な生理学的特徴を持っていて、それは相対的にテストステロン値(リスク・テイクに関連する)が高く、コルチゾール値(ストレス反応に関連する)が低いということだそうです。「相対的に」という言葉を使っているのは恐らく、テストステロン値は高すぎると粗暴な犯罪者、ルールを守らない人、他人を平気で傷つけたり奪ったりしてしまう人になってしまう、だから平均よりやや高めぐらいがよい、ということでしょう。

 
 
このような特徴を持つリーダーは、トラブルが起きてもそれに呑み込まれず対処できる。言動に緊張感があっても心のなかは落ち着いている。彼らの姿は周りにはしばしば「幸福な戦士」と映り、その振る舞いは人々の心を惹きつける。

 

 強さをボディランゲージで伝える方法というのもあり、最大のものは「良い姿勢で立つこと」。身長が最も高くなるように立つ。また、

体を動かすときはだらだらとせず、意識的かつ緻密な動きで意図した姿勢に収まるように心がける。そして動き終わったらしっかりと静止する。そわそわしたり何かをいじったりするなど、視覚的に無駄な動きがあると、自分をコントロールできていないという印象を与えてしまう。静止した状態は冷静さの表れである。
 


 モタモタした研修講師の代表、正田はこのあたりをよーくお勉強しなければいけないと思う・・・(苦笑)。


 さて、一篇目の論文の紹介で既に大分長くなってしまいましたが引き続き二篇目をご紹介したいと思います。

 『権力と影響力―有能なマネジャーと無能なマネジャーは何が違うのか』原題'Powwer, Dependence, and Effective Management' 、ジョン・P・コッター、1977年)

 優れたマネジャーはどのように権力を身につけ、これをどのように行使して影響力を発揮しているのかを26組織250人の管理職へのインタビュー調査から明らかにしたものだそうで、この分野の古典です。


 ここでも、スタッフ部門のマネジャーとライン部門のマネジャー間で「権力」についての必要性が違い、この論文ではライン部門のマネジャーはより権力を行使せざるを得ない、と言います。スタッフ部門のとりわけリーダー教育をふくむ教育研修に携わる人は、自分自身に実感が湧かなくてもそのことを学習して知っておいてもらいたいものです。

 筆者のコッターは、「有能なマネジャーは、管理職という仕事ゆえに派生する依存関係にうまく対応するため、四種類の方法によって権力をまとい、これを強化する」と述べます。ここでいう権力とは、権限とは違うものです。

 コッターの言うその四種類の方法とは・・・。

1.感謝や恩義を感じてもらう(恩を売る)
2.豊富な経験や知識の持ち主として信頼される
3.「このマネジャーとは波長が合う」と思わせる
4.「このマネジャーに依存している」と自覚させる


 上記のそれぞれの方法には長所と短所があり、状況に応じて上手く組み合わせて使うことが大事だ、とコッターは言います。このほか第三者を動かす(いわゆる「外堀を埋める」?)ことや、環境を変える(職務職掌、業績評価制度、各種インセンティブ、仕事に必要な手段や協力者などの経営資源、グループの構成、行動規範や価値観などを変える)といった間接的な方法もあります。


 結びにコッターは、「大きな権力を身につけ、これを行使し、他者との依存関係にうまく対応できるマネジャーには、いくつか共通する特徴が見られる」として、「権力を賢く使うための七か条」を挙げます。

1.権力を身に着け、行使するうえで、どのような行動ならば、周囲の目に「妥当である」と映るのかに敏感である

2.周囲に好影響を及ぼすには、権力や方法を使い分ける必要があり、そのことを直観的に理解している

3.四種類の方法すべてをある程度行使し、図表に挙げた方法すべてを用いる

4.キャリアの目標を定め、権力によって成果を上げられる地位を求める

5.持てる資源、公式・非公式の権力を総動員して、自分の権力をさらに強化する

6.熟慮し、自制しながら、権力志向の行動を取る

7.こうした方法を使って、他人の行動やワークライフに、目に見える形で影響を及ぼすことは、けっして不条理なことだと思わない


 以上であります。

 二篇の論文は同じようなことを言っているようですが大まかにいうと今世紀に執筆された前者はハト派、前世紀の後者(コッター)はややコワモテのタカ派かな、と思います。コッター論文には着任早々部下のマネジャー4名を解雇してしまったマネジャーも「権力行使の例」として登場します。前者の「温かさ」論文によればそれは組織を恐怖心で震え上がらせ、創造力を発揮させなくする行動と言われるでしょう。ひょっとしたら「権力」という表現とか括り自体、タカ派的かもしれない。前者論文では「温かさの影響力」と呼びたいかもしれない。

 21世紀、IT世代の人が組織の過半数を占めるようになると好むと好まざるとにかかわらず、「タカ派」的手法はどんどん通用しにくくなるでしょう、というのがわたし個人の予測であります。それは決してわたしが優しい人だからゆえの発言ではなくて・・・、

 あくまで会員様、受講生様方の成功と幸福を祈るのみです。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 兵庫県中小企業団体中央会の会報、月刊「O!」に連載中のコラム「誌上コーチングセミナー」第9回。新年号原稿を同誌編集部のご厚意により、転載させていただきます。

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 「ネット・スマホ依存があなたの会社を蝕んでいる!?」


 気付かないうちに「人」の問題が起きて、成長の足かせになっている…そんな現象があなたの会社にもありませんか?「人」の問題によく効くクスリ、「コミュニケーション」「リーダーシップ」の観点から解決法をお伝えします。

 
「社員同士でオンラインゲームをしている」
「休憩時間にはトイレでスマホ操作の音がしている」
「勤務時間中の一時退席が異常に長い。たばこ休憩ではない」
「原因不明の頭痛を訴え無断欠勤が続き、退職」

 あなたの会社には、今どの程度こうした現象が出ていますか。

 これらは決して倒産寸前の特殊な企業に起きていることではありません。優良企業といわれる企業にも今、スマートフォン(スマホ)やインターネット(ネット)の操作をやめられない「スマホ・ネット依存」(以下「ネット依存」と略)が深刻なリスクになってきています。

「若い派遣社員が返事だけはいい。しかし仕事の覚えが非常にわるく、教えたことをすぐ忘れ、ミスが多い」(製造業現場リーダー)

 生まれつき物覚えの悪い人も、従来から一定数はいます。しかし、かつてはご本人の性格的な問題だけだったものが、今日では本来物覚えのいい人であってもスマホやネットのオンラインゲームやLINE、フェイスブックなどのSNSでのメッセージのやりとりに気を取られるあまり、仕事に集中力を欠いているという現象かもしれないのです。

 「集中力を欠いた労働力」がつくる仕事の品質はさあ、どのようなものになるでしょうか…。

 子どもの世界では、一足先に深刻な「ネット依存」が広がりをみせています。厚労省研究班が2012年から13年、中高生計10万1千人を対象に行った調査では、約8.1%がインターネットへの依存度の高い、「病的使用」とされ、全国では約51万8千人が病的使用状態にあると推計しています。若者のネット依存やいじめなどの問題に詳しい兵庫県立大学准教授の竹内和雄氏は、予備軍的なものも含めると中高生の3人に1人は「ネット依存」の傾向があるだろうと語っています。

 大人のネット依存は最近注目され始めたばかりで、まだその全体像がわかっていません。しかし、冒頭のようにネット依存をうかがわせる現象が、昨年ぐらいから筆者にもちらほら耳に入るようになりました。重症になると1日8時間続けて徹夜でオンラインゲームやSNSをし、無断遅刻や無断欠勤にもつながります。

 また、ネット依存ほどでなくても、ここ数年、ネット上で有名人にSNSで簡単にアクセスできるようになったことから、「身近な上司を尊敬しない」という現象も生まれてきています。

 非常に憂慮すべき状態ではありますが、この状況にどんな対策を講じることができるでしょうか。

「日本の若者がダメだから外国人を採用すればいい」

というのは短絡的に過ぎる議論。若者のネット依存は日本だけでなく、先進国〜BRICSに共通してみられる現象です。

 根本的には、本コラムで繰り返し推奨している「承認」(認めること)が重要でしょう。ネットに逃避する若者は、現実世界に対して何らかの不満を抱えていることが多いといわれます。本人の小さな成長やチャレンジを励まし、評価してやる。正しい提案を握りつぶすような「組織の不合理」をできるだけ排除してやる。そうして現実世界と格闘することのおもしろさを若者に学ばせることが、現実逃避の最大の予防になります。

 それでもだめな場合は…、ネット依存による無断遅刻、無断欠勤、ミスの頻発などは、原因に関わりなく「普通解雇」の事由になる、というのが、現在のところ企業法務に詳しい弁護士の先生の見解です。

 文明の利器である、ネットとスマホ。その賢明な使い方とともに、企業社会、大人社会のあり方も問われています。(了)

(兵庫県中小企業団体中央会「O!」2014年1月号所載)

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 いかがでしょうか。

 短い原稿ですが、今回は大変書いていて気が重く、執筆がすすみませんでした。

 ネットに耽溺して人生の中のもっとも柔軟な時期を過ごしてしまった若者のその後の人生はどうなるのだろう…。

 若者をユーザーとするネット社会を構築するIT企業の企業姿勢も問われるでしょうし、LINEなどでのべつ繋がっていなければ気が済まない若者の人間関係のあり方も問われます。どちらも簡単にはいかない問題です。

 
 そして最終的なツケは企業社会に行き、企業にとってのセーフティネットは上の記事にあるように「普通解雇」になるのでしょうが、そこで切り捨てられたニート予備軍のドロップアウト組の若者が大量発生するおそれがあるのです。


 業種でいいますとこうした「ネット依存」は発達障害の問題と同様、特定の業種に典型的にみられるのです。ところが地域のその業種の団体(私自身会員でもある)に相談に行こうと思ったら以前にもここに書いたように出てきた傾聴能力ゼロの担当者と漫画のように見事に話がかみ合わず、その話題にたどり着くことすらできなかったのでした。

 中央会様の「O!」に発表場所を持てて幸いでした。

 
 「承認」が解決できる諸課題、以前から書いているワークライフバランス、女性活用、障害者雇用、グローバル経営、パワハラ、メンヘルなどなどの効能書きに、これで「ネット依存」も新たに加わったわけですけれども、決して喜べる話ではありません。単純に「承認」だけで解決できる問題でもなく、企業として腰を据えた取り組みがいるのです。その「腰の据わった取り組み」をする気力のない企業は、安易に「普通解雇」に走ることになるでしょう。

(それは社会的責任の問題にもなりますが何よりも、しっかりした若い人の採用ばかり考えてそれ以外無策であれば、社員が入社したそばからリアルよりネットの魅力に魅入られていき退職に追い込まれる、ということになり、採用、新人教育、に永遠に振り回され重いコストを背負うことになるでしょう)


 そうして、この社会には、「生産年齢人口」(c:藻谷浩介氏)の人びとのその中の砂金のような、「非ネット依存生産年齢人口」の人びとで回さざるを得なくなるかもしれないのでした。アリ一匹でキリギリス9匹を養うようなもの、といえるかもしれません。

 どれだけ生産性高くやらないといけないことやら。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 以前、「人に教えるということ」という記事の末尾で、

 
「今日だけではすべてをまとめきれませんが、そういったもろもろの、私自身の講師としての戒めをお伝えするだけで、おそらく1年から1年半は、優にかかってしまうだろうと思います。」

と、また不遜なことを書きました。

(余談ですが上記の記事は会員の柏原さんが以前、「これコピーしてうちの部署で配りました。これができていたら、みんな職場のOJTってできますよね」と言ってくださったのでした。ああ自慢。)


 でも私はしょっちゅう「100年後」のことを考えるし、そのころは私は当然生きていないし「私自身の講師としての戒め」とかいうのを人様にお伝えすることもできません。


 なので今日、ふいに1つ思い出したことを書いておきます。「講師としての戒め」というほど重々しいものではなく、「気がついたら私はこうやってるな」というものです。


 承認中心コーチングも当然、参加型のワークショップ形式でやります。

 であるとき気がついたのですが、ワークショップというのは、「指示命令」のかたまりなのですね。

 「参加型」というのは、一方的な講演お話ではなく参加者も何かをやらされる、ということ。参加者に紙を渡して「はい、ここに何か絵を描いて」というのもあるし、粘土を渡して造形をしてもらうのもあるし、生きものと触れ合ってもらうというのもあるし、

 コーチングみたいなコミュニケーション研修だったら、「はい、2人1組になってパートナーの人に〇〇を言ってみて」などというのがお約束で入ります。

 
 その、「はい、2人1組」というのは、すなわち指示命令。コーチング研修だったら冒頭からエンドまで何度となくそれが入ります。

 そういう時の声のかけ方が、講師の「カリスマ性」を決定するようなところがある。

 どちらかというと、思い切りよく「はい〇〇して!」と、言い切りの命令形で、それも早口で、言えるとあなたは「カリスマ性のある研修講師」と、なると思います。

「はいでは2人1組!!」

「2分間で〇〇を言い合って!」

 大声で、早口で思い切りよく、「ですます」をつけない言い切りの形で。

 さあ、できますか?


 ところで、私はこれが長いことできませんでした。(今でもできません)

 ワークショップリーダーというのは、これもまた強みの師匠の森川さんによると、ストレングス・ファインダーで「指令性」それから「活発性」をもっている人が有利らしい。しゃきしゃきっと仕切れるほうがいいらしい。


 私はもともとどちらもないし人前で話すのもきらいなので、自分は研修講師になど向いていない、と思っていたほうでした。話を聴くのが好きだからとコーチングに出あってから「教える」業に転向するまで2年を要しました。2年たって嫌々始めたころ、旧CLS設立前の自主勉強会から初の「1位マネージャー」が出て、それでまた渋々「講師である自分」を引き受けざるを得なかった、と後ろ向きのスタートでした。


 そういう私なので著書にも言い訳がましく書いているとおり、今でも話はヘタです。もっと上手な人は一杯いらっしゃいます。また、ワークショップで指示命令を出すのも昔も今も苦手です。

 
 ところが、そこからノウハウとも言えないノウハウが生まれました。

 「指示命令」を下手くそな自分でも言えるようにと考えると、自然と「丁寧語」になりました。

 「・・・してください」

と、語尾まで言うようになりました。

 ただ丁寧とはいっても、きく相手の気持ちを考えると、指示命令の言い方はあまりモタモタしてはいけません。きびきびして、短めのセンテンスでかつ要領よく必要な要素を入れて、そしてしてほしいことは「してください」と、きちっと言い切る。そういうときは「してくれたらいいな〜と思います」なんて、虫のいい曖昧な語尾で言ってはいけません。

 ただ、「してください」まで言うんだけど、その「してください」に、愛というかリスペクトがあると感じられるように言う。特に「ください」のあたりでしょうか。上手くわかってくださるかどうかわかりませんが。

 
 こういうのは、正田駆け出しのころは30代おわりか40ちょうどごろで、受講生のマネージャーの大半は自分より年上だった、そのことを人一倍意識するほうの私だった、というのも関係します。

「相手は人生経験もビジネス経験も自分より『上』なんだ、たまたま今日のコンテンツについて私のほうが詳しいから教えているだけだ」

というのを意識していると、独特のそういう「ください」の言い方になった。

 これは今でも続いていまして、受講生様の大半が私より年下になっても同じです。

 そんなのがノウハウなのか?っていうと・・・。


 去年ぐらい、学校の先生のセミナーにしばらく行って思ったのが、先生のセミナーってやっぱり「参加型」が多くて「はい2人1組!」が速いテンポで沢山入るんです。で、「やらされる側」になって、思ったのは、

「この口調で指示命令されてワーッと動くときというのは、自分が子ども返りした心の状態ダナー」

と。(ちなみにコーチング、ファシリテーション、その他コミュニケーション研修に行った人が少し子供っぽくなるのはよくみる現象です)たぶん、話されているのも小学校の先生だし小学生さんに「はい2人1組になって!」というのと同じ口調で、大人にも言ってるんだなと思います。

 
 で、それが悪いのかというと・・・。

 正田、自分が純粋にただの参加者だったら、特に全然困りません。

 しかし、いつもの癖でそのノウハウを自分が管理職向けにやるセミナーで行ったら何が起こるのかと考えてしまうと・・・、

 正田みたいに10年選手になると、許されるかもしれません、「はい2人1組!!」っていうのが。

 
 でも私は自分のやる管理職研修の空間を「モデリング」ととらえ、提示しているのであります。

 ここでモデリングというのはつまり、私指示する側あなた従う側。その役割分担があるのはしょうがない。でも私の役割は職場での管理職と同じ、では私がどんな口調で指示をすれば、受講生の彼ら彼女らは目の前の課題を気持ちよくこなし、さらによい心理的状態で職場に戻り、部下に指示出しをするだろうか?と考える。

 まず、受講生さんの自尊心を傷つけてはいけない。奴隷のように一兵卒のように扱われてはいけない。指示ひとつとっても、相手を大人とみなしたぬくもりのある指示の出し方をしなければならない。ぬくもりというか、リスペクトというか。心が傷つけられた人は、その傷に気づかないままほかのだれかの心を傷つけようとします。これはハラスメント連鎖の記事の中で書きました。

 そうして、できれば受講生のマネージャーが部下にこんなふうに指示出しする人であってほしい、というように、私からも受講生に指示出しするのです。


 正田の「ください」には、そんなこだわりがあるのです。

 ああ自分で書いていてくだらないこだわりだ、コップの中の嵐だ、と思います。

 でも私あす死ぬかもしれないですもんね。

それと、「何が1位マネージャを作るのか」って結局ミステリーなままじゃないですか。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp


こちらもお勧め

「情報が沁みるスピード―続・人に教えるということ 」
 

お世話になっている皆様


 おはようございます。
 企業内コーチ育成協会の正田です。


 仕事始めのきょうの神戸はきれいな青空になりました。
 皆様にとって良いスタートの1日となりますよう。



※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方にお送りしています。ご不要の方は、メール末尾にありますURLより解除いただくか、このメールに直接「不要」とご返信ください。



 本日の話題は:



■「次の10年」に何をしていくべきか
  ―NPO法人企業内コーチ育成協会 新年のご挨拶―

■大賞は「行動承認を使った紹介の言葉」「第三者メッセージ+Iメッセージ」「行動承認」
  ― 「第3回承認大賞」開催報告のページができました―


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■「次の10年」に何をしていくべきか
  ―NPO法人企業内コーチ育成協会 新年のご挨拶―


 お蔭様で昨年、わたしたちNPO法人企業内コーチ育成協会は「10年」の節目を迎えました。

 管理職教育10年であるとともに、2003年から始まって強烈な業績向上の指標である「社内1位マネージャー」を産みだしてきた10年でもありました。

  
 あくまでその事実を踏まえたうえで読んでいただきたい新年のご挨拶です―

 
 「10年間の光と影、次の10年わたしたちにできること
   ―NPO法人企業内コーチ育成協会 新年のごあいさつ―

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51878957.html
 
 忙しくてリンクを参照できないという方々のために、要旨部分を抜き出しておきますと、


「わたし個人として今、思いつくのは、引き続き変わらず真心をもって発信を続けること、そして心に響く人々に届けること、であります。
 なぜなら、これまでも実例からみてきたとおり、こんにちのマネジメントの諸課題、すなわちメンタルヘルス、パワハラ、女性活用、グローバル経営、ワークライフバランス、障碍者雇用等、きわめて多方面にわたるニーズに同時に応え、業績向上を成し遂げてしまうのはこの手法しかないからです。そして地球環境問題等、人類共通の課題を解決していくにも、この「マネジメント」の問題を避けて通れないからです。」


 ―と、当たり前のことを言っております。

 ただ、「光あるところに影がある」ということも言っております…。


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■大賞は「行動承認を使った紹介の言葉」「第三者メッセージ+Iメッセージ」「行動承認」
  ― 「第3回承認大賞」開催報告のページができました―

 
 昨年開催させていただいた、「第3回承認大賞」の受賞事例をご紹介するページができました。

 http://www.shounintaishou.jp/

 ここで改めて、受賞事例を分析的にふりかえってみたいと思います。
 
◆上司部門大賞:
 「いい職員さんが入ったね」「私もうれしい」

 これは、当協会方式で言う「第三者メッセージ」と「Iメッセージ」を組み合わせた承認でした。

 甲斐甲斐しく働いている新入職員さんについて、入所者のご家族(つまり広い意味でのお客様)から、「あの人は笑顔がいいね。いい職員さんが入ったね」と言ってもらった。それを、言われた所長さんから職員ご本人に「こう言われた。私もうれしかった」と伝聞+自分の思いで伝えた、というものです。

 これ以外にも「上司部門準大賞」には、「君がそのようなことを言ってくれて(私も)うれしい」という「Iメッセージ」が入賞しています。「Iメッセージ」は、上司が自分の感情をさらけ出していうほめ言葉ですが、部下にとっては非常に嬉しい。また言う側の上司にとっても、自分の感情にアンテナを立てるトレーニングになるものです。

 また、「第三者メッセージ」は当協会独自の分類ですが、実は非常に確実に言われた本人の心に届く「承認」であることが報告されています。誰かから言われたいい言葉を伝えるか伝えないか迷ったときには、伝えたほうがよいでしょう。

 
◆部下部門大賞:
 「彼は誰よりも入所者のことを見れる職員だ」

 これは、やや変則的ですが「行動承認を使った紹介の言葉」と言えましょう。
 施設の所長さんが他施設の所長さんの集まった席にご本人を連れていき、紹介した言葉が、これ。
 「誰よりも入所者のことを見れる」
 これは、障害者施設で働きそのことに誇りをもっている人にとって、誰よりも嬉しい賞賛でしょう。仕事の本質を知っている人同士の言葉ともいえます。
 それを本人に直接ではなく、他施設の所長さんへの紹介の言葉として言っているのです。

 往々にして、とわたしは考えます。
 自施設の職員、自社の社員、については謙遜を込めて、いい加減な紹介、言葉足らずな紹介、あるいは貶める紹介をしてしまう場合が多くないだろうか。

(わたし自身も、「紹介」については痛い思いをしてきたほうであります。
「あなたについて担当者に紹介しておきます」と言われたあと、どう紹介したのかというと

「正田さんという女性が電話してくるからね!」

という紹介だった、ときいて「えっ」となります。御社のリーダーを「1位マネージャー」に育てたのに、「女性」であるというだけでなんでそんなに矮小化されるのか…。)

 と、正月早々ぼやきが出てしまいましたが、今回は逆に「紹介」についてお手本になるような事例の受賞でした。


◆部下部門大賞:
  「お!頑張ったやん!!」
 
 こちらは係長に昇格したばかりで慣れない仕事に奮闘中の部下に、その様子をよく知っている上司がかけた言葉です。

 ただし「行動承認」を使っており「大賞」には選んだものの、決してこの言葉の用途は広くありません。

 よくみるとやや「揶揄」の響きがこもっており、たとえていえば正田が一念発起して大掃除をした、というような、苦手なものに嫌々取り組んだとき、という状況にふさわしい言葉なのです。

 ですのであまり日常的に使うのはおすすめしない事例でありました。会員様はそこまで読み取れなかったかな。


 ふりかえりは以上です。

 「行動承認」?「ほめる」こととどう違うの?
 と、思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、当協会ではマネージャー教育の中で「行動承認」のトレーニングをもっとも重視しておこなっています。
 これは、例えば下の記事の「4.無意識を科学する」の記事にありますように、「心の理論」の能力を最大限に高める、組織の中の人びとの心を上手くかみ合わせるために非常に理にかなったトレーニングだ、といえます。

 そして「ほめる」については―、「YOUメッセージ」といって、あまり重視しておりません。「おきれいですね」とか「お上手ですね」とか、場の雰囲気を和らげる「社交辞令」程度には意味がある、というものです。


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判断を歪めるものとの闘い(5)―爆笑ナルシシズム編

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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

皆様にとって2014年が素晴らしい1年でありますよう。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


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「企業内コーチ育成のすすめ」
(株)帝国データバンク社『帝国ニュース兵庫県版』
2008年〜2012年 長期連載このほど完結
http://blog.livedoor.jp/officesherpa-column/
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 新年最初の読書日記です。


 『歴史からの発想 停滞と拘束からいかに脱するか』(堺屋太一、日本経済新聞社、2010年8月)を読みました。

 堺屋太一は、めったに読まないけれどおおむね正しいことを言っている人、と認識しております。

 お正月だからちょっと毛色の変わったものを、と思って手に取ると思わぬ収穫がありました。


 このブログにいつも私の「天敵」として登場する人びとについて。またトップとその人びととの関係について。

 
 本書では戦国時代の「名女房役」として羽柴小一郎秀長(秀吉の実弟)を挙げたあと、女房役に続いて「スタッフ」の役割について言及します。


 組織には実にいろいろな形があるが、組織という以上は、まずトップがいて、次にナンバー2(補佐役)がいる、そしてその次にスタッフ(参謀)とライン(司令官)がある。ごく単純化していえば、現代組織の基本形はこうなっている。大きな組織は、この基本形に様々な付加物がつき、重層化が見られる。全組織で見れば一部門のラインの長が、その部門ではトップとなり、縦横のラインが重層してくる。だが、基本形はさして変わらない。

 そして、このナンバー2(補佐役)、スタッフ(参謀)、ライン(現業)のうち、トップ、ライン(現業)の立場は比較的単純明快だが、ナンバー2(補佐役)、スタッフ(参謀)の立場はきわめてデリケートである。


 
 ようするに、わたしにとっていつも壁になる「研修担当者」あるいは「総務部長」的な人がここでいう「スタッフ」であります。堺屋氏はこのあと、「スタッフ」と「トップ」の立ち位置についてひとしきり述べます。


 一方、スタッフ(参謀)の立場は、このナンバー2(補佐役)にも増してデリケートである。(中略)

 スタッフ(参謀)には、ナンバー2(補佐役)と同様に強い”忠誠心”が必要である。つまり、私のいうナンバー2(補佐役)がナンバー1(トップ)になろうとはしないように、スタッフ(参謀)は何をするか(=what)を決めてはならず、いかにやるか(=how to)だけを考えるべきである。

 whatを決めるのはあくまでトップの仕事であり、スタッフ(参謀)の仕事は、トップから与えられたwhatをいかにうまくやるか(how to)考えることである。このような意味でのスタッフ(参謀)にとって、”忠誠心”は不可欠であり、天下盗りの”野心”は禁物、である。

 もちろんスタッフ(参謀)がwhatを全く決めないというのではない。たとえばAという大目的があり、それを達成するためにA'という中間目的をつくる…というようなことが高級スタッフ(参謀)の仕事になる場合は多い。しかし、大目的Aは、あくまでトップから与えられたものでなければならず、そのAから見れば、A'というwhatもhow toでしかないのである。(後略)

 

 さらに、スタッフとライン(司令官)の違いについて。私がここ10年ご指導もし、親しく交流してきたミドルマネジャーとは、このライン(司令官)のことであります。
 

 スタッフ(参謀)の仕事は、whatの決定ではなくhow toの決定にあるという言葉のもう1つの意味は、スタッフ(参謀)はhow toについてなら、つまり与えられた条件のもとでなら、冷徹に最良の結論を出しさえすればいいということである。そしてスタッフ(参謀)とライン(司令官)の最大の違いはここにある。

 司令官(ライン)が、将棋指しが将棋を指すような冷徹な作戦をそのまま実行すれば、それに従う者はいわば”捨て駒”にされる可能性に常にさらされているのだから、たまったものではない。それ故に最終的にはいい結果を生まない。したがって司令官(ライン)には、義理人情、政治的配慮、そして何よりも人格的信頼が不可欠である。(略)

 しかし、参謀(スタッフ)には、極論すれば、そのようなものは必要でない。少なくとも将棋指しが将棋を指すように、最良の結果を追求する頭脳集団とでもいうべき冷徹さをどこかに持っていなければならない。

(中略)

 したがって、またスタッフ(参謀)はあまり評判のよくないのが普通で、日本では特にそうである。・・・したがって、トップは常にスタッフ(参謀)をかばってやる必要がある。しかし、これはなかなか難しい。トップがかばえば、なぜあんなやつをかばうのか・・・ということになって、トップの不人気につながるからである。しかし、それがなければ、スタッフ(参謀)は逃げ腰になってその役割である冷徹な思考をしなくなってしまう。スタッフ(参謀)を比較的うまく使ったトップは強力な権力を持ったワンマンである場合が多いのも、スタッフ(参謀)が身の処し方を問われるのはトップが代わったときだといわれるのも、理由はそのあたりにあるといえよう。



 そうだよねえラインリーダーの人って人情もわからなきゃいけないし信頼されてなきゃいけないし、人格の要求水準がはるかに高いのであります。かつ、ラインとスタッフで要求される人格が違うというのは、その通り、と思います。ラインの水準のほうが高いのです。スタッフ部門の人にそれが想像がつくかどうか。

 スタッフ部門の人に往々にしてある誤解は、若手のほうに研修を施せば、ミドルマネジャーがどんなでも部門が回るだろう、というものです。あなたの部門はそうでもラインは違うんです。

 そして、現代において世襲制でない企業では、次世代トップは普通、ラインの方から育ってきます。わたしが接していて「トップ」と「ミドル」では人格が似ている、と思うゆえんです。

 また、「トップがwhatを決める」という規定は、わたし的には年来の疑問が氷解して大変すっきりします。たとえば教育研修の体系なんかも、スタッフ任せにしておくべきではないんです。ミドル、中堅、若手、それぞれこういう人格づくりをしてくれ、そして組織がこういうふうに回るようにしてくれ、とトップがそこまでの指示を出し(what)、それを実現するためにスタッフが知恵を絞って考える(how to)のが正しいんです。それをしないで「教育のことは担当に任せている」と平気で言うトップがなんと多いことでしょう。


 ただまた、この文章にちょっと但し書きしたいのは、そんなにベスト&ブライテストなスタッフっているか?ということです。彼らはコンサル会社にいわれる通りカタログから無難そうなのを選んでるだけなようにみえるんですが。いつもこのブログに書くように、彼らは「賢いから」「能吏だから」そのポジションにいるわけではなく、単に他の部門では務まらなかった人材なのではないだろうか?また、堺屋氏の期待するような、「忠誠心」は彼らにはあんまり感じません。むしろその部署に置かれていることへの怨嗟の念とかのほうを感じるし、実際に言っています。


 堺屋氏の文章からもう少し引用します。


 一般的に組織改革というものは、どうしても内部の抵抗が非常に強いものだから、切羽詰まった危機に迫られて、きわめて意識的に、反対を押し切ってやらなければ、なかなかできるものではない。しかし、日本の組織改革はそういうものではなかったから、本質的には非常に不徹底で曖昧なものに終わってしまったという面がある。
(中略)

 おっしゃる通り。だれも反対しない組織改革なんて存在しない。

 組織を改革したかったら、反対者をいかに説得するか、二重三重に考えておかなければならない。外部講師を招く場合、一業者である講師の先生だけにそれを任せておいていいのか。

 ―去年の例では組織改革さなかの企業で、私は男尊女卑的な役員から「人格が可愛げがなくて気にいらん」的なことを言われ研修中断の憂き目にあったのだった。これも「調和性」の強そうな人だったから、およそ変化と名のつくものは嫌い、どんなことでも言いがかりのタネにしたい、というのが濃厚だった。脅迫状の主との接触も大いに疑われた。また研修採用を決めたときこの役員は当該部署の責任者であり稟議にハンコもついたのだが、リーダー研修の講師が「女」だ、ということをハンコをついた後で知り、よほど意外だったのか「女!?」と絶句したのだそうだ。「調和性」の人だと、そういうことも「騙し討ち」だ、と受け取るものだ。―


 こういうのは本来、「トップ」自身が改革の旗振り役になり、些末なことで言いがかりをつけようとする抵抗勢力を黙らせる、というのが正しいのだと思う。

 トップの仕事の中に、そういうのもあるんですよ。

 
 ああ年来の疑問が氷解した。ここ10年、

「なんで私は、現場の空気とかミドルマネージャーの人格についてよく知りもしない役人的な人から面接とか審査みたいのを受けなきゃいけないのかしら」

って、ずっと思ってた。
 それは、「トップ」から役人氏に指示するべきなのだ。

「君のミッションは組織をこういう状態にして会社を繁栄させることだ。ひいてはそのために最適な能力ある研修業者を選定することだ」

と。ごめんなさいねトップトップ、って。トップ忙しいわね。


 と、れいによって「犬(正田)も歩けば棒に当たる」なのでした。正月から幸先のよい。具体的にこれで何かが変わると期待するわけではないけれど、私の中ですっきりしたことは収穫なのでした。堺屋先生ありがとう。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 会員様、受講生様、ブログ読者の皆様、改めまして、あけましておめでとうございます。

 長かったお正月休み、十分にリフレッシュされましたでしょうか。

 皆様にとり2014年が輝かしい年でありますようお祈り申し上げます。

 謹んで新年のごあいさつを申し上げます。 

 昨年、わたしたちNPO法人企業内コーチ育成協会では、当協会方式のマネージャー教育による「社内1位マネージャー」が誕生、これは2003年以来10年にわたり起きてきたことです。

 言うまでもなく「1位マネージャー」は、その部署の人びとのモチベーション向上や成長、信頼関係の向上、主体性の確立など、人として喜ばしい変化に伴って起きる現象で、改めてわたしたちの仕事が人々の幸せに大きく寄与していることを誇りに思うものです。

 また、初めての経験として「承認」を導入された中国工場をご訪問させていただき、そこで中国の人びとがかつてみたことのない活き活きした表情、動作で働いている様子をみることができました。

 「承認のマネジメント」は元々日本人の不安感の高さ、信頼感の低さ等の特性を踏まえたものでしたが、これは実は東アジア全体に遺伝子として共有されているものであり、中国でも有効であろう、というのは予想できましたが、実際に確認できたのは初めてのことでした。信念をもった日本人リーダーの下では、それは可能になるのでした。

 
 一方で目を転じると、昨2013年は社会にこれとは真逆の現象が際立ってみえた年でもありました。

 「社会の中の『やっかみ』の感情が増幅していないだろうか」
 危惧したとおり、12月には人気漫画家のもとに脅迫状を送り、出身大学に毒物を置くなどの「やっかみ犯罪」が起こりました。当協会もまた、同業者とみられる人物から脅迫状を受け取りました。

 
 また年来「承認のマネジメント」の有効性の周知をおこなってまいりましたが、残念ながらそれを嫌悪、嘲笑、あるいは無視するリーダー層はじめ意思決定層の人びとがいます。

 ―そうした人びとに接触することが、年齢のせいかひどく苦痛になってまいりましたが―

 そうした人びとの人格特性をみるに、利他的行為がそもそもできない、「ナルシシズム」の世界の人であることがみてとれるのです。いかに当協会が利他的な「承認のマネジメント」で業績向上のエビデンスを出し発信しても、その人びとは嫌悪、嫉妬、憎悪の感情をもって受け取るだけなのです。またこれらの人びとは、男尊女卑の傾向が強い、という特徴ももっています。

 そのような人格的偏りをもった人びとが増え続けている、という実感があります。



 こうした残念な現状を現状として認めるとともに、わたしたちは次の10年、何をしていくべきなのでしょうか。

 
 わたし個人として今、思いつくのは、引き続き変わらず真心をもって発信を続けること、そして心に響く人々に届けること、であります。
 なぜなら、これまでも実例からみてきたとおり、こんにちのマネジメントの諸課題、すなわちメンタルヘルス、パワハラ、女性活用、グローバル経営、ワークライフバランス、障碍者雇用等、きわめて多方面にわたるニーズに同時に応え、業績向上を成し遂げてしまうのはこの手法しかないからです。そして地球環境問題等、人類共通の課題を解決していくにも、この「マネジメント」の問題を避けて通れないからです。


 わたしは日々、内省します。自分自身がこの教育研修業界やコンサル業界に多い病、ナルシシズムに毒されていないだろうかと。

 そして、昨年10年目の「1位マネージャー」が誕生したときに決意したこと、すなわち、実績にふさわしい相応の自信を持とう、なぜなら業界で並ぶもののない実績を出しているのだから、人びとを幸せにしてきているのだから、という思いに立ち戻るのです。

 一方で世間にはこれよりはるかに質の低いものを華々しく宣伝する高額商品が溢れ、教育研修に対する信頼を失わせているのだからと。


 わたしたちと考えをともにする人びとには、

 相互リスペクト、相互感謝、成長、決断力、情報収集力、さわやかさ、公正さ、限りない聡明さ、そして幸福

があります。

 わたしたちを憎む人びとには、

 嫉妬やっかみ憎しみ差別、そして判断の誤りと火の消えたような組織があります。


 これも、確認されてきたことです。


 もし、考えをともにするでもなくしかし憎むわけでもない、という立場の方は、どうかわたしたちをリスペクトしてください。なぜならわたしたちは狂信集団ではない、10年にわたり高いエビデンスを出している団体なのですから。

 
 これとは別に、昨年末、初めて「事実認識の思考法」という話題に言及しました。

 無意識に数年来ブログのテーマに取り上げてきたことが、当協会の独自の「思考法」のプログラムとして形をとってきているのでした。

 これもまた、「承認」の延長線上のものでありかつわたしたちの受講生様を優秀たらしめる要素として、今後発信していきたいと思います。


 教育としての効力を実感するとともに発信という面ではいまだ力不足を実感するところですが、何卒心ある皆様、わたしたちにお力をお貸しください。

 
 今年は、当協会としては初めて「合宿研修」という取り組みもいたします。

 家族持ちのメンバーが多いという特性に鑑み、これまで長時間拘束するタイプの研修や交流会は行わないできました。しかし、年々いわゆる「コーチング」一般としてではなく、当協会の独自性をわかってくださり、かつ大切に思ってくださる会員様、受講生様が増えたことから、相互のコミュニケーションや当協会へのご理解を深めるために、初のこころみとして実施したいと思っております。

 いつものことながら敬愛する会員様、受講生様のお顔を拝見するのは大変楽しみです。


 会員様、受講生様、読者の皆様、今月から来月にかけて厳しい寒さになるようですがどうかくれぐれもご自愛ください。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp


 ブログ読者の皆様、あけましておめでとうございます。今年もどうぞ当ブログとNPOをよろしくお願いいたします。


 ・・・実は正田は新年以来ちょっと重い風邪をひいております。大みそかごろに「のどが痛い」という自覚があったのですが1、2日とどうしても行きたかったバス旅行にマスク顔で参加し、そして帰ってきたころには立派な風邪ひきでした。今は気管支のゼロゼロヒューヒュー音のともなう重たい咳をし、昨夏に病院でもらって飲み残していた風邪薬をのんで寝ています。来週ぐらいまでこれ、かかりそうです。

 この10年ほとんど風邪引かんと過ごしてきたのでこのブログにもそういう記述、なかったでしょ。(〇〇はかぜひかない?)暮れによほど免疫が崩れるようなことでもあったんかな〜。

 例年だと「今年の抱負」というのをじゃーんと書いたりするんですが、今ひとつ気持ちが乗りません。・・・と、こんなことを書くのは、愚痴言って愚痴を後ろに蹴っ飛ばしてスイッチが入るかな、という思惑もあります。

 
 ともあれ皆様にとって今年が素晴らしい年でありますように。

 良いことを起こしてまいりましょう。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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