正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

2016年02月

あの日


 小保方晴子さんの手記『あの日』(講談社、2016年1月)の読書日記 第5弾です。

 前々回、前回の2回で、小保方晴子さんは「発達障害」なのであろう、こだわりの強いASD、さらにその中でもIQの高いアスペルガー症候群の中の言語能力の極めて高い人であり、さらにミスが多くぼーっとしやすいADHDも組み合わさっているだろう、ということを書きました。
 そして残念ながら家庭環境、すなわちお母さんとお姉さんが心理学者であるという環境がそれを助長していたろう、とも。 

 今回の記事では、そうした小保方晴子さんが成人してから影響を受けた、ひょっとしたら現在も影響を受けている可能性のある、心理学セミナーやカウンセリングの害について取り上げたいと思います。
 えっ、職場の対応法を書くんじゃなかったのって?すいません、その前にちょっと寄り道です。

 そして例によってお忙しい現役ビジネスパーソンのために、この記事の骨子を最初に挙げておきます:

●「小保方手記」に登場するような感情表現を学べる場がある。一部の心理学セミナーでは、「身体が―」「内臓が―」といった身体表現を伴う感情表現が奨励される。
●身体表現を饒舌に駆使することを学んだ人々は、表現力を手に入れる代わり被害者意識が強まる。メンタルが弱くなり持続力がなくなる。言い訳が多くなる。
●視覚・聴覚・体感覚に訴える言葉を使うことで聴衆に訴える力を磨く心理学セミナーもある。そこでは同時に「目標達成」を奨励し、過去にも「目標のために手段を選ばない」人をつくっている
●心理学セミナーにかぶれた若い人について、職場運営実務における提言⇒本文参照
●小保方さんへの提言

     
 すごーく要らんお節介かもしれない記事なんですけど、なのでご興味のない方は読み飛ばしてくださればいいんですけど、わたしの過去アーカイブの中に、教育によって「小保方さん的症状」を呈した人は何人も出てきているんです。何がどう作用してそうなったのか。因果関係を知っていると、やっぱり大人として1つ階段を上がるかもですよ(うそうそ)

 そしてもちろん、われらが小保方晴子さん自身がが現実を受け入れ、社会で再び自分の道をみつけて地に足をつけて生きていかれるためにも、こうした一見よさげな心理学セミナーの害をご指摘しその影響をオフにすることは、大変重要なプロセスであろうと思います。多くの人はまだその害をご存知ありません。

 では、やっと記事の中身に入ります・・・。

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●感情表現は心理学セミナーでつくれる!


 この本、『あの日』の後半は希望にみちた前半と異なり、一気に暗転します。小保方晴子さんは、論文の共著者に裏切られマスコミのバッシングを浴び、残酷な運命に翻弄されます。みているこちらの胸が痛くなるほどです。
 そこの事実関係はここでは置いておいて。

 ここに出てくる「表現」について見てみたいと思います。多くの識者、コメンテーターの方が、小保方さんの「表現力」を絶賛されます。

 この後半のくだりでは、「苦しみ」を表す感情表現が大量に出てきます。
 少し引用してみましょう:

「驚きのあまり全身の温度が下がり、パニックになってしまった」(p.143)
「申し訳なさで胸が張り裂けそうだった」(p.144)
「鉛を呑み込んだように大きな不安を抱えた」(p.145)
「すべての内臓がすり潰されるような耐えがたい痛みを伴う凄まじいものだった」(p.148)
「体が凍りついた」(p.203)
「ただただ恐怖だった」(p.205)
「押し寄せる絶望的な孤独感が心の一部をえぐり取っていくようだった」
「小石を1つずつ呑み込まされるような喉のつかえと、みぞおちの痛みを感じ、息苦しさは日を追うごとに増していった。」(p.216)
「毎日、着せられるエプロンは、レントゲンを撮る時に着せられる鉛の防衣のように重く感じられ、体を自由に動かすことができなかった。」
「身動き一つ制限されることへの精神的な負担が、肉体的な痛みだけでなく、思考力や記憶力までも、少しずつ奪っていった。」
「熱く焼けた大きな石を呑み込み、内臓が焼け焦げているようだった。」(p.224)
「(検証実験中)体中が痛く耐えられない。皮膚が裂けるように痛い。内臓が焼けるように痛い。頭が割れるように痛い。何より魂が痛い。魂が弱り薄らいでいくようだった」(p.226)
「突然の質問がシャープに耳を通り抜け、脳に突き刺さった。」(p.230)
「ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。」「虚無感だけが、あふれでる水のように、体内から湧き出して体を包み込んだ。」(p.232)
「ギプスでカチカチに固めた心が研ぎ澄まされたカミソリでサクッと半分に分かたれるのを感じた。」(p.236)

 いかがでしょうか。
 1人の人が、生きたまま内臓をすり潰され小石を呑まされ脳に突き刺さり研ぎ澄まされたカミソリで半分に分かたれ…、
 なんて、ひどいんでしょう。むごいんでしょう。
 わたしも、もらい泣きしてしまいそうです。
 小保方さんの肉体は、これが本当なら既にこの世にないはずです。

(しかし「内臓をすり潰される」ってどんな感覚なんでしょう・・・実験では、マウスの内臓をすり潰すことはしょっちゅう小保方さん自身がなさっていたのではないかと思いますが・・・こういう主語の転倒、「投影」あるいはその逆のような現象が小保方さんやその擁護派の方々にはよくあります)


 この方、小保方晴子さんがもしASDだとすると、一般にASDの人は脳の中の恐怖を司る部位、扁桃体が普通より大きく、恐怖を感じやすいといわれます。人一倍怖がりさんなんです。トラウマも残りやすいです。そのことは特記しておきたいと思います。

 また、ASDだとすると、「知覚過敏」がひょっとしたらあるのかもしれません。小保方さんは視覚もかなり鋭敏ですがそれだけでなく、こうした内臓の感覚もとても鋭敏な方なのかもしれません。(だとしたら食べ物も刺激の少ないものだけを選んで食べなければならず、不自由なはず。とてもラーメンの替え玉なんて食べてる場合じゃないはず。大丈夫ですか小保方さん!!!)
 また、経験的にも、ASDの人は内臓が弱い人は多いようだ、ある程度以上負荷をかけると内臓の病気を起こしてしまいやすいようだ、というのも思います。

 そうした「ASD的恐怖心と知覚過敏要因」も可能性があるとして。

 実は、こうした「内臓がどうのこうの」という種類の感情表現が、奨励され、量産される場所があるのです。そういう表現をしなさいと指導する場所があるのです。と言ったら、読者の皆様は驚かれるでしょうか。いえ、作文教室ではありませんよ。

 それは、一部の心理学セミナーの場です。詳しくいうと、わたしが経験したのは某コーチング大手研修機関です。コーチングというよりカウンセリングの要素がかなり入っていて、わたしはその研修機関をこのブログで長年批判してきました。カウンセリングの中でもかなりディープな、その場でクライアントを傷つけてしまう危険性も長期的副作用もある手法をど素人にやらせている、と言って。はい、わたし自身もそこのワークショップの手法は一通り学んでいます。3日間連続のワークショップが基礎から応用まで5回、計15日間のプログラムです。

 そこでは、4回目に「感情」にどっぷり「浸かる」3日間のワークショップがあります。
 どんなかというと…、
 ちょっとその実例をご紹介しましょう。

 最初に、リーダー(インストラクター)がお手本をやってみせます。
「何かをしていて、『自分の心に引っ掛かりがある』」という意味のことをクライアント役のリーダーが言う。
もうひとりのコーチ役のリーダーが、
「ほう、その引っ掛かりとはどんなものですか?」
と、そこに着眼してきく。最初のリーダーが答える。
 すると、コーチ役は
「それを言っていて〇〇さんは、どんなお気持ちですか?」
と再度尋ねる。
「ちょっと嫌な感じです」
「ちょっと嫌な感じ。それは体の感じで言うとどんな感じですか?」
 最初のリーダー、沈黙。自分の身体感覚を探っているのでしょう。
「…こう、胃のあたりに小さなトゲが刺さっているような感じです」
 さあ、「身体感覚語」が出てきました。
「なるほど。では〇〇さん、そのトゲが刺さっている感覚を、ラジオの音量を最大にするような感じで、思い切り強く感じてみてください」
「・・・」
 しばしの沈黙のあと、最初のリーダーは、
「ああ、胃がかたい岩のようにこわばった感じです。おなか全体にずうん、ときます。抱えきれない、ような気持ちです」
 リーダーはそう言って、「抱えきれない」ということを表わすように、両手をおなかの前にまるく形づくります。
「もっと、もっと、それを強く感じてみてください。どうですか?」
「…おなかの中の岩が地球のように膨れ上がって私を圧倒しています」
「今どんな気持ちですか?」
「無力感です。泣きたい気持ちです」
「泣いていいですよ」
 リーダー(男)の頬に涙がつーっと流れます。
「ああ、少し気持ちが楽になってきました。
 あの仕事を一緒にしているパートナーにこの違和感を伝えてみようかな、と思います」
「いいですね。是非おやりになってください」
 ぱちぱちぱちぱち・・・。

 いかがでしょうか。
 リーダーはごく日常の些細な言葉の行き違い的なことから違和感を感じ、それをグワーッと拡大して身体に感じ、岩が地球の大きさまで拡大するところまで感じ、涙まで流し、それから「パートナーに何かを言う」ことを決断しました。

 その、何かを決断したということだけ見るとめでたしめでたし、なんですけれど。
 このブログを読まれている、有能なビジネスパーソンのあなたなら、
「そんな手間暇かける必要のあることかい!」
 って、つっこみたくなりませんか。

 些細なきっかけから始まってすべてがそのクライアント役の心の中だけで起こり、膨張し、収縮し、完結する。その徹頭徹尾主観の中のわけのわからないプロセスを経てさいごは「パートナーに何か言う」というアウトプットになるようですけれども、言われたパートナーも困ってしまうでしょう。妙にハレヤカな顔をして相方が何か言ってきても。新興宗教のお告げでももらったんか、と思うでしょう。
 涙を流すと、人はストレスホルモンが涙と一緒に外へ出ていくので、爽快な気分になるらしいですけどね。
 この、かなりカウンセリング的なやりとりが、ここの研修機関の「売り」です。感情の谷間を下り、上がる、それを「コーチ」がついていて質問して手助けしてやる、というのが。


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●身体感覚表現を学んだ人びとが被害者意識過剰になる


 わたしは2000年代の前半のある時期、怖いものみたさでしばらくこの流派のコーチングも受けていました。ただその結果、「この手法はその時はちょっとしたカタルシスになるけれど、あとあと情緒不安定になるだけで、またちょっとしたことも一々コーチのサポートを受けないと解決できない『ひよわ』な人になってしまいそうで、良くないな」と思い、早々にリタイアしてしまったのでした。

 また、その当時はマネジャー教育の団体を運営していたのですが、団体運営の中でこの研修機関の影響を受けた人たちが妙にイレギュラーな行動をとってくることにも気がつきました。彼・彼女らの行動も第三者的にみることもわたしによい示唆を与えてくれました。
 その人たちはやたら提案をしてくるのだが、その提案を採用してその人たち自身にやってもらおうとすると、妙につべこべ言い訳が多くなり、人の揚げ足をとり、「ちょっと違和感があった。胃に小さなトゲが刺さっている気がする」的なことを言い、それをもって、自分が言いだしたことをやらない(不履行)の言い訳にしようとするのでした。

 たしか、その過程では、
「正田さんから督促のメールがくると、胸がばくばくして苦しい」
みたいなことも、おっしゃった方もいらっしゃいます。そう、まるで『あの日』の中で小保方晴子さんが、毎日新聞の須田桃子記者から脅迫的なメールが来た、ただただ恐怖感でいっぱいだった、と書いているように。
 そのたぐいのことがあまりに多いので、私はこの研修機関の人を出入り禁止にしてしまいました。

 要は、「自分の身体感覚に敏感」というのは、「無用に被害者意識が強い」ということにつながるんです。傍迷惑な人なんです。
 でもその人たちは、それが「有害」だとは気がついてないんです。だって、とっても優しそうな人たちが集まる、優しそうなリーダーが主宰するワークショップで、
「身体感覚をじっくり感じ、表現するのはいいことだ」
って習ったんですから。
(困ったことにこのワークショップのリーダーをやる人たちはおしなべて高学歴でもあります。東大出、慶大出なんてゴロゴロいます)

 なので、お話を小保方晴子さんに戻しますと、
 小保方さんがこのワークショップの受講者だったかどうかは、わかりません。しかしこのワークショップに限らず、心理学には、自分の感情を微に入り細をうがち表現することを奨励する流派があります。そこでは、
「内臓が破れた」
「身体のどこそこが痛む」
と言うと、「マル」をもらえます。ひょっとしたら小保方さんが現在受けているカウンセリングがそういう流派かもわかりません。

 わたしなどは周りの人がやたらと「心臓が」とか「内臓が」とか自分の内臓を主語にして饒舌に言っているのをきいていると、人としてミットモナイと思ってその手の表現はしないことにしているのですが、まだ32歳、うら若き小保方さんは、そういうのがすばらしいことだ、と思っていらっしゃるかもしれません。「身体が」とか「内臓が」と言えば、褒めてもらえる世界なんです。

 このワークショップは最終的には「自己実現」「自己表現」を売りにしているので、自己実現ずき表現ずき小保方さんが受けていても不思議ではないんですよね。

 …えっ、小保方さんは本当に心を病むところまでいってしまったのに、苦痛の感情表現を冗談ごとにするのはけしからんって?
 どうなんでしょうねえ、本当の鬱というのは、そのさなかでは「失感情、失感覚」というのが普通だと思います。感情もないし感覚もないんです。こんなに強くものごとを感じたり表現力豊かに表現したりは、できないものですよ。

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●視覚・聴覚・体感覚に訴え、目標達成に駆り立てるセミナーもある


 もうひとつ、心理学ワークショップで小保方さんが影響を受けたのではないかな、と思われるのが、神経言語プログラミング(NLP)です。こちらもわたしは応用コースまで述べ18日間受講しました。 
 このセミナーには、プレゼンを上手になりたい人が通うことが多い。周囲の受講生には、わたしと同様研修講師業のかたもいました。営業マンもいました。
 そこでは、「優位感覚」を時間をかけて扱います。あの、視覚・聴覚・体感覚のうち何が優位か、というやつ。人前で話すときには、聴衆の視覚・聴覚・体感覚に訴える言葉で語りましょう。文章を書くときには、読み手の視覚・聴覚・体感覚に訴える言葉で書きましょう。
 ・・・小保方さんの『あの日』の文章には、NLPの影響があるだろう、と考えるのは考えすぎでしょうか。

 ひところはコーチングをやる人も猫も杓子も「NLPコーチング」と名刺に刷ったものですが、今はブームも下火になり、それほど見かけなくなりました。小保方さんが学会発表の寵児になった2007年はちょうどNLPブーム真っ盛りのころ。プレゼン能力を上げるために、小保方さんがNLPセミナーに通ったとしても不思議ではないのです。

 NLPにはまた、「目標達成セミナー」という性格もあり、もともと夢ずき自己実現好きの小保方さんとはこの点でも相性がいいのです。
 ところが、その「目標達成」に駆り立てる要素が、こんどは目標のためには手段をいとわない人をつくりだす性格となり・・・(後述)
 

 ここまでをまとめましょう。
小保方晴子さんはもともと発達障害の特性をもって生まれついているのに加え、ご家族が心理学者というご家庭環境、それに今どきの心理学ワークショップにより、もって生まれたその特性を助長・強化された可能性が高いのです。
 こうしたセミナーにはおそらく小保方さんと同様の、自覚していないASD、ADHDの方たくさん来られ、そしてその偏った認知特性を強化されていきます。わたしが「一応の勉強のために」そうしたセミナーに通っていた当時、発達障害の概念にまだ親しんでいませんでした。今振り返ると、あそこでご一緒した方々の半分ぐらいは、そうだったん違うかなーと思います。
 
 そしてまた、知性の高いアスペルガー症候群を含むASD(自閉症スペクトラム障害)の人のもつリジッドな特性、すなわち、一度思いこんだことはなかなか修正が利かない、「くっつきやすくはがれにくい」知性があるため、こうした心理学セミナーでの教えが現実と整合しないことになかなか気づかず、長期にわたってその教えを信奉してしまうということが考えられます。
 これは、ASDの中でも特に重症の自閉症の人にたいする療育を学んでみるとわかります。自閉症の人の「誤学習」というのはやっかいで、一度間違ったことをおぼえるとなかなか抜けません。たとえばスーパーに連れていって駄々をこねてお菓子を買ってもらった、という経験をすると、その経験から学習してしまい、スーパーに行けば必ずお菓子を買ってもらえる、買ってくれるべきだ、と考えます。ひいては、買ってもらえないとパニックを起こすようになります。これと同様なことが、アスペルガー・ASDの人たちでも日常的に起こっています。間違った思い込みの修正が利かないのです。

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●職場への提言


 こうした心理学セミナーは今もあります。あからさまに自己啓発セミナーでなくても、その内容や効果は自己啓発セミナーと同じようなものです。利己的で平気で他人を利用する人や、一見優しいけれど被害者的で言い訳の多い人をつくっていきます。
 そうして、正統的な心理学を装って若い人を吸引します。
 では、実際問題、現役マネジャーの読者の方向けの話題です。あなたの職場の若い人がこうしたセミナーにかぶれて仕事のできない、言い訳の多い人になったら、何をしたらよいのでしょうか?


 思想信条で人を差別したり解雇することは憲法をはじめ法律で禁じられています。だから、こうした心理学セミナーの教えにかぶれているというだけでは処分することはできません。
 しかし、その思想が原因で問題行動をとれば、その問題行動を解雇事由にすることはできます。いよいよ必要だと思ったら、問題行動や発言を日時とともに記録しておくことをお勧めします。
上述の感情表現を奨励するタイプの心理学セミナーでしたら、「不履行」という形の問題行動が起きやすいので、指示を出したこと、先方がその指示を確かに受け取ったこと、そして不履行が起こったことをそれぞれ日時とともに記録しておきましょう。
不履行とそれに伴う言い訳は、上司のあなたの感情を揺さぶり、ひょっとしたらカッとなってあなたのほうが不規則発言をしてしまうかもしれません。くれぐれも、感情的に動揺しないことをお勧めします。暴言を吐いてしまったりしたら、相手の思うツボです。「課長が酷い暴言を吐くので体が金縛りになったように硬直して動けなくなった」次の言い訳のタネを与えることになります。この記事を読んで、「こういう人の“被害”に遭ったのは自分だけではないんだ」と思って、気持ちを鎮めましょう。
解雇その他の処分のプロセスの中では、本人さんに対する「警告」の段階があります。このとき、できるだけ淡々と感情的にならないようにし、自分は本人さんの味方であること、できれば本人さんが職業生活を続けられるよう願っていることなどを伝えましょう。もし本人さんが失職を恐れて少し素直になってくれるようであれば、上記のような心理学セミナーに参加したことがないかどうか、それとなく訊いてみましょう。もし、それをカミングアウトしてくれれば、しめたものです。
あとは、時間をかけて、そうした心理学セミナーの中には間違った教えが入っていること、社会人にとっては「感情」ではなく「行動」が大事なのだということを教え諭してあげましょう。行動をとることを約束するのが雇用契約なのだと。

 めんどくさいですが、自社がSTAP騒動並みのスキャンダルに巻き込まれないためには、こうした企業理念に反するおそれのある人びとへの対応法をきめておいたほうがよいと思います。 



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●小保方さんへの提言


 この本、『あの日』の出版自体が小保方さんにとっての「癒し」なのではないかと言われた、医療関係者の方がいらっしゃいました。
 しかし、ノンフィクションの形をとりながら実名の人を登場させて事実関係のあやふやなことを書いて傷つける、ということは、すでにとても大きな加害行為です。
 小保方さん、ご自身の受けた被害をはるかに上回る加害を、人に与えてしまっていらっしゃいます。こんなことをしていても何も癒しにはなりませんよ。
 これからもこの本のようなオファーをしてくる出版社さんやTV局さんはあるかもしれませんが、是非、そうしたところとは手をきってください。
 それから、今回の記事で書いたような手法、「感情表現を思い切りしたら癒しになって次の前向きな行動がとれるんだ」というのを、心理学セミナーであれカウンセリングであれ、信じておられるとしたら、それは間違いです。もう、その手法とも手をきりましょう。それは、小保方さんがますます情緒不安定になって周囲の人への悪感情を増幅させるだけで、結局小保方さんにわるさをしてしまっています。ますます身心をむしばんでしまいます。また大切なご家族もますますダメージを受けてしまいます。

 この事件は小保方さんに大きなトラウマを作ってしまっていると思いますが、そのトラウマの処理方法としてわたしがお勧めしたいのは、「EMDR」という手法です。感情表現を多用することなく、スピーディーにトラウマを消してくれます。スピーディーといっても大体半年くらいはかかり、その間多少の副作用がありますが、やたらと感情表現をして人に相槌をうってもらうよりずっと効果がありますよ。



 このブログでは、定期的に「研修副作用」のお話をやっています。
 詳しくは「研修副作用関連」のカテゴリをクリックしてみてください。
 過去の記事で「小保方さん」に関係のありそうなものをピックアップしてみました

研修副作用の話(6)―「表現力」が大事か、「責任感」が大事か
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51905855.html  プレゼンセミナーやNLPセミナーでは「表現力」が上がるけれど「行動する力」は上がらないですよ。責任感は上がらないですよ。ひいては口先ばっかりの人をつくってしまうだけですよ。責任感は本人を日常目の前でみている指導者だけがつくってやることができるものですよ。ということを言っています

研修副作用の話(5)―目標設定セミナーについて
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51905839.html  「目標設定」「目標達成」を過度に重視するタイプのセミナーを受けると、目標のためには手段をいとわない人になっちゃう可能性がありますよ。NLPセミナーとか一部のコーチングセミナーなどがそうです。うちの団体で過去、その手のセミナーを受けた人から営業資料の盗用の被害に遭いました

ときどきコーチを返上してジャーナリストになるです
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51336521.html  「ワークショップ症候群」になってしまった人々の“症状”をリストアップした記事。仕事ぶりにむらが多く、言い訳が多く、自分を叱ってくる人を見下したり恨んだり。最後には会社を辞めてしまうことが多い。


自己実現の時代から責任の時代へ?
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51440997.html  アメリカでも「責任」を強調する子育てから「自尊感情」を強調する子育てに変わった。そして犯罪者や暴力的な傾向のある人は、「自尊感情」が高すぎるのではないか、とアメリカ心理学会会長・セリグマンが主張します

感情と自由の暴走がなにをもたらすか
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51339067.html 
 一部の心理学ワークショップに耽溺した人々の「感情の暴走」が起き、自律性を欠きだらしなくなる現象。また「自由」の観念も暴走し規律の観念がなくなる、というお話



これまでの記事:
●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―1位マネジャー製造講師・正田が読む・晴子さんのプロファイリングはVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(4)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.2 小保方さんの生育環境は
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935705.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(5)―プロファイリングVol.3 多彩な感情表現は人を被害者的にする!心理学セミナー、カウンセリングの副作用のお話
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935878.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(6)―「私の会社でも」読者からのお便り
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936058.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(7)―“惑わされる”理系男子:女性必見!もしもあなたの彼が「隠れ小保方ファン」だったら
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936162.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(8)―「キラキラ女子」の栄光と転落、「朝ドラヒロイン」が裁かれる日
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936340.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(9)―「STAP細胞はあります!」は本当か?Amazonレビュアーが読み解くプロジェクトの破綻
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936570.html

●社会人のための『小保方手記』解読講座(10 )―再度「STAP細胞はありません」―「ウソ」と真実・ネット世界と現実世界のギャップ、社会人の分断リスク
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936986.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(11)― 騙されないためのケーススタディー:小保方晴子さんが使った「ヒューリスティック(自動思考・錯覚)」の罠
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937126.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(12)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(前編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937436.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(13)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(後編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937542.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(14)(最終) まとめ:あなたの会社から「モンスター」を出さないために―女性活躍、発達凸凹対応、そして改めて「行動承認」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html



●エイプリルフール特別企画・シリーズ番外編:社会人のための「小保方情報」解読講座
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937719.html

あの日









※この記事内のインデックスです


(1) 20世紀型心理学が小保方晴子さんを育てた
  ―発達障害概念の普及の遅れとカウンセリング自体にひそむ限界―

(2) どうすれば良かったのか?

(3) 障害の受容のむずかしさ
   ―ASDの人特有のプライド



『あの日』(小保方晴子、講談社、2016年1月)読書日記 第4弾です。
 前回の記事では、このブログ独自に小保方晴子さんのプロファイリングを行わせていただきました。

社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

 この記事の末尾部分で、「発達障害」ということに注目しました。
 小保方さんは、おそらくこだわりの強いASD(自閉症スペクトラム障害)とミスの多いADHD(注意欠陥多動性障害)のハイブリッドなのであろう。
 また、ASDの中でもIQの高いアスペルガー症候群、中でもとりわけ言語能力の高いタイプの人なのだろう。言語能力と実行能力に極端なギャップのある人なのだろう。
 このことが小保方晴子さんという人の研究不正、捏造、コピペ、見えすいたウソや言い訳、そしてほかの人を極端に理想化したり悪しざまに言ったり、という、普通の社会人からみると不可解な行動の源になっているだろう。

 そして最後にこう投げかけて終わりました。

1.では、小保方さんがこういうASD−ADHDの資質をもった人だとして、なぜ子どもの頃気づかれなかったんでしょうか?今まで矯正されなかったんでしょうか?
2.そして、こういう人がもし職場にいたらどういう指導をしてあげるのがいいんでしょうか?理研では何故できなかったんでしょうか?


 というわけで、今回の記事ではこの疑問点の1.にお答えすることになります。

 しかし正直言って気が重いです・・・
 というのは、残念ながら「お子さんのころの親御さんの責任」ということにも、触れざるをえないからです。うまれつきの形質だけで今のようになったわけではない、育て方の問題も入っていると考えられるからです。
 ただ本人さんもう32歳の方ですので、りっぱな大人です。そんな歳になったお子さんの子育てについて、蒸し返されるのは親御さんその他の方々にとってお気の毒なことではあるんですが。

(1)20世紀型心理学が小保方晴子さんを育てた
    発達障害概念の普及の遅れとカウンセリング自体にひそむ限界


  小保方さんは子どもの頃なぜ気づかれなかったか。矯正されなかったか。
 
 これは、シンプルに言うと「20世紀の心理学が小保方さんの人格を育てた」ということなのではないかな、というのがわたしの推測です。

 小保方さんのご家庭。個人的なことをほじくるのは…といいながら、やはり家族構成とご家族のご職業をみると「なるほど、これは」と思います。
 小保方さんは3人姉妹の末っ子。そして、お母さんとお姉さんのうちの1人が、なんと心理学者なのです。それぞれ、現在も東京都内の大学の教授、准教授を務めていらっしゃいます。

 お子さんがしょっちゅううそをついたり言い訳をしたり、日常生活でミスが多いお子さんだったら、心理学者たるもの「この子はちょっと普通ではないんではないか。発達障害なのではないか」と気づくのではないでしょうか?と思われるでしょう。
 それがそうではないのです。むしろ、逆に働いてしまった可能性があるのです。

 小保方さんのお家で起こったことを推測する材料はここにはありませんので、あくまで一般論として、「発達障害」をめぐる精神医学・心理学の「世代間断絶」というお話をしたいと思います。



 このブログではかねてから、「少し上の世代の心理学者、精神科医は、発達障害のことを知らない」ということをご指摘しています。

 精神医学が体系づけられたのは19世紀末、精神科医のエミール・クレペリンという人の功績です。この人の書いた精神医学の教科書の第6版が1899年に発刊され、精神病を大きく13の疾患に分類しました。これが現代の『精神疾患の診断と統計マニュアル(DSM)』のもとになっています。その後は20世紀初めにフロイトの精神分析学が現れ、一世を風靡しました。
 今流行りのアドラー心理学の教祖、アドラーの没年は1937年です。


 いっぽうで発達障害が精神疾患として認知された歴史は比較的浅いのです。精神障害の診断・統計マニュアルであるDSMには、1987年改訂のDSM-III-Rに初めて「発達障害」という語が登場。それ以前にトレーニングを受けた精神科医・心理学者らは、基本的に発達障害の概念を使いません。

 このブログでは今年に入ってからだけでも、『ほめると子どもはダメになる』や『嫌われる勇気』の著者らに対して、「発達障害の概念をスルーした議論をしている」と、異議申し立てをしております。
 本当は、発達障害はASD(自閉症スペクトラム障害)とADHD(注意欠陥・多動性症候群)を合わせると、子供世代の約1割、10人に1人のペースで出現する障害ですから、この障害を「ない」ことにして無視し続けるのはおかしなことなのです。「何か変だな」と思ったらまっさきにこの障害を疑うのが正解と思います。しかし、上記の心理学者・自称哲学者らは、「発達障害」の存在をオミットしているため、まったく見当はずれの議論をしてしまっています。それは専門家として非常にこまったことなのです。



 それにプラスして、カウンセリングという手法そのものにひそむ限界。

 例えばここに、よくウソを言うお子さんがいるとします。決して、小保方さんがそうだ、というわけじゃないですよ。
 しかし、その子の言うことがウソだ、ということを知るには、周囲の人にウラをとらなければなりません。同じ現象をみているほかの人に、「確かにそうだったか」と尋ね、もしそこに矛盾があれば、こんどは子供さんの言うことが本当かほかの人の言うことが本当か、もうひとつ確認をしなければなりません。2人、3人と人の話をきいていかなければなりません。非常にめんどうですね。

 ところが。カウンセリングという手法は、基本的にクライエント1人の話しか聴きません。ウラをとるということをしません。
 家族療法のような手法も一部にありますけれども、それはむしろ例外。わたしも人生で何度かカウンセリングのお世話になってますけれど、カウンセラーさんは基本的にわたしの話だけをずーっと聴いてくださいました。そして信じてくださいました。お蔭でわたしは何度か心の危機を脱したのですけれど、もしそこでわたしがウソつきだったら、どうしようもないんです。「信じてやる」ということが、癒しにつながるメリットもあるんですが、ウソつきを増長させる可能性もあるんです。

 これはカウンセリングだけでなくパーソナルコーチングにも言えることです。個人契約で、基本的にそのクライアントの話だけをずーっと聴き、「すばらしい!」と言ったり、「ぜひそれをおやりになってください!」と言ったりします。
 コーチングの場合、「行動」を促進するものなので、カウンセリング以上に、方向性を間違えるとたいへんなことになってしまいます。クライアントさんがウソついてるのに「すばらしい!」「ぜひおやりになってください!」って背中を押したりしていると。
 だから、わたしはある時期から基本的にパーソナルコーチングをお引き受けしなくなりました。
 そして、状況全体を知っていて周囲の人からもウラをとることができ、かつ業績向上へのモチベーションもある、上司によるコーチング(以前は「企業内コーチング」と言っていた。今は「承認マネジメント」という言い方に変わっています)こそが、もっとも推進すべきものだ、と考えるようになりました。



(2)どうすれば良かったのか?


 閑話休題。
 小保方さんの子供時代に起こっていた可能性のあること、というお話に戻ります。

 小保方さんのお母さんやお姉さんは、立派な大学で教える心理学者さんですし、そうした心理学の手法そのものに限界がある、とは思っておられなかった可能性があります。よく、子育てについて教える心理学者さんカウンセラーさん、同様に企業でメンタルヘルスについて教える心理学者さんカウンセラーさんもそうなのですけど、

「心優しく本人さんの話を聴いてあげる(傾聴)」

 このことだけを言われますね。
 傾聴のスキルが足りないから問題が起きるんだと。あと一歩がまんして傾聴してやればいいんだと。
 そして、実習で傾聴のやり方(スキル)を習ったお母さんお父さん方やマネジャー方は、実習そのものがもたらす高揚感も手伝って、
「こんなやり方で傾聴をすれば良かったんだ。私に足りなかったのはこれなんだ」
と、思い込んでしまいます。


 しかーし。
 そういう子育て指導、マネジメント指導は、「本人さんがウソをつく人だったらどうするのか?」という視点を欠いています。
 ウソをつきやすい言い訳をしやすい人に対してすべきは、「心優しい傾聴」だけではないんです。周囲の人にウラをとり、本人さんに再度当て、
「ウソは通用しないんだよ」
と示すことです。


 その手間を、小保方さんの周囲の人は省いてしまった可能性があります。とくに、単なるカウンセラーではなく大学で教えている心理学者さんであり、人に教えるたびごとに自分の手法の正しさを確信する立場であると、自己強化されますから。相手を疑ったり、ウラをとったり、という、手間のかかるしかも心理学の教科書に載ってないような卑しい作業をしたいとは思わないことでしょう。

 次の記事で解説いたしますが、発達障害の人を多く雇用する特例子会社さんなどでは、やはりミスのときに言い訳、自己正当化、他責をしやすいので、「現物を呈示する」というやり方をします。要は口先だけで逃げられないようにします。

 そしてまた。
 これは蛇足ですが、過去の子育てのノウハウでは、「逃げ道をつくってやる」ということが言われていましたね。今でも人生相談のページなどではよくみます。
 これ、子供さんが「ウソつき」の場合には、不正解です。
 事実はひとつ。量子力学の議論は置いといて(笑)。ウラとりによって子供さんの言ったことがウソだと証明されれば、そこは家族全員で「ウソは通用しないよ」という態度をとったほうがいい。5人家族で、上が優しいお姉さん2人で、(しかも心理学)ということであると、この「家族が一致してウソを許さない」という統一歩調がとれない可能性があるのです。

だれか一人でも心優しくウソをついたお子さんをかばってしまうと、子供さんは機会主義者ですから、すぐ一番優しい人のところに逃げ込んでウソをつき続けます。だから、子供さんにウソつきの形質があるとわかった段階で、家族の間で意思統一をしないといけません。表面的な優しさのためでなく、子供さんの将来のために、全員一致して子供さんを突き放さなければなりません。



 そして、子供さんがそうした、ウソをつきやすいお子さんだと判明したときは、どうしたらいいのでしょうねえ。

 わたしが提言したいのは、要は「行動承認」です。長い読者の皆様、もう耳タコですね。ごめんなさい。

 この子は、言葉を操ることはとても上手だ。でも行動力がそれに伴わない、はるかに低い。ちょっと何かをやらせるとミスをしてしまう。またちょっと目を離すとぼーっと妄想に入ってしまい、行動がおるすになってしまう。
 そういう子だから、してなかったことをしたと言ったり、ミスしたことを言い訳して人のせいにしたり、なんとか自己正当化の方向に言葉の力を使ってしまう。生物ですから、なんとか生存しようとするんです。そのために自分の持っている能力の高いところを使ってしまうんです。

 こういう状況に陥っているお子さんを救うには、なんとか行動力のほうを上げてあげることです。

 小さなことでも、「やったんだね」と承認してあげる(でも、やったことがウソじゃダメです)それは身近な、本人さんの行動を目の前でみている一番小さなコミュニティ、家族の中だからできることです。
 そして、「本当に行動をとったら、『承認』をもらえるんだ」と、本人さんに理解してもらう。そして、行動をとることを楽しんでもらう。
 これの繰り返しで、行動力を上げてあげることができます。非常に辛抱づよい作業になりますが、やはりご家族だからこそできることでしょう。



(3)障害の受容のむずかしさ
    ―ASDの人特有のプライド

小保方さんは発達障害で診断を受けるべきかどうか。わたしは、受けたほうがいいと思います。
 詳しくは、こちらの記事を参照

「広野ゆい氏にきく(2-3)「発達障害者マネジメントの『困った!』問答」」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51911281.html

 上記の記事のように、ひょっとしたらADHDの不注意によってミスや不行動が出やすいかもしれないので、診断を受けてADHD治療薬をのむ、というのも正解かもしれないです。薬をのむということに関しては、わたしもちょっと疑問があるのではあるのですが。上記の記事の中で発達障害者の会の代表の方に伺ったところでは、コンサータやストラテラといったADHD薬は、多少ミスの多さを改善させる働きがある。その方は、自分にとって面倒くさい仕事に取り組むときは、やる気を出すために薬をのむ、と言われました。
 
 もうひとつ「診断」について大事なことは、とくにASDの中でも高機能のアスペルガー症候群の方は、プライドが高いので大人になってから障害を受け入れることが非常にむずかしくなる、ということです。場合によっては告知されたことで、鬱になったり、自殺したり、ということもあるそうです。だから子供さんの間に診断を受け障害を受容したほうが、傷が浅くて済む。そして自覚のないまま大人になったアスペルガーさんは、なまじ障害の程度が軽くてIQが高いだけに、仕事上で非常に不都合をきたしてしまうんですね。

 したがって、子供さんを愛しているなら、子供さんがASDかもしれないと思ったら、小さいうちに診断を受けたほうがいいということです


 「障害の受容」。
 さあ、今の小保方さんにそれが可能でしょうか。つらいところですね。
 
 2つ前の記事の末尾に近いほうで、
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

「もともと発達障害と人格障害の線引きはすごく曖昧。感情の起伏が激しく他人に対して毀誉褒貶の激しい境界性人格障害も発達障害の一種なのかもしれない。また『自分はすごい』と思いこんでいる自己愛性人格障害も発達障害の一種なのかもしれない。」
ということを言いました。

 「発達障害」と人格障害その他の精神疾患の関係性は、ちょうど認知症でいう、「中核症状―行動・心理症状」の関係に似ている、という言い方もできます。
 認知症について詳しくは厚労省のこちらのページをご参照ください
>>http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/a02.html
 少しここから文章を引用しましょう:
「脳の細胞が壊れることによって直接起こる症状が記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能の低下など中核症状と呼ばれるものです。これらの中核症状のため周囲で起こっている現実を正しく認識できなくなります。
 本人がもともと持っている性格、環境、人間関係などさまざまな要因がからみ合って、うつ状態や妄想のような精神症状や、日常生活への適応を困難にする行動上の問題が起こってきます。これらを行動・心理症状と呼ぶことがあります。」

 つまり、能力の低下が先にあり、それと環境要因が組み合わさって精神症状や問題行動が起きてしまう。鬱の症状などもできてしまう。
 認知症のおとしよりが、ひどく疑いぶかくなったり、暴れたり、徘徊したり、というすごく困った行動も、「能力の低下からきているんだ」ということを周囲の人が念頭において、本人さんの不安感をじょうずに受容してあげると、そうした困った行動が収まるようなのです。つまりそうした困った行動が、認知症そのものの症状で不可逆的で仕方がないもの、というわけではなく、治る可能性があるのです。


 これは認知症なので、本人さんがもともと持っていた能力が低下した、というお話ですが、この「中核症状―行動・心理症状」の関係性は、発達障害の場合にも大いに当てはまります。
 発達障害の場合は、老化に伴ってではなく、もともとある部分の能力がすごく低く、一方ですごく高い部分もあり、その能力の凸凹が社会不適応を引き起こします。ひいてはメンタルヘルスを害し、鬱や統合失調症のような症状が出たり、人格障害のような症状が出る、ということです。

 解決のためには本人さんも周囲の人も、ご自分のそうした極端な能力の凸凹を自覚することです。そして正しい自己像をもち、ある部分で分不相応のプライドをもっていたところも見直し、そんな等身大の自分が今から生きる道は何か、を模索することです。




 で小保方さんの場合は、今は、受容できない段階だろうと思います。たぶん精神的によくない状態なのだろう。この本、『あの日』を出版してしまうということからしても、受容できなくて徹底的に他責に走ってしまっている。まだ、「不正をして理研を辞めさせられた自分」という事態を受け入れていないようです。

 また、なまじ研究者としてはハーバード留学、ネイチャー掲載という、「頂点」にまで昇りつめた人なので、「自分は単なるミスが多くて言い訳が多く、でも身の程知らずに高いところをめざすのがすきな人だっただけだ」ということを認めるのはつらいことです。

 なまじ1点でも優れたところがあると、発達障害の受容がむずかしい。
 そういう心理を、また発達障害をもつ大人の会代表・広野ゆいさんに語っていただきましょう。

広野ゆい氏にきく(2)―見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51901747.html

広野:そう、自覚がないというより自覚したくないんですよ。認めちゃうと、皆さん感じてるのはものすごい恐怖感なんですね。ダメな人間と思われたくない。やっぱり「認めてもらいたい」んです。
 本当は、「ここはできないけど、ここはできるんだね」という認められ方を人間はしてもらいたいと思うんです。「あなたはこういう人なんだね」と、丸ごとみてくれて、その中で「じゃああなたができる仕事はこれだね」という認められ方をしたい。特にその凸凹の大きい人は必要としていると思います。
 だけどできる部分だけにしがみついて、できない部分を隠して隠して生きてきた人にとっては、ここは絶対に見せてはいけないというか、認めてはいけないところなんです。ここが崩れると全部が崩れちゃう(と思いこんでいる)からなんです。
 

 いかがでしょうか。

 発達障害、とりわけ高機能のASDの人にとっては、発達障害を「認める」ことは、これぐらいものすごい恐怖感をともなうことなんですね。

 わたしも、小保方さんほどではないですがそこそこ高い学歴をもって半世紀以上生きてきて、「自分は大した人間じゃない」と認めるのはすごくつらいことです。だから、「認めたくない」という小保方さんの気持ちは痛いほどわかります。

 でも。この方、小保方晴子さんは、もう何人もの人(自分の家族を含め)を破滅させ、自殺者まで1人出している人なのです。
 だから小保方さんの文脈でばかり物を考えてあげるわけにはいかない。

 たぶん、小保方さんのお母さんやお姉さんは今でもつかず離れず、晴子さんを見守っていることでしょう。
 ぜひ、その方々が、晴子さんの自己受容を助けてあげてほしい。
 わたしはそう思います。

 そして今後は、できれば研究というような自由度の高い仕事ではなく、もっときっちり上の人に仕事を監督されるようなお仕事について生計を立てられることをお勧めします。

 作家さんがいいのかというと、ご本人さんはそれでいいかもしれませんが、今回のようにノンフィクションの体裁をとりながら実在の人を傷つけるようなことを書いてしまう場合もありますから、お勧めしません。出版社さんも、もうこういうことで儲けるのはやめましょうよ。




 次回の記事では、小保方さんのような人が入社してきたら職場ではどうするべきか?また理研のような研究組織ではどうするべきか?というお話をしたいと思います。

 ↑

2016年2月29日追記:と予告していましたが、その後もう1回「プロファイリング」の記事を書きました。
小保方さんの生育環境に加え、(5)心理学セミナーの影響の可能性についても書かせていただきました。


これまでの記事:
●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―1位マネジャー製造講師・正田が読む・晴子さんのプロファイリングはVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(4)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.2 小保方さんの生育環境は
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935705.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(5)―プロファイリングVol.3 多彩な感情表現は人を被害者的にする!心理学セミナー、カウンセリングの副作用のお話
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935878.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(6)―「私の会社でも」読者からのお便り
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936058.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(7)―“惑わされる”理系男子:女性必見!もしもあなたの彼が「隠れ小保方ファン」だったら
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936162.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(8)―「キラキラ女子」の栄光と転落、「朝ドラヒロイン」が裁かれる日
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936340.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(9)―「STAP細胞はあります!」は本当か?Amazonレビュアーが読み解くプロジェクトの破綻
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936570.html

●社会人のための『小保方手記』解読講座(10 )―再度「STAP細胞はありません」―「ウソ」と真実・ネット世界と現実世界のギャップ、社会人の分断リスク
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936986.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(11)― 騙されないためのケーススタディー:小保方晴子さんが使った「ヒューリスティック(自動思考・錯覚)」の罠
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937126.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(12)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(前編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937436.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(13)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(後編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937542.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(14)(最終) まとめ:あなたの会社から「モンスター」を出さないために―女性活躍、発達凸凹対応、そして改めて「行動承認」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html" target="_blank" title="">http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html

●エイプリルフール特別企画・シリーズ番外編:社会人のための「小保方情報」解読講座
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937719.html

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2016.2.25                 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えます。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーに  ご来場いただいた方にお送りしています。
ご不要の方は、お手数ですがメール末尾にありますURLより解除ください。

■■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 シリーズ・社会人のための「小保方手記」解読講座はじめました
     〜夢と希望にみちた前半部分・
    「あのエピソード」正田はこう読む!

【2】 「貧困」と「非正規社員」…何が問題なのか
     〜読書日記『承認と包摂へ』後編

【3】 連載「ユリーの星に願いを」第2回「KPIは何ですか?」

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【1】 シリーズ・社会人のための「小保方手記」解読講座はじめました
     〜夢と希望にみちた前半部分・
      「あのエピソード」正田はこう読む!


 現役経営者・管理者の読者のみなさまには、まことに要らんお節介の老婆心
かもしれません。

 あの小保方晴子さんの手記『あの日』。発売以来約1か月を経過、一時期は
どの本屋さんでも品切れ状態でした。
 本日現在、Amazon総合ランキング21位、「科学・テクノロジー」「科学史・
科学者」「自伝・伝記」ジャンルでそれぞれ1位と、大変勢いのある本です。
 でわたし正田は暇人のくせにしばらくは「読みません」と宣言していたの
ですが、その後諸事情あって読むことになってしまいました。

 現役社会人の方では、どれくらいの方が読まれているでしょうか。
 わたしの想像では、意外に経営者・管理者の方々より、部下の世代の方々
に一定のインパクトがありそうな気がします。

 そんなわけで、『あの日』の読書日記をブログにシリーズで掲載させていた
だくことにしました。年初に『「学力」の経済学』という本について7回の連
載をしたのと同様、今回も長期シリーズになりそうな予感です。

 この本を部下世代の方が読まれた場合、職場に与えるであろうインパクトや、
もし小保方晴子さんがあなたの職場にいたら?また、もしあなたのお子さんが
小保方晴子さんのような特性をもったお子さんだったら?ということも、
シリーズの中で順次解説してまいりたいと思います。

 読まなかったという読者の皆様も、読んだつもりになって部下の方に正しく
ウンチクを披露していただけますよう、なるべくわかりやすく解説を心がけて
まいります。

 それでは、くれぐれもお仕事に支障のありませんよう、休憩時間にご覧くだ
さい―



●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピ
ソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピ
ソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【2】「貧困」と「非正規社員」…何が問題なのか
〜読書日記『承認と包摂へ』後編

 前回、『承認と包摂へ』の読書日記・前編として、「同一労働同一賃金」を
とり上げました。

●「承認」をカタチにする。同一労働同一賃金をためしてみると―『承認と包
摂へ』をよむ・前編
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51934476.html 

 ひき続き今回は、後編をご紹介します。
 ここでは、「貧困問題の正体」そして「非正規労働者の歴史」を、
現代日本を代表する良心的な研究者の方々が読み解いてくれます。

 日本的な「男は外、女は中」それに「正規・非正規の区別」、どちらも
そんなに歴史の古いものではありません。今、見直すときに来ているのかも
しれないことを考えてまいりましょう。


●だれを包摂し、承認し、だれを社会的に排除しているか。―『承認と包摂へ』
 をよむ・後編
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935268.html 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【3】新連載・「ユリーの星に願いを」第2回「KPIは何ですか?」
By ユリー


 ユリーのプロフィール:40代女性。インターネットベンチャーの創業、マーケ
ティングやプランニング、プロジェクトマネジャー、コンサルティング、研修講
師などを行う。現在の仕事は起業家支援、新規事業開発や商品プロデュースなど。


KPIは何ですか?


 こんにちは。ユリーです。年度末が近づいてきました。私の2月は、来期の事
業計画をアクションプランに落とし込む時期、シミュレーションを繰り返す「集
中妄想期間」です。

 事業計画といえば、皆さまの会社・組織ではどのようなKPI(Key Performance
  Indicator、重要業績評価指標) を設定していらっしゃいますか?
 私もインターネット業界で駆け出しのマーケティング職だった頃には与えられ
たKPIを追いかけ、コンサルタントになってからは、KPIとすべき指標とその計測
方法をクライアントと議論してきました。ドラッカーが「計測できないものは管
理できない」と言ったように、管理者であるマネージャーにとって、KPIは最重
要管理項目です。

 私が最近注目しているKPI関連の話題に、グーグルがやっていると言われる従業
員の血糖値管理があります。グーグル社のKPIの1つに従業員の血糖値があるとい
うのです。
 血糖値が人間のパフォーマンス、ひいては業績に影響するというのはNASAの研
究成果、宇宙飛行士の訓練育成の過程から導かれたものだそうです。脳は、血糖
値が一定の(上下動の)範囲にあるとき、最もよく機能するという研究結果があ
り、また、最近の認知症研究からは血糖値は高すぎても低すぎても脳の認知
機能には悪影響との研究報告もあります。


 たしかに、血糖値の上下によるイライラや眠気、集中力を維持するために自然
と糖分を欲するなどは、私にも心当たりがあります。読者の皆さまにもきっと思
い当たる節があるのではないでしょうか? 

 KPIにまでしてしまうところは、いかにもグーグルらしい発想ですが、従業員の
健康状態を経営課題としてとらえ業績との関連を見るというのは、私にとってとて
も興味深いテーマなので、これからも注目したいです。

 NASAといえば、間もなく11人目の日本人宇宙飛行士が誕生します。今年6月
ごろから国際宇宙ステーション(ISS)に約4か月滞在する予定の大西卓哉さん
(40)。
 この大西飛行士は、自衛隊出身で「中年の星」油井亀美也飛行士(46)と同時
期選考の元全日空パイロット。
 その大西飛行士のインタビュー記事にあった「失敗」に関する話題が興味
深いものでした。次回はそのお話をしたいと思います。


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 ┃今日の一筆箋  
□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

先週、介護施設長さんの「承認研修」をさせていただきました。
今号の【2】の記事にもありますように、「承認」はいまや政策的にも、マネジ
メントの現場にも、主流となるであろう思想です。
今回の研修の中で正田はある“マル秘”の新コンテンツをご披露し・・・。
その中身はないしょです。ご参加の施設長様方には、大変喜んでいただきました。
そして今週は、力のこもった宿題が続々返ってきました。

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 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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このメールは転送歓迎です。

あの日

 『あの日』(小保方晴子、講談社、2016年1月)読書日記 第3弾です。

 ここまでは、小保方晴子さんの手記『あの日』の前半部分に出てくる印象的な2つのエピソードから、読み取れることや矛盾点、明らかにウソだと言えることを抽出してみました。

 今回はちょっと箸休めで、小保方晴子さんとはどんな人格の持ち主なのか?どういう遺伝形質でどういう育ち方をしたのだろうか?というのを、ごく限られた手がかりから解読してみたいと思います。
 もう既に沢山の精神科医・心理学者の方が同様にプロファイリングをなさっているようですが、企業の人材育成屋、そして「13年1位マネジャー輩出」のマネジメント教育のプロ、という立場からの解読も、あってもいいかと思います。
 でも、このブログの長年の読者の皆様からみると、そんなに突飛なことは言わないですよ。いつも言ってることの延長ですよ。

 わたし正田は、「人」をみるとき、大体5通りぐらいの人格類型ツールを使っています。
【1】 ソーシャルスタイル(四分法、コーチ・エイの「4つのタイプ分け」とほぼ同義)
【2】 ストレングスファインダー(おなじみ、米ギャラップ社の強み診断ツール。34通りの強み分類をし、その人の上位5つの強みがその人を物語るとする)
【3】 価値観(強みのうちさらにコアなもの?その人の強い動機づけとなる)
【4】 学習スタイル/優位感覚(視覚、聴覚、体感覚のどれが優位か、というもの)
【5】 発達障害の有無/種類

 拙著『行動承認』ではこのうち、「【1】ソーシャルスタイル」しかご説明してなかったですね。「【2】強み」「【5】発達障害」はこのブログにはちょこちょこ書いています。【3】【4】はあまり触れたことがなかったカナー。
 そんなに色々使って大丈夫か、と思われそうですが安心してください。慣れるとこれぐらい使うものなのですね。わたし「個別化」の人なので、人のプロファイリングはいくらやっても飽きないんです。

 さて、小保方晴子さんは、それぞれのツールを使うとどういう人なのか。
 このシリーズ第一弾の記事の中で、「【3】価値観」をとりあげました。

******************************************
  著者の価値観とは、何か。
 読み取れるのは:上昇、希望、鮮やかな色彩(とりわけ「金色」が度々出てきます)、世界の最高峰への移動、憧れ、挑戦、華々しい、美しいものへの賛美、頭の良さへの賛美。
 上位者からのまなざし。「褒められる」こともたびたび出てきます。
 「優しい」という言葉もたびたび出てきます。
 「細胞のふるまいの自由さ」(p.50)という印象的な言葉もあるので、「自由なふるまい」ということ、また細胞の時時刻刻の変化を見守ることも価値観なのかもしれません。
******************************************

 今みると、ここにはもう1つ付け加えたい価値観の言葉があります。
 それは…でもここに書くのはやめておこう。わたしがふだん使っている、価値観リストの中には載っている言葉です。漢字1文字です。(「嘘」じゃないですよ)
 これは、このシリーズ記事第一弾の末尾部分で引用した、東スポWEB2014年3月の記事の中にある、高校時代の小保方晴子さんがついたウソの内容からプロファイリングしました。
 小保方さんにならって、「ほのめかしのスキル」を使おうと思います。やっぱりブログの品格、大事ですもんね。
 
 
 あと付け加えるなら、実は別の小保方さん自身の手になる文書に、留学先のハーバードで身につけたと思われる価値観の言葉が載っていました。

「ここがよかった!GCOE ハーバード留学体験記」
>>http://www.waseda.jp/prj-GCOE-PracChem/jpn/newsletter/img/GCOENL01_C.pdf

 この中には、バカンティ教授の「教え」のようなものが書かれています。
「Dr.Vacantiはたくさんの助言をくださいました。もっとも印象的だったのは、『皆が憧れる、あらゆる面で成功した人生を送りなさい。すべてを手に入れて幸せになりなさい』と言われたことです。この言葉は、『見本となるような人生を送りなさい』という、すべての若者に向けた言葉だと理解しています。」
 うーむなるほどー。
 このページの存在はあるAmazonレビュアーの方から教えていただいて開いてみたのですが、うなってしまいました。
 まんま、アメリカの成功哲学。
 「成功することはすばらしい!」
 わたしはコーチングの学習の中でも「成功」という言葉が出てくると「ひいて」しまったほうなのですけどね。アメリカ由来の独特の価値観の体系ですね。
 当然、最高峰に憧れてハーバードのバカンティ研に留学した小保方晴子さん、憧れの教授からこう言われてこの価値観に染まっていたでしょう。

 というような価値体系をもつ、小保方晴子さんです。
 でもここまでは、別に変なとか異常なとかいうことはないですね。
 次のツールにいってみましょう。

【2】ストレングスファインダー。
 私がみたところでは、小保方晴子さんがもっている強みは、
・最上志向
・自我
・内省
・コミュニケーション
・適応性
です。
 このほか「競争性または指令性」「社交性」「ポジティブ」あたりも高いかもしれません。
 「コミュニケーション」は、抜群のプレゼン能力につながります。
 記者会見の場で、質問に臨機応変に答えられる、あれは「コミュニケーション―適応性」があるからできるのだと思います。
 そして「上を目指したい」これが強いのはたぶん、「最上志向―自我」。
 「自我」は、「褒められたい」ということにもつながりますね。人一倍強い承認欲求、ナルシシズムの資質です。
 「最上志向」さんは―、
 以前男性の最上志向さんについて書いた記事で、「これ小保方さんにも当てはまりそうだなあ」と思う記事があります。
「最上志向の男性はなぜ喋り続けるのか」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51757211.html 
 ずーっと喋り続ける。また時々すごく変な方向にすごい努力しちゃう。最上志向の人みんながみんなそうじゃないんですよ。

 妄想が強い、これは「内省」が高くて行動力の強みが低い人だとそうなります。
 人が「できない」ということを「やりたい」と思ってしまうのはなんなんだろうなー。負けず嫌いの競争性、天邪鬼の指令性あたりとポジティブ、最上志向あたりが合体するとそうなるかもしれません。でも行動の強みがあったほうがいいですね。「できなかった」というイヤなことに向き合えないのは「ポジティブ」カナー。
 ほんとは「裏ストレングスファインダー」で、ここには書けないお話もいっぱいあるのですが、ご興味のある方はわたしに直接おききになってください。

 その他、
【1】 ソーシャルスタイル:P+Aでしょうね。
【2】 学習スタイル/優位感覚:たぶん視覚優位。でも言語能力も高い、ということは聴覚もかなり優位。そしてこの本『あの日』の中には身体感覚を表現した感情表現の言葉がたくさん出てきます。だから体感覚優位なのかというと・・・うーん。
 
 そしてそして、
【6】 発達障害の有無/種類

 たぶん、このブログの長い読者の皆様は、一番お知りになりたいところでしょう。
 初めてご覧になる方は「えっ?」と思われるかも。

 わたしがみるに、愛すべきわれらが小保方晴子さんは、ASD(自閉症スペクトラム障害)とADHD(注意欠陥多動性症候群)のハイブリッドだと思います。
 これも本人さんがご覧になった時嫌な気持ちになられるかもしれません。「障害」という言葉に対して「差別だ!」といわれたり、「名誉棄損だ!」といわれるかもしれません。
 しかし。このブログでは一貫して、「発達障害は全人口の1割前後を占める非常にポピュラーな障害なので、隠すことも差別することも正しくない。もっとこの概念が普及してみんなが自己受容したほうがよい」という立場をとっています。この障害の疑いをご指摘させていただくことが差別や名誉棄損にあたる、という認識がそもそもありません。あしからず。

 発達障害でも人により千差万別で、ASDだからこういう性格、ADHDだからこういう性格、というふうに決めることができません。小保方さんの場合はどうかというと、こだわりの強いASD。その中でもIQや言語能力のすごく高いアスペルガー症候群。それと、ミスの多いADHDがまじっていると思います。言語能力の高さと、実行能力の低さのギャップが激しいので、ウソをついたり言い訳をしたり、がすごく多くなる。これは本人さんにもどうしようもないところだと思います。で周囲の人も、こういう人をみたことがない人には理解できないだろうと思います。
 だから、せっかく小保方さんという人と出会えたことを「チャンスだ」と捉えて、わたしたちは学習したほうがいいわけですね。

 また一般に発達障害の方は、手先が不器用だったり運動神経がダメダメだったり、ということが多いです。マラソンや水泳、自転車など、一人作業のスポーツを好む発達障害さんは多いですね。だから超難しい実験をこなしたことになっている小保方さんが、ほんとに手先が器用かというと・・・クエスチョンです。子供のころ器用だったというエピソードは出ていません。

 そして、妄想が強い。これはASDでもADHDでもこういう特性をもった方は多いかな。小保方さんも実験をしながら色々な不思議な妄想をしています。

 メンタル面が弱くてすぐ「折れて」しまう、これも発達障害の人にはありがちです。もともとミスが多く、子どもの頃から叱られる場面が多いので自尊感情が低い。そして叱られると昔からのトラウマがわーっと出てきてすぐ折れてしまう。発達障害の人に鬱エピソードは多いです。また、双極性障害(躁鬱病)や統合失調症など、さまざまなメンタル疾患に発達障害が深く関わっていることが近年わかってきています。自分を叱った相手に対する恨みの感情もこのタイプの人は強いです。

 小保方さんは「自己愛」だ、というふうにも言われます。これも、自己愛性人格障害ととれなくもないし、基礎疾患としてのASD―ADHD(要は発達障害)をみたほうがいいかもしれません。もともと発達障害と人格障害の線引きはすごく曖昧なんです。感情の起伏が激しく他人に対する毀誉褒貶も激しい境界性人格障害も発達障害の一種なのかもしれない。また自己愛も発達障害の一種なのかもしれない。発達障害の人は「メタ認知能力」が弱いので、「できてない自分」を直視することができないんです。かつ、人の言葉の裏を読めないという特性もあるので、「あなたはすばらしいですね」と言われると、たとえ社交辞令でも本気で信じ込んでしまうところがあります。小保方さん、褒められることもだいすきでしたね。そして小保方さんのように妄想がきつく、一方で言語能力のものすごく高い人であると、できもしないものを本気で「できる」と信じてプレゼンをすることができるんですネ。

 こういうのは、本人さんのもっている能力の組み合わせで外に現象として出てきてしまうので、「けしからん!」と反応したり「心の闇」といったホラーっぽい理解の仕方をするのは正しくないのだと思います。

 そのほかうそつき、ほらふき、詐病だとかいうことでミュンヒハウゼン症候群という病名を挙げた精神科医の方もいらっしゃいましたけど、ああいう精神疾患の病名って、20世紀の半ばぐらいまでに作られたもので、まだ発達障害の知見が出てなかったころです。今のものさしだと発達障害と理解したほうが早いよ、そのほうが対処法もわかるよ、などと、正田はおもいます。

 では、小保方さんがこういうASD−ADHDの資質をもった人だとして、なぜ子どもの頃気づかれなかったんでしょうか?今まで矯正されなかったんでしょうか?
 そして、こういう人がもし職場にいたらどういう指導をしてあげるのがいいんでしょうか?理研では何故できなかったんでしょうか?

 そのあたりのお話は次回…。
 

これまでの記事:
●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―1位マネジャー製造講師・正田が読む・晴子さんのプロファイリングはVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(4)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.2 小保方さんの生育環境は
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935705.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(5)―プロファイリングVol.3 多彩な感情表現は人を被害者的にする!心理学セミナー、カウンセリングの副作用のお話
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935878.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(6)―「私の会社でも」読者からのお便り
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936058.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(7)―“惑わされる”理系男子:女性必見!もしもあなたの彼が「隠れ小保方ファン」だったら
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936162.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(8)―「キラキラ女子」の栄光と転落、「朝ドラヒロイン」が裁かれる日
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936340.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(9)―「STAP細胞はあります!」は本当か?Amazonレビュアーが読み解くプロジェクトの破綻
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936570.html

●社会人のための『小保方手記』解読講座(10 )―再度「STAP細胞はありません」―「ウソ」と真実・ネット世界と現実世界のギャップ、社会人の分断リスク
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936986.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(11)― 騙されないためのケーススタディー:小保方晴子さんが使った「ヒューリスティック(自動思考・錯覚)」の罠
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937126.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(12)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(前編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937436.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(13)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(後編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937542.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(14)(最終) まとめ:あなたの会社から「モンスター」を出さないために―女性活躍、発達凸凹対応、そして改めて「行動承認」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html


●エイプリルフール特別企画・シリーズ番外編:社会人のための「小保方情報」解読講座
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937719.html

あの日



 引き続き、かの有名なSTAP細胞論文騒動の主役、小保方晴子さんの手記『あの日』(講談社、2016年1月)を読んでいます。

 きのうこのシリーズ第一弾の記事をUPしフェイスブックにも転送したところ、信頼できるマネジャーのお友達からさっそく、感謝の言葉をいただきました。

「読んでいないのでコメントできません。ただ、この類いの本を出すのは、あまり品の良いことではありませんね。正田さんのおかげで、読んだような気持ちになりました。」

 ああそうなんだ、と正田は安堵いたしました。わたしが信頼申し上げるマネジャーの知性のもちぬしは、この本をはなから買わず、したがって“汚染”されてない方が多いんだ。

・・・でもその方々の部下は読んでるかもしれないんですよね・・・

 たぶんこの本の主流読者は学生、主婦、高齢者その他ワイドショー視聴者の方々なのだと思いますが、その他に会社にお勤めしている人の中の末端の働き手、いわば「部下側」の方もいらっしゃると思います。

 なのでこのブログでは、
・この本を「読まない」主にマネジャー層の方々
と、
・この本を「読んだ」主に部下側の方々
を、読者層に想定しながら、すすめたいと思います。マネジャーの方々にはウンチク材料として、また読んでうっかりこの本を「良い」と思われた方も「大人はこういう読み方をしたほうがいいんだ」という学びの場として。


 前回は、この本の冒頭にある印象的なエピソード「病気のお友達の話」を題材に、「そこで何もしなかっただろー小保方チャン!!」とつっこんでみました。
 自分は何もしなかった(と思われる)のに病気のお友達をネタに美しいエピソードを1つ作り上げ、それをひっさげて早稲田のAO入試、東京女子医科大学、ハーバード大、と門戸を叩き扉を開けていく才能。さすがです。

 これに続き今回は、ツカミネタ第二弾。すっごい難しい実験をやったと書いてあるけれど「それ自分でやってないだろー小保方チャン!!それか、その実験ほんとにあったのか小保方チャン!!」とつっこみを入れるお話です。そして今度のエピソードも、著者・小保方さんがその後ハーバード大・バカンティ研に留学するのに役立ったと思われる、いわば「立身出世の立役者」的なエピソードです。「実験の天才・小保方晴子さん伝説」をつくりあげたエピソードです。

 なのですが今回は前回よりはるかにページ数も多く専門用語も多いので、お忙しい読者の皆様の利便性のために、この記事では、構成をこのようにしようと思います:

1.結論(短く) 2.理由(かいつまんで) 3.一般的な実務上の提言  4.資料としてこの本『あの日』からの引用。

 それでは、肝心の結論…。

1. 【結論】小保方さんは、『あの日』pp.19-25に書かれている「ラットの口腔粘膜自家移植実験」の少なくとも手術部分を実際にはやっていなかった、すなわちだれか心優しい人に代わりにやってもらった可能性が濃厚。あるいは、この実験自体が存在せず、別の実験のデータを使いまわした可能性もある。


2.【理由】
‐保方さんは、早稲田の応用化学から東京女子医大の修士に進学、そこで初めて動物実験や細胞培養を行ったのでした。手術―細胞培養―手術―組織観察というこの実験の手順全体からみて、膨大な量のOJTや個人トレーニングが必要になるでしょう。
⊂保方さんは、この研究を2007年3月14日の第6回日本再生医療学会総会で発表し、輝かしい研究者人生のデビューを飾ります。しかし「数十匹のラットを用いた自家移植の実験を連日8カ月以上にわたって行った。」(p.24)というからには、遅くても2006年7月初めにはこの実験を始めていたことになります。,任いΔ箸海蹐OJTや個人トレーニングの期間がどうみても足りない。この実験をするのは素人がリストを弾くようなもの、あるいは素人が甲子園に行くようなもの。
この本の中に細胞培養のやり方はテクニカルスタッフから習った(p.15)とあるのですが、手術の仕方を習ったり独学でトレーニングしたという記述はありません。本当は実験全体の中では手術の部分がはるかに難しく(とくに縫合)、この実験がチャレンジングなものであるポイントはここなのです。それにチャレンジしたということを言う以上は、そのトレーニングについての説明があったほうが自然ですね。
ぜ存核榿屬竜述をみると、やはり細胞シート上の培養された細胞の時時刻刻の変化は克明に文学的な表現で記されています。いっぽうで難しい手術場面はごく技術的な説明に終始しており、論文や学会発表の原稿をそのままコピペしたかのようです。実際にやったという臨場感が感じられません。(唯一臨場感があるのは、手術後のラットが手の中でピクピクして目覚めるというくだり(p.21)です)このあたりこの記事の後半で『あの日』から文章を引用してご紹介したいと思います。

 以上 銑いら、この実験のとくに手術の部分は小保方さん以外の心優しい人がやってくれた可能性が濃厚です。あるいは、もし手術がうまくいかなければラットが死んでしまい、自家移植が成り立たなくなるので、実験自体が存在せず、細胞培養のデータなどは別の実験から使いまわした可能性もあります。

 また蛇足ですが、この本『あの日』では、小保方さんの初めての学会発表は2007年4月のシカゴでのバイオマテリアル学会年次大会だったとなっていますが(p.25)、上記のようにそれはウソで、本当は1か月早い2007年3月14日の第6回日本再生医療学会総会(横浜)が最初の発表のようです。(現在確認中⇒確認がとれました。日本再生医療学会事務局より、上記の日付・学会においてポスター・セッションの発表者になっているとご連絡をいただきました)

 なんでそんなウソつくカナー。小保方さん、見栄っ張りさんなのカナー。研究発表デビューの場は日本よりシカゴだったことにしたかった?あるいは、のちに2014年8月、日本再生医療学会は声明を発表して小保方さんを見放してしまったので、この学会の存在自体を頭から消したかった可能性もあります。というわけで実験そのものの疑義はまだ「疑いレベル」ですが、この記念すべき学会発表デビューの日時場所は明らかにウソが入ってます。

 ふーふー、ここまででもうワード原稿3ページ目に入ってしまいました・・・。
 で、お忙しい読者の皆様のためにお待たせしました、一般的な実務上の提言です。


3.【提言:実績は2度訊け】

 あくまで一般論で、ここで小保方さんがそうだ、と決めつけるわけにはまいりませんが、「経歴でウソつく人」って、やっぱりいらっしゃるんです。自分がやったのじゃないことを自分がやったように言う。あるいは根本的にやってないことをやったかのように言う。

 そこでマネジャー側、あるいは採用側としては、どうしたらいいでしょう。

 わたしの受講生さんで脇谷泰之さんという、上海工場を大成功させた総経理の方がいらっしゃいます。今どうしてはるカナー。この人の話でおもしろかったのが、
「面接は時間を置いて2回やれ。同じ業績を2度訊け」
というお話。

 こちらの記事に載っています
「『責めない現場』は可能か?」後半部分
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51866966.html 
 中国でも人材採用難です。脇谷さんは募集をかけて色んな人を面接するうち、
「ウソをつかない人間を採用する」
という方針になりました。
 そして、じゃあ、どうやってウソをつく人を見分けることができるでしょう。
 それが、「時間を置いて2回面接し、同じ質問をする」という方法です。
 脇谷さん自身の言葉をご紹介しましょう。

「2回面接したらわかります。日をあけて。今の営業技術部の部長してるのも2回しました。今、承認を教えてる第二世代目のメンバーも僕が2回面接しました。1回目と2回目でまったく同じことをききます。過去の成績。どんなことをしてきたか。あなたが今自信をもっていえる成果は何ですか。ということを2回、同じことをききました。20人ぐらい面接してると1回目と2回目はほとんど違います。1回目に言ったことが2回目になるとすっごい膨らんで言うときもあります。
 …そこで色々突っ込んでいくと、じゃあどういうことしたの、こうしたのああしたの、こんなこと起こらなかった、あんなこと起こらなかった?と、通訳を交えてしゃべっていくと、大体『こいつはこのレベルまでしかしてない』とか『誰かにくっついて一緒にやったことやなあ』とわかるんで、そういう人は全部排除します。」

 いかがでしょ。
 これが現場の知恵です。こういう、仕事の現場の人の言葉ってなかなか表に出ないですよネー。大学教授なんてそれに比べると、全っ然世間を知らない、実務を知らない。

 小保方さんの美しい「病気のお友達エピソード」や、「私はこんなすごい実験をしましたエピソード」も、どちらも「そこであなたは何をしましたか?」と「行動の質問」でつっこんだほうがいい。それも時間を置いて2回、同じところをつっこんだほうがいい。そういうお話です。



 ここまで、駆け足で・結論・理由・提言 という、この記事の骨子の部分をお話してきました。

 この後は、ちょっとお時間の余裕のある読者の方向けに、この本のストーリーを丁寧に追いながら、また本文の抜き書きもしながら、どうしてこういう理由、こういう結論になったのか?というお話をいたします。本を読まないでウンチクに肉づけをしたい方は、どうぞこちらもお読みになってください。


*******************************************

 さて、この本の筋書きを追いますと、われらがヒロイン小保方晴子さんは成長し、高校に進学し、大学は早稲田大学理工学部応用化学科にAO入試で受かり、大学院は再生医療を志して東京女子医大先端生命医科学研究所へ。
 この修士課程に入ったころから、がぜん専門用語が多くなります。ここで文系の多くの読者の方は挫折感を味わうようです。

 なるべく、私自身も文系ですので(でも過去には科学記者や医薬翻訳者だったこともあるのだが。恥。ちょっと詳しい話になるとお手上げです)そうした“挫折組”の方々もあっなるほどあの話はそういうことだったのか、と思っていただけるように解説したいと思います。

 大学を卒業した小保方晴子さんは晴れて、女子医大先端生命研の修士課程に外部研究生(外研生)として入り、大和雅之教授(現先端生命研所長)の率いる上皮細胞シートの研究チームに配属されます。

 上皮細胞シート。これ、どこのメーカーの製品かご存知ですか。
 はい、あの「株式会社セルシード」社のなんですね。
えっ、どこかできいたことあるって?そうでしょう、小保方晴子さん主著者のSTAP論文ネイチャー誌掲載!を発表したときに株価がガーンと上がった、あの会社です。
 こんな頃から小保方さん、あの会社とご縁があった。看板娘だったんですね。
 で、ここからはこの「細胞シート」が大活躍してくれます。

 「大和教授から最初に与えられた研究テーマは口腔粘膜上皮細胞に関する研究だった」(p.17)
 口の内頬からとった細胞を、上皮細胞シートとして目の角膜に移植すると角膜として機能を果たす。現在ではこれは角膜治療法として確立されているそうです。

 では角膜でない他の場所に移植するとその場所に応じてどう変化するか?小保方さんが挑戦するのは、そういう未知の課題です。
 これを、大型のネズミであるラット、それも若齢のラットの口腔粘膜で実験してみることにしました。

 ほらほら〜、既に漢字が多くて疲れてきていませんか?

 普通、移植手術って同じラットの個体同士で移植する「自家移植」なら、拒絶反応が起きにくいわけです。
 だから理想としては自家移植したい。でも若齢のラット(離乳―性成熟前、8−9週齢まで)を使うと若いから細胞の分化がいいはずなんだけど、若齢のラットだと口が最大でも1センチほどしか開かない。すると、生かしたまま組織をほほの内側から採取することは難しいだろう。要は採取後、止血して縫合するのがうまくいかなくて出血多量で死なせてしまうだろうということですかネ。死なせてしまうとそのラットに自家移植ができません。

 なので大和先生は無理だろうという意味のことを言われます。
「そのために、先生からは、この(他家移植をしても拒絶反応が起きにくい)ルイスラットを用いた『他家移植』による実験系を提案されていた。」(p.20)

 しかし、われらが小保方晴子さんは納得しません。難しい若齢ラットでの自家移植をすることにこだわります。
「しかし、この提案を受けても、私はどうしても、口腔粘膜を用いるからこそ、組織を採取する患者さんへの負担が少なく、自分の細胞を用いることができるので拒絶反応が起こらないという、この研究の原点にある角膜治療研究の根本の価値となる原理を崩したくなかった。自家移植にこだわりたい。無知であるがゆえに、沸き起こるチャレンジ精神が背中を押した。
 そこで、ラットに麻酔をかけ、生きたまま口腔粘膜を採取し、培養した口腔粘膜を同じラットの背中に移植する『自家移植』の実験系の立案を試みた」(同)
 やれやれ、小保方さんたら、とっても向こうっ気の強い方ですね。

 この文章に続いて次のセンテンスではすぐ、ラットの手術が始まります。
「ラットに麻酔をかけ、顎が外れないように優しく、しかしできるだけ大きく口を開ける。舌やその他の部分に傷をつけないように小さなピンセットでラットの口元を支えながら、先端に直径4ミリの円形の鋭利な金属が付いた細長い筒状の道具をラットの口腔内に挿入し、ラットのほほの内側に金属の先端を優しく押し付けて直径4ミリの円形の切り込みを作り、できるだけ傷が浅く済むように、厚さ3ミリほどで小さなはさみで剥離し、必要最小限の口腔粘膜組織を採取する。血の塊でのどが詰まらないように綿棒で圧迫して止血を施し、術後から負担なく食事ができるように口腔内の傷口を丁寧に縫合した。」(pp.20-21)
 「優しく」という言葉がこの中で2回、「丁寧に」という言葉が1回、使われています。小保方さんって、とっても優しい丁寧な人なんですねっっ。。
 (というかむしろ、「こんな難しい手術を練習もせず、優しく丁寧にやればできるって思ってんじゃねー!!」ってつっこむのが正しいのかもしれない)

 この後には、手術後の麻酔の覚めてないラットを手のひらで包み込んで温め、「どうか生きてください」と祈りながら、麻酔から覚めるのを待った、という印象的な光景があります。まあなんて優しいんでしょう。実験動物にこんな愛をもって接するなんて。

 おい。わたしはここでツッコミをいれます。
 先生も無理だからほかのやり方で、と言ってる実験系を主張してやりはじめた割には、えらいすんなり手術しちゃってるじゃないかい。
 上の文章をよ〜〜く見ましょう。
「私はどうしても、口腔粘膜を用いるからこそ、…原理を崩したくなかった。自家移植にこだわりたい。」
の文のあと、いきなり
「無知であるがゆえに、沸き起こるチャレンジ精神が背中を押した」
って言ってますが。
 ここは、「沸き起こるチャレンジ精神」なんて精神論を言ってる場合じゃないのです。
「具体的にどうやって、難しい手術を成功させてラットを死なせず自家移植まで持っていくか」
というテクニカルな説明を、先生を納得させるような形でするところです。もちろん読者のわたしたちにも。
 で次のパラグラフではいきなり手術成功しちゃってる。やれやれ、神の手小保方さん。

 この手術、「ラットの口の中の粘膜から組織をとる」の部分の最大のカギは、「縫合」にあります。1cmしか開かないラットの口の中をいかに縫合するか。それも後の食餌で不都合のないようにきれいな縫合で。
 今は「縫合トレーニングセット」という、手術初心者のための有難いキットもある由ですが。それでも、相当難易度の高い手技だと思います。
 実はこれ、わたしが初めて言ったんじゃなく、ある生物系というAmazonレビュアーさんから、
「小保方さんこの実験自分でやってないでしょう!本当にやったのならこの部分もっと詳しく説明してみて」
という疑義が上がっていました。
 わたしのような素人からみると、上記の手術の描写も十分詳しくみえるのだが、経験者には全然そうではないみたいです。相当の難手術のようです、これ。特にやはり縫合の部分は。
 縫合を手早く正確にやらないと、この手術はラットを出血多量で死なせてしまい、自家移植をすることはできなくなります。
 しかし。早稲田の応用化学から東京女子医大の修士に来て1年目の小保方さん。テクニカルスタッフから細胞の培養の仕方を習ったとはありますが(p.15)、ラットの手術の仕方を習ったとはどこにも書いてありません。
 じゃあ誰がやったの?

 ここは、まったく想像ですが、この研究室の先輩とかで「実験マイスター」「手術マイスター」というような方がいらして、その部分はやってくださったんじゃないですかねえ。
 一応あとでラットの背中の皮膚下に細胞シートを移植してますから、自家移植はしてたんだと思います。なので同じラットの頬の内側の組織をだれかが採取したんだと思います。
でも早稲田からきたばかりの小保方さんにはどう見ても無理ですね。そういう離れ業をやったのなら、それについて猛特訓したという文章が、ここにあってしかるべきだと思います。
 案外、「はるちゃん、これ持ってて」と手術後のラットを渡され手の中で温めていた、そこだけは自分でやったかもしれません。

 この実験は、要は4つの段階から成ります。
(1) ラットの頬の内側の組織を採取する(手術)
(2) 採取した組織を細胞シート上で培養する
(3) 培養した細胞シートを同じラットの背中の皮膚下に移植する(手術)
(4) 移植後の組織の変化を観察する

 で(1)と(3)の手術シーンは、先ほどもあったように、一応の手順を書いてはありますが、論文に記述した通りなのか、妙に機械的でそそくさとした文章です。ほんとはすごく難易度の高い、実験者にとってはドラマチックなはずの場面がね。
 ところが、(2)の細胞培養のパートは豪華絢爛たる文章で、視覚優位・絵画的あるいは動画的な小保方さんの文体の面目躍如です。
 どんなかというと―。

「若齢のラットの口腔粘膜上皮細胞の増殖力は強く、1週間ほどで、たった直径4ミリの組織から採取した細胞を直径35ミリの細胞皿を埋め尽くすまでに増殖させることができた。フィーダー細胞上に播かれた口腔粘膜上皮細胞は最初コロニーと呼ばれる円形の細胞集団をつくり出す。培地の海の中に小さな島々が点在しているように見えるコロニーの周りには、フィーダー細胞が、海のさざ波のように散在して観察される。日が経つにつれて、この島状のコロニーはだんだんと大きくなり、島の間のさざ波はだんだんと数が減っていく。こうしてコロニーが大きくなっていくと、いつの間にか、離れ小島だったコロニー同士がくっつき、一枚の細胞シートとなる。隙間なくコロニーが接着したら、いよいよ細胞シートの回収時期だ。うまくいくと1週間ほどで温度応答性培養皿上に、ヨーロッパの道の石畳のような、敷石状に敷き詰められた美しい口腔粘膜上皮細胞シートが観察される。」(p.22)
「実験は純粋に楽しかった。毎日、温度応答性培養皿上で巻き起こる陣取り合戦のような世界。増殖していく細胞が描き出すモザイク画のような芸術。細胞が変化していく様子を観察するたび、生と死との生命の神秘を感じ、さまざまなことを考えた。」(p.25)

 いかがでしょうか。「口腔粘膜上皮細胞シート」「フィーダー細胞」なんていう専門用語のところを我慢すれば、「ヨーロッパの道の石畳のような」細胞シートなんて、詩的な表現でしょ?
 しかし細胞シートというのが某社の商品であることを考えると、この文章はなんかそれのプロモーションビデオのナレーションみたいにきこえなくもないのだが。小保方さあんセルシード社から広告料とってます?
 

 でこの研究がなんと、2007年4月シカゴで開催されたバイオマテリアル学会の年次大会で口頭発表の栄誉に浴しました。と本書にはあります。

 ふーんふーん。
 実は、小保方さんはこのほかに・2007年3月14日第六回日本再生医療学会総会と2008年3月14日第七回日本再生医療学会総会で、2回にわたって同じ演題で発表しています。(日本再生医療学会事務局に確認ずみ)なので、この実験に関する延々7ページにわたる記述は、この修士時代の2回に渡る日本語での発表原稿にもとづいているのだろうと推測されます。まあ、コピペなのかもしれません。
 大和教授が特許を持っている、当時最新式の細胞培養皿を使った細胞シートの研究を担い、大舞台で発表を繰り返していた、看板娘の小保方さんでした。
 同期や先輩の方々、嫉妬しなかったのかなあ。まあどうみても可愛がられっこですよね。しかし、提案者は小保方さんだったかもしれないけれど、内容的にはどうみても自分ではない。こういう抜擢の仕方ってどうよ、と大人なので勘ぐってしまいますね。

 あと、バイオマテリアル学会でデビューした、というのは、やっぱりウソ。本当は上記のように、1か月早い日本での日本再生医療学会総会で発表したんです。これでも相当名誉なことだったと思うんですけど、小保方さんにとっては今いちだった。シカゴでデビューしたことにしたかったんですね。

(注:好意的に解釈すれば、小保方さんのつもりでは「オーラル(口頭発表)のデビューがシカゴだった」ということなのかもしれません。日本再生医療学会総会では、ポスターセッションでの発表でした。ただ、ふつうはそうと断りますね、つまり「口頭での初めての発表は」という言い方をしますね)

 そして実験のお話がこの本で延々7ページも続いたのは、やはり、自分を凄腕の研究者、実験者だと印象づけたい、からだろうと思います。これ以降のページでは、こんなに1つの実験を長々と書いたものはありません。STAP細胞と直接関係ないのにね。

 このエピソードも、小保方さんがその後ハーバード大学のバカンティ研究室に自分を売り込むことに役立ったことでしょう。バカンティ教授は「そんな優秀な学生なのか!」と目を輝かせたことでしょう。
 しかし、こんなすごい実験ができるのに、バカンティ研に移ってからの小保方さんは、この系統の実験を長くは続けませんでした。最初ヒツジの鼻の粘膜を自家移植する実験をやっていましたが、すぐSTAP細胞の、あまり高度な実験スキルを必要としない研究テーマに替わっています。神通力は、落ちてしまったのでした。


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 ふうふう。まとめです。

 前回の記事とあわせると、小保方さんを「すごくお友達思いの、優しい人」と印象づけた「病気のお友達エピソード」、しかしそこで本人さんは実は何もお友達を助けたりしてなかった。
 それに続き今回の記事では、小保方さんを「すごい実験の天才」と印象づけた、「すごい難しい実験のエピソード」は、実はほかの人が難しい部分をやってくれたか、あるいはそもそも実験自体が存在しなかった疑いすらある。
 そういうお話でした。
 (ついでに記念すべき初めての学会発表の日時場所の間違いもみつかりました。より華々しい方向に「盛って」いました)

 どうでしょう。『あの日』という本の印象、ここまででどうなりましたか?

 えーとここまででわたしもだいぶ疲れてしまったので、次回は、わたしの得意分野である、小保方晴子さんという人のプロファイリングのお話をしたいと思います。

 これまでの記事:

●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―1位マネジャー製造講師・正田が読む・晴子さんのプロファイリングはVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(4)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.2 小保方さんの生育環境は
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935705.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(5)―プロファイリングVol.3 多彩な感情表現は人を被害者的にする!心理学セミナー、カウンセリングの副作用のお話
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935878.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(6)―「私の会社でも」読者からのお便り
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936058.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(7)―“惑わされる”理系男子:女性必見!もしもあなたの彼が「隠れ小保方ファン」だったら
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936162.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(8)―「キラキラ女子」の栄光と転落、「朝ドラヒロイン」が裁かれる日
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936340.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(9)―「STAP細胞はあります!」は本当か?Amazonレビュアーが読み解くプロジェクトの破綻
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936570.html

●社会人のための『小保方手記』解読講座(10 )―再度「STAP細胞はありません」―「ウソ」と真実・ネット世界と現実世界のギャップ、社会人の分断リスク
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936986.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(11)― 騙されないためのケーススタディー:小保方晴子さんが使った「ヒューリスティック(自動思考・錯覚)」の罠
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937126.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(12)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(前編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937436.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(13)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(後編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937542.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(14)(最終) まとめ:あなたの会社から「モンスター」を出さないために―女性活躍、発達凸凹対応、そして改めて「行動承認」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html



●エイプリルフール特別企画・シリーズ番外編:社会人のための「小保方情報」解読講座
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937719.html

あの日

 『あの日』(小保方晴子、講談社、2016年1月)を読みました。かの有名な、STAP細胞論文騒動の主役の手記。
 読まないって言ってたのにね。裏切者〜!って石投げられそうです。

 本日2月23日現在、Amazon総合ランキング16位、「科学史・科学者」「日本のエッセー・随筆/近現代作品」「科学・テクノロジー」の各カテゴリで1位。本屋さんにはずらり平積みで並んでいます。

 沢山の識者、専門家、コメンテーターの方々がこの本に言及しています。またAmazonのレビュー数は早くも500を突破しました。
 数字を論じるのが好きなかたのために内訳を言うと、560レビュー中★5つ321、同4つ52、3つ47、2つ12、そして★1つが128です。

 賛否両論あるなかで、まあせっかくの流行り物ですので、このブログでは、良識的な社会人、とりわけマネジャー層の読者の皆様にターゲットを絞って、「この本の正しい読み方」を解説していきたいと思います。


 この本を賞賛する人々は多くは前半を賞賛します。
 前半部分は、著者・小保方晴子氏の子供時代に始まり、高校、大学(早稲田)、修士課程(東京女子医大)そして米ハーバード大学のバカンティ研、ととんとん拍子に階段を上っていきます。
色彩感覚豊かで、画面に動きがあり、映画をみせられているような気分になります。著者の高揚感がダイレクトに伝わります。

 人材育成屋のわたしは、「この著者はどんな価値観・動機づけをもって生きている人か?」ということに関心が向くほうです。
 この本の前半部分、ハーバードに行って滞在中の前半までのくだり。ここの文章はなぜこんなにも輝きを放つのでしょうか。
 わたしはそれは、著者の価値観がもっとも顕著に出ているからなのだと思います。

 著者の価値観とは、何か。
 読み取れるのは:上昇、希望、鮮やかな色彩(とりわけ「金色」が度々出てきます)、世界の最高峰への移動、憧れ、挑戦、華々しい、美しいものへの賛美、頭の良さへの賛美。
 上位者からのまなざし。「褒められる」こともたびたび出てきます。
 「優しい」という言葉も度々出てきます。
 「細胞のふるまいの自由さ」(p.50)という印象的な言葉もあるので、「自由」ということ、また細胞の時時刻刻の変化を見守ることも価値観なのかもしれません。
(ほかにもありますか?是非、読者の皆様、ブログコメントでもFBメッセージでも、「私はこういうのも価値観だと思う」というのがありましたら、ご教示ください)

 これらが同時に連動して現れるのがこの本の前半部分です。こうした価値観を多少なりとももつであろう大部分の読者はその世界に引き込まれるでしょう。前半だけでも楽しい気持ちにさせてくれるので、この本は読む価値があると言えるかもしれません。
(この著者に印税を渡したくないという方は古本か立ち読みで十分です)

 その前半部分には、印象的な2つのエピソードが載っています。希望に満ちたこの本の前半を象徴するような、とても魅力的で美しいエピソードです。
 そのひとつは、子ども時代の病気のお友達の話。「第一章 研究者への夢」の冒頭部分に出てきます。
 この記事では、少し長くなりますが、あとで読み解くための材料として、このエピソードを丸々引用させていただきましょう:

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 私を再生医療研究の道に導いたのは、幼い頃の大切な友人との出会いだった。彼女が描いた絵や、作った工作作品は、たくさんの生徒の作品が並ぶ中にあっても、格段に目を引き、一目で彼女の作品だとわかるほど、抜群の才能を感じさせた。彼女の描いた明るい色使いのひまわり畑の絵や、細かな細工が施されたかわいらしい動物形の木工作品は、彼女の笑顔とともに、今でもはっきりと思い出すことができる。
 彼女に変化が現れだしたのは、小学校4年生の頃だったと思う。病名は小児リウマチだった。それから、彼女とは中学校3年生までずっと同じクラスで、担任の先生からも、「困ったことがあったら助けてあげてほしい」と言われていたが、彼女は病気の辛さを一切表に出さず、私はこれまでと同じように一緒に時を過ごしていた。
 中学校を卒業する頃には、誰よりも繊細で器用だった彼女の手が、だんだんと曲がっていく様子にも気がつきはじめた。痛みはあるのだろうか、どんな気持ちでいるのだろうか、と思うと、どう接したらいいのかもわからなかった。そんな私の心情を察してくれたのも、彼女だった。ある冬の日の放課後、「一緒に帰ろう」と私の座る席の隣に笑顔で立っていた。二人でゆっくり歩く、いつもの帰り道、「はるちゃんは頭がいいから、将来なんにでもなれるよ」と励ますように言った。助けてもらっていたのは、いつも心の弱い私のほうだった。何もしてあげることができなかったという無力感と、友人に訪れた運命の理不尽さに対する怒りや悲しみは、「この理不尽さに立ち向かう力がほしい、自分にできることを探したい」との思いに変わり、この思いはいつしか私の人生の道しるべとなっていった。(pp.6-7)

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 しばらく余韻にひたってみてください。いかがでしょうか。
 この本に魅入られた方は、ほとんどが「このエピソードに感動した」と言われます。そして、「こんなにお友達思いの小保方さんが悪いことをするわけがない」と言われます。
 このブログをお読みになっているあなたのご感想は、いかがでしょう。

 もし「感動した」という方ですと、非常にお気の毒なことをしてしまうかもしれないのですが、ここではこのエピソードを現役の企業のマネジャー、あるいは「かしこい採用担当者」の視点で、少々辛口に読み解いてみたいと思います。

 ここでは、印象的な表現が出てきます。
 幼い頃の友達。「彼女の描いた明るい色使いのひまわり畑の絵や、細かな細工が施されたかわいらしい動物形の木工作品は、彼女の笑顔とともに、今でもはっきりと思い出すことができる。」
 すごいですねー。この著者は基本、「視覚優位」なのだと思います。子供の頃の自分の作品ではなく、お友達の作品のことをこんなに細かにおぼえている。お恥ずかしいことにわたしはおぼえてません。全然。
 そして、「明るい色のひまわり畑の絵」この表現。ここでは、「何色」と色を特定していません。でもひまわりだから、誰もが「黄色」を思い浮かべるだろう。むしろ、「黄色」と言葉で特定しないぶん、読者の脳裏にはひときわ鮮やかな黄色が思い浮かべられるのではないか。すばらしい、文字表現の粋です。
次の「細かな細工が施されたかわいらしい動物形の木工作品」これも同じですね。動物なにかなー、クマさんかなーウサギさんかなーネズミさんかなー。明言しないことによって、読者に想像の余地を与えてくれます。むしろ自分の好きな動物のイメージをかぶせながら、いきいきと思い描くことができます。

 いや、「作文教室」の指導のノリになってしまいました。

 本題に戻ります。
 このあと、お友達は小児リウマチに侵されます。中学を卒業するころにはどんどん手が曲がっていったとある。そして先生からは、「困ったことがあったら助けてほしい」と言われていました。
 で、われらが小保方晴子さんは、どうしたでしょうか。じゃーん。
 どうも、全然何もしてあげなかったっぽいのです。

 小学校から中学までずっと同じクラス。これもある意味すごいことです。いくら少子化とはいえ、ベッドタウンの千葉県松戸市のことです。1学年1クラスということはない。だから、9年も一緒にいたら「因縁のお友達」というところだと思いますが、小保方さんは、
「私はこれまでと同じように一緒に時を過ごしていた」
「痛みはあるのだろうか、どんな気持ちでいるのだろうか、と思うと、どう接したらいいのかもわからなかった。」
というのみで、何かしてあげた形跡はありません。

 唯一、このお友達からある日「一緒に帰ろう」と言ってくれて、一緒に帰った。
「二人でゆっくり歩く、いつもの帰り道」
 これは、この二人がいつも一緒に帰っていた帰り道なんだろうか。いや、そうとは限りません。「二人でいつも一緒にゆっくり歩く帰り道」とは言ってませんもの。
 どうも、この二人はそれまでは別行動していて、この日だけお友達のほうから誘ってくれて、一緒に帰った。そういうふうにとれますね。
 でこのあと、
「何もしてあげれなかったという無力感」
とも言ってますし、たぶん本当に何もしてあげなかったんでしょう。

 なんでこういう意地のわるい読み方をするのか?
 なぜかというと、おそらくこのエピソードは、小保方さんのその後の各ステップごとに関門をくぐりぬけてきた、プレゼンの「定番エピソード」だからなのです。早大のAO入試、東京女子医科大学の修士、ひょっとしたらハーバード大バカンティ研の門戸を叩いたときも理研の門戸を叩いたときも?ずっと使ってきた、そして教授たちのハートをつかんだ「きめ」のエピソードだからです。
 このエピソード全体が言っているのは、子どもの頃仲の良かったお友達が、美しい繊細なものを作れる器用な手をもっていたのに小児リウマチに侵されその能力を奪われてしまった。自分は何もできなかった無力感。それがあるから医療分野の研究をして人類に貢献したいんだ、ということです。
 そのお友達を襲った運命の残酷さが、きく者の心を捉えます。とりわけお友達の小さい頃の作品をみる楽しさと「手が曲がっていく」ことの対比が。

 しかし。
 しつこいようですが、小保方さんはそこで何もしてないのです。
 これは、企業の採用の時に気をつけたい重要ポイント。
「あなたはそこで何をしましたか?」
と、「行動」に関わる質問をしましょう。
(詳しくは伊賀泰代『採用基準』など参照。もちろん拙著『行動承認』も)

 なぜ、「行動」を尋ねてほしいかというと、もし医療分野に従事するために重要な資質、
「病気や怪我、障害に興味がある」
「人の困りごとをみると助けずにはいられない」
(ストレングスファインダーでいうと「回復志向」ですネ)
があれば、そこで必ず何かするからです。小児リウマチというのがどんな性質をもった病気か調べたり、お友達に親身になってあれこれ世話をやいて、病気になるとはどんな気持ちなのか、どんな助けが必要か直接尋ねる、というようなことをします。
 そういう価値観のある人であれば、ほっといてもそういう行動をとり、それが喜びなのです。
 あるいは、「責任感」の高い人であると、先生から「助けてあげてね」と言われていれば、必ず人一倍お友達のお世話を焼くはずです。

・・・ちなみに、わたしは回復志向はないですが責任感だけはあるほうなので、子供時代いいことも悪いこともやりましたけれど、ある異様に無口なお友達にやたらちょっかいをかけ、ギャグツッコミをして笑わせて学年の最後のほうにはかなりしゃべるようになってくれていた、という思い出はあります。それも、「面倒をみてあげてね」と先生に言われていたからです。
 医療などはとくにしんどいことの多い仕事なので、そういう価値観とか強みをもった人でないと続けるのが難しいでしょう。ほっといても自然にそっちの方へ身体が動くという人であれば、少々のしんどいことも耐えてやり通すことができるでしょう。
 なので、適性があるかどうかをみるには、必ず「あなたはそこで何をしましたか」行動をきく質問をしてください。小保方さんはこの点、残念ながら落第っぽいです。

 ではなんで、このエピソードで「私はお友達のお世話をした」ということを、ウソでいいから入れなかったか。
 想像ですがひょっとしたら、「では具体的にどういうふうにお世話をしたか?」とつっこまれると、しどろもどろになってしまうから、でしょうかねえ・・・

 小保方さんにとって有難いことに、彼女の進学先は医療の臨床のほうではなかったのです。早稲田の応用化学、東京女子医大の組織工学。ほんとの医療ではないので、教授たちもそこまでつっこまなかったようです。単に、お友達を襲った残酷な運命、そして傍観者だった小保方さんが中学時代に一度だけこのお友達と一緒に帰った、それだけの物語で「すばらしい!」と感動してくれたっぽいのです。
 ・・・こういう採用をしちゃダメだ、という見本ですね・・・

 また、よく考えるとこのエピソードは、この本、『あの日』の構成全体の雛形ともいえるエピソードです。
 すなわち、希望と色彩感にみちた前半部分と、運命に巻き込まれ残酷な結末を迎える後半部分。
 こういうお話の構成をすると、読者や聴き手の心をつかめるようだ。
 彼女は人生を決める大事なプレゼンでこのエピソードで繰り返し成功を収め、学習してきたのではないでしょうか。そのノウハウを『あの日』で踏襲したのではないでしょうか。



蛇足 1.
 小保方さんのプレゼンする動画は、YoutubeにいくつもUPされているのでみることができます。
 たとえばこちら
>>https://www.youtube.com/watch?v=agyNRRITN-I
 残念ながらこの病気のお友達のエピソードを語ってくれてはいませんが、今見れば「青年の主張」のような小保方さんの語り口に、このお友達のエピソードは見事にぴたりとはまっています。

蛇足 2.
 中学時代にお友達から「一緒に帰ろう」と言われて一緒に帰った。
 どうもそれまでは一緒に帰ってなかったっぽい。さて、この日に限って何故、お友達が私の座る席の隣に笑顔で立っていたのだろうか。
 色々、大人なので裏読みをしてしまいます。
 これ言うとファンの方々におこられそうなんだな〜〜
 例えば、こちら。

「小保方氏の同級生が明かした『メルヘン妄想&虚言癖』」(東スポWEB 2014年3月19日)
>>http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/246439/
 ネイチャーのSTAP細胞論文の不正疑惑がどんどん明るみに出、共著者の若山照彦教授が論文撤回を呼び掛けたころに出た記事です。
 (報道けしからん!マスコミけしからん!という声もあるのですけどね、こういう理研とかの関係者以外の、現在の利害関係のない人から出た証言には一定の信憑性があります)

 上の記事は高校時代のお友達の談として、「小保方さんは虚言癖があり不思議ちゃんとして有名だった」「妄想、虚言の癖があるとみんなわかったから、仲の良かった女子の友達も離れていった」という意味のことを述べています。

 これはあくまで高校時代のお話ですが、ひょっとしたら中学までも同じようなことがあったかもしれない。何かのウソがばれて信用を失い、ほかのお友達がみんな離れていった、というような場面が。
 そういう場面に、病気のお友達が現れて「一緒に帰ろう」と言ってくれた、とすれば、このシーンは全然別の意味を持ってくるのです。
「はるちゃんは頭がいいから、将来なんにでもなれるよ」
 このお友達の言葉もそう考えると意味深なのです。


・・・


 えーと以前から毀誉褒貶の激しいかたなので、このブログでもこうした辛口レビューをすると、「小保方さんへのバッシングけしからん!」とファンの方からお叱りを受けるかと思います。
 でこの本自体にも強烈な「報道批判」が盛り込まれているので、あえて、当時の報道とりわけ理研・若山氏サイドから出たとみられる情報は避け、同じ理由で『捏造の科学者』も読むのを避け、(本当はおさぼりしてるだけなのかもしれませんが)
 できるだけこの本、『あの日』と、プラス小保方さん自身が発信した、記者会見での発言、文章、などを材料に、現役社会人の読者向けに「小保方さんの人格とどう付き合うべきか」を読み解いていきたいと思います。

 あるいは、「『あの日』を100倍楽しむ法」とかですね、
 とにかく、高学歴の男性を次々破滅させた今世紀最大の悪女なわけですので、こういう女性と同時代を生きていることをとことん楽しみながら、大人として身につけるべき知識知恵を身につけたいと思うのであります。
(でも羊頭狗肉に終わるかもしれないですけど。そうなったらゴメンナサイ)

 すみません、実はまだ全体の構成を考えてないので、今から順次記事をUPしてから各記事にインデックスを追加していきたいと思います。


これまでの記事は:

●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―1位マネジャー製造講師・正田が読む・晴子さんのプロファイリングはVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(4)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.2 小保方さんの生育環境は
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935705.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(5)―プロファイリングVol.3 多彩な感情表現は人を被害者的にする!心理学セミナー、カウンセリングの副作用のお話
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935878.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(6)―「私の会社でも」読者からのお便り
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936058.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(7)―“惑わされる”理系男子:女性必見!もしもあなたの彼が「隠れ小保方ファン」だったら
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936162.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(8)―「キラキラ女子」の栄光と転落、「朝ドラヒロイン」が裁かれる日
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936340.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(9)―「STAP細胞はあります!」は本当か?Amazonレビュアーが読み解くプロジェクトの破綻
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936570.html

●社会人のための『小保方手記』解読講座(10 )―再度「STAP細胞はありません」―「ウソ」と真実・ネット世界と現実世界のギャップ、社会人の分断リスク
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936986.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(11)― 騙されないためのケーススタディー:小保方晴子さんが使った「ヒューリスティック(自動思考・錯覚)」の罠
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937126.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(12)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(前編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937436.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(13)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(後編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937542.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(14)(最終) まとめ:あなたの会社から「モンスター」を出さないために―女性活躍、発達凸凹対応、そして改めて「行動承認」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html



●エイプリルフール特別企画・シリーズ番外編:社会人のための「小保方情報」解読講座
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937719.html

 引き続き、『承認と包摂へ―労働と生活の保障』(大沢真理編、岩波書店ジェンダー社会科学の可能性第2巻、2011年8月、以下「本書」)の読書日記です。貧困、社会的排除、雇用の非正規化―といった、今世紀に入って急速に進んだ経済格差の事態を理解し、それへの処方箋を考えるのにお役立てください。

 今回はワード22pになってしまいました。長文、ご容赦ください。



「後編」では、本書の後半4章、すなわち
II 課題と可能性:再編成と共生
第5章 貧困と社会的排除―ジェンダーの視点からみた実態(阿部彩)
第6章 雇用の非正規化と労働市場規制(遠藤公嗣)
第7章 社会的経済が示す未来―イタリアの協同組合の事例から(田中夏子)
第8章 レジーム転換の福祉政治―包摂と承認の政治学(宮本太郎)
をとりあげます。

 このうちとくに第5章は、・独身非正規女性・求職中の人 の蒙っている不利益、また第6章は、非正規雇用の歴史と、今の労働政策で議論されていることを理解するのに大いに役立つと思います。
 


第5章 貧困と社会的排除―ジェンダーの視点からみた実態(阿部彩)

 貧困という社会的不利が女性に偏って顕著であることは、先進諸国においても途上国においても同様である。日本については、他の先進諸国のような「貧困の女性化(feminization of poverty)」が起こっていないという指摘もあったが、これは主に、この指摘の分析が母子世帯の貧困世帯に占める割合を中心に行われていたことによる。しかし、その後の文献において、例えば、高齢者をも分析に含めると、「貧困の女性化」の現象は日本においても顕著であることが指摘され、日本では貧困の女性化が起こっていないという説は否定されている。女性の貧困リスクを示す統計データも次々と発表され、中でも、女性を世帯主とする世帯の貧困率が際立って高いことが指摘されている。例えば、高齢女性の単身世帯の相対的貧困率は50%を超えており、母子世帯の貧困率も60%近い。(p.113)

働く女性の貧困は、「派遣村」よりずっと以前から起こっていた問題であるにもかかわらず、ワーキング・プア問題は勤労世代の男性にも広がるようになって初めて、社会問題として認知されるようになったのである。社会的排除/包摂の観点からも、女性の問題は「みえにくい」。(p.114)

 
 世帯所得をベースとする所得指標は、世帯内のすべての構成員が同じ等価所得をもっており、そしてその所得から得られる生活水準が同じであると仮定する。しかしながら、これは特に女性にとっては大きなバイアスである。…世帯内の世帯員が同じ生活水準と等価所得を得ているという仮説のもとに算出される貧困率は、女性の場合、過小に計算されていると考えることができる。(p.116)

 図1は、年齢層別、性別に貧困率(低所得率)を示したものである(厚生労働省「平成19年国民生活基礎調査」から推計)。すると、貧困率(低所得率)は、20歳代後半から40歳代にかけてはほとんど男女差がないものの、年齢の上昇とともに拡大し、70歳代・80歳代では6-7ポイントもの違いが生じる。ちなみに20歳代前半のみ、男性の貧困率の方が女性のそれよりも高くなっているが、これは1990年代後半から男性の20歳代前半の貧困率が急増していることに起因している。(p.117)

 図2は、1995年から2007年にかけての男女別貧困率の推移である。図1でみたように、日本においては高齢になるほど貧困率が高くなる傾向にあるので、人口の高齢化の影響を除くため、年齢は20-64歳の勤労世代と、65歳以上の高齢者に分けて示してある。これをみると、1990年代後半から2000年代後半にかけて、高齢者においては女性は横ばい、男性は若干の下降、勤労世代は男女ともに上昇していることがわかる。勤労世代の男女差は、ほぼ均等に2ポイントであり、この間、男女格差は拡大していないものの、縮小傾向もみられない。高齢者においては、そもそも男女格差5ポイントと大きいが、2004年、2007年においてそれが6ポイント以上となっている。しかし高齢者においては、人口のさらなる高齢化が男女の格差拡大に影響している可能性もある。(同)

 次に、配偶関係別・男女別の貧困率をみると(図3、厚生労働省「国民生活基礎調査」各年より計算)、勤労世代においては、男女ともに有配偶が最も貧困率が低く、また1995年と2007年の差がほとんどない。男女差がないのは、先に述べたように同一の世帯内では男性も女性も同じ生活水準のレベルであると仮定しているからである。次に貧困率が低いのが未婚の男女であり、ここでも男女差は大きくない。2007年においては、未婚男性の貧困率が上昇し、未婚女性のそれより高くなっていることが特徴的である。男女差が大きいのは、死別、離別である。死別では、特に女性の貧困率が高いが、2007年には若干下降し、男性の貧困率が若干上昇したことにより、男女格差が縮小している。離別では、男女ともに貧困率が最も高く、男女格差も大きい。離別女性の貧困率は40%近くとなっており、1995年から2007年にかけて離別女性の人数も増えていると考えられるが、この間、貧困率は変化していない。離別男性の貧困率も、男性の中では特に高く、しかも1995年から2007年にかけて約5ポイント増加しており、25%となっている。その結果、男女格差は縮小している。(pp.118-119)

 次に、家族タイプ別の貧困率をみたものが図4である。女性の貧困率が突出して高いのは、高齢単身世帯の女性、母子世帯(勤労世代、子ども)であることがわかる。この2つの世帯タイプの女性は貧困率が50%を超えており、約2人に1人が貧困である。母子世帯の貧困率の高さは比較的よく知られているものの、高齢単身女性も同様に困窮していることを特記したい。また、単身の勤労世代の女性の貧困率も30%を超えており、見逃せない。単身の男性の貧困率も高いが、単身世帯は、高齢者、勤労世代ともに男女格差が大きい。(p.119)

 最後に、主な活動別に貧困率を計算したものが図5である。まず勤労世代の女性について述べると、「主に仕事」「主に家事で仕事あり」「家事専業」がほぼ同一で12-13%の貧困率となる。すなわち、仕事をしていることは、必ずしも、女性の貧困リスクを低めることとはならない。しかし、この数値は20-64歳のすべての女性の平均であるので、年齢層によっては仕事をしている女性と専業主婦との間に差が出てくる可能性はある。通学を主な活動としている者(学生)は、男女ともに貧困率が高くなっている。男性の家事専業は最も貧困率が高く、女性の家事専業と大きな差があるが、これは、男性が家事専業である場合、収入源は配偶者(女性)の勤労のみとなり、貧困線を上回る所得を得られない割合が高いことを表していよう。ただし、このようなケースは非常に少ない。この逆のパターン(女性が家事専業)は、男性が稼ぎ主なので、貧困率場比較的低い。(pp.119-120)

 高齢者をみると、どの活動においても女性の貧困率の方が男性のそれよりも高い。特に仕事をもっている高齢女性の貧困率が男性よりも高いことは特記するべきである。近年、ワーキング・プアの問題がクローズアップされているが、1日の主な活動が仕事であるとした層においても、貧困、すなわちワーキング・プアである率は女性の方が、男性よりも高い。また、高齢者のワーキング・プアは男女ともに多いが、特に主に仕事をしているとする高齢女性のワーキング・プア率が高い。ワーキング・プア問題は、女性にとってより深刻なのである。(pp.120-121)

 次に、日本の貧困率の男女格差を他の先進諸国のそれと比較してみよう。
 …ゴーニックとジャンティの分類によると、アングロサクソン諸国(オーストラリア、カナダ、アイルランド、イギリス、アメリカ)は概ね貧困率の男女格差が大きく、平均で女性の貧困率が男性の貧困率より2.4ポイント高い。大陸西欧諸国(オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ、ルクセンブルグ、オランダ)では、男女格差は1ポイントから2ポイント程度であり、平均では1.6ポイントの差がある。驚くのは、北欧諸国(デンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン)と東欧諸国(ハンガリー、スロヴェニア)である。これらの国々では、男性の貧困率の方が女性よりも高く、さらに詳しく見ると、北欧諸国では再分配前の貧困率(税引き前、手当・年金等給付前の所得で計算した貧困率)においては女性の方が男性より高い。それにもかかわらず、再分配後(可処分所得)の貧困率は女性の方が低い。つまり、政府の再分配機能が、貧困率の男女格差を縮小するだけではなく、反転させているのである。東欧諸国は、再分配前にも女性の貧困率が高いので、このような現象はみられない。
女性の貧困リスクが男性のそれより高いというのは、すべての国の常識ではないのである。(p.121)

 男女格差は、南欧諸国(ギリシャ、イタリア、スペイン)では大陸西欧諸国より若干少なく、ラテン・アメリカ諸国(ブラジル、コロンビア、グアテマラ、メキシコ、ペルー、ウルグアイ)では、コロンビアを除くとすべて男女差は1ポイント以下であり、南欧よりもさらに小さい格差となっている。しかし、ラテン・アメリカ諸国はそもそもの貧困率が男女ともに高いため、男女格差の影響はその貧困率の高さに比べると小さい。(pp.121-123)

日本は、1995年から2007年の5時点における貧困率の差をみると、その大きさでは大陸西欧諸国と同じ程度であり、平均では1.68ポイントの差となっている。しかし、そもそもの貧困率の高さは、男女ともに大陸西欧諸国よりも高く、アングロサクソン諸国並みである。すなわち、貧困リスクの高さから言えば、日本の女性のリスクの高さはアングロサクソン諸国並みであるが、男女格差の観点からすればその差は大陸西欧諸国並みに抑えられている。これは、勤労世代に限って言えば、日本においては、社会における女性の貧困のリスクがアングロサクソン諸国と同等に高いものの、これらの国々よりも離婚率が低いことなどから、所得データからみる貧困率の男女差は比較的に低く抑えられているということであろう。(p.123)

 ピアースが指摘した「貧困の女性化」の概念は、貧困者(または貧困世帯)のうち、どれほどが女性であるかというものである。どのような属性をもつ人々の貧困率が高いのかという視点ではなく、貧困者がどのような属性をもつのかという視点は、貧困に対する政策を講じる際に重要である。(p.123)

貧困者に占める女性の割合は、1995年から2007年にかけて55.8%から57.0%へと増加している。すなわち「貧困の女性化」が、若干ではあるが確認されたこととなる。しかし、増加の傾向を年齢別にみると、その傾向は均一ではない。貧困者に占める子どもの割合と勤労世代の割合は、1995年から2007年にかけて、それぞれ5%程度減少している。代わりに、高齢者は約10%増加している。この変化は、少子高齢化による人口構造の変化より大きいため、この間、人口の高齢化の変化に加えて、「貧困の高齢化」が起こっていることが確認できる。
 では「貧困の女性化」はどうであろう。各年齢層の貧困者に占める女性の割合と、各年齢層の人口における女性比率を比較することにより、高齢化によるバイアスを取り除いた上でも、各年齢層において「貧困の女性化」が起こっているかどうかを確認することができる。…少なくとも1995年から2007年にかけて、年齢層を区分して分析すると、「貧困の女性化」が起こっているという結果は得ることができない。全年齢層を通じてみると、「貧困の女性化」は起こっているものの、それは、そもそも女性が人口的にも多く、貧困者に占める割合が大きい高齢者が、人口に占める割合も大きくなってきているからである。換言すると、「貧困の女性化」は「貧困の高齢化」によってもたらされていると言える。…公的扶助をはじめとする貧困対策を考える際には、日本の貧困の「高齢化、女性化」の事実をしっかりと認識する必要がある(pp.124-125)
 
 勤労世帯では今後も貧困の女性化が起こらないのだろうか。気になるデータがある。年齢別の人口に占める離別者の割合(再婚者を除く)をみると、女性が離別者となる割合は男性を大幅に上回る。離婚率の上昇を考慮すると、人口に占める離別者の割合が今後増加することは必至であり、配偶関係別の貧困率の男女格差に牽引されて、勤労世代の貧困率の男女格差が拡大する可能性がある。一方で、生涯未婚率の男女差をみると、男性の生涯未婚率の上昇は著しいものがあり、今後もその傾向は続くとみられている。未婚者の貧困率も有配偶者に比べて高く、特に未婚男性の貧困率が上昇していることを踏まえると、今後、男性の貧困率が上昇することにより、貧困率の男女格差が縮小する方向に働くことも考えられる。(pp.126-127)

 社会的排除の概念。
 貧困と社会的排除の大きな違いは、まず第1に、社会的排除は、社会的交流や社会参加といった「関係性」の欠乏を従来の貧困概念よりも明示的に問題視する点である。人間関係や社会参加の側面は、従来の貧困概念の中でも取り上げられていたが、そこでは関係性の欠如の要因が資源の欠如によると解釈されることが多かった。社会的排除は、関係性の欠如を資源の欠如と独立した貧困の側面として捉えている点が新しい。(p.128)

 貧困が「状態」を表わすものであるのに対し、社会的排除は、排除されていくメカニズムまたはプロセスに着目する。すなわち、どうやってその個人が排除されていくに至ったか、そのように個人を排除する社会の仕組みは何であるのか、など、「排除する側」を問題視するのである。そのため、社会的排除の概念においては、社会保障やその他の社会の制度から個々人が脱落していくことに大きく重きをおく。(同)

 最後に、社会的排除は、貧困と異なって、個人と社会の関係性に着目する。個人が社会のどのような組織に帰属し、メンバーであり、そして、最終的にはその社会のシティズンとして承認されているのか、それが、社会的排除の関心事項なのである。(同)

 社会的排除の最たるケースが労働市場からの排除である。(p.129)

 女性が家庭内、コミュニティ内の無償労働に従事する場合はどうか。
 イギリスでは、社会的排除における「参加」と「排除」を以下のように定義し直している。
 個人は、その個人の生きる社会において重要とされる活動(key activities)に参加していない時に社会的に排除されている。
 そして、「重要とされる活動」として「消費(consumption)」「生産(production)」「政治的活動(politica engagement)」「社会交流(social interaction)」の4つの分野を設定して、それぞれの女性の状況を分析している。労働が含まれるのは「生産」の分野であり、ここでの重要な活動は「社会的に価値が認められている活動(socially valued activity)」として家庭内労働も含むとしている。しかし、のちにヒューストンは、実際に21世紀のイギリスにおいて家庭内労働に対して付加される「価値」は少ないとし、これらを「重要な活動」として認めていない。そして、ヒューストンは、「価値が認められている」労働市場での優勝労働に女性が従事する割合が男性よりも少ないこと、有償労働に従事していても労働の価値の代償として支払われる賃金率が男性よりも低いこと、労働市場における地位が男性よりも低いこと、女性が従事する労働市場の範囲(職種)が男性よりも狭いこと、を理由に、「生産」の分野においての女性の社会的排除が深刻であることを訴える。
日本においても、どのような活動が「社会的に価値が認められている活動」であるのか、その判定は一筋縄にはいかない。(pp.129-130)

―昨年8月の某次世代の党参議院での発言を念頭に、少し長く引用しました。女性活躍推進法案の審議の中で、「家事労働は価値がないとお考えか?」と女性参考人を問い詰め、さらに「ご主人から褒められたいんですか」と嘲りのような言葉を浴びせた江口克彦議員です。はい、名前出しちゃいます。落としてください。
 のうのうと豊かに暮らす専業主婦がいる一方で、家事労働には価値があるなんて幻想にすがっていると男に捨てられるか死別するかしたときに労働市場からも排除され、一気に貧困に落ち込む女性がいるわけです。「家事労働には価値がある」これには女性にとっての落とし穴があるといっていいでしょう。


 女性の社会的排除の分析の対象が個人としてなのかグループとしてなのか。例えば、大多数の男性が「青年会」ないし「町内会」に参加し、大多数の女性は「婦人会」に参加するとしよう。もし町内におけるあらゆる重要事項は男性の出席する会にて決定され、女性がその決定の場にいないとすれば、これは、その社会の女性すべてが、グループとして社会参加から排除されていることにならないだろうか。これは、外国人やその他のマイノリティ(社会的少数グループ)にも当てはまる問題である。(p.130)

―個人的におもしろかった箇所。経済団体にかならず「女性会」のようなものはあるが、どうもガス抜きと「女部屋」として隔離するために使われているような気がしてならない。全体の交流会なんかやっても、女性会メンバーは隅の一角にかたまって他の(大多数の男性)メンバーとはまざらない。


 社会的排除の男女格差。
 筆者が行った「2008年社会生活調査」。2009年2月に実施し、全国の無作為抽出した地区の成人男女1320人を対象とした。回収された有効サンプル数は1021、有効回答率は77%。この調査では、1.経済的困窮のみならず、社会的困窮も把握することを目指した。2.社会におけるさまざまな公的な制度や仕組みから排除されているさまを把握することを目指した。3.公的のみならず、私的な領域からの排除も把握するために、友人や知人とのコミュニケーションの頻度や、家族・親戚などの私的なネットワークへの参加(冠婚葬祭への出席など)もみている。4.個人の社会における活動度も把握するために投票行動やボランティア活動、地域活動(PTA、町内会など)への参加といった社会参加の項目が含められた。
重要なのは、各項目の「欠如」は非自発的なものであることを確認している点である(p.131)

結果。
男女別にみると、女性の方が男性よりも排除率が高い分野は、低所得、ヾ靄椒法璽困侶臟 ↓∧質的剥奪、制度からの排除、ι埆淑な社会参加の5分野。
逆に男性の方が女性より高いのは、ド堙切な住居、Х从囘ストレス、ぜ匆餞愀犬侶臟,裡格野。統計的に優位なのは、低所得と社会参加のみであり、
他の分野の男女差は有意ではない。(同)

女性・男性をさらに詳しい属性で区切ると、排除リスクのパターンは男女で大きく異なることがわかる。
20歳代については、男性、女性ともに、低所得や∧質的剥奪、ソ撒錣覆鼻金銭的分野での排除率が高く、制度からの排除、社会参加、ぜ匆餞愀犬覆匹糧鷆眩的分野においては排除率は高くはない。この年代では、すべての分野において統計的に有意な男女差は認められない。
30歳代になると、男性の低所得のリスクが下がり、男女格差が生じる。この傾向は40歳代、50歳代と続き、60歳代以降は統計的に有意な差はなくなる。その他の分野においても、30歳代の男性はおおまかに排除率が低く、30歳代の女性に比べても社会参加では低い排除率となっている。(同)

40歳代になると、低所得、ヾ靄椒法璽困侶臟,箸い辰振眩的分野では、男性の優位が明らかになってくる。しかし他の分野においては、男女差は認められない。制度からの排除については、40歳代は他の年齢層に比べても男女ともに低く、この年齢期は、社会的排除リスクが男女ともに比較的に低い時期であるといえよう。
 50歳代も40歳代と同様に、男性が女性に比べて低所得のリスクの低さが続く一方で、他の分野においても有意な男女格差は認められない。筆者の以前の調査を使った分析においては、50歳代男性の社会的排除率が高いことが指摘されたが、本調査では同様の傾向は認められない。しかしながら、統計的に有意ではないものの、ぜ匆餞愀犬侶臟,50歳代男性において高い排除率であるのは興味深い。
60歳代では、男性の制度からの排除率が高いことが特記できる。60歳代女性もこの指標は高く男女差では統計的に有意ではないが、60歳代男性とその他の人々の間では統計的に有意な差が認められる。
70歳代以上になると、いくつかの分野において、女性の排除率が高くなっているのが特徴的である。Х从囘ストレスや、社会参加においては、有意な男女差が認められる上に、制度からの排除においても、社会全体に比べて高い排除率となっている。(p.138)

性別と世帯タイプによる違い。
特にリスクが高いグループは単身の高齢者世帯および勤労世代世帯。
単身の高齢者世帯では、制度からの排除率が高くなっており、これは男性高齢者でも女性高齢者でも認められる(男女差は有意ではない)。
しかし、リスクが高いのは単身の勤労世代世帯である。特に、ド堙切な住居については、男女ともに高い率となっているが、男性は女性に比べても統計的に有意に高い。また、ぜ匆餞愀犬侶臟,砲いても勤労世代の男性の単身世帯はリスクが高い傾向にあり、これは同年代の女性の単身世帯にはみられない。逆に勤労世代の女性の単身世帯は、制度からの排除が顕著であり、男性の単身世帯にはみられない傾向を示している。(同)

性別と活動状況による違い。
活動状況別でみると、正規雇用の排除のリスクの低さがまず目につく。この傾向は特に女性の正規雇用者にみられ、非金銭的指標においても、統計的に有意に低い率となっている。非正規雇用は、低所得、ヾ靄椒法璽此↓Х从囘ストレスの排除のリスクが高い。非正規雇用の男性と女性を比べると、特に統計的に有意ではないものの、排除率は男性の方が高いことが多い。特に、Х从囘ストレスや、ぜ匆餞愀犬侶臟,蓮非正規雇用の男性において高いリスクとなっている。
しかし、最もリスクが高いのが「求職活動中・無職(その他)」の層であり、中でも、女性の排除のリスクは、ぜ匆餞愀犬鮟く7つの分野で、その他の人々より高い。男性のこの属性の人々には、この傾向は認められず、長期失業や就業意欲喪失者(discouraged worker)などに代表される労働市場からの脱落は、むしろ女性に大きな負の影響を及ぼすことが確認される。
専業主婦はサンプル数が少ないので分析が難しいものの、概ね社会的排除のリスクは低い。所得でみた貧困率と同様に、専業主婦であること、すなわち夫という保障を得た上での労働市場からの自主的な退場は、社会的排除には繋がらない。(p.139)

性別と配偶状況による違い。
配偶状況別でみると、まず、離別女性の排除のリスクが非常に高く、また多分野に広がっているのが確認できる。8次元のうち、社会参加とぜ匆餞愀犬鮟く6つの次元で排除率が有意に高くなっており、統計的に有意でない2つの次元においても、その率は高く、いかに離別女性が複合的な社会的排除のリスクにさらされているのかがわかる。有配偶の場合は、男性も女性もリスクが低く、特に、女性の方がよりリスクが低いと言えよう。男性の中で最もリスクが高いのは、未婚者である。未婚男性は、離別男性に比べても排除率が高い項目が多く、特に、ぜ匆餞愀犬侶臟,砲弔い討蓮他のカテゴリーよりも突出して離別男性よりリスクが高く、心配されるところである。
なお、学歴による社会的排除への影響は、低所得以外の次元において、男女差が確認される属性はほとんどなく、学歴によって社会的排除率が大きく異なるということも確認されなかった。(pp.139-140)

政策的インプリケーション。
1.「貧困の女性化」をより明示的に意識する必要。現在の貧困に対する政策議論からは「貧困の女性化」という観点が抜け落ちている。貧困対策の対象となるべき人々の6割近くが女性であるということに留意せずに、貧困政策を講じるなら、それは到底有効ではありえない。同時に、「貧困の高齢化」にも注目すべきである。日本の貧困者に占める女性の割合は徐々に増加しているが、その増加は、高齢女性の占める割合が急増していることによる。その変化は少子高齢化による人口構造の変化より大きい。65歳以上の女性が貧困者に占める割合は、1995年の17.3%から2007年の23.9%にまで増加している。すなわち、貧困の問題を解決するには、公的年金をはじめとする高齢者の所得保障をどうするかという政策論議を避けて通るわけにはいかないのである。(p.140)

 第2に、社会的排除のリスクが高い層を指摘すると、まず、男女ともに若年層、さらには、単身の若年層の社会的排除が今後はさらなる社会問題となる可能性があることである。勤労世代の男性の未婚・単身世帯は、社会関係においても社会的排除のリスクが高いことは特記しておきたい。次に、「求職活動中・無職(専業主婦、学生、退職者を除く)」の層の社会的排除が極めて高いこと、さらには、特に女性においてこの傾向が顕著であることに注意を喚起したい。属性別の分析において、このカテゴリーの女性は最も社会的排除のリスクが高く、複合的なリスクを抱えている。(同)


 


第6章 雇用の非正規化と労働市場規制(遠藤公嗣)

 日本的雇用慣行=終身雇用、年功序列、属性基準賃金
 これにより日本では雇用と賃金のあり方が職務のあり方から切断される。経営者は職務を明示しないまま労働者を雇い入れることができ、労働者の職務を容易に一方的に変更できる。(p.143)

 属性基準賃金の1つである職能給は1960年代から1970年代にかけて普及したが、その建前は、労働者が身につけた職務遂行能力を基準に賃金額を決定するということである。(略)職能給の建前は、OJTによる労働者の能力開発に、年功給よりはるかに適合的である。(p.144)

個々の労働者は、「終身雇用」期間全体の恵まれた処遇を考慮して、ときには課せられる長時間の過重な労働などの恵まれない労働条件を許容する。
こうした日本的雇用慣行ないし恵まれた処遇を享受する労働者は誰なのか。それは、事実上、男性の正規労働者である。この男性正規労働者はどこから供給されるのか。それは、男性労働者が稼ぐ賃金によって主に家計が維持される家族、即ち男性稼ぎ主型家族からである。(同)

正規労働者は日本的雇用慣行のもとで恵まれた処遇を享受するが、その享受は、非正規労働者の存在を前提としてはじめて可能であるといってよい。にもかかわらず日本社会では、非正規労働者の処遇が著しく劣ることを、当然の社会慣行とする。非正規労働者と正規労働者は、日本社会にかなり独特の、差別的な雇用身分というべきものである。(pp.144-145)

さて、非正規労働者とは誰であり、どこから供給されるのか。それは第1に、主婦パート労働者であって、第2に、学生アルバイトである。そして両者もまた男性稼ぎ主型家族から供給される。(p.145)

確認すべきは、主婦パート労働者も学生アルバイトも、家計の主な維持者でないことである。そのため、一方では、その賃金水準は低くてかまわないとされる。他方では、離職しても夫ないし父である男性正規労働者の扶養内に完全に復帰することになるので統計上の「失業」に該当せず、失業率を上昇させない。まさに、雇用量を調整する労働者として最適である。(同)

 さて、男性労働者の長期勤続の傾向、あるいは、相対的にであれ雇用を保障される男性労働者の登場、これが重工業でみられるようになったのは1920年代であり、これを日本的雇用慣行の源流と理解するのは、労働史研究の通説である。これにくわえて私が重視したいことは、第二次世界大戦後の1950年代後半に、経営者が男性労働者の雇用を保障すべきことを自覚したことである。(略)その教訓とは、企業の目先の業績回復を目的に男性労働者を解雇しようとすれば争議が起こり、それは企業の閉鎖や倒産という結果をもたらすかもしれず、逆に、男性労働者にできるかぎり雇用を保障することが経営にとって究極的には有益である(略)なお、経営者がこの教訓をまもることができた歴史的条件として、1955年から高度経済成長がはじまり、解雇の必要のない時期がながく続いたということに留意すべきである。(p.146)

その後、高度経済成長の結果として、1960年代に臨時工は著しく減少し、臨時工問題は注目されなくなる。この臨時工に代わって、雇用量を調整される労働者ないし非正規労働者として、主婦パート労働者と学生アルバイトが登場した。この変化が1960年代型日本システムの確立である。(p.148)

多数の主婦パート労働者の登場は、共働きである自営業主と家族従業者がさらに減少し、代わって雇用労働者が増加したこと、そして、その家族が男性稼ぎ主型家族を志向したことを示唆すると考えられる。また、臨時工から主婦パート労働者と学生アルバイトへの変化が、小売業やサービス業の発展と共に進んだことに留意すべきである。一般的にいって、これらの産業は季節や時間帯による繁忙の差が重工業よりも激しく、それだけ、短時間に細分化された雇用量の調整を必要とするが、これに主婦パート労働者と学生アルバイトは適合的であった。(同)

1960年代型日本システムは、女性労働者を雇用差別するシステムでもある。このシステムのもとでは、女性は学校卒業直後の若年時に正規労働者となっても、その多数はやがて結婚・出産・育児をきっかけに退職して主婦になる。そのため経営者は、彼女ら全体の早期離職を予測して、昇進や職務の配置転換を停滞させ、彼女ら全体に能力開発の機会を与えない。これは「統計的差別」と呼ばれる雇用差別である。女性が再び労働者となるのは主婦パート労働者としてであるが、その賃金水準は低い。低くてかまわないとされるのはこのシステムのためであるけれども、その職務遂行が適切に評価されないという意味で、これは雇用差別である。また、女性のこうした働き方を前提として、女性労働者が正規であれ非正規であれ、職場内における性別役割分業が家庭内におけるそれと同様に成立する。(pp.148-189)

経営者の多数はもちろんのこと、男性正規労働者中心の企業内組合もまた、日本企業の成功を賛美していたから、この社会規範を受け入れていたといってよい。そのため企業内組合は、非正規労働者の処遇改善にも、企業内組合員である女性正規労働者の処遇改善にも、それほど熱心でなかった。後者については、彼女らは早期に離職するはずだから雇用中の処遇改善は意義が薄いうえ、性別役割分業を職場内でも家庭内でも維持したいと、企業内組合が考えていたからでもあったといってよい。(p.149)

政策ないし公的制度もまた、基本的には、1960年代日本システムの社会規範化を補強していた。例をあげよう。1961年に創設された所得税の「配偶者控除」は、主婦パート労働者が夫の扶養内にとどまるように就労調整することをうながし(現在のいわゆる「103万円の壁」である)、結果として、主婦パート労働者の低賃金を助長した。1970年代なかば以降に形成された判例法である「整理解雇の四要件」の1つは、正規労働者の雇用保障を優先するために、非正規労働者の解雇を当然とした。1985年の国民年金改正により「第三号被保険者」が創設され、男性正規労働者の妻に保険料の納入なしで年金を受給できる権利を与えて主婦になることをうながし(現在のいわゆる「130万円の壁」である)、つまりは男性稼ぎ主型家族を奨励した。(同)

1980年代から90年代はじめにかけて、日本的雇用慣行ないし1960年代型日本システムの前提をゆるがす事態が進行していた。
1. 日本的雇用慣行の経済的合理性の減少
情報技術の発展とビジネスにおける情報技術の重要化は、こうした仕事能力の重要性を低下させていた。
2. 女性労働者が、日本的雇用慣行から排除されていたにもかかわらず、絶え間なく増加した。その結果として、職場内でも家庭内でも、性別役割分業が弱まる可能性を潜在的に増すことになった。

 1985年に労働者派遣法が制定された。労働者派遣事業は1960年代から一部の企業によって実態としておこなわれていたが、同法はこれを明白に合法化した。その合法化は、非正規雇用についての労働市場の規制緩和であったといえる。(p.151)

 日本的雇用慣行ないし1960年代型日本システムが社会規範であった時期の真っ只中である1985年に労働者派遣法は制定された。従って同法は、企業内の職務を切り出すということに馴染まない日本型雇用慣行に配慮した法として制定された。具体的には、同法が派遣事業にくわえた多数の規制であった。
例:制定時、派遣が許される業務は13に限定されていた。さらに13業務は「秘書」「ファイリング」など女性職が多かった。
 その後、86年の改正で13から16に、96年の改正で26に拡大した。99年には原則として全部の業務で派遣が許されるという規制緩和に大転換し、例外として、なお派遣を禁止する5業務をネガティブ・リストとして挙げた。さらに2004年改正では、製造業務を派遣禁止5業務からはずした。(同)

 法改正による派遣業務の拡大は、派遣業務が女性職であることを薄めることでもあった。このことは、派遣労働者の増加率の性別比に反映した。1997年までの各5年間では、女性の増加率が男性の増加率より高かったけれども、2002年までと2007年までの各5年間では、男性の増加率が女性の増加率よりはるかに高かった。1999年と2004年の法改正の影響をみてとることができよう。(p.152)

 小泉構造改革。小泉政権のもとでの多方面にわたる規制緩和は、非正規労働者の増加と、そのワーキング・プア化を加速させ、日本社会における所得格差を拡大した。労働市場の規制緩和もすすめられ、その法政策に具体化された重要な結果が、労働者派遣法の2004年改正であった。(同)

 この時期に、少なくない経営者の価値観は、企業収益の増大による企業価値の引き上げを重視する企業経営こそが望ましいと変化したと思われる。彼らにとっては、これが日本企業の「構造改革」であった。そして、そのためには、非正規労働者の賃金を低く抑えるのはもちろんのこと、正規労働者についても低賃金で過重な労働を求めることは問題でなく、むしろ望ましいことと考えるようになってしまった。(同)

 とくに、一部の企業が「ブラック企業」化して「周辺的正社員」を雇用しはじめたことに注目したい。その人事労務管理は、労働者を正規の名目で雇用しながら、そして正規雇用に「ふさわしい」長時間の過重な労働を要求しながら、実際には正規雇用にふさわしい恵まれた処遇や将来展望を与える意思がまったくなく、労働者を短期雇用で使い捨てるものである。これは日本的雇用慣行に反するばかりでなく、それを悪用するという、経営者のモラルハザードの結果である。(pp.152-153)

 また、経営者の価値観をこのように変化させるうえで、市場原理主義を信奉する経済学者が果たした役割の大きさを指摘しておきたい。その総論的な位置にあったのは八代尚宏著『雇用改革の時代』(1999)であって、広く読まれて大きな影響をもったと思われる。また、彼らの主張のなかでもっとも先鋭的だったのは、解雇をおこないやすくせよとの解雇規制緩和の主張であろうが、そうした主張の1つの集大成が福井秀夫・大竹文雄著『脱格差社会と雇用法制』(2006)であった。(p.153)

 2005年ころに経営者団体が提案した「ホワイトカラー・エグゼンプション」は、労働時間についての法規制―つまり残業手当支払いの法的義務―を、ホワイトカラーの正規労働者には適用しないように法改正するという提案であった。(同)

 規制緩和による実害は、なによりも、非正規労働者の無視しがたい低賃金として顕在化した。NHK2006年7月23日放送の「ワーキングプア―働いても働いても豊かになれない」の反響はすさまじく大きな役割を果たした。(同)

 非正規労働者の所得分布は、女性であれ男性であれ、正規労働者のそれより低額であることを確認しよう。女性においては、正規の所得分布は低額寄りに位置し、非正規の所得分布にかなり重複しているが、男性はそうではない。所得分布がこのようになる理由は、女性の正規労働者の所得水準が男性のそれより相当に低いからである。他方、非正規では、所得水準における女性と男性の間の差は小さいものの、労働者数に大きな差がある。すなわち、正規であろうと非正規であろうと女性労働者の賃金が低いことをも示している。(pp.153-154)

 正社員以外の労働者(すなわち非正規労働者)の45.4%は、低賃金であるにもかかわらず、自分自身の生計を維持しなければならない。正社員以外の労働者が女性であっても26.7%が、あるいはパートタイム労働者であっても28.6%が、そうである。これらのなかには、子どもなど家族を扶養する労働者―たとえばシングルマザー労働者―が含まれる。1960年代型日本システムにおける非正規労働者は家計の主な維持者でなかったが、現在はもはやそうではない。自分自身や家族の生計を維持しなければならない多数の非正規労働者の登場は、1960年代型システムが破綻しつつあることを端的に示すであろう。(pp.154-155)


1985年に男女雇用機会均等法が制定された理由
1. 男女雇用平等という価値規範の促進が明白な国際基準となっていたこと。その象徴は、1979年国連女性差別撤廃条約である。
2. 日本社会において、女性労働者の絶え間のない増加を底流として、男女雇用平等という国際標準への希求が強まっていたことである。この希求が、日本政府をして、国連女性差別撤廃条約に署名させた。同条約を批准するためには国内法の整備が必要であり、その整備の1つが1985年均等法の制定である。国際標準という「外圧」によると考えてもよかろう。(p.157)

このような経緯で制定されたため、同法が企業の人事労務管理にくわえる規制は非常にゆるやかなものにとどまった。法の名称が、いわば国際標準である「差別禁止」でなかったことはもちろん、たとえば募集・採用・配置・昇進における男女差別は禁止されず、その解消は単に企業経営者の努力義務とされるにとどまったことなどである。なお、退職年齢や解雇についての男女差別を同法は禁止したが、日本的雇用慣行のもとでは女性正規労働者の多数が若年退職することを前提すれば、これらの禁止はそもそも企業への影響が少ない。同法の規制がゆるやかであったため、国際標準への強い希求を持っていた女性団体などは同法に失望し批判が起こった。(同)

日本的雇用慣行はもともと男女平等ではなかった。これをあらためて形式的には性中立的な人事労務管理に改正し、しかし男女平等でない日本的雇用慣行を温存する工夫をしなければならなかった。それが同法制定前後に大企業に急速に普及した「総合職」と「一般職」のコース別人事管理だった。「総合職」を男性が「一般職」を女性が選択するように誘導し、実質的には男女雇用差別の人事労務管理を温存した。(pp.157-158)

同法に触発されて、自分が雇用差別の被害者であることを知った女性正規労働者がその是正を企業経営者に要求し、認められなかったうちの幾人かが裁判所に提訴した。代表例は、大阪の住友系三社の女性正規労働者による3つの提訴。
 この裁判の特徴:
1. 原告となった労働者全員が企業内組合の組合員であったが、企業内組合は原告への支援を完全に拒否したこと。
2. 原告とWWN(ワーキング・ウィメンズ・ネットワーク)が重視した活動は、国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW、女性差別撤廃条約締結国における条約実効化を促進する委員会)へ裁判関連の情報を提供して、CEDAWが出す日本政府へのコメントを原告に有利な内容とさせる活動であり、そのコメントを裁判で活用して有利な和解に導く活動だった。いわば「外圧」を自己に有利になるように日本から創出する活動であって、労働分野ではおそらく初めての国際活動であり、この意味で画期的であった。(p.158)

 1997年と2006年に均等法が改正され、とくに2006年改正によって、同法に間接差別の概念が導入された。しかしコース別人事管理が間接差別に該当するかどうかの決定は、5年後の法の見直しにいわば先送りされている。(p.159)

1999年男女共同参画社会基本法もまた、このような認識の広まりを背景にして制定されたと考えるべきである。(同)

「同一価値労働同一賃金」原則。日本企業の男女間賃金格差を是正し、職務基準の雇用慣行への志向を意味した。この原則への志向は、日本的雇用慣行ないしは属性基準賃金とは対立する。(p.159-160)

 2010年、連合の古賀伸明会長発言(雑誌『経済界』)で「貧困対策と格差是正のためには“同一価値労働同一賃金”の確立が急務です」と2度も強調。厚労省は同年春、職務分析・職務評価の実施マニュアル冊子を刊行。(pp.160-161)

むすび:
 労働市場を規制しなくてよいのか、それとも規制すべきなのか。
 これについて男性中心の労働研究における2つの見解:
1. 労働市場をふくめて、全般的な規制緩和をなお進めるべきである。その結果として、経済成長が達成でき、ワーキング・プアの賃金が引き上げられる(これは市場原理主義の見解である)
2. 日本的雇用慣行に復帰すべきである。非正規労働者を正規化すべきである(これは男性の労働者と労働研究者に強い見解である)(pp.161-162)

1については、規制緩和によるワーキング・プアの増加という実害が日本社会にすでに現れている。留意すべきは、この実害は将来の経済成長で埋め合わせられないということ。
1. 規制緩和が将来の経済成長を確実にもたらすとはかぎらない
2. 将来の経済成長が仮にあるとしても現在のワーキング・プアの人生は有限時間であるから、彼ら彼女らに将来の経済成長の果実が還元される保証はない。
3. 時間の経過のうちに別の新たな実害が発生し、また経済状況が変化して、現在のワーキング・プアへの還元はできなくなる・忘れられるかもしれない。(p.162)

 2については、日本的雇用慣行ないし1960年代型日本システムが女性雇用差別のシステムであることについて、どう考えるのかが問われよう。(同)

 ではどうすればよいのか。
 日本的雇用慣行から排除された女性労働運動の中で、男女雇用平等ないしは男女雇用差別禁止という価値規範、および、これを実現する道具としての「同一価値労働同一賃金」原則と職務給ないし職務基準の雇用慣行、これらが普及し発展してきたことである。この価値規範は、理論的にも実践的にも、あらゆる点における雇用平等ないし雇用差別禁止に容易に発展する価値規範である。日本では、正規・非正規という雇用身分の間の平等ないし差別禁止がもっとも重要であろう。(pp.162-163)

 第3の途。
 雇用平等ないし雇用差別禁止、「同一価値労働同一賃金」原則と職務給ないし職務基準の雇用慣行、これらが労働市場を規制すべき新たな価値規範であり道具である。これらは日本的雇用慣行とも1960年代型日本システムとも相容れない労働市場の規制である。また、これらは労働供給からみた日本経済の成長戦略でもある(p.163)

 日本の労働研究は、日本的雇用慣行ないし1960年代型日本システムの肯定を担った男性中心の労働研究から脱却すべき時期に至っている。(同)


第7章 社会的経済が示す未来―イタリアの協同組合の事例から(田中夏子)
 すみません、省略。


第8章 レジーム転換と福祉政治―包摂と承認の政治学(宮本太郎)

 新しい福祉政治においては、まず、人々がいかに就労し生活の資を得ていくかという、経済的な「包摂」の達成が求められている。同時に、人々がどのようにむすびつき、認め認められる関係に入るかという、「承認」の実現も問われている。すなわち、新しい福士誠治においては、「包摂の政治」および「承認の政治」として展開されている。(p.191)

 包摂の政治は、就労支援、雇用創出、家族内の扶養関係を含めた社会保障の再設計、雇用と社会保障の連携構築、などを課題とする。それは、経済的な分配と再分配にかかわる政治である。(同)

 これに対して承認の政治という言葉は、ジェンダーや民族集団など、劣位に置かれてきた集団の同権化をめぐる政治を指すことが多かった。だが、様々な社会的帰属を得て認められて生きる条件を確保するという点では、承認という問題は大多数の人々にかかわる普遍的主題である。ここで承認の政治とは、マイノリティをめぐる政治だけではなく、家族と社会における人々のつながりや相互承認のあり方、すなわち、家族・ジェンダー関係、職場コミュニティ、市民権などに関する政治をさす。(同)

 経済的基盤にかかわる包摂と、相互の主観的な認知関係にかかわる承認は、このように別々の事柄であるが一体不可分でもある。人々が働き家族をつくり生活を続ける営みのほとんどは、経済的な包摂の関係と、より情緒的な側面もある承認の関係をともに含んでいる。(同)

 20世紀型レジームの転換に伴い、これまでレジームに組み込まれてきた包摂と承認のかたちが一挙に揺らぎ始め、国民国家、企業、家族という、従来の包摂と承認の枠組みそのものが流動化し、包摂と承認をそれぞれいかなる場で、どこまで実現するべきか、そこで政治が果たすべき役割は何かが争点となりつつある。(pp.191-192)

20世紀型レジームにおける包摂と承認:
包摂:
大量生産・大量消費を旨とするフォード主義的生産体制=20世紀型福祉国家の前提
男性稼ぎ主の安定雇用に役立ったもの
=20世紀型福祉国家・労使交渉による賃金決定システム・ケインズ主義の名で呼ばれた積極的需要喚起政策
そのうえで、社会保障は、平均的なライフサイクルに典型的なリスクに対して、社会保険制度を軸に対応=ベヴァリッジ型の社会保障(pp.192-193)

こうして、ケインズ・ベヴァリッジ型の福祉・雇用レジームによって実現された男性稼ぎ主の経済的な包摂は、多くの国で機能していた家族主義の規範と制度によって、妻や子どもの包摂に連動していった。(p.193)

承認:
 20世紀型レジームにおいて、まず法的な権利関係については、国民国家が承認の大きな枠組みを提供した。
 次に、社会的業績関係については、雇用と労働の現場が、包摂の場であると同時に重要な承認の場となった。
 雇用と承認
1.20世紀型レジームにおいては、男性稼ぎ主の有償労働が承認の対象となり、有償労働の評価のあり方は、労使を中心とした対立と闘争を常に惹起することになる。これに対して、家事労働などの無償労働は、一部のレジームを除き基本的には社会的業績としては認知されることなく、せいぜいのところ私的な関係による承認、ホネットの言う愛の関係に吸収された。
2.フォード主義的生産体制のもとでは働く者がその能力を発揮し、周囲からの承認を得て自己肯定感を強める条件が失われていった。20世紀半ばから生産体制が変容するなかで、労働における承認関係が、激しい競争関係へ転換した。労働の現場は、相互承認による連帯を離れ、下位あるいは同格の人々に対して優位性を確保し、上位の人々に認められるという、承認欲求を駆り立てる場へと転化していく。日本の経営は、こうした男性稼ぎ主の承認欲求を巧みに組織化したものであった。(pp.194-195)

 20世紀型レジームの情緒的な承認関係において、決定的な役割が期待されたのが家族であった。成員間の強い情緒的なむすびつきを特徴とする近代家族の考え方が、フォード主義的生産体制と連携して、より純化されていく。…主婦と軸とした消費モデルが形成され、家族の情緒的なむすびつきと、耐久消費財の大量消費という機能的関係が連動していくのである。(p.195)

 20世紀の制度は、実体としては、国民国家、重要院に忠誠心を求める企業経営、そして家族という様々な共同体的関係を取り込んで制度を安定させ、承認の関係を成立させてきた。しかし20世紀の終わりから、こうした共同体的関係の弛緩が相互に連動しながら進行し、包摂と承認のあり方の抜本的な再設計が求められるに至る。(同)

 個々の福祉国家のあり方やそこでの包摂と承認の仕組みは、福祉レジームと雇用レジームの連携から説明される必要がある。その組み合わせのパターンについて、あらゆる問題に適用可能な単一の類型モデルを構築するのは困難である。(p.197)

 日本は若年層を中心に失業率が高かった大陸ヨーロッパ諸国と異なる。…日本の場合、雇用保護は、公共事業や中小企業への保護・規制をとおして周辺部労働市場の男性労働者にまで及んだ。建設業などの周辺部労働市場にガストアルバイター(外国人労働者)を導入したドイツに対して、日本では公共事業によって建設業を周辺部労働力を吸収する場として肥大化させていった。他方で日本では、コルピのいう「一般家族支援」型の家族手当支出や社会サービスが弱かった。日本の家族主義は、政府の給付やサービスによってというより、男性稼ぎ主の家族賃金や日本的経営の提供する福利厚生に支えられて強化されたのである。そして、教育や住宅についての公的支出が抑制されていたために、主婦は男性稼ぎ主の所得を補完するパートタイム労働を迫られた。
すなわち、小さな福祉国家であることから家計を補う就労の必要が高まったが、男性稼ぎ主型の税制や社会保険制度がその所得を一定以下に誘導した。ここから主にサービス業を中心として、賃金水準の低いパートタイム労働市場が現れた。(p.199)

 児童手当や公教育支出、住宅関連支出などが大きかった大陸ヨーロッパ諸国、たとえばかつてのドイツでは、女性の年齢別雇用力率曲線が「への字」型を描いていた。つまり、育児や介護の時期に退職した女性労働力は労働市場に戻らない場合が多かった。これに対して、日本ではいったん労働市場から離脱した女性労働力がやがて家計補完型の就労を迫られるために、M字型の曲線を示したのである。(同)

 福祉レジーム、雇用レジーム両方の特性に着目した二次元モデルによってとらえる。

スウェーデン:両性支援型。この二次元モデルの第二象限には、個人を対象としてその労働市場参加の条件を福祉レジームが整え、他方で雇用レジームが積極的労働市場政策をとおして両性の雇用を促進したスウェーデン(両性支援型)が位置づけられる。
アメリカ:市場志向型。アメリカの場合は、1946年に完全雇用法が議会で否決されたことに象徴されるように、政府が完全雇用に責任をもつという立場をとることはなかった。他方で、福祉レジームは家族主義的な性格を有するが、男女の賃金格差や管理職に占める女性の割合などで見ると、女性の就労の機会は相対的に開かれていた。したがって、第三象限と第四象限の間に位置づけられよう。
ドイツ:一般家族支援型。ドイツは家族主義的な福祉レジームを有するが、他方で完全雇用への制度的コミットメントは小さかった。ゆえに第四象限に位置づけられる(一般家族支援型)。
日本:男性雇用志向型レジーム。男性稼ぎ主型の制度を前提にその雇用を政府の積極的関与で支えたという点で、第一象限に位置づけることができるであろう。(pp.199-200)

 フォード主義的生産体制においては、労働の場の相互承認関係が、職場の地位の上昇圧力へ誘導されていった。この傾向は、日本の大企業においてはとくに顕著であったのである。とりわけ、日本的経営に「能力主義管理」が導入され確立していった1960年代をとおして、労働者の承認欲求を、昇進をめぐる承認競争につないでいく仕組みが確立していった。
新卒一括採用で同期入社の社員のあいだで競争が始まり、一般に感謝幹部として絞り込まれる時期はかなり遅く設定され、その間は同期入社の同僚に比べて昇進が遅れてもその後の努力で挽回可能な、いわばリターンマッチ付きのトーナメントがおこなわれた。(p.201)

 こうした仕組みは、男性稼ぎ主が企業の承認競争を途中で離脱して別の承認の場を求めていくことを難しくするものであった。さらに、家族が直接に彼の勤労所得に依拠することになったため、承認レースを降りることはなおのこと難しくなった。(同)

 全体として抑制された日本の社会保障給付のうち、とくに児童手当などの家族手当は、GDP比でOECD平均の3分の1程度に留まった。ここに、大陸ヨーロッパのように福祉国家に支えられた家族主義とは異なり、企業に直接にぶら下がるかたちをとった日本の家族主義が形成された。(同)

 図2が示すように、1960年代の初めまでは日本とスウェーデンの女性労働力率はほぼ同じ水準であったが、その後スウェーデンは急上昇し、日本は1970年代の後半まで、先進国のなかでは例外的に女性労働力率が低下する。(p.202)

 日本型福祉の家族主義は、このような時期にとくに強く打ち出されることになる。1978年度の『厚生白書』は、家族依存の子育て・介護の体制を、日本型福祉の「含み資産」とした(厚生省1978)。また、自営業者の税控除とバランスをとるという名目もあって、1987年には配偶者特別控除が導入されるなど、男性稼ぎ主型の制度が強化された。家族は、男性稼ぎ主の扶養と連動した経済的包摂の場として造形されていくと同時に、主婦の無償労働への承認を強める動きが前面に出た、ということができる。(同)

 このように男性雇用志向型レジームでは、包摂と承認の枠が企業と家族に集中することで、それを超えたつながりが弱まることになった。たとえば山岸俊男は、日本社会で起業などの機能集団を超えた信頼関係が低いことを、社会心理学の立場から実証的に示した(山岸1999)。山岸によれば、集団内部では拘束が強く相互の排他性も顕著である反面、集団の拘束が及ばない外部では、人々の関係での不確実性が増し、信頼が醸成されないのである。(pp.202-203)

 つまり、日本では、「ミウチ」「セケン」「ソト」というように、親密な関係からの距離で信頼や人間関係のあり方が原理的に異なる傾向が強い。社会的信頼関係の強度、すなわち社会関係資本という視点から言えば、ミウチ的集団のなかでの「結束型」の社会関係資本は強いが、そのような集団を超えた「橋渡し型」の社会関係資本は弱いことになる(パットナム2006)。日本の承認関係についてのこうした特質は、社会全体を包括する宗教的規範が弱いこととの関連で説明される場合が多い。しかし、男性雇用志向型レジームにおける包摂と承認の仕組みがこうした特質を強化してきた、という事情もまた見て取れるのである。(p.203)

 21世紀。世界大の競争環境の変化が、金融規制の緩和と資本の国際移動の増大とともに進行することで、先進国における安定雇用は浸食される。資本は個別企業との安定的な関係から離れ、国境を越えて新たな投資先を求め続ける。投資対象として優先されるのは、消費者により安い商品やサービスを、次々と意匠換えをしながら、迅速に提供できる企業である。金融と産業の関係は逆転し、金融優位の資本主義体制への転換がすすむ。
 産業界は、男性稼ぎ主の安定した雇用を縮小することで事態に対応しようとしている。男性稼ぎ主の安定した雇用に代わって、非正規労働が投入され、海外生産比率の拡大がすすめられる。多くの事務管理の仕事が失われ、少数精鋭の専門管理的業務と、大多数のルーティン的で不安定(プレカリアス)な仕事へと両極化がすすむ。サービス経済化と労働力の女性化がすすみ、雇用環境はさらに大きく変化する。(p.204)

 男性稼ぎ主の安定雇用が崩れた後に、雇用と社会保障をいかに繋ぎなおし経済的な包摂を実現していくかということについては、大きく3つのオプションがある:
1. 雇用の質を問わず人々に就労を義務づけ、就労に向けた活動について協力が得られないといった場合には社会保障の給付を打ち止めにするという、いわゆるワークフェアのアプローチ。
2. 就労を義務づけることよりも就労を妨げている問題の解決を重視するアプローチもある。これはアクティベーションと呼ばれる方法であり、保育サービスや公的職業訓練の不足を重視し、支援型サービスの給付によって人々を就労に導こうとする。
3. ベーシックインカムのアプローチ。これまでの社会保険、公的扶助などの社会保障制度全体を見直し、すべての市民を対象とした均一の現金給付に置き換える考え方。広義のベーシックインカムとして、人々の勤労所得が明らかに減じている実態から、低下した勤労所得を、公的扶助に依存せずに補完的な現金給付で補うと考えるなら、このアプローチは決して非現実的ではない。(pp.204-205)

 男性雇用型レジームの解体が本格化するのは、1990年代の半ばであり、あえて特定すれば、1995年が転換点となる。この年、日本経営者団体連盟(日経連)のレポート『新時代の「日本的経営」』がすべての従業員を対象とした長期的雇用慣行の終焉を宣言し、またGDPに占める公共事業予算が急速に減額に転じた。(p.208)

 近年の幸福研究は、人々の幸福感の向上のためには、経済的包摂による所得の保障に加えて、社会的承認関係の強化が求められることを示している。(Frey 2008)(p.211)

 包摂と承認の単位として、かつてのようなかたちで企業と家族を再建することはおそらく可能ではないし、望ましいことでもない。流動性を増す労働市場や家族の揺らぎに対して、就労支援の公共サービスや社会的手当を給付することで、人々が経済的包摂の場を変更したり、所得の源泉を多元的に確保できることが必要になる。(p.212)

 承認関係に対しても、男性稼ぎ主が企業に、主婦が家族に「生きる場」を見出すというかたちに代えて、人々にとっての承認の場が多元化していくことが必要になってくる。両性がともに雇用と家族にかかわることが求められているし、雇用と家族の外部に経済的包摂の仕組みを構築する以上、地域や社会のなかに新たな足場をもつことも不可避となる。このことは、人々が豊かな承認関係を享受するためにも望ましいと言えよう。人々が複数の物語を生きて、また自ら物語を乗り換えることができるならば、それは人々の幸福の基盤を拡げると同時に、個々人が人生の主導性を高めることにもつながる。(同)
 



 


 今回はあんまりツッコミが入れられませんでした―。


 
 

正田佐与






 

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・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
                 発行日 2016.2.9                 
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 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
 経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えます。

※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
 セミナーにご来場いただいた方にお送りしています。
 ご不要の方は、お手数ですがメール末尾にありますURLより解除ください。

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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 「同一労働同一賃金」って何が問題なの?何が起こるの?
   〜商社・介護・スーパー・電鉄での調査とシミュレーション、実例
     読書日記『承認と包摂へ』前編

【2】 リーダーの「伝え方」基本中の基本は
   〜月刊人事マネジメント連載・いよいよ最終回

【3】 新連載・「ユリーの星に願いを」第1回「おむすびの奇跡」

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【1】「同一労働同一賃金」って何が問題なの?何が起こるの?
   〜商社・介護・スーパー・電鉄での調査とシミュレーション、実例
     読書日記『承認と包摂へ』前編
 
 先週の国会審議で「同一労働同一賃金」が提起され、安倍首相も早急な法案
とりまとめを約束しました。急な展開で驚かれた方もいらっしゃるでしょう。
 先進国中でもワーストというわが国の貧困問題。その改善の決め手となりそ
うなのが、この「同一労働同一賃金」という概念です。正社員と非正規社員間
の賃金の不平等を是正し、非正規社員の貧困を防止します。とりわけ、非正規
労働者の大半を占める女性の働き手にとって、これは朗報となりそうです。
 「我田引水」とお叱りを受けそうですが、これは「承認」すなわち働く人が
その働きによって正しく認められ、報いられることの、制度的な表現と考える
ことができます。20世紀後半以来、「ジェンダー社会科学」という分野が、実
際にこうした「承認と包摂(インクルージョン)」の理論化を担ってきました。
 今行われている議論に正しくキャッチアップしたい、というかたは、お時間
のあるときこちらの読書日記をご覧ください。長文記事ですが、後半部分が
「同一労働同一賃金」の議論になり、国内の商社、介護、スーパーでの調査と
シミュレーション、また電鉄会社での実例が載っています。そこでは労働の正
しい評価法とともに、それに伴って改革されるべき社会保障のあり方について
も提言されています:

●「承認」をカタチにする。同一労働同一賃金をためしてみると
  ―『承認と包摂へ』をよむ・前編
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51934476.html
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【2】リーダーの「伝え方」基本中の基本は
 〜月刊人事マネジメント連載・いよいよ最終回

 昨年7月より「月刊人事マネジメント」誌(ビジネスパブリッシング社)で
連載させていただいた、「上司必携・行動承認マネジメント読本」も、いよい
よ全7回の最終回となりました。
 「伝え方」いろいろなテクニックがあります。賢明な読者の皆様なら、既に
さまざまなプレゼン手法やロジカルシンキングの手法を学ばれていることでし
ょう。それらいずれも否定はしません。ただ、従来あまり語られていなかった
「基本中の基本」、まずはそこから入っていただきたいものです。とりわけ職
場の上司部下間の日常的なやりとりでは―。

●第七章 伝えたいことが「伝わる」伝え方―月刊人事マネジメント1月号
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51934650.html

 月刊人事マネジメントは只今3か月無料で試読できるキャンペーン中
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>>http://www.busi-pub.com/sidoku.html


「上司必携・行動承認マネジメント読本」シリーズ全体の構成は:

第一章 行動承認は”儲かる技術”である(2015年7月号)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51919833.html 第二章 「承認」の学習ステップ(8月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51921667.html
第三章 女性活用と登用は「上司の眼差し」次第(9月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51923763.html
第四章 LINE世代に対するマネジメントとは(10月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51925545.html
第五章 「踏み込みすぎない」メンタルヘルス対策(11月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51927183.html
第六章 部下の凸凹を包んで戦力化する(12月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51932814.html
第七章 伝えたいことが「伝わる」伝え方(2016年1月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51934650.html
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【3】新連載・「ユリーの星に願いを」第1回「おむすびの奇跡」

 今回より、メルマガ読者「ユリー」さんによる連載を開始いたします。
人一倍深く鋭い観察眼と幅広い職業経験の持ち主、そして仏教徒であるユリー
さんの目からみた「承認ワールド」とは、そして職場、労働、社会は…。どう
ぞ、ご期待ください!
 それではユリーさん、自己紹介をよろしくお願いいたします!

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 はじめまして、ユリーと申します。このたび、正田先生のご厚意でメールマ
ガジンに寄稿させていただくことになりました。読者の皆様には、ユリーは何
者?という疑問をお持ちのことと思いますが、まずは、ペンネームとタイトル
の由来をご紹介させてください。

 吉祥天はヒンドゥー教由来で、ユリーはヒンドゥー教で吉祥天の別名です。
吉祥天は私の好きな仏様の1つで、繁栄や幸福をもたらすとされています。
 密教では功徳天ともいうらしく、徳を積むことにも関係するようです。徳
を積む、あるいは徳とは何か?ということは、私の探求テーマの1つで、深
い関心を持っています。
 「星に願いを」は、ディズニーのピノキオのテーマ「星に願いを」からい
ただきました。その歌詞は、ご存知のように、心から望む夢は叶うことがう
たわれています。

 さて、私、ユリーについて自己紹介します。年齢は40代半ば、20代で
インターネットベンチャーの創業に関わり、その後、インターネット業界で
マーケティグやプランニングを担当し、営業やプロジェクトマネジジャーを
経験しました。30代半ばからはコンサルティング、研修の企画、研修講師
が仕事の中心になりました。同時に、学生時代からの念願でもあった非営利
組織の若手職員の育成、企業のCSRプログラムの企画などの仕事にも携わりま
した。(こうして振り返ると、30代は我ながらよく働いた気がします。)
 数年前に40代に入り、それまでの仕事を縮小し大幅な業態転換を決意し
ました。現在は、起業家支援、また新規事業の開発や商品プロデュースなど
に挑戦しています。私の特徴を良く知る親しい友人は、ユリーは女性の着ぐ
るみをきたおじさんだと評します。言い忘れておりましたが、性別は女性で、
若い頃には、短期間ではありますが専業主婦も経験しました。
 私は、正田先生のブログの長年の愛読者で、正田先生の行動承認の有効性
に注目し、自分でも実践して参りました。このたび、こうして読者の皆様に、
私のお話を聞いていただける機会をいただけることになり嬉しい反面、とて
も緊張しております。おつきあいいただける価値ある内容をお届けできるか
どうか不安がいっぱいですが、私のお話が、読者の皆様のお仕事や生活を善
くするささやかなヒントになればこれ以上嬉しいことはありません。
 ということで今回は、私の尊敬するある女性のお話をさせていただきたい
と思います。

***********************************

連載「ユリーの星に願いを」
第1回 おむすびの奇跡
 
 読者の皆様は、「森のイスキア」の佐藤初女さんをご存知でしょうか?
 日本のマザーテレサと呼ばれることもあった佐藤初女さん、多くの人に惜し
まれながら、先日94歳で亡くなりました。初女さんは青森県の岩木山の山麓
に森のイスキアを設け、そこに来る多くの人の悩みを聞き、心のこもったおむ
すびを提供し、苦しみを抱えた人々に生きる力を与えてきました。
 初女さんが残してくださった珠玉のメッセージの1つに
「わたしは話を聞くときは、自分の中のものを空っぽにして、そのままを全部
受け入れるように心がけています。
 話を聞きながら「それはダメ」とか「こうすればいい」といった考え
は入れません。」というメッセージがあります。この言葉は、年を重ねるにつ
れ、人から相談を受けることが増えた私に大事なことを教えてくれました。
 かつての私は、いろいろな相談を受けるとあれこれと解決策を提案していま
した。もちろん、それを喜んでくれた人もいましたし、コンサルタントとして
は適切な仕事であったとも思います。けれども、初女さんの姿を通して、私は
自分の傲慢さに気がつきました。解決策を話す前に、まず相手を丸ごと受け入
れることができているか?を自分に問うことが必要だと痛感しました。以来、
未熟ながらも、初女さんのこのメッセージを自分に言い聞かせながら、人の話
を聞くようにしました。そうすると、見える世界は変わり、相手の語る本質を
的確に掴めるようになり、相手の本音を聞くことが容易になりました。
 もう1つ初女さんの言葉で心に残るものがあります。「心だけは人々に与え
ることができる」という言葉です。初女さんは敬虔なカソリック信者ですが、
この言葉は、仏教でよくいう「無財の七施」にある「心施」に通じます。初女
さんは、彼女を訪れる人々に、心のこもったおむすびを提供しました。そのお
むすびは、傷ついた人を癒し生きる力を与えました。こう言うとまるで奇跡の
ような話に聞こえますが、相手を丸ごと受け入れ、心を与えるということはそ
れほどに絶大な効果をもたらすのでしょう。
 初女さんのご冥福をお祈りしつつ、初女さんの残したくれた「おむすびの奇
跡」を忘れず、せめて心を配ることだけは怠らないようにしようと誓った私です。

□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃今日の一筆箋  
□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 新連載・「ユリーの星に願いを」いかがでしたか?
 筆者のユリーさんは仏教徒。「承認」はドイツ哲学由来の思想、そしてこの
メルマガのタイトルはギリシア語…なんだか「つぎはぎ」のようですね。
 実はわたくし正田自身も、若い頃の一時期はチベット仏教に傾倒し、結婚式
はプロテスタント式で挙げ、また一時期は儒教の学びの場に足を運び…と宗教
的には“無節操”に過ごしてきました。どの宗教にも、とりわけ古代宗教には、
(もちろん非科学的な部分もあるにせよ)それぞれに人間の真実への深い洞察
があるように思います。

【お詫び】前号で『ほめると子どもはダメになる』が販売中止(?)とお伝え
しておりましたが、その後、Amazon等大手通販でも販売再開したようです。誤
解を招くおそれのある表現をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

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info@c-c-a.jp まで(このメールへのご返信で結構です)お寄せください。

┌─<<現役マネージャー必読!>>──────────────────>
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までお気軽にご連絡ください。
 
 正田佐与承認マネジメント事務所
 Email info@c-c-a.jp TEL: 078-857-7055  FAX: 078-857-6875

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100年後に誇れる教育事業をしよう。

 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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このメールは転送歓迎です。


 このところ、「学者さんが立派な肩書を使って全然正しくないことを言う」という現象が続いています。(もちろん、わたしの信頼する少数の学者さんはそうではありません)
 北朝鮮もミサイル発射する物騒な世相、そんな中では人びとの頭の混乱が加速し、それに便乗してご商売する学者さんや出版社さんも増えるいっぽうかもしれません。

 去年もアカデミズムに疑義を呈する記事を何本かアップしております。代表的なのはこちらの3本:
●試論・学者さんはなぜ間違うのか
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51921811.html
●正田がアカデミズムに行かなかったわけ、「知性の失敗」、でもフランクフルト学派に興味津々
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51925522.html
●科学の限界性、認識の限界性―アカデミズムも盲信してはいけない?千葉大学・広井良典教授との対話
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51931204.html 

 で、「学者はなぜ正しくないことを言うのか」。
 しつこいようですが信頼する学者さんがたにはご迷惑を掛けてしまうようなタイトルですが、そのことを説明する本があったのでご紹介します。
 「女装の東大教授」安冨歩氏の著書『「学歴エリート」は暴走する―「東大話法」が蝕む』(安冨歩、講談社+A新書、2013年)。安冨氏は東日本大震災直後に『原発危機と東大話法』を著し、以来この「東大話法」シリーズを何冊か出しています。本書は同シリーズ4冊目ぐらいの著作。

 本書によると、

東大話法規則
ルール ー分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する。
ルール◆ー分の立場のよいように相手の話を解釈する
ルール 都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事をする
ルールぁ‥垤腓里茲い海箸ない場合には、関係のない話をしてお茶を濁す
ルールァ,匹鵑覆砲いげ淡困任弔犬弔泙旅腓錣覆い海箸任蘯信満々で話す
ルールΑー分の問題を隠すために、同様の問題を持つ人を、力いっぱい批判する
ルールА,修両譴納分が立派な人だと思われることを言う
ルール─ー分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル貼りし、実体化して属性を勝手に設定し、解説をする
ルール 「誤解を恐れずに言えば」と言って、ウソをつく
ルール➉ スケープゴートを侮辱することで、読者や聞き手を恫喝し、迎合的な態度をとらせる
ルール 相手の知識が自分より低いと見たら、なりふり構わず、自信満々で難しそうな概念をもちだす
ルール 自分の議論を「公平」だと無根拠に断言する
ルール 自分の立場に沿って、都合のよい話を集める
ルール 羊頭狗肉
ルール わけのわからない見せかけの自己批判によって、誠実さを演出する
ルール亜,錣韻里錣らない理屈を使って相手をケムにまき、自分の主張を正当化する
ルール院,△△任發覆ぁ△海Δ任發覆ぁ△伴分がいろいろ知っていることを並べて、賢いところを見せる
ルール押,△△任發覆ぁ△海Δ任發覆ぁ△醗っ張っておいて、自分の言いたいところへ突然おとす
ルール魁〜澗里離丱薀鵐垢鮃佑┐独言する
ルール粥 屬發掘察察擦任△襪箸靴燭蕁△詫びします」と言って、謝罪をしたフリで切り抜ける

 いかがでしょう。
 まあ東大に限らず、近年ではハーバードコロンビアといった海外有名大学がえりの人々も皆さんご同様に、もっともらしくエビデンスをつけて結論は全然間違ってることを平気でおっしゃいますね。
 このブログで年頭以来批判した『「学力」の経済学』など、もろにこれですね。ルールキ➉悪鵜欧△燭蠅当てはまっています。

(ルールきイ覆鵑は、学者ではないですが某国の首相とか官房長官もやっていそうですね)
(ルール瓦痢崋佞辰織侫蠅鬚垢襦廚箸いΔ里蓮△錣燭靴浪甬遒北鮨輿反イ任茲みました。「もしご気分を害されたようでしたら、お詫びします」「もし誤解を招いてしまったようなら、お詫びします」これ、本当は謝ってないんです。自分が悪いなんてつゆほども思ってないんです。「気分を害したあんたが悪い」「誤解したあんたが悪い」っていう本音が見え隠れします。確かに役人の中でも高学歴のプライドの高い人には多かったと思います)


 で、こういうウソつき学者にダマされる人も、世間には驚くほどたくさんいらっしゃいます。前述の『「学力」の経済学』も、よくみればみるほど笑っちゃうようなずさんな本なのに、昨年のベストセラーでした。
 最近の話題としては、先月の29日に某元女性研究者の手記が出版され、もちろん購入しませんがAmazonのレビュー欄は興味ぶかくて読んでいるわたしです。
 このレビュー欄もまあ典型的な「荒れた」レビュー欄で、335件のレビューがありますが★1つか5つのどっちか。極端な礼賛か批判かのどちらかです。
 礼賛派は、元女性研究者の側に全面的にたち、元女性研究者を悲劇のヒロインに仕立て上げ、理研や他の研究者がよってたかって彼女を潰した、とみます。
 一方自分は理系だ、研究者だと称する人々はおおむね批判派で、★1つ。彼(女)らの論旨はほぼ同じで、「元女性研究者は実験で、またデータで立証すべきだった。その機会があったのに怠った。必要なものを提出しなかった」という。
 常識的には後者のほうがはるかに妥当な見解と思うのですが、ただその論旨一本槍でずっとやっていると、「それしか知らんのか」と侮られるおそれはある。わたしが「承認研修の有効性」をずっと言っていると侮られるように。

 それらの批判レビューなかでこれはと思ったのは、「××氏が製薬会社に勤めていたら」と題するレビューです。
 長文なので一部を引用しますが、このレビューでは元女性研究者が実験データを改ざんし、画像を切り貼りし、盗用し、引用でなくコピペをし、という行為を断罪したうえで、
「こんな倫理観の欠除(ママ)した科学者がいることを、人々はもっと自分に結びつけて考えるべきである。
去年だったろうか。
世界的に有名な製薬会社の実験データ改竄が次々と明るみに出た。
幸いにも大した被害は出なかったが、××氏はないものをあると、しかも200回も出来たと言い張るツワモノだ。
人々が実際口に入れる医薬品の実験に彼女が関わっていたら…と考えると背筋が凍る思いがする。
そのとき何人の患者が、××氏を擁護し、可哀想だと叫べるのだろう。
彼女を持ち上げることはつまり、自分たちの命を危険に晒す結果を産んでも仕方ないということだ。
やがて医学の分野で活かされる可能性がある分野では、少しの改竄も捏造も許されないのだ。
それは命を脅かすことにつながるということに気付いてほしい。」

としています。
 そう、元女性研究者に同情論が出て消えないのは、「人の生死に関わることだ」という実感が湧かないから。
 元女性研究者自身にも、そういう実感は薄かったようで、自分の“発見”が人々の生死を左右する技術として使われることを明確に意識していたようにはみえない。あったのは、「おしゃれをして人前に出てチヤホヤされる自分」という強い願望だけだった。その、通常ならてんびんにかけることを許されないこと同士をてんびんにかけてしまっている。
 そしてまた、「彼女の願望」をわがことのように肯定する人々、このブログで何度も言うようにナルシシストに巻き込まれるのは自分自身もナルシシストである人々なのですが、その人々も、「トンデモ技術を臨床応用されて生死に関わる健康被害を受ける人々」のことはてんで意に介さない。あくまで一人のナルシスティックな女性の成功物語を応援するだけです。

 この傾向は去年の『「学力」の経済学』でも同じで、この本とその美人著者が主張するような、「ほめない、カネで釣る」方式で子供さんを育てた時にどういうことが起こってしまうのか、子育ての現場はどうなるか、親子関係はどうなるか、どんな大人に育ってしまうか、そこまでの想像力は、美人著者自身にもそれを礼賛する読者たちにもまったくなかったようにみえる。そんなにIQが高いのだからそこまで想像せえよ、とわたしなどは思いますが。

 「人が死ぬ」こと、ないしは「人の生と死」について、まったく想像力が働かない、それが2015年のアカデミズムと出版の世界。
 そういえば去年の読書日記の1つ、『見て見ぬふりをする社会』にも、「現場から遠いところにいると見て見ぬふりをする」という知見がありましたっけ。

 以前からこのブログでは「教育は間違っても人は死なない…」と、反語的にぶつぶつ言っていますが。はい、「承認」の世界の同志の方々はちゃんと「人が死ぬ」ことに想像力を持ちましょうね。現場の人のための仕事をしましょうね。

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 最近会った管理職のある友人は、もちろんわたしのメルマガやブログの読者でもいてくれる方ですが、
「正田さんのお蔭で、『誠実に仕事をしよう。ずるをするのはやめよう』と思える」
と、言われました。
 この人の仕事も、他人のした仕事を「チェック」することがほとんどです。
「ずるをする」というのは、詳しくいうと、他人の仕事をみて「このぐらいでいいか」と「OK」を出してしまう、ということです。

 「嫌われる勇気」なんて、誰かに説教される必要もなく、とことん疑い、ダメ出しをするのは本来の管理職の仕事です。わたしはだからこそ、彼(女)らの知性を信頼し尊敬してきました。わたしの仕事にたいしても、どうぞ疑って疑い尽くしてください、と言ってきました。

 この社会をちゃんと動かす人々、「マネジャー」の知性にわたしは今も期待をかけます。


正田佐与

 「月刊人事マネジメント」(ビジネスパブリッシング社)に昨年7月から全7回で連載させていただいていた、「上司必携・行動承認マネジメント読本」。先月号でいよいよ最終回でした。

 7回目は、「リーダーの伝え方」を取り上げます。

 といっても、このブログのこと、一般的な「プレゼンスキル」ではありません。読者の皆様にはおなじみの「例の漢字2文字」でございます。これが、変な小細工よりも絶大な威力を発揮しますよ、というお話。まさか、と思われますか?


 「行動承認マネジメント読本」最終回の記事を編集部のご厚意により「公開OK」でいただきましたので、転載させていただきます。

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 以下、本文の転載です:

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上司必携・『行動承認マネジメント読本』
〜人手不足チームのやる気と力の引き出し方〜


正田佐与承認マネジメント事務所
代表 正田佐与

第7章 伝えたいことが「伝わる」伝え方



「自分の話が部下に伝わらない」こうした悩みを抱える上司の方は多いことでしょう。それはプレゼン力の問題でしょうか。ロジカルさが足りないのでしょうか。「笑い」や「つかみ」が足りないのでしょうか。いやいや、その前にできることがあるのです…。『行動承認マネジメント読本』最終章の今回は、「伝え方」を取り上げます。

なぜ「承認」を伴った話は「伝わる」のですか?

 「あなたの応対技術の向上は目覚ましいですね。スピード、お客様満足度とも前期から大幅に上がっています。インストラクターの〇〇さんも『A子さんは努力家です』と折紙付きですよ」
 あるコールセンターにて。1年前にパート入社したオペレーターのA子さん(38)に、所長(女性)はこう切り出しました。さらに所長は続けます。
 「私は皆さんが自発的に努力してお客様満足と技術向上に努めてくださることが一番大事だと考え、あえて無理な要求をせず、皆さんの自主性に任せてきました。皆さんもよくそれに応えてくださいました。うちのセンターは、関西12センターの中でサービス指標ランキングがずっと『2位』です。『1位』のセンターは、ご存知のようにトップからの要求がきつく、厳しい指導のためオペレーターの離職率も高いところです。私たちのやり方が正しいことを証明するためにも、今期は『1位』を目指してみませんか」
 A子さんは、所長の言葉に思わず知らずのうちに頷いていました―。
 結論から言いますと、このコールセンターは首尾よく「サービス指標1位」を獲得しました。
 所長はA子さんに対するのと同じように、1人ひとりへの「承認」を盛り込んだ個別面談を80人のインストラクター、オペレーターに行い、全員から「1位獲得」への協力をとりつけていきました。
 「行動承認マネジメント」を取り入れた企業やグループでは、さまざまな業績指標ランキングで「1位」が生まれていますが、それはおおむね、こうした現象の繰り返しだったと思われます。
 ここでは、何が起こっていたのでしょうか。
 人は、「承認」をしてくれる人の言うことを自分の規範として取り込みます。だから、相手を自分の思う方向に動かしたいと思えば、「承認」をすればいいということになります。
 逆説的なようですが、これは過去10数年のマネジメント指導のなかで繰り返し出会って来た現象です。また最近の脳科学研究によって、この現象が説明できるようになってきました。
 すなわち、人は生まれてから外部の規範を取り込んで学習し、自分の規範意識を形づくります。このとき外部の規範を取り込む作業を行うのは、脳の「内側前頭前皮質」という部位で、私たちの額の中央の奥に当たる位置にあります。その同じ内側前頭前皮質が、私たちの「自己意識」をも司っているというのです。
 従って、社員にある規範を「自分事」として感じ行動してもらいたければ、その社員が「確かに自分のことだ」と感じるような「承認」の言葉をかけながら、望ましい規範についても話すことが効果的だ、ということになります。
 さて、「確かに自分のことだ」と感じるような「承認」の言葉とは、具体的にはどういうものでしょうか?やはり、本連載に繰り返し出てくる「行動承認」あるいは「成長承認」これらに優るものはないようです。
 これを習得し日常行動にしたマネジャーの下では、部下の成長や業績の向上が起きるほか、規範意識の向上も同時に起こり、職場全体がコンプライアンス的にも非常に高い評価を受けてきました。それらは決して偶然ではないということです。
 「承認」と並んで、やはり「個別面談」も大きな武器です。自分を「個」として扱われたい、見てほしい。従来以上に、部下の側のこうしたニーズは高まっています。「その人だけのために時間をとって個別に話をする」、そのこと自体にも「承認」の意味合いがあるといってもよいでしょう。
 また、「承認」を学んだマネジャーは、「良い『承認』をするためには『傾聴』もしなければなりませんね」とよく言います。相手の行動を目の前で見ているわけではない場合には、「傾聴」によって行動の聞き取りをしなければならないのです。「『承認』をするために、傾聴のなかで『良い行動』を抽出しよう」、そういう意図をもって傾聴をしていると、実は情報共有も非常にうまくいきます。相手が自分のとった行動に加え、現場の問題点や気がかりなども安心して話してくれるようになるのです。

ビジョンを語ることも有効ですか?

 経営学の世界では、「ビジョンを語るリーダーが説得力を持つ」といわれ、実証研究も多数あります。ところが、これを日本の普通のリーダーが普通の働き手を相手に行うと、「空回り感」が生じてしまいます。なぜでしょうか?
 日本の普通の働き手というのは出発点で「ポジティブ感情」が非常に低い状態なのです。ポジティブ心理学によると、ポジティブ感情の有無はその人の頭の働き、視野の広がりやレジリエンス(精神的強さ)に決定的な影響力をもたらすものですが、遺伝子的特性によって、また幼い頃からの育てられ方によって、私たち平均的な日本人はこのポジティブ感情が低いのです。ポジティブ感情が低いと、目先のことしか考えられず、中長期的な視野を持ちにくいといわれます。
 そうしたポジティブ感情の低い日本の平均的な働き手に対しては、リーダーが「未来のビジョン」をいくら説いても、「絵に描いた餅」として映ってしまいます。では、働き手のポジティブ感情を高めてあげるにはどうしたらいいのか?本連載をここまで読まれたあなたなら、もうお分かりですね。
 「ビジョンを語る」ことが決していけないわけではなく、その前に手順を踏まないといけないことがあるだけです。

***

 7回にわたる本連載は、マネジャー層による「承認」の実践が、いかに社員のモチベーション向上、スキルアップ、多様な人材の活用、メンタルヘルスの向上、そして規範意識の向上につながるかというお話を順に述べてきました。いわば「承認教育」とは、上司部下問わず職場全体の大きな変容につながり、マネジメントの多くの分野に同時に効いてしまう、「オールインワン」の技術です。
 あまりにも「承認」が効く、という話が繰り返されたために、ビジネス経験豊富な読者の皆様には「そんなにうまくいくものか?」という疑心暗鬼の念が湧いたかもしれません。しかし、10数年来マネジャーの皆様とともに非営利教育のなかで泣き、笑いを経験してきた私としては、実際に経験してきた知恵として、また現代の脳科学や神経経済学その他の知見からしてもおそらく間違いないことを、皆様に誠心誠意ご紹介することしかできないのです。
 きっとなかにはすでに実践を試みられ、「ここで言っていることは確かに本当だ」と感じてくださった方もいらっしゃることと信じて、筆を置かせていただきます。これまでのご愛読に感謝いたします。(了)


*********************************************


 いかがでしょうか。

 上司の方々にとっては、「自分の言葉が伝わらない」大変な焦燥感だと思います。たぶんこれまでにも色々な本やセミナーで「伝え方」を学ばれたことでしょう。

 わたしは「リーダーの伝え方」についての本も読んでみるのですが、そこに書いてあることを実行しても「伝わる」ようになるとはとても思えません。やはり、人は「認めてくれる人の話を聴く」、そのことを現実に見すぎてきたからだと思います。それを抜きにして語ることはできません。


 いっぽう。
 この記事を入力していて思ったこと。

 それは、やはり「乱用しないでね」ということ。「承認」がいくら効果のあるものであっても、「承認」を連発しながら到底受け入れることのできないようなことを言っていないだろうか。ブラック企業も多い昨今、無茶苦茶な労働条件を押しつけて「承認」を入れて説得しよう、というのはやめて欲しいものです。

 上記の記事では、「承認」を使って語る女性所長さんを、「Y理論」的な、もともと人々の自発性を尊重するリーダーだ、という設定にしました。(実際にモデルにした方はいます)

 強欲資本主義のためではなく、本当に人々が尊重され輝いて働くことを望む優れたリーダーの方々に、「承認」を手渡したい、と思うしだいです。

 
 「上司必携・承認マネジメント読本」名残惜しいですがこれにて終了でございます。

 改めて、連載にお声がけくださった「月刊人事マネジメント」編集部様、そして読者の皆様、ありがとうございました!

 月刊人事マネジメントは只今3か月無料で試読できるキャンペーン中
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 http://www.busi-pub.com/sidoku.html


「上司必携・行動承認マネジメント読本」シリーズ全体の構成は:

第一章 行動承認は”儲かる技術”である(2015年7月号)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51919833.html
 第二章  「承認」の学習ステップ(8月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51921667.html
第三章 女性活用と登用は「上司の眼差し」次第(9月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51923763.html
第四章 LINE世代に対するマネジメントとは(10月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51925545.html
第五章 「踏み込みすぎない」メンタルヘルス対策(11月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51927183.html
第六章 部下の凸凹を戦力化に転じる(12月号掲載・本記事)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51932814.html
第七章 伝えたいことが「伝わる」伝え方(2016年1月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51934650.html



正田佐与

 
 

『承認と包摂へ―労働と生活の保障』(大沢真理編、岩波書店ジェンダー社会科学の可能性第2巻、2011年8月、以下「本書」)を読みました。

「骨折りや苦心が適度に分担され、同僚や他者に認められ、順当に報われること、また労働の場を確保するか、生活の糧を確保すること、これらが本巻の副題にかかげる「労働と生活の保障」の課題であり、それを「承認と包摂」という概念で把握している。」
と、「はじめに」(大沢真理)にあります。この一文の前半は、すべてのはたらく人、その中には女性労働者もその他のマイノリティの人も、また無償のケア労働を担う専業主婦の人も、すべての人がうなずくところ、共通の願いでしょう。
 
 先日の読者「NYさん」との対話の中でもお約束しました、障害者、高齢者、幼児ほか弱者への眼差しを強化していきたいと。
 それはコミュニケーションとしての「承認」ではなく、「承認」を法制度等に反映させる取り組みということになるかもしれません。
 それは本来わたしの手には余る、別の種類の力の必要なことですが。
 で「承認」とインクルージョン、法制度を扱っている本書はそのやりとり以前から積ん読してあったものですが、後学のためにも丁寧に読み込みたいと思います。ちゃんと、こういう学問的アプローチが日本でなされてたんですね。

(全然余談なのですが暮れにこのブログで批判的に取り上げた『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』について、先日日経新聞で識者の方が書評していらっしゃいましたが、一目で「あ、これちゃんと読んでないな」という表面的なものでした。Amazonの1つ星レビューのほうがよっぽど当てになります。)
(またまた余談で、わたしの本も以前新聞の書評で取り上げていただいたことがあるけど、あの時の書評子さんはどこまでちゃんと読んでたのかな…謎…)
 
 ちょうど、本書で触れている「ペイ・エクイティ(同一労働同一賃金)」は、今朝のNHKニュースの特集で取り上げていました。本書出版後5年を経過、旬な話題になってきていると言えそうです。

 本書は8人の著者による8本の論文、全8章からなります。どの章にも記録しておきたい知見や提言があり、今回は読書日記を前後編2部として、前編で第I部1〜4章、後編で第II部5〜8章をとりあげます。
 まずは全体の章構成をご紹介してから、第I部の読書日記に入りたいと思います。

序論 経験知から学の射程の広がり(大沢真理)
I ジェンダー分析の学的インパクト:社会的排除/包摂を見据える
第1章 経済学・社会政策の再構築―生活保障システム論」(大沢真理)
第2章 労働法の再検討―女性中心アプローチ(浅倉むつ子)
第3章 「価値の承認」・「資源の配分」の実証研究―ペイ・エクイティ研究の意義(森ます美)
第4章 承認と連帯へ―ジェンダー社会科学と福祉国家(武川正吾)
II 課題と可能性:再編成と共生
第5章 貧困と社会的排除―ジェンダーの視点からみた実態(阿部彩)
第6章 雇用の非正規化と労働市場規制(遠藤公嗣)
第7章 社会的経済が示す未来―イタリアの協同組合の事例から(田中夏子)
第8章 レジーム転換の福祉政治―包摂と承認の政治学(宮本太郎)
 
 それでは、前置きが長くなりましたが前編・第I部のご紹介をはじめます:

*********************************************

第1章 経済学・社会政策の再構築―生活保障システム論(大沢真理)

 本書ではリーマン・ショックと東日本大震災直後の時代を背景に、
「社会・経済の再構築=復興は日本にとってまさに焦眉の急の課題であり、社会科学の再構築も欠かせない。そうした再構築において、ジェンダーの視点が基軸となる」(p.22)
といいます。
 そして、
「従来、工業化がる程度進んだ諸国での生活保障は『福祉国家』ないし『福祉レジーム』という枠組みで比較分析されてきた。それにたいして本章では、生活保障システムと言うアプローチを打ち出す」(同)
としています。
 なぜなら、
「20世紀第3四半期に整備された福祉国家は、実際には、『男性稼ぎ主』にたいする所得移転を中心としていた。その際の想定は、世帯のおもな稼ぎ手である男性が安定的に雇用され、稀なはずの失業の場合や老齢退職後に現金給付をおこなえば、家族の生活も保障される、というものだった(大沢2007)。逆にいえば、壮年男性が稼得力を一時的(失業、傷病)または恒久的(老齢退職)に喪失することが、主要な社会的ニーズと想定された。」(同)
 しかしその構図は1990年代には崩れた、といいます。新しい社会的ニーズが顕在化し、福祉国家の機能不全が覆いがたくなった。
「それに伴い、後述するようにヨーロッパでは『社会的排除/包摂』という課題が浮上した」(p.23)

 「潜在能力」「ニーズ」という用語が出てきます。経済学者アマルティア・センの提唱した用語。のちに言うように新古典派経済学の「効用」アプローチへの批判を含む概念となります。

「私(大沢)は、人として生活が成り立ち社会に参加できるという「潜在能力」を考え、その潜在能力の欠損を「ニーズ(必要)」と定義している。「ニーズ」は「需要(ディマンド)」と区別されなければならない」(同)
 ニーズは本来、個別的で多様なもの。そして、
「これまで、その社会で優勢な立場をもつ人、たとえば中以上の教育や稼得力をもつ健常な壮年の男性で、優勢なエスニック・グループや宗派に属する人が、「並」とされがちだった。ジェンダー・バイアスをはじめさまざまなバイアスがあるため、「並」でない人の追加的な財・サービスや機会へのニーズは、ニーズというより「甘え」や「贅沢」とみなされてしまう。」(p.24)

「見逃してはならないのは、潜在能力アプローチが、主流経済学の「効用」アプローチにたいする根底的な批判を含むことである。「効用」は、現在なお主流である新古典派経済学の最も基本的な概念の1つである。効用は「幸福」や「福祉」といいかえられることもあるが、主観的満足と理解してよい。新古典派経済学では、個人(実際には家計)は、あらゆる財・サービスについて明確な一貫した効用(感じる満足度)の順位づけをもっていることが前提され、本人が認知しないニーズなど存在しないことになる。また、異なる個人のあいだで効用を比較することはできず、他人の効用が本人の効用に影響することもないという。
 これにたいしてセンは、不利な状況にある人は自分の手が届きそうなものしか欲さず、第三者から見てきわめて不十分な分配にも「満足」を表明する場合が少なくないと指摘する。…とくに「階級、ジェンダー、カースト、コミュニティーに基づく持続的な差別がある場合」に、効用アプローチは「誤った方向に導く」と批判した」(p.25)

 次に、「福祉国家」「福祉レジーム」の定義とその限界のお話になります。
 エスピン⁼アンデルセンの福祉国家三類型。
「自由主義的」(アングロサクソン)、「保守主義的」(大陸西欧)、「社会民主主義的」(スカンジナヴィア)
 「アンデルセンによれば、社会民主主義体制の理想は、女性の経済的自立を含めて、個人が家族に依存せずに独立できる諸能力を最大化することにあり、その意味で「自由主義と社会主義の独特の融合」である。」(p.26)類型分けの指標となったのは、「脱商品化(decommodification)」。社会保険制度のカバレッジや給付水準をおもな要素とする。(p.26)

 これにたいしてフェミニストから、福祉国家類型論はジェンダー中立的な用語で記述や分析をおこないながら、分析概念や分析単位が男性を起点にすることが少なくないという批判が起こった。
 これをうけてアンデルセン自身が、ジェンダー視点も取り入れて自説を「福祉レジーム」の三類型へと進化させる。
 ジェンダー視点はそこで、「脱家族主義化(de-familialization)」という新たな概念として導入されている。脱家族主義化は、メンバーの福祉やケアにかんする家族の責任が、福祉国家からの給付ないしは市場からの供給によって緩和される度合い、あるいは社会政策(または市場)が女性にたいして自律性を与える度合いを示す。(pp.26-27)

 アンデルセンの類型論の限界。
1)「社会的経済(social economy)ないし「サードセクター」が位置づけられていないという批判がある。
2)現金給付中心の福祉国家の機能不全が露わになった。たとえば「ポスト工業化」に伴って顕在化してきた「新しい社会的リスク(new social risks)」に対処しがたい。
 新しい社会的リスクの例:仕事と家族生活が調和しないリスク、ひとり親になるリスク、近親者が高齢や障害により要介護になるリスク、低いスキルしかもたないか、身につけたスキルが時代遅れになるリスク、そして「非典型的」なキャリア・パターンのためにshs会保障から部分的にせよ排除されるリスク(ボノリによる)(pp.27-28)

 福祉国家論も福祉レジーム論も、国家福祉の比重が急速に高まり、際立っていた20世紀第3四半期の先進国の分析には有効だった。しかし、それ以外の時代や社会を分析したり説明するうえでの有効性は限られている。日本は諸類型の“ハイブリッド型”や“例外”として片付けられがちだったが、それは福祉国家論ないし福祉レジーム論の限界の現れともいえよう。(pp.28-29)
⇒そこで生活保障システム論

 生活保障システム論で設定する3類型(1980年前後の実態を念頭に)
「男性稼ぎ主」型、「両立支援(ワーク・ライフ・バランス)型」、「市場志向」型
・「男性稼ぎ主」型:男性の稼得力喪失というリスクに対応して社会保険が備えられ、妻子は世帯主に付随して保障される。大陸ヨーロッパ諸国と日本など。
・「両立支援」型:北欧諸国。ジェンダー平等。雇用平等のための規制、児童手当、乳幼児期からの保育サービス、高齢者介護サービスや育児休業などの家族支援制度。税・社会保険料を負担する単位は世帯でなく個人。税の家族配慮は控えめ、遺族給付は廃止。社会サービスは政府部門から提供される割合が高く、非営利セクターが活発なのは、市民の自己啓発や権利擁護の分野。
・「市場志向」型:アングロサクソン諸国。家族の形成を支援する公共政策は薄く、労働市場の規制は最小限。賃金は成果にみあうものとされ、生活保障を意図しないが、企業にとって価値があるとみなされる労働者には、相当に厚い企業福祉が提供される場合がある。非営利セクターが経済に占める比重は中位のレベル。なお米国はそのなかでも全国民をカバーする公的医療保険制度が存在しないという特異性をもつ。(pp.29-30)

「1人の稼得者と主婦という家族は、制度というより歴史上の例外だったように見える。それはつかの間の、20世紀半ばの幕間劇だったのだ(エスピン=アンデルセン)(p.31)

 生活保障システム論は、労働や経済にかんするジェンダー分析をふまえつつ、「福祉」を公的な所得移転や財・サービスの給付に限定せず、以下のようにあらゆる財・サービスの生産・分配やそれに伴う購買力の流れを視野に収めようとする。
4つの生産関係:
1. 賃金労働による商品の生産
2. 賃金労働による非商品の生産
3. 非賃金労働による商品の生産
4. 非賃金労働による非商品の生産(pp.31-33)

 ここで、生活保障システムの機能ないし機能不全について、「社会的排除/包摂」論を取り入れてそれをシステムの「成果(outcome)」を表す概念とする。
社会的排除:低所得や所得格差はもちろん、雇用機会の不足、言語や情報(教育)の格差、健康の不平等、市民権の壁などのために、社会のいろいろな場面に参加できないこと。1997年のアムステルダム条約では、社会的排除にたいする闘いが欧州連合(EU)の主要目標の1つに位置づけられた。
対理宇西欧諸国では社会的排除がとくに構造的な失業として現れたが、途上国では労働市場の内部にいても排除されている場合を軽視できない。…それはパートタイム労働者をはじめ一時的雇用、劣悪な条件の就労、社会保障へのアクセスから部分的あるいは全面的に排除された者などである。(p.33-34)

日本では
相対的貧困率:「相対的貧困」とは、世帯所得を世帯員数で調整した「等価」所得の中央値にたいして、その50%未満の低所得をさす。相対的貧困の世帯に属する人口が全人口に占める比率が相対的貧困率であり、中位所得から下方での所得分配(格差)を表す。(p.34)

 日本の貧困率がOECD諸国のワーストクラスにあるという状況にかんして、世帯主が労働年齢(18-64歳)である世帯に属する人口(以下、労働年齢人口)に焦点をあわせると、日本の特徴はつぎの通りである。
1. 貧困層に属する世帯のうち、就業者が2人以上いる世帯の比率が約4割と高い。他国では、労働年齢における貧困層といえば、ほとんど就業者のいない世帯かひとり親世帯であるが、日本では共稼ぎでも貧困から脱しにくいのだ。
2. 日本では貧困率の総体的な高さが、税と社会保障制度という政府による「再分配」に起因する。
2. について。日本の可処分所得レベルの貧困率は12.47%で、OECD諸国のなかで6番目に高い。市場所得レベルの貧困率は13.58%で韓国についで低いものの、可処分所得レベルでごくわずかしか低下しないため、OECDのワーストクラス入りしてしまう。(市場所得から可処分所得への貧困率の変化幅を市場所得レベルの貧困率で割った値を、再分配による貧困削減率と呼ぼう)
日本の特徴は、成人の全員が就業している世帯にとって貧困削減率がマイナスになっている。OECD諸国でこのような国は他に存在しない。日本の社会保障システムがOECD諸国きっての「男性稼ぎ主」型であるため。(pp.35-36)

日本の公的負担=歳入は、この間に低所得者にたいする冷たさを増した。1990年のGDP比歳入規模29.5%をピークに2003年まで低下し、2010年で27.6%となった(1990年代末以降に企業と高所得者・資産家にたいする減税がおこなわれ所得税の累進性は顕著に低下した)。この間に社会保障負担は一貫して上昇して2010年度にはGDP比12.4%となった(逆進性があり負担上昇は低所得者により重くのしかかる)上記のような労働年齢人口に対する貧困削減率がOECD諸国中もっとも低く、成人の全員が就業する世帯にとって貧困削減率がマイナスになる事態は、1990年代初年以来の税制改革および社会保障「構造改革」をつうじてつくり出された(pp.36-37)

米国政府が借金による過剰消費を煽ったのは、社会的セーフティネットが粗放なために、格差の拡大と雇用不安にたいする有権者の不満が昂じやすく、それをてっとり早く解消する必要があったからだ。…1990年代初め以来、景気の拡張が雇用増加を伴いにくくなっており(jobless recovery)、有権者と政治家の雇用情勢への反応はいっそう鋭くなったという。
しかも、米国の過剰消費の筆頭項目は医療費である。…米国の国民医療費は対GDP比で15%を超え、OECD諸国のなかで断然トップである。そうした米国の生活保障システムが、世界経済危機の原因ともなったのである。(pp.38-39)
 
日本:2010年の経済財政報告は、先進10か国について、最近の景気の底から3年間における所得の成長にたいする寄与を、営業余剰と雇用者報酬(ともに名目値)に分けて見ている。日本でのみ雇用者報酬の寄与はマイナスのままで、それを示す図の副題は「所得面での企業から家計への波及が遅れたのは我が国特有」となっている。(ただし、日本ほどではないにせよ、同様のパターンはドイツでも見られる)
 格差の拡大と社会保障の不備ないしその将来不安が、中国や日本での過少消費と過剰貯蓄を招いたとすれば、ここでも生活保障システムのあり方が、世界的危機の一因となったといえるだろう。その生活保障システムの類型と機能では、ジェンダーが基軸となっているのである。(p.39)


第2章 労働法の再検討(浅倉むつ子)

 ここでは、「(現状の)労働法の男性中心主義」と、すべてのマイノリティの引き上げにつながる「女性中心アプローチ」について語られます。

 しかし、労働法が包摂したのは男性労働者であり、女性労働者ではなかった。なぜなら、そもそも労働契約法理や集団的労働法の基礎理論の形成にあたり、労働法が対象とした「労働」とh、あくまでも市場労働としての「ペイド・ワーク(有償労働)」であり、その中心に位置したのは常に男性だったからである。(p.44)

 日本においても、1990年代には、.哀蹇璽丱覯修鉾爾Π豺駭働市場の維持の困難性、国内外の競争の激化、人口構造の変化(高齢化、少子化)、は働力の女性化(フェミナイゼーション)、ハ使の意識変化など、急速な社会変化がみられた。かつての標準的な労働者は減少し、多様なタイプの労働者が増大した。(pp.44-45)

 1995年に日本経営者団体連盟(日経連)が出した「新時代の「日本的経営」」は、非正規労働者の大胆な拡大を方向づけ、その後短期間で、日本の労働者全体の「正規」から「非正規」への転換が、大規模に生じたのである。(同)

 2010年時点で、労働者全体の35%に迫ろうとしている非正規労働者の中心にいるのは、女性労働者である。ただし、女性は正規労働者の中心ではない。実は、資本主義の時代を通じてずっと重要な労働力であり続けていたにもかかわらず、2つの理由によって、女性は常に「二流の労働者」であった。1つは、家族圏で担う「ケア労働(アンペイド・ワーク)」のために、もう1つは、妊娠・出産する身体をもつ存在であるために。
 ケア労働は対価を伴わないアンペイド・ワークとして、労働法の対象外であり、そのケア労働を担う者が女性であるため、女性は常に、労働法においては周縁的で補助的な労働者と位置づけられてきた。女性はまた、常に「労働する身体」と「産む身体」の矛盾の中で生きており、一時的に「労働する身体」として敬意やメンバーシップを獲得し、<承認>されたとしても(たとえば「男性並みの有能さ」を認められた総合職女性)、いったん妊娠・出産というプロセスに至れば、まぎれもない「女の身体」による困難さを経験する。労働法は、このような「女性」を、二流の労働者として「保護の対象」とすることはあっても、労働法の中心的担い手として登場させることはないのである。(同)

―大事な視点ですね。繰り返しこの認識に立ち戻らないといけないので、少し長く引用してしまいました。

―そこで本章の筆者は「女性中心アプローチ」を提唱します。

 女性中心アプローチは、従来の労働法理論にさまざまな修正を迫る。女性労働者は、労働市場において、低賃金で社会的評価の低い労働に従事してきた。女性の労働には、正当な経済的評価が与えられず、十分な物質的対価が付与されてこなかった。(p.46)

―このくだりは、ご想像される読者の方もいらっしゃるかと思いますが、わたし自身が引き受けてきた痛みでもあります。今の研修業について10数年、自分よりはるかに力量の低い男性が高額のコンサルティング料、講師料をとって仕事をするのを、何度目をつぶってみないふりをしてきたことだろう。かれらは何の成果も挙げなくても、企業研修・コンサルティングを実施した件数だけは「実績」としてわたしよりはるかに多い。それは、同じ男性の購買担当者が、男性同士思いやり合って優先的に生活の援助を行っているとしかみえなかった。また女性購買担当者も同様に差別的だった。彼女らは魅力的な異性である男性コンサルタント、男性講師のほうを選んだ。

 最低賃金制度の遵守、同一価値労働同一賃金原則の実現は、誰よりもまず、女性労働者にとって不可欠な要求である。女性は、男性が自分では引き受けたくない無償のケア労働を主として負担しているため、アンペイド・ワークとペイド・ワークをあわせれば、男性よりも長時間、労働に従事してきたことになる。労働時間短縮と休暇取得による私生活の確保は、女性労働者にとって何よりも優先すべき要求である。女性労働者は、妊娠・出産する身体をもつため、男性モデルとは異なり、格別な「生命・健康」の保障を必要とする。にもかかわらず、妊娠・出産・育児・介護により、女性労働者はしばしば就労できなくなったり、労働能力が低下したりすることが多く、これらに関連した不利益取扱いを経験してきた。(同)

 「労働する身体」モデルが「男性の身体」という強靭な体力・能力を前提とするものであるとすれば、そのモデル自体の強制に異議を唱え、障がいのある人、病気の人などを含む「多様な身体」をもつ労働者モデルが提示されるべきであろう。そして、性暴力や偏見をなくし、職場における人権侵害を根絶すること、すべての労働者の人格の尊厳を確保することは、職場の内部に「多様な身体」を受容し、<承認>することであって、これは女性中心アプローチにとっての基本的な要求である。(同)

留意点
(1) 女性中心アプローチは女性だけを特別扱いすることではない。「男女」のあらゆる労働者により広範に適用する。さまざまな雇用差別を禁止する法理、ワーク・ライフ・バランスの保障、妊娠・出産・ケア労働を理由とする不利益取扱いの禁止、同一価値労働同一賃金原則などは、女性のみならず、障がいのある人や非正規労働者にも汎用性の高い理論を提供してきた。セクシュアル・ハラスメントの概念を生み出した研究も、他の多彩なハラスメント概念の定着に貢献してきた。女性中心アプローチは、労働法がこれまで「他者」として排除してきたさまざまな人々の問題に焦点をあてる、それらの人々の<承認>の理論ともいえる。
(2) ここで変更を迫られる「男性労働者モデル」は、決して男性労働者の実像ではない。現実の男性労働者は、…身体的・心理的に脆弱性を有し、かつ、家庭でも職場でも、女性によるケアを支えにかろうじて職務をこなしている人々だといっては言い過ぎだろうか。…女性中心アプローチは、実は「男性規範」にとらわれ苦闘している現実の男性労働者の<承認>の理論でもある。

 今世紀になってからの少子化対策の中心には少子化対策基本法(2003)があり、「生活」への介入に抑制的な労働諸立法を尻目に、「子どもを生み、育てる者が真に誇りと喜びを感じることのできる社会を実現し、少子化の進展に歯止めをかける」と、生活の内容にまで踏み込む前文をもつ。(p.48)

 WLBの内容については、2007年末に策定・公表された「WLB憲章」と「同行動指針」が、その大枠を示している。そこには、すべての労働者を対象とする包括的な「仕事と生活の調和政策」(広義のWLB)と、家族内のケア労働に責任をもつ男女労働者を対象とする「仕事と家庭の両立支援政策」(狭義のWLB)が含まれている。このようにWLB政策の全容が示されている現段階でなすべきことは、WLBを、少子化対策に従属するジェンダー不平等を伴う政策としてではなく、憲法、労働基準法(以下、労基法)などに規範的根拠をおく、ジェンダー平等の基本的要請にかなう政策として位置づけるために、積極的な提案をすることであろう。(p.49)

―このくだりの後半はちょっとわかりにくいですが、少子化対策は、「産む性」である女性に期待するところが大きい。ところが女性に産むことを強要することは女性の経済的損失につながりかねない。損失につながらない十分な保障をともなったうえで「産む選択」をうながすものでなければならない、という言い換えでいいんでしょうか。

―「承認と包摂」のなかにWLBが出てきました。うちの県(兵庫)には、全国でも唯一のWLB推進外郭団体があるんですが、2007年末の「WLB憲章」と「同行動指針」を受けて2009年、設立されたという流れと考えられます。
 それ自体は讃えるべきことですしわたし自身もそこで外部相談員をやらせていただいていますが、「承認概念」とWLBどういう関係性なのか、ということで、今ひとつ同意できないところがあります。
 「承認」は憲法でも保障されている基本的人権のもとになった概念なのです。近代以降の倫理、人格対人格の相互承認、それを法制度化したものが「基本的人権」なのであり、その一環として具体化するのがWLBなのです。わたしたちの社会の成り立ちとしてどちらがおおもとなのか、順序を忘れないでくださいね。なんて、ケンカ売りたいわけじゃないんですけどね。「承認なきWLB」は、「承認なき傾聴」と同様に本末転倒なんです。


 では「女性中心アプローチ」の観点から、WLB政策が備えるべき基本的要請:
第1の基本的要請は、「ワークの規制」と「ライフの自由」である。法は「ワーク」のあり方の枠組みを示し、その権利義務関係等を明確にする役割を担うが、他方、「ライフ」のあり方は、個々人の自由の領域でなければならない。
第2の基本的要請は、生命・健康の確保。それと矛盾する政策は排除されるべきであろう。
第3の基本的要請は、社会的価値が付与された活動の尊重が優先するということ。育児・介護など家族内のケア活動は、社会を支える再生産活動そのものであり、不可欠な社会的価値が付与されている。広義のWLBにおける「ライフ」には、すべての労働者を対象とする、自己啓発や社会貢献活動のための休暇の確保なども含まれるが、休暇日数の確保に上限がある場合や、業務上の必要性から配転すべき労働者の一定数を確保しなければならない場合などにおいては、優先的に配慮されるべき「ライフ」として、まず「家庭内のケア活動」がくることは当然といえよう。

―ここでいう第3の要請、これも以前WLB関係の人の発言に異を唱えた部分でした。妊娠出産子育て介護の要請と、例えば独身者の自己啓発の要請を同列に扱ってよいか、という問題。後者も大事は大事だが、前者の「ケア活動」すなわち社会の維持、種の保存に決定的に関わる活動とは重みが異なるのは当然だろうと思います。その当然が当然とされないのはわたしにはむしろ驚きでした。


―そして妊娠・出産と不利益処遇の問題。

 母性保護に関するILO条約は、「いかなる場合にも、使用者は…給付の費用について個人として責任を負わない」と規定する(4条8項)。しかしその意味は、出産休暇中の金銭・医療給付は、「強制的社会保険または公の基金」によるべきだからである(4条4項)。…すなわち、出産休暇の使用者負担の免除は、休暇の権利性を弱めるものではなく、むしろ、妊娠・出産が、女性労働者にいかなるマイナス効果ももたらしてはならない、というメッセージに他ならない。(p.52)

 ソフトロー・アプローチ(努力義務規定)の問題点。和田肇は、…ソフトローの多用は、法律の樹反論としても、法政策の実現手段としても、疑問であると述べる。両角道代は、ハードロー化を予定した「過渡的努力義務規定」の役割を、スウェーデンでは、労働組合・使用者団体の上部組織が締結する基本協定等が果たしていると紹介しつつ、男女雇用差別の禁止には、協約による逸脱を許さない純粋な強行規定である、と述べる(p.53)

 近年ではむしろ、<承認>の実現を重視する立場から、平等を促進する、より積極的な方策が主張されている。たとえばサンドラ・フレッドマンは、平等の潜在的な「4つの目標(すべての人々の尊厳と価値の尊重、コミュニティ内部への受容・承認、外部グループの人々への不利益のサイクルの分断、社会への完全参加)を達成するための、国家の「積極的義務(positive duty)」の存在を強調している。(同)

―おー。まさに現代、「承認」の立法化という視点で立法を論じる人びとがいるんですね。

間接差別と複合差別。

 【間接差別】ところが、均等法7条は、間接差別を一応禁止するものの、その範囲を厚生労働省令で定めるもののみに限定している。具体的には、(臀検採用時の身長、体重または体力要件、▲魁璽絞霧柩儡浜制度における総合職の募集・採用時の転勤要件、昇進時の転勤経験要件、という3つである(均等則2条)。省令による限定には批判も強く、2006年均等法改正時の附帯決議では、厚生労働省令で規定する以外にも司法判断で間接差別が違法とされる可能性があること、厚生労働省令の見直しを機動的に行うことが確認された。(p.54)
 【複合差別】ある人に対して、重複する2つ以上の差別事由がある場合には、その差別的効果や被害は甚だしくなる。たとえば、人種とジェンダーが交差する差別について、ある論者は、黒人女性と白人女性が経験する差別が類似しているというのは誤った仮説だ、と述べる。人種とジェンダーが一緒になると、2つの差別が加算・総計されたものよりも、さらに悪化した条件がもたらされ、相乗作用が生まれる、という。このような認識に基づき、最近のEU指令やイギリスの立法は、「複合差別(multiple discrimination)」や「結合差別(combined discrimination)」を禁止する条文を設けるに至った。
重要なのは、かかる複合(結合)差別禁止概念を設けることによって、差別の立証が容易になるということである。(pp.54-55)

―たぶん、わたしが受けている差別は「(大学人でない)民間人」と「女性」それに「主婦」「母親」が複合したものなんだろうなー。


―さて、やっと「同一労働同一賃金」が出てきました。

 労働法の学説には、同一価値労働同一賃金原則は、職務給を採用している欧州的な賃金形態を前提として構築されたものであり、日本では適用不可能であるとか、あるいは、かなり日本的にアレンジしたものでないかぎり適用できない、とする否定的な見方がある。たしかに日本と欧米の賃金支払形態は異なる。欧州では、企業横断的に締結される労働協約によって職務給を定めるシステムがとられているが、大半の日本企業が採用している賃金制度の多くは「職能給」である。ILO条約勧告適用専門家委員会も強調するように、同原則を適用するうえで「職務評価システム」は欠くことのできない手段である(p.55)

―では日本では実現不可能なのか。筆者らは2010年に「同一価値労働同一賃金原則の実施システム」を提案した。以下はその概要。

 まず、同一価値労働同一賃金原則を、男女間/正規・非正規間に適用される立法において明文化する必要がある。男女間の賃金差別を禁止する条文である労基法4条には、「同一価値労働同一賃金」を定める明文規定はない。…まずは労基法に、明文で男女同一労働・同一価値労働同一賃金原則を盛り込む必要がある。
(中略)
また、正規・非正規労働者間でこの原則を具体化するために、労働契約法、パートタイム労働法を改正し、「使用者は、合理的な理由がある場合を除いて、同一価値労働同一賃金原則を遵守しなければならない」旨を条文化することも必要である(p.56)

より重要なことは、日本にかかる原則を根づかせ、かつ、裁判所や行政機関が同原則にのっとって判断する「具体的なシステム」を構築し、提案することである。
1.「得点要素法」による職務評価システム実施マニュアルの策定。職能給制度しか経験していない企業には、職務の価値評価の可能性を示すメッセージとなる。厚生労働省は、2010年4月に「職務分析・職務評価実施マニュアル」を公表し、パートタイム労働者と通常労働者の職務を比較する提案をした。ただしこれは、比較すべき職務の範囲がきわめて狭い「単純比較法」である。これに対して、私たちの提案は、「知識・技能、負担、責任、労働環境」の4大ファクターを採用する「得点要素法」であり、労使が参加する7つの段階を踏むことを求めている。
2.「賃金差別」に事後的に対処するため、司法の領域において「独立専門家」制度を設けること。
3.賃金の平等をより積極的に推進する政策としての「平等賃金レビュー」の実施という提案。イギリスの政策に倣い、企業が労働組合と一体となって、個別訴訟を待つことなく、事前に積極的に組織内の賃金格差の有無をチェックして、自らの手で可能なかぎり不合理な賃金格差の解消をはかるというものである。(p.57)

―最後に本章は、ハラスメント概念の定着を「女性中心アプローチ」の労働法における貢献として締めくくっています。

 このことは、労働の場では非能率的と評価されやすい病者、弱者、妊娠・出産する女性、障がいのある人や高齢者などを尊重する結果をもたらしている。「労働する身体」をもつ健康な男性のみのホモ・ソーシャルな場であった労働の領域が、「労働する身体」に足りない存在である多様な労働者の存在を可能にするように、変容を迫られているのだ。(p.58)


―次の章では、より具体的に「同一労働同一賃金」を取り上げます

第3章「価値の承認」・「資源の配分」の実証研究
―ペイ・エクイティ研究の意義(森ます美)

 今日に至るも、日本の男女間賃金格差問題はなんら解消されていない。2009年の女性の賃金は男性の69.8%に留まっており(厚労省「賃金構造基本統計調査」、一般労働者の所定内給与額)、OECDの国際比較データで見ても、2007年の日本ののフルタイムでの男女間の賃金格差(男性=100として女性は68)は、韓国(同62)に次いで2番目に大きく、これに続くカナダ(同79)、イギリス(同79)、アメリカ(同80)などアングロサクソン諸国に比べても際立っている。
 女性雇用者の55.1%がワーキング・プア(働く貧困層)である。労働市場のジェンダー・バイアスが、女性の貧困と生活困難を男性以上に深刻化させていることは明らかである。(p.63)

「政権交代」後の2010年、第三次男女共同参画基本計画に「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約(ILO第100号条約)の実効性確保のため、職務評価手法等の研究開発を進める」ことが明確に位置づけられた。また、同年4月、厚労省が「パートタイム労働法に沿った職務評価手法」である「職務分析・職務評価実施マニュアル」を公表した。(同)

 ペイ・エクイティ(pay equity)は、ILO第100号条約(「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」、1951年採択)が規定する同一価値労働同一賃金原則(equal pay for work of equal value)を指す。…この原則では、男女の従事する職務の価値が「同一価値」でない場合でも、職務の価値に比例した賃金の支払いを求める「比例価値労働比例賃金(proportionate pay for work of proportionate value)」がその論理にかなった拡張概念として認められている。(p.65)

 ペイ・エクイティの実施プロセスは、大きくは次の4つの段階から成っている。―性職(女性の職務)とその比較対象となる男性職(男性の職務)の選定と職務分析、⊃μ撹床船轡好謄爐虜定、職務評価の実施(職務/労働の価値の決定)、て碓豌礎/比例価値に応じた女性職(女性)の賃金の是正、である。このプロセスで最も重要な局面は、ジェンダーに中立な職務評価システムの設定と労働の価値に基づく賃金の配分である。(同)

 ジェンダーに中立な職務評価システムの策定とは、ブルーカラーや管理職など男性職に有利な評価基準に立つ伝統的な職務評価制度のジェンダー・バイアスを廃し、従来見落とされ、過小評価されてきた女性職の特性を公正に評価できるシステムを再構築することである。例えば、女性が従事する看護・介護・保育など対人サービス職種に要求される「感情的負担」や「患者や利用者に対する責任」、人事部または顧客サービス課の事務職に求められる従業員や顧客に関する「個人情報の管理に対する責任」などのサブファクターの採用とポイントの適切な配分である。(p.67)

1970-80年代の(欧米諸国の)ペイ・エクイティ運動の固有の意義は、ジェンダーに中立な職務評価システムによって女性職(女性)の労働の価値の公正な承認と、労働の価値に基づく資源(賃金原資)の公平な配分を実現することにあった。男女間の配分の不平等、経済的不公正への異議申し立てである。(同)

日本での調査事例(商社):
1997年、ペイ・エクイティ研究会が行った「商社の職務に関するアンケート調査」による職務評価の結果。回答者は大手総合商社を含む15の商社の営業職に従事する男性42人と女性77人(男性は全員が総合職、女性は74人が一般職、3人が総合職)。
 指摘される点:
1. 女性の担当職務の価値(95-110点前後に集中)は、男性(105-125点前後に分布)よりも相対的に低く、商社営業職における性別職務分離が推察される。女性従業員にその「価値」に比例した賃金が支払われているかを平均として見ると、職務の価値の男女比100:88に対して賃金額の比は100:70と低く、女性に対して公平な賃金原資の配分が行われていない。
2. 実際に同一価値の労働に従事する男女が混在する職務評価点106-116点の範囲に注目すると、総じて女性の賃金は男性よりもかなり低く、男女間賃金格差が大きい。女性に比べると、男性従業員は同一価値労働に対して過大な承認を受け、高額な配分を受けていることがわかる。
3. 同一価値労働に対する賃金格差は男性間でも非常に大きいことが明らかである。例えば、職務評価点120点前後の同等価値労働に対する賃金格差は最大で50万円(最低賃金額25万円、最高賃金額75万円)にも及んでいる。同様の傾向は他の職務評価点でも指摘できるが、賃金額が40万円以下の営業職男性のほとんどは勤続年数が10年未満の若年層である。
 以上から明らかなように、日本の賃金は、ペイ・エクイティの原則から見ると、性と年齢による差別賃金である。女性と若年男性の職務/労働には、その価値に相応しい賃金原資が配分されておらず、公正な配分から排除されている。換言すれば、その「価値」に見合った承認を受けていないのである。(pp.67-69)

 「男性稼ぎ主」規範にたつ日本の年功賃金制度が性と年齢による差別賃金をもたらす。日本の雇用を特徴づけてきたのは、<終身雇用と年功賃金>制度であり、それを支えてきたのは男女の<性別役割分業(規範)>である。(p.69)

 日本の「男性稼ぎ主」型賃金制度が持続されてきた社会・経済的要因:
1. 男性正規労働者間(女性不在)での「公平観」。
2. 「企業」と「賃金」への依存度が極めて高い日本型生活保障。家計収入構造の比較では、実収入に占める男性世帯主勤め先収入の割合は80.9%(2009年)で突出して高い。日本の低い社会保障・社会福祉を「企業福祉」が代替してきた。
3. 日本の社会では、賃金決定が「企業内在的」に行われている。(組織ベースorganization-based 賃金制度)。日本の企業における賃金原資の労働者間配分の企業内在的な決定という原則は、「男性稼ぎ主」規範と結合して、若年者と女性への低い配分と、成人男性への高い配分を可能としてきた。パイが一定に枠づけられたなかでは、ジェンダーによる差別的配分としての女性の低賃金が男性の高賃金を保証し、両者は競合関係に立っているのである。(pp.72-73)

 正規・パート間賃金格差の根本的な問題は、雇用形態の差異を根拠に、パートと正規労働者の賃金決定基準がまったく異なっていることにある。そこでは職種・職務の同一性・同等価値性は少しも顧みられていない。日本の企業別・正規労働者中心の労働組合組織が、パートタイム労働者への同一価値労働同一賃金原則の適用に力を発揮していないことも、正規・パート間の賃金格差の解消を遅々としたものにしている。(p.73)

―そしてふたつの職種での「ペイ・エクイティの実証」が紹介されます:

【ホームヘルパー】
(結論部分)介護職であるホームヘルパーや施設介護職員には、仕事の価値に比べて過少に、他方、診療放射線技師に対しては、仕事の価値を超えて過分に賃金配分がなされていることになる。年収換算の自給では、ホームヘルパーと診療放射線技師の賃金が仕事の価値から乖離する度合いはさらに拡大し、同等価値労働に対する賃金評価はおよそ2.3倍である。
 仕事の価値から乖離したこの賃金格差は、ホームヘルパーや施設介護職員が公正な配分から排除されていることを示している。4職種の職務評価によって、介護労働者に対する賃金差別が可視化されたのである。ペイ・エクイティの原則に基づいてこれを是正すると、ホームヘルパーの「公平な賃金」は、表1に示したように、月収ベースでは現在よりも369円上昇して1605円に、年収ベースでは742円アップして1985円となる。(p.76)

【スーパーマーケット・パートタイム労働者】
(結論部分)正規従業員、役付パート、一般パートの職務の価値の比「100.0:92.5:77.6」に対して賃金額の比は「100.0:70.2:54.8」である。年収換算の時給で見ると、賞与が支給される正規従業員の賃金は2153円に上昇し、賞与が支給されないパート賃金との格差は「100.0:63.9:47.6」へと拡大する。少数の正規従業員の賃金水準に比較すると、外部労働市場で採用された多数のパートタイム労働者への賃金配分は、仕事の価値の高さにもかかわらず極度に少なく、大きな差別を受けていることがわかる。スーパーマーケットにおいて役付パ―トや一般パートの労働は相応の承認を受けていないのである。こうした公正な配分からの排除がパートタイム労働者の自立を困難にしている。
 ペイ・エクイティの原則によれば、年収ベースでは、役付パートで1991円、一般パートで1671円が仕事の価値に相応する合理的な水準であり、現在の賃金額よりもそれぞれ600円以上引き上げる必要がある。(pp.77-78)



「男性稼ぎ主」賃金(規範)は、グローバル化が進展する現代社会においては、三重の意味で時代不適合に陥っている。
1. 企業にとって。国際的な低価格競争に打ち勝つためには、コスト高の「男性稼ぎ主」賃金とフレキシビリティを欠く長期雇用は、企業にとって時代不適合となった。
2. 雇用者世帯における「男性稼ぎ主」賃金(規範)の時代不適合。1990年代末以降、企業による男性正規労働者の賃金の抑制と絶対額そのものの現象は、家計に深刻な影響を及ぼした。実収入に占める配偶者の勤め先収入の割合は低い分位ほど高くなっており、労働者世帯において「男性稼ぎ主」賃金による家族扶養」が急速に崩れ、夫婦共働きによる家計の維持へと移行している。
3. グローバルなジェンダー平等の地平から見た「男性稼ぎ主」賃金(規範)の時代不適合。欧米諸国に比較して突出して大きい日本のフルタイムでの男女間賃金格差、「家計補助」として市場評価されてきた主婦パートの低賃金、さらにこれを基準とした男女非正規労働者全般の低賃金という不公正の連鎖は、「男性稼ぎ主」賃金(規範)に起因している。(pp.78-79)

 ペイ・エクイティへの抵抗。非正規労働者の賃金上昇を怖れる企業経営者、企業によるその悪用と男性正規労働者の賃金低下を恐れる労働組合、真剣に家族の生活を心配する男性労働者などからの抵抗。(p.80)

 広島電鉄(従業員数1300人)の取り組み。同社と組合は2009年3月に、契約社員150人を全員正社員化し、「正社員2」と呼ばれる150人の社員も含めて賃金制度を「正社員」と一本化することで合意した。この改定で、「契約社員」「正社員2」の賃金が上昇する一方で、300人弱のベテラン「正社員」の賃金が月額5-6万円下がる。会社は、これら正社員の賃金の急減を避け、10年かけてゆるやかに減額し、かつ定年を5年延長したという。
 正社員は、「いつか契約社員と正社員の人数が逆転するのではないか。そうなった時、わしら正社員が契約社員の方に労働条件をあわせなければいけないのではないか」という事態を避けるために労組の説得を受け入れた。また会社は、今回の賃金制度の一本化に際して、総額人件費(パイ)を3億円増やすことを受け入れた。社長(現会長)は、「非正規の社員を犠牲にして企業が成り立つのは好ましいことではない。同じ職種なら公平な賃金の下で勤務をするようにした」と述べる。(同)

 賃金の公平観を経営者・労働者間で共有するにはどうしたらよいか。「分かち合い」の思想が労働者間で共有されることが重要だ。(p.81)

 ペイ・エクイティにより公平な賃金を労働の価値に相応しい適正な水準で確保するためには、1990年代後半以降大幅に削減されてきた総額人件費/雇用者報酬を回復し、賃金原資(パイ)の拡大を図ることが必要である。(同)

 労働市場において賃金の平等を達成するためには、正規・非正規労働市場を横断するペイ・エクイティを法や政策によって社会的に進めることが必要である。それは正規労働者と非正規労働者、男性労働者と女性労働者を同一労働市場に包摂することによって均等待遇の実現を図るものである。(p.82)

 労働規制の緩和を進め、賃金決定を市場の労働力の需要と供給の均衡にゆだねる主流経済学の賃金政策が格差と貧困を増大させてきたことは、1990年代後半以降すでに確認済みである。平等賃金規制が強いEU諸国において、賃金のジェンダー格差が小さいこと、他方、日本でも改正パートタイム労働法によって、全く不十分ながら同一(価値)労働同一賃金規制を部分的に導入せざるを得なくなったことはその証である。(同)

 とはいえ、ペイ・エクイティ政策は、その先進国であるアメリカ合衆国において、1990年代以降、「経済の再構築」を追求する新自由主義の政治経済勢力から労働市場への干渉として激しく攻撃され、後退を余儀なくされてきた。賃金に対する政府の規制は労働市場の硬直化を招き、規制緩和と雇用のフレキシブル化による現代の経営戦略と直接に矛盾すると批判されたのである。(同)

 日本ではまずはペイ・エクイティの実施システムを確立することが喫緊の課題である。
1. ILO第100号条約に基づくペイ・エクイティ理念を社会に浸透させること
2. ペイ・エクイティの実施を担保する日本の法制度の整備
3. ペイ・エクイティの基礎をなす職務評価システムと職務評価の実施プロセスの構築と社会的確立。(pp.82-83)

第3章のまとめ: 「賃金」と「社会保障」のバランスのとれた生活保障へ。
 西欧諸国と比較して日本の社会保障支出が著しく少なく、しかも社会保障は年金と医療保険に特化した、所得保障中心の構造を持つことはよく知られている。夫婦共稼ぎ世帯の主流化は、これまで妻が無償で担っていた家事・育児・介護等を代替する福祉サービスへの需要を高め、生活を維持するための公共的な対人サービスの提供が不可欠となる。(p.83)

 家族扶養にかかわる家計費とケアサービスが、ユニバーサルな家族手当や福祉サービスとして十全に提供されるならば、ペイ・エクイティによる公平な賃金の最低水準は、論理的には労働者自身の再生産費に近づくことができる。この段階になれば、生活を維持するための「賃金」と「社会保障」のバランスは、現在とは大きく変化しているはずである。(同)


第4章 承認と連帯へ

―ここでは、「ネオリベラリズム」とそれに対抗するものとしての「ジェンダー社会科学」の関係に紙幅を割きます。
 だいぶ疲れてきたので、途中の内容は後日改めて加筆させていただくことにして、章末のまとめ部分の文章だけを抜き書きいたしましょう。

 このように考えてくると、福祉国家の制度がその実現をめざしているのは<承認>と
<連帯>だということができる。もっとも社会給付(再分配)は<連帯>の証しであるが、<承認>のために社会給付が必要となることもありうる。また社会規制は<承認>の前提だが、<連帯>のために社会規制が必要となることもありうる。用語法はともかく、このような<承認>が福祉国家をめぐる規範的議論の中心に据えられるようになったということも、ジェンダー社会科学の影響の1つの表れである。
 20世紀の第4四半期以降、ネオリベラリズムが隆盛を極めた。それは生産レジーム、システム統合、交換の正義を重視するものだった。ジェンダー社会科学は、このトリニティを相対化するうえで重要な役割を果たしてきたと思われる。(pp.106-107)

―思い切りアバウトに考えると、東西冷戦の終結以降、資本主義が我が世の春を誇ったわけですが、資本主義の暴走の形態としてのネオリベラリズムを止める、社会主義に代わる対抗勢力としてジェンダー社会科学が台頭した、そんな感じで理解しておいたらいいのでしょうか。

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後編では貧困と社会的排除、雇用の非正規化などの章を引き続き取り上げます。
あたまがつかれる…でも押さえておかないとね。


正田佐与



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・・・……【エウダイモニア通信】……・・・

発行日 2016.2.2                 
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 おはようございます。正田佐与です。

 今号より、メールニュースのタイトルを「エウダイモニア通信」とさせていただきました。
 「エウダイモニア」はギリシア語で「幸福」の意味。アリストテレスは、「善きもの」には3種類あるとし、それは「有用さ」「快楽」、そして最後にもっとも価値の高いものとして「最高善」があるとしました。これこそが「幸福」(エウダイモニア)であり、人間を人間たらしめるもの、至上の価値である、といいます(以上ウィキペディア情報)。
 また、エウダイモニアには「栄える」という意味もあるのです。私たちが探している望ましいもの(幸福)は、欲求のたんに一時的な、あるいは表面的な充足ではなく、幸せがみなぎった状態で、生理的作用全般に影響を与え、免疫系も改善し、長く健康な人生や包括的な繁栄の増進につながりうるのだ、という解釈もあります(『経済は競争では繁栄しない』)。
 読者の皆様とともに、経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」について、考えてまいりたいと思います。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントやセミナーにご来場いただいた方にお送りしています。
ご不要の方は、お手数ですがメール末尾にありますURLより解除ください。

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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 サプライズと「承認」への期待と。神戸ベンチャー研究会 15周年記念例会にて

【2】 ある「販売中止」と女性元研究者の手記と
〜出版不況の中のサバイバルと矜持〜
 
【3】「自由・平等・博愛」“近代の理念”のむずかしさと解釈
   〜一橋大学・藤野寛教授の「ホネット承認論」最終講義とは〜

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【1】サプライズと「承認」への期待と。神戸ベンチャー研究会 15周年記念例会にて
 
 神戸ベンチャー研究会(代表世話人・松本茂樹関西国際大学経営学科長)の設立15周年記念例会が去る1月30日、JR神戸駅前の神戸市産業振興センターで開催されました。
 15年間、1月も欠かさず例会開催、それは本当に驚くべき労力です。その中に学生ベンチャー、シニアの起業、女性起業家、社会起業家、と多くのジャンルがあり特集がありました。また前号でもお伝えしましたように、今はトップアイドルやダンスユニットが採用している、ウェアラブルコンピュータによる電飾のコスチュームという、世界的なホームランが飛び出しました。
 15周年記念例会では、ある「サプライズ」も発表されました。ある起業家からの寄付により、神戸ベンチャー研究会が投資事業に乗り出されることとなったのです。
 同研究会が神戸・兵庫地域においてベンチャー育成の益々強力な推進力になっていただくことを期待したいと思います。
 
 さて、並みいる功労者の方々に交じり、わたくし正田も例会で「承認」について、また「ベンチャー経営と承認」について、お話をさせていただきました。
 15分という短いお時間でお伝えできるものかと冷や冷やものでしたが、嬉しいことに、多くの方がその後お声を掛けてくださいました。
「承認が重要なのはその通りですね」
「私もたまに上司に承認されるとじわーっと嬉しくなり、この人についていこう!と思います」
 改めて、「この手法」をご提示できることの幸せを思いました。
 年頭以来、当メールニュースならびにブログでさまざまな「詭弁本」を批判していますが、誇張抜きででたらめな言説の横行するこの時代に「正しいこと」を掲げ続けるというのは、決しておしゃれな生き方ではありません。それでも心ある方々には確実に求められているのだ、と確信したことでした。
 神戸ベンチャー研究会様、ご出席の皆様、改めてありがとうございました。

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【3】 ある「販売中止」と女性元研究者の手記と
〜出版不況の中のサバイバルと矜持〜

 さて、そのときのプレゼンでも触れましたが、年頭よりメールニュースでも批判させていただいた『ほめると子どもはダメになる』(新潮新書)がどうやら、販売中止になっているようです。Amazon、楽天ブックスといった大手のWEB書店では新刊書の取り扱いはなく、Amazonでは古本のみ。ヨドバシ.comなど一部の通販ではまだ在庫があるようです。新潮社のホームページには何も説明はありません。

 一方では先週、別の大手出版社から一昨年大騒動になったある女性元研究者の手記が出版され、こちらは売り切れ続出のようです。(ちなみにわたくしは購入予定はありません)

 背景には出版不況があります。出版業界全体の売上は、96年には対取り次ぎで2兆6563億円を記録したのをピークに、2013年には1兆6823億円、約6割にまで下がっています。
 そのため「話題づくり」が何よりも優先され、中身の本の「質」はなおざりにされる傾向にあります。

 しかし、それは例えばCoco壱番屋の廃棄処分用のトンカツを安値で販売するのと同じ、消費者への背信行為に容易になり得るのです。女性元研究者の手記などですとまだ罪のないほうですが、『ほめると子どもはダメになる』というような、日本中の子供さんが親御さんから「肯定」のメッセージを受け取れなくなる事態を招きかねないようなタイトルをつけて本を売るなどは、それに等しい行為といえるでしょう。

 このたびの「販売中止(?)」には、まだ辛うじて残っていた出版社の矜持あるいは良心の表れだったかもしれません。

 わたくしのブログでの『ほめると子どもはダメになる』についての批判記事はこちらをご参照ください
  ↓↓↓
●余裕で反論できます。レッツトライ『ほめると子どもはダメになる』
 >>http://c-c-a.blog.jp/archives/51932702.html 

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【3】「自由・平等・博愛」“近代の理念”のむずかしさと解釈
   〜一橋大学・藤野寛教授の「ホネット承認論」最終講義とは〜

 昨年秋より、一橋大学言語社会研究科の藤野寛教授(現代ドイツ思想)より、同大学での藤野教授の講義原稿をご寄稿いただいています。
 ハーバーマスとならぶフランクフルト学派の論客にして現代の「承認論」の大家、アクセル・ホネットは今も毎年のように新しい著作を発表していますが、邦訳が追いついていません。東西冷戦も終わり新たにジェンダー、マイノリティ、多文化主義の問題が台頭する「現代」と正面から向き合う思想である「承認論」。その最新の論考を神戸に居ながらにして学べるのは、大変得難く有難いことでした。
 先月で、「ホネット承認論」最後の二講が終わりました。この2回のテーマは「ホネットの社会主義論」。
 現代の格差を招いている「ネオリベラリズム」との対比の中で、フランス革命以来の「自由・平等・博愛」の理念を吟味します。
 

●「自由」と「社会的」:アクセル・ホネットのみた社会主義とは―一橋大学・藤野教授講義原稿(7)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51934087.html

●「社会的」≒「博愛」、コミュニケーションにおける障害の撤廃:アクセル・ホネットのみた社会主義とは―一橋大学・藤野教授講義原稿(8)(最終)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51934092.html 

 改めて、藤野先生、ありがとうございました!

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 ┃今日の一筆箋  
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