正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

2017年01月

電通事件表紙画像

 『電通事件――なぜ死ぬまで働かなければならないのか』(北健一、旬報社、2017年2月1日)。昨年秋発覚した、入社1年目(当時)だった高橋まつりさんの過労自殺にまつわるタイムリーな本。

 結論からいうと、この本で分かったこと、分からなかったことがあった。


 分かったことから先に。

●「鬼十則」に長時間労働の推奨は見当たらない。しかし、時代はめぐり若者の気質も変わる。大学教授によると、「うちの大学でも、できる学生ほどまじめで、レールから外れることへの強迫観念が強い。それまで『ノーと言っちゃいけない』『意見を言っちゃいけない』と育てられてきましたから」。まじめで従順なサラリーマンが増えた電通で、「鬼十則」はたぶん、制定当時とはかなり違った読まれ方をしたのではないか。

●高橋まつりさんの過労自死は、2016年9月30日、三田労基署が労災認定。10月14日には東京労働局が電通本社を抜き打ちで調査。さらに11月7日の家宅捜索では88人の労働基準監督官が電通本社と3支社に踏み込んだ。

●12月28日、法人としての電通と幹部社員の労働基準法違反(違法な長時間労働)の疑いで書類送検。この日の送検は一部の容疑に絞ったもので、捜査は今(17年1月)も継続中。

●高橋さんは2015年4月電通に入社、インターネット広告を扱うデジタルアカウント部に配属される。「主な業務は、ネット広告のデータを集計・分析してレポートを作成し顧客企業に改善点などを提案して実行すること」(川人弁護士)。

●10月の本採用から忙しくなり、10月から11月初めにかけて長時間過重労働が続いた。
 高橋さんのツイッターやLINEなどによると
「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」(10月13日)
「もう4時だ 体が震えるよ……しぬ もう無理そう。つかれた」(10月21日)
 10月25日の週には、日曜日の午後7時半に出社し、水曜日午前0時42分まで会社にいた。その水曜日も、朝9時半に再び出社。

●残業時間を少なく見せる方法。
「中抜き」。たとえば実際に退社したのは22時でも、20時から22時までは仕事をしていなかったことにする。
「私事在館」。自己啓発や忘れ物など私的な理由で会社にいたとウソの申告。

●2016年12月28日、電通は労基法違反の疑いで書類送検されたのを受け初めての記者会見、石井直社長が辞任を表明。そこで2015年4月以降「三六協定違反ゼロ」に取り組んだ結果、過少申告が急増したことを認めた。

●パワハラの風土。元電通マンの証言によれば、残業が月200時間を超え、会議中ウトウトすると「体調の管理、できてねえのか」と叱責される。上司に殴られ頸椎損傷のケガ。軍隊組織で新人は1番下。いじめて使い倒す。

●有名な社内行事「富士登山」。7月に社員が富士山に登り、山頂郵便局から得意先に暑中見舞いのはがきを出す。関連会社も含め400人ほどの社員が登り、走らせる。

●ネット広告時代への対応の遅れ。
 既存マスコミの広告の落ち込みをネット広告で代替しようと躍起だがそれがうまくいっていない。
「マネジメント層にデジタル・リテラシーが低すぎて」(=ネット広告の実務が上司にはよくわからない)
 IT、システムの仕事は、年長の役員、管理職には技術が乏しく、仕事のイメージと納期と価格だけ上で決めてきて、実際の作業は20代、30代に回し、上司が配慮しきれずに過重な責任を負わされる。

●「高橋さんの上司は、『間に合わないぞ』『頑張れ』と叱咤するばかりで、実際の仕事の進め方に即したアドバイスができなかったんじゃないでしょうか」(立教大・砂川教授)

●テレビ、新聞など既存メディアへの広告と違い、デジタル広告は終わりがない。表示回数、クリック数などで効果が細かく測定され、その結果次第で、どう掲載するかを変えることができる。「できる」ということは際限がない。

●ネット広告部門は高橋さんが亡くなる前に無理がきていた。2016円9月、ネット広告での不正請求が発覚。

2015年10月、高橋さんの部署は人員が14人から6人に減らされ、高橋さんはそれまで担当していた保険会社に加え、証券会社も担当させられ仕事量がぐっと増えた。予定通り売り上げが上がらなかったから投入する人数を減らすことで「部門採算」の黒字化を図ったのか?

長時間労働の背景に「クライアント・ファースト(お客様第一)」。所定外労働(残業)が発生する理由を企業側に聞くと、「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」が多い。とりわけ情報通信業では「顧客(消費者)からの不規則な…」が65.0%とダントツ。顧客のありとあらゆる注文や要望、時にはわがままに振り回されて働き過ぎが発生する。

●自発的な働き過ぎ。クリエイティブ部門では、いくら時間をかけても、作品の完成度はキリがない。TVは24時間放送、新聞もネット展開と、24時間365日「オン」が続きかねない状況が出現した。

●投入した労力を請求に載せられず、「一式いくら」のように決まる商慣行。受発注と制作のルールがない。

●今50代、60代の経営層、マネジメント層が、高度成長期やバブル期の成功体験のまま、今でも会社を運営している、そこに無理がきている。

●安倍首相「働き方改革」の本音。2016年10月19日、「働き方改革に関する総理と現場との意見交換会」(第2回)の冒頭あいさつ。
「働き方改革は、安倍政権にとって最重要課題の1つです。なぜ最重要課題化と言えば、日本は人口が減少していくわけですが、その中でも成長していかなければ、伸びていく社会保障費に対応できない。そのためには生産性をあげていかなければいけない、という側面があります。働き方改革を進めていくことで生産性の向上に結びついていくと同時に、それぞれの人々にとってより豊かな人生にも結び付いていくのではないか」

●2016年9月21日、ニューヨークでの金融・ビジネス関係者との対話では、
「この問題は、社会問題である前に、経済問題です。我々は労働参加率を上昇させなければなりません。賃金を上昇させなければなりません。そして、労働生産性を向上させなければなりません。『働き方改革』が生産性を改善するための最良の手段だと信じています」

●「世界で一番企業が活躍しやすい国」という企業ファーストの政策目標と、「働き方改革」という一見働き手に寄った施策とは、どういう関係にあるのか。

●「残業代ゼロ法案」(労基法改正案)の2つの眼目:
・労働基準法の労働時間規制が適用されなくなる「高度プロフェッショナル」と呼ばれる働き手を作ること
・企画業務型裁量労働制を営業社員などに広げること

●「残業代ゼロ」の先例は学校教育現場。東京都内で2012年度の小中学校の「定年以外の理由での退職者」のうち10.5%(14人)が在職死、13年度は14.4%(20人)が在職死。

●OECDが2013年に実施した「国際教員指導環境調査」(TALIS)でも、教員の週労働時間の平均が38.3時間なのに対し、日本は53,9%と突出している。

●週60時間という過労死ラインを超えて働いている教員は小学校で72,9%、中学校で86,9%。

●文部科学省によれば、2015年度に病気で休職した公立学校の教員は7954人で、そのうち5009人(62,9%)がうつ病など精神疾患が理由だった。

●経団連の意向。日本を代表する大企業の多くが「過労死ライン」を超える三六協定(特別条項)を結んでいる。特別条項のある大企業の1か月の残業の上限は、過労死ラインの80時間超が25%、100時間超も7%もある。三六協定の上限が長い企業は実際の残業時間も長くなる傾向にある。

●インターバル規制についても、経団連はまだ前向きとはいいがたい。

●操業短縮の波。ロイヤルホスト、マクドナルド、吉野家など外食産業での24時間営業の中止。イオンの営業時間短縮、三越伊勢丹ホールディングスン1月2日休業など。背景には深刻な人手不足。

●中小企業でも改善の動き。親会社の要求を満たすと社員に負担がかかるため、完全下請け部門を廃止したところも。

●コンビニ店主のユニオン設立の動き。2014〜15年、本部に団体交渉応諾を命じられる(係争中)。

●2015年12月8日、ワタミ過労死裁判和解。


 抜き書きは以上です。この問題の「おさらい」になりました。

 さて、分かったことも多々あったのだがとうとう分からなかったことは、亡くなった高橋まつりさんの上司とは、どういう人物だったのか。実は知りたかった。この本ではとうとう顔が見えなかった。どういう人物だったのだろう。何歳ぐらいだったのだろう。

 
 この本で訴えている「長時間労働につながる顧客を切る」というのは、実は過去の受講生さんに例がある。現関西国際大学経営学科長の松本茂樹さんが、2005〜6年、銀行支店長時代にそれをやっている。松本さんは「残業バスター」という目安箱のような箱を備え付け、残業につながる要因を行員に入れてもらった。そうして残業要因を特定し、それが顧客だとわかると自ら客先に乗り込んで改善を求め、改善してくれない顧客は「切る」ということもした。

 松本さんはこれに限らず恐ろしく先進的なマネジメントをやっているのだが、手前味噌だが一支店長の判断でそれができたのは、前提に「承認」で業績が上がっていたからできたのだ。

 
 そして、「人員削減」の話があった。高橋さんの部署は14人から6人に削減された、という話。
 ちょうど、最近ある鬱休職した友人の話を聴くなかでこの「人員削減」の話が出ていたのではっとなった。その友人は、3人でやっていた仕事をいつの間にか1人でやらされていて、それに対する配慮もねぎらいもない上司に失望して鬱になっていた。

 人をたんなる数字でみている、とも言えるが――、
 わたしなどは、やはり「承認欠如」の話に思えてならない。「行動承認」をするマネジャーであれば、人間を「活動する肉体」としてみるはずなのだ。そして3人でこなしていた仕事を1人でできるわけがない、ぐらいのことは想像できるはずだ。そして万一、部下がそんなめにあっていたら、ねぎらい労わらないわけがない。

 だから、以前「長時間労働以外にパワハラがあり、それは尊厳の軽視であり、すなわち承認の不在である」のようなことを言ったが、長時間労働自体もまた「承認欠如、承認の不在」の問題とも読み替えられるだろう。

 この本の帯には著名経営者や学者の「人命軽視」ととれる「長時間労働擁護」の言葉が並んでいて、本の中身を読む前にこれらの言葉と人名を読んである種、慄然となった。一時期は時代のヒーローと目された経営者たちではないか。わたしたちはある時代の価値観と訣別しなければならないのだ。

 このブログの友人、佐賀県の研修業Training Office代表、宮崎照行さんから、「教育困難校における承認の重要性について」という原稿をいただきました!

 もともとは、わたしがKindleで『行動承認』の続編、『行動承認第二章』を書くにあたって宮崎さんに寄稿をお願いしていたのに対しこたえて送ってくださったもの。

 宮崎さんはこうした「教育困難校」でのマナー講師で既に8年のキャリアを持ち、その5年目にして心境の変化で「承認」のマナー教育に転換されたそうです。すると起こったことは…。

 図々しいお願いで、Kindle掲載前にブログでの掲載もお許しいただきました。宮崎さん、感謝!

 かつてわたしは宮崎さんのご経験を伺い、「この手法は、社会を建て直す力のあるものだと思っているんです」などと、大言壮語を吐いたのでした。それにしてもこうして新たな担い手の方が出てくるのは嬉しいことです。論理的で内省的な宮崎さんの言葉で、新たな「承認ワールド」を体験していただきましょう。

 若い人が伸びる風景を想像するだけでワクワクするという読者の方にお勧め!「教育困難校」もそうですがすべての教育関係者のかたに届くことを願って、お送りします。

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教育困難校における承認の重要性について

宮 照行


 教育困難校(高校)におけるキャリア教育やマナー指導で大切なものは何かと問われたら、真っ先に答えるとするならば「承認」だといえます。
 教育困難校とは、はっきりした定義はありませんがさまざまな背景や問題を抱えた子どもが集まり、教育活動が成立しない高校のことです。私は高校生の職業意識を育てる「キャリアガイダンス」のマナー講師をしてもう8年になります。そのなかで教育困難校にも数多く足を運びました。
 こうした高校の生徒の特長として挙げられるのが、低い自己効力感です。
「就職するために、最低限のビジネスマナーを身につけておかないと面接を乗り越えることもできないし、就職しても苦労するよ」
などと言って動機づけをねらうのですが、生徒からは
「なんでこんな面倒くさいことをやらなければいけないんだよ。うざいな。やっても無理だよ」
というような、半ば投げやりの言葉が返ってきます。限られた時間の中で指導しなければならないので、この状態の生徒に指導することは困難を伴います。

 そこで通常ならば、『相手を承認する』という概念がなかった私や多くの講師は次のような指導方略をとります。

「屁理屈言わずにやってみる。私に合わせてやる! ダメダメ!何でできないかな?真剣にやっている?真剣にやってないからできないんだよ。ほら、真剣じゃないという証明が服装や髪型にでもでている 。」

 いわば喧嘩腰ですね。情熱と力でねじ伏せようとします。講師初心者や講義を形式的なテクニックで乗り越えようとする講師が陥りやすい罠です。

 しかし、このようなやりとりが続くと自己効力感の低い生徒は、ますます自信をなくししやる気がそがれてしまいます。最悪の場合、低い自己効力感が更に強化されるという状況に陥りました。本来、教育や研修では、知識や技能を習得するだけでなく自己効力感も高めるという目的もあるにも関わらず、全く持って逆効果の状況に陥ります。私自身、過去の指導方法では相手のことを思いやらずに形式だけを重んじていましたが、一向に思うように指導ができませんでした。

 そもそも、講義もコミュニケーションの一環だとすると相手の気持ちを考えずに一方的に押し付けてしまうことはコミュニケーション同様、うまく機能することができるのだろうか?ふとそうという疑問が生じ、思い切って『相手を承認する』という前提を取り入れた指導を目指すようになりました。

 『相手を承認する』という方法はいろいろと考えられますが、私にとって『相手を承認する』とは、一つには教える内容の質を徹底的に高めたり、相手のことをしっかり把握したりすることが必要ではないかと思っています。講師として教える内容の質を高めたり、相手のことをしっかり把握したりすることは、それこそ相手を承認している結果です。形式的な指導は相手を軽んじているような気がします。このように指導に承認の概念を取り入れることによって、下記のような変化が起こりました。

「なんでこんな面倒くさいことをやらなければいけないんだよ。うざいな。やっても無理だよ」(生徒)
「そうだよね。面倒くさいよね。でもさ、面倒くさいというのは、ただ慣れていないからそう思うんだよ。スポーツやゲームなどもそうだけどさ、最初はうまくやれないよね。全部を完璧にやる必要はないんだよ。少しずつチャレンジしてみようか!」(講師:私 )

 ここで大事なのは、相手の思いを講師側が素直に受け取ることです。逆に相手の思いを否定したり遮断したりすると、特に自己効力感が低い生徒はそっぽを向いてしまいます。

 次に実際に実演をさせます(例えば、挨拶)。しかし、1回目の実演で大きな声ではっきりと出せません。もう1回やってもらいます。間違いなく1回目より2回目のほうがしっかりできています。ここでこのようにフィードバックを行います。

「気持ちいい挨拶だね。やっぱり大きな声ではっきりとした挨拶をしてもらうといいよ。やればできるじゃん。姿勢も1回目よりも綺麗に伸びているよ。だから挨拶をされたほうは ものすごく気持ちいいんだ。もっと、僕を気持ちよくさせてみて」

 1回目でダメ出しをするのではなく、必ず2回目に何かしらのプラスの変化があるので、そこを具体的に指摘することで更にチャレンジしようとする気持ちが生徒側に芽生えてきます。慣れていないことを行うので、当然、修正点もでてきます。ここですぐにダメ出しを行ってしまうと元の木阿弥です。修正点を矯正するために私は

「もっと相手をの喜ばせてみようか。背筋をしっかり伸ばして、喉の奥から声を出すイメージで声をだしてみると、クリアな挨拶になって相手はもっと喜ぶよ 」(私:講師)
(生徒の実行後)
「ああ、いいね〜。やればできるじゃん。」としっかり私の感想を述べます。

 「相手を喜ばせる」これも、私が発見した生徒の中の「承認を求める気持ち」でした。相手を喜ばせることで相手に受け入れられたい。つまり承認されたいという本質的な欲求が生徒の中にあるのです。

 このようなやりとりが続いていくと、私と生徒には信頼関係が生まれてきて、指示に素直に従うようになります。ここまでくると伸びしろの大きい彼(彼女)らは、こちらがビックリするほどうまくできるようになります。そして、研修終了後、

「大きな声で挨拶するなんて、面倒くさくてはずかしかっただけで、やってみたら何ともなかったです。相手も喜ぶことなんで自分からチャレンジしてみます」(生徒)

という言葉をいただきます。こういう言葉を貰うと実に講師冥利につきます。

 私のような外部講師は彼(彼女)らにとっては異文化の人間だと思われています。彼(彼女)らの特徴としてもう一つ挙げられることは、牋枴顕修紡个靴討侶找感がすごく強い“ことです。だから、話を聞いていない素振りをしたり、あえて茶々を入れることでふざけてみたり することで、異文化の私たちの反応を試そうとします。私自身、これらの反応は警戒感の表象であると考えています。

 では、警戒感の強い生徒さんに対して異文化を理解してもらうためには、何が必要なのか?私は文化間の橋渡し役になる信念や行為は「承認」だと強く認識しています。ここで注意していただきたいのは、「承認」が行為レベルにとどまらせずに哲学・信念レベルまで達していることです。行為レベルに留めてしまうと、「承認」は人を動かすためのアルゴリズム的で薄っぺらな方略だと誤解されかねません。生徒とのやりとりの会話をご覧いただくと簡単にやっているように思われますが、形式的に相手を褒めたり、フィードバックを行ったりすると、特に教育困難校の生徒は異文化に対して警戒感が強いために、相手が真剣なのか表面的なのかということを簡単に見破られてしまいます。だから、哲学・信念レベルまで「承認」の必要性や重要性を認識しておかなければなりません。

 そして、抽象的なフレーズではなく具体的に。抽象的フレーズでは解釈が必要となるため、生徒たちにとっては間があきます。具体的かつシンプルに伝えることで、講師と生徒とのやりとりのリズムが中断されることがないことが効果を発揮しているのだと思います。
 そのため、講師自身素直な気持ちになって、少しの変化も見逃さないように真剣に相手を見なければなりません。

 「承認」は、低い自己効力感によって異文化に対する警戒感が強い人たちにとって、安心感をあたえる効果があるのではないかと考えています。それは、承認されることで、異文化における彼(彼女)ら自身の犁鐓貊蝓箸鮓つけることができます。居場所が見つかれば、チャレンジ精神も生まれ、フィードバックによる強化も効果を示しパフォーマンスが驚くほど向上していきます。根底に相手を承認するという信念をもって指導すれば、負のフィードバックも素直に受け入れてくれます。
 彼(彼女)たちにとって異文化の人間である私たちが承認を与えることで、将来の芽目を摘まないようにすることが私たちの責務ではないのだろうかということを念頭におきながらキャリア教育にあたっております 。(了)

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 「承認は人間の行動・文化・発展の『胚細胞』ではないか」という宮崎さん。

 というのは、きっといかようにも成長し、変容し、つながりあっていく驚くべき生命力をなぞらえて言われたのでしょうか… 現にそうした現象を眺めてきたわたしには、自然と受け取れる言葉でした。

 宮崎さん、ありがとうございました!

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 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.1.30                 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 トランプ氏の動静ウォッチ。見えてくるパターンは

【2】 読書日記:『マネジャーの最も大切な仕事』

【3】 ご意見募集:「誕生学」、どう思いますか?

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【1】 トランプ氏の動静ウォッチ。見えてくるパターンは

 前号に引き続き大統領就任後のトランプ氏から目が離せません。

 まずは、各国首脳との個別会談が続いています。
 24日、インドのモディ首相と電話協議。モディ首相の訪米が決定。
 27日、英国のメイ首相とホワイトハウスで会談。28日、日本の安倍総理と電
話協議。続いて同日、ロシアのプーチン大統領、ドイツのメルケル首相、フラン
スのオランド大統領、オーストラリアのターンブル首相らと電話会談。

 大変なハードスケジュールに見えますが、意外にトランプ氏、ビジネスマン、
経営者としてこのような個別折衝に慣れているのかも。「全体会議前に個別会談」
は、行動承認の中でも受講生さんにお勧めするやり方でもあります。

 さらに、就任後、矢継ぎ早に大統領令に署名。署名しているシーンが実に、
アメコミ的に絵になります(自分でもアメコミを意識しているでしょうか。。)
 
 23日、TPPから離脱する大統領令に署名。
 24日、オバマ前政権が却下した2カ所の原油パイプラインの建設計画を進め
る大統領令に署名。
 25日、メキシコとの国境に壁を建設して国境の管理を強化するとの大統領令
に署名。これを受けてメキシコ大統領との首脳会談が中止になりましたが、27日
急遽メキシコのペニャニエト大統領と電話会談。
 27日、難民受け入れ停止を命じる大統領令に署名。既に米国内および世界各
国の空港などで混乱が起こっています。
 などなど。

 みていると選挙戦中に公約したことは、支持者をがっかりさせないように大
統領令で実現しているもよう。それにより起こる混乱も意に介しません。ただ
し対外的にはブラフとして使っているふしもあり、メキシコ大統領との電話会
談では「壁建設」を引っ込めたようだ、とも。その代わりに何か有利に交渉し
たことがあったのでしょうか。。。
 
 歴史上かつてないことが起こっていて目が離せないトランプ氏。ただ、この
間一筋の光明が見えた、と思ったのは、ご意見番・マティス国防長官の存在でし
た。

 25日、トランプ大統領は「テロリストに対して水責めの拷問も辞さない」と、
表明。アメリカは「暴力の世紀」に再突入か?と思わせましたが、27日になっ
てトランプ氏はマティス国防長官が反対していることを挙げ「彼の発言を覆す
ことはできない。私は彼に従う」と、米英首脳会談後の記者会見で拷問断念を
表明した、とのことです。
 マティス氏は元中央軍司令官。「狂犬」とあだ名をとるタカ派の印象ですが、
実は大変な知性をもち、プロの戦略家だとの評判。対ロシア外交にもトランプ
氏と異なる見解を持っているといわれます。
今回はマティス氏の見識にトランプ氏が引き下がった格好でした。今後マティ
ス氏が引き続き政権内で発言権をもつかどうかが問われるでしょう。

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【2】 読書日記:『マネジャーの最も大切な仕事』

 今週の読書日記は、ハーバードビジネススクールから出たマネジメントの
決定版。『『マネジャーの最も大切な仕事−95%の人が見過ごす「小さな進捗」
の力』(テレサ・アマビール、スティーブン・クレイマー著、英治出版、2017
年1月25日、原題’THE PROGRESS PRINCIPLE: Using Small Wins to
Ignite Joy, Engagement, and Creativity at Work’)です。
 
 ここでは、マネジャーの最も重要な仕事は従来の常識と異なり、部下の
「小さな進捗」を支援することだ、ということが膨大なエビデンスを基に
述べられています。
 また、やや専門的なお話になりますが「内発的動機付け」「外発的動機付
け」混乱しやすい用語についてもまとめられていますので、そうした話題に
ご興味のある方にもお勧めです。

●大切なのは「進捗」だった――『マネジャーの最も大切な仕事』をよむ―
―「内発と外発」の定義にも注目
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952222.html  

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【3】 ご意見募集:「誕生学」、どう思いますか?

 近年、小中学校で「誕生学」という出張授業をするのが流行っているそう
です。小学4年生で「1/2成人式」という催しをするところも多いとか。
 最近、このことに疑問を呈する声が出てきました。

●あまりまとまっていない、「誕生学」についての考え
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51952220.html 

 実は、上の記事にも書きましたようにわたし自身は残念ながら「誕生学」
に疎いのです。
 このメルマガの読者の皆様の中には、お子様がこうした授業を受けたと
いう方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 多くのお子さんにとって「よいもの」であるはずの「誕生学」。
 今どきの子どもさんが、こうした授業をどんなふうに受け止めているの
でしょうか。
ご家庭ではどんな会話をされたのか、もし差支えなければ教えてください。
 ご意見・ご感想は、info@eudaimonia.jp またはこのメルマガへのご返信
で、お寄せいただければうれしく思います。ご意見掲載の場合はかならず
匿名にいたします。

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 ┃今日の一筆箋
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 渡辺一平選手が男子200M平泳ぎで世界新。また楽しみな新星が現れました。


※今号の「ユリーの星に願いを」はお休みしました。
※このメルマガへのあなたのご意見、ご感想をお知らせください!
 誌上でのご紹介は匿名にいたします。このメールへのご返信で結構です。
┌─<<現役マネージャー必読!>>──────────────────>
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│  http://www.amazon.co.jp/gp/product/4434198572
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 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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マネジャーの最も大切な仕事表紙画像


 『マネジャーの最も大切な仕事』(テレサ・アマビール、スティーブン・クレイマー著、英治出版、2017年1月25日、原題’THE PROGRESS PRINCIPLE: Using Small Wins to Ignite Joy, Engagement, and Creativity at Work’)。

 ハーバード・ビジネススクール教授の著者らが3業界、7企業、238人に対する1万2000の日誌調査を中心として創造性と生産性に関する35年間にわたる研究をまとめた。結論としては従来の常識と異なり、「進捗」こそが創造性と生産性の源であり、マネジャーの最も大切な仕事は、やりがいのある仕事が進捗するよう支援することだという。元早稲田ラグビー部監督、現日本ラグビーフットボール協会コーチング・ディレクターの中竹竜二氏が監訳。

 「行動承認」は、相変わらず正しい。この「進捗の支援」という新たな真実もそのなかに包含している。素直に喜びたい。(マネジャーに「やってほしいこと」を告げるうえで、その内容はシンプルであればあるほどいいのだ)
 とはいえ、あまり短絡的に結びつける前に、やはりこの労作の内容をじっくりみておきたい。中には、以前からある「外発」「内発」という用語の混乱について独特の解釈を施しているおもむきもある。(わたし的には賛同する)




 以下、恒例の抜き書きです:


どうすればビジネスの成功と社員の幸せを両立できるのだろうか?私たちの研究によれば、その秘訣は豊かなインナーワークライフ(個人的職務体験)を生み出す環境を作り上げること。すなわち、ポジティブな感情、強い内発的なモチベーション、仕事仲間や仕事そのものへの好意的な認識を育める状況をつくり出すことだ。


――「インナーワークライフ」。この本全体を通じて登場する言葉だ。押さえておきたい

●豊かなインナーワークライフとは仕事そのものから得られるものであり、仕事に付随する特典から生じるものではない。

●30年以上の研究を活用しながら、本書では7つの企業の内部に深く潜り込み、社員のインナーワークライフ――認識と感情とモチベーションの相互作用――に影響を与える日々の出来事を追跡した近年の調査に重点を置いた。
 
●驚くべき結果が判明した。彼らの95%が、最も重要なモチベーションの源泉について根本的に誤解していたのだ。各企業の内部をつぶさに追跡した私たちの調査が解き明かしていたのは、進捗をサポートすることが日々社員のモチベーションを高める最善の方法であるということだった。…しかしマネジャーたちは「進捗をサポートすること」をモチベーションを高める要素として最下位にランクづけしていた。

●従来の常識は優れたマネジメントにおける根本的な要素である進捗に向けたマネジメントを見落としている。私たちの研究によれば、マネジャーが進捗に着目したときに決定的なマネジメントの影響が現れる。


●インナーワークライフとは豊かで多面的な現象である。

●インナーワークライフは「創造性」、「生産性」、「コミットメント」、そして「同僚性(collegiality)」というパフォーマンスの4要素に影響を与える。私たちはこれをインナーワークライフ効果と呼ぶ。

●インナーワークライフが会社にとって大きな意味を持つのは、会社の戦略がどれほど素晴らしいものであっても、その戦略の実行は組織内の社員の優れたパフォーマンスに依存するものであるからだ。

――大いに同意。戦略が大事でないとは言わないが、戦略を実行するのはつねに「社員のパフォーマンス」という問題が横たわっている。だから戦略が横並びであれば、「行動承認」のマネジャーたちはつねに「1位」をとる…

●インナーワークライフは職場で起こる日々の出来事に深く影響を受けている。

●インナーワークライフは社員にとって大きな意味を持つ。

●3つのタイプの出来事が、インナーワークライフをサポートし得る要素として次の順序で際立っていた。,笋蠅いのある仕事における進捗触媒ファクター(仕事を直接支援する出来事)、そして栄養ファクター(その仕事を行う人の心を奮い立たせる対人関係上の出来事)だ。

●インナーワークライフに影響を与える戦術の3つの出来事群のなかで進捗が最も大きな要素であることを指して進捗の法則と呼ぶ。インナーワークライフに影響を与えるすべてのポジティブな出来事のうち、最も強力なのが「やりがいのある仕事が進捗すること」である。

●この3つの出来事群がネガティブな形をとると(あるいは欠如すると)インナーワークライフは大きく暗転する。その3つの出来事群を、順に仕事における障害阻害ファクター(仕事を直接妨げる出来事)、毒素ファクター(その仕事を行う人の心を蝕む対人関係上の出来事)と呼ぶ。

――3番目は「ハラスメント」の問題とつながりそうですね

●他の条件がすべて同じである場合、ネガティブな出来事はポジティブな出来事よりも強い影響力を発揮する。

――だから「5:1の法則(ポジティブなフィードバックとネガティブなフィードバックの比は5:1であれ、という法則)」なんですね

●たとえ一見ありふれた出来事であっても――たとえば小さな成功や小さな障害であっても――インナーワークライフに大きな影響を及ぼし得る。




●インナーワークライフとはインナー(個人的・内的)なものだ。各人の心のなかに宿るものである。インナーワークライフは個人の職場での経験にとって重要なものだが、普通周囲からは認識できないし、それを経験している本人さえ自覚できないこともある。

●インナーワークライフとはワーク(職務)である。基本的に仕事上の出来事に対する職場での反応のことを指す。インナーワークライフは私生活での出来事によって影響を受けることもあるが、それはその出来事が仕事に対する認識、感情、モチベーションに影響を与える限りにおいてのことだ。

●インナーワークライフとはライフ(人生・体験)だ。自分の仕事はかけがえのないもので、自分は成功していると感じると、個人としての成功という人生にとって重要な要素に対する認識も向上する。仕事に価値がないだとか、自分は失敗していると感じると、人生から大きく勢いが失われるのである。

●インナーワークライフとは認識のことだ――マネジャー、組織、チーム、仕事、ひいては自分自身に対する好意的あるいは敵対的な(そしてときに漠然とした)印象のことである

インナーワークライフとは感情のことだ――ポジティブであれネガティブであれ、職場でのあらゆる出来事から生じる気分のことである。


●インナーワークライフとはモチベーションのことだ――何かをする際の、あるいはしない際の原動力のことである。


●日誌の分析を通じて、出来事に対する即時の感情的反応は、本人が思うその出来事の客観的重要度とは無関係に大きくなることがあると分かった。小さな出来事の28%が大きな反応を引き出していた。つまり、人が重要ではないと感じる出来事でさえ、しばしばインナーワークライフへ大きな影響を与えていた。


●内発的モチベーションが下がるか、外発的モチベーションが上がると、結果として創造性が低下する。

――ここで「内発的モチベーション」として著者が挙げるのは、関心、喜び、満足感、仕事へのチャレンジ
また「外発的モチベーション」として挙げるのは、報酬、低評価への恐怖、勝つか負けるかの競争のプレッシャー、厳しすぎる締め切り、など。
 よく「賞罰主義を否定する」と言ったり、「内発、外発」の意味が混乱しているのだが、マネジャーの賞賛や励ましの言葉は、わるいものとして言われることの多い「外発的モチベーション喚起策」には入っていない。この本全体では、それらはどちらかというと「内発的モチベーション」を強めるものとして扱われていることに注意したい。
 要は、お金、昇進、(賃金や昇進を決める考課としての)評価、競争での勝ち負け などが外発的報酬(外発的モチベーションを喚起する報酬)。
 また、外からであれ内からであれ、精神的な喜びや満足をもたらすものが内発的報酬。

 ちょっとわかりにくい。
 ここでは、行動理論でいう「強化子」の概念とは、少しズレた意味合いで使われている。
 「強化子」は、むしろ大きな概念なのだ。上司からのほめ言葉も、賃金も、お客様からの喜びの声も、仕事そのものからくる手ごたえも、たとえば本書で重視する仕事の「進捗」も、すべて仕事を促進する「強化子」である。

 ところで、「外発・内発」の定義の分け方は、決して本書のようなものばかりではない。「上司や親や先生からのほめ言葉」も、「アメとムチ」と呼んで、「外発的報酬」に入れるものもある。
 当ブログの『報酬主義をこえて』にたいする批判のシリーズなど参照。

 なので、ここの定義は結構混乱している。比較的最近では、『ビジネススクールでは教えない世界最先端の経営学』でも出てきた話題。


 実務のなかでの対処法としては、
 「行動承認プログラム」を教える人が、もし今後「マネジャーからの承認の言葉は『外発的報酬』に当たるので、良くないものではないか」という反論に遭ったときには、本書を参照し、「マネジャーからの承認は『内発的モチベーション』を強化する役割を果たすので、『内発的報酬』に分類すべきだ」と反論すればよい。

 …正直、書いていてわたし自身あまり信じていない。あやふやな定義だ、と思う。「内発・外発」というくくりそのものが。
 しかし、次へ進もう。

●ある実験で72名の作家を集め、1つのグループには「ベストセラーを書けば経済的に保証される」などの外発的動機付けについて考えてもらったあと詩を書いてもらうと、その詩は「自己表現の機会を享受できる」などの内発的動機付けについて考えたグループのものより創造性が低かった。

●内発的モチベーションは組織内の創造性にも重要な役割を果たす。内発的なモチベーションが高いときのほうが個人としての仕事の創造性は高かった。

●心理学者のバーバラ・フレデリックソンあ、ポジティブな感情が人間の思考や行動の幅を広げるのに対し、ネガティブな気分には正反対の効果があることを理論的に解き明かした。

――このブログでは『ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則』という本の読書日記の中で触れています。いろいろと接点があるなあ。やっぱり「これは」と思う本はチェックしておくものですね

●仕事が実際に進捗すると、たとえば満足や嬉しさ、さらには喜びといったポジティブな感情が引き出される。進捗は達成感や自尊心、そして仕事やときには組織へのポジティブな認識につながる。

――「承認企業」では「企業理念への共感」が上がるという統計結果があるんですが、最後の一文はそのことを言っていそうですね

●ツイッターの共同創設者ジャック・ドーシーは、自分のアイデアで立ち上げた会社のCEOの地位を追われたことについて「腹を殴られたような」気分だったと表現している。…同じことが組織の上から下の人びとにまで言えることがわかった。仕事における進捗と障害がこれほど大きな意味を持つのは、仕事そのものが大きな意味を持つものだからだ。仕事とは人間の一部なのである。

――仕事が大きな障害に遭ったとき、自分が根本的に否定されたような感情にさいなまれる。自分も経験したこの感じ、わかるなぁ。

●人間の最も基本的な原動力のひとつは自己効力感――自分には望む目標を達成するために求められる作業をプランニングし実行する能力があるのだという信念だ。…仕事を通じて、人は進捗し、成功し、問題や作業を乗り越えるたびに自己効力感をますます強く育てていく。

●やりがいを失くす4つの道。
1.自分の仕事やアイデアがリーダーや仕事仲間から相手にされないこと。
2.自分の仕事から当事者意識が失われること。
3.自分たちが従事している仕事は日の目を見ないのではないかと社員に疑念を抱かせること。
4.頼まれた数多くの具体的な作業に対して、自分にはもっと能力があるのにと感じてしまうとき。

●進捗が人間のモチベーションにとっていかに重要か。マネジャーたちは気づいていないが、すべての優れたゲームデザイナーたちは、その秘密の事実を知っている。真に優れたゲームデザイナーは、ゲームのすべてのステージでプレーヤーに進捗の感覚を与える方法を知っているのである。

●感情に対する障害の効果は進捗の効果よりも強い。障害は、進捗が幸福感を増幅させる力の二倍以上の力で幸福感を低下させる。
 インナーワークライフへの影響力が相対的に弱いがゆえに、職場ではネガティブな出来事よりもポジティブな出来事が数で勝るように努力しなければならない。

●明確な目標は、触媒ファクターの主要な要素の1つだ。触媒ファクターはインナーワークライフに影響を与える3大カテゴリーのうち、進捗の法則に次ぐ効果を持つ。

●驚くべきことに、触媒ファクターと阻害ファクターは、まだそれらが仕事自体に影響を与えるまでに至っていなくても、インナーワークライフへ瞬時に影響を与え得る。

栄養ファクターの効果。ヘレンの休暇の申請に対して、「プロジェクト・マネジャーのルースからこれまでの働きに対する感謝と、この『自由な1日』はこれまでの懸命な働きぶりに対する報酬なのだと念押しが書かれたメモを受け取った。そのメモは私の気分を良くしてくれたし、このプロジェクト・マネジャーとチームを成功させるために、もっと頑張りたいと思わせてくれた。」ルースは栄養ファクターを行かしたのだ。

●栄養ファクターにまつわる4つの出来事。
1.尊重
2.励まし
3.感情的サポート
4.友好関係

●毒素ファクター。栄養ファクターの対をなすもので、正反対の効果を持っている。
4つの毒素ファクター:
1.尊重の欠如
2.励ましの欠如
3.感情無視
4.敵対

――「尊重」が一番上にきている。このことは大きな意味をもっている。人は、「下」にみられたくないのだ。できれば「対等か上」にみられたい。
 だからこそ職場の人にとってマネジャーとの関係はつねに悩みのタネだ。最近よく思うのは、「勇気づけ」を行うときにこの「尊重」の要素を欠いていると、いかに「勇気づけ」をしたつもりでも相手には「尊重欠如」になる、ということ。だから、「勇気づけ」にけっして反対はしないけれど、「勇気づけ」という言葉で意識するより他の言葉で意識したほうがいい結果につながりやすい、とひそかに思っている。やはり、「勇気づけ」はカウンセラーからクライエントへ、大人から子供へ、の目線が根底にあるのではないだろうか。

●多くのマネジャーは人間関係上のサポートが部下たちをやる気にさせ感情を上向かせるのに重要であることを知っているように見える。しかしこの栄養ファクターで難しいのは、このファクターが優れた仕事を讃えたり、長い1週間の終わりに激励の言葉をかけるだけにとどまらない点だ。人間関係のサポートはマネジャーが直接部下とやり取りするときだけに生じるとは限らない。それは部下同士が互いに栄養を与え合う基礎を築くことでもある。

――実はポジティブな職場風土を築くというとき、部下同士のよい関係にばかり着目して部下側に研修を施そうという考え方が根強いのだ。実際は、ポジティブな職場風土はマネジャーから発信される。このことはいくら言っても言い過ぎではないと思う。幸い、本書の著者はそのことがよくわかっている。(←えらそう)




 おおむね抜き書きは以上。

 有り難いことに「行動承認」は揺るがない。

 ハーバード大ビジネススクールという本書の著者の「環境」にも思いを馳せる。「論理的」であることを尊ぶ風土のところで、「感情」の重要性を言うむずかしさを、膨大なエビデンス群で跳ね返してきたであろう。その労を多としたい。

 そのうえで、現代はまた、「感情」のさらに高次のもの、「理性」についても言わなくてはならない。従業員の「感情」を尊ぶが、その主体であるマネジャーは「理性」の人でないと、という、入れ子状態。

 だが、恐れることはない。

 「誕生学」という分野が最近あるらしい。このところFacebookで話題になっている。
 子供がその年齢でなくなってだいぶ経つので、すっかりこういう分野に疎かった。
 
 「誕生学アドバイザー」という民間資格をもった人が小学校等を訪れ、「いのちの大切さ」を教える。

 この資格を認定している「公益社団法人誕生学協会」によると、誕生学スクールプログラムとは、

『誕生』を通して、子供に「自分自身の産まれてくる力」を伝え、生まれる力を再認識することで自尊感情を育むことを目的とした次世代育成のためのライフスキル教育*プログラムです。

 
と説明されている。


 一見すばらしい、誰にも反対できないような授業。しかし、これに疑義を呈する声がこのところ強くなっている。
 代表的なのが精神科医・松本俊彦氏の論考。

●「誕生学」でいのちの大切さがわかる? - 精神科医 松本俊彦

 ここでは、
・誕生学プログラムは自尊感情を高める効果はないこと
・自殺予防にはまったく役に立たないこと。むしろ自殺予防の専門家からみると非常にまずい
・中高生の約1割に自傷経験があり、この子たちに必要なのは「いのちの大切さ」の教育ではなく、他人に助けを求めるスキルと、信頼できる大人を探すスキルであること。またわたしたちが「信頼できる大人」であること。

を、述べている。

 誕生学は幸せに育った上位9割の人にとっての真実であり、深刻な虐待やいじめに遭ってきた1割の子どもにとってはただのきれいごとでしかない。

 なるほど。
 このところこのブログで批判している某「心理学」とも絡め、おおいに頷いてしまった。


 一昨日1月26日には、産婦人科医宋美玄(ソンミヒョン)氏が松本氏の論考に賛同するこんな記事を掲載している。

●「誕生学」に疑問 生きづらさを抱える子を追い詰めるのはやめて! 

誕生学は、感動させたい大人自身が満足するためのものになってはないでしょうか? 教育は子どものためであってほしいですし、それも本来、最も助けが必要な子どものためであってほしい。その子たちを追い詰めるような教育をして、大人が満足するなど、あってはいけないことだと思います。
 


 これも、なるほど、だった。


 ネットで見ると「誕生学」への批判は2012年ごろから出始めている。
 (松本氏や宋氏よりもっと過激なものもある)

 宋氏は上記の記事の中で

私自身、誕生学関係者にはよく知っている方々もいますし、共通の人間関係も非常に多いです。そのため、今までは批判をすることが 憚はばか られていましたが、よく聞いてみると、その中でも実は疑問に思っているという人たちに会い、勇気を持っておかしいと言うことにしました。


と、「批判のしづらさ」を乗り越えて今、はっきりと批判をすることにしたと述べており、こういう分野にもやはり乗り越えなければならない「壁」があることがわかる。



 今回は私があまり詳しくない分野のことなのであまり突っ込んだことは言えず、ほかのかたの議論をご紹介するにとどめたいと思うが――、



 某「心理学」のブームと一緒で、「想像力不足」があるのではないか、と思ってしまった。

 少数派の1割がどれほど傷つくかにたいする想像力の不足。
 それは某「心理学」の、「トラウマは存在しない」もそう。トラウマを抱える人にとっては残酷な言葉だ。また周囲の人にこういう考え方をする人が1人いただけで有効な治療が遅れてしまうおそれがある。
 「原因論はダメで目的論」というのも、上記の松本氏の記事のなかで、自傷行為をしたり「死にたい」という子供には「何があったか(原因論)」を十分に聴く姿勢で寄り添うこと、と述べている。常識的にはそちらだろう、と思う。フロイトが言ったからどうとか、どうでもいい。傷つき失意のどん底にある人に「あなたは目的があってそうしているのだ」と告げるとはいかに残酷だろうか。それは単に某「心理学」の限界を示しているに過ぎない。重症の人は力不足で扱えないのだ、という。


 社会の分断、想像力不足。先の米大統領選も含め、さまざまなことがつながっている。
 やりきれなさでしかこういうことを記述できない。
 

追記: もう一つ言うと最近学校で「自己肯定感を持とう」という出張授業をするのが増えているようなのだが、これにもわたし個人は違和感を禁じ得なかった。やはりいじめや虐待を受けた子供に、「自助努力」で自己肯定感を持てというのは無理があるのではないだろうか?信頼できる周囲の人との関わりの中で初めて自己肯定感を持てるのであり、こうした教育はまずは子供たちの周囲の人すなわち先生や親御さんにすべきなのではないだろうか?

読者の皆様は、どう思われますか。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.1.24                 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
です。
 
※このメールは、正田が過去にお名刺を交換させていただいた方、イベントや
セミナーに  ご来場いただいた方にお送りしています。
ご不要の方は、お手数ですがメール末尾にありますURLより解除ください。

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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 大統領スピーチと「戦争予見性」の関係?
『暴力の人類史』(S.ピンカー)より

【2】 なぜ「承認欲求」は大事なのか 
  脳科学でみた「私」の概念と規範の学習

【3】 連載:「ユリーの星に願いを」
 第11回「今年の成長目標はアンラーニング」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【1】 大統領スピーチと「戦争予見性」の関係?

 20日、ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に正式に就任。早速「オバ
マケア」の見直しを指示、環太平洋連携協定(TPP)からの離脱を表明するなど、
選挙戦での公約通りの政策を矢継ぎ早に発表しています。
 
 目まぐるしく動く情勢ですが、そんなときにわたしが開いた本は。
 一昨年翻訳された、『暴力の人類史』(上)(下)(スティーブン・ピンカー、
青土社)を読みました。人類は大筋では暴力減少の方向へ向かっているとい
うことを、膨大な証拠をもとに教えてくれる良書です。

●われわれは暴力的だ、生まれながらにして――ではなぜ平和を志向するか?
『暴力の人類史』(上)(下)をよむ(1)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951374.html 
●レベルの低い演説をすると戦争が起きる?私たちを悪たらしめるもの、善た
らしめるもの――『暴力の人類史』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951433.html 

 ところが、この中におもしろい一節がありました。人の文章やスピーチの
「統合的複雑性」という概念です。
「絶対に」「つねに」「断じて」など断定的な言葉を使う文章は、統合的複雑性が
低い文章。逆に統合的複雑性のもう少し高い知的な文章は、「たいてい」「ほぼ」
「おそらく」など、断定的でない表現をします。
 そして、「指導者の演説の統合的複雑性が低下すると、そのあとに戦争が起き
る」というのです。

 「演説なんか何の意味もない、重要なのは実行だ」
という政治家のかたもいらっしゃいますが…、歴史的には、演説から戦争の
可能性が予見できるらしいのです。
 さて、トランプ新大統領の就任演説は「統合的複雑性」が高いでしょうか低
いでしょうか?ご興味のある方は、採点してみてください。
 大統領就任演説全文はこちらでご覧になれます:
>>http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170121/k10010847631000.html 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【2】 なぜ「承認欲求」は大事なのか 
    脳科学でみた「私」の概念と規範の学習

 前号では、「承認」「承認欲求」はわたしたちの「尊厳」に深くかかわって
いること、「なぜハラスメントはいけないか」を考えるときにも「承認欲求」
が出発点になることをお話ししました。

 今回はそれに続き、「承認欲求」が日ごろから私たちに果たす役割につ
いて、脳科学からみた知識をお伝えします。
 「承認欲求」は決して抽象的な、想像の産物ではなく、現実にわたした
ちの脳のなかにあります。また一部の若い人だけのものではなく、赤ちゃ
んからお年寄りまで、老若男女すべてに組み込まれています。
 だから、「承認欲求を否定せよ」なんて、悲しいことを言うのはやめま
しょう。「ある」ことを前提として、うまく活用するやり方を考えたほうが
いいですね。また、「ある」ことを前提として、自分と他人を大事にしま
しょう。

●「承認欲求」はわたしたちの生涯変わらないOS―脳からみた自己意識と
規範の学習
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951803.html 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【3】連載:「ユリーの星に願いを」
 第11回「今年の成長目標はアンラーニング」
By ユリー
 ユリー:マーケティングコンサルタント。人と組織のメカニズムに高い関心
を持つ仏教学習者。40代女性。
***********************************

 こんにちは、ユリーです。
 厳しい寒さが続いておりますが、読者のみなさまは体調を崩したりしていら
っしゃいませんか?実は私、昨年末にひどい風邪を引いてしまいまして、以来、
マスク、手洗い、そしてビタミン、食物繊維と睡眠をしっかりとることを心が
け、体調管理に徹しています。

 さて、アンラーニング(unlearning)という言葉を耳になさったことありま
すか?日本語では「学びほぐし」とか「学習棄却」と呼ばれる概念です。

 私は、30代の始めから年頭に個人的成長の目標やテーマを決めることを習
慣にしています。今年の私の成長テーマはこのアンラーニング。知らず知らず
のうちに身についてしまった「思考の型」、過去の成功体験に依存する「仕事の
パタン」へのこだわりを意識的に捨てて、新しい思考の型や仕事のパタンの獲
得を目指したいと思っています。仏教では執着を捨てるという表現があります
が、アンラーニングはそれに少し似ている部分があるかもしれません。

 もちろん新しいものであれば何でも取り入れようとするのは危険ですし、
過去に身につけたものをすべて捨てることも現実的には不可能です。アン
ラーニングを実践するにも、当然ながら取捨選択の基準は必要でしょう。

 また、そもそもアンラーニングというのは何を学ぶか?ということより
も、学ぶための心構えや態度に関係する概念と私は考えています。例えば
何かを学ぶ時に「そんなことは、もう知っている」と決めてかかるのでは
なく、「知っているつもりだけど、もう一度初心にかえって学んでみよう」
という虚心坦懐に学ぶ能力、これが私の目指すアンラーニングです。

 そういうわけで、今年は「行動承認」の実践も自分は出来ているはずと
いう思い込みを捨てて、自分の実際の「行動承認」についても内省し、初
心にもどって学び直したいと考えています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃今日の一筆箋  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 日本人として19年ぶりの、稀勢の里関の横綱昇進のニュースが入って
きました。「若乃花以来」ときくと、あの「若―貴時代」の大相撲の熱狂ぶりを
つい、思い出してしまいますね。
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100年後に誇れる教育事業をしよう。

 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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 「承認欲求」についての世間の不当なバッシング、それにもっと前からあった「内発と自律論」による「行動理論叩き」は、あきらかに成果の上がる手法にたいして机上の空論で貶める、非常にもったいない時間の浪費である。わざわざわたしたちが有能に幸福になる道筋を閉ざしてしまっているのだから。

 ここで、現時点での脳科学からみた「承認欲求」とはどういうものか、というお話をしようと思う。「承認欲求」というモノについて恣意的にホラーめいた妄想をするより、生産的な議論ができるのではないだろうか。

 

 出典は『21世紀の脳科学―人生を豊かにする3つの「脳力」』(原題’SOCIAL Why Our Brains Are Wired to Connect’、マシュー・リーバーマン、講談社、2015年5月20日)。

 こちらの記事で2015年秋に詳しい読書日記を書いているが、例によって長大な記事で印刷すると10Pにもなった。今回はそのなかから、「承認欲求」に直接関係しそうなところだけ抜き出してご紹介しよう。


 ここでは、「内側前頭前皮質(MPFC)」という部位が問題になる。人類を他の哺乳類から区別して特徴づけている脳の一番外側、大脳新皮質のうち、理性にもっとも関わる前頭葉の内側の一部位。ちょうど額の真ん中の”第三の眼”のあたりを指で指すと、その奥が内側前頭前皮質だ。ここが”自己”という感覚をつくり出している。


 人間以外の霊長類では、脳全体に占める内側前頭前皮質の割合が0.2〜0.7%だったのに対して、人間の場合は1.2%だった。他の霊長類の脳と比べてこれほど大きな割合を占める人間の脳の領域は、内側前頭前皮質を除いてあまり見当たらないという。

 「礼儀正しい」「話好き」といった形容詞を見せ、「形容詞が自分自身に当てはまる」と判断した人の脳では、内側前頭前皮質が活性化していた。わたしたちが自己を概念的に捉えるとき、内側前頭前皮質を使っている。

 とりわけ、思春期の子供でみると、自分が自分をどう思っているか、他人が自分をどう思っているか、どちらを考える場合でも、内側前頭前皮質とメンタライジング系の両方が活性化していた。この時期の子供は「自分とは誰なのか」という問いに答えるのにさえ、自己の内面を探るよりも他人の心に焦点を当てて考えるようだ。人生で最も承認欲求が亢進する時期の子供の頭のなかは、そうなのだ。

 内側前頭前皮質は自分自身について教えてくれる、いろいろな情報を反映する領域だ。その中には、個人的で内省的な情報もあれば、周囲が自分をどう思っているかという反映的評価から生まれる情報も含まれる。つまり「自分とは誰なのか」という自己感は社会的に作り上げられたものであり、そのプロセスに関わっているのが内側前頭前皮質なのだ。

 内側前頭前皮質にはもうひとつ重要な働きがある。「説得に従う」ということである。暗示にかかりやすい人の脳では、内側前頭前皮質が活発に反応していた。日焼け止めの効用についての説明を聞いていた人たちのなかでは、内側前頭前皮質が活発に反応していた人ほど、そのあと日焼け止めを使っていた。わたしたちが態度や行動を変えるかどうかは、内側前頭前皮質が広告や説得にどう反応するかによって決まる。


 「これらの実験は、自己とは他者と自分とを明確に区別し、私たちを特別な存在にしてくれるものだという考えにとどめを刺したと言えるだろう」とリーバーマンはいう。「なぜなら、私たちの概念的な自己感をつくり出す内側前頭前皮質は、『私たちの考えや行動に影響を与える情報を、外部から取り入れるルートでもある』からだ」

 他人の目から隔てられまったく独自の価値観、独自の動機づけで生きる自分というのは、そもそも「ない」のだ。

 もう少し平たくいうとこんな風に言えるだろう。
 わたしたちは、生まれてからこのかた、親をはじめ周囲の人に自分がどう思われているかという情報を取り入れる。同時に周囲が提供してくれる、どう振る舞うべきかの規範の情報も取り入れ、内面化する。そのふたつの役割を、内側前頭前皮質が担っている。「どう振る舞うべきかの規範の学習」と「どう思われているかの情報を気にすること(=承認欲求)」はだから、一体にして不可分のものなのだ。

 


 わたしたちは現在、1日か2日に一度入浴し、きちんと洗濯した服を着て人前に出る。赤ん坊時代であれば入浴していなくても汚い服を着ていても気にならなかったかもしれない。
 しかし、「きちんとした人として見られたい(=承認欲求)」ことが規範を学ぶエンジンになり、そこそこ社会的な立ち居振る舞いをするようになる。幼いころからこのかた、わたしたちが承認欲求のお蔭をもってに身に着けてきた規範的・社会的な行動はどれほどたくさんあるだろうか。
 
 
 某アドラーの弟子ドライカースの著書では、人が悪いことをする契機の第一は「称賛の欲求」なのだという。それだけを見るといかにも承認欲求はわるいもので、アンインストールしたほうがいいもののように思えるかもしれない。

しかし、ドライカースはわたしたちが良いことをする契機については書いてくれなかった。わたしたちが人生の中で規範に従った「よい行動」をする回数と悪いことをする回数のどちらが多いか考えてみよう。ときどき悪いことをさせるのも承認欲求かもしれないが、日常的にそれをはるかに上回る数の規範的な行動をわたしたちにさせてくれるのも承認欲求だ。それは「操られている」「囚われている」といった被害者的なタームで表現する必要はなくて、そもそもそういう風につくられているのだ。


 この「承認欲求が規範の学習の原動力となる」という知見は、当然マネジメントにも応用できる。
 「行動承認研修」のなかではこのリーバーマン説との出会い以来、こんな風に教える:

 あなたがマネジメントの中で部下に順守してほしい行動を教えたり指示したりするときには、同時に部下を承認しなさい。できれば部下が「たしかに自分自身のことだ」と思えるような承認をしなさい(たぶん行動承認をしておけば間違いないでしょう)

 もっと以前から、「行動承認」の世界では、「部下がぼくの言うことを信頼して聞いてくれ、その通り行動してくれる」という報告がされていた。だから「信頼の問題」であるともいえるし、「承認欲求の問題」だともいえるだろう。いずれにせよ「行動承認」をしていればよいことなのだ。
 
 
 そういうわけで、承認欲求はわたしたちが生涯にわたってアンインストールできないOSのようなものだ。よく、前頭前皮質の一部を損傷した患者さんが抑制がなくなり、不道徳な言葉を言ったり約束を守らなかったりする事例が取り上げられるが、そういう逸脱した人になりたいと思うのでなければ、これまで通り承認欲求とともに生きればよいのだ。


 
 

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 ・・・……<<<エウダイモニア通信>>>……・・・
発行日 2017.1.16
             
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 ※「エウダイモニア」は「幸福」、また「栄える」という意味のギリシア語
です。
 「業績1位」の山を築いてきた承認マネジメントの研修講師・正田佐与が、
経済的繁栄を含めたわたしたちの「幸せ」についてご一緒に考えるメルマガ
です。
 
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 ┃本日の話題 ☆☆☆☆☆
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【1】 ハラスメントを考える:「承認欲求」を貶めてはいけないわけ

【2】 ついにTVドラマも登場!
「アドラー心理学批判」再度の決定版を出しました
「『嫌われる勇気』は発達障害者の自己正当化だ!
懸念される『アドラー心理学鬱』」
米アドラー心理学会重鎮もきっぱり「承認を求めるのは正常なこと」

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【1】 ハラスメントを考える:「承認欲求」を貶めてはいけないわけ

 前号でも取り上げた電通の新入社員・高橋まつりさんの痛ましい死について、
その後フェイスブックでも話題にしました。

「…極限状態まで追いつめられて命を絶ってしまった人にかんしても、それは
その人の尊厳がひどく傷つけられたから、言いかえれば極端な承認欠如の状態
だったからという説明ができるんです。平常時、極限状態を問わず、『承認欲求』
は、わたしたちの『尊厳』と深く結びついています。『承認欲求』を貶めてしまう
と、『なぜ、パワハラはいけないか』『なぜ、セクハラ、モラハラはいけないか』
を説明することができません」

 これに対して応答してくださった思慮深い女性のお友達がいました:
「電通の彼女の話は長時間労働もだけど、承認の問題だな、とすぐに思いました。
電通に入って広告業界を志望するひとは好きな世界の仕事だから少々過重労働
でも頑張ると思います。彼女が亡くなったのは時間でなくて、内容。徹夜で仕
上げた仕事に「髪がボサボサ女子力低いね」という言葉。本質的なことではなく、
些末な部分、無関係なところをついてのセクハラ、モラハラの連続。
 疲れていようがダメ出しされようが、こういう能力も高くガッツのある人なら、
何がダメでどうしてほしいか、ここまでの努力は買うけど、ここがダメ、という
適切な指示があれば(かといって長時間労働そのものも問題だけど)死んだりしな
いと思います。
意味のないダメ出しに次ぐダメだし。承認されないことがこの事件には大きな
原因。人間は承認されなくても短時間なら耐えられるけど、長時間は無理。承認
されつつの仕事なら、多少の無理は耐えられるということなんではないかな、
とすぐに思いました。」

 メルマガ読者のあなたは、どう思われますか?
 わたしはこのお友達に全面的に同意です。
 長時間労働撲滅の取り組みが意味がないわけではありません。そのことに取り
組むことも偉大なことなのですが、それと並んでパワハラ、上司や周囲の人の
言動も同じくらい、重要なことなのです。
 そして、ハラスメントの問題にかんして
「では彼女には何が必要だったのか」
「何をしてあげるべきだったのか」
を考えるためには、決して、「NG言葉集」をつくれば解決するわけではありませ
ん。
「人権尊重」「尊厳」という言葉を一度、「承認」「承認欲求」という言葉に置き
換えてみると、上のお友達の言葉にあるように、「何をしてあげればいいか」初め
て答えが見えてきます。

 いっぽうで巷には、「承認欲求」という概念を貶めるネット記事やサイトの煽り
文句があふれています。これは、実は日本だけで起きている非常におかしな現象
です。
 次の記事にもあるように、「アドラー心理学」の米国の重鎮でさえも、「他者か
らの承認を求めるのは正常なこと」と述べています。
 ネットにもTVや書籍にも「フェイク・ニュース」があふれる時代です。メルマ
ガ読者の皆様は、決して間違った話を真に受けないようにしてくださいね!


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【2】 ついにTVドラマも登場!
「アドラー心理学批判」再度の決定版を出しました
「『嫌われる勇気』は発達障害者の自己正当化だ!
懸念される『アドラー心理学鬱』」
元北米アドラー心理学会長もきっぱり「承認を求めるのは正常なこと」

 先週12日(木)には関西テレビ系でドラマ『嫌われる勇気』がオンエア。
国内だけで累計150万部を売り上げたメガヒットの同名書を原案に、刑事ドラ
マに仕立てたものです。
 そのドラマの出来はさておき…。
 
 このメルマガおよび拙ブログでは、昨年末以来「アドラー心理学」の有害性
を取り上げてきましたが、こちらでも進展がありました。
 まず、国内のアドラー心理学会の重鎮が現在の『嫌われる勇気』ブームに
苦々しいコメントをしていたことが判明。
●不良品、ついにドラマになる〜元日本アドラー心理学会長も嘆く不幸な状況
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951602.html 

 つぎに、アメリカのアドラー心理学会の重鎮リチャード・ワッツ氏から
親切なメールをいただきました。こちらはより責任をもって説明しようという
姿勢が伺われます:
●元北米アドラー心理学会長がきっぱり「他者の承認を求めるのは正常なこと」
「問題の本はアドラーとはかけ離れた解釈」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951614.html 

 これらに基づいて、拙ブログでは「アドラー心理学批判」の再度のまとめ
記事をUPしました。この記事はフェイスブックのお友達に「説得力がある」
と評価していただき、傍からみて心配な言動をとる「信者」の方に転送してい
ただくなどしました。
●アドラー心理学批判 再度のまとめ:『嫌われる勇気』は発達障害者の自己
正当化だ!懸念される「アドラー心理学鬱」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951658.html 
 
 この記事の中に書きました「アドラー心理学鬱」は、まだはっきりした報告
があるわけではありません。しかし、Amazonの『嫌われる勇気』のレビュー
欄をみると、「重度の鬱の人はこの本を信じて実践しない方がいい!」という
警告のレビューをちらほら見かけます。
 ご本人がこの本を実践して鬱をひどくする場合と、周囲の人がこの本を信じて
「承認欲求など、尊重したり満たしたりしてやる必要はない」と考え、ことさ
らにご本人のこころを痛めつけるような言動をとる場合とが考えられそうです。
いわば、「承認欲求を貶める」とは、容易にサディズムにつながります。
 また、メディア関係者にアドラー心理学の信者が多いとみられる昨今なので、
ひょっとしたら電通の高橋さんを死に追いやった風土にも、この本の思想が
関係しているかもしれません。

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 ┃今日の一筆箋  
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 先週末はまたしても雪の中のセンター試験となりました。昨日曜夜は
「お疲れさん」をしたご家庭も多いかも…?18歳の試練、健康を維持して
乗り切っていただきたいですね。

 まだまだ、「批判」の仕事が続いていますが、本当は【2】でご紹介した
記事に書きましたような、幸せな職場づくりのお仕事のほうをしたいものです。

※今号は「ユリーの星に願いを」はお休みです。
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100年後に誇れる教育事業をしよう。

 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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 再度のアドラー心理学批判のまとめ記事である。今日は少し物騒なタイトルをつけてみた。

 『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(いずれも岸見一郎+古賀史健、ダイヤモンド社)はそれぞれ2017年1月現在で累計150万部と44万部のベストセラーだ(同社調べ)。

 だがその論法を少し丁寧にみれば、この本の著者と想定読者層の独特の「認知的な偏り」をみてとることができる。既に日本の全人口の1,5%前後の方が購入した本であるが、その多くの方はこの本の内容をご自身の生き方やお子さんの子育てに応用する必要はない。できれば早めに内容を忘れたほうがいい、そういう本である。

 「この特性がなぜ発達障害?」と首を傾げる読者の方もいらっしゃるかもしれない。その場合は、発達障害の人の特性について比較的詳しいこちらのリンク先

●発達障害者は注意するのが好き?『大人の発達障害ってそういうことだったのか』を読む」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51873335.html

も、参照しながらこの記事を読み進めていただくとありがたい。

 また過去のアドラー心理学批判のまとめとしては、下記2本の記事がGoogleトップにランキングされているので、ご興味のある方はこちらも参照されたい:

●アドラー心理学批判 アドラーの罪:発達障害者向けのお説教と批判封じ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941204.html
●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在しない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html


 さて、今日の記事の目次は以下の通り。今回も長い記事になるので本文は「続き」部分に。

1.オールオアナッシング、論理の飛躍
 ――フロイトが原因論ならアドラーは目的論だ!

2.「…してはいけない」「トラウマは存在しない」極論の否定形連発
 ――「構造化」が好きな発達障害者向けのパフォーマンス

3.体内感覚との乖離
 ――承認欲求への嫌悪、しかし本来は「共同体感覚」「協力」「貢献」と不可分のもの。

4.尻切れとんぼのプログラム、 「実行」への想像力不足
 ――ほめるを否定し勇気づけを肯定、承認欲求を否定して貢献・協力を肯定

5.現場的努力への不敬/「ほめる」「承認」が定着した職場や学校への異常な妄想

6.「すべての悩みは人間関係からくる」は出家遁世のすすめ

7.結局「何もしない」で、嫌悪の感情が残るだけ!!

8.「アドラー心理学離婚」も発生?「アドラー心理学鬱」は?

9.アドラーは科学哲学者ポパーの反面教師だった!

10.「行動承認プログラム」は、「能動態の承認」



 続きを読む

 アドラー心理学最新情報。アメリカの権威からみた「岸見アドラー心理学」とは。

 北米アドラー心理学会元会長のリチャード・ワッツ氏からメールをいただいた。昨日昼に思い立ってお問い合わせのメールを書いたところ、夜中にご返信があった。

 その内容をご紹介させていただきましょう:

著者はアドラーの教えについてアドラーとはかけ離れた解釈をしているようですね。

まず、他人の注目を集めることだけを考えて生きるのは不健全なことです。しかし、他者の承認を求めるのは正常なことです。私たちは所属とつながりの感覚を切望する存在なのですから。ヒトは社会的存在であり、よい関係性のためには協力は不可欠なものです。

第二に、上と同様、他人の期待だけに基づいて意思決定をするのは不健全なことです。しかしながら、周囲の人との協力という概念、また共同体感覚/社会的利益(ゲマインシャフト、共同社会)という概念は、関係性の中のギブアンドテイクを含むのです。それはすなわち、われわれは関係性の世界の中で自分の意思決定が他人に及ぼす影響を考慮しなければならないということです。自己の利益にだけ動機づけられているというのは正しくありません。

第三に、「他人の問題に介入しない」という概念は、主に問題を抱えたお子さんをもつ親御さんに向けて言ったものです。「絶対にしない(never)」という言い方は、アドラーもドライカース(注:アドラーの弟子の1人。アドラーの死後、アメリカでシカゴを拠点として活発なグループを設立し、個人心理学国際ニュースレターを発行した)もしていません。彼らは、「子どもにはできる限り自分の問題を自分で解決する機会を与えよう」と言ったのです。これは大人にも当てはまると私は思います。子どもが自分で解決できなかった場合、まただれかが攻撃的になった場合には、親や監督者が介入します。要は、私たちはほかの人たちに、自分で問題解決する機会をできるだけ多く与えるべきだ(そして私たち自身の問題解決にベストを尽くすべきだ)、介入したり助けを求めるのはそのあとだ、ということです。「絶対に介入しない」「絶対に助けを求めない」という言い方はアドラー心理学の常識を超えています。

このメールが助けになればと思います。

最高の勇気の表現の1つは、不完全であることの勇気だ。―アルフレッド・アドラー


リチャード・E・ワッツ、Ph.D.LPC-S, Distinguished Professor of Counseling
テキサス州立大学System Regents' 教授
サムヒューストン州立大学カウンセラー教育学科(テキサス州ハンツビル)

米カウンセリング協会フェロー
アドラー心理学会資格保持者
元北米アドラー心理学会会長(Past-President)

Hello, Sayo Sodo.

It appears the author takes some of Adler’s ideas far beyond what Adler meant.

First, to base one’s view of self solely on how much attention one receives from others is not healthy. However, it is normal to seek recognition from others in the sense that we all desire to have a sense of belonging and connection. Humans are social beings and cooperation is a crucial value for successful relationships.

Second, and similar to the first, to base all our decisions merely on the expectations of others is not healthy. Nevertheless, the notion of cooperation, as well as community feeling/social interest (gemeinschaftsgefuhl), with our fellow human beings includes relational give and take; that is, we should consider the impact of our decisions for others in our relational world and not be solely motivated by self-interest.

Third, the notion of not intervening in problems is typically addressed to parents when siblings are having difficulties. To use “never” is not what Adler or Dreikurs stated. What they said is that we should give children every opportunity to work out problems for themselves. I believe this applies to adults as well. Leaders should give those they supervise every opportunity to work our problems. If the cannot work them out, or if one of the persons becomes aggressive, then a parent or a supervisor should intervene. In summary, we should give others the space to work out problems as often as possible (and we should do our best to work out our own problems) before intervening or seeking help from others. To say we should “never” intervene or “never” receive assistance goes well beyond the common sense of Adlerian psychology.

I hope this is helpful. rew

One of the highest expressions of courage is the courage to be imperfect. - Alfred Adler
Richard E. Watts, Ph.D., LPC-S, Distinguished Professor of Counseling
Texas State University System Regents’ Professor
Department of Counselor Education
Sam Houston State University
SHSU, Box 2119
Huntsville, TX 77341-2119
Phone: 936/294-4658
Fax: 936/294-4277
Email: rew003@shsu.edu
SHSU’s CACREP Accredited Ph.D. Program: http://www.shsu.edu/programs/doctorate-of-philosophy-in-counselor-education/

Fellow of the American Counseling Association
Diplomate in Adlerian Psychology, NASAP
Past-President, North American Society for Adlerian Psychology (NASAP)
ResearchGate Webpage: https://www.researchgate.net/profile/Richard_Watts8
My Website: http://sites.google.com/site/richardwattswebsite/Home
Twitter: @Richard_E_Watts
Article on Reflecting As If in Counseling Today: http://ct.counseling.org/2013/04/reflecting-as-if/
ACA Podcast on Reflecting As If: http://www.counseling.org/knowledge-center/podcasts/docs/aca-podcasts/ht026-reflecting-as-if-(rai)-adler-and-constructivists-unite





 このブログの少し長い読者の方には、もうワカッテイルお話だとは思うが、こうして米アドラー心理学界の重鎮の方が言ってくださると重みがある。

 できれば、日本のアドレリアンの方々もきちんと発言していただきたいものだ。



※ちなみにワッツ氏から上記のメールをいただいた元の私からのお問合せメールはこういうものです:


こんにちは、私は日本の研修講師兼ブロガーです。
日本のアドラー心理学のトレンドについて先生のご意見を伺いたいと思い、メール差し上げました。
近年、アドラー心理学に関する『嫌われる勇気』という本が日本とアジアでミリオンセラーになっています。
私はこの本を読んだらとても変に感じ、アドラーの原著を読んでみたところ大きなギャップがあることがわかりました。『嫌われる勇気』は個人心理学について誤解を招いてしまうのではないかと思います。「他者からの承認を求めるな」「他人の期待に応えるな」「他人の問題に介入するな、自分の問題に他人を介入させるな」などと、アドラーの思想であるかのように言っているのです。私はそれは変だと思いましたしアドラーがそんなことを言うわけないと思いました。

先生がこの状況をどうお考えになっているかぜひお伺いしたいです。私の友人たちはこのままだと、アドラーの教えは若い人に有害な教えだと思われてしまうかもしれないと不安がっています。私たちに正しいお導きをください。

Mr.Richard Watts,

Hello. I’m a Japanese business instructor and blogger.
I’d like to ask you about your opinion on Japanese Adlerian trend, if you don’t mind.
These years, a Japanese book on Individual psychology, ‘Kirawareru Yuuki’ (means ‘Courage to be Hated’) has become million seller in Japan and other Asian nations.
I read the book and felt very odd, so I read Adler’s original works and found many large gaps between the books.
I felt the book, ‘Kirawareru Yuuki’, induces a lot of misunderstandings about the individual psychology. It says "do not seek recognition from others," or "there is no need to fulfill others' expect," or "never intervene to others' problems and never let others intervene to your problems" as if they are Adler’s thought. So I felt it odd and thought that Adler should not say such a matter.

Please tell me how you think about this situation. My friends are anxious that if it were in this way, Adler’s teaching would be taken as a harmful to young people. Please give us a collect guidance.

Thank you,

Best Regards

Sayo Shoda
Koyocho-naka 1-4-124-205, Higashinada-Ward, Kobe-City, Hyogo-Prefecture, Japan



 今日はとりわけ当ブログの「アドラー心理学批判」の記事にアクセスが多いです。
 たぶん、ドラマのせいです。

 「嫌われる勇気」フジテレビ系、木曜22時〜
 http://www.fujitv.co.jp/kira-yu/

 アドラー心理学をベースにした刑事もの。
 毒食わば皿まで、この国で起こっている思想的狂騒を見ておこうとわたしとしては珍しくTVをつけました。

 香里奈が、冷え冷えとしたなんの潤いもない心のヒロイン「アンドウランコ」を好演しています。

 岸見アドラー心理学本の文体をまねしてか、「明確に否定します」というセリフをやたら乱発。少女が泣きわめくのを尻目に満足顔でショートケーキを食べる冒頭シーンなどは異常性格にしか見えません。

 (あとのほうになると、「皆さんは先生がいいというものをすべていいというのですか?」なんていう、正論めいたことも言います)

 椎名桔平扮するヒロインの恩師役によれば、アンドウランコは教育を受けてそうなったわけではなく生まれながらのアドラー、ナチュラルボーンアドラーなのだそうで、これなどは岸見アドラー心理学はもともと適性のある人を吸い寄せる性質のものなので、違和感はありません。そのマイペースでやれる人はやればいい、ただそれをやる人達はなまじアドラー心理学というテキストを手に入れたので教条主義的になってすごく鬱陶しくなる、ということだと思います。自己正当化しまくってはいますが香里奈の表情はお世辞にも幸せそうとは言えません(このあたり、上手い演技なのでしょうか)

 で、アンドウランコ的生き方が成立するのは、「上司も同僚もあたしよりバカばっかり」という状況であるということも指摘しないといけません。現実にも遭遇する「信者」の方の周囲へのリスペクトの無さも想起します。普通はここまで極端な職場環境はあり得ず、上司先輩周囲の人々に教えてもらって仕事するのですから、「つながり感」はもっと重要なのです。アドラー心理学信者には世界はこのようにみえている、ということでしょうか。


 さて、「この国で起こっている思想的狂騒」という言い方をしましたが…、


 国際的にみても、やはり日本のアドラー心理学の現状はかなり奇妙なことになっているようだ、という証左をみつけました。

 元日本アドラー心理学会会長・野田俊作氏の昨年3月31日のエントリ。

 http://jalsha.cside8.com/diary/2016/03/31.html


 この記事では野田氏は、米国のアドラー心理学会関係者の問い合わせに答えてこんな苦渋に満ちた回答をしています。

残念なことに私は彼の本を好意的に評価することができません。彼の意見はさまざまの事項について「標準的な」アドラー心理学から偏っています。たとえば彼はある状況下では協力を拒否することが重要であると述べ、「他者からの承認を求めない」とか「他者の期待を満たす必要はない」とか「他者の問題に介入してはいけないし、自分の問題に他者を介入させてはいけない」というようなことを書いています。多くの日本のアドレリアンたちは当惑していて、彼の本を無視していますが、けれども彼の本は爆発的に売れています。たくさんの人たちが彼の本を読んでそれが与えた先入観をもって私たちの講座にやってきます。私たちアドラー心理学の教師たちは彼らの間違いを修正することでとても忙しいです。経済的には幸福ですが、学問的には不幸です。私たちは「アドラー・ブーム」に圧倒されていて、ただ台風が過ぎ去るのを待っています。これが私たちの状況です。



 いかがでしょうか。
 以前にこのブログに「日本のアドラー心理学関係者や研究者は、岸見氏の暴走を批判しないのでしょうか」というようなことを書きましたが、ここでは野田氏は「台風が過ぎ去るのを待っています」と述べています。批判を封じられており奥ゆかしいので、公に批判したりはしないようです。


 しかし、以前にも書きましたように「岸見アドラー心理学」はアドラーの原著から恐ろしくかけ離れたことを言っていて、ほとんど虚構に近く、しかも人間性に対して有害な要素がいっぱい入っているのです。下手にかぶれた人が気の毒なのですが。

 そんないわば”不良品”をここまで大きくしてしまったのは、早いうちに誰も適切な批判をしなかったせいなのでありアドラー心理学関係者らの罪は大きいと、わたしは思っているのでした。

(だから、畑違いのわたしが今やっているのです)
 

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発行日 2017.1.10                 
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【1】 「AI先生」と「ロボット上司」

【2】 ふたつの「1位」に思い複雑

【3】 連載「ユリーの星に願いを」第9回 「牡丹に思う」

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【1】 「AI先生」と「ロボット上司」

 読者の皆様、あけましておめでとうございます。しばらくこのメルマガの
発行を休止しておりましたところ、思いもかけず読者の皆様よりお年賀状等で
「良い内容を書いてくださっていたのに、最近見られず寂しい。ぜひ再開して
ほしい」と温かいお言葉をいただきました。大変、嬉しゅうございました。
 お言葉に甘え、改めて皆様にご挨拶させていただきます。本年も何卒よろし
くお願いいたします。

 昨2016年は、電通の新入社員の自殺という痛ましい事件から、かつてなく
「働き方」に注目が集まった年でした。
 読者の皆様も、「働き方」に関して今年は何らかの施策をお考えになる方も
多いのではと思います。
 さて、そんな中、昨日1月9日のNHK「ニュースウォッチ9」では、「AI先生」
についての特集がありました。

>>http://www9.nhk.or.jp/nw9/ 

(本日時点ではまだサイトに載っていないようです。数日経ってからクリック
してみてください)

 ある学習塾では「AI先生」による学習指導を全面的に導入。生徒にインタビ
ューすると、「AI先生」のほうが「リアル先生」より教え方が上手で好評、と
いう。生徒がどこでつまづいたかを一瞬で細かく分析し、その弱点を強化できる
ような問題を膨大なデータベースからいくつも出してくれる。それにより生徒の
問題を解く力がめきめき向上するそうです。
 では人間の先生の存在意義はなんなのか?というと、、、
とくに学校でこの「AI先生」を導入して学習指導を完全に「お任せ」した場合、
リアル先生の役割は、いわば「ファシリテーター」となります。生徒が友だ
ちと連携しながら考え、アイデアを出し、取り組むようサポートするというも
のです。

 いよいよ、「AI先生」の登場が現実的に。それでは、「マネジャー」「管理職」
の役割はどうなるでしょうか?
 これについての考察も実は既に出ていました。

●「ロボットの上司」は人間に優るか?―ハーバード・ビジネス・レビュー
>>https://at-jinji.jp/blog/5692/

 これによると、「ロボット上司」のメリットとしては
・衝突が避けられる・より客観的なフィードバック・合理的な意思決定ができ

などがあります。一方考えられるデメリットとしては
・ロボットもミスを犯す(具体的には、現状追認的になり差別をするなど)
・これまでの常識にない発想はできない
・人の管理につきものの不測の事態に対応できない
もう1つ大きな要素として、
・人はロボットより同じ人間に評価されたり感謝されたい
ことを挙げています。

 さて、「行動承認」を既に取り入れ実践されている皆様は、これらの考察
には「納得」いただけましたでしょうか?

 ちなみに、まったく偶然これに関連するようなお話ですが、年頭に
「ブログ読者の皆様にお年玉」として、なぜ「行動承認」の世界のマネジャー
は聡明なのか?という話題を掲載しました。
 連休明け、ひときわお忙しく過ごされていることと思います。お時間のある
ときにご覧ください:

●ブログ読者の皆様にお年玉 あなたがたはなぜこんなに聡明なのか
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951145.html

●ブログ読者の皆様にお年玉(2)OSとアプリ、「無罪判決」とマネジャーの
「寛容」、ダイバーシティ―の思考法について(試論)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51951308.html

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【2】ふたつの「1位」に思い複雑

 わたくしが長らく「お休み」していたため、2016年は「1位マネジャー」を
とうとう作ることができませんでした。
 ただ、お休み中にひっそりと作られた「1位」がありました。自慢できること
なのかどうかわかりません。

 拙ブログ「正田佐与の愛するこの世界」がふたつの分野の「批判」でGoogle
検索1位を獲得していました。
 その二つとは…、
「アドラー心理学」と「学力の経済学」。
 これらを「アドラー心理学+批判」「学力の経済学+批判」でGoogle検索して
いただくと、トップページの最上位に拙ブログからそれぞれ2つの記事が
ランクされるようになっています。ご興味のある方はぜひ、やってみてください。

 特別な操作をしたわけではなく、Googleは「コンテンツの良さ」「被リンク数」
で検索結果を決めているそうですので、拙ブログ記事の信頼性、正確性などが
Googleに評価していただいた結果、と考えてよいと思います。

 年明けになってとりわけ自治体・教委のドメインから「学力の経済学」の批
判記事にアクセスが多いのは、『「学力」の経済学』という本に書いてあるこ
とを政策導入すべきか否か?真剣に迷われている方がアクセスされているので
は、と推測しています。

 一昨年末ごろから、世間のベストセラーの中に非常に人間性にとって有害な内
容があることに気づき、心ならずも「批判」に力を入れるようになりました。
 「批判」をすると、人格が狭量にみえ、敬遠されやすくなります。しかし、明
らかに人の体やこころを害するものを放置しておくことはできません。それは、
たまたまその「有害性」が見えるポジションにいたものの義務、「ノブレス・
オブリージュ」だと思っています。
 決してだれかを貶めて自分の優位性を誇りたいという意図はありませんので、
今年はできればこうした「批判」の仕事をしないで済むよう願います。
 出版社さんも、どうか人の体や心をむしばむ本を使ってヒットを作るよう
なことは自重していただきますように…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【3】連載・「ユリーの星に願いを」第10回「任せられないマネジャー」
By ユリー
 ユリー:マーケティングコンサルタント。人と組織のメカニズムに高い関心
を持つ仏教学習者。40代女性。
***********************************

 こんにちは、ユリーです。読者の皆様、あけましておめでとうございます。

 先日、知人のある中小企業の経営幹部から「課長が部下を使いこなせず、
自分で仕事を抱え込んでしまう、結果的に容量オーバーをおこし、経営改善
のための新規プロジェクトが計画通りに進まず困っている。」という話を聞き
ました。この手の話は、あちこちで聞く話なので、読者のみなさまにも、
同じような経験をなさっている方がいらっしゃるのではないでしょうか。

 組織のマネジャーである以上、組織として掲げた目標と計画達成の責任が
あります。しかし、優秀なプレーヤーだった頃と同じ働き方や目線では、マ
ネジャーに求められる成果をあげることは難しいということを知らないま
まマネージャー職に就いてしまう人がいます。また、頭ではそのことを理解し
ていても、実際の行動が伴わないということもあります。いずれの場合のマネ
ジャーも、期待に応える成果を上げることは困難です。

 さて、こういうケースでは経営者はどういう対策を打つべきなのでしょう。
読者のみなさまはどうお考えになりますか?

 もちろん「行動承認」の実践はとても有効です。確実にマネジメント
スキルを向上させることができるので、該当のマネジャーには正田先生の研修
を受けていただきたいところです。

 私の個人的な経験に照らして考えると、話題になった課長はルーチン業務に
は長けているが、プロジェクト業務には不慣れで、両方を平行して進めること
に混乱していると思えます。ルーチン業務は繰り返し業務ゆえ、タスク分解、
スケジューリング、リソースの割当など、前例に従うことで成立します。一方、
プロジェクト業務はそれぞれに納期があり、タスク分解もスケジュールリング
もリソースの割当も、マネージャーが立案せねばなりません。また、予算管理
や予算策定のためには財務知識も必要ですし、それらを現場に落とし込むため
には、事業ドメインに応じた業務レベルの擦り合わせをせねばなりません。マ
ネジャーとして成果を出すために必要な知識やスキルは、プレーヤー時代と比較
すると桁違いに増えるのです。こう考えると、この課長を課長職に登用する際の
能力の見極めが少々甘かったのではないかという気がします。「部下を使いこなせ
ない課長」を嘆いている経営幹部こそが、彼を課長職に登用した当事者であった
ことを思うと、問題の根は課長だけにあるのではなく、人事制度全般の問題では
ないかというところに行きつきます。この考えを知人に率直に伝えたところ、「自
分もそこが問題の根幹だと気がついた。」とお話してくださいました。

 中小企業で大企業のような人事制度などと言っていられるか!という経営者の
本音も十分すぎるほど理解できます。しかし急がば回れ。管理職の人事が機能し
ないとしたら、職務分掌、組織デザイン、人事制度や人事考課など会社の土壌の
見直しが必要なサイン。天候をコントロールすることは不可能でも、咲かせたい
花にふさわしい土壌は自ら整えることは自力で取り組めることではないでしょうか。

□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ┃今日の一筆箋  
□□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 「トヨタ、米国で今後5年間に1兆円以上の投資計画」というニュースが
今朝飛び込んできました。オトナの対応が必要、しかし事の種類によっては
…またまた複雑な気持ちになる昨今です。
 皆様にとって素晴らしい1年になりますよう、お祈り申し上げます。

┌─<<現役マネージャー必読!>>──────────────────>
│  近著『行動承認―組織の能力を最大化する「認める力」』
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 発行者 正田佐与承認マネジメント事務所代表 正田 佐与

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暴力の人類史下


 前記事に引き続き『暴力の人類史』(上)(下)(スティーブン・ビンカ―、青土社、2015年1月、原題'THE BETTER ANGELS OF OUR NATURE')を読んでいます。

 今日はその後半、下巻の「第8章 内なる悪魔」と「第9章 善なる天使」をじっくりと。いよいよ進化心理学者、認知科学者である著者ピンカーの本領発揮の、非常に読みごたえのあるところです。


 ですが、面白すぎてはしょれるところが少ない。ざくっとしたロジックの筋を追うことも大事ですがわたし的には脳科学の細かい知識のほうにも目が行きます。
 なのでこの記事は「続きを読む」を活用しようと思います。「ざくっとしたロジック」を表のウインドウで、細部の知識を「続きをよむ」で。


 「第8章 内なる悪魔」は、わたしたちを暴力的・攻撃的にさせる脳機能を扱います。これには5つのカテゴリーがあります。すなわち:

1.プレデーション(捕食):最も単純な種類の暴力で、ある目的のための手段として力を行使する。探索系によって設定される食欲や性欲や野心などを追い求めるために暴力が配備され、背外側前頭前皮質を格好の象徴とする脳内の知的な部分すべてによって暴力が誘導される。

2.ドミナンス(支配、優位性):ライバルよりも自らが優位に立とうとする衝動的欲求のこと。この欲求は、テストステロンを燃料とする支配系やオス間攻撃系と結びつくこともある。ただし、この欲求がオスだけのものというわけではなく、また個人間だけでなく集団間でも優位をめぐって争いをする。

3.リベンジ(報復、復讐):受けた危害を同じように返そうとする衝動的欲求のこと。直接的な主動力となるのは怒り系だが、その目的のために探索系を引き込むこともある。

4.サディズム:傷つけることそのものを喜びとする。

5.イデオロギー:あるイデオロギーを心から信じている人びとは、さまざまな動機を1本の教義に織りなし、そこに他人を引き込んで、破壊的な目標を遂げさせる。


 これに対してわたしたちを善たらしめる脳のはたらきがあり、これを「第9章 善なる天使」で取り上げます:

1.共感:「共感は過大評価されてきた」とピンカーは言います。

2.セルフコントロール

3.最近の生物学的進化?

4.道徳とタブー

5.理性

 このうちピンカーがもっとも期待と信頼を寄せるのは最後の「理性」です。「理性」は「セルフコントロール」や「道徳」と連携して「平和化効果」をもたらすといいます。
 加えて、人類のIQは20世紀初め以来、向上している(フリン効果)。自分の目の前のものだけでなく、より抽象的なものを理解し目の前にないものも推論できるようになり、この推論能力の向上が、「理性の平和化効果」と結びついて、20世紀後半の暴力減少や権利革命(人種、女性、子ども、動物など)をもたらしたのだろう、とピンカーはみています。

 本来凶暴なチンパンジーに近い人類が環境や文化や後天的努力によって長い平和を維持している。凄いことですね。


 大雑把にこれが『暴力の人類史』下巻の筋です。


 ところで、この原著の出版は2011年。この本には、最近のIS(イスラム帝国)の勃興やそれへの先進国の若者の参集はふくまれていません。

 また、「トランプ大統領」の誕生とそれを支えたアメリカの分断、それにネットデマの拡散や「PC(ポリティカル・コレクトネス)」への反動について、ピンカーはなんと言うだろう。という興味もそそられます。

 
 大統領選はるか前に書かれたこの本の中のひとつのヒントとして、ここには「統合的複雑性」という概念が出てきました。政治演説の洗練度を、「統合的複雑性」の概念によって測れる、といいます。

 たとえば「統合的複雑性」の低い文章は、「絶対に」「つねに」「間違いなく」「確実に」「完全に」「永遠に」「明白に」「疑いの余地なく」「まぎれもなく」といった単語を使います。
 文章の統合的複雑性は、それを作成した人の知能と相関関係にあり、特にアメリカ大統領において顕著だといいます。統合的複雑性があまり高くない言語を使う人は、フラストレーションに対して暴力で反応したり、戦争ゲームに参戦する機会が高いとも。

 そして、指導者の演説の統合的複雑性が低下すると、そのあと戦争が起きることが実証されているそうです。



 さあ、わたしたちが生きているのは「平和化から暴力化への揺り戻し」のプロセスなのでしょうか。
続きを読む

暴力の人類史












暴力の人類史下




 ちまたでは『サピエンス全史』が流行っているようです。
 
 そんなとき天邪鬼なのか、一昨年邦訳された大作『暴力の人類史』(上)(下)(スティーブン・ビンカ―、青土社、2015年1月、原題'THE BETTER ANGELS OF OUR NATURE')のほうを手にとるわたしです。


 『サピエンス全史』は、まあTVで結論らしきことをきいたからいいかと(笑)いや、なんか「持ってかれそう」な匂いも感じたんですよね。


 当面ここでは『暴力の人類史』から学べることを丁寧にみたいと思います。著者ピンカーは認知科学者。上巻は歴史と統計を駆使して人類史を通じて暴力は減少していることを実証。下巻は著者の本領発揮で脳科学、認知科学をフル活用しながら暴力をつくる脳と、それを抑制する脳の働きを説明してくれます。

 はい、実は2つ前の記事以来のわたしの「側頭頭頂接合部」にかんする説明のタネ本は『暴力の人類史』です。

 ピンカーの脳科学の説明のしかたや、過去の諸研究の押さえかた、それへの疑義の呈しかたと結論の立てかたは、わたし個人的に非常にすきです。このようにものを考えたいものだと思います。(ページ数を食う記述方法かもしれませんけれどね)


 
 この本によると、わたしたち人類は古代も中世も、今よりはるかに残虐でした。

 現代人の目から見ると、聖書に描かれた世界の残虐さは驚くばかりだ。奴隷、レイプ、近親間の殺人など日常茶飯事。武将は市民を無差別に殺しまくり、子供でも容赦しない。女性は人身売買され、セックストイのように略奪される。神ヤハウェはささいな不服従を理由に、またはなんの理由もなしに何十万もの人びとを拷問したり虐殺したりする。


 ヘブライ語辞書には「国家や王、あるいは個人が他の人びとを攻撃したり殺したりしたことを明示的に記している箇所が600以上ある。…ヤハウェ自身が暴力的な罰の執行人として登場する箇所がおよそ1000、主が罪を犯した者をそれを罰する者の元に送る場面も数多くあるが、それ以外にヤハウェが人を殺すように明確に命令する箇所は100以上に及ぶ。


 イエス・キリストが処せられた「磔刑」という刑罰は、こんなおどろおどろしいものでした。


 ローマの磔刑は、まず裸にした受刑者を鞭打つところから始まる。使われたのは先の尖った石を編み込んだ短い革の鞭で、ローマ兵がそれで男の背中や尻、足を打つ。この論文によれば「裂傷は骨格筋にまで達し、血を流して痙攣する細い筋肉の束が剥き出しになる」。次に、両腕が重さ45キロほどもある十字架にくくりつけられ、男はそれを背負って支柱が立てられた場所に運んで行かなければならない。そこで彼は背中をずたずたにされた体を起こされ、手首に釘を打ち込まれて十字架に磔にされる(手のひらに釘を打ち込むという説明がよくされるが、手のひらの肉では体重を支えることはできない)。次に十字架が支柱にかけられ、両足は支柱に――通常は支柱のブロックなしに――釘付けにされる。両腕に全体重がかかり、肋骨はその重みで広げられるため、腕に力を入れるか、釘を打たれた両足を踏ん張るかしない限り呼吸はむずかしくなる。3,4時間から長ければ3,4日間苦しみ抜いた末に、男は窒息か失血のために死亡する。処刑人は男を椅子に座らせることで拷問の時間を引き延ばすこともできるし、こん棒で両足を叩きつぶし、死を早めることもできる。


 凄いですねえ。この本の上巻の前半はこれに限らず、残酷な刑罰、拷問、残酷な戦乱シーンのオンパレードです。こんな残酷刑を公開でやっていて、それを近所の人と見物に行って歓声をあげる感覚ってどうよ?と思いませんか。昔の人は、今の基準からみてお世辞にも人格高潔な人びとではありませんでした。


 中世の騎士道精神というのも全然かっこいいものではなく、ちょっとでも名誉を傷つけられた面子を潰されたと言っては剣を抜いて殺しあいました。昔の人の「承認欲求」は今よりはるかに剥き出しで血なまぐさいのです。

 
 原始時代の紀元前5000年ごろから数千年単位で、人類のうち暴力的な死を遂げる人の数が5分の1ほどに減った、といいます。さらに中世後半から20世紀までの間にヨーロッパ諸国では殺人の発生率が10〜50分の1に減りました。

 第一次・第二次大戦は20世紀を「暴力の世紀」と呼ばしめましたが、だから人類は暴力化の一途をたどっているかというと、それは大きな間違いでした。第二次世界大戦後は、超大国や先進国が互いに交戦しなくなりました。そして武力衝突やジェノサイドも、いまだに報道はされているものの過去より減っているというのです。さらに少数民族、女性、子ども、同性愛者そして動物に対する小規模の暴力に対しても嫌悪感が増大し、これらの暴力も減っています。


 人類は本来的に平和的なボノボよりは凶暴なチンパンジーのほうに近い、とピンカーは言います。進化の枝分かれにおいて、チンパンジーの祖先がわれわれの祖先に近かったようです。チンパンジーはボスが君臨するタテ社会でボスがメスザルを独り占め、メス同士の抗争で憎いライバルの子供を食べてしまうこともするし、クーデターが起こればボスの女をレイプしてしまうこともします。


 では、そんな人類がどうしていま、比較的フラットな社会をつくり一夫一婦制で平和を志向することができるのでしょうか。


 ピンカーはそこで「啓蒙」そして「文化」の力を挙げます。


 大きなターニングポイントは18世紀。ヴォルテール、モンテスキューら代表的な啓蒙思想家らが残虐刑を批判。ミラノの法学者・経済学者チェーザレ・ベッカリーアが1764年に『犯罪と刑罰』を発表するに及び、以後数十年以内に主要な西欧諸国では拷問がなくなりました。
 

 さらに下って20世紀のとりわけ第二次大戦後には世界中で急速に犯罪発生率、殺人発生件数が減少します。

 が、中で例外的な現象もありました。アメリカの60年代です。
 人口10万人当たりの殺人件数は、1957年の4人から60年代末には10人近くにはね上がりました。60年から70年までの殺人増加率は135%。自由に心のままに振る舞うことが奨励され、抑制された態度をとることをあざわらい、フリーセックス、ドラッグ、逸脱の文化が花開いた時代でした。

 この時代はベビーブーマーが10代後半〜20代を過ごした時期でもあります。この世代は世代的連帯感が強く、そして通信機器の発達もあってサブカルチャーの影響を強く受けました。この時代にアメリカの犯罪発生率は突出した高さを見せ、先進諸国の中の例外となりました。それは「抑制」の方向へすすんできた歴史的趨勢への反逆のような時代でした。

 その後、90年代にはカウンターの力が働き、アメリカは一転して「抑制」へ。犯罪発生率、殺人件数も急降下します(年間7%減)。


 結局、「文化次第」なのだということをこの例は教えてくれます。遺伝子的に進化が起こりようのない時間軸でも、「文化」が変わることで人類は行動様式を変容できるのです。

 (ちなみに、アメリカのベビーブーマーに当たるわが国の某世代も、人口比で犯罪発生率が突出して高いのだそうで…、この世代は「暴力の世代」なのです)


 
 
 このことは、教育屋のわたしにはさまざまな示唆を与えてくれます。


 例えば「承認教育」10数年の歩みの前半は、上の世代の行動様式との闘いでありました。暴力がデフォルトの世代の人びとからみると、「承認マネジメント」など綺麗ごとすぎて噴飯ものでした。実際、ベビーブーマーに当たる世代の男性コンサルタントから脅迫状がきたこともありました。


 しかし、「非暴力化」は国家間のみならず会社のようなコミュニティレベル、個人レベルにも及んでいるのです。上の世代にとって当たり前でなかった「承認」のような行動様式でも、今は新しい規範とすることができるのです。むしろ過去の規範が明らかに役立たなくなった今日、新たな規範の確立は必須でしょう。


 そして遺伝子的にシャイな日本人がデフォルトでは「ほめる」「認める」ことを苦手にすると言っても、アメリカで起きた犯罪発生率の極端な上下をみるかぎり、デフォルトでどうか、よりも「文化」の影響力のほうが大きそうです。文化は、教育やTV、ネット等メディアの力でつくれるものです。

 よくいわれる「遺伝の影響が大」というのも、さまざまな形質にたいする遺伝の影響は多く見積もっても40%であり(注:例外は知能。60%ほどが遺伝に影響される)、残りの60%以上は「環境」それも生育環境でなくある程度大きくなってからの外部環境に影響されるのです。なので遺伝子決定論<文化決定論 と言っていいかもしれないのです。

(家庭教育は、それほど大きな影響を与え得ない、というのはちょっと悲しいですけれどね。)



 
 この本では、ここ数十年の「非暴力のゆきすぎ」についてもややアイロニカルに触れています。小学校ではドッジボールが禁止され、今のアメリカの小学生はドッジボールをすることができない。失踪した子供のために「誘拐防止」のキャンペーンを大々的に張った結果、親たちは子供を学校まで車で送り迎えするようになり、公園から子供の姿が消えた。送り迎えの車にはねられて交通事故に遭う子供の数のほうが誘拐される子供よりはるかに多いという。ある女性ジャーナリストが9歳の息子の冒険の希望を叶えて1人で地下鉄に乗るのを許したところ、轟々たる非難がきたという。「ゆきすぎは見直しが必要だ」とこの本は言います。

 
 それでいえばこのブログでよく槍玉に挙げている「批判しない」テーゼも、ひょっとしたら「非暴力のゆきすぎ」であり、見直しをしないといけない種類のものなのかもしれない。とわたしなどは思います。





 もうひとつは、人類が「デフォルトで暴力的」である以上、「承認」はやはり、「批判理論」なのです。わたしたちのデフォルトに反逆するいとなみなのです。それは繁栄に通じる、価値ある反逆だからこそ、やる。フランクフルト学派の創始者の一人であるアドルノがナチスに追われ亡命したユダヤ人であり、暴力的なものにきわめて敏感な人物であったことなども想起しました。

 心優しい人、なんにでも「いいね」というタイプの人も、「承認」に共感してくださいますが、基本的に承認はデフォルトに対する抗いであり、闘争の意味合いをはらんだものである、ということです。

 「行動承認」の初期の担い手だった気骨あるマネジャーたちは、上の世代にたいする反逆精神を持ち、それとは違うやり方で成果を上げたいと考える人びとでした。今の時代のマネジャーたちにはそれほどの思い入れがなくとも学習できるものかもしれませんが。


 せっかく書き始めたので、ぜひこの本の脳科学・心理学的知見も次の記事でご紹介したいと思います。

※この項目は書きかけ項目です


 1つ前の記事「ブログ読者の皆様にお年玉 あなたがたはなぜこんなに聡明なのか 」に関連して新たに2つの話題。

 「OSとアプリ」、それから「無罪判決と寛容、ダイバーシティーの思考力」について。

 きのう友人から示唆していただいた。
 「行動承認」とそれ以外の多数の研修コンテンツは、「OS」と「アプリ」の関係なのだ、と。

 たまたま、友人は企業の人の「マネジャーが部下に仕事を任せられない」というお悩みを持ってこられていた。私からは、
「それは行動承認というOSをその人の中に作ることができればすぐ解決できるでしょう。OSさえあればすぐ載せられます。人に任せられるようになります。経験的にはそうです。ただ企業の人にはそこの因果関係はなかなかわかっていただきにくい」
ということをお話しした。それに対して友人が言ってくださったのが、これ。

「行動承認とそれ以外の多数のコンテンツは、OSとアプリの関係ですよね。そういう関係だということが理解できない方が多いですが」。


 こういうことは無数にある。今ここで数え上げられないぐらい。「行動承認」というOSに載せられるアプリを挙げ出したら巻紙のような長い長いリストになるだろう。企業の方に、「あなたの抱えておられる課題にもちゃんとお役に立てますよ」ということを言うのにも、長いリストの中から探していただくことになる。「ダイバーシティー」「ワークライフバランス」「パワハラ」「メンタルヘルス」「安全衛生」などもその中に入る。

 企業の方は往々にして(私の存じ上げている少数の聡明な方々はべつとして)課題にピンポイントで効き目があると謳う商品を選ぶ。宣伝上、また研修を受けているさなかにもそれは有効そうにみえる。でも「OS不在」では、現場に帰って実際には動かないものだ。(あるいは、強すぎるトーンで研修をやり薬が効きすぎてまるでそのアプリがOSのように見えてしまうので、「全然叱れないマネジャー」ひいては「規律規範のない職場」ができてしまったりする)

 こちらからみると、「いや、それよりOSをじっくり作ってあげたほうがいいんですよ」というのが見えてしまい何とももどかしいのだが、それは非常に伝わりにくい。



 似たようなお話は過去のブログにも何度も出てきていると思う。10数年間そのもどかしさを抱えてきた。

昨年はかつてなく「働き方」に注目が集まった年だった。だがそこでも、「過労死に対する時短」がOSになりうるのかどうか、また「パワハラ対策」がOSになりうるのかどうか、立ち止まって考えてみたいものだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 もう1つの話題は、表題にある「無罪判決とマネジャーの寛容、ダイバーシティーの思考力」について。


 1つ前の記事では、「行動承認」に大いに関わっていそうな脳の部位に「側頭頭頂接合部」があり、この部位は次の3つの役割を担っている、ということを書いた。

1. 自分の体位と他人の行動を察知する能力
2. 他人の気持ちをわかる「メンタライジング能力」
3. 他人の問題行動の動機が故意かそれとも不測の事故なのかに照らして、有罪か無罪かを決める判断力

 このうち3.について少し展開して考えてみた。

 「有罪か無罪かを決める」というと大仰な表現だが、これはこの知見を導き出した実験で被験者に裁判官になってもらい「この犯人は有罪か無罪か?」を判定してもらうことをしたからだ。だが裁判官になってみるまでもなく、わたしたちは日常的に「有罪か無罪か?」という思考はしている。そしてその相手を「責める」かどうか決めている。

 例えば、職場や学校で障害のある人がその障害のために、ほかの人と同様の条件下で同様の作業ができなかった。
 いつも機転が利きサクサク仕事をしてくれるA子さんが今日は効率が悪く、ミスが多い。よくきくとA子さんは風邪で熱があった(あるいは、家族の介護に追われ仕事に集中できなかった)
 職場にきた外国人のB君があることで職場の慣行を守らなかった。よくきくとB君の母国にはそのような慣行はないとのことだった。
 C子さんとD子さんはワーキングマザーで同じぐらいの歳の小さな子供さんがいるが、C子さんのほうが子供さんの病気が理由での急な休みや早退が多い。よくきくとC子さんは実家が遠く、またお子さんが病弱だそうだ。
 ・・・

 障害のある人が健常者とまったく同じ条件で同じ仕事ができないのは、その人に責任のあることではない。好きで障害をもって生まれてきたわけではないのだから。だからその人は「無罪」である。だからできるだけその人に必要なサポートをし、できるだけ適材適所で、その人のできることをやってもらう。
 

 マネジャーは日常的に上記のような情報を集め、機械ならぬ人間の適材適所を図ったり好不調の波を理解している。
  普通のマネジャーはどうか知らないが「行動承認」の世界のマネジャーたちは、そうである。

 おおむね、「行動承認」のマネジャーたちはダイバーシティー(人の多様性)を苦もなく理解し、実践する。彼(女)らは性差別も障害者差別も外国人差別もしない。

 このブログでしつこく取り上げている「発達障害」の知識も持ち、そうした障害をもった人びとの行動特性も理解しているので、「行動承認」のマネジャーたちは普通の企業では問題になるかもしれない発達障害をもった働き手についても、不思議なくらいうまく落としどころをみつけて働いてもらっている。そうした働き手が必要とするちょっとしたサポートを面倒がらずに行い、周囲への啓発もする。

 
 恐らく彼(女)らは日常的に「無罪判決」をその脳の中で下しているのだ。
 
 それは、外形的には世間でいう「寛容」というものにみえる。(いや、過去から現在にいたるまで、「寛容」というのはそうした脳の働きによるのかもしれない)

 あるいは、「ダイバーシティーの思考法」とでも呼べるものが、「行動承認」のOSとともにインストールされるのかもしれない。
 経験的にはこれまで起きてきたことはそうだったし、今手元にある知見から仮説として言えるのも、そうだ。


 こうしたことがいつか科学的に実証されるといいのだが。
 

 

 ブログ読者の皆様、明けましておめでとうございます。
 皆様にとって素晴らしい1年であることをお祈りいたします。
 今年も、私はここでやっております。どうぞよろしくお願いいたします。


 1つ前の日記で「承認についてあまり新奇なことが言えない」と書いたが、大枠は変わらなくても毎年、少しずつは新しい発見があるものだ。
 このブログでは近年は「発達障害」と承認の関係、ドイツ・フランクフルト学派の承認論、それに幸福ホルモン・オキシトシンとの関連などが新しいトピックだった。
 一昨年の新しい話題は人の脳の「内側前頭前皮質」に「行動承認」で働きかけることによって規律規範を教え込むことができる、これは「行動承認」によって部下側に起きる画期的な変化の説明になる。職場でのOJTやリスクマネジメントの指示などに応用できるだろう。
(そう変わったことをする必要はない、単にできる限り「承認」、それも相手にピンポイントで働きかけるタイプの「承認」をまじえながら必要な指示を出してあげましょう、ということ。要するに「行動承認」をしていればよいのだ)

 昨2016年もそれに当たるちょっとした発見があった。「行動承認」を行う上司側の画期的な脳変化についてのひとつの仮説だ。
 「行動承認」の世界の上司たちはなぜ聡明で人の心がよくわかり判断力が高いのか?彼(女)らは「行動承認」ひとつに習熟したら、それ以上何も学ぶ必要がないかのようだ。

 実際には他の研修も色々と受けているだろうし本も読んでいるだろうが、彼(女)らはそれらの知識を易々と自在に組み合わせて動かしてしまう、まるで「行動承認」が万能のOSであるかのように。


 だから、「先生」としては結構寂しいのだがあまり多くの介入を必要としない。
 そして「先生」は十年一日のごとく「行動承認」のことばかり言い続けるのだ。


 さて、前置きが長かったが彼(女)らのこの聡明さの正体はなんなのだろう?

 それへの答えになるかもしれないのが、最近入手した、脳の「側頭頭頂接合部」に関する知見である。

 側頭葉と頭頂葉の繋ぎ目である側頭頭頂接合部は、きわめて多くの情報の通り道だ。2000年代に入って、この部位がいくつかの重要な思考能力と関わっていることがわかってきた。

 少なくとも3つの役割。
 すなわち、
1. 自分の体位と他人の行動を察知する能力
2. 他人の気持ちをわかる「メンタライジング能力」
3. 他人の問題行動の動機が故意かそれとも不測の事故なのかに照らして、有罪か無罪かを決める判断力

に、関わっているらしいことがわかっている。そしてこれら1.〜3.の組み合わせを見ていると、おぼろげながら一つの仮説が生まれてくる。

 つまり、「行動承認」を行うマネジャーたちは、日常的に1.の人の行動を察知することをやっているので、自然と「側頭頭頂接合部」全体の能力を筋肉のように鍛えており、従って2.のメンタライジング能力も3.の人の心に対する洞察に基づく判断力も高いのではないか?という仮説である。

 経験的にはこれは、非常に「ありそう」なことである。そうでもなければ「行動承認」の世界のマネジャーたちの聡明さの説明がつかない。
 残念なのは実際にアカデミックな実験をやったわけではないのであくまで仮説にすぎないのだが。


 また最近ではこの部位が「格差」を感じ取り格差を減らそうとする思考に関わっているらしい、という知見もあった。

>>http://www.asahi.com/articles/ASJB231TZJB2UBQU00B.html

 朝日新聞の有料会員でない人のためにこの記事の後半を補足すると、

 多数の人で調べたところ「お金の分け方」を考えるとき最大の関心が払われるのは「最低賃金はいくらか」つまり最も取り分の少ない人の取り分はいくらか、である。そして最低金額の状況をチェックする時に脳のどの部位が反応したかを血流で調べたところ、立場を置き換えて思考する際に使われる「右側(うそく)側頭頭頂接合部」が関係することも判明した、という。


 哲学の世界の「承認」は実際に「同一労働同一賃金」の思想的ベースとなり格差解消のための思想なのだが、脳の中で実際にそういう「格差解消」の思考が行われており、それは「行動承認」を行うのと同じ部位らしいのだ。
 いいですねいいですね。

 そこの格差の部分はちょっと余談でした。
 だがこの「側頭頭頂接合部」に関しては、今後も「こんな役割を担っていることが新たにわかりました」という知見が出てくるかもしれない。
 そのたびに「行動承認」が大人の人の総合的な思考力に関わっており、努力して維持し続けるだけの価値があるものだ、という話になるかもしれない。



 なので今日のお話は「行動承認」を行うマネジャーたちへの「お年玉」のようなものである。
 あなたたちは、聡明なのだ。おとなたちの中でも、ずば抜けて。

 「行動理論」などは昔からあったものの「部下や選手が伸びる」という相手方のご利益はわかっていた一方、こういう「行為者」つまりマネジャーやコーチの側のご利益はその当時言われていなかったのだ。



 そして、少しドヤ顔で、以前から小声で言っていたフレーズも言ってみる。
 あなたたちの今の聡明さは、「行動承認」を行うのをやめたら失われるよ。だから、絶対に「行動承認」は、やめないで。



 過去に一時期「行動承認」の人となったがその後様々な要因で離れて、急速に墜ちてしまった多数の人々を思うと心が痛む。一度こちら側に振れてから離れた人は、二度と戻ってこれない。

 一方で銀行のトップ支店長から大学の先生へ転身し、大学のゼミでも超有名企業に学生を送り込み成績優秀で学費免除の学生を輩出している松本茂樹氏のように、10数年も一つの手法の幸せな担い手でいることも可能なのだ。

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