煌々とした月がのぼりました。


今月の月は、笑顔ではありません。

嬉しいことも悲しいことも全部のみこんでいるかのように。


小5のイツキがおねえちゃんのアイのチョコレートをとって喧嘩になり、どつきあいにまでなりました。

まず見ていたハルカがイツキを追及、そこへ被害者のアイが割ってはいり、話が拡散してイツキが「知らんよ」「それがどうした」と逃げに入ってしまいました。


仕方がないのでおかあさん登場。


「イツキ。あのチョコレートただのチョコレートじゃないのわかってるか。
アイが英語の先生にごほうびに貰ったんやで」

「そんなの知ってるよ」

「アイの英語の先生知ってるか。ヨシオカ先生っていってな、とってもきれいで、神様みたいに仏様みたいに優しい人や。うちのおかあさんと違って」

「ふーん、それで」

「アイはヨシオカ先生大好きで、おかげで英語のことも好きで、こないだの試験でも86点とってたんや。クラスが夜遅い時間にかわってもお友達がやめてからもずっと通ってる。きょうも体調わるいから休もうかとか言ってたのに、結局行った。


そういう、アイにとっての大好きな英語とか大好きなヨシオカ先生との思い出の入ってるチョコレートや。ただのチョコレートちゃうやろ。


さあ、心と心の問題やけど、

あんたが
『いたずらしたかった』
という心と、

アイの
『英語が大好き。ヨシオカ先生大好き』
という心と、
どっちが価値のある尊重されるべき心なんやろ」


「・・そりゃ、アイのほうの心や。オレの心なんか尊重する必要ないに決まってる」

「じゃあ、来週アイが英語に行ってチョコレート貰ってきたらどうする」

「もう手を出さん。ほっとく」

「そうか。それでええよ。
ついでに、あんたにとって
『いたずら』
って、すごく大事な価値あるものなんちゃうか。

『いたずら』
っていう言葉言うたびにノルアドレナリンとかベータエンドルフィンとかばーっと出るんと違うか。こんど血液検査してみるか」

「・・知ってるようなこと言うなよ」

「お母さんこういう仕事してんねんもん。人のモチベーションの素が何か当てる仕事してんねん。あんたにとって『いたずら』って、すっごく特別なものなんちゃうか」


(後略)


人は、その人の一人称の人生しか生きられないものなのでした。


読者のみなさまにとって、世界はどんなふうでしょうか。