いつも午前様、お昼起きのダーリンが、めずらしく早起きしてきました。
きょうは同僚と淡路島に自転車ツーリングに出かけるのです。


ダーリン「東京から出向でもうすぐ帰る子でさ〜。今度の子は割と骨があるんだ。今まで何人もの子に自転車プレゼントしたけど、乗ったらいきなり事故りました、骨折しました、っていう子ばっかりでさ〜」

(注:今まであまりブログに出てきませんでしたがダーリンの趣味は「自転車の組み立て」で、ネットオークションでパーツを買ってはせっせと休みの日に組み立て、自分や家族が乗ったり人にあげたりします)


私「そうかそうか、良かったね」

ダーリン「オレが東京に1年出向したときもむこうの人にすごく良くしてもらったもんな〜。オレの影響で自転車が流行って『自転車部』みたいのができて、『サドル派』とか呼ばれて」

私「ふ〜ん」

ダーリン「サドル派の人がしょっちゅう事故って肩甲骨折ったりするんだ〜」

私「何それ、危険思想やんサドル派」


朝7時に「じゃ、行ってきま〜す」って出てったけど、
ちゃんと生きて帰ってくるんだろうか・・
さて、残った正田はダーリンに車も奪われてどこか行くでもなく、しこしこ書類仕事をしています。

このところ休日は書類仕事っていうのが多いですね。たいして働き者じゃないくせに。



いろいろ考えたことの記録として書きますと、


昔、あるセミナーで「ブレインストーミング」の演習をしました。テーマは・・、何年も前のことだからいいのかなあ。「カレーライス」というお題でした。

グループに分かれて、新しいカレーライスの商品アイディアを出してあとでプレゼンする、というのです。

正田のいたグループは、たしか
「サムゲタンカレー」
とかいうのを提案してましたね。ああ、恥ずかしい。


ブレインストーミング法は、一切否定しないでアイディアを出しあい、人のアイディアに触発されてどんどん新しいアイディアを言い合う、というもので、たしかに「否定しない」というところを気をつけると、短時間で凄い量のアイディアが出ます。


ところで。

じゃあ、商品開発の現場に応用するのが正しいのか、というと、いちがいにそうではない、ということは、自分がその後いろんな「修羅場」を経験してわかってきました。

ハケン弁当ひとつを開発するにも、細かいところのいろんなこだわりを実現するのに、担当者は外注とかあっちこっち駆け回ります。

それは、そもそものアイディアを発案した人(あるいは、その人に肩入れしている人)の内側のみに存在する情熱。

「アイディアを出すという行為には、なんら責任はない。重要なのはそれを実現する行動なのだ。行動には責任が伴う」

と言ったのは、失敗学の畑村洋太郎氏だったと思うけど、

ようするに研修会場でマジックのようにアイディアが出現するプロセスと、何かを死に物狂いで開発して「上市」までするプロセスは、違うのです。

後者の、現実に何かを開発して上市させるときのそれは、おそらくあまり「民主的」ではありません。

ひとりの人の中にある情熱、信念、お客様の潜在ニーズとつながっている感覚、それが周囲を巻き込み構想のディテールを形づくっていくのであって、

「なんであいつが」

というやっかみは当然出るでしょうし、

優れたイノベーションの記憶を豊富にもつ組織であればあるほど、

「あいつの目の輝きに賭けてみる」

みたいな、ワケのわからない論理がまかりとおって結果的にそれが正解だったりするのでしょう。


対してブレスト法では、当事者意識の強い人も弱い人も同じだけ発言権があり、しかも往々にして起こりやすいのは、当事者意識の弱い人に限ってクドクド発言量が多く、下手をするとそちらの無難な案のほうが力を持ってしまう、ということであります。


ブレスト法がコーチングとイコールかどうかはともかくとして、

優れた仕事をする組織の論理は往々にしてコーチングやファシリテーションの論理とは食い違うことがあり、そのことにはつねに謙虚であらねばならない、と正田はおもいます。

「マネジメントの現実と遊離した内容を教えない」

とかいうとき、そういうことも含めて言ってるんだけどさ。



余談ですが、

この、「否定しないコーチング」とか「否定しないブレスト法」とかを習って金科玉条とした人びとは、その後私が立ち上げたMLや団体でひじょうにおぎょうぎの悪いふるまいをして、正田にさんざんからんではやめていく、ということを繰り返し、

ようするに次から次へと無責任なアイディアを出してそれが採用されないとやたら恨んでくるし、

自分が出したアイディアを責任をもって自分でやりぬく、っていうことができなくて投げ出したりするし、

組織の存在目的とは関係なく自分の好きなこと言って人を傷つけることも平気で言って言論の自由を振り回すし、

ルール違反行為も平気でするし咎められると開き直るし食ってかかるし、

正田が「この日(自分が講師の)研修入ってるから電話してこんといてね」とクギをさしても夜中に電話かけてきて長々と自分が受けた研修について嬉しそうにしゃべってるし、

また同じ研修受けた同士徒党を組んで失礼行為をかばいあうし、

全体に、振る舞いにしまりがないっていうか自分に対して甘すぎっていうか、



一時期正田は「コーチング」っていう看板掲げるのをやめようか、

あのレベルの人たちと一緒の仕事をしてると思われるの、やだ、

なんて、心ある人たちと話したりしてたのですが、

コーチ21以前にさかのぼるコーチングの開祖、という人の存在を知り、

「やっぱりわれわれのやっていることはコーチングだ」
「誇りをもってコーチングを名乗っていこう」

と、気をとりなおした、というストーリーがありました。

あとCLSでは「ビジネスマナー」というのをすっごくうるさく言うようになって、

「コーチング以前にマナー ―正田の解釈によれば、人に不愉快な思いをさせないこと― が大事だ」

と言うようになりました。

お蔭でCLSには、うるさいぐらい品位とかモラルとかをうたった立派な会則や倫理規定があります。社労士さんにつくってもらいました。


どうもこのところ経験したことを振り返ると、

「無責任系いっさい否定しない系コーチングあるいはファシリテーションによる洗脳」

がからんでいるような気がして仕方がない。これはCLSとは全然関係ないところで、ですけど。




書類仕事とか言いながら、正田ひまなんだな。