もう3年ほど前のこと、
子どもたちの小学校の校長先生からきいた話。

その小学校で一番子どもに人気のある先生は、

「叱る先生」

だったそうです。

よその学級の子だろうがなんだろうが、

「廊下を走ったら危ないだろうが!!」

と、怒鳴りつける。

一方で、冗談もよく言うし、いいことをしたら的確に褒めてくれるし、
という先生です。この先生のクラスは成績もよろしい。

実はうちの上2人の娘たちもこの先生にかわるがわる担任をもっていただいたのですが、2人とも「先生大好き」でした。二女は学年の最初の1ヶ月は「こわい」なんて言ってましたが、すぐ「大好き」にかわり、先生の期待に応えたいとむちゃくちゃがんばっていました。


「軸がある」

― いいこと、わるいことに一定の判断基準をもっていて、
何をしたら叱られる、がきちっとわかっていることが、
子どもたちにはむしろ安心感を与えるのです。

この話を引用して、CLSのMLに投稿したとき、ついでに

「コーチング以前に『公正』ってリーダーシップの大事な要素なのかもしれませんね」

なんて書いたところ、現役のマネージャーさんたちから大変な(でもないか、ちらほらと)反響をいただきました。

みなさんの実感にヒットしたかもしれません。

部下が1人や2人なら、あるいは責任のない立場なら、
「ひとりひとりの気持ちに寄り添って」
ということもできるけれど、40人という単位になると、とっさの判断ではまず「軸がある」「ぶれない」ことが大事。でないと、集団の秩序維持とかお客様対応とか、やっていけない。

ひとりひとりの気持ちに寄り添うのは、可能であればその次の段階。


昨日は、研修のパートナーさんと話していて

「コーチングをリーダーの方に教えた場合に起こりやすい弊害」

という話になりました。

まず、「話を聴く」ということがゆきすぎると、「軸のないリーダー」になってしまう。部下の言うことをそのまんま第三者に言葉どおり伝える、「子どもの使い」みたいになってしまう。


また、「褒める」とか「チームワーク」を重視しすぎると、「身内かばい」が起きる。

たとえば、部下の不手際でお客様を怒らせた。

「申し訳ありません。私の監督不行き届きです。君もあやまらんか!」

というのは、まあ、普通の対応。

そうじゃなくて、

「いや、彼の対応は間違ってません」

と、開き直るのが「身内かばい」。

昨今クレーマーが社会に増加して多少クレーム対応の原則もかわってきているけど、基本的にはお客様との関係は企業にとって生命線なので、クレームが発生したらまず謝るし再発防止するのが正しいのですが、

自信のない上司、ふだんから人望がなくて部下が動かなくて困っている上司だとそこで「身内かばい」に走ります。
下手に部下を叱ってますます動かなくなったら困りますものね。


正田はそういえば「コーチング関西」開催に当って結構スタッフを怒ってましたね。今だから言うけど。なんにもお給料払ってない任意団体のくせに。よくスタッフ逃げないですね。ありがたいことです。


今年最初のフェロー会議では、
「厳しいお話をしていいですか。みなさん質の高い仕事をしてください。質の低い仕事で満足するのは私はきらいです」
と檄をとばしました。フェロー諸兄姉きのどくきのどく。