『テストステロン―愛と暴力のホルモン』(ジェイムズ・M・ダブスほか、青土社)という本を読みました。


 ジョージア州立大学の社会心理学者が、3000人以上のさまざまな職業の人の試料をとり、加えて復員軍人に関するアメリカ政府資料や歴史書、文学をもとに考察した、大変おもしろい本です。


 ただ、2001年に出版され(原著は2000年)たあと絶版になったようで、現在はかなり入手困難のよう。


 この本からわかる「テストステロン」の心や思考への影響はというと:



 
●テストステロンが高い人は、自信家で、気が強く、競争好きで好戦的、勇敢で怖れを知らず、大胆かつ精力的で、集中力が高く、異性からみて魅力的であり、出世や権力への志向が高く、往々にして暴力的。


●テストステロンと結びつく性質を示す人々は、たとえばO・J・シンプソン、マドンナ、モニカ・ルウィンスキー、ジョージ・スタインブレナー(NYヤンキースのオーナー)、およびケネディ一族の多くのメンバー。フィクションの世界ではインディー・ジョーンズ、ジェームズ・ボンド、ルーク・スカイウォーカー。悪者でもあり、ヒーローでもあり。


●テストステロンの高い男性であるほど、配偶者との関係で問題が多い。夫、父親として信頼性が低いので、多くの女性は、(恋愛はともかく)テストステロンが極端に高くはない男性と結婚することを好む。結婚対象として人気なのは、テストステロンは「ほどほど」で、セロトニン値が高い男性。


●テストステロンの高い男性は、言語機能が貧弱で語彙が少なく、迅速な行動はできるが複雑な思考が苦手。


●テストステロンの高い男性は集中力にひきかえ「全体像」がみえない(視野が狭い?)。歴史的に女性は食物を集め、水を運び、火に薪をくべ、鍋をかきまぜ、その他何事によらず必要のある雑用をして、しかも同時に子どもたちに目くばりをしていた、というように、子どもの生存は、「全体像」にたえず注意していることのできる母親がいるか否かにかかっていた。人類学者のヘレン・フィッシャーは、女性型の思考を「網目思考」、男性型の思考を「段階思考」とよぶ。



●テストステロンの高い男性は空間能力が高く、地理的、機械的技能にすぐれる。


●男性と女性にさまざまな写真を見せて好みをきく実験をしたところ、女性は前景が詳細に写ったクローズアップを好むのに対して、男性は遠くに焦点が合って地平線の見える写真を好むことがわかった。(男は遠くが好き、女は近くが好き?)


●声の高さはテストステロン・レベルに影響される。男性ではテストステロンが高いと声が低くなることがわかっている。低い声は、男性でも女性でも、権威を高める効果がある。


●テストステロンは戦いを勝利に導き、また戦いの勝利はテストステロンの増加を導く。敗北すると、テストステロンは低下する。


●自殺企図して失敗(生存)した人のテストステロンを測ると非常に低かった。これはもとから低いというより、支配や征服が失敗したときテストステロンが低下することを物語る?


●高すぎるテストステロンは経済的成功と結びつかない(非行に走り、教育を中途で終わることも多い)が、中程度のテストステロンレベルの男性は積極性や独創性が豊かで、それにより現代社会でも成功を収める。


●さまざまな職業の中ではテストステロンがもっとも高いのは俳優とフットボール選手、もっとも低いのは聖職者だった。


●7つの職業グループに関する平均テストステロンレベルは、ー唆伴圻▲屮襦璽ラー(上から順に精密機器、労務・運転、サービス)ホワイトカラー(同技術・セールス、管理・専門)で晴函修僚腓帽發った。(正田注:管理職は下から2番目!)テストステロンが高すぎると、ホワイトカラーとしての成功を妨げる。


●テストステロンを低下させるには、ほほえむこと。


●高テストステロンの男性は無表情な凝視の傾向があり、低テストステロンの男性はより表情豊かで、より楽しげにみえる。


●高い地位にあり権力をもった人々と、高テストステロンの人々は「ほほえまない」という共通点がある。


●高テストステロンの男性は独立心が強い一方で、友人と一緒にいることを好むというデータもある。低テストステロンの人は一般に孤独に過ごすか、親しい人と過ごすことを好むことが多い。


●フランク・シナトラは「私は私の流儀でそれをした」と歌い、ビートルズは「私は友達から少し助けられてきた」と歌った。シナトラの歌は、自己満足型の高テストステロンの道であり、ビートルズの歌は心地よい低テストステロンの道。ひとつは支配に基礎を置き、ひとつは協力に基礎を置く。


●低テストステロンの人は自己主張を苦手とするので、こうした人たちには、「自己主張訓練講座」(正田注:アサーションとかアサーティブネスのことだと思われます)が人気。自己主張も学習できる。


●高テストステロンの人も英雄的な愛他精神を発揮してよい仕事をすることがある(自己犠牲的な消防士など)。その人の価値観や道徳的良心が積極性や集中力と結びつけば、すばらしい仕事をする。テストステロンは、正しいことをしたいと思う人が、とりわけ、それが困難や危険をともなう場合に、あえて正しいことをするのに役立つ。


●テストステロンを飼いならすには、共通の目標と価値観をもったグループに所属するとよい。


●テストステロンと結びついた生のままの雄性を、保護的で、愛他的で、また英雄的な男らしさに変えるには、社会化が重要である。ヒトの雄は社会的価値観の影響下に入り、男になることを学ばなければならない。


●テストステロンの高い手に負えない子どもは、愛情あふれる家庭、よい地域社会、などの影響を受けるのが望ましい。親または親代わりの存在が、その子の中に社会化された自己認識
―「きみは良い子で、親切で、勇敢で、正直で、強くて、賢くて」などなど―
を巧みに植えつけ、スポーツ、演技、競争などに参加させるとよい。相対的に怖れ知らずな子どもであっても、その子にとって大切なもの、たとえば、その尊敬に値する自己認識、その暖かい関係、自分が尊敬する人々の承認、などを失うことは避けるべく行動するものだ。



 いかがでしょうか。かなり長い引用になり恐縮です。


 さて、女性にも高テストステロンの人はいるのだそうで、正田自身はというと、「平均よりやや高」あたりに位置するのかな、と思います。


 「高テストステロン」の人に対して一歩もひかない、という場面も仕事ではあるので、万一のときにはバーっと出るようになっているのかもしれない。この本にはそういうキャラクターの女性も出てきました。


 ただ「超・高テストステロン」ではなさそうだ、と思うのは、競争がからむとモチベーションがわかなくなるとか、起業家的な事業欲はなさそうだとか、俳優的な演技は苦手だし自己顕示欲はなさそうだとか、その他の個別の性向によります。


 空間把握能力が低いところ、家族やごく親しい人といるのを好むところなどは「低テストステロン的ライフスタイル」といえましょう。



 
 「高テストステロン」の子どもについて社会化とか文明化の大事さ、をこの本は繰り返し説きますが、親にはそういう「使命」があることを私たちはもう一度思い出さないといけないかもしれません。

 …はい、やってるつもりです。行き届いてるかどうかわかりませんが。汗。



 あと、そういう「社会化」の丁寧な積み上げを台無しにするような教育を無責任に施すのはやめたい、とも。


 中年期以降、権力をもったときに新たに湧くとされるテストステロンの飼いならし方というのは…、どうなんでしょうか。




 メタボ対策全盛の世の中ではありますが、脂肪がわるいからといって筋肉ばかりをやみくもに信仰するのは考えものかもしれません。