7月に当協会の講座を受講してくださった、国際大学連合(IFU)理事長の北中寿教授との対談をご紹介しています。


 今回はシリーズ最終回。


―もくじ―

(5)良い企業内コーチは「業績」を言わない

1.社会人の土台としてあったcriticism

2.倫理学はすべての基礎

3.良い企業内コーチは「業績」を言わない

あとがき
1.社会人の土台としてあったcriticism


北中:僕は先生とお話ししていて、先生の方針は本当に敬服します。よくそこまで考えていられること…。しかし案外先生頑固なんではないですか。


正田:はい、めちゃくちゃ頑固です(笑)


北中:それは正しい頑固だと思うんです。ぶれっぱなしの政治家って今、一番嫌われます(笑)。その場、その場でいいこと言っていても通用しないです。先生みたいに素晴らしい承認をする人は、「ほんとにこの人は、このままやっていけるんだろうか」とみんな見てるかもわかりません。


正田:それは意識してます、はい(笑)


北中:先生、頑張ってください。


正田:criticismのことを言っていただいて、それは私もちょっと内緒で大事にしていた部分だったので。だから北中先生に言っていただくと、何かこう心の友を得たような。舞い上がってしまうんですけど。

 実は私恥ずかしいんですけど、社会人になって最初の3年半、通信社におりまして、ジャーナリズムの世界におりまして。そうすると、批判思考っていうのはそこでは当り前なんですよね。何か見たら、「これ大丈夫か」「ホンマにそれでええんか」というツッコミを入れる。


北中:うん、チェック機構でもあるんですよね、criticismは。

 僕はcriticismを先生にはわかってもらえるな、と思ったのは、1つ原因があるんですけど、先生が今まで学ばれていたコーチングから、「ちょっと違うんじゃないか」という思いを持たれてるように思ったんです。

教え方においても、その人が日本ですごく有名な人かもわからんけど、「ああいう教え方でいいんだろうか」と、それを言葉にはすべて出されないのが正田先生。僕は出してしまうタイプなんですけど。先生は出さなくてもかなり考えられてます。

先生は今までの人生で教えてもらったコーチングをすべて正しいとは思ってないと思うんです。色んなコーチングのスタイルがある、ということも、先生は言われます。そして自己啓発からの流れ、あれでいいんだろうか、という思いも持たれていると思うんです。

多分先生は、そのcriticismがあるから、正田コーチングを作られるだろうと思うんです。Criticismがなければ、受けたものをそのまま流しているだけのコーチングになると思うんです。わるいことも気がつかずに流していくと思うんです。そして生徒がそれに対してcriticismをしても、先生が気づかないですから、生徒の意味がわからんと思うんです。「なんでそんなこと言うの?」と。「そんなこと言ってたら勉強できませんよ」と。そうすると生徒をひとりの人格として扱わなくなっていくと思います。

 もし先生ならば、生徒が「こう思うんです」と言ったら、「あ、そういう考え方もある」と、真剣にやっぱり考えてくれると思うんです。そしてそれについて、ひょっとしたら1日後に答えてくれることもあるかもわからない。僕はそういう学校にしてもらいたいです。


正田:ああ、そうありたいと思います。


2.倫理学はすべての基礎


北中:そして「承認」という、すごく大きなものを教えられてて、そこにcriticismがあるから、ちゃんとした「承認」ができるんじゃないか。それがなければ、全部良くなるんですよ。何もかもすべて受け入れてしまうのでは…。


正田:ええ、そうですね。

 先生、私はコーチングの中に倫理学って取り入れていきたいんです。それは行動心理学が(コーチングの)もともとのベースになっていましたけれども、(日本のコーチングの祖であり行動心理学者の)武田建先生の時代は、心理学の中にちゃんと倫理って入ってたんですよ。当り前だったんです。


北中:恥ずかしいことですが(倫理学のない状態では)、正しいこともなくなってしまうんです。気づくのに時間がかかるんです。


正田:そうですね。


北中:すべての学問に倫理のベースが入っていると思うんです。学問は、枝分かれしていますけど、根本的には1つのところへつながっているんじゃないか。先生、ぜひぜひ倫理学を入れてください。


正田:それはもうぜひお願いしたいです、私のほうから。

 心理学の原理主義的な流派では、「正しい」ということすら全部相対化してしまうんです。「絶対的に正しいなんてことはない、自分の中の正しさを捨てなさい」。


北中:そうですね、それはあります。英語でもあります。否定的な”never”という言葉を使うなと。”Never say ‘never’”というんです(笑)。使ってるやん、と思うんですけど。それは否定的な「絶対」という言葉です。ただ先生の言われるような、肯定的な「絶対」という言葉も99%で、絶対という言葉はないんです。それは学問の本質だと思うんです。それでも入れるべきですし、つねにコーチングに関しても、今は僕らで、コーチングのことをすべて知ってる方、かなり上の方、遠くに行っておられる方は先生しかいないので。だから僕らは質問は発せられますけど、先生が直してもらわなきゃどうしようもない部分があるんです。コーチングに関しては先生は僕にとって絶対的な先生です。今、僕は門の入り口とんとんと叩いたぐらい。先生にちょっと開けてもらって、のぞいてるだけなんで。


正田:
実は応用コースの最後に、私の講義する回があるんですけど、あそこで「倫理」の話を少ししたいと思ってるんです。お力をお貸しください(笑)


北中:先生、ぜひやってください。僕は、これ面白い学問として、伸ばしていってもらいたいなあと思います。すべて学んだものは、利益として還元されていくというのが、今教育業界の流れなんです。だから決して、すぐにそれが仕事に結びつくものを勉強しようとしているんです。だけどそれは本当にテクニックを勉強するだけで、本当の学問が失われていくと思うんです。本当の学問というのは、何の仕事についても活きていくものであり、即物的なインスタントラーメンではないと思うんです。それがまた学ぶことによって、楽しいこともあるんですが。

 Student というのが、これもラテン語で、pro studente busというんです。それの語源は、「有意義な時間をつぶす人たち」。だから勉強というのは、有意義な時間をつぶす一部なんです。カラオケで何時間かの時間をつぶすのが有意義なのか、自分が学びたい学問を学ぶのが有意義なのか。その有意義な時間というのが何かを考えるのが、決して、即物的にこれを学んだらいい給料とれるとか、これを学んだらすぐ仕事に使えるとか、いうよりももっと大事なところがあるんじゃないかなと思います。先生が言われた「倫理」を入れていくというのも、そこだと思うんです。

 僕は、「すぐに使えるもの」というのは、案外大したことないんじゃないか。テクニックを学んで稼げるものというのは、本物じゃないんじゃないか?と思う所があるんです。


3.良い企業内コーチは「業績」を言わない


正田:まず、儲かるか儲からないかについては、例えば銀行支店長さんとか生保の支社長さんとか、ああいう方々というのは、社内ランキングがどれくらい上がると、支店長支社長のボーナスが倍になるという世界なんです。(コーチングで)その恩恵に浴した方というのはいっぱいいらっしゃるんです。

 ただね、そのぐらいの状態になった方というのは、むしろ社内1位になったとか、目標達成率がいくらになったとかは、あまり興味がなくて言わないんです。もう既に。きかれたら言うとか、「あ、正田さんそういえば1位になりました」みたいな。どうもね、そこに興味がなくて、やっぱり部下1人1人が本当にこれだけ成長した、自立した。あんなにひよわだった子がこんなにたくましい銀行員になったとか、そこに彼らの興味は全部行っていて、そこに喜びを見出しているみたいなんです。


北中:たぶん、社会人のほうが僕らと違って、苦労されてますしターゲットもありますし、色んな面で制約も受け、本当の戦士として戦ってると思うんです。僕が思うに、一番教えやすいのは生徒なんです。子どもたちなんです。だけどその次に教えにくいのは、親なんです。一番教えにくくて、頭が悪いのは先生だと思うんです(笑)

 たぶん僕もお金どうのこうのと言えないのは、自分がそういう待遇だっただけで、僕は企業というのは、やはり数字に出てこなければならないんで、利益というのの追求はやはり大切なことです。ただ先生の言われるように、それを追求したから出たものではなく、部下の能力が伸びてきたから支店のあれ(利益)が伸びたという考え方のほうが、僕は本当によくできた支店長じゃないかなと思いますね。おっしゃるのはわかります。

 また、そういう人が、すごくキャパシティが大きいですし、たぶん自慢はしないんじゃないですか。自慢する人って案外仕事はできてない人ですよ(笑)。だから自分が自慢することによって、人に認めてもらおうとするんじゃないでしょうか。

 

正田:コーチングの伝え方のもう1つの難しさに、私は企業内コーチングで、承認中心の、上司から部下へのコーチングってお伝えしていると思うんです。ところがそうではない、個人の目標達成に重きを置いた、要するに承認論コーチングじゃない、目標達成コーチングというのがあって、これはまあ起業家の方には受けます。今から会社をやめて独立していきますよ、という方にとっては、覚せい剤じゃないんですけどしゃにむに目標に向かって頑張る、という状態のときには、これが向いてます。

 ただし、これ(目標達成コーチング)で育った方が、起業して、部下を持って組織を作ったときにいい上司になれるかというとなれない。それは「自分の目標」ということで、要するに「自我」ですよね。


北中:わかります、先生がしようとしているのは、自分を高めようということより、部下を高めることによって自分を高める。周りじゅうの人たちに影響力をもつコーチングですものね。


正田:おっしゃる通りなんです。その波及効果をもったコーチングなんです。


北中:そうですね。ネーミングちょっとまた考えます(笑)


正田:
嬉しいです。私のない脳みそが3倍にも4倍にもなって。


北中:
時々脳みそどっか遊びに行っちゃうんです(笑)2日間どっか旅行しますとか言うんで。スケジュール表ちゃんと出してくれよと言ってるんですけど。


正田:遊び好きの脳なんですね(笑)フットワークのいい。先生お疲れになったでしょう。ありがとうございます。


北中:よろしかったでしょうか。ありがとうございます。



あとがき

この対談のおわりに、事務所でお茶とケーキをいただきながら

「北中先生は、私にも必ず『先生』をつけて呼ばれますね。若輩者に申し訳ないなあと思うんですけれど、これは英国流ですか」

「英国でも親しくなるとファーストネームで呼びますけれど、基本的にはprof です。アメリカは最初からファーストネームだったりしますけれどね」

「コーチングの世界はアメリカから入ってきたものなので、『さんづけ』が多いんですけれど、実は私は日本では『さん』ではうまくいかない場面があると思っていまして」

「中国でもそうです。先生に対してひどい態度をとります。これは、アジアの人がアメリカ的なものを受容したとき、子どもっぽい振る舞いになってしまうんです」


 アメリカ的なものの受容に関して、英国は日本のお兄さん格なのかもしれない。という言い方をすると、また日本人の得意技、「自己卑下」になってしまいそうだ。「自己卑下」「自己無化」と「対外学習」の関係はよそで書くとして、英国人がcriticismというクッションを置いて受容していく態度には、学ぶべきものがありそうだ。



 北中先生からは大きな「承認」の言葉をプレゼントしていただいた。めったに人からお褒めの言葉をいただくことがなく、また「間」や「傷つけ」など、研修を提供しながら講師として無意識に気をつけてきた部分に教育のプロの立場から光を当てていただいたことも初めてだったので、いただいた言葉をすべて有難く受け止めさせていただいた。しかしこの録音起こし作業をしながら、自分の中に過剰な自信〜天狗の鼻が育っていないだろうか、いささか心配にならないでもない。

「最高のプロの2日間の授業」という言葉にふさわしいものをご提供していたかどうかというと、正直自信がない。それでも、今後の自分にプレッシャーをかける意味で、この言葉を記録させていただきたいと思う。

 私自身は、たとえば60歳になったとき、異分野のあるいは同分野の後輩に「最高のプロ」というような、身体じゅうから発するような賛辞を贈ることができるだろうか。

 8月の午後の貴重な時間を頂戴し、この対談にお付き合いくださった北中先生、本当にありがとうございました。





北中 寿(きたなか・ひさし)氏
アイルランド国立ダブリン大学トリニティー・カレッジ 教養学部長
英国国立ウェールズ大学バンガー校日本研究所 所長
(財団法人) 英国国際交流教育財団 理事長
(財団法人) 英国日本学生協会 会長
ウェールズ日本協会 理事
英国王立哲学学会 会員
専門は哲学(生命倫理)。