25日(日)、東京・渋谷でシステム思考の(有)チェンジ・エージェント社設立5周年記念講演とワークショップに出席。


(実際は飛行機乗り遅れのため講演には出られず、ワークショップだけになった)


 CA社にはうちの団体の応用コースにも講師を派遣していただき、お世話になっております。



 ワークショップでは変化の担い手に求められる心構えなどの話のあと、各自のテーマ別に集まってGワーク。


 私は「NPO組織でのビジョン共有」というテーマで…、いえいつもの愚痴なんですけど…、



 大学や社団法人など、性質の似通った組織の人たちが集まり、大変面白かったです。

 1人1人ファシリ能力のある人たちだからか、Gはほぼ「野放し状態」。


 この信頼感が、また場の質の高さを産むのかもしれません。


 CA社の皆さん、5周年おめでとうございます。有意義なセミナー、ありがとうございました。


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 翌26日は挨拶回りに行った先で「あなたのような人に管理職の指導ができるわけがない」と猛攻撃を受け…、


 「私のような一見ひよわな人間が、よく聴くと筋道だったことを言っていると、そのこと自体が管理職にとっての有効な気づきを産むのです。

 いかにも凄い人が言うことだから話を聴く、というのでは決してひよわな外見の部下、頼りない感じの部下の力を引き出す管理職にはなれません」


 と反論。


 「それは凄く新しいコンセプトですねえ」


 と逆に感心されてしまった。


 
 ただ、現実にも私が見かけとか雰囲気でこれまで大いに損をしてきたのは確かで、それでも自分のあり方をあんまり変えようとはしない。



 ある世代以上の働く女性で成功した人は、声の大きい人とか押しの強いタイプの人だったのだろうと思う。


 でも、女性の中でも当然「多様性」がある。男性もそうであるように、そういう人でなければ仕事ができないわけではない。



 私は、自己分析するとSFでいう「個別化」「親密性」を武器にするタイプの講師なので、受講生と信頼関係を作りながら強いリクエストをかける。


 それが、「うちの生徒さん方」の高い「承認」の実施率につながっている。




 それと、大声で話すということをあまりしない。


 大声で話すことが受講生の学びに有効なら、恐らくこれまでの間に大声で話すようになっていたろうと思う。


 これはコーチング、とりわけ企業内コーチングという行為の性質にもよるのだと思うが、話をする・聴く という作業が、パフォーマンスとしてではなく、純粋に「意味」のやりとりをし、最終的に相手を行動させるために行われる。


 端的に言えば、「企業内コーチングはハッタリの通じる世界ではない」。


 「大声の話」は、一時的に人を元気にする作用はあるが、相手の思考停止をもたらす。「意味」のやりとりには、決して向いていないのである。


 …と、例によって大量の理屈っぽい言い訳を考えつく。



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 27日、神戸で地元公的機関の長の方と話。


 「第1回承認大賞」について、後援名義や告知でご協力いただけることになった。


 「長引く不況で、組織が人の心を置き去りにして久しい。人をモノ扱いし、心を認めない経営をしてきた。そのために社会のあちこちで悲鳴が上がっている。この状態を健全に戻すには10年かかる。10年先のことだが、今からできることをやっていかなければならない」



 人の間でもまれて苦労してこられた人の言葉の重みを感じた。



 例えば児童虐待をはじめ、沢山の社会問題の遠因に組織の在り方があるということについて、共通認識を持てる人は少ない。


 普通は、認識がそこへ行きつくまでに大量のディスカッションをし、行き着いた時点でお互いへばってしまい、次の段階の「じゃあ、どうする」まで考える気力をなくしてしまう。


 こうした1つ1つの小さな決断が歴史をつくるのだと信じたい。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp