NPOの総会資料をきのう(30日)お昼、送りました。

 われながら早回しのような動作でした。


 総会準備は田植えのようなものだ!


 来年以降は、郵送で送るのは議案書本体だけにし、それ以外の決算報告書などの添付資料は圧縮してメールで送ろうと思います。


 議案書と年会費振替用紙だけ送る。すっきり。


 
 
 最近、「イニシエーション」にやたらとこっている私。


 『ぼくのイニシエーション体験』(マリドマ・P・ソメ著、築地書館)は、アフリカのブルキナファソの男性が、人類学者やジャーナリストではなく、イニシエーションを受けた「当事者」として書いた本。


 著者マリドマは、白人宣教師によってさらわれ15年間西洋教育を受け、そのあと脱走して生まれた村に戻ってきたが、西洋文化を身につけていたため部族社会に受け入れられない。


 そこで、部族のイニシエーションを受ける年齢をだいぶ過ぎていたが若い子たちにまじって受けることに。


 西洋式の認識方法や言葉の体系を持ったあと、受けるイニシエーションは、この人しか語れないかもしれない。



 この部族のイニシエーションは約1カ月間。


 周辺の部族から40人ほどの10代の男の子が集められ、まず「樹」を見つめ続けよ、と課題が出されます。


 じりじりと陽に灼かれながら何も見えない著者は、ついウソをつき、長老たちに笑われ、その後…。



 4人の還らぬ人になった参加者を出しながら、1カ月にわたる苛酷なイニシエーションは終了します。



 これを通じて、著者たちは自然界の生命の循環とそこにこもる慈愛、精霊たちの意思、を感じ取ることができるようになり、ひいては家族や地域に対する大きな愛情を抱いて家に戻り、家族たちから祝福を受けるのです。

 
 
 
 こうした未開社会にあった「男性の成長プロセス」を、現代にはどうやって再現できるのか。


 
 不完全な日本の14歳の男の子をまぢかに見ながら、このところ私がしきりに頭の中でつぶやいているのはそのことであります。



 この本の前半では、著者は西洋式の寄宿舎の学校に籍を置き、そこで上級生のいじめや神父からの性的虐待を受けています。


 実は「厳しさ」を再現するというとき、つねに問題になる可能性があるのはそこで、厳しい統制のもとでは教育や管理の担い手による虐待や、学生・新兵の間のいじめなどが絶えず起こるのであります。


 (最近も宝塚音楽学校で訴訟ざたになってましたっけ)



 だから、この問題に関してエキセントリックなことはあまり言いたくないのであります正田は。
 

 
 土俗的だからよい、ということでもないと思う。



 ただ上記のような、生命や愛に急激に目を開かれる体験というのは、おそらく現代の男性の中にも無意識に欲している部分があるのだろうと思います。


 過去に「承認研修」をした中年男性の受講生さんの中でも



「研修を受けて職場に戻ったら、今まで無能で精気がないと思っていた部下たちの顔が輝いてみえた」


という人がいます。


(ちなみに「わが社」の「承認研修」というのは、ほんとうに本(『認めるミドルが会社を変える』)に書いたやり方につきるので、宗教的な要素というのは一切ないのですが)



 その人にとっては、「承認研修」が「イニシエーション」の代わりになったかもしれません。欲している人にとってはそういうことが起こるのだろうと思います。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp