藤井さん、山口さん、に続いて。。


 正田もたまにはテーマ案を出そう、と出したのが「女性活用」。



 1月にはそれをしよう、ということになりました。


 たまたまこうべイクメン大賞で神戸市男女共同参画課とご縁のあった藤井さんが、


「神戸市は政令市で一番専業主婦率が高い」


という、残念なデータを持ってきてくれました。



 うん、私などは、

「オレの女房が家にいるのになんでお前は研修講師でございって顔して仕事に来てるんだ」

という理不尽な視線をしょっちゅう感じる。



 非常に、女が仕事しにくい土地柄と感じている。



 そういうのは男の藤井さん山口さんには説明のしにくい感覚なんだけれど、今回藤井さんに説明したのが、



 私の中の「個別化〜ひとは1人1人本質的に違うものだという感覚〜」という資質に絡んでのこと。


 私はこの資質が強くて、恐らくコーチングをする上で役に立ってるのでほかの資質がどんどん入れ替わる中でもこれだけは不動の1番で居座っているのですが、



(先日某所での研修で口さがない受講生さんから「正田先生は個別化の説明が一番長い」とツッコまれたほど。人は自分視点から逃れられないものだ。居直り)



 この資質が如実に出た場面があったのでした。ある、障がいのある男の子と話していたときのこと。



 これも少しややこしい場面なのですが、この子は当時小1で、脳の重い障がいがあって手足も言語も不自由でした。


 話をするには、お母さんに膝の上にかかえてもらい、不自由な手の指で五十音の文字盤を指差し、それをお母さんが見て言葉を読み上げます。



 その子の側からの意思表示はそういう形で、聴くことは普通に自分の耳でできます。


 この子は年齢こそ幼いけれどお母さんがドーマン法を忠実に行ったお蔭で、すごく賢く、大人のような時事問題の話題もすべてわかる子でした。人の気持ちへの洞察力にもすぐれ、話していると楽しくて時のたつのも忘れるほど。



 一生懸命、熱をこめて文字盤を指して話し、それに対して私が的確に応答したとみると、顔一杯で嬉しそうに笑う。


「正田さんみたいに普通のスピードでぼくに話しかけてくれる大人は、珍しい」と、坊やは言いました。



 ふつうは、坊やの幼い年齢や不自由な身体、指差しとお母さんの読み上げで初めて意思表示できるぎこちなさをみて、話す内容を子ども向けに選んだり、スピードをゆっくりにしたりするようです。


 私はそれをしないで、坊やの表情や言葉の反応をみながら普通の大人に対するのと同じような内容とスピードで話しかけていたので、珍しい部類だったみたいです。


 
 それは私にはごく当たり前のことで、だってこの子の脳はそうなんだもん、と思っていました。


「個別化」が相手の見た目や年齢性別などの属性や与える印象を飛び越えて、相手の脳と直接交信できる資質なのかどうか、まだそういう解説はきいたことはないですが―、



 そんなエピソードを話したあと、だから私的には、と言いました。


 本当は、「男」「女」という分け方自体好きではないのです。私自身、画像診断の先生に「かなり男性的な脳」と言われた人間なのです。


 ごちゃごちゃ言わんとその人の脳が欲していることを与えてやればいいじゃん、成長意欲を満たしてやればいいじゃん、と思っているだけなのです。



 それが現実にはそうならなくて、「女」に対する十把一絡げのイメージが幅をきかせているから、「女」の「仕事」についてわざわざ考えないといけなくなるのです。


 「個別化」のある私にとって、十把一絡げにされるというのはかなり辛いことです。



 
 私の個体としての感覚はそんなで、もう1つはやはり日本の置かれている状況―働き手の減少とか競争力の低下とか―をみたときに、


「女もちゃんと働き手として鍛えないともう勝てないぞ」


と、焦燥感のようなものがあります。


 でも、焦燥感から発言すると多くのことはヒステリックにきこえます。


 やれやれ。


 ・・・あと、企業社会が女を認めないではじき出したとき、認められなかった魂はそのあとどうさまようのだろう、という思いもありますね。



 1月のよのなかカフェテーマは、とりあえず


「『神戸の女は働きたがらない』は本当か?」

「女性上司、どう思いますか?」


 の案のどちらかになる予定です。



 ルミナリエが点灯しました。


 「鎮魂」から、今生きている人達の生への祈りへ。


 みる人によって意味づけは異なるでしょう。




神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp