映画監督・澤井信一郎氏の講演を聴きました。


 といってもその世界に疎い私ですが、任侠映画や「トラック野郎」などで助監督を長く務めたあと、松田聖子の「野菊の墓」、薬師丸ひろ子の「Wの悲劇」、原田知世の「早春物語」など、青春アイドル映画を撮った人です。


 今回の講演では、その「Wの悲劇」「早春物語」撮影現場での、絶頂期の薬師丸・原田両女優との丁々発止のやりとりを、豊富な映像を交えながらきかせていただきました。


 (どうでもいいけどこの当時の女優さんはみんな聖子ちゃんカットっぽく、頭頂部がもっさり分厚い。今の感覚だとちょっとうっとうしい。時代を感じるなあ〜)


 クランクイン時の記者会見では、「ヒロインに共感でき、演じるのが楽しみ」(薬師丸)、「ヒロインの気持ちが理解できない。戸惑っている」(原田)と、対照的なコメントをした2人。



「こういう、クランクイン時の意気込みの差は、尾を引くんです」と、澤井監督。


 案の定、薬師丸ひろ子は比較的スムーズに演技に入ったのに比べ、原田知世はダメだし続き。

 ヒロインの

「お父さん、お母さんの命日はうちにいてくれるよね」

というセリフのところで、「発声からなってない!」と、ダメ出しの連続。「ア、ア、ア」と自ら声を出し、原田にも発声させる。カメラの回ってない楽屋の片隅で「ア、ア、ア」と発声練習まで付き添います。


「17歳のヒロインは、この年齢の子特有の感情で、言うこと言うこと人を傷つける。恋愛しても中年男を振り回す。そういう17歳特有の悪女ぶりを表現したかったんだが、原田には未経験のことばかりで感情移入できなかったようだ。私の言うことにも反発してばかり。こちらの方が出社拒否になりそうだった」(澤井監督)


 …そして、2か月にわたる撮影の中では薬師丸ひろ子に対しても注文が増えていく。撮り直し続きのシーン続出。

 クランクアップの映像(ラストシーン)は、薬師丸の泣きながらの美しい笑顔でポーズを決めて終わるが、これも撮り直し続き。


「この頃にはもう、(薬師丸も)私を恨んでましたよ。今はもちろん仲良しですが」(同)


 
 澤井監督は「カット」(撮り直し)が人一倍多く、当時はフィルム代が高かったので

「私の映画にはプロデューサーもほかの予算を削ってフィルム代を捻出してくれる」

というほど。鬼監督がアイドル女優をいじめまくる、双方の根性物語という講演でありました。


 
 さて、これは正田の提唱する「承認」とは別世界の人材育成の話ではないか?というツッコミが入りそうです。


 えーと…


 告白すると、正田もたとえばサイト構築を業者さんに依頼するときなどは結構な「鬼」になります。いじめるなどという意図はありませんが、ダメ出しはたびたびします。(もちろんWEB業者さんやデザイナーさんのアーティストとしての誇りに傷をつけるような言い方は極力避けます)最終的には「お客様に何が伝わるか、何を伝えたいか」を、ない頭で必死に考え、想像し、「今のままではまずい」と判断したら「承認」をまじえつつダメ出しと修正依頼をします。(正田からその手のメールを受け取った業者さん方、その節は本当にどうもすみませんでした)

 それは、業者さんを「プロ」として信頼しているということと、仕事は最終的には「お客様のため」にやるものなので、そのベクトルが最優先で、業者さんにも私と同様にそれを最優先に考えてほしい、というかそう考えてもらうしかない、というのがあります。


 ただ、そういうのは積極的に自慢することではありません。また最終的にいいサイトを作っていただいたら、対外的に業者さんを最大限讃えます。


 
 何が言いたいのかというと…、


 どうも、このたびもまた、澤井監督のお話を聴きながらこうしたお話のもつ「教育効果」について考えざるを得なくなった私であります。


 たとえば、「部下(社員)をいじめる」「傷つける」「徹底的に落とす」ことを自分の美学にしているような経営者・管理職…に出会うとき。ときどき出会います。


(もちろん、そういう人のもとではモチベーションが低く、離職率も高くなります。せっかくいい人材を採ってもそういう上司の下には居つきません)


 なぜそのような美学・美意識が形成されるのか、かねてから疑問に思っていましたが、


 澤井監督のお話に注釈をつけると、これは講演のあとの質疑応答で出た話ですが、

 なぜアイドル女優たちがこのような「しごき」に耐えられるのか?について。

 澤井監督曰く、「今はどこも子どもに甘いといいますか、子どもが1人スターになると、一族郎党仕事をやめて地方から出てきて、子ども1人が一家を養うようなケースも多い。だから女優は優しい子ほど辞めたくても辞められない、根性がある子なら」


 そう、逃げたくても逃げられない、そこの現場特有の事情があるようであります。


 また、監督に対しても、「あの映画『××』を撮った○○監督だから、信じてついていかなくちゃ」みたいな信頼があるわけで。


 いわばオリンピックで「金」を獲る、と決めたアスリートとキングメーカーのコーチ、の図であります。




 「世界最高」を目指すときの人材育成は、確かに「ダメ出し」の連続にならざるを得ません。人材育成というよりそれは、「完成品」をつくる作業であります。


 こうしたことを言うのが、「言い訳」の文脈と混じらないようにしたいものですが、ほとんどの経営者・管理職が育成する対象は、「2:6:2」の「真ん中の6」の人である、あるいは少なくともトップアスリートではない、ということは、大前提にしておいてほしい、と思うのであります。



 (・・・あと、「映画」や「オリンピック」でのしごきまがいのダメ出しというのは、「期間限定」だから耐えられる、というのもありそうだなあ〜。いつまでで終わりだとわかっている世界。ごく限られたシチュエーションでのみ、可能だということであります。)


 下手をすると、「トップアスリート育成法」を講演などで小耳に挟んだ経営者・マネージャーが、それを自らのナルシズムに重ね合わせて、「いじめ」「しごき」「蹴落とし」「傷つけ」を日常的にやるようになっては、本末転倒なのであります。どうも、一部の人々にはその気配があります。


 それは、勘違いなのであります。


 講演として聴くのは、平凡なお話より面白いお話のほうがいいのであります。



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