少し疲れが溜まっている。


 この記事を書くことで友人を失ったり仕事を失ったりするかもしれない、と思いながら書く。


 私との会話で、「一方的に話す」というのは、やめていただきたい。


 一方的な話を聴くのは、しんどい。

 話の聴き方を教える商売をしているので、「適切に相槌を打つ」とか「共感する」とか、日常生活でも普通にしてはいるが、そのことに乗じて、一方的に話してばかりいる人とこのところよく遭遇する。それも3時間、4時間という単位で。


 そういう人は、「一刻もむだにしたくない」という勢いで、途切れなく、相手の疲れの表情にお構いなく、ひたすらしゃべり続ける。


 震災以来の経済状況で、だれでもストレスが溜まっているのだとは思うけれど。このところそういう人に会う頻度が高いような気がする。


 よく言われることだが、話している側と聴いている側、どちらが疲れるかというと、これは聴いている側の方が疲れるのだ、コーチング的な正しい聴き方をしている限り。聴くというのは相手の思考回路に自分を合わせ続ける作業なので、とりわけ好き放題に自分の話で一方的に相手を引っ張りまわす人の話を聴くのは非常に疲れる。


 私は家族に八つ当たりすることはしない主義だし、自分が加害者になるのも嫌いなので、いちどそういう目に遭うと、自分の中に溜め込んでしまう。聴きすぎでフラフラになった頭を抱えて1日寝込んでしまう。私にとって大いなる時間のムダであり、また健康被害も受ける。


 なので、当然のような顔で一方的に話す人のことはできれば敬遠したい。


 もし、会話終了時に計測してあなたの話していた時間が全体の8割以上を占めていたら、それは友人同士の対等な会話とはいえない。私がプロの仕事をしたとみなして料金をいただきたい。


 もし、私と健全な友人づきあいをしたいのであれば、自尊心とマナーと慎み、思いやりをもって、自分の話す時間や量をコントロールしてほしい。自分が少し話したら、別の独立した人格の持ち主である私の感想、見解、提言をきくために自分の話を中断し、1秒以上の間をとることを心がけてほしい。(本当は、有料のコーチングのクライアントもそうした方がよいのだ)


 プロの聴き手に対して話をして聴いてもらうことは恐らく肉体的快感だということは、理解できる。でもそうした快感に溺れることは、あなた自身を傲慢な、自分に甘い人間にすることになる。




神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
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