楽しいことがなかったわけではない。


金曜の午後、息子の高校のPTA役員会に行った。以前にブログに書いたことがあるかどうかわからないが、1年次の年次副委員長という役員をしている。


仕事は今のところ、会議出席と行事のときの雑用である。


毎月1回役員会があり、今回の役員会は2時間以上の長丁場になった。


PTAというと、お母さん方による「女の園」で、なんかいやらしいこととかぎくしゃくしたことが行われているのではないかと思われるかもしれない。(私も当初そういうのを覚悟していたのだ)が、この高校のPTAに関する限り、全然そういうことはない。むしろ、役員のお母さん方や、女の50代前半の事務長さん(学校側の事務責任者)による、「合理的な判断」がそこここに垣間見られて楽しい。


(まだ1年次なので、あまり意思決定に関わらないで観察して楽しんでいるのだ)


役員会では、いつも事務長さんがだーっと早口で長話をされる。今回は少し大きな問題があって、それについて話が長引き、私はついうとうとしてしまった、、(こらこら)


この「事務長さんの早口長話」を、当初のころの役員会で私はいつもの伝で「あ〜あ」ときいていたが、聞きなれてくるとどうしてしっかり内容のあるお話である。学校というところによくもまあそんな沢山の入り組んだ組織があり各々事情があるものだと呆れるのだが、PTA、自治会、さらに近隣の町内会など、多くの事情について漏らさず目を通し判断(ジャッジメント)を下し、それを細大漏らさず会議の席で話をされる。だから話が長いが、決してだぶりやムダがあるわけではなく、手際よく物事を整理して話をされる。判断も的確で、反対するところがない。重要な価値判断の入ってくる判断でも、感情的にブレず、同じようなフラットな早口で話し続けるのは結構すごい。(本当はそういうところは共感を得るためにもう少しゆっくり話したほうがいいのかもしれないが)



今回は、高校のヨット部やカヌー部が全国大会に出場することが続き、艇の運搬費用などで部活動費が底をついてしまった。それについて、バレー部やバスケ部のお母さん方から、「バレーやバスケだと県大会でも地区大会でも底辺が広いので何回戦も勝たないと勝ち上がれない。それに比べヨット部、カヌー部はもともと希少価値のある部だから勝ち上がりやすい、さらに運搬費もかかるというのは不公平だ」という声も出る。これも十分耳を傾けるに値する意見。

それに対し事務長さんは「それも考慮に値する。一方でヨット部カヌー部があるからとうちの高校を受験する子もいるぐらい、希少価値も捨てがたい。今後は何らかの切り分けを検討したい」とさばく。

6月の記念祭(文化祭)でPTAの出店した喫茶店で10万円弱の売上金があった。それは例年自治会に寄付していたが今年は

「常識的に、部活動費が底をついているのなら部活動費に寄付した方がいいですね」

と3年次の役員のお母さんが言い、一同賛成する。


これはあくまで当日の議案の1つ。
話についていくのに多少の集中力を要するが、皆さんちゃんと合理的な判断をされる。どこかのように、「面子」で変な発言が出て紛糾するとか時間の浪費をする、ということはないように思う。


帰り道、2年次の役員のお母さんと阪神電車で一緒になり、


「あの事務長さん偉い方ですね〜。あの人がうちの高校に山積した問題を1人でさばいてるのちゃいますか」

と、2人で感嘆しきり。

多分県の職員さんだと思うが、女性ながら「スーパー公務員」のような人かもしれない。
周囲の人があのスピードについていっているのかどうかわからないが―、
有能な人をみるのは楽しい。それが女性だと、なお楽しい。


・・・

前回のよのなかカフェでは、実質的に「U−60」になった。

団塊の世代に属する2人の男性からお申し込みがあったが、個別にお断りしたり、「このカフェは私の考え方で運営しますがそれでも良かったらどうぞ」とお返事した結果、お2人とも欠席された。


で良かったことは、安心して「失敗」の話ができた。前回で言うと、「子供の英語教育の失敗」のようなことである。私はファシリ、主催者だけど割とアッケラカンと人前で自分の失敗の話をしてしまう。するとほかの人からも、「自分のところでもこんな失敗があった」と話をされる。


その前の回では、60代男性のお2方は、べつの話題で「失敗を責める、攻撃する」―つまり、「○○が悪かったんじゃないか」と、見当違いの見解を述べる場面があった。それは完全に間違いなのだがやはりその発言に、失敗の話をした人に対して「自分が優位に立ちたい」という男の見栄を感じた。そういうのが話し合いの場で出ると、真理の探求が非常にむずかしくなる。「○○が悪かったんじゃないか」発言をした人は、それを覆す別の事実があったとしても、引っ込みがつかなくなってその発言に固執する。


「安心して失敗の話が出来る」ことは、やはり参加メンバーの人選に依存するのである。あるいは「失敗を責めない」ことを教育して徹底させるかである。


そして「安心して失敗の話が出来る」と、次の段階で「問題解決」の話ができる。たとえば子ども向けの英会話教育をどう改善したらいいかについて。


よのなかカフェは会社の会議とは違うけれど、やはり会社にあてはめて考えても、失敗の体験談を許容するかどうかは非常に生産性を左右すると思う。


・・・


高校のPTAにしても、うちのよのなかカフェにしても、変な「媚び女」はいない。そのことがどんなに空気をきれいにしていることか。

恐らく、「媚び女」を放置しておく、それに対してにやけた男性上司のいる職場では、その女性以外の女性は精気を欠いた働き方になると思う。あるいは、「媚び女」を頂点とした派閥を形成するか。

ほんのわずかの、上司の判断の甘さ、女に対する甘さが職場の空気を悪くする。


うちの娘たちには有難いことに「媚び女」の匂いはないけれど―、さあどんな上司に当たってどんな人生を送ることか。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
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