いろんなことが同期してると思うこの頃。


 野田サンは「どじょう」という言葉を使ったけれど、たまたまそれの1か月あまり前、私は自分について「泥の中の亀」と表現した。対抗してないしてない。


 よのなかカフェ「男のプライド」の事前打ち合わせをしていて、山口裕史さんとの会話で出た言葉。



「女性にはプライドはないのですか?」


ときかれて。


 ほかの女性のことはわからない、あくまで私の場合、と前置きして、


「4年間で子供を3人産んだ。1人をおんぶし、1人ベビーカーに乗せ、一番大きい1人も疲れて歩けないからとベビーカーの手すりにまたがらせ(本当はいけない使い方)、という状態で歩いていた。そんなとき『自分は今、泥の中を這いまわる亀のようだなあ』と思った。何の社会的地位もない、ただ子どもの生命を維持するためだけに日々生きている存在。だから今どんな屈辱的な思いをしても、『あの頃に戻ればいいだけだ』という思いはある」


 貴族のお嬢さんに生まれたわけではないから。

・・・

 今日の日経ビジネスオンラインでは、小田嶋隆氏が「私も原子力について本当のことを言うぞ」と題した記事を書いている。


 原子力推進派の論理の根底を「マッチョ」と喝破する。

 
 詳細はこの記事をご参照ください

 http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110908/222523/


 上記の「男のプライドカフェ」で「テストステロン」について指摘した私もかねて「原子力」について同じような感じを抱いてたが、男性が男性について「マッチョ」と表現するようになったのだ。



 ところで私的には、実は「マッチョ」という表現をつかいたくなる分野はほかにもあって・・・、


 この分野で真摯に活動している友人もいるので申し訳ないが、あえて書くと、「ベンチャー支援」も相当マッチョな世界である。


 ベンチャー経営者自身もマッチョ系が多いし、彼らを不眠不休の仕事ぶりに追い込む成功哲学もマッチョ思想である。そしてちょっと有望な経営者に群がるコンサルタント、大企業OB、経営学者、といった人びともまた・・・。

 そうした大企業OBの中には、元いた企業でこの人はマッチョすぎて浮いていたろうなあ、と思われる人がいる。自分の果たせなかった夢を若手ベンチャー経営者に託している。


 私はベンチャー支援団体のご厚意で何度かそういう場でも話をさせていただいたこともあるが、(だから十分お世話になっているのだが)

 しかしマッチョ思想とコーチングは本質的に相性が良くない。せっかく主催者はご理解があっても、「場」には敵対的な人が来ていて、どんなにデータや事例を出しながら丁寧に説明しても敵対的な質問をし、マイナスイメージを植えつけ、後に何の教育効果も残さないという残念な結果になった。
 

 マッチョ思想の人はコーチングを「優しさ」と表現する。暗に「ひ弱さ」と同様のもの、と言いたいがごとく。本当はきわめて合理的な、人の集団を率いるノウハウなのだが、成果を出すことに関しても再現性があるのだが、「優しさ」と一度レッテルを貼られてしまうと、そこからプラスイメージに転換してもらうのは相当むずかしい。


 なんで、そんな目先のところで「勝ちたい」のだろうか。自分の組織が長期的に勝利を収めるために何が正解か、まじめに考えることをしないのだろうか。目の前の人が正解をもってきているのにそれに反発してわざわざ別の解を選択すれば、その組織はそれだけ成功から遠ざかるだろうに。・・・


 ぼやきになった。


 だが、こういう経験を散々したうえで、私が出した結論は、マッチョコンサルタント、マッチョ経営学者、マッチョ大企業OBなどの「マッチョ思想」に絡めとられている経営者や組織はよく見極めて、お近づきにならないに限る、ということである。彼らはホルモンで駆り立てられているのだから、まともに論理が通じるはずもない。そして、一部のコンサルや経営学者は、確かに「マッチョ思想」で経営者を煽る術に長けている。


…ほんとは、「戦略ポジショニング」を語りたがる経営学者なども、私からすると「マッチョ」なのだ。人材や組織なくしてポジショニングもない。碁盤の上で石を動かすように戦略を語りたがり、日々の行動の伴わない経営者に人がついてくるはずもない。「日々」のほうを促進するほうが大事なのだ。


・・・


 同期しているということでは、最近「団塊バッシング」もしている私。

(その世代に属する人柄の良い方々には大変申し訳ないことをしていると思う)


 ところが、巷にも「団塊バッシング議論」をちらほら目にするようになった。正高信男『団塊のジジババが日本をダメにする』など。

一時期は団塊大量退職を「2007年問題」ともいい、それを先送りするための「定年後再雇用」「高齢者雇用」も、大学の先生からしきりに提案された。この当時も私はちょっと危ぶんでいたが、今高齢者雇用で有名な会社の社長は、「高齢者雇用のコツは『下』から人望のある人を雇用すること」と明言している。人格をみて選ばなければダメなのだ。


  また、神田昌典監修の『優しい会社』は、どんぴしゃ世代論がテーマの企業小説で、「ウンチク大好き団塊」と「社会貢献ずき20代」を理解し、繋ぐ役割を果たすのは40代だ、という意味のことを言っている。


 やはり40代は大事、バブル世代でもある今の40代が決して特別優れた世代だとは思わないけれど。そして30代がその代わりの役割を果たせるかどうかはちょっと疑問符、というのは理由はここには書けない。


 ただ企業小説、サラリーマン小説というものの常で、登場する女性の描き方がどうもステレオタイプだ。こういうのそろそろ何とかしてほしい。いつまでも女性を「対岸のオブジェ」という目で見ないでほしい。なでしこの時代なんだから。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp