◆寺田まさごさんのお話(部下部門大賞 エピソード登場の元上司‐航空会社管理職‐、現レストラン経営)
10月9日


 長さん(応募者)はすごく優秀な方です。失敗は、私は内容を憶えていないのですがご本人にとっては「致命的」とおとりになったのでしょう。もちろん起こさなければいい失敗には違いありませんが、それをきっかけに多くのことを学んで伸びていく人でした。長さんの優れた資質がその失敗のあとに見出せたと思います。

当時は同時に100人以上の部下をみていましたが、色んなキャラクターの人がいらして、多彩な能力をお持ちになって、おもしろかったんです。期ごとに特徴があって。きれいなサービスをする子もいれば、違う持ち味の子もいました。
当時会社は海外市場の方が多くなって、多様化を考えた時代です。その人その人の個性、タレント性を伸ばしていくことがおもしろい。原石といいますか、ご本人もその人の能力に気付いていないところが一杯あります。気づいてもらうと伸びてもらえる。違いを認めてもらってその子によって出してもらったら、おもしろい集団が作れるんです。

その後私は結婚して、結局組織を束ねる仕事をしていたことが、今の仕事に役に立っています。当時の部下の方で一緒に働いてくれる人がいたりして。

― それまで入社10年以上の人が行くところだった訓練所に入社5年目の長さんを行かせるのは賭けだったのでは?

訓練所は、それまで道を究めた人がいくところでした。しかし新入生を育てるところとして、風が欲しい、新しい考え方が欲しい、というニーズも常にあったのです。私は入社6年目の時に、プロジェクトで米パンナムの教習所を見学する機会があり、そこでは入社2年目でボランティアの人が手を上げて行くという制度がありました。やりたい気持ちのある人がやる。それを会社にも提案していました。だから、長さんには賭けというより、思いを託したという感じです。

そのほかにもプロジェクトでアメリカに行って目からウロコのことが一杯ありました。その当時のアメリカでは女性がホントに仕事している、ボーイング社では機材を担いで男性と同じように仕事を提供している。働くということの意識が違いました。日本では女性が能力を出していない。本人の能力ややる気を引き出さなくては、権利ばかり先に行ってしまうという問題意識がふくらみました。

その後、全日空では私の後輩が今、常務や執行役員になられています。(了)


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