※この記事は、兵庫県中小企業団体中央会の会誌「O」に、正田が3回にわたり連載させていただいた「誌上コーチングセミナー」を、同誌編集部のご厚意により転載させていただいています。

 企業内コーチングでは、「承認」―人を認めること、褒めること―を最重要のスキルかつ意識の持ち方と考え、セミナーでも重点的にお伝えします。

「あれ、コーチングって『質問するコミュニケーション』じゃないの?」

 これまでにコーチングに親しまれた方からは、こんな疑問が上がるかもしれません。

 実は、プロコーチと個人が契約を結んで行う「コーチング」と、同一組織内で、主に上司から部下に対して行う「企業内コーチング」の最大の違いはそこにあるのです。

 「承認」は、相手の良い行動に目を留めて褒めることから始まり、相手の存在全体を認めたり、期待を伝える、共感する、ねぎらう、尊敬・尊重を伝えるなど、最終的には相手の人格や存在全体を肯定的にとらえることに行きつきます。

 これを実際に上司の方々が行うと、どんなことになるでしょう。

 ある営業部長のNさん(48歳)は、業績の上がらない若手営業部員A君に「承認」を試みました。具体的には、A君の営業に同行し、客先を出た後「おまえ前の提案おもしろいな」と、まずは肯定のメッセージを込めた言葉をかけます。次いで、営業所の朝礼でA君の働きぶりを全員に伝えました。「彼、こんな風になかなかよくやってるんだよ」。さらに、A君自身にもみんなの前で発言してもらいます。

 すると―、最初はしどろもどろだったA君も、2度目には同僚の前で「こんな工夫をしています」と、しっかりした口調で話すようになりました。さらに目立った変化として「肌の色艶がよくなった」(Nさん)といいます。そして元気よく客先に向かうようになりい、受注も増えた、というのです。

 人が、心の奥底でどれだけ「認められること」を望んでいるか。このA 君は、実は経営統合のあったこの会社で、吸収合併されたほうの会社の出身でした。このため経営陣や職場の上司、同僚に不信感をもち、周囲に心を閉ざしていた、といいます。

 一方、担い手のNさんにも変化がありました。

「『承認』に近いことは以前からやっていたつもりだった。しかし改めて『承認』と意識して心がけることで、これまで以上に相手のことが見えてきた。相手の目指しているもの、望んでいることなどが手にとるようにわかるようになってきた」。

 ここでは、何が起こっているのでしょう。

 少し大風呂敷を広げた表現をするなら、「承認」の実践は、恐らく私たち大人が、自分個人の個体を超えて、他人の文脈を心に取り込む、取り入れることに役立つのでしょう。

 それはとりも直さず、最近経営学で言われるところのリーダーシップの重要な概念である項目、「賢慮(フロネシス)」、すなわち、常に正しいことを志向し、かつその時々の文脈や状況に応じて最善の判断・行動ができる知恵、に通じるものでもあります。

 「承認」を実際に身につけ、実践されるリーダーの方々は、また次回取り上げる「質問」など、人を伸ばすコーチングの他のスキルも容易にこなすことができます。言わば、コーチングの全てのスキルを有効化・賦活化させるカギになるスキルが「承認」。そして、市場環境にもよりますが一般に「承認のコーチング」を行うところでは、一定期間たつと業績がはっきりと上がります。

 困難な時代、大人世代が一段階高い視座に立って問題解決をしていくのに、恐らくこの「承認」が強力な武器になるはずなのです。(了)

(「月刊中央会O!」2012年1月号 所載)
 

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