「自己愛」「ナルシシズム」というキーワードのお蔭で色んなものが急速に結びつく。


●たとえば去年このブログで槍玉に挙げた「団塊」―その世代に属する人格の良い人には大変申し訳ないことをしていると思う―の典型的な人格の人々は、見事に「自己愛的」である。

 激しい競争を勝ち抜き、一部はバブルを演出して「○×プランナー」などのカタカナの名刺をもってアルマーニのスーツを着ていた、あの人々です。
 今は「自己愛の老後」を生きようとしています。


 企業内コーチングあるいは「承認」は、かれらが組織に残した負の遺産、すなわち組織では上が下を潰すのは当たり前、面白半分に傷つけるのは当たり前、おべっか使いの上手い人間が上に上がる、などを一掃して当たり前の倫理を復活する役割を担っているともいえる。



●以前このブログで「ワークショップ症候群」というものをまとめてみた。2008年の記事。
 (この年も「谷間の年」だったので、よくものを考えたのだ)

http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51336521.html

 今見返すと、これはまんま「自己愛」の症状である。

 最近も繰り返し思う。ワークショップに行くと、プレゼン能力が上がることが多い。それを売りにするワークショップもある。多くは、

「上手なプレゼンをするためには、自分を受け容れましょう。自分を全面肯定しましょう」

という。これが危ない、ということは、このブログの読者の方はおわかりいただけるだろうか。


 普通の職位の人だったら急速に「打たれ弱い」人になっていく。
 自分の中に自分を疑い批判する回路がないのだから。
 周囲から打たれたときに免疫がない。

 怖いのは、こうしたワークショップ、あるいは「自分を全面肯定せよ」というメッセージのもつ「長期毒性」に、受講した側はほとんど気がつかないということである。ナルシシズムを喚起する恐ろしさは。

 多くはその過剰になったナルシシズムのために離婚や退職、左遷を経験するが、そういう結果になってさえも、「ワークショップ」の教えのせいだとは気がつかない。たぶん提供している側も気づいてないことも多いだろう。


 とくに「リーダー」の場合は、自分を半分か3分の1ぐらい疑いながら暮らしているのが正しいのだ、と正田は思う。リーダーは神経症や鬱すれすれのところで生きるのが正しい。

 リーダーは、自分の言葉を疑って、疑って、濾過したものを話してほしい。


●同じ2008年にCLS(うちのNPOの前身の任意団体)で「シュガー社員勉強会」というのをした。
 当時ベストセラーだった、田北由紀子さんという社労士の先生の著書をベースにして、若手の「甘い」社員を取り上げた。今だったら「ゆとり社員」というところだろう。コーチングの団体としては珍しい試みだと思う。
 この「シュガー社員」もやはり今みると「自己愛」である。



 日本の組織は「団塊と言う名の自己愛」と「シュガー・ゆとり社員という名の自己愛」に挟み撃ちされている、というべきか。
 そしてそれ以外の世代も、ワークショップで自己愛を増殖させられる。 「モチベーション」を論じる大学教授、コンサルタント、研修講師もほとんどは「自己愛」の塊だからその職業を選んだ人々である。またその人々の著書を読んだだけでも自己愛は感染するようである…



 
 よく私は考える。1匹のキリギリスを養うために何匹のアリが必要になるのだろうかと。今、働き盛り世代の中にキリギリスがどれくらい増殖しているのだろうかと。
(私自身も残念ながらキリギリスの1人だ)

 高齢化社会でただでさえ働き盛り世代の荷が重いのに。




 そしてこのところ繰り返される不毛な会話。

 なぜ、「会社のため」という軸で考える人が少ないのだろう。


 私は「人を幸せにする(経済的に、も含め)ため」という行動原理で動いているけれど。会社の中の人は、

「うちの会社が潤ったら、自分の生活もより保証されるな。みんなも幸せだな」

と考えればいいのに。

 相変わらず、「負けたくない」が表に出た口ごたえや、それでなければ個人的な愚痴ばかりきかされる。


 そういうのを聴いて聴いてラポールを築くのが営業スキルだ、と一般には思われている。逆に営業される側は、営業に来た人(特に女)にはいくらでも個人的な話をしていいのだ、と思い込む。


 会社のお蔭で自分は生活できているのだ、となぜ思わないのだろう。
 勤務時間中には精一杯「会社のため」を考えよう、となぜ思わないのだろう。


 大人になっていないのだ、自己愛だから。





 自己愛の人は、例えば

「正田さんの『思っている』承認というものは」

という言葉を使う。

 私、主観的に思っているわけじゃないんですけど。実践し、教え、その受講生さんがまた実践し、成果を挙げてきたんですけど。主観的にただ思っているだけなのはあなたのほうでしょう。


 例えば

「成果を挙げたら、もう少し広がるんじゃないですか」

 成果、とっくに挙げてるんですけど。何度も成果事例発表をやってきてるんですけど。
 うちの受講生さん方は、女の私のために人前で堂々と
「こういう成果が出ました。承認のお蔭、正田さんのお蔭です」
と、言う人達なんですけど。
 今私の目の前にPCがあるのと同じくらい、それは明らかなことで、
 それに基づいて次の段階の話をするために今日来ているんですけど。



 自己愛の人々はこういう風に、聴いたことが聴こえていない。彼らのところを通すと事実が事実でなく、ゆがんで伝わる。
 自分の個体を脅かすかもしれない情報は過小評価する。
 彼らは大きなバイアスの入ったフィルターなのだ。情報を正しくやりとりし判断考慮することができない。

 会社にとって有益な情報、あるいはリスクの情報、いずれも入手した人が会社の利益のためにそれを活用しないのは、背任行為といえないだろうか。


 
 そうしてまた「北欧」のことを思う。彼らは疫学的なデータが出たことについての行動は迅速だ。

 きのうきいた営業セミナーで出た、なかなかいいフレーズ―

「できることを先延ばししているうちに、どんどん自信を喪失する」

 本当は営業マンに向けて言われた言葉だけれど、私は「購買担当者」も知っておくべき言葉だと思うのだ。



 最近ちょっとだけ良かったこと。
 子どもを病院に連れていき、薬を処方してもらった。
 そこの病院の先生が最近ある別の医師のあるセミナーに行き、そこで「その薬をその年齢の子のその症状に出して全然問題はありません」と習ってきたのだそうだ。
 
 新しい薬の効果はまだわからないが、うちの行っているそこの病院の先生は老先生で、自分より若い先生のセミナーに行って習ってきたらしいので、そのことに頭が下がった。




神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp