続いて行われた三枝匡(ただし)・ミスミグループCEOの講演もまた、ずしっと容量のある、聴きごたえのあるものでした。

 三枝氏は、ご存知『戦略プロフェッショナル』『V字回復の経営』等、企業改革をテーマとしたビジネス書の著者であり、自らコマツ、ミスミグループでそれを実践する経営者。ミスミでは就任4年で売上高を500億円→1000億円に。またリーマン・ショックで09年には落ち込みを経験しましたが、2年でV字回復をなしとげています。

 同氏講演の結論部分には、

「"Small is Beautiful" ―日本企業の『組織を軽くする』ことへの取り組みは、いま最も重要な『戦略』課題」


という言葉が出てきます。

「それが日本再生の手がかり。自分たちの事業を『手に負える大きさ』に分けること」


もうひとつ、

「エリートとは、自分の所属する組織に責任を感じる集団」


という言葉も心に残りました。この存在がいなくなった。自分の会社がいかにぐちゃぐちゃであろうとそれを変えるのはオレじゃない。個人の痛みにならない。


 ここだけを見てわかったような気になる(私のような)人もいることと思いますが、やはりそこへ行くプロセスにも多くの見どころがありますので、順を追ってご紹介させていただきます。


「日本企業がダメになったわけ」

これを、最近正田は組織・人材育成の側から説明したわけですが、三枝氏は同じことに戦略面から切り込み、大変説得力のあるものでした。また、大いに同感のところがありました。


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 歴史から説き起こすと、「日本企業の組織劣化は、80年代初めに始まる」と三枝氏は言います。戦後成長路線が天井に達し、余ったカネの投資先として多くの新規事業や外部投資を行った。そして多くの失敗や放ったらかしの山ができた。


 新日鐵が遊園地を作った。・・・っていうのは「スペースワールド」でしたっけ。


 そこで日本の「経営パワーの危機」が顕在化した、と三枝氏。

 リスクをいとわない人材。
 失敗経験を積んだ歴戦の人材。
 死の谷を越えておくための戦略能力。
 (「経営リテラシー」を身につけた人材)

 こういうものが当時の経験からは育たなかった。

 そして「バブル」に突入していきます。


 一方、米国では同じころ何が起きたか。実は「米国流七転び八起き」(注:これは正田が命名)がありました、という。このあたり私にも新鮮なお話。


 凋落期。1960年代から30年間、米国は日本企業に頭を叩かれ続けた。初めは「日本人」に負ける屈辱感でいっぱいだった。

 経営セオリーでは常に世界を先導し、70年代は戦略論の時代だった。経験曲線、プロダクト・ポートフォリオ、セグメンテーション、SBU(戦略的事業単位)、差別化戦略、マトリックス思考、など。

 こうして、多くの「フレームワーク」が米国で立ち上がりました。ただ、まだこのころは日本が強い。

 米国コンサルタントたちは強い日本企業を必死で観察します。観察から多くの学びを得ました。

 目の前で起きている事象の「抽象化、理論化、敷衍化」すなわちフレームワーク化をし、さらに経営現場で使える「ツール」に落とし込みました。「ツール」にすることで会社の実践の場に渡していくことができます。


 この当時米国が日本から学んだものは玉石混淆で、コンセンサス経営、稟議書、社訓、社歌、終身雇用、年功序列、企業内組合、などがありました。(「こんなものが強みなのか?」と三枝氏)


 このころマッキンゼーのコンサルタントらが著した『エクセレント・カンパニー』(1982年)という本には、米国企業の反省として1.アクション 2.顧客に密着 3.自律性と起業家精神 4.人を通じての業績向上(人を大切に) 5.明確な価値観の提示 6.余計な事業に手を出さない 7.シンプル組織、小さな本社 8.ルーズさと厳密さの共存―などを記し、これは現代の日本企業こそ同じ反省論を必要とする、と三枝氏は言います。


 80年代、米国はベンチャーが雨後の筍のごとく生まれるものの・インスタント拝金主義・ハイテク勝負で消耗戦・大企業は財務ゲーム―という病に侵され、日本優位が続きました。日本企業は多少効率が悪くてもじっくり取り組んで品質の高いものをつくる、という組織の継続性と、生産技術で圧倒していました。


 そして80年代後半に入ると、日本転落の予兆が出てきます。
 キャッシュ余剰現象から、「くだらないベンチャー」の続出。

 いっぽういまだもがき続ける米国は、
 ・リストラの嵐
 ・日本の経営に学ぶのは無理(よく分からない国)
 ・理論:「現場の仕事の流れに」に近づいていく
  *価値連鎖、顧客満足、タイムベース競争

 そして80年代に「リエンジニアリング」の理解と実践の時代に入っていきます。

 「リエンジニアリング」とは、何あろうトヨタ・カンバン方式のことです。


 米国では、自動車のみならず、電機、物流、PC、フィルム、航空機、医療機器と、日本では考えられないさまざまな分野で、「カンバン方式」が応用されました。

 「日本人は時間の戦略を生きている!」(タイムベース競争)

 という気づきが、日本以上に多くの応用を生んだのです。


 ビジネスプロセスを早く回すことが戦略になる。

 そして90年代、日米逆転の時代となります。

 三枝氏が中国の金型工場で現地の社長と対話していて、耳を疑った言葉がありました:

「ミスター・サエグサ、タイム・イズ・インポータント」

 これは80年代、アメリカ人が色んな業種でカンバン方式の実験をして製造を台湾に委託し、その台湾人が中国に行って6兆円の産業を生み出した。カンバン方式は業種を替えて海を渡った。それに日本人が気が付いていない。

 またマイケル・デルとの会話で

 「あなたは5日後に商品(PC)が大連から着くと言ったけれども、それはトヨタ・カンバン方式ですよね」
 「Yes, We experienced twice stock crisis (そうです、我々は在庫の危機を2回経験した)」


 カンバン方式という宝を国内に持ちながら、それをフレームワーク化し敷衍することを怠った日本人は、6兆円産業、5兆円産業のビジネスチャンスを逃したのでした。


 
 これらを総合して三枝氏は、

「日本の経営は悲惨なほどの『抽象化、理論化、敷衍化』の不足、『フレームワーク』の不足に苦しんでいる」

「日本人は経営手法の知的創造で負けた」

といいます。最後の牙城、ものつくりも危うい、と。


 米国ルールの輸入を続けても勝ち目はない、と。


 そして「人」の力量。

 集団依存の因果応報、エリートの消滅…、ここで冒頭の

「エリートとは、自分の所属する組織に責任を感じる集団」

 という言葉が出てきます。


 まとめとして、

 「日本企業の『組織を軽くする』ことへの取り組みは、いま最も重要な『戦略』課題である―それが日本再生の手がかり。自分たちの事業を『手に負える大きさ』に分けること」

 とします。

 「一人のリーダー」の下で活き活きと動ける組織規模とは?との問い。



 ここまで講演の中の歴史認識と、それを踏まえた提言の部分をご紹介しましたが、

 
 これに対してミスミグループで実際にやっている取り組みがあります。


 三枝氏は、「経営リーダーをつくることこそ、会社を伸ばす道」として、非常に意識的に経営リーダー育成に取り組みます。
 

 経営リーダーの個人の具備要件として、「論理性(戦略性)」と「熱き心」を挙げ、先天的に熱い性格でないとリーダーにはなれない、知識は後天的に習得することができる、とします。


 この具備要件を、経営現場で試し、経験を蓄積する(因果律をとりこむ)、困難・修羅場の経験をすることで、学びは加速化する、といいます。

 志のつよい人は自らリスクに近づく、そのためすばらしい経験のループが起きる、といいます。


 強い経営リーダーとは何か?

 三枝氏は、経営者の力量は「なぞ解き能力」で決まる、とします。眼前の混沌を「単純化」する。それを解くのはフレームワークの適用である。「この問題は、こういうことなんだよ」説明し、熱く語る。

 フレームワークの引き出し(蓄積)をたくさん持っているリーダーほど、部下に解決の道筋を早く提示できる。組織の解決行動を迅速化できる。

 

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 いかがでしょうか。

 ここからは正田個人の感慨で、


 「フレームワーク」という言葉をいきなり突き付けられると、ふだんは「また、米国ビジネススクールの受け売りか」とぷい、と横を向いてしまう正田ですが、こうして日本企業の凋落の歴史を押さえながら話していただくと、素直に腹落ちしました。読者の皆様は、いかがでしょう。


 また、「承認」「コーチング」という一種のフレームワークを売り物にしている自分の仕事についても内省をいたしました。例えば「承認」で上手くいかない場面、人が往々にしてあるのを感覚を研ぎ澄ませてみていると、そこに「ナルシシズム」という別のフレームワークが必要になってくる、という認識に現在たっているのも、ブログ読者の皆様はご存知のとおりです。


 

 また、「企業改革リーダー」という存在について。

 今、切実にどの企業でもその存在が求められていることでしょう。


 これは三枝氏の言葉ではなかったかもしれませんが、


「自分の会社を自分の力でどうにかしたい、と思う。職位にかかわらず、そう思った人がリーダーなのだ」―

 最近出会った何人かの尊敬する友人の顔を思い浮かべ、反芻する私です。




 さいごに、

「アイデア」というものについて。

 三枝氏のリーダー育成論の中にも、経験の蓄積の重要性について触れていましたが、

 私が以前から愛用する失敗学の畑村洋太郎氏の言葉で、

「アイデアは責任を伴わない。行動は責任を伴う」(残念ながら、どの文献に載っていたか忘れた)

 ―これは、どういうときに私が使うかというと、NPOの役員会とか総会でだれかが新しげなアイデアを出してきたときに私が「却下」するときにつかいます。だって、その人たちは自分がそのアイデアをやろうと思ってないもん。「正田さんがやってくれるだろう」と甘えてるんだもん。
 
 ブレスト法などでアイデアを出すことはできても、「創造的・斬新なアイデア」は、そのままではなんら価値を生みません。その次の段階で、死に物狂いでやり続けることが必要で、

「やり続ける」ことの中には、たんにあちこち訪ね歩くだけではなく、また時間的に長くやり続けることだけでもなく、「人を説得し、腹落ちするまで説明することのむずかしさ」が入っています。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp