第33回よのなかカフェ「子どもたちが危ない!」13日、アロアロにて開催しました。


 姫路から元小学校教諭で和歌山大臨時講師・間森誉司(まもりたかし)先生が参加、小学校の教室の現状を語られたほか、大学教授、高校教諭、塾経営者、親、企業の人事・採用担当者、演奏で学校を訪問することの多いフルート奏者、会社を辞めたばかりの若い人、と幅広い層が参加しました。


(おことわり:文中途中から敬称を略していますが、本来「先生」とお呼びする方々にも敬称を省略していますことを、お詫びいたします。とりわけ、お名前をアルファベット表記している方には随分失礼な感じの表記になっているな、と感じております)


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 「今日のテーマは3人の子をもつ親として非常に心配です。皆さんのお話から、親として何ができるかを探りたい」
と、ファシリテーターの山口裕史さん。


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 冒頭、いきなり正田から間森先生に質問。「学級崩壊のクラスがある学校は、なぜそうなるまでに学校内で助け合わなかったんでしょうか?」


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 間森先生(以下敬称略):「私が30代に経験した例で言うと、50代の女の先生が持った5年生のクラスが荒れていました。女の子は先生の指示に従わない、男の子は老婆老婆という。そのときは、通常5〜6年は当時持ち上がりになるんですが、クラス編成を替えないまま担任を学年の中で替えて乗り切ろうとした、と思います。学年団の中で助け合う、融通しあう、というのは昔からある。今も学級崩壊の進んだクラスは、ぼく以外にも3〜4人の臨時教員の先生が助けに入っている」


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 ―学級崩壊の定義は?暴力を振るう、ということではないんですか。

 間森:「立ち歩く、物を投げる、私語をする、と授業が成り立たない状態のことを言います」

 ―どんな学校に学級崩壊が起こりやすいのか。

 間森:「昔と比べると貧困家庭、母子家庭、ステップファミリー、が多い。家庭環境もかなり影響しているようです。

 去年の例ですが、今は多少クラスのサイズが縮小していますがそれでも30数人いるクラスで一斉授業している時、何人かが立ち歩いたらほかの子の学習権が保証できない。とくにADHDの子はみんなが静かに集中しだすと、耐えられない。騒ぎ出す。そういう子には本当にサポートの先生が必要です。


 中学に行くと、スケバンがいた学年、というのがあって、教室の後ろの黒板にいきなり『間森死ね』と書いてある。そういうきつい歓迎を受けた。学級崩壊も中学になるとパワーが違う。

 ただ中学以上は、クラスに教科の先生が入りますからほかの先生もつねに見ている。小学校は1人の先生が全部の教科を見ますから、廊下にドアのすきまから膿がのぞいたときにはもう中はドロドロ、という状態になる。


 学級崩壊を起こしている率は―、わかりません。文科省の公式の数字とそうでない数字がありますから。不登校もそうです、その予備軍みたいなのも合わせると。」


 ―先ほどの例で言うと、50代の先生というとベテランですよね。ベテランの先生のところでなぜそんな?


 間森:「子どもたちにきいたんですが、女の子が『あの先生はみんなの前でほめる。それをやめてほしいと言ったのにやめてくれなかった』と。また『叱るときもみんなの前で叱る』と。

 これも今はわれわれの常識で、高学年になると自意識が出るのでほめ方、叱り方を変えていかないといけないんです。叱るときは1人1人よんで膝つきあわせてじっくり叱る。ほめるときもさりげなくほめる。低学年ばかり持っていて、突然高学年を持った先生にそういう間違いが起こりやすいんです。子ども扱いしちゃう。


 それと子どもは敏感に、先生が子ども好きかそうでないかをすぐ見抜きますね。」



 北中:「最近、『嫌な上司』の第3位に『君に期待してるよ』といわれるとかちんとくる、というのをみました。その上司に1回叱られただけで鬱になってしまうという。人事の方はどう思われますか?」


 K(人事担当):「私は今入社6年目ですが、今の若い子、理想はすごく高い。求めているものが高すぎ、現実と合わない。大人になりきれていない、と感じます」

 北中:「そういう社会人が増えてきたことを人事の人が問題視しているようなんですが、学校教育の中でそのためにできることはないでしょうか」


 間森:「今小学校でも言われているのが、子どもたちの自尊感情をどう育てていくか。自分がすきだという感情をもてない、表現できない。

 荒れる子では学力がすごく低い。言葉の表現力が低い。家族の中でどういう子どもを育てていくのか。家庭教育、またゲーム脳の影響は私はあると思う」


 正田:「上司側の教育をする立場なので今のお話は大変由々しい問題だと思うんですが(笑)、若い子から上司への期待値が高すぎる面もありますね。ネットの2chとか見ると世代間の敵対関係をあおるような言葉があふれている。ババアとかアホ上司とか。そういうのに絡めとられている限り、大人側の視点は持てないだろうなと感じます」


 T(20代代表):「自分自身入社1年で鬱になって退社したが、学生時代は自分の世代、自分の価値観以外の人と出会う場がほとんどない。サークルに没頭したりするともう自分の世代だけの世界です。あとはゼミぐらいかな。

 一方、就活で入社説明会に行くと、その会社のトップクラスの優秀な方、同期の中でも一番頑張ってるほうの方が出てきて話をされる。いざ入ってみるとそうじゃなかったことに気づく。企業と学生、お互いすごく飾りあっている。

 今の大学生は自分と同じ価値観の人としか会う場がないので、こういう場でいろんな価値観の人と会うことが必要。」


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のりこ(塾):「親って自分の価値観を押しつける。親がフルコースの料理をいつも出すとうどんが美味しいっていうのがわからない。お母さんが情報に流されて、こうすれば幸せになれるのよって思ってしまっている」


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K(高校):「多様な価値観と言うと、芸術科の先生方からどうせぼくたちは関係ないからね、要らない教科だからねって愚痴が出てくる。でもオーケストラで他の楽器の音色を聴きあうでしょ?小中学校ではそういう勉強はしないんでしょうか」


間森:「今はデジカメが出てきましたが、観察日記のワークシートでもデジカメで撮った写真をはるのでは感性が育たない。ぼくは変化をよく見てスケッチすることを大事にしてきました。手で描くと、子どもって変化の目にとまったことを大きく描いたりするでしょ。それが感性を育てると思うんです」


北中:「音楽の時間が削られ、音楽が遊びの時間になっていますね」


間森:「貧富の差による体験の差もあると思います。母子家庭で母親が一日働いてきてクタクタ、ご飯を手作りする気も起きない、子どもの服のボタンがとれていてもつけてやる暇がないからほっておく、ぼくがつけてやらないといけない、というような。それでは子どもの体験が乏しくならざるを得ない。」


北中:「貧富の差は日本だけではなく普遍的に起きている問題です。

あと学校も価値観を押しつける。進学校では、東大、京大に何名合格するかが至上命題で、だから今一流大学で1年生の留年が40%にも上るといいます。工学部の子にきいても工学部の勉強をしたかったわけじゃない、学校で勧められたからという。学校の価値観の押し付けが今、そういう形で出てきている。

一方で、騒いでいる子を注意しないという問題。うちの国際大学連合の事務所の前で騒ぐ子どもたちがいて、ぼくが注意すると、翌日その子らのお母さんたちが、『変なおじさんに叱られるからやめなさい』と言ってる。それ教育でもなんでもないでしょ?

そういう、子どもの希望をよそに親の価値観は押しつける、一方で自信がないから叱れない、バランスの悪さを感じます」


奥田(フルート奏者):「やんちゃさんが多い学校に行くと、子どもが私語をしていても先生方が注意しないですね。一度、有名なひどい学校に行ったら、開演前に私語がまったくやまないのに『音楽が鳴り始めたら静かになると思います』と、幕を開けたからびっくりしました。結局聴く子は聴くし、騒いでる子はずっと騒いでるという状態でしたが。

あと何をしたいのかわからないっていうお子さんは多いです。学校講演では夢や目標について話しますが、事前アンケートで夢や目標をきくと、小学校の子でも 夢なんかないって言う」


(「う〜ん、そこは・・・日本人は根拠もなく「○○になりたい」っていうビジョン型は少なくて、「今やってることを一生懸命やれれば幸せ」という価値観型の方が多いって言われますが」と正田)


のりこ(塾):「最近塾のこどもにきかれて、私は子ども時代『スチュワーデスになりたい』と思っていたのを思い出しました。親が子どもに自分の子ども時代を語っていないのでは。ロールモデルになっていないのでは」


K(高校):「教師の教育力ってほっといてたらつかないです。それをさせるのはマネジメントのステイタス」


正田:「確かに。相互に学び合い、教え合いをさせるっていうのはマネジメントの仕事なんではないか、とずっと思っていました。民間企業でもやってるところやってないところありますが、努力してやってるところではちゃんと『学習する組織』というふうになります。先日来のインタビューを通じて、今は、学校は一部の優秀な先生の個人技に頼っているというところがあるのではないかと感じました」



北中:「日本の教育が詰め込み過ぎになり、一生懸命やるということを学ばせていない。立ち止まって考えさせていない。コンピューターやゲームは本当に害があると思います。コミュニケーション能力が育たない。しかし取り上げるのはむずかしい。ほんとの意味での夢、目標というのは、お母さん方も失っているんじゃないか」


T(20代代表):「ぼく自身もいい高校、いい大学という親の価値観を受け容れ従ってきた。でも母に対して、多様な価値観あるやん、というのは酷。子どもも親も自分から一歩踏み出す、外に出ることが大事。社会が変わっていく中で、これが幸せ、これが正解というのはなくなった。その中で夢や希望をもてというのは困難。自分がいる環境から一歩外に出る場を持たすようにすれば」



間森:「大学2回生は、テキストを基に授業すると、寝る、私語する、ケータイする。私はアナログ授業しますんで、大学に羽釜をもってきて、『これは何か知ってるか。ご飯を炊くのについ数十年前までこれを使っていた。昔はずっと火の番をしていたんだ。今はIH炊飯器だ。

そして、羽釜から炊飯器に変わったことで生活の何が大きく変わったか?と考えさす。実は、子どもが労働から解放されたんです。母親が解放されたばかりじゃない。

そういうことをすると、『先生の授業おもしろいな〜』と。寝ない。ケータイいじらない。いつ発言を指名されるかわかりませんから。


ぼくはそういう授業のやり方を先輩から学んだ。今の若い先生は研修研修で、でも先輩から学んでいない。


あと私語のことですが、参観日に何がうるさいかと言って、保護者のお母さん方のおしゃべりがうるさいんですよ。私は注意します。『今、子どもが発表してますから、教室に入って静かに聴いてください』と。教師も参観日のために授業を準備しますし、子どもたちも準備してますから。でもそれを注意しない教師が多い」



正田:「そこで仕事柄気になるのが、コーチング研修の功罪ってないでしょうか?大体自治体や教委のコーチング研修って1日で、80人とか100人の規模で、傾聴・承認・質問のメニューで行います、1日だから。でもそういう、優しい気持ちのいいコミュニケーションだけで人を伸ばす、指導する仕事ができると思ったら大いなる間違いなんです。でもそう誤解する人が多い。あと今年、某自治体から1日で「傾聴・承認・質問・叱り方」まで教えてくれというご依頼があったんですが、それは迷った末にお断りしました。発進から制動、車庫入れ…を全部1日でやって公道に出てくれというようなものですから。人間1日でそんなに学べるものではないです。[補足:コーチング研修で学ぶようなスキルは「作業記憶」といい、知識系の記憶とは違う脳の部位に入り、学習するのに時間がかかる]

でもそういう形骸化したというか、通り一遍の研修をすることによって、かえって周囲の先輩の体験から学ぶ力を失わせてしまっているのではないでしょうか」


間森:「その通りで、若い先生が持って荒れたクラスでベテランの先生が授業したら、一発で子どもたちが変わるんです。ベテランならではの細かい技術がある。そういう微に入り細をうがち伝承する、といことが今はすごく弱い。最近言われるのが『同僚性』っていう言葉。40代―50代の先生が若手に伝えてあげていない。団塊の世代はお人よしですから、なんでも分け与えるんですけど(笑)今はそれがなくなった」



北中:「今、英国の大学では高校を卒業してすぐ来るわけではなく、他の大学を辞めてくるんです。親や学校の言う通り前の大学を受けたが・・・、ある時点でほかにやりたいことがあると気づく。しかし、日本の場合あまりにも大人になるのに時間がかかる気がします。日本の大学の公開講座にくると、大学生がケータイを持ち込むのに驚く。また集中力が50分持たない。人間として大事なことを教えられておらず、点数さえとればいいという教育をしている」



のりこ:「答えが出ればいいというのは、こうやればいい大学に行けますよ、というのをキャッチフレーズにしている塾なら、すぐ答えを与える。だから小学校の子でも、『先生、答えを教えて』と来ます。計算問題はすごくできるけど、文章題はできないという子は、人から話を聴いてもその意味がわからない、気持ちがわからない、ということ。思考能力が低下していると感じます。だから今、私の塾でも思考力を高めるという授業をしています。

小学校の先生でも、マニュアルやノウハウを求める人が増えているのではないでしょうか」


K(高校):「そのコーチング研修を依頼した自治体の担当者は、マニュアルが頭にあったのではないでしょうか。知識としてインプットすればできるようになる、という。

私は最近、学校って機能でいいんだろうか?と感じるんです。村にいるのは、存在なんです。目的じゃないんです。そこにいるからいる。町は目的なんです。町の学校の子と村の学校の子、どちらが東大に行くかというと、これは村の学校の子なんだそうです。まあ、東大というのがいいのか、というのはありますが」


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K(人事):「採用面接の中で学校で何をがんばりましたか?ときくと、『勉強をがんばった』という学生が7割ぐらいいます。板書のノートを1文字漏らさずとりました。一番前の席で聴きました、と。それならその先生からもっと学びたいと思い、研究室まで行ったか?というと、それはない。

『私はA評価を9割もとったんです、すごいでしょ?だから御社に入れてください』という。尊敬する人は『親』とそろいもそろって答える。先生方もそういう教え方をされているんでしょうね。就活マニュアル。マニュアル以外を欲しいという子はいったいどこにいるのか」


奥田:「個性のない若い人が増えて、自分の魅力に気づけていないんだろうなと感じます。

私が音楽の道に入るきっかけになった小学校のときの先生に先日、30年ぶりに再会しました。『先生、音楽5つけてくれてありがとう』と言ったら、『あれは苦労したんやで』と。できる子から5を1つ貰ってもうひとつ苦労してる子に5をつけてあげた。そうしたらその子の今後につながるやろなーと。今はそんなことをする先生はいないんじゃないでしょうか?」



間森:「今もいますよ。


去年持った学年で、男の先生から『先生、一度授業して見せてください』と声をかけられた。その先生は『大学の教育学部の先生が授業してくれるなんてめったにないことやから、先生も君たちと一緒に学ぶからな』と子どもたちに言い、そして私の授業のあとは学級日誌に『自分の力不足を感じました』と書いた。そして『先生もう1度やってください』と。結局そのクラスのために3度授業をしました。

そういう謙虚な先生は、やっぱり子どもに対して優しいです。どの子もほめて、いいところを見て。

通信簿をつけていても子どもたちの顔を思い出して、心の痛みを感じるか。


大学にいつも教科書ノートを忘れてくる学生がいるんですが、かれが忘れないで済むようにちょっとした工夫をする。それで叱る回数を減らせる。『また忘れたのか!けしからん!』と言ったら終わりなんですが、ちょっとした親切でそれを減らせる。


教師はつねに、子どもの前で謙虚でないといけない。小学校も中学校も高校も大学も。ぼくはつねにそう意識して教壇に立っています」


T:「友人が沢山教員をやってるんですが、口をそろえて言うのが『時間がない』。生徒と向かい合う時間をどうやって作っていけるのか」


間森:「おっしゃる通り、教師の超過勤務ってすごいですね。過労死寸前です。若い先生が中学で部活をやっていると、部活未亡人って言って、ほとんど家にいない。

どこかを切り捨てなきゃいけない。私ぐらいの年になるとどこを切り捨てられるのか、わかってくるんですが、先ほども言った『同僚性』なんですよ。学年の中に私みたいのが1人いるとみんな助かるんです。


あと評価、市販テストに頼って点数をつけて評価をしていると、子どもの実像がみえないですね。中には市販テストをみて授業している人がいます。


学校の多忙化をどう解決するか、ほんとは教員定数増なんです。非常勤、臨時教員、今大阪府が一番多いですね。採用試験に通っていない人もいっぱいいます。


間森さん若い先生のために授業をやってみせてくれよ、でも謝礼は出ないよ、という。お金の問題が一番大きいと思います」


K(高校):「今、教員のポータルサイトを立ち上げようとしています。ノウハウを共有して、自分のほしい情報を書き込んでいる人がいたらその人にきけばいい、という。

その学校の教員が一つにならないと、とても難しいと思います」


北中:「まず日本は、クラスの人数が多すぎると思います。25,6人がいいんじゃないか。あと語学のクラスは15,6名でいいと思います。あと部活は、すべて勝とうとします。国体に出なければいけない、とか。もっと楽しむスポーツが必要です。

ぼくらが考え方を根本的に変えないといけないときにきています。

英国の大学は今すごい改革をして、ヨーロッパ全体でクレジットを統一しようとしています。

大学の教員も高校、学校の先生も社会人経験を積まないといけないのではないか。履歴社会を壊さないといけないのではないか。」


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・・・ここで、時間切れとなりました。非常にエキサイティングで、多様で、また皆さん発言マナーもすばらしく、いい議論でした。


ファシリテーター山口裕史氏より:

「親として、つい『早く』と言ってしまう。また『安く』と言ってしまいがちだが、今日のお話でそれではいけないんだな、と感じました。全体的な考え方を見直さないといけないんだな、と。

それと、授業そのものが楽しくないといけないんだな。ワクワクしないといけないんだな。間森先生のように本当に考え抜いている先生が必要なんだな。

間森先生の2012年刊の『社会科地域学習』は、ワクワクする授業、学習のエッセンスが詰まっています。」


間森先生から:

「崩壊している学級に行くと、学級文化がない。掲示物がない。エログロの発言をする。でも事実をきちっと受け止めて、写真集を使って本物の性を教える。

2年生の掛け算のプリントを与える。でも『先生、勉強するって楽しいなあ』という。充実した感じを担保してやること。ジュースを入れものに入れて体積を計算させて、計算が合ったら飲んでいいよ、と言ってやると喜ぶ。五感に訴える。

学生たちにそういうヒントを与えることで、暗記中心の授業をするのではない教師になってもらえるのなら。国立大学本当に薄給なんですけど、教えるために物を買ったら持ち出しなんですけど。未来の教師を育てるために役に立てば。」


正田から:

「学級崩壊のお話を聴いて、なぜそこまでなって何もできないの?と不思議でイメージできませんでしたが、今日若い人にマニュアル思考が蔓延しているのを伺って、やっとつながった気がします。マニュアルにないことには、手も足も出ないわけですね。(一同うなずく)

今ほど大人世代がパワーアップして、子どものことも若い世代の方のことも導かないといけない時代はないです。間森先生のような優れた現実認識をもった先生が1人でも増えますように、また先生だけでなく、私たち親、普通の大人も、正しい現実認識をもってものごとに対処できますように。

今日の議論は皆さん本当に素晴らしかったです。ありがとうございました」


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開催後に思ったこと:


子どもの世界で起きることは早晩大人の職場にも起きます。元々ずっとそういうことを念頭に置きながら先生方のインタビューもしていたのですが、想像以上に「答えを求める」「マニュアル思考」が蔓延していて、若い世代からわれわれの属する中年世代も含めて思考が硬直化している、学級崩壊を含め今目の前に問題が起きていても解決できない、そういう事態になっていることを痛感しました。

そんな中、今もいる優れた先生方の実践は、そのまま大人のリーダー・マネジャーの方々にもお手本になることでしょう。

「マニュアル思考」や「どこかで習ったことの絶対化」は、結局は「身近な人をリスペクトしない⇒先輩や生徒から学ばない」ということに帰結するように思います。

東京や外国や、どこかにいる偉い誰かの言ったこと決めたことが正しい、それ以外のことは無視していい、と思ってしまうことですから。


私個人は改めて、「現実から学ぶ」「目の前の人から学ぶ」思考法という性格をも持つものとして「コーチング(きく、みる/認める、質問する)」という軸をもちつづけたいな、と思ったことでした。



よのなかカフェ 次回は7月5日(木)19時より。
「幸せな子どもを作るには(仮題)」をお送りします。




神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
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