姫路師友会での新しい学び。


 毎回、コーチングの世界にはない、先人の思索のかずかずとの出会い。そして講師の先生方の力のこもった講義。


 今回は、江戸初期の思想家「熊沢蕃山」について、竹原俊三先生からの講義があった。


 その資料提供の仕方たるや、

 ご想像つくだろうか、


 参加者1人1人にクリアファイルを購入し、そこに様々な文献から拾った資料1−13、各1pから最大6pのものをクリアポケットにセットした形で提供してくださったのである。

 どれほど時間がかかったことだろう。


 通常は、1回の例会で頂いた資料を姫路師友会全体のクリアファイルの1つのポケットにまとめて入れてしまうから、あとで見ると全部でどういう資料があったかわからない。


 熊沢蕃山については、竹原先生のこのご労力のお蔭で忘れようがないのである。これもイノベーションといえる。


 今回はまた格別だけれど、毎回先生方は負けず劣らず力のこもった資料作りをしてくださり、教育のプロのはずの正田も恥ずかしくなるぐらいなのだ。

 姫路師友会でのこの学びのお蔭で、「業界標準」という縛りから自由になれる。学び手のかたに対してできること、をまごころで考えられる。



 さてその盛りだくさんの学びの内容についてお伝えしたいところですが今回は内証・・・。

 嫌味になるといけないですからね。


と、思いましたが最後のくだり、竹原先生が「私見ですが」と断られた部分を再録させていただこうと思う:


「バブル後に『清貧の思想』という本が出たが、
生活レベルをもう1つ2つ下げてみんなが暮らせる社会にすべきでは。

第二次産業で生きてきた私が言うのもなんですが、
第一次産業中心の社会にすべきでは。

宍粟郡、神河町あたりの田園風景を大事に、
そこでとれる農作物を外国に売れるように。」



 先日のNPOの集まりで

「ご夫婦ともNPO」
「1つのNPO(教育系)の中で出産・子育てラッシュ」

という人達の姿をみたとき、大いに感じるものがあったのだった。

 その感慨と通じるような気がした。


 正田は、前回の河田尚子先生の講義内容を原稿にかいてしまったことについて言い訳めいた挨拶をした。




 
 例会のあと姫路で予定している「よのなかカフェ」について、田中昭夫先生主催で(?)昼食をいただきながら作戦会議。

 
 テーマについて、皆さん早々と構想をめぐらせてくださり、中には資料を既に作ってくださったかたも。(でも、提案者は不在なのだが)


 優れた方々がすぐに”乗って”くださる、姫路は温かい土地だと思う。


 やらなきゃいけませんね。



 
 師友会や「十八史略をよむ会」で冒頭によく朗読する「聞学起請文」の最初の一節がすきです。



 是の如く我れ聞く、或は一国に生まれ、或は一郡に住み、或は一県に処り、或は一村に処り、一樹の下に宿り、一河の流を汲み、一夜の同宿、一日の夫婦、一所の聴聞、暫時の同道、半時の戯笑、一言の会釈、一坐の飲酒、同杯同酒、一時の同車、同畳同坐、同牀一臥、軽重異るあるも、親疎別有るも、皆是れ先世の結縁なり。(説法明眼論)


 

 だれが本当の生徒でだれが偽りの生徒だなど考えるのはけちくさいことだ、と自分を戒めて思う。たとえかりそめの縁でも縁は縁。「なかった」ことにする必要はない。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
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