「教え方」について、なぜ正田の「教え方」はこうなのか。


 このブログでは何度も出ている話題で、

「人に教えるということ」という記事も一度書いて職場で回覧してくださった方もいるし、

北中教授との対談本『最高のプロの2日間の授業』にも出ている話題ですが、少しずつ違う表現方法で何度も出さないといけないようなので。


 「男は『地位』『優位性』が好き、女は『和合』『手助けしてあげる』のが好き」


 これが、『わかりあえる理由(わけ) わかりあえない理由(わけ)』(デボラ・タネン著、講談社+α文庫、2003年)の主題です。

 コミュニケーションの世界ではよく引用される本であります。


 この観点からみると―。


 「たとえば、女は〈和合〉を重視するから、自分のもっている情報をできるだけわかりやすい形で相手にも提供し、それを共有することで、お互いの格差を少しでも早く縮めようと努めるだろう。そのときの話し方には、相手を見下したようなところはなく、『私はあなたを手助けしているのよ』というメタメッセージが読み取れる。


 一方、〈地位〉を重視する男性の場合は、相手のもっていない情報や知識や技術をもっている者のほうが一段上だという意識があるので、そんな姿勢が言葉の端々に出ることもある。しかも、わざと説明を難しくしている場合すらあるようだ。相手が理解できないことで、自分の優位性がそれだけ高められるような快感を楽しんでいるのかとも思える。何しろ、相手がひとつ理解するたびに、自分との格差はそれだけ縮まっていくのだから。


 同僚の男性からは、こんな話を聞かせてもらった。某学会で研究発表をしたひとりの女性学者は、ときどき話を中断しては、聞いている人たちに向かって「ここまでの話はおわかりになりましたでしょうか」と尋ねていたそうだ。

 
 つまり、彼女の一番の関心は、聞いている人たちが自分の話を理解してくれているかどうかにあったといえる。しかし同僚が言うには、自分が発表をする段になって、いったい何をいちばん気にかけたかといえば、聞いている人たちからバカにされたり、見下されたりすることがないかという点だったそうだ(そしてほかの男性研究者たちも、この点はたぶん同じだっただろうという)。


 こうした視点に立ってみると、もし自分の説明をわざとわかりにくくするのが、人からの攻撃を避けるためだとすれば、それも男性が自分を守るための一手段だといえるのかもしれない。」(pp.88-89、太字・下線正田)




 「男性」「女性」というくくりを使っているので抵抗を感じるかもしれないが、私の知っている優秀なマネージャーたちは、男性でも、ここでいう「女性」のやるような親切な説明の仕方を身につけていた。そのほうが部下が伸びるのだ。


 
 それでいえば実は正田も、脳科学者から「すごく男性的な脳」と言われた人なので、自分のことを女性的だとはあまり思っていない。

 でも10年ほど教えてくるうちにこのスタイルが身についた。もとは素でモタモタしたしゃべり方だったのだろうし、やっているうちに「受講生さんの『習得』のためにはこういう説明の仕方がいい。と体得した。

 つまり、ゆっくりめに、間をとって、途中で「ここまでわかりますか?」と問いを発したり、わざわざ付箋を配って「このロジックは正しいかどうかわかりませんよ。すこしでも疑問に思ったら質問してくださいね〜」といったりする。


 中年期の受講生さんにとって、「承認」のようなこれまでの常識と逆のものが「沁みる」のは、大変な”事件”であり、時間がかかる。それは一定質量の物体に化学実験を行うように、正確に時間を見切らねばならない。



 大量の知識を早口で与える必要などない。(必要だと思う受講生さんは、ちゃんとこのブログを探してみてくれる)


 受講生さんの「習得」は、もっともだいじなものなので、そのためには自分が少々バカだと思われるぐらい大したことではないのである。

 そこは、未熟な男性陣のまねをして自分は賢いとひけらかす必要などない。


「コーチは選手にわかる言葉で話せ」と言ったのは、禿頭の武田建氏。関学アメフトの10数人いるコーチ陣にそれを徹底させていた。


 ただ、そうした「正田研修」の価値をほんとにわかってくれるのは、やはり自分自身マネジャーで、チームを率いる大変さを背負い、また情報が自分の心に沁みるスピードもよくわかっている中高年のラインマネジャーたちだ。

 
 若い人、部下をもった経験がすくない人には、残念ながらわからない。往々にして、

「早口で大量の知識を注入してくれるのが良い研修」

と思っておられる。そういう人が教育担当者だったら、(往々にしてそうなのだが)残念ながらお別れである。


(まあ、「最上志向」や「自我」あたりが強い人だとそうなりやすいと思う。無駄にレベル高いものを見栄で欲しがる)




 最近、研修によんでくれた友人との打ち合わせで正田がいったこと:


「この研修で変わらなかったらこの人は一生変われない、という思いでやっている」


 なんと傲慢な言葉のようだが、

「承認研修」を行ったあとでその人の部下にメンタル疾患が出たら、どんなに悔いを残すことだろう。そして一度いい加減にやってしまったら、わるい形で免疫がついて、にどとその人は「承認」を真摯に学ばないのも確かなのだ。

 しかし世間にはそんな研修はごまんとある。私はそういうのの片棒担ぎはしないつもりだ。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
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