「研修カクテル」は、今日わたしが急に発明した造語です。

 本当は「研修チャンポン」と言ったほうがいいのかもしれませんが、語感が今ひとつなので「カクテル」としました。

 ようは、コーチングやそれに近いモチベーションや心理学、意識変革の研修同士を「まぜて使う」あるいは「短期間のうちに連続して受講する」ことをしたときに、どんな副作用が起きてしまうか、というお話。


 このところの経験に基づく「古くて新しい問題」について、書いてみます。いささか気が重いですが、やっぱりこういう仕事をしているものの社会的責任のうちかな、と思います。


 
 以前より、この手のやや心理学がかった研修で起きる「副作用」には、当協会は神経をとがらせているほうです。


 「研修副作用」を扱った記事をざっと再掲してみます:



 「ときどきコーチを返上してジャーナリストになるです」(08年5月)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51336521.html


 「続・ワークショップ症候群」(同上)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51336821.html


 「前向きなことだけ言ってればいいのに正田は」(同上)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51336962.html

 「感情と自由の暴走が何をもたらすか」(同上)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51339067.html


 「エスリンでうまれたものと日本」(同上)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51344385.html


 「続・エスリン研究所―実験と成功と失敗の歴史」(同上)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51344817.html


 「幼児化か、老化か」(10年3月)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51564619.html


 「ワークショップとの付き合い方、マネージャー不在のマネジメント、男の嫉妬」(11年6月)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51740369.html


 「自己愛、団塊、ワークショップ症候群、シュガー社員」(12年1月)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51786028.html


 「断定・恫喝と意識変性の関係 続・人に教えるということ」(12年5月)

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51802510.html  



 まあ何とも、周期的に同じようなこと書いてるなあ、と思います。ようするに周期的に似たような現象に出くわしますからね。

 1回1回の記事のたびに、そこには「他社研修」にかぶれて去って行った人の心痛む記憶があります。
 これまでの経験では、「他社研修」にかぶれてわたしに対して見下しの態度をとってきた人とその後人間関係を維持できることはほぼありません。そしてわたしは「承認」に対して「見下し」の反則技を出してくる卑怯な人には、かなり手厳しい物言いをします。


 上記の記事を読んでいられない、ご多忙な大多数のこのブログの読者の方々のために、こうした研修の「副作用」とはどういうものか、ざっと抜書きをしますと―。

・ドラッグジャンキーのような状態。
・スピード狂。
・傲慢。ナルシシズム。
・現実感のない浮遊感。全能感。
・演劇的な身のこなし。
・現場への想像力の不足。
・自分の思いもよらない他者からのフィードバックの回避。打たれ弱さ。
・欲望全体の亢進、アルコール依存や性欲の亢進をふくむ。
・自分をほめてくれた先生に対する見下し。
・苦しい「他者承認トレーニング」や謙虚さへの見下し。


 上記で扱った対象の研修は、決して「コーチング」にとどまりません。コーチングよりもっとディープな心理学、専門用語満載の心理学の1分野(わかる人にはわかると思う)、それを取り入れたコーチング、プレゼンセミナー(自分を全面肯定せよ、という教えが入っている)、ワークライフバランスがらみの時間管理セミナー(自分中心に時間を組み立てよ、という教えが入っている)、「感情マネジメント」の研修、などなど。ひょっとしたら、「自分のやりたい仕事にこだわれ」というキャリアカウンセリングもそうかもしれない。


 それと心理学系に関するかぎり、どの分野の研修にしても、講師が「知識自慢」「専門用語自慢」をしているタイプのものは意味がない。実務にそんなガラパゴスなものは必要ないのです。

 技術関係で、その技能を絶対に身につけないといけない、という人対象のセミナーならまた別でしょうけれど。

 今年初めからは、「自己愛(性人格障害をふくむ)」という概念を得て、こうした研修が「自己愛を育てる」役割をしている可能性は大、と思っています。


 
 さて当協会の研修はではどうなのか、ということですが、

 当協会は設立以前の任意団体の時代から、いやもっとさかのぼり、任意団体設立前の2003年ごろから、こうした「他社研修」のもたらす鬱陶しい副作用をまのあたりにし、それで

「コーチングはマネジャーのマネジメント能力向上のため、と目的を絞って教えるべき。自己実現などは意味がない」

と、割り切ってしまったのでした。任意団体「コーチング・リーダーズ・スクエア」はそもそもそういう割り切りの産物であります。(国内では初めてだったと思います)

 2004~6年の、「1位マネジャー輩出」という現象もまた、こうした割り切った教育方針と無縁ではないと思います。


 そして「マネジャー育成」に絞った結果、マネジャーの「思索/熟慮」「自己との対話/内省」「共感」などを大切にする、独特の間合いをとる研修方法になっていったのでした。


 時々、「今時の人数を絞った忙しいマネジメントの中で、マネジャーさんはみんな早口でくるくる、くるくる会話している。それに合わせたテンポの研修にしたほうがいいのではないか」と思うこともわたし自身ないではないですが、

 経験的にそれはちがうのでした。

 現実のマネジメントが「早く、早く」「巻いて」となればなるほど、研修ではテンポを落とし、かれらに十分な思索をさせてやる必要があるのでした。


 それをしてやって、初めて「承認」という従来のマネジメントの常識の逆をいくものも、

「これは真実だ」

と、しみじみと受け容れられるようになるのでした。


 かつ、以前「人に教えるということ」という記事で書いたように、

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51754001.html 


 マネジャー育成の研修講師は、できればかれらに「教え方」の模範になれるような存在でありたい。行動理論でいうモデリングであります。

 ひとつの研修が忙しい職場の人々に何を残すか、というときに、実は内容よりも、研修講師の口吻、人に対するあり方、のようなものが印象に残るのです。

 であれば、講師はマネジャーたちが職場に戻った時こんなふうに周囲の人々を育成してほしい、というように、講師自身が振る舞わなければなりません。


 謙虚に、威圧的でなく、強引でなく、丁寧に説明を尽くして人々に納得させられるように。

 講師が威張る人であればマネジャーも威張る人になります。講師が一方的に早口でしゃべる人であればマネジャーも一方的に早口でしゃべる人になります。


 
 多くの場合、わたくし正田がつくる場というのはこれまで、

「清々しい場」

「さわやかな場」

と、評価していただいてきました。

 これは、「承認」を重んじ、「讃えるべきことを率直に讃える」ことを自らに課し、受講生にも課しますから、結果的にそうなるのだろうと思います。

 できれば、水のような澄んだ心持ちを職場に持ち帰り、曇りのない眼で周囲の人々や状況をみるようであってほしい。

 急激なエネルギー上昇などは当協会の研修では起こしません。それはリーダーの場合害になります。


 ただ中には「合コンノリ」みたいなものを持ち込む人もいますが。



 そう、そこで、「研修カクテル」のお話になります。


 当協会の研修としては、上記のようなことを心がけ、単独で使用していただければ高い効果を生むようにつくられています。
 
 ただそれは、あくまで単独で使用していただいた場合です。


 この時代、残念なことにこの手の研修を畳み掛けるように何種類も採用し実施してしまうことがよくあります。

 また、人材育成担当者のかたが、当協会の研修に興味をもたれてオープンセミナーを受講されたあと、すぐ続けて「他社研修」を受講されることもよくあります。


 
 わたくしは、それは良い結果を生まないでしょう、と申し上げるほかありません。

 この種の研修の場合、1+1=2ではありません。ゼロや、マイナス1、マイナス2になってしまう可能性すらあります。


 複数の研修をはしごすることによる、不必要な高揚感。謙虚をむねとする研修のほうがみすぼらしく見えてしまうこと。複数の業者をてんびんに掛けることによる全能感、「上から目線」、教育や講師への畏敬の念のなさ。


 これは、例えば「利き酒」をするときもそうでしょう。一度に多数の種類の酒を試飲したら、その中のとがった味のものが良く思えないか。添加物の入ったもののほうが良く思えないか。刺激が強いほうが良く思えないか。

 たべものの試食の場合も、なんでもそうだと思います。


 あえて強い刺激を抜いている丁寧な工芸品のようなものをきちんと評価しようと思うなら、ほかのものと混ぜないことが大事です。

 あるいは、ありとあらゆる研修をこれまで受けてきた人が、そのあとに受講してみることが大事です。


 
 この忙しい時代に、企業の人びとに新しい意識を植えつけるということがいかに困難であるか。でもそれが必須というとき、

「大事な研修をチャンポンにしない」。

 言葉にすると当たり前のようですが、あまりにも多くの場合不用意にそれが起こってしまうので、教育NPOとして警鐘を鳴らしたいと思います。

 教育を冗談ごとと思わないでほしい。大事な研修を大事にしないから、結局「研修は効果がない」という間違った結論になって、非人道的なマネジメントがはびこるのです。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp