「意志力」をこのところブログで”ネタ”にしていたところ、

 なんと「意志力」をテーマにした翻訳書が立て続けに2冊出版されました。

 アメリカでも「意志力」に悩む(正確には、それの不足に悩む)人は多いようです。


 その2冊とは、

『スタンフォードの自分を変える教室(原題'The Willpower Instinct')』(ケリー・マクゴニガル著、大和書房、2012年10月)

『ヤル気の科学(原題'Carrots and Sticks')』(イアン・エアーズ著、文芸春秋、同)


 スタンフォード対イエール、大学対決でかつ「女性教授の奇跡の授業」と「(男性)天才教授」の対決のようにもみえます。

 個人的には、前者のほうが現代特有の「意志を保てなくなる状況」を丁寧に描きながら処方箋を出しているようで、好みです。
 後者は、意志力のメカニズムを言うのにアメとムチ(とりわけムチ)の効用を強調し過ぎ、著者自身が開設した約束を守るためのサイト'StickK'の宣伝が鼻につくような気がします。あくまで比較すると。


 というわけで前者(『スタンフォードの〜』)の方を主にご紹介したいと思います。


 意志力というものが初めて必要になったのは集団をつくり社会の中で暮らすようになったからだ、と著者は言います。

 自己コントロール力というものはわたしたちの額と目の後ろに位置する脳の前頭前皮質の働きなのだそうです。人類が進化するにつれて前頭前皮質は大きくなり、この部分が脳に占める割合が他の生物に比べて大きくなっています。

 前頭前皮質は3つの領域に分かれ、それぞれ「やる」「やらない」「望む」の各働きを受け持っています。

 
 衝動する脳と衝動を抑えて欲求の充足を先に延ばし長期的な目標に従って行動する脳。

 わたしたちには2つの自己があると著者はいいます。このうち後者の「理性的な脳=自己コントロール力」の自己をどれだけ大きくできるか。これが意志力です。そして、著者は意志力は筋力のように鍛えられる、ともいいます。


「この10年のあいだに神経科学者たちが発見したところによれば、脳はまるで熱心な学生のように、経験したことを見事に学んで身につけるのです。たとえば、毎日数学をやれば、数学に強い脳になります。心配ごとばかりしていれば、心配しやすい脳になります。繰り返し集中を行えば、集中しやすい脳になるというわけです。

 繰り返し行うことは脳にとって容易になるだけでなく、それに合わせて脳じたいが変化していきます。まるで筋肉がトレーニングによって逞しくなるように、脳の一部の灰白質が増強されるのです。」(p.49)



 ―このあたりは「氏より育ち」「脳の可塑性」のことを言っています。「承認研修」のあと「宿題」を課すのも、受講生様に「承認脳」が実践によってつくられることを期待しておこなっています。ただそのタイミングでの受講生様の方向性にどうしても合わなかったら、あるいは遺伝的形質にあまりにも合わなかったら仕方ありません―

 
 そして、「意志力」のトレーニング方法として具体的には「瞑想」を挙げます。1日5分から、自分の呼吸に意識を集中することをすると前頭前皮質への血流を促進し、自己認識をつかさどる部分の灰白質の量が増え意志力が向上していたそうです。


 ダイエット中なのに甘いものを食べてしまいたい衝動を抑えること、つまり「やらない力」を発揮するのは、脳の「休止・計画反応」を起こさせるということを意味します。これは、生きのびるためのもっと根源的な反応、ストレスにさらされたときにすぐに行動に出る「闘争・逃走反応」とはまったくべつのもの、より高次なものといえます。

 甘いものにとっさに手が出てしまう衝動に弱い人かどうかは、「心拍変動」でわかるといいます。つまり、衝動を起こさせるもの―この場合は甘いもの―を見て心拍数がいったん高まったあと、減少するという、この「増」から「減」への変動が高い人ほど衝動を抑える力が強い。高まりっぱなしの人は衝動に弱い人といえます。

 そして、この心拍変動を大きくするためには、「呼吸をゆっくりにする」とよいのだそうです。

 また、軽い運動や「グリーン・エクササイズ」―屋外の自然にふれられることなら何でもかまわない―も意志力を高めるはたらきがあります。自制心を発揮するには多くのエネルギーが必要なので、6時間以上睡眠をとることも重要だそうです。

 リラクゼーションも大事です。ストレスを高めて自分を奮い立たせるようなやり方、例えば締切ぎりぎりまで物事に着手しないとか自分や他人を責めるとかカミナリを落とすとか、は短期的には効果があっても長期的には意志力を弱らせると著者は言います。

「ストレス状態になると、人は目先の短期的な目標と結果しか目に入らなくなってしまいますが、自制心が発揮されれば、大局的に物事を考えることができます。」(p.90)




 本書はわたしたちの意志力を妨げるさまざまなものにも目を向けます。

 「ライセンシング効果」は、非常にうまくできた言い訳のメカニズムです。わたしたちは目標達成に向けて何かの進歩を遂げたあと、それを理由にして(ライセンシング)わるいことをして後退してしまう習性があるのです。「一歩進んで、二歩下がる」です。
 しかもそれは実際に進歩したあとだけでなく、単に良いことをしようと思っただけでも同じ効果が置きます。それでは「一歩も進まず、二歩下がる」です。


 また死を予感させるものに触れると高額商品の買い物をする傾向があるとも。自分をパワーアップさせたいようなのです。


 また現代はテクノロジーによるドーパミン効果が溢れ、スイッチを押せば、画面をスクロールすれば、様々なものが現れます。友人と交流するソーシャルメディア、仮想空間の中で武器を手に入れたり敵を倒したりして得点を稼ぐことのできるゲーム、とドーパミンは出まくりです。こうしたドーパミン装置の前にわたしたちの決心はもろくも崩れます。


 意外なことですが、「ドーパミンは幸福感をもたらすわけではない」という知見も紹介されました。幸福感そのものではなく、単に「快感への期待」をもたらしてくれるだけだ、というのです。報酬系を刺激すると欲望が刺激され、快感が得られそうな予感がして、そのためなら何でもしようという気になります。しかし報酬系を刺激された人々は、決して満足はしません。むしろ何かに駆り立てられたように不安混じりで居てもたってもいられなくなるだけです。依存症の人々はそうですね。

 そうして、報酬系を刺激するものはわたしたちの意志力の障害物になり得ますが、これを味方につけることもできます。著者の授業の受講生たちの中には、面倒な書類をお気に入りのカフェに持っていき、ホットチョコレートを飲みながら片づけた人や、スクラッチ式の宝くじを何枚も買って、片づけるべき場所に点々と置いた人がいたそうです。

 
 ―ちなみに、モチベーション喚起にあたって「目標設定、達成」が重要なのか、それとも「承認」が重要なのか。当NPOの関係者では、「目標も大事だが、その前に承認はすべての基礎になる」という考え方が優勢です。遠大な目標をありありとビジュアライズする実習をすると、人によってはドーパミンが出るかもしれません。しかし、遠大な未来の目標に対して期待が高まってドーパミンが出るのは、やはり身近な行動を1つずつ積み重ね、それを周囲の信頼できる人に「承認」してもらった経験のある人であろうと。

 関連で1つエピソード。過去、よのなかカフェに来られたあるアーティストの方が「今の小学生には夢がない。私は夢があったからこそ頑張れたのに」と話されました。しかし、その人のライフヒストリーを丁寧にきくと、そのアーティストさんは子どもの頃は「他にとりえがなかったが音楽だけはできたので」先生やお母さんにほめられながら音楽をやっていた。ある日小学校の先生が音楽に「5」を、それもほかの成績のよい子から「5」を1つもらう形でつけてくれた。それを励みに一層努力を続け、中学高校になるとお母さんが「この子はほかにとりえがないから音楽だけは頑張らそう」と音大を志願させ、ご本人もその路線で頑張った。「音楽家になろう」と本格的な「夢」をもったのは、どうやらその後のことだった、ということです。―


 そして、意志力の最大かつ恐ろしい敵があります。
「どうにでもなれ効果」。
1つ失敗したら、坂道を転げ落ちるように転落していく、どんどんやってはいけないことをやってダイエットや禁酒禁煙をふいにしてしまう。
 これを防ぐには、「失敗した自分を許すこと」だと著者はいいます。責めても効果はない。


 「いつわりの希望シンドローム」というのもあります。これは、身近な若い人をみていて、あるある、という感じです。失敗して落ち込んだとき、変わろうと決心する。変わろうと決心すると、今度は希望に満たされます。ダイエットを始めようと決心しただけで元気が出たり、エクササイズの計画を立てただけで気分が高揚したりするといいます。まだ何ひとつなしとげていなくても、いい気分になれるのです。

 このところよくある自己啓発本のタイトル「自分を変える」―本書の題だってそうじゃないか、と突っ込みたくなりますが―この言葉を言っている人に自分を変えられる人はいない、というのがわたしの実感です。

 この「いつわりの希望シンドローム」を回避するコツは、自分が失敗することをあらかじめ予測してシミュレーションすることだそうです。

 
 意志力をだめにしてしまうものシリーズでは、最後に、「余計なもののことを考えまいとすればするほど考える」という落とし穴が出てきます。シロクマのことを考えるなと言われると考えてしまう。甘い物のことを考えまいとすればするほど・・・。
 これの対処法は「考えまいとすることを手放す」のだそうな。瞑想の実践にも役立ちそうな考え方ですね。


 意志力の弱さは、伝染る。また、意志力の強さも伝染る。何かをやろうと決心したら良い友達を選びましょう。



 個人的には、やはり否応なくドーパミン装置の溢れている現代にどうより幸福に生きるか、その1つとして「意志力」があるように思いました。

 また、これはやや自慢めきますが、わたしはマネジメントに関する原稿をかくとき「締切に迫られてから慌てて着手する」ことはほとんどしたことがありません。というのは、あまり忙しくないから(涙)という悲しい現実もあるのですが、締め切りが迫りストレスフルな状況では、「書きなぐり」の原稿のかきかたになり、多面的に検証しながら書く態度を忘れてしまいそうだから。一面的な乱暴な表現になってしまうことが怖いからです。でも世間では「マネジメント」について発言される方で結構そういうのをみる気がします。




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