17日、大阪商工会議所にてHONDA(本田技研工業株式会社)前社長で現取締役相談役の福井威夫氏の講演「夢を追い、世界で競う」を聴きました。


 今年は3月に経営学者・伊丹敬之氏による本田宗一郎に関する講演を聴き、その後評伝を読むなどわりと宗一郎づいています。


 既にきいた話読んだ話との重複も多かったですがいくつか印象的なお話がありましたのでご紹介します。


・ASIMO(アシモ)は最初から二足歩行にこだわった。2000年?の紅白に出場したときは直前に声がかかり、SMAPと共演した。SMAPが踊ったりするとステージが揺れる、そういう環境では開発していなかったのでステージにはりつき、当日ソフトを手直しした。倒れそうになったらフリーズさせることも考えたが幸い倒れずほっとした。


・ASIMOは家庭ロボットを目指す。1台あれば家事、介護、防犯、子守、をやってくれる。自動車以上の産業になると我々は見込んでいる。(そういうこと言っちゃうんだ) 
(HONDAは自動車会社ではない、Mobilityの会社だ、とも)


・本田宗一郎は創業期から世界を目指した。しかしベースは日本文化にあった。創業期、奥さんと京都にきたら2時間も仏像をみて動かなかった。そのあとで出来たデザインは堅牢で”神社仏閣”とわれわれは呼んだ。


・われわれとトヨタさんとの大きな違いは二輪車をもっていること。海外進出するときは最初に二輪車で事業展開する。自動車よりリスクが小さい。イスラム社会など、文化や制度のわからないところを二輪車で勉強し、かつブランドイメージを浸透させたあと自動車で出ていく。他に二輪車をもっている自動車メーカーにはBMWがあり、構造が似ているとして注目している。


・研究開発には宗一郎の考え方が色濃く残っている。
「99%失敗して当たり前」
「世の中の定説や学者の理論はあてにするな」
政府への反発があり、「政府の世話には一切なるな」


・宗一郎は66歳で引退、最高顧問になった。会長にはならなかった。以後HONDAでは会長をつくったときもあるしつくらなかったときもあるが、つねに社長がトップ、会長はいつもその下。意思決定がシンプル。歴代の経営者にお伺いを立てるということはない。


・MM精神。”Man Maximun, Mecha Minimum” 「技術が先行しちゃいかん、機械より人間尊重」


・失敗続き。研究所には20年、30年、40年成功しないまま研究を続けている人がゴロゴロいる。エアバッグは16年間失敗続き。カーナビは14年間失敗の連続。航空事業は40年間うだつが上がらなかった。ロボットは26年間基礎研究をやっていた。1960年に研究所と本社を分離したのは、研究所と本社の価値観の違いが大きい。本社はお客様に直接接するから、失敗の許されない世界。



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 うん、やっぱり面白かったのだ、この講演。

 宗一郎はある種のリーダーの典型だと思う。

 『採用基準』(伊賀泰代、ダイヤモンド社、2012年11月)に日本人の「リーダー」に対する態度についておもしろい指摘があった。


 
多くの日本人は、坂本龍馬や織田信長、『坂の上の雲』の秋山兄弟など歴史上のリーダーや、外国のリーダーであるオバマ大統領やスティーブ・ジョブズ氏が大好きです。すでにかなり高齢の場合、もしくはすでに歴史となった人であれば、日本人の名経営者に関しても多くの称賛の声を聞くことができます。しかし現在進行形で存在する強いリーダーに関しては、「独裁者」、「ワンマン」など否定的に評価する声が絶えません。

 伝記では偉業が称えられるリーダーでも、その人の身近で働いた人にとっては、「極めて独善的な人だった」という場合もよくあります。だからこそ、時代的・空間的に自分から離れた場所にいるリーダーは尊敬も称賛もできるけれど、自分と同じ場所・時代に生きているリーダーは必ずしも好ましい存在ではない、という現象が起こるのです。(pp.107-108)



 強力なリーダーは、一緒に働いて必ずしも楽しい存在ではない。

 うんうん。真理だ。



 いや、リーダーの当事者の方々は、だからといって独善で居直っちゃいけませんよ。

 あと「昔のリーダーずき」「歴史小説ずき」で、とくに龍馬をやたら理想化して、かつ今の政治家等に対してはやたら辛辣な、メディアをふくめたおじさん連中の態度。

 当協会の承認でいう「目の前の人へのリスペクト」は、当事者への揚げ足取り的批判に対する「じゃあお前出来んのかよ」という反駁もふくんでいる。


 おじさんではないが田中真紀子が「自爆テロ解散」とか「周囲の話もあまり聴かず…」とか言っていたのは、笑止だった。

 私は個人的に野田さんいつか復活しないかなあと思うほうです。「決められない政治」は、かれの責任ではなかったはずです。


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 「学者の理論をあてにするな」

 この言葉と出会ったタイミングを考える。当NPOの歩みを考えると、学者を当てにした時期もあったし、そうでない時期もあった。

 昨年の今頃だと、教育分野のある文献の評価をめぐって私はカンカンに怒ってブログに書きまくっていた。

 「行動主義」(注:「行動主義」と、当協会でつかっている「行動理論」は微妙に違うものなので気をつけてください)「外的動機づけ」を批判したその文献の中にあるひとつの表現、


 「人間を動物と一緒にするのは、人間に失礼ではないか」

を軽はずみにも真似したべつの学者のことも、返す刀で怒りまくった。


 人間は動物の一種である。人間の脳の活動を今も多くの研究者が動物実験を通じて明らかにしようとしている。かつなによりも、製薬企業の中の無数の研究者が今も動物実験を通じて新薬を創造したり有効性や副作用を検証しているのであり、われわれも当然そうした努力の恩恵を受けて生きているのだ。


 でもそれぐらい、学者というのは自分の専門分野を一歩外れるとおかしなことを言ってしまう生き物だ。


 最近のトピックでいうと、遺伝子学というのは基本的に、妊婦さんや若いお父さんお母さん、その予備軍の方々を脅かしてご商売をする学問だ、というのがわかった。


 たとえ科学的事実であっても、たとえば特定の状況での異常の発現頻度のようなデータを伝えるのは当事者の方々への手厚い配慮をもってするべきであろう。

 私も3回も妊婦をやった人間だから、当事者のほとんどは真面目で、こうした情報のひとつひとつを必要以上に深刻に受け取ることがあるのを知っているつもりである。



 当協会は、もともとそうした仕事をすることを理念にしているわけではないので、最近の遺伝子学者へのインタビューは掲載をとりやめることにしました。楽しみにしていてくださった皆さん、ごめんなさい。

 インタビュー中に断片的に得られた情報は、とりわけ「日本人とはどういう人種なのか」に関する比較的罪のない情報は、当方で独自に検証したうえで使っていくことになるでしょう。


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 例えば組織をストレスフリー(完全に、というのはあり得ないが)にする取り組みとして、私たちは
「リーダー層を皮切りに、最終的には一般職も巻き込んだ、他者をリスペクトするコミュニケーショントレーニング」
を提唱する。きっちりやれば、それは極めて効果的である。
 ―もちろんストレスレベルを低下させるなどはむしろ些末な副次的効果で、主目的は優秀な人々をつくり、生産性の高い組織をつくることである―


 片や、遺伝子学者や寄生虫学者や精神医学者は近年、DHAや食物繊維といった、食べ物による改善を主張する。それは彼らが論文化しやすいのがそういうものだからだ。実験計画が立てやすいからだ。会社組織に対して教育研修計画をもちかけ同意してもらい実験するなど、かれらの手には余るのだ。
(恐らく動物実験をモデルにするということもできない種類の実験だ)


 「人は、独りで生きている存在ではない」
 これも当たり前すぎるほど当たり前なのだが、社会人の中では特殊な仕事の仕方をする、というかあまり社会人の端くれとは呼べない学者たちが見過ごしやすいことを、声を大にして言いたい。


 私たちのしていることはフロンティアだ。そのことに必要以上に不安を感じるべきではない。





100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp