『世界の経営学者はいま何を考えているのか―知られざるビジネスの知のフロンティア』(入山章栄著、英治出版、2012年11月)を読みました。


 「アメリカの経営学者はドラッカーを読まない」「世界の経営学は科学を目指している」「ハーバード・ビジネス・レビューは学術誌ではない」―などなど、冒頭にわたしたちの「思い込み」を正してくれます。


 著者は現役のニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー。こういう本、必要だった。


 経営学には3つの理論ディシプリン(流派のようなもの)があると、本書は言います。〃从儚悒妊シプリン認知心理学ディシプリン社会学ディシプリンです。わたしの分野は△鉢にまたがるようなものなんだろな。


 また、「企業とは何か」という問いについても、4つの視点を持っているとします。
 第一に「効率性」―経済学ディシプリン、つまり人の経済合理性を重視する立場ではこの視点が中心です。ここでは、企業とは「市場取引ではコストがかかりすぎる部分を組織内部に取り込んだもの」となります。

 第二に企業の「パワー(力)」を重視する視点。ここでは「企業とはパワーの集合体である」と考えられます。社会学ディシプリンの資源依存理論ではこうなります。

 第三に企業の持つ「経営資源」を重視する視点。(「企業は経営資源の集合体である」)社会学あるいは認知心理学ディシプリンからきます。

 最後に、従業員の「アイデンティティ」を重視する視点。主に認知心理学ディシプリンの研究者が主張しています。「この会社は何をする会社なのか」「この会社が目指しているものは何か」といった企業のアイデンティティやビジョンを社員が共有することが重要である、と考えます。すなわち「企業とは経営者や社員がアイデンティティやビジョンを共有できる範囲のことである」。


 正田はちょいと第三や第四に偏ってるかもしれないな。でも無意識に一や二もやってるのかもしれないな。四は、私にはあまりにも当たり前のことすぎてわざわざこんなふうに列挙してもらうと新鮮な気すらするのだが、ときどきこうして整理してもらうといいのかもしれないな。


 以下、たくさんの興味深い論点が出てきます。

 いくつかをご紹介すると、


◆ポーターの競争戦略論(SCPパラダイム)とはライバルとの競争を避けるための戦略、いわば守りの戦略のことである

◆ウィギンズとルエフリの分析によると、近年では競争優位は持続的でなくなってきている。すなわちハイパー・コンペティションが進展している。

◆ハイパー・コンペティション下では攻めの競争行動が有効になる可能性がある。(p.81)

◆企業のラーニング・カーブ。組織が同じ作業の経験を積むほどその作業効率が高まる。例えば、病院のある執刀チームが同じメンバー同士で繰り返し手術を経験するほど、手術にかかる時間は短くなる。(p.86)

◆企業では、アメリカで学習効果のもっとも高い産業の上位3つは、コンピュータ産業、医薬品業、石油精製業であり、逆にもっとも学習効果が低い産業は、革なめし業、製糸業、製紙業。(p.88)

◆トランザクティブ・メモリー(組織内のだれが、何を知っているかを知っていること)が組織の記憶力を高めるうえで重要である可能性。組織全員が同じ知識を共有することは効率的ではない。重要なのは、従業員の多くが「他の人が何を知っているか」を自然に日頃から意識できる組織づくりを目指すこと。(pp.101-102)


◆ある戦略の効果はその戦略以外の要因が働いていることがあり(内生性)、他企業で成功した戦略をそのままあてはめられない。多くの経営効果は過大評価されている可能性がある。(p.112)

◆モデレーティング効果。企業が多角化から高い業績を得られるのは、その企業が多様な知的資産を有しているときに限る。(p.116)

◆オープン・イノベーションの効果。アライアンスによって知識の幅が広がることが企業のイノベーション効果に与える影響を分析したところ、「ほどほどの知の広がり」が最適であるという結果が出た。幅が広がりすぎるのもよくない。(p.132)

◆アメリカで1つのコミックを出版するとき、通常複数のクリエーターによるチームがあたる。チームのクリエーターが過去に携わったコミックのジャンルが多様であるほど、そのチームは大ヒットか大外れのコミックを生み出す可能性が高い。(p.133)

◆知の探索と知の深化(両利きの経営)。企業組織は中長期的に「知の深化」に偏りがちで、「知の探索」をなおざりにしがち。当面の事業が成功すればするほど、知の探索をおこたりがちになり、結果として中長期的なイノベーションが停滞する(「コンピテンシー・トラップ」、マーチによる、pp.136-137)
(日本企業の得意な「カイゼン」は知の深化にあたるかもしれない)

◆上記に関連して、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」は成功している企業の経営者・企業幹部ほど破壊的なイノベーションが発生した時それに対応できない現象を述べたもので、経営者や企業幹部の認知の問題としてとらえる。一方でコンピテンシー・トラップはその本質を組織の問題に求める。(p.138)


◆イノベーションの停滞を避けるために、企業は組織として知の探索と深化のバランスを保ち、コンピテンシー・トラップを避ける戦略・体制・ルール作りを進めることが重要である(「両利きの経営」、p.141)

◆ソーシャル・キャピタル。ゞ技佞龍軌薹亳海篷富であったり、算数を教えるのが得意であるほど、受け持った生徒のテストの結果もよくなることがわかった。すなわち教師個人の能力(ヒューマン・キャピタル)は生徒の成績に影響を与えた。△海涼楼茲任篭技佞同僚とグループを作って情報交換を行うのが慣例になっていたが、グループ内での教員の人間関係が親密であるほど、その教師が受け持つ生徒のテストの結果がよくなる。すなわち教師のあいだのソーシャル・キャピタルは生徒の成績を押し上げる効果がある(こういう知見は、マネジャーズ・カフェの効果をうたうにも使えそうですね)6技佞好調と親密な人間関係を築いているほど、その教師が担当している生徒のテストの結果がよくなることもわかった。すなわち、教師と好調のあいだのソーシャル・キャピタルにも生徒の成績を押し上げる効果がある。(p.157)


◆弱い結びつきの強さ。就活を口コミに頼っていた時代、就活に有用な情報は遠い人間関係から得られた。強い結びつきは非効率。(p.159)

◆弱い結びつきの人間関係を多く持っている研究員のほうがクリエイティブな成果を多く残している。(p.166)

◆アライアンスの性質と産業の関係。半導体産業では弱い結びつきのアライアンスを多く持つ企業の利益率が向上し、鉄鋼産業では強い結びつきのアライアンスを多く持ったほうが利益率が向上する。(pp.172-173)

◆日本人は集団主義か。国民性に関するホフステッド指数とGLOBE指数。


◆山岸俊男・北大名誉教授の集団主義と排外主義に関する指摘。集団主義はグループ内の利益を重視するしグループ内のメンバーの結束も強くなる。逆にいえば、グループ内の結束が強ければ、それだけグループの外の人たちとの協力関係を築くのが心理的に困難になる可能性がある。(p.200)

◆自分の所属するグループの外部の人達を一番信用しやすいのは、個人主義であるはずのアメリカ人。逆にアジアの人々はアメリカ人よりも外部者をなかなか信用しない。中でも外部者を信頼する傾向が低かったのは、韓国人、中国人、そして日本人。(pp.200-201) 信頼を築く妨げになっているのは欧米人よりむしろ日本人かもしれない。


◆経営計画(戦略)の立て方として、近年注目されているのが「リアル・オプション」。例えば進出先で段階的に設備投資をするなど、経営資源を小出しにすると、進出先の市場規模の拡大見通しなど不確実性に対応することができる。不確実性が高くなるほど「上ぶれ」のチャンスが大きくなる。(pp.230-237)
(このブログの1つ前の記事のHONDAのバイクから入る海外戦略などは、無意識のリアル・オプションと言えるかもしれない)

◆事業計画を立てるとき役立ちそうな、著者の提言(pp.246-247)。読みたい方は本書をお買い求めください。


◆企業買収額が決まるメカニズム。経営者の「思い上がり」「あせり」「プライド」。(pp.251-262) 

思い上がりプレミアム。過去に買収で高い成果を収めたことのあるCEOが率いる企業は、その後の買収で高いプレミアムを払う傾向がある。メディアが賞賛しているCEO、報酬が高いCEOも高いプレミアムを払う可能性がある。
買収企業のCEOが取締役会の議長を兼ねている場合、社外取締役が少ない場合も買収プレミアムを高める。

あせりプレミアム。買収企業の過去3年間の成長率が業界の平均成長率を下回っていればいるほど、買収プレミアムは高くなる。また過去の成長率、とくに直近の成長率が低いほど、その企業は高いプレミアムを払う傾向がある。

「国家のプライド」プレミアム。中国、インド、ブラジルなどのいわゆる新興国がアメリカ、欧州、日本などの先進国の企業を買収するときには、他のクロス・ボーダーM&Aと比べて平均16%も高いプレミアムを払っている。「自分の母国を代表している」というプライドが高いプレミアムを払わせる?

(本書の中でももっとも人間臭い分析。おもしろい)


◆コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)。金融機関系でなく、メーカーなど事業会社が社内にもつベンチャー投資活動。イノベーションの探索行動としてメリットがある。しかしベンチャー側にとっては技術を盗まれるリスクがあり、CVCには信頼を得られる行動が求められる。


◆リソース・ベースト・ビュー(資源ベース理論、RBV)。
バーニーの有名な命題は、
・ある企業の経営資源(リソース)に価値があり(valuable)、それが希少なとき(rare)、その企業は競争優位を獲得する。
・そのリソースが、他社には模倣不可能で(inimitable)、またそれを代替するようなものがないとき(not-substituable)、その企業は持続的な競争優位を獲得する。(著者訳、p.291)

上記の命題についてはトートロジー(類語反復)ではないかとの反論が出されている。それに対する反証としての実証研究もあるが、まだこの議論には決着がついていない。


◆現代の経営学の課題。
〃弍蝶惻圓陵論への偏重が理論の乱立化を引き起こしている。
△もしろい理論への偏重が、重要な経営の事実・法則を分析することを妨げている。
J振僂砲發箸鼎統計手法では、独創的な経営手法で成功している企業―たとえばサウスウエスト航空など―を分析できない可能性が残る。
(pp.325-326)

このうち△実務ではよく行きあたる問題で、ある理論がどんなに妥当性があっても、それを普及したり現実の企業に当てはめてもらうには数年〜数十年かかり、かつその間にその理論はみかけ上どんどん陳腐化されていくということが悩みの尽きないところです。
説明して回る中にも、「おや、それは新しい理論だねえ。はじめて聞いた」という人と、「いや、そんなのもう古いでしょう。最近の旬なトピックは〇×でしょう」という人とが混在します。前者はともかく、後者の人に会うとその場での説得はほぼ諦めです。「本当に有用な理論」と、「新しい、おもしろい理論」は違うのだということを理解していただくには時間が必要で、冷静になることが必要です。

そこで次のがあるかもしれない―

◆エビデンス・ベースト・マネジメント。多くの実証研究で確認された経営法則、すなわち「定型化された事実法則」を企業経営の実践にそのまま応用しようという考え。例えば「高い目標を設定したチームのほうが、そうでないチームよりも優れたパフォーマンスをあげる」などがその定型化された法則。これを実際の企業の経営計画や組織デザインに適用することを通じて、その法則の効果を検証したり、その法則の導入プロセスで発生する問題を検証し、そこで得た知見を研究やビジネススクール教育にフィードバックしよう、といこと。(pp.329-330)

うん、多分これをやろうとしているんだと思う。


◆メタ・アナリシス。これまで蓄積されてきた研究結果そのものをデータとして統計解析を行い、その法則が正しいかどうかを検証すること。



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 アメリカのビジネススクールで教鞭をとった後日本の大学で活躍し文筆活動をする学者も沢山いらっしゃいますが、あえて1つの視点に偏ることなく俯瞰した本書のような本はあると大変助かります。

 本書は多くの視点、論点を扱うだけに著者の姿勢が問われます。いわば情報編集者の誠実さが透けてみえるとき、こうした「情報集」のような本は気持ちよく読めます。


 
100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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