9日夜、立教大学で行われた「哲学コンサルテーション/哲学カウンセリング」のワークショップに行ってまいりました。

 講師は、オランダから招聘したピーター・ハーテロー氏(オランダ哲学実践研究会会長)。通訳つき。

ハーテロー氏2 



 哲学は欧米ではここ数十年、一般の人のために

「それは何の役に立つのか?」
「どういう実践があるのか?」

を問い大学の外に出て対話するものになっている、とハーテロー氏。

 1981年、ドイツのゴールド・アヒェンバッハ(Gold Achenbach)という人が哲学者として初めて哲学コンサルテーションを始めたのが、近年のその潮流の起源だそうです。

 またそれはソクラテスの例をひくまでもなく、古代哲学の姿がそうだったのでありそこに回帰しているのだと。

 古代には、哲学は人にアドバイスする手法だった。

 セネカは暴君ネロの家庭教師だったが、セネカが最後どういうふうに死んだか知っているか?

 答えは、「ネロに自殺せよと迫られ自死した」。

 「だから、皇帝の哲学コンサルテーションをやるのは命がけなのです」と笑うハーテロー氏。


 暴君ネロと刺し違えて死ぬのはちょっと悪くないな、と一瞬思いましたが、Wikipediaをみるとそういう死に方ではなかったようです。だれか謀反をたくらんだグループがあって、その人に関与を讒言されて(真偽は不明)ネロに捕えられた。自殺せよと言われて毒をのんだが死にきれず、風呂場で神経を切ったという。

 そういうことが起きるということはそれまではネロに重用されてたのではないのかな?という疑問も湧きます。

 重用しながら煙ったく思っていたのかもしれませんが。

 暴君ネロは奴隷をコロセウムでライオンに食わせたのだっけ…焚書坑儒をした中国の皇帝もいたなぁ…高い地位の人がなぜそんなことをしたのだろう…大体ネロはこどものころから偉い学者について学んだのになぜ残忍な性格になったのだろう…ひょっとしたら自分がどう頑張っても敵わない「教養」というものに対して敵意をもったのかもしれない…高い地位にある人が教養を疎んじたら、それは極悪人として歴史に名を残すことになるかもしれない…こら、余計なこと考えるな。


 このあと「哲学コンサルテーション/哲学カウンセリング」の各流派の考え方の紹介とともにそれぞれの実践ビデオを見せてもらいました。

 ハーテロー氏が「これはアグレッシブ」という、「ソクラテス対話」スタイル(フランスの哲学者がやっていた)というのは、当協会で一番禁じているような、クライエント(コンサルティー)を質問ぜめにするやり方で、クライエントも思い切り防衛・抵抗しているし、みていてちょっとげんなりしました。

 でも初期のコーチングのデモンストレーションで、こういう強引なのあったよなあ、うんうん。みるからに「やらせ」っぽいやつ。「そんなんでうまくいくわけないでしょー」ってツッコミたくなるやつ。e-ラーニングとかで、ビデオ等でコーチングをならった人などは要注意です。現実にはありえないコーチングを商品化したやつって溢れてますから。そういうのをみて「自分もあれならできる」なんて、思い込んではいけません。



 このほかInterpretative/ therapeutic tradition (解釈的/治療的流派)という米国式スタイルは、心理学的な共感もあり、普通のカウンセリングやコーチングに近い。

 最後にHeuristic / hermeneutic tradition (問題解決的・解釈的流派)というのがドイツ式で、これは動画がありませんでした。


 哲学コンサルテーション/カウンセリングをするときに押さえておきたい哲学の大きな流派としては、
1.Ethics(倫理)
2.Extential(実存主義)
3.Language Philosophy (言語哲学)

このほか心理学的アプローチとして
4.Behavioral (行動療法)

があるそうです。

 これら全部ひととおり知っておかないと、「哲学コンサルタント」になるのは難しそうです。
(ハーテロー氏は、「最初は1つだけ知っておけばいいですよ」なんて言ってますが絶対無理。初期のコーチングもそういう調子のいいことを言ったんだわ)

 
 正田的には、コーチングというものに倫理的視点が必要だ、とこれはもう何年も前から口に出して言っている問題意識で、今回もそういう興味で参加してみたのですが、哲学コンサルテーション/哲学カウンセリングに、それほど画期的な解があるわけでもないかなあ、という感じです。

 企業に導入するとしたら、たとえば「残業減らし」という課題があったときにそれをどのような思想を援用してやるか?みたいな使い方をしたら面白いかもしれません。ただ、抽象的にものを考えることを純粋に面白がって参加する人がどれくらいいるかな?とも思います。


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 翌10日午前は、お茶の水を歩きました。

 聖橋を渡って「湯島聖堂」に来ました。


湯島聖堂2



孔子像2


 
 3Mはありそうな孔子像。

 「私にできることは、学んだことを忘れないこと、学び続けること、そしてそれを人に教えること」

と語っています。


 今から考えると不思議な気がするのですが、もう30年以上前、高校時代の私は週に1回、ここに中国語を学びに来ていました。

 ネットなどない時代。小学校高学年に漢籍にのめりこんだのが高じて中学時代にTV講座で中国語を勉強していた(これも今から考えるとかなり変な女の子だ)、その延長でもう1度習ってみたい、と人に言ったとき「こういうところがあるよ」と教えてもらった、たったそれだけの縁で通いはじめました。

 ちゃんとした大学の先生(台湾系)がきて教えてくれていましたが一緒に習っている人の年齢層が高く、学習意欲は低く、一生懸命やるとすぐ浮いてしまう雰囲気の中でやっていたので大してものになりませんでしたが・・・、

 
 その当時は知りませんでしたが、この場所は江戸時代の日本の儒学のメッカのようなところであり(昌平坂学問所(昌平黌))、西郷隆盛ら維新の志士たちが私淑した幕末のリーダーシップ思想家、佐藤一斎もここで教鞭をとったのです。去年はそのゆかりの地岐阜県岩村町にも行きました。



湯島聖堂2-2






100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp


 また補足すると孔子は生涯、コンサルタントとしては仕官できなかった人でした。終生、教団を連れて放浪していました。諸国の王に謁見したことはあったが王は孔子と問答はしたものの、採用には至らなかった。また役人層の無理解で仕官できなかったこともあった。
 正田もあまり長生きはしないだろう、と理解しております。ただそれは真剣に取り組んだ受講生さん方に非常に気の毒なことになるのですが。


 ・・・「藤堂高虎」もすきなんだよな・・・