『脳に刻まれたモラルの起源』(金井良太、岩波科学ライブラリー、2013年6月)を読みました。


 倫理道徳というものがこれまで長いこと哲学の側から語られてきましたが、人が倫理的判断をしているとき純粋に理性的判断だけしているわけではない。主張対主張で言い合っているとどこかで行き詰まります。

 かといって、「心理学の世紀」であった20世紀のように、心理学がすべてに優先して人が「快」の情動だけを基準に行動を決めることが正しいかというと、そのことの限界もみえたはずです。

 
 倫理の復権に当たり、実証科学の手段として浮かび上がったのが脳科学なのでした。

 この本は、そうした脳科学と哲学、というより倫理の合流地点を現時点で手際よく説明してくれている本です。


「倫理観というのは、人間の脳の中にある根本的な道徳感情に由来する。人類が誕生し集団生活を行うなかで、倫理的な感覚をもつ集団が生存に有利であったがために、倫理観をもつ脳が自然選択によって選ばれてきた。現代の人間社会の倫理に根拠があるとすれば、それは進化の結果としての人間の脳の仕組みにある。脳という人類共通の基盤があるということは、実は人類に共通の倫理観というものが想定できる可能性を示している。」(p.6)


 
 また「倫理」と「道徳」という言葉がどのような意味で使われ、区別されているかも触れています。日頃この区別はあまり意識されず、よく私なども混同してつかっている気がしますが押さえておくために引用しておきましょう。

「倫理(ethics)というのは外的に規定された社会的ルールのことで、職業上の義務などは倫理の範疇である。道徳(morals)というのは個人的な信条(プリンシプル)に基づく行動規範のことである。「倫理」は社会的なもので、「道徳」はより個人的なものだともいえる。」

「しかし、日常的な使用において、倫理と道徳という言葉の区別が曖昧になってしまうのは、個人のもつ道徳感情が社会で共有されることで、倫理という社会的な規範が成立しているからだろう。」


 具体的に脳科学はどう道徳的判断にかかわるか。

 たとえば道徳感情についてよく出てくる「トロッコのジレンマ」や「歩道橋のジレンマ」では、前者では感情的なかかわりの少ない功利主義的な判断をするのに対し、後者では(多数を救うために1人の人を突き落すかどうか、という)感情的な関与の強い状況であるため、理屈で割り切れない「ダメなものはダメ」という義務論主義的な道徳判断が優先される。


 ―たぶん経営の中では「リストラ」などの判断の場面がそれにあたるでしょう。


 「歩道橋のジレンマ」では、fMRIでみると社会性の感情と関わる部位でより高い活動が起き、人を突き落とすことがためらわれるという直感的・感情的機能は、おもに内側前頭回という部分の機能だといいます。

 もう1つの脳内のシステムは、このような感情的な直感を抑えて、合理主義的に「最大多数の最大幸福」を目指して行動するための認知的制御機能で、脳の中ではおもに背外側前頭前野と呼ばれる部分の機能だと考えられるそうです。

 このように脳の中ではつねに複数の相反する機能が共存していて、状況ごとに脳のいずれかの側面が強調され、それが結果として行為に現れるのです。


 脳の中に複数存在するこうした倫理規範。

 社会心理学では5つの道徳感情が倫理観の根幹にあるとしています。すなわち:

(1)「傷つけないこと」(harm reduction / care)
(2)「公平性」(fairness / justice)
(3)「内集団への忠誠」(loyalty to one's in-group)
(4)「権威への敬意」(deference to authority)
(5)「神聖さ・純粋さ」(purity / sanctity)


 いかがでしょう。こうした分類を目にするとわたし的には非常に「すっきり」します。すなわち、「あの人はいい人だ」「やさしい」あるいは「信頼できる(義務を履行する人だ)」といった好意的な判断の裏に何が動いているのか。
 それらは連動しているわけではなく、独立の因子だ、と考えたほうが、「やさしい人だから義務を履行するだろう」といった、「いい人」の意味を混同した考え方をしないで済むわけであります。


 あるいは、(3)内集団への忠誠、(4)権威への敬意を過度に強調する人が一方では(1)(2)でいうような個人の尊厳に当たる価値をあまり認めないあまり専制的、圧政的なリーダーになったり、逆にその両方をバランスよく尊重することで信頼できるリーダーになったりするようなことであります。


 そしてまた、これまでの心理学的アプローチに不満を感じるのは、それらは(3)(4)の過度の強調に対してつかれてダメージを受けてしまった人を救済するために個人の尊厳アプローチ、なかでもおもに(1)傷つけないこと、ケア のアプローチをすることでしたが、全き社会人としてはバランスを失している感をまぬがれなかったからでしょう。

 そこで当協会に過去に合流した他流派の方々の「理念やルールに従えなんて自由がない!」という不満につながり、葛藤や離反につながったであろう。この業界の人々は残念ながら「個人の尊厳アプローチ」が好きだからこの仕事をし、それが何よりも優先すべきであると考える傾向がある。

 しかしこの問題は私も死ぬほど繰り返し考えた、結論としては統一した理念をもたなければある集団はひとつのことを成しえないのだ、と。

 だから(1)〜(5)のバランスを目指してやってきた、と思う。

 当協会の教育を受けた人びとがおおむね非常にうまくやってこられたのは、そのバランスがうまくいっていたのではないか、と不遜にも考えるしだいです。
 私自身がどういう性向をもつ人間なのかは、よくわからないんですが。


 これらの道徳感情は質問紙で定量的に測ることができます。
 
 本書にはこのあと、上記の5つのモラルファンデーションが個人の脳内のどの部位の大きさと関連するか、またアメリカのリベラリアン、リバタリアン、宗教的左翼、保守といった政治的傾向をもつ人々が5つのモラルファンデーションをどのようなバランスで持っているか、など興味深い記述が続きます。

 どの倫理規範に重きを置くかは、結局その個人の遺伝形質によるところが多そうです。


 わたしの予想では日本人は比較的(3)内集団への忠誠 が強い人が多いんじゃないかな?という気がしますが・・・、もちろん個人差はあるでしょう。


 
 オキシトシンとそれの受容遺伝子と信頼の関係なども既に知られている情報ですが、それの副作用とともに知っておきたいものです。
 
 わずか100数十ページのコンパクトな本ですが、買って読んでも損はないかもしれません。1200円です。

 
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NPO法人企業内コーチ育成協会
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