少し古い話題になったが、今週発売の「日経ビジネス」が「女性昇進バブル―我が社の救世主か 疫病神か」という特集をやっている。

 これがおもしろい。なにが面白いのかというと、過去30年、「女性活用」について日経ビジネス誌自身が提言した内容を検証して、その結果何が起こったか、をみているのだ。


 例えば―。

■「女性は一人前になるまでは特別扱いせよ(障壁を取り除いてやれ)」(1986年)

 ⇒従業員の大半を男性が占める時代にのみ通用するもの。今どきこんなことをやれば、「男性差別地獄」のような事態に陥りかねない。

 (正田注:もっともまだまだ男性中心社会、女性管理職ゼロに近い企業組織も多く、この提言に関しては今でもある程度の妥当性はあると思うが)


■「女性の人事は現場任せにせず、経営陣が直接決断を下すべき」(92年)

 ⇒現場の意向を無視した人事を乱発するといわゆる「モンスターお嬢さん管理職」みたいなのができる


■「育児支援をはじめとする制度の充実こそが女性活用の成否を決める」(2004年)

 ⇒「制度ぶら下がり地獄」を招く


■「”負のロールモデル”を社内に増やすな」(08年)

 ⇒私生活を犠牲にして働く”正のロールモデル”ばかりを増やすとモーレツサラリーマンの女版みたいなのばかりになる


 ・・・と、過去30年を「自己反省」として振り返ったあと、今回の特集では懲りずに新しい提言をする。「2つの現実解」として、

1)「女性のためだけの施策」をやめてしまう。

2)家庭を抱える女性社員だけのチームを作ってしまう。

 なのだそうだ。




 ところで1)は多様性(ダイバーシティ)の1つとしての女性活用だ、とワンオブゼムにくくってしまうということだが、これは当協会というか正田が年来言ってきたことと大体一緒。うちは「承認」という1つのくくりの中で全部考えればいい、それで自然と女性を正当に評価できる、公正さを保てる、と言っているから。

 それと「お嬢さん管理職」の弊害についても数年前うるさく書きまくったことがあり、観察に基づいて言ったり書いたりしたことはおおむね間違ってないな、と思う。今もよくそれらしい人に会う。(もちろんそうでない人もいらっしゃる)


 「自己反省」なさったのは、偉い。その記事をとりあげて言うのも失礼な気もするが、往々にして、「提言」というのはこういう性格をもつものだと思う。マスコミもコンサルタントも。一見、その通りすればバラ色の未来が待っているかのようにみえるが、往々にして落とし穴がある。現実世界で落とし穴に散々であっても、まだ「マスコミが言ったことだから」「偉い先生が言ったことだから」と、それが因果応報の落とし穴であることにいつまでも気がつかないことがある。


 正田はもともと自分のよく知らないことに関しては発言しないほうなので、このブログで話題にする範囲も狭い。ただ零細NPOのブログとはいえそれなりに責任感をもって書いていると思う。お蔭様でNPO会員様などには、「正田さんのブログを読んでいればマネジメントは上手くいく」なんてことを言っていただいています。


 もちろん研修でお伝えすることも、さまざまな可能性を視野に入れながら話すので、歯切れはわるいかもしれないが責任ある立場の受講生さんが私の話したことを職場で実践するという前提があればこそである。リーダーがどこかで習ってきたことを本当に「やる」ということの恐ろしさを自覚しているつもりである。


 受講生さん方が成果を挙げる、というとき恐らくこうした配慮の結果、大きく間違ったことをされていない、ということも、教えたコンテンツそのもの以外の要因としてあるだろう。そんなことまで品質として評価してくださるお客様はいらっしゃるかしらん。


 1年ほど前に書いた記事に「断言する専門家は信用しないのが一番」というのがある。

 またその半年ほど前に女性の先生の言葉として、「不安だから断言してほしい、言い切ってほしい」というのも取り上げた。


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 友人とランチすると、また職場の「かまってほしいおじさん」の話になる。

 どこの会社にもいるんだろうか、スタッフ部門に多いのだと思うが
(もちろん誰でもそうなわけではない)

 例えば女性社員が何か〆切のある仕事で忙しそうにしていると、手持無沙汰なおじさんが構ってほしい一心で、「あれはどうだったっけね?」と、急ぎでもない用事で話しかける。
 
 女性社員の性格とか関係性によっては、

「〇〇さん(あなた)につき合ってる暇はないんです!」

と返すことも「あり」らしい。でも大抵は、やや邪険に返事をすると、それが不満なおじさんは益々声を大にして「あれ」の必要性を訴えたり、果ては女性社員の人格攻撃を始めたりするのだそうだ。ただ「かまってほしい」だけで。


 こうした「かまってほしい」も、要は「承認欲求」である。女性が何か自分の知らないことで集中して忙しくしていて、自分へのケアがなおざりになっているのが我慢ならない。甘えともいえるけれど。こうしたおじさんに限って「管理職への承認トレーニング」には「甘やかしだ」と否定的な反応をするものだが、自分自身は思い切り「承認欲求」で動いているのである。自分の「承認欲求」をコントロールするためにも、「承認」を学んだらどうだろうか。

 
 ―”Fの悲劇(喜劇)”にも、どうもそうした承認欲求おじさんも要因として関わっていそうだ。「前世代の亡霊」と「承認欲求おじさん」のタッグ。


 再発防止策としては、とにかくリーダー研修は(私は少なくとも)神経を使う仕事なので、こうした社内の「有害おじさん」と接触しないで済むことを願うばかりだ。


 でもこれで”Fの悲劇”の話はおしまいにしよう。あまりにも異常事態だったから引きずってしまったけれど。


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 胃を悪くしたことを書いたらフェイスブックのお友達から「牛蒡茶」というのを教えていただいた。早速それ用のガラスの急須を買い、牛蒡茶は手作りでのんでみる。甘みがあってカフェインが入らず、胃に優しかった。コーヒー断ちのときありがたい飲み物でした。お友達のあたたかさが沁みました。