以前、「人に教えるということ」という記事の末尾で、

 
「今日だけではすべてをまとめきれませんが、そういったもろもろの、私自身の講師としての戒めをお伝えするだけで、おそらく1年から1年半は、優にかかってしまうだろうと思います。」

と、また不遜なことを書きました。

(余談ですが上記の記事は会員の柏原さんが以前、「これコピーしてうちの部署で配りました。これができていたら、みんな職場のOJTってできますよね」と言ってくださったのでした。ああ自慢。)


 でも私はしょっちゅう「100年後」のことを考えるし、そのころは私は当然生きていないし「私自身の講師としての戒め」とかいうのを人様にお伝えすることもできません。


 なので今日、ふいに1つ思い出したことを書いておきます。「講師としての戒め」というほど重々しいものではなく、「気がついたら私はこうやってるな」というものです。


 承認中心コーチングも当然、参加型のワークショップ形式でやります。

 であるとき気がついたのですが、ワークショップというのは、「指示命令」のかたまりなのですね。

 「参加型」というのは、一方的な講演お話ではなく参加者も何かをやらされる、ということ。参加者に紙を渡して「はい、ここに何か絵を描いて」というのもあるし、粘土を渡して造形をしてもらうのもあるし、生きものと触れ合ってもらうというのもあるし、

 コーチングみたいなコミュニケーション研修だったら、「はい、2人1組になってパートナーの人に〇〇を言ってみて」などというのがお約束で入ります。

 
 その、「はい、2人1組」というのは、すなわち指示命令。コーチング研修だったら冒頭からエンドまで何度となくそれが入ります。

 そういう時の声のかけ方が、講師の「カリスマ性」を決定するようなところがある。

 どちらかというと、思い切りよく「はい〇〇して!」と、言い切りの命令形で、それも早口で、言えるとあなたは「カリスマ性のある研修講師」と、なると思います。

「はいでは2人1組!!」

「2分間で〇〇を言い合って!」

 大声で、早口で思い切りよく、「ですます」をつけない言い切りの形で。

 さあ、できますか?


 ところで、私はこれが長いことできませんでした。(今でもできません)

 ワークショップリーダーというのは、これもまた強みの師匠の森川さんによると、ストレングス・ファインダーで「指令性」それから「活発性」をもっている人が有利らしい。しゃきしゃきっと仕切れるほうがいいらしい。


 私はもともとどちらもないし人前で話すのもきらいなので、自分は研修講師になど向いていない、と思っていたほうでした。話を聴くのが好きだからとコーチングに出あってから「教える」業に転向するまで2年を要しました。2年たって嫌々始めたころ、旧CLS設立前の自主勉強会から初の「1位マネージャー」が出て、それでまた渋々「講師である自分」を引き受けざるを得なかった、と後ろ向きのスタートでした。


 そういう私なので著書にも言い訳がましく書いているとおり、今でも話はヘタです。もっと上手な人は一杯いらっしゃいます。また、ワークショップで指示命令を出すのも昔も今も苦手です。

 
 ところが、そこからノウハウとも言えないノウハウが生まれました。

 「指示命令」を下手くそな自分でも言えるようにと考えると、自然と「丁寧語」になりました。

 「・・・してください」

と、語尾まで言うようになりました。

 ただ丁寧とはいっても、きく相手の気持ちを考えると、指示命令の言い方はあまりモタモタしてはいけません。きびきびして、短めのセンテンスでかつ要領よく必要な要素を入れて、そしてしてほしいことは「してください」と、きちっと言い切る。そういうときは「してくれたらいいな〜と思います」なんて、虫のいい曖昧な語尾で言ってはいけません。

 ただ、「してください」まで言うんだけど、その「してください」に、愛というかリスペクトがあると感じられるように言う。特に「ください」のあたりでしょうか。上手くわかってくださるかどうかわかりませんが。

 
 こういうのは、正田駆け出しのころは30代おわりか40ちょうどごろで、受講生のマネージャーの大半は自分より年上だった、そのことを人一倍意識するほうの私だった、というのも関係します。

「相手は人生経験もビジネス経験も自分より『上』なんだ、たまたま今日のコンテンツについて私のほうが詳しいから教えているだけだ」

というのを意識していると、独特のそういう「ください」の言い方になった。

 これは今でも続いていまして、受講生様の大半が私より年下になっても同じです。

 そんなのがノウハウなのか?っていうと・・・。


 去年ぐらい、学校の先生のセミナーにしばらく行って思ったのが、先生のセミナーってやっぱり「参加型」が多くて「はい2人1組!」が速いテンポで沢山入るんです。で、「やらされる側」になって、思ったのは、

「この口調で指示命令されてワーッと動くときというのは、自分が子ども返りした心の状態ダナー」

と。(ちなみにコーチング、ファシリテーション、その他コミュニケーション研修に行った人が少し子供っぽくなるのはよくみる現象です)たぶん、話されているのも小学校の先生だし小学生さんに「はい2人1組になって!」というのと同じ口調で、大人にも言ってるんだなと思います。

 
 で、それが悪いのかというと・・・。

 正田、自分が純粋にただの参加者だったら、特に全然困りません。

 しかし、いつもの癖でそのノウハウを自分が管理職向けにやるセミナーで行ったら何が起こるのかと考えてしまうと・・・、

 正田みたいに10年選手になると、許されるかもしれません、「はい2人1組!!」っていうのが。

 
 でも私は自分のやる管理職研修の空間を「モデリング」ととらえ、提示しているのであります。

 ここでモデリングというのはつまり、私指示する側あなた従う側。その役割分担があるのはしょうがない。でも私の役割は職場での管理職と同じ、では私がどんな口調で指示をすれば、受講生の彼ら彼女らは目の前の課題を気持ちよくこなし、さらによい心理的状態で職場に戻り、部下に指示出しをするだろうか?と考える。

 まず、受講生さんの自尊心を傷つけてはいけない。奴隷のように一兵卒のように扱われてはいけない。指示ひとつとっても、相手を大人とみなしたぬくもりのある指示の出し方をしなければならない。ぬくもりというか、リスペクトというか。心が傷つけられた人は、その傷に気づかないままほかのだれかの心を傷つけようとします。これはハラスメント連鎖の記事の中で書きました。

 そうして、できれば受講生のマネージャーが部下にこんなふうに指示出しする人であってほしい、というように、私からも受講生に指示出しするのです。


 正田の「ください」には、そんなこだわりがあるのです。

 ああ自分で書いていてくだらないこだわりだ、コップの中の嵐だ、と思います。

 でも私あす死ぬかもしれないですもんね。

それと、「何が1位マネージャを作るのか」って結局ミステリーなままじゃないですか。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp


こちらもお勧め

「情報が沁みるスピード―続・人に教えるということ 」