続いて、伊丹敬之『日本企業は何で食っていくのか』(日本経済新聞出版社、2013年5月)を読みました。

 タイトルの答えとして伊丹氏は「6つのキーワード」を挙げます。

 すなわち、

・日本企業は電力生産性で食っていく
・日本企業はピザ型グローバリゼーションで食っていく
・日本企業は複雑性産業で食っていく
・日本企業はインフラで食っていく
・日本企業は中国とともに食っていく
・日本企業は化学で食っていく

の6つです。これらは詳述しませんので知りたい方は本書を購入してお読みください。

 正田は、このへんはななめ読みして、これら各産業に共通して横たわる「組織」についての章を中心に読むのでした。

「第9章 日本の内なる病」

 東日本大震災への対応で浮かび上がった日本の組織内の弱さを伊丹氏は「平時対応、利害調整、中央志向という病」だと述べます。べつに組織間力学の病として「産業組織編制の病」があるといいます。

 ちょうどきのう、NHKスペシャルで「日本インフラ」をアジアに売り込むにあたって1つのプロジェクトに18の企業の連合体で入札に参加しようとし、タイ政府から「本気度はあるのか」と呆れられ価格面も折り合わず受注できなかった、という話をやっていましたっけ。

 
 それらの本質原因は3つ、すなわち

・経営者の器量
・組織の防衛本能
・人々のエネルギー水準

と著者は言います。

最初の「経営者の器量」について。
 伊丹氏の名著『よき経営者の姿』では、経営者のいい顔つきの条件を次のように挙げました。

・深い素朴さ
・柔らかい強さ
・大きな透明感

(余談ですがここまでの要約文をご覧になってもおわかりになるように、伊丹氏の文章は非常に要約し易い。箇条書きにしやすいです。たぶんですがこういうのは日頃の頭の中の抽象化、練り込みの度合いを示すのだと思います)

(「素朴さ」は、大事です。マネジャーの行動観察をやった経営学者ミンツバーグについて、だれか日本人学者が「子どもの眼」と言っていましたが、同じことではないかと思います。「事実」を誤らず見定めるバイアスをかけない眼というものは子どものような飾らぬ輝きを持っていることでしょう)

 このあたりは少し長く引用しましょう。

 
 
器量の小さな経営者は、危機の際にも平時からの頭の切り替えができそうにない。つい、問題を矮小化して考えそうである。また、自分で方向を示して引っ張っていく器量もないから、つい関係者の利害調整でその場を凌ごうとする。そのくせ、ついつい現場のディテールが気になり、チェックをする。そうなると、現場は『社長に分かりやすい』解答を出すようになる危険が増す。あるいは、あらかじめ社長の意向を先読みしようとして、ムダなエネルギーを使う。ましてや、産業組織の再編成のような大技は考えられない。経営者の器量の小ささは、内なる病の大きな原因なのである。
 


 もし現役経営者がこの文章を読んだら、「われわれに期待しすぎだ。買い被りすぎだ」とカンカンになって怒るかもしれない。
 わたしはエグゼクティブ・コーチもするが、戦略については残念ながら教えられない(引き出すぐらいはできる)と思っています。不透明な未知の未来への果敢な跳躍は、自社の不変の理念を一心不乱に考え、かつ今ある内外の手持ちのカードとの掛け合わせでしかないと思っています。しかしすべての材料をにらみ合わせながら「大きな絵を描ける」のはやはり経営者しかいません。

 
 このあと伊丹氏は「失われた四半世紀」―もはや20年ではない、四半世紀なのだ―の病の本質を逆手にとり、病のドツボにはまっている論理を逆回転させよう、と提起します。

「病を癒すのは、ポテンシャルを活かす実行をすることによって癒す。癒してから実行ではない。実行するから癒される」

 
 ―情報収集もいい。しかしなまじ際限なく収集できる環境に身を置くと、「実行」することが忘れられる危険性もある。収集が目的になってしまってはいけない。―

 
 さて、「病を反転させる」手段はどんなものがあるでしょうか。


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