『成功する子 失敗する子―何が「その後の人生」を決めるのか』(ポール・タフ、英治出版、2013年12月)を読みました。

 読んでいて何度も「重く」なりましたが子育てを終わった私にとっても価値ある心の旅でありました。

 大まかに、人生の成功のカギは粘り強さや自制心、好奇心、誠実さ(勤勉さ)、ものごとをやり抜く力、自信などの「性格の強み」である、ということを最新アメリカ教育理論を総合して言っています。

 とりわけ貧困家庭に育った子どもたちの「貧困の連鎖」を断ち切るために決定的に重要なものであることも。


 印象的だったところをご紹介しましょう。


●過去十年、とりわけここ数年、経済学者、教育者、心理学者、神経科学者は知能至上主義に疑問を投げかけ始めた。子どもの発達に最も重要なのは、最初の数年のうちにどれだけたくさんの知能をつめこめるかではない、と彼らはいう。ほんとうに重要なのはそれとはまったく異なる「気質」、つまり粘り強さや自制心、好奇心、誠実さ、ものごとをやり抜く力、自信などを伸ばすために手を貸せるかどうかであるという。これらは「非認知的スキル」あるいは「性格の強み」とよばれる。


●アメリカの高校修了同等資格(GED、高校中退者が高卒資格を得る日本の大検のようなもの)は、人生を改善する手段として長い目で見た時に役だっていなかった。22歳の時点で四年制の大学に在学中か、すでになんらかの高等教育を終えている若者は、GED取得者では3%しかいなかった。これに対し高校の卒業生では46%にのぼった。将来的に生じうるあらゆる重要な数字―年収や失業率、離婚率、違法ドラッグの使用率など―についてみると、GED取得者は平均して高校中退者よりかなり知能が高いにもかかわらず、中退者とそっくりな結果が出た。


(正田注:わたし個人的にもっとも「重い」と感じたのはこの部分。でもそれは個人的経験に密接に結びついていて、その経験の中身は長くなるので別の記事にゆずりたい。もし実際の大検取得者や、現在よんどころない事情で中退―大検受験を考えている方が読者の中におられたら、気分を害するかもしれないことをお許し願いたい)


●GED取得者に抜け落ちていたのは、高校の卒業生が最後まで学校に残るために必要だった心理上の特質だった。それは報われることの少ない退屈な作業にあたるときの粘り強さだったり、喜びや楽しみを先送りにできる能力だったり、計画に沿ってやりとげる傾向だったりする。それは大学でも、職場でも、人生全般においても価値のあるものだった。


●幼少時のストレスは大人になってからも健康を損なう。ストレスは飲酒、喫煙など自滅的な行動様式をももたらすが、仮にそうした行動がなくても健康が損なわれる。わたしたちの身体はHPA軸と呼ばれるシステムを使ってストレスに対応しているが、それは本来天敵から逃げるときのような急性のストレスに対応するものだった。しかし現代のわたしたちは生活上の慢性のストレスにそのシステムを使い続ける。HPA軸に、とくに幼少期に負荷をかけすぎると、長期にわたる深刻な悪影響が体にも、精神にも、神経にもさまざまに出てくるのである。

●ストレスを管理するプロセスは「アロスタシス」とよばれる。これこそが体を損なう要因であり、人体のストレス対応システムは、酷使すればやがては壊れてしまう。そうした徐々に進行する人体への負担をマキューエンはアロスタシスによる負荷と呼び、負荷による有害な影響は体を観察していればわかるという。


●アロスタティック負荷(ストレスを管理することで受けてきたダメージの総量)を数字に置き換えるこころみがある。これを正確に表そうとするなら、血圧や心拍数だけでなく、ストレスによって敏感に動くほかの数値も考慮する必要がある。コレステロールやC反応性タンパク(CRP)のレベル、尿中のコルチゾールその他のストレスホルモンの数値、血中の糖やインシュリンや脂質の数値などだ。これらすべてを含む複合的な値が、将来どんな病気にかかるかを判断する際に信頼のおける数値となる。


●子ども時代の逆境(ACE)の数値が高ければ高いほど、成人後も常習行為から慢性疾患にいたるまでほぼすべての項目でより悪い結果が出ていた。ACEの数値が4以上の人は子ども時代に逆境になかった人々に比べて喫煙率は2倍、アルコール依存症である割合は7倍、15歳未満で最初の性行為を経験した割合も7倍。がんの診断を受けた率は2倍、心臓病は2倍、肝臓病も2倍、肺気腫や慢性気管支炎を患っている率は4倍だった。ACEの数値が6を超える成人は、ゼロの人びとに比べて自殺を試みたことのある割合が30倍にのぼった。そしてACEの数値が5を超える男性は、ゼロの男性に比べて46倍という高率でドラッグを注射したことがあった。


●ストレスの影響はおもに思考を制御する能力を弱めるかたちで出る。これは「実行機能」として知られる。実行機能は高次の精神活動の集積である。おおまかにいって、混乱していたり予測がつきづらかったりする状況や情報に対処する能力のことである。ストループ・テストでは緑色の文字で書かれた「赤」という単語を見せられ、単語は何色で書かれていましたかと尋ねられる。赤、と答えないためにはいくらか努力が必要で、とっさに赤といいそうになる衝動に抵抗するときに使っているのがこの実行機能なのだ。

(正田注:この記述を見る限り、「実行機能」という概念は『ファスト&スロー』でいう「システム2(遅い思考)」の機能に似ているように思われる。直観的・反射的な思考の誤りをチェックする機能である。ストレスの影響を受けない人のほうが「まじめ」にものを考えられるということだろうか)


●貧困はワーキングメモリを低下させる。10年を貧困のなかで過ごした子どもは5年の子どもよりもワーキングメモリ・テストのスコアが悪かった。ところが、統計学の手法を使ってアロスタティック負荷の影響を除外すると、貧困の影響も完全に消えてしまった。実行機能の能力を阻害しているのは貧困そのものではなく、貧困にともなうストレスだったのである。


●実行機能の高低は将来を見通すのに非常に役立つが、実行機能はほかの認知的スキルよりもはるかに柔軟である。前頭前皮質は脳のほかの部位よりも外からの刺激に敏感で、思春期や成人早期になっても柔軟性を保っている。だからもし環境を改善して実行機能を高めることができれば、その子どもの将来は劇的に改善される可能性がある。

(正田注:「成人早期」という言葉が出た時、想起されるのは、学校を出て就職して間もない若者は、まだ人生をやり直せる余地があるかもしれないということである。とりわけ、かつて流行ったフラット化ではなく、昔ながらの5−7人のユニットで仕事をし、リーダーが十分に1人1人に目が届く環境であれば、それはその子の人生にとって、かつてなく信頼のおける大人に「みてもらえる」「育ててもらえる」環境が整うことになるのである)


●思春期の脳には独特にバランスの欠けたところがあり、そのせいでよくない衝動の影響が出やすい。強い影響を与える神経系は2つあり、この2つの発達がきちんと連動していないところに問題がある。一方は刺激処理システムと呼ばれるもので、これによって人はより興奮を求め、感情的に反応し、周囲の情報に敏感になる。もう一方は認知制御システムと呼ばれるもので、あらゆる衝動を規制する。十代が危険な時期であるといわれてきたのは、刺激処理システムが思春期の早い段階で最大まで発達するのに対し、認知制御システムのほうは二十代になるまで成熟しきらないためだ、という。このため数年のあいだは行動を抑えてくれる制御システムが不備なままで狂ったように刺激を処理していくしかない。

(正田注:こうした思春期の脳の状態を考えれば考えるほど、この時期のネット依存は危険なことに思えるのだ)


●毛づくろいとアタッチメント、ストレス制御の関係の話題。母ラットになめられたり毛づくろいをされたりする頻度の高かった群の子ラットを「高LGグループ」、頻度が低かった群を「低LGグループ」としたとき、高LGグループは迷路を抜けるのもうまく、より社会性があり、好奇心が強く、攻撃性が低く、自制がきいた。より健康で長生きだった。高LGグループと低LGグループではストレス対応システムに著しい相違がみられた。ストレスに対処する脳の部位の大きさやかたちや複雑さが大きく異なった。


●母ラットがなめたり毛づくろいをしたりすることで与える影響は子ラットのホルモンや脳内化学物質の範囲にとどまらないことが立証された。もっとはるかに深い領域、遺伝発現の制御にまで影響が及ぶのである。生まれてまもないころの子ラットへの毛づくろいは、DNAの制御配列への化学物質の結合―「メチル化」として知られるプロセス―に影響する。毛づくろいによって子ラットのゲノムのどの部分に「スイッチが入る」のか突き止められた。それはまさに成体になってからストレスホルモンを処理する場所、つまり海馬をコントロールする分節(セグメントだった。

●1万2千人を超える幼児を生後まもないころから追跡し、ストレスのある状況に反応してコルチゾールのレベルがどれだけあがるかを計測したところ、家庭内の騒動や混乱、人の出入りといった環境上のリスクが子どものコルチゾールの値に大きな影響を及ぼすことがわかった。ただしそれは母親が無関心だったり無反応だったりした場合だけだった。母親の反応の感度が高ければ、環境上の要因が子どもに与える衝撃はほぼ消えてなくなるようだった。いいかえれば、質の高い育児は逆境による子どものストレス対応システムへのダメージをやわらげる、強力な緩衝材として働くのである。


(正田注:皮膚接触によるエピジェネティクスの議論。このあたりは女性活用の観点からすると不愉快なようだが、結局わたし自身はそのような選択をしていたと思う。3人の子どもたちの一番末っ子が3歳になるまでは専業主婦をやっていたので、仕事から離れていた期間が8年にわたった。それでも子どもが幼いうちは膝の上で育てることには疑いをいだかなかった。こうした毛づくろいの理論を発展させるとアベノミクスの「育休3年抱っこし放題」ということになると思うのだが、私は人間も生物の一種だと思う方なのであまりそれに抵抗を感じない。女性はとくに有能な人であれば、3年程度のブランクはすぐに追いつき追い越すものだと思っている。もちろん制度設計をする側になったことはないので、その困難を度外視して言っている)


●中学生を対象とした研究で、累積されたリスクの値、アロスタティック負荷の測定値、それからジェンガ(おもちゃ)を母子で一緒に遊んでもらっているところを研究者が観察した結果を総合すると、環境上のリスクの値が高いほどアロスタティック負荷の値も高い。しかし母親がジェンガのゲームのさいちゅうに子どもの感情に敏感で手助けをしたり気遣いを示したりした場合、劣悪な環境でもアロスタティック負荷には影響を与えなかった。ごくふつうの適切な親のかかわり方が、子どもの将来に大きく影響を与える。


●愛着(アタッチメント)理論。エインズワースの1960年代から1970年代までの研究で、生後1か月ほどのあいだ、泣いたときに親からすぐにしっかりとした反応を受けた乳児は、1歳になることには、泣いても無視された子どもよりも自立心が強く積極的になった。


(正田注:アタッチメント理論は当初ウーマンリブの風潮からは女性を家庭に縛り付けるものだとして批判的に迎えられたときく。わたし個人は親がそれの前の行動主義育児理論にかぶれたらしく、「抱き癖がつく」と抱っこされないで育ったらしい。そうしたハイカラな理論を学ばなかった親戚のおばちゃんが「赤ちゃんは抱っこして目を見ながらミルクをやるものよ!」と母親に意見したらしい。現代ではそちらのほうが正解になっている。今でも人に甘えられない孤独な性格はそれのせいだろうか、と思うことがある。自分の子に対しては反動でしょっちゅう抱き上げて育てた)


●彼らの発見によれば、アタッチメントの分類は決定的な運命ではない。子ども時代のうちに愛着関係が変わることもあれば、「不安定群」に分類された子どもが大人になってから成功する例もあった。しかし多くの子どものケースで、アタッチメントの安定した子どもたちは人生のどの段階でも社会生活を送るうえでより有能だった。就学まえも友達とうまく遊ぶことができ、児童期にも親密な友人関係を築くことができ、思春期の複雑な人間関係もより上手に切り抜けることができた。


●子どもたちの高校生活を追ったところ、どの生徒がきちんと卒業するかを予測する際に、知能検査や学力テストの得点よりも、幼少期の親のケアにかんするデータのほうが精度が高かった。幼少期の親のかかわり方のみを判断材料に、子どもたち自身の気質や能力をあえて無視して数字をはじきだしたところ、精度は77%だった。つまり、子どもたちが4歳にも満たないうちに、誰が高校を中退することになるかを8割近い確率で予測できたことになる。


●貧困家庭の母親の支援をすることによって愛着関係をよいものに変えることができる。リーバーマンは親子心理療法と呼ばれる治療法を開発した。親子心理療法では、幼児のセラピーと危機にある親のセラピーを同時におこなって親子関係を改善し、親と子の両方を心的外傷の影響から守ろうとする。週1回のセッションが1年つづくこともある。治療群では、1年の治療後2歳になった時点で、61%の子どもが安定した愛着関係を形成していた。対照群ではそれがたったの2%だった。


●フィッシャーは里親を対象にしたプログラムで、里親に6か月の訓練を施し、家庭内の対立や困難な状況をうまく処理するためのアドバイスを与えた。このプログラムを6か月受けたあとの子どもに「安定群」の徴候だけでなく、コルチゾール分泌のパターンの変化―機能不全から完全に正常へ―が見られた。


●ポジティブ心理学の登場。セリグマンは『性格の強みと美徳』(未邦訳)で、「好ましい気質の科学的な分析」をはじめようとするひとつの試みをおこなった。そこではどの時代のどんな社会でも評価される性質をつきとめようとし、古今東西の多くの場所で高く評価されると思われる24の性格の強みをリストにまとめた。このリストには、勇敢、市民性、公正、賢明、高潔といった従来高く評価されてきた特徴も含まれる。また、愛、ユーモア、熱意、美をめでる心といった情緒の領域に踏み込んだものもある。さらに、社会的知性(人間関係における力学を認識したり、異なった社会状況にすばやく適応したりする能力)、親切心、感謝の心といった日々の人間関係にかかわるものもある。セリグマンとピーターソンは「性格」を、変わる事のおおいにありうる―適応できる力を備えた―強みや能力の組み合わせであると定義した。性格とは習得でき、実際に仕える、そして何より人に教えることのできるスキルなのである。


●「読み替えスピードテスト」という退屈なテストの成績が、重要な資質の指標になった。NLSYの参加者のうち大学を卒業しなかった者だけを見ると、読み替えスピード・テストのスコアはあらゆる点で認知能力テストとおなじくらい正確な予測指標になっていた。スコアの高かった者の年収は、低かったものよりも何千ドルも多かった。
 このテストで測れるのは、見返りがなくてもテストに真剣に取り組むことができるような、内なるモチベーションだ。この「見返りの有無にかかわらず努力できる資質」を、パーソナリティ心理学の言葉で「勤勉性」とよぶ。


(正田注:一時期内発的動機づけか外発的動機づけか、の議論が流行ったが私はあの議論に乗れなかったし、「アルフィー・コーン」の著作に関しては強烈な論争のネタにしたが、その理由がこれでわかる。勤勉な人はほっといても勤勉なのである。コーン氏が批判した、小遣いで釣って勉強させる親子の図などは、もともと子どもが勉強好きでなく報酬が好きな性質、いわば勤勉性の低い性格のもちぬしだった、という程度の話である。
 また、じゃあ勤勉性の高い人にご褒美が必要でないのかというと、その人たちでも1か月とか1年という単位で、無給で働くのと有給で働くのとどっちがいいか?ときかれれば有給のほうがいいと答えるはずである。ただそういう実験デザインがないだけである。また、全然承認されないよりは適度に承認されたほうが彼らだって嬉しいはずである)


●パーソナリティ心理学の領域で勤勉性の研究の第一人者であるブレント・ロバーツによると、研究の世界では「勤勉性」は厄介者扱いされ、あまり研究されないできた。「研究者というのは自分が価値を置くものについて研究をしたがるものです」とロバーツはわたしにいった。「勤勉性を高く評価するのは知識人でも学者でもない。リベラルでもない。宗教色の濃い保守派で、社会はもっと管理されるべきだと思っている人びとです」(ロバーツによれば心理学者が好んで研究するのは「未知のものごとに対する開放性」だそうである。「開放性はクールですからね」と彼は少しばかり悲しそうにいっていた。「独創力についての研究だから。それに、リベラルのイデオロギーともいちばん強い結びつきがある。パーソナリティ心理学の世界にいる人間はほとんどがリベラルなんですよ。いってしまえばぼくもね。学者は自分たちのことを研究するのが好きなんです」)


(正田注:ここも示唆的で、少し笑えた。そうなのだ、学者、コンサルタント、新聞記者といった人々は社会人全般からみるとかなり特殊で、「自由」を標榜したがる。かれらは独創的なもの、新奇なもの、表現的なものが好きで好んで扱う。わたしはよくアリとキリギリスの比喩を使うが、承認コーチングなどはまるっきり「アリ」の世界の営みで、勤勉で愛社精神に富んだ良きサラリーマン、ビジネスマンのやることだ。そういうものは自由人の彼らにとって退屈で、取り上げる価値のないものなのだ。アリが働いてこそ彼らもお給料をもらえる立場だというのに)


(続き:なお、「ビッグ・ファイブ理論」はこのブログでは『パーソナリティを科学する』(2009年11月頃?)の読書日記でとりあげている。一時期、当協会プログラムでも性格分類の部分で「ソーシャルスタイル」をやめて「ビッグファイブ理論」に乗り換えようかと思ったが、「承認」との相性の良さで結局今でも「ソーシャルスタイル」を使っている。このときの読書日記に私は、「外向性の低い私は誠実性(勤勉性)を極限まで高めて辛うじて研修講師の仕事をしているのだと思う」という意味のことを書いた)


●産業・組織心理学の分野では、勤勉性は評価されてきた。企業には学究的で難解な議論とはかけ離れたニーズがあり、生産力が高く、信頼のおける、仕事熱心な働き手を雇いたいわけである。職場の成功のいちばんの指標となるのはビッグファイブのうちの勤勉性であるとわかった。
 勤勉性の高い人びとは、高校や大学での成績もよい。犯罪にかかわる率が低い。結婚生活も長く続く。そして長生きである。喫煙率や飲酒率が低いせいだけではない。血圧が低めで脳卒中にならず、アルツハイマー病を発症する確率も低い。


●勤勉性のわるい面。一部の心理学者は、過剰な自制心は過小な自制心と同様問題になりうると主張した。そういう人びとは「決断に困難を覚え、必要もないのに満足をあとまで我慢したり、喜ぶことをみずからに禁じたりする」。こうした研究者たちによれば、勤勉性の高い人々は古くさく堅苦しいし、神経症的で抑圧されているという。


●しかし全般的に、ものごとの良好な結果と自制心は相関する。2011年、1000人を超える若者を30年にわたって追跡した研究がまとまった。それによると子どものころの自制心が弱いほど、32歳の時点で喫煙率が高く、健康に問題を抱えている割合が高く、信用度が低く、法律上の問題を抱えている確率が高かった。影響が甚大なケースもいくつかあった。子どものころの自制心のスコアが最も低かった人々は、最も高かった人びとに比べて3倍の確率で犯罪にかかわっていた。アルコールやドラッグの依存症である確率も3倍。ひとりで子どもを育てている確率は2倍だった。


●やり抜く力(グリット)。ひとつの仕事に情熱を持ってかかわり、揺らぐことなく専念できる資質。グリット・スケールはやり抜く力を測定するテストで、12の短い文章が並んでおり、回答者がそれぞれについて5段階で自己評価する。自己申告だがおおいに成功を予測する指標になることがわかった。

(正田注:一昨年流行った「意志力」ですね)


●ピーターソン(セリグマンの共同研究者)は、24の性格の強みを実際の教育システムに取り入れるために絞りこみ、7項目のリストにした。

・やり抜く力
・自制心
・意欲
・社会的知性
・感謝の気持ち
・オプティミズム
・好奇心


●富裕層の子どもも中学あたりから精神面の問題を持ちはじめる率は高い。「ヘリコプター・ペアレンツ」―つねに上空をうろつき、何かあれば助けだす準備は万全―と呼ぶような親は大勢いるが、子どもとの気持ちの結びつきがない。豊かな子どもたちが抱える悩みのいちばんの原因は「成果をあげることへの過大なプレッシャーと、精神、感情の両面における孤立」だった。

●裕福な家の思春期の子どもに不安や鬱の値が突出して高い。親と子のあいだに感情面でのつながりがない場合、親は往々にして子どもの悪いおこないにひどく甘かった。


●裕福であることは、生徒の性格の発達に有害な影響を与えうる。リバーデールでは多くの親が子どもに抜きんでることを強要しながら、まさにそのために必要な気質の成長を知らず知らずのうちに妨げている。もともとリバーデールのような学校の目的は子どもたちの人生における可能性の「天井」を高くすることではなく、「床」を堅持すること、子どもが上流階級から転げ落ちることのないようなつながりや保証を与えることだ。リバーデールが親たちに提供するのはほかの何よりも、失敗のない人生への保険なのである。

●ここに問題がある。若者の気質を育てる最良の方法は、深刻に、ほんとうに失敗する可能性のある物事をやらせてみることなのだ。ビジネスの分野であれ、スポーツや芸術の分野であれ、リスクの高い場所で努力をすれば、リスクの低い場所にいるよりも大きな挫折を経験する可能性が高くなる。しかし独創的な本物の成功を達成する可能性もまた高くなる。


(正田注:このあたりは、丸々うちの近所のK南学園のようなお坊ちゃん学校のことを言っているようだ。まさしく、こうした学校の存在意義はセーフティネットであり、若者らしい挑戦の場ではない。幼稚園のころからこうした環境でぬるいおともだち関係を築いてきてJCやらS和塾やらその他お坊ちゃん御用達の団体にもそれを持ち込む、一生そこから抜け出せないで終わる。その「おともだちつながり」で人格の輪郭のぼやけた人と話しているとわたしも、いつまでも自立した大人と話しているような気になれないのだ。畢竟、こうしたその世界では平凡な育ち方をしてしまった二代目経営者がしっかりした独立自尊の経営者になろうと思ったら、子どものころからの自分の育ち方を一度解体するぐらいの覚悟が必要なのではないだろうか)


●KIPPでおこなわれる意志力を身につける手法。「実行意図をともなう精神的対照(MCII)」という。過度なオプティミストにもペシミストにもならない。ポジティブな結果に集中しながら、途中の障害についても考える。この両方を同時におこなうことで、「未来と現実に強いつながりができ、望ましい未来に到達するために乗り越えるべき障害が浮かびあがってくる」。

(正田注:コーチング研修でやる「望ましい未来を思い浮かべながら、『何が障害になりますか?』という質問もする」というのと同じではないだろうか)

●「習慣と性格は本質的にはおなじものです。よい子どもと悪い子どもがいるわけではなく、よい習慣を持った子どもと悪い習慣をもった子どもがいるのです。・・・わたしたちの神経系は一枚の紙のようなものである、繰り返し折れば、折り目がつく。」


●ステレオタイプの脅威にさらされている生徒たちに、「知能はさまざまな影響を受けやすいものである」と種あかしをすると、それを理解した生徒は自信を持ち、テストの得点やGPAがあがることもたびたびあるという。知能は影響を受けやすいものだと信じている生徒のほうが成績がはるかによい。


●ドゥエックは人々をふたつのタイプに分けた。「凝りかたまった心」の人びとと、「しなやかな心」の人びとである。前者は、知能やほかの能力は本質的に生まれつき変わらないものであると思っている。後者は、知能は改善できると信じている。正しい対策によって生徒の心のありようを凝りかたまったものからしなやかなものへ変えることはできるし、結果としてそのほうが成績もあがる。しなやかな心をつくるメッセージを聞いた生徒のほうがアンチ・ドラッグのメッセージをきいた生徒よりもはるかにいい成績をあげていた。最も顕著な効果は女子生徒の数学のスコアに見られた。


●1人の生徒が質問した。「強みとされる気質が裏目に出ることはないんですか?」
「もちろん、裏目に出ることもある」とウィッターは答えた。「やり抜く力が強すぎれば、他者に共感する能力を失うかもしれない。やり抜く力があまりにも強すぎて、つらいことなど何もないというミスター・グリットになってしまうと、ほかの人びとがつらいとこぼす気持ちも理解できず、人にやさしくできなくなる。愛することだって―、」


●チェスの強さを決めるのはどんな精神活動か。ある特定の精神作業をおこなう能力、認知的スキルと同程度に精神の強さも必要とする、「反証」として知られるタスクである。
 ある理論の妥当性を調べる唯一の方法は、それがまちがっていると証明することである。このプロセスをポパーは反証と呼んだ。科学理論だけでなく日常生活においても反証の下手な人は非常に多いことがわかった。ことの大小を問わず何かの理論を実証しようとするときに、人はその理論に反する証拠を探そうとはせずに、どうしても自分が正しいことを証明するデータを探してしまう。「確証バイアス」として知られる傾向である。これを乗りこえる能力がチェスの上達においてはきわめて重要な要素だった。


●チェスプレーヤーに盤を見せて次の最良の一手を考えてもらい、それに対して対戦相手はどう反応するか、またそれに対して自分はどんな手を打つかを考えてもらった。ベテランは初心者より正確に予測した。上級者のほうが悲観的だった。初級者は気に入った手を見つけると確証バイアスの罠に陥りやすい。勝利につながる可能性だけを見て、落とし穴は見過ごしてしまう。これに比べ、ベテランは隅にひそむ恐ろしい結果を見逃さない。上級者は自分の仮説を反証することができ、その結果、致命的な罠を避けることができる。


(正田注:わたしはいまだにしょっちゅう間違いを犯してばかりいる人間だけれど、この記述を見て過去に研修をべつの講師と組んでやろうと模索したことを思い出した。もう1人の講師と準備段階で研修アイデアを話し合うと、パートナーからは次々とこれまで試したことのないアイデアが上がってくるのだが、わたしは軒並み「それをやると、こうなる」「それをやると、ああなる」と、却下してしまうので、しまいにパートナーは「自由度がない」とへそを曲げてしまうのだった。でもわたしには見えるのだ、「研修とはいえ間違ったら人が死ぬ」というのが。なぜほかの講師にはそういう視点がないのか不思議だった。アイデアがクリエイティブに湧いてくるに任せてやれれば、それは幸せなことだと思うが。その後何年かたって、わたしが組もうとした元パートナー講師のひとりが転身して講談師になったことを知った。彼女は「教育」よりも「表現」の世界の人だったのだ、と思うと少し安堵した。「何手か先」を考えるほうの資質では、おそらくなかったのだ。そして「却下」ばかりしていた傲慢なわたしの思考プロセスが正しかったのかどうかは、この10年の受講生様方の出してきた成果を信じるしかない)


 


 引用は以上です。アメリカの良心的教育者たちが貧困家庭の母親への支援や、子どもたちの「性格の強み」を伸ばすことによって貧困の連鎖を断ち切ろうとする努力には本当に頭が下がりました。

 もう一度生き直すことができるなら、そんな仕事に就きたかったかもしれない。

 「承認の先生」には、お察しのとおりもう大分飽きています。だれか後を継いでくれたらな、と思います。

 でも一方で、現代日本の良心的な親御さんや良心的な先生方の願い、すなわち誠心誠意育てて責任感ある人間に育った子どもたちが社会に出て大きく羽ばたいてほしいとの願いが叶うのは、良いマネジメントを通じてだけなのだ、と気を取り直すのですけれど。

 「マネジメントになど頼るな、自分の力で思った通りに生きろ」などというのは、自分が組織の一番下っ端だったときにはどんなに無力で、上の人の導きが要ったか、を忘れてしまった不遜な議論なのです。


 なんて、それはこの本の主題とは全然別の話題でしたね。

 とまれ、
「何が子どもたちの人生を幸せにするのか」
30年にわたる追跡調査を含め、粘り強くしつこく追及した教育者や研究者たちの努力に脱帽であります・・・



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp