兵庫県中小企業団体中央会の会報、月刊「O!」に連載中のコラム「誌上コーチングセミナー」第10回。4月号記事を同誌編集部のご厚意により、転載させていただきます。

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 「『けしからん!』で済まない現実―若手の集団離職をどう防ぐか」


  気付かないうちに「人」の問題が起きて、成長の足かせになっている…そんな現象があなたの会社にもありませんか?「人」の問題によく効くクスリ、「コミュニケーション」「リーダーシップ」の観点から解決法をお伝えします。


 
 「他部署で若手の同期の子が5人まとめて辞めてしまったんですよ」

 当NPOの会合で、あるマネージャーが話し出しました。

 「もともと、同期の子同士でLINEで連絡を取り合って一緒に旅行にも行っていたらしいんですけど。仕事が忙しくてきつい、もう続かないと、ある日突然まとめて辞表を」


 その部署の事後処理がどんなに大変だったか、想像に難くありません。


 すると、他のマネージャーが「わが社にもありました。仲の良かった子同士が3人まとめて辞めました。幸い私の部署ではありませんでしたが」


 いつの時代にも「今の若い者は」と言われてきたものですが、今、若い人たちの心にかつてない変化が起きています。

 その筆頭は、前回(本誌1月号掲載)にもお伝えした、「スマホ・ネット依存」。

 2013年10月の時点で、スマートフォン(スマホ)使用率は10代で75%、20代は69.5%(ジャストシステム調べ)。その使用の仕方をみると、1日1時間以上使用しているのは41.7%。一般の携帯電話では7.8%と、スマホ使用者の方が使用時間が圧倒的に長くなっています(インターワイヤード調べ)、高校生では、スマホ使用者の53.5%が1日3時間以上使用している(携帯では15.4%)との報告もあります(猪名川町Swing-by調べ)。スマホ使用者の率の高さを考えると、それほどまでに今、若い人はスマホに取り込まれているのです。

 ではそのスマホの世界とは―。

 若い人同士が連絡を取り合う手段の主流になっているLINE。そこではグループ内で仲間のメッセージを読むと「既読」マークがつき、既読がついているのに返事をしなければ、愛想の無い「既読スルー」として、いじめの対象になることがあります。このため入浴中もスマホを手放せず、「寝落ち」といってスマホを枕元に置き眠りにつくまでスマホをやり続けるという。

 なまじ仲間同士のつながりの手段を持つことが、かつてない息苦しい呪縛になるのです。

 このほかにも犯罪につながりかねない出会い系や個人情報の流出など、スマホには地雷原ともいうべき危険が溢れています。

 「今の若い子って、なんだか手応えがなくってねえ」

 TVをつければそうした中高年の識者の声が溢れていますが、若い人たちが子どもの頃から生きてきた現実を見なければなりません。「自分」を持ちたくても持てない、身も細るような世界を生きてきた、ということです。

 それでは、そうした若い人を迎える職場では、管理職・中堅の側では何ができるのでしょうか。

 当協会では、やはり「承認―相手を認めること」を大人世代の方が日々実践されることをお勧めします。

 といいますのは、若い人たちは多くの場合これまで、自分を身近で行動に即して正確に認めてくれる大人に出会ってこなかったのです。「正しく認められること、報われること、成長を促してもらうこと」に飢えており、そうした大人に出会えれば、それはスマホの誘惑より表面的な「仲間」の存在より強い、自らを鼓舞する存在になり得ます。それほど「認められたい」承認欲求は人にとって根源的な欲求なのです。

 冒頭にご紹介した「集団離職」問題でも、上司が1人1人と密にコミュニケーションをとり、事実に即して承認し、リアルの強い繋がりを作っていれば…と惜しまれます。

 当協会の受講生企業からは、新入社員7名に「相互承認」を課すフォローアップ研修を施したところ1年間1人も離職しなかった、という例も報告されており、状況は決して絶望的ではありません。

 「最初の上司は13年後まで給与、昇進に影響する」という研究結果もあります。御社に折角入社された新人に末永く戦力になってもらうため、上司の「育てる力」をパワーアップしていきませんか。


(中小企業団体中央会「O!」2014年4月号)


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 いかがでしたか?

 この記事の締め切りのすぐ後だったでしょうか、大手牛丼チェーン「すき家」の集団一時閉店が話題になりました。一説には待遇のきつさ、時間のかかる新商品の投入などにより不満のたまったバイトの集団離職によるものだとか。

 でも現実にはすき家ばかりではない、足元の神戸にも起きていることなのです。

 この記事を投稿するとき、私は編集部のかたにお電話し

「私は感情的になっているでしょうかねえ。もし間違っていたらおっしゃってください」

 編集部のかたは

「いいんじゃないでしょうか。企業の現実が今こうなっているということは皆さんに知ってもらったらいいので」

 心優しくお返事くださり、そのあとメールで、

「若い人とどこまでコミュニケーションができているのだろうと、不安になりました」。

 この連載も足かけ4年目を迎えました。関係者の方のご尽力に厚くお礼申し上げます。


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 きのうの記事「ええ加減にせえよ小保方さんとメディアは同罪」は、その後どんどんアクセスがつき1日で単独の記事に202件のアクセスがありました。このブログ全体のふだんのアクセスが100−200の間です。昨日のトータルは370でした。

 決して狙って書いた記事ではありません。むしろ「黙殺されるかもな」と思って書いた記事です。


 フェイスブックで「シェア」してくださった面識のない1人の方は、「今日の報道には腹が立ってたんです。すっきりしました」と言われました。
 このタイプの若い子を「みる」ミドルマネージャーや経営者の側は本当に苦虫をかみつぶす思いでみていたと思います。

 あるお友達の方は厳しい口調でコメントくださり(この方は「論語読み」でもあり、日頃幅広い教養に基づく記事を書かれる方です)

「おはようございます。
正論ですね。同感です。
ウインストン・チャーチルが喝破したように「報道と政治はその国の民度を映す鏡に過ぎない」のですから、我々がメディア・リテラシーを向上させメディアが啓蒙するのでは無く我々がメディアを啓蒙する気概を持って臨まねば、「新聞に書いて有ったから」「TVで言っていたから」では大本営発表を鵜呑みにした70年前から一足の進歩もしていない事になります。」

と、言われました。

 いやおっしゃるとおりです。

 とくに、新聞さんの購読層って今一体だれなんでしょうね。

 でもなんだかうちの市の現市長も女性研究者寄りの発言をしてたのだが、この人も「きれいなおねえさん大好き」な人なんだろうか。おねえさんが国民の人気者だ、というふうに風を読んだのだろうか。


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 また、少し若い頃の思い出をかきますと、

 正田は某通信社の広島支社時代、1990年の春、市政―医療担当から県警担当に移りました。

 それまで医療ではほぼ「独壇場」でしたが、県警はまったく調子が違った。「なんじゃこりゃ〜!」の世界でした。人数比が地元紙中国新聞20人、こちら1人。向こうはよりすぐりの精鋭ばかり。当然抜かれまくりました。ボロボロ抜かれ続ける情けなさは初めて経験することでした。

 それでも、少しずつ馴染のおまわりさん、馴染の弁護士さん、を増やしていきます。弁護士さんは比較的ノリが近かったようで、「提訴」とか「結審」とか「判決」の話でネタをもらえるようになりました。

 一方真面目に夜討ち朝駆けをやります。

 「わしら若い捜査官に言うんは、聞き込みで顔見知りのもんばかりに声かけるのはマスターベーションじゃ、言いよるんよ」

 ・・・これは「同じところにばかり夜討ちしたらあかんよ」って言われてるんだろうなあ、と思いながら。

 それでも、真面目に努力すると女の子の記者でも報いてやらなあかん、と思う苦労人の捜査官あがりのおまわりさんというのはいるもので、ぽろっ、ぽろっ、と話してくれます。


 地元紙の中国新聞にとっては、「20対1」の、それも自分が加盟社でないところの通信社に「抜かれる」というのは嫌なものだったでしょう。年間何回かは抜きました。とくに「橋げた落下14人死傷事故」という、そのときの年間最大の事件で、発生と原因とを科捜研と1課から抜いたのは、中国さんには痛かったみたいです。すみませんまたコップの中の嵐の話で。一応、医療報道ばかりでもなくて社会部記者の「王道」、警察回りもしてたんです。あんまりこの手の話をこれまで書かなかったのは、事件事故の報道は結局人様の不幸をほじくる話なので自慢したくない、というのがはたらいていたからです。

 で嫌われるかというとそうでもなくて、結構他社同士「こいつよくやってるな」と思うと仲良くなるもので、(はい、自社の記者は結構ジェラシー目線でみるんです。記者ってナルシシストだしジェラシーきついですよ)中国新聞の県警サブキャップには可愛がってもらいました。その人は私が神戸で結婚式を挙げたときも出席してくださり、

「嫌なライバルだったが公明正大にさわやかに闘う記者だった」

なんて、祝辞で言ってくれました。

 今はああいう懐の深い先輩記者っていうのももういないんだろうなあ。 ドリカム、マライアキャリーが出てきたころです。


 まあ、そんな「20対1」の仕事の仕方をしてきたので、それは単に夜討ち朝駆けをしましたというだけではなしに、対象に本気で肉薄するような仕事をしていたと思います。だから、今記者さんに取材を受けても、「このひとは社会人としてどれぐらいギリギリの努力をしたことがあるひとだろう」というのはつい、見てしまいます。(もちろんわたしも、記者にかぎらずそういう経験をしてきたひとからはそういう目でみられているだろう、と思います。)


 冒頭の記事のような「集団離職」の話を聴いたら、「えっ、本当ですか」「それ神戸ですか」「どこの会社ですか」って、私の若い頃だったらきいたと思いますね。書く書かないにかかわらず。無駄な「書いてやる目線」のプライドがあるから、身体の直感が正しくはたらかない。ピリッ、とどこかが震えたり前のめりになるということができない。


 その後今の仕事をしながらでもなにをやっていても思うんですが、「こいつは『本気』でやっている」と思うと、姿勢を正してくださる人って今でもそこここにいらっしゃいます。多くはその人自身苦労してきて、「本気」じゃないとなにごとも成せないな、と学んできた人たちです。そして一方には、「本気」が永遠に通じないタイプの人もいらっしゃり、残念ながらそういうタイプの「バーチャル」な人が今、増えているなあ、意思決定の中枢にも、と思います。


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 ああまた電話口でよく考えないでペラペラしゃべる人と話をした。会議会議で忙しいらしいけれどこの人のような調子でしゃべる人ばっかりだったらさぞかし中身の薄い会議だろうな。しかもまた私と小保方さんと混同しているふしがある。混同しやすい頭の持ち主っていますから。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp