また、「福祉の人」を叱ってしまった。わたしはもう、「福祉の人性悪説」をとりたくなってきた。ごめん林さんあなたのことじゃないです。

 
 今度は研修本番での、「休憩時間を守らない」という問題。

 イヤなお話を連続して書いて自分でもどうなのかと思いますが、「こういう時代」を正確に描写し歴史に残す、は大げさだけど「あるべき姿」を守るために記録しておこうと思います。




 元々短い研修時間で講師料をケチるくせに、あれもしてくださいこれもしてくださいという「虫のいい」事務局さん。


 わたしは本格的な「承認研修」は封印することにし、「ワールドカフェ」+「承認に関するちょっとした講義と実習」の組み合わせにしました。

 これだけでも2時間半としては贅沢な内容です。


 そのぶんワールドカフェの各ラウンドが15分と短くなり、やや忙しいワールドカフェとなります。

 事務局の人、今度は冒頭挨拶はあったがあれもこれもと詰め込んで、長い。
 事前に約束していたはずの「自己開示」は、結局せず、一般的な説教めいた話。大勢の前で自己開示する勇気がなかったんだな。そして、講師紹介は、なし。「先生のプロフィールは資料の中にあります」というのみ。


 でワールドカフェは喜んでくれたようだけど、締めのラウンドに非常に時間がかかる。まとまらない。まあ時間が短いから気の毒っちゃ気の毒ですが、時間が短いのは事務局が選択したことだからね。

 わたしは何度か、「お時間押しています。どのぐらい押しているかというと10分ほどです」と時間管理に協力を求める。


 そしてワールドカフェから「承認」に移るときの休憩時間。

 「ここで休憩とします。10分差し上げたいところですがうーん、5分休憩でいいですか。あの時計で○分には戻ってきてください。お疲れさまでした」

と私。


 ところが、この休憩時間が「終わらない」んだな。時間になっても席に戻らない人が半数ぐらいいたし、やたらと賑やかなおしゃべりが延々と終わらない。

ワールドカフェって、わるくいえば「おしゃべり会」みたいなものですが、それが終わっても延々と話し続けるとはそんなにあなたらおしゃべりが好きなのか。

 休憩時間に入ったとき、

「先生事前アンケートの質問事項にも回答してください(残り時間の中で)」

と言ってきた事務局の人自身が、時間になっても席に着かずに人とおしゃべりに興じている。会場の状態にまったく目配りしないまま。あんたええ加減にせえよ。


 こういうとき皆様の楽しいおしゃべりを中断して講義を始めてわざわざ嫌われ者になる必要はない、と私は講師席に座ったまま、腕を組んで目を閉じる。

 スクリーンにはパワポ資料の中の「本日のスケジュール」〜2時間半の中の時間進行を書いたもの〜を表示している。「第二部・承認」開始の時間ははるかとうに過ぎ、第二部の持ち時間は本来50分と設定されていたものがあと30分しかない。


 だんだん、それまでのワールドカフェの中でもコミットメントの高かったほうの人たちが口を閉じ、こちらに怯えたような視線を向ける。その人数が少しずつ増えるが、だれかが「おしゃべりをやめよう」と声かけするわけではない。時間がかかったすえやっと全体が静かになる。


 わたしは目を開いて言う。

「なっがい5分でしたねえ」

 それまでとはまったく違う声音。
 でおもむろに立ち上がる。

「本来承認研修のとき厳しいことを言いたくないんですが…、
この研修は(30分後の)4時にはきっちり終わりますから。」

「承認って、よく間違われるんですけど、
甘やかすことではありません。
わるい行動まで承認することではありません。
それはよろしいか」


 静まり返る会場。恐怖の感情。

 この状態で「承認研修」がうまく行くことなど、過去の経験から言ってあり得ない。


 しかし、びっくりするようだが、

 そんな状態ですら、最後の実習では本気で「涙目」になる女性職員さんが現れたのだ。まあそれは「承認」そのものの力です。


 事務局の人が休憩時間に言ってきた、「事前アンケートの質問への回答」は結局ナシになった。それはあなたの自業自得です。



 わたしは少し前に終了した某経営支援機関さんでの研修風景を思い出す。受講生に個別にはよくない態度の人もいたにはいたが、何度かの休憩時間明けには全員言われなくてもきちっと着席し、沈黙して講師のほうを見る。そのことはきれいにできていた。
 

 いや、そこでも事務局の人は休憩時間明けに何も声かけとかしなかったですけどね。少し前までは「軍隊組織」だったという、そのころのよい習慣がまだ残っているのだろうか。事務局の人が受講生を甘やかしたら、その「美風」もすぐ消えるだろう。

 事務局は率先して恨まれ役をやらなければならない。

 
 そして、短い時間であれもこれも、と講師に無理難題ふっかけるのをもうやめていただきたい。資源がないならおねだりするな。


 これもまあ、変にご要望にお応えしようとこちらが努力した結果、「依存」を招いてしまった(依存するほうがより悪いんだけど)例であります。短い研修なのに疲れが抜けません。



 色々あっていずれ「研修事務局マニュアル」みたいなものも作らなならんかな、と思ったりしますが、作るにしても、なぜそういうルールになってるか、背景となる「失敗例」をきちんと記録しておくことも必要かと思います。



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 ええとあと、わたしは日頃から「コミュニケーションこそが大事だ」という言い方はあんまりしてないと思います。
(わたしがそういう言い方をしたの、きかれたことあります?)

 やっぱり「程度問題」で「ゆきすぎ」が出る現象を年の功でよく見てきました。だらだらおしゃべりして、「さっさと仕事に戻れ」と言わなくちゃいけなくなる現象。

 そして、「優しい人」「いい人」と思われたい、という気持ちが強く働く人が、いい人と思われたい一心でおしゃべりがやめられない、という現象も結構みました。優しさを本当に突き詰めたら、だらだらおしゃべりせず仕事の本筋をしっかりやることが優しさの実現につながる、と気づけるはずなのだが。

 「コミュニケーション」より、本当は「行動」が大事なのだ。「わが社」的にはそれで一貫してます。理念にも「行動を尊ぶ」ってうたってます。


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 わたしは「愛のスイッチ」を「オフ」にするという感覚を最近習得した。


 基本原則としてだれに対しても愛と敬意で対し、こりゃダメだ、と思ったときには即オフにする。それは自分の意志でできることで、そして「わたしの心の自由」でもあるのだ。


 オフにするともう一度オンにするまで多少時間と労力を要するようである。それは人間だから仕方ない。


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 少し、「発達障害づかれ」というのがきている気がする。ちょっと自分をいたわろうと思う。




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp