NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表・広野ゆい氏へのインタビュー 第2回です。

 今回は、まだ新しい概念・発達障害/発達凸凹が、いかに多くの問題に関わっているか、問題解決のために欠かせない視点であるかについて。


広野ゆい氏インタビュー「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは


 
(ききて:正田佐与)




広野ゆい氏インタビュー「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害


広野:(企業の理解がないことで)本人が病気になって辞めることもあるし、周りの人が何とかしようとしすぎて病気になってしまったり。

正田:それはありますよね。それは本当にお気の毒な話で。

広野:やっぱり理解が進まないことによって、企業にとってコストとしても負担だし、精神的にも職場環境がいい方向に行ってないと思うんです。まずこれを分かるということで、全部じゃないけど何割かは解決できるんじゃないか。

正田:やっぱりそうですか。今メンタルヘルスと言われている問題は今「何割か」とおっしゃいましたがかなりの部分、発達障害かその周囲の人か、どちらかの問題ではないかと思っていました。

広野:ええ、ええ、そうですよね。ただ、今のメンタルヘルス対策の中に発達障害のことってあまり考慮されてない気がするんです。

正田:そうですよね。

広野:(職場で)直で関わっている方は気づいていると思うんです。ただメンタルヘルスと発達障害、発達凸凹の関係というのがしっかりとリンクしていて、なんでメンタルヘルスの問題が発生してしまうのかということでこういった特性のことも考えられる、という流れにはなっていないような。
 そこは今、大きな課題なのではないかと思いますね。

正田:今のお話、私なりの言葉でまとめさせていただくと、まず発達障害、発達凸凹の方は元々ストレス耐性の割合低い方々なんでしょうね。かつ仕事上の問題で無理解な上司の方から叱責にあう機会も多い。非常にメンタルヘルス(疾患)になりやすいリスクを持っていらっしゃる。そういうその方々ご自身の問題が1つと、その方々が無自覚にある部分のお仕事の能力が欠落しているために、周りの方々がフォローに追われる。なのにご本人さんはそのフォローする大変さがわからないし、本人さんからあまり感謝の言葉がないと、そういうことで周りの方を心の病気にしてしまう。

広野:そうですね。教育が画一的なものを目指して「普通になれ」ということを目指して教育がなされてますよね。点数さえ取れば許されるんですよね。それで人の気持ちがわからなくても、みんなと上手に色んなことが協力してできなくても、点数さえ取っていたら見逃されてきてしまう。そういうことがあって、ところが実際お仕事を始めるときというのは、ほとんどが人とのやりとりで結果を出す、ということですので、そこでものすごく支障が出てくる。ストレス耐性が低いというよりは、いろいろなことに過敏すぎてストレス過多になりやすく、余裕もないし成果も出ない。だけどそれは、認めたくないんですよね。成績がいいということにしがみついてずっと生きてきているので(笑)


■「できる部分」にしがみつく当事者

正田:ははあー。やっぱりそこ(しがみつく)はご覧になっていますか。問題の当事者の方に自覚がないということがこの問題をすごく難しくしているように思いますが。

広野:そう、自覚がないというより自覚したくないんですよ。認めちゃうと、皆さん感じてるのはものすごい恐怖感なんですね。ダメな人間と思われたくない。やっぱり「認めてもらいたい」んです。
 本当は、「ここはできないけど、ここはできるんだね」という認められ方を人間はしてもらいたいと思うんです。「あなたはこういう人なんだね」と、丸ごとみてくれて、その中で「じゃああなたができる仕事はこれだね」という認められ方をしたい。特にその凸凹の大きい人は必要としていると思います。
 だけどできる部分だけにしがみついて、できない部分を隠して隠して生きてきた人にとっては、ここは絶対に見せてはいけないというか、認めてはいけないところなんです。ここが崩れると全部が崩れちゃう(と思いこんでいる)からなんです。

正田:はい、はい。

広野:薄々、何かみんなよりはできないとわかっていて、迷惑かけているかもしれないとわかっていたとしても、ここ(できること)を守るために、ここ(できないこと)は認めないということがどうしても起こってしまうんです。
 そして仕事になると「辞めさせられるんじゃないか」、また「ここを辞めたら就職ができないんじゃないか」とそういう恐怖感はものすごくあります。そのへんは発達障害の問題というよりは、発達障害の人が障害があることによって生じる二次的な「認知の歪み」とみることができると思うんです。
 というのは、すごく凸凹が大きくても「ここは自分はできないからやめとこう」「ここは自分はすごくできるからどんどん頑張ろう」と頑張って、ものすごい能力を発揮されている方も中にはいらっしゃいますので、そのあたりはどういう風に育ってきたか、どういう風に周りがその人と関わってきたのか、ということがすごく大きいと思います。
 でも、会社員になってから子供の頃のことまでどうにかするというのは難しいですよね。

正田:その「全人的に認めてあげる」というのは、仕事の中では難しい…。私も教育として「認めるって大事だよ」とお伝えしてはいますけれど、いざその場面に立ち会ったときに、「でもこの場面でこうしてくれないと困るよ!」と心の叫びみたいのが出てきちゃったりして。


■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」

広野:そうなんです、ええ。
 結局、会社だけでそれをやるのは難しい。私たちのやってる活動は、やはり当事者活動なんですよね。当事者だけで集まって、「実は自分はこういうことができないんだよね」と言ったときに、「あ、実は自分もできないんだよね」と共有しあって、「あ、自分だけじゃないんだな」ということを感じてもらって、ほっとしてもらう。そういうことがないと、何というか「(警戒が)ゆるんでこない」と言いますか。

正田:「ゆるむ」というのはそのすごい恐怖感ですね。ははあ。

広野:その段階があって初めて、じゃあできなかったらどうすればいいの?という次の段階ですね。そこに行くときにそこで集まっている人たちのリソースと言いますか、「自分はこうしてるよ」とか「こうしたらいいんじゃない?」ということをみんなで考えることがすごく役に立つんです。そういう当事者活動というのが、その人が色んなことを受け容れて、さらに外の人にどう説明したらわかってもらうのか、とそういうことを自分で学んでいくための学習の機会でもあるんですね。
 そういう場があることで、会社でももう少しうまくやっていける、というケースも結構あります。
 だから会社で全部やるんじゃなくて(笑)、そこは会社以外のところでそういったところを作っていく、というのも必要だろうと思います。

正田:それでそういう当事者活動を続けていらっしゃるんですねえ。尊いこと。
 やっぱりその経路じゃないと難しいんだろうな、と思います。マネジャー教育の側からやってきて。

広野:そうです。私たちが今やりたいと思っているのは、継続して当事者同士が学び合う場をつくるということと、もう一つは会社の方に理解を進める働きかけをすること。こちらで当事者の自己理解が進んで「自分はこういうタイプだからこういう風にしてほしいんです」ということが言えるようになったときに会社側が「いやいや、うちのやり方はこうだからこういう風にしてくれなきゃ困るよ」と言われると、もうそこでストップなんです。
 
正田:会社が、みんなが一律にじゃないとダメだ、と。

広野:そうです。その人がどうだということを無視して「こうでなければならない」という会社だと、やっぱり私たちとしては難しい。自分のことがわかって、工夫したいと思っていてもできないんです。

正田:例えばの話、5S活動にすごく力を入れている会社だったら机の上がみんなきれいに物ひとつない状態でないといけない、それも自分でできないといけない、とか。

広野:ええ、ええ、そうです。
 企業さんにも「こういう人がいるんだよ」ということを理解していただかないといけないですし、場合によっては「この人はこういうタイプなんですよ」と間に入ってやっていかないといけないこともあります。そういうコンサルティング的なことが今後できたらいいと思っています。やりたいなと思っている段階ですね。

正田:そうですか、そうですか。
 その「間に立つ」というのは例えばジョブコーチとか、今まである既存の資格というか職種ではなくて、ですか。

広野:ジョブコーチの制度というのがあんまり私も詳しくないんですけれど、基本的には対象が障害枠の方ですよね。一般枠でそういう問題が起こったときにジョブコーチさんが行くっていうのが、実際どのぐらいあるんでしょうか。

正田:いや、きいたことないです(笑)


■新型鬱と発達障害

広野:あとは、今言われている新型鬱ですね。

正田:はいはい。それもおききしようと思っていました。

広野:あれは、苦手なことをお仕事だとどうしてもしなきゃいけないですよね。ちょっとでも苦手なことをさせられるということ自体が、ものすごい恐怖とストレスに結びついているんです。だからお仕事がそれに直結しているというよりは、お仕事の中で自分の苦手な部分というのを、まあ分かっていないんです、本人も。何でか知らないけれど責められる、怒られる、と思っているから、だからお仕事イコール自分に何かダメージを与える脅威的なもの、という風に受け取っちゃってるので。一種の防衛反応かもしれません。
 自分がどういうタイプで、できる部分がこういう仕事だったら活かされるよ、ということが分かってくると、まだましにはなるかなと思います。
 でも例えば、間違って正社員になっちゃって色々やらされて、そして「正社員という立場をどうしても守りたい」となっちゃうと、厳しいですね(笑)お仕事はしたくないけれど、正社員は辞めたくない。「それはおかしいよ」ってみんなに言ってもらって「そうやね」となる人はいいんですけれど。そこの部分にこだわっちゃってる人はちょっと難しいですね。しかも結構多いですね(苦笑)特にASDのこだわりの強いタイプの方は。ゼロ100で、「これがあかんかったらもう自分は生きていけない」と思いこんじゃってると、そこを変えていくというのはちょっと力技と言いますか。
 そこで当事者のグループにポンと行ける人はまだいいんです。問題は行けない人です。
 どのぐらいの人がそう(新型鬱に)なるのか、というのは見えてはいないんですけれども。というのは来てくれる人としか関われないので。

正田:そうですよねえ。

広野:でもまあ、会社の方からの相談というのもちょこちょこある中で、その問題が非常に多いなあという実感はあります。

正田:(発達障害を)自覚してない新型鬱ということですね。

広野:そうです、本人が認めないとか。未熟なパーソナリティや認知の歪みも関連しています。

正田:私らの世界でも「エステに行くのは美人」っていう言い方をするんですけど(笑)マネジャー教育の門戸を叩いてくれるのも比較的ましな方のマネジャーなんです。

広野:そうですよね(笑)
 ただ、その課題よりもまだまだ簡単に解決する課題があるはずや、と思っています。まずそこを何とかしていきながら、最終的にその部分を(取り扱う)、っていう。
 自己愛の問題とかは根っこが深いんです。多様性を認められる社会であったり、本当にその人の特性とか個性が尊重される教育、そういうことが整備されないとそういう人はいなくならないと思うんです。
 今困っている会社の人がそれに対してどうできるか、というのは、本当にひどい場合は本人よりも周りの人のメンテナンスにエネルギーを使ってくださいと言うしかないこともあります。



■自己愛は発達障害なのか?


広野:でもね、本当にややこしい人はこういう会に来ないんですよ。ほんとに(笑) この人に来てほしい!という人に限って、行ったら向き合わなきゃいけないから。だから来れる人というのは、変わる可能性がある方だと思っていいと思います。問題は来れない人ですね。

正田:そうですねえ…。自分は絶対そんなものじゃない!っていう。

広野:そうです、そこは大きな課題なんです。そこは認知の歪みに関わる部分です。発達障害よりもパーソナリティー障害の域に入ってますね。みてると。

正田:あのね、パーソナリティー障害との関係でとてもお伺いしたかったことがあるんですけど、「自己愛性人格障害」ってありますね。最初は「自己愛だろう」と思ってみていった人が、なんか能力の欠落的なものを持っていて発達障害的なものを抱えた人なんじゃないだろうか、ということがあるんですけれど。

広野:ありますよ。

正田:あ、そうですか。

広野:かなりありますね。でね、発達障害だと気づいた時にどう対処するかで、本物のパーソナリティー障害なのか、ただの発達のむずかしいタイプなのか、が分かれてくるように思います。

正田:ははあ…

広野:小さいころどうだったかをおききしたり、普段の生活がどうなってるのか、その方の思考回路がどうなってるのかを聴いていくと、その辺は大体わかるんですけど。

正田:これって、まだどこの教科書にも書いてないですよね。発達障害の本にも自己愛の本にも書いてないですよね。

広野:ああそうですね、当事者はみんなわかってますけどね(笑)というのは、やっぱりこれ(発達)を知ることによって「自分は変わった」という人がいっぱいいるんですよ。



■「指摘されると切れる」敏感さから当事者コミュニティで「出来ない」と認められるように

正田:広野さんすごいドラマチックだったんだなあと思いますけど、最初ADHDとアスペルガーの傾向があって「仕事出来ない」って言われて、でもあるとき気がついたことで今がおありになって。広野さんの中でそれはどんな変容だったんですか。

広野:そうですね。私の中でつねに「存在不安」というんですか、「自分は何の役にも立たないし居てもしょうがない」という感覚が根っこのところにあるんです。自己否定ですよね。じゃあそれで全部だめになっていくかというとある部分では出来る部分もあるので、それで出来ない自分のことを「守る」。
 大嫌いなんですよ、自分のことが。生きてるのもしんどいくらい。それを認めたくない、認めてしまうと生きていけない。そのために堅い殻のようなものを作って、「自分はこういうことをやってるんだから、あとのことはやらなくてもいい」とか、自分のことを評価してくれる人の話しか聞かないとか。そういうことをしてると何とか生きていける。
 薄々「みんなに嫌われてる」って思っても、認めてしまうと生きていけない。なのでそれはもう見ない(笑)そういうのが私の20代ぐらいの状況ですね。

正田:なんだか信じられない…。

広野:ADHDって分かったときに、「原因があるなら何とかできるかもしれない」と思ったんです。

正田:はあ。それもまた前向きな(笑)

広野:本当に(笑)生きててもいけないし、死んでもいけないんですよ、私的には。どうしたらいいか分からない。
 でも「何か原因があってそうなってしまってるんだったら、何とかできるかもしれない」という思いで色々調べたり仲間に会いに行ったりし始めたんです。
 それをし始めたら、同じようなことで困ってる人がいっぱい集まってきていて、話が合うんです(笑)「自分はこう思ってるんだけどそれは分かってもらえない」とか、「自分だけじゃないんだな」というのでまずほっとしていて、まずそこが出発点なんです。
 そして自分でこういうグループを作ったことによって、そこに来た人たちを否定できなくなっちゃったんです(笑)ここに来てくれた人には元気になってもらいたいし、みんなで仲良くなって一緒にいい方向に行きたい、と思うじゃないですか。そうするとその特性を否定するわけにはいかない。
 するとその仲間に対して、「ここは出来なくてもこういうやり方したらいいんじゃないかな」とか、「そこは生まれつきやし諦めも必要だよね」などと言っているうちに、だんだん自分でもそれを受け容れられるようになっていった。

正田:へえ〜。人に言う側になって自分の言うことを受け容れられるようになった。

広野:そうです。だからこれも訓練なのかもしれないと思います。

正田:訓練なんでしょうねえ…。
 よく発達の特性のある人にあるのは、「あなたこれができないよね」って言われるだけでギャーッと、心の傷がばくっと開いちゃうみたいな。いっぱいいらっしゃるでしょう?

広野:そうなんです、そうそう。
 それがそこのグループだと、「これが出来なくって」というと「私も私も」って言うんです、みんなが。そうすると、「あ、なんだみんな出来ないんだね」(笑)それで一気に「責められないんだ」という感覚になるんです。
 普段は「責められる」という感覚がものすごく強くって。否定される、責められる、のが基本なんです。そして「否定されたくない」「責められたくない」というのだけで生きてる。それに関わるようなことは一切しない、認めない、と。
 それが「あ、みんな出来ないんだったら出来なくていいか」という風に思える場所が出来たことで、「この場所では(出来ないことが)許されないけれどここでは許されるんだ」と、客観的にみられるようになってきたんです。そこで「これが出来ないんだったら、こういうやり方でやったらいいんじゃないか」という風に視野もだんだん広がってきたりして。それがすごく良かったなと思うんです。
 そうすると、当事者以外のほかの人にも「私ちょっとここ苦手でねえ」と言えるようになってきたんです。最初はそういうことを本当に言えなかったんですけれども。それが上手に伝えられるようになればなるほど、分かってくれて手伝ってくれる人が出て来たんです。それでうまく行ったらものすごく自信がつくというか。
「自分はここが出来なくてもこういう風に助けてもらってやって行くことが出来るんだ」
と思えるようになりました。
「私はこれが出来ないんです」と言うとか、自分が出来ないことによってすごく迷惑を掛けてしまうことに対する恐怖感というのがそんなにひどくなくなってきたんです。

正田:ふーん。ほかの当事者さんに関わることによってそうなってきた。

広野:そうです。私にとって難しいことを相手に頼むということ、昔はそんなこと到底できないし、「そんなことが出来ない人は辞めさせられる」と思っていたんです。そうではなくて、出来ないことを手伝ってもらえることもあるし、自分が出来ることをしっかり自分で分かってそれをやって行くということが大事なんだな、ということが、やっとそれで分かってきたんです。
 そうなったのはすごく遅いんです。30代半ばくらい。
 それが分かり始めたら、仕事も上手くいくようになってきて。
 ここ(冊子)に載っているのは大体それが分かってきた人たちです。やっぱり30代半ばくらいなんです、みんな。
 だから上手くいってそういうことが分かってくると、こういう風に職場と上手く折り合いをつけてやっていくことができるようになる。



■虐待、過干渉と発達障害

正田:お話を伺って、「こういうやり方(発達障害・凸凹)での人間理解って大事だなあ」とすごく思います。というのはさっきの「自己愛」の話、一時期「自己愛」にもすごく凝ったんですけれども、「自己愛」ていう考え方をすると、憎しみが湧いちゃうんですよね。

広野:あ、そうなんです。

正田:「倫理的な悪」って思っちゃうんです(笑)

広野:ええ、ええ。

正田:でも(能力の一部の)欠落から来てるんだな、と。

広野:そうなんです。まあ、本当に愛されなくて自己愛になってる方も結構いらっしゃるんですけれども、「発達凸凹」を理解してもらえないことによって「自己愛的」になってる方は、そこを理解してもらうことによってそこのこだわりがすーっと消えていくことがあるんです。ですのでそこは何とかできるんじゃないかと思います。
幼少期から虐待を受けながら育った、とかいう生育状況だと、ちょっと。
あと虐待もそうなんですけれど、「過干渉」もそうなんですよね。虐待と過干渉と同じなんですよ、実は。

正田:ああ。あのね、最近よくネットで話題になるんですけど、「電車の中でわが子を足蹴にした母親の動画」とか、電車で子供にものすごく口うるさくずーっと言い続けてる母親とか、ひょっとしたら早期教育で塾の帰りかもしれないんですけど、夜遅い時間に。その話をきくたびに「発達障害じゃないかなー」と。

広野:そうですね。あり得ますね。
発達障害の母親の場合、子供時代に本当にその子に対して与えなきゃいけない教育とか愛情とかを与えられずに育てられたケースが多いと思うので不安も劣等感も強い。それでわが子がたまたま成績が良かったりするとそこにしがみついちゃうんですよね。

正田:有名小学校に入れそうだと思うと「その方向に頑張れ」とか。

広野:そう。大学も、「このレベルの大学に入れば一般企業に就職できるだろう」みたいな感覚で多分親御さんも言うし、だけどそこ(勉強)以外のことは全然出来ない。

正田:うん、うん。解決になってないわけですよね。

広野:そこはやっぱり大変ですよね。

正田:広野さんもっとメジャーになっていただかないと(笑)
 本当にむだな不幸を作り出してるように思うんです、この考え方が広まらないと。

広野:ええ、本当にそうですね。
 小さい時からすべての人にあっていい、「発達障害かどうか」のすべてかゼロかより、凸凹ってすべての人にあるし、コミュニケーションの違いも多少は皆さんありますので。

正田:はい、はい。

広野:でも一般でお仕事されてる方が分かってくだされば、それは「お父さん」なわけなので、お父さんが分かったらきっとお母さんも分かると思うんですよ。
 子供を何とかしなきゃいけないとき、やっぱり大人を変えなきゃいけないし、社会を変えなきゃいけないと思うんです。

正田:おっしゃる通りです。

広野:そこはまずは分かってもらって、分かることによって楽になれる人たちにまず、楽になって欲しいなと。ややこしいほうの人はそんなに簡単にいかないですけど(笑)



■DVと発達障害

広野:私、DVで離婚してるんですけど、だんなさんがすごいアスペルガー的な人で、相手の気持ちとか考えかたとか分からないんですよ、全然。でも営業をやっていて実績はすごく上げていたんです。どんどん営業所から支社に行って支社から本社に行って、だけど営業企画までは良かったんですけれども、そこから上に行くには色んなほかの部署を経験したり、深く人と関わるというのが出てくるじゃないですか。そこでものすごいストレスになっちゃって、何をやりだしたかというと私に暴力を振るいだしたんです。

正田:ほう…。

広野:それだけじゃなくてあっという間に部署が合わなくて鬱状態になっちゃって、もう相当分からなかったんじゃないかと思います。違う考え方に合せることができない。会社の中のそれぞれの部署の複雑な立ち位置が理解ができない。彼が分かるように説明してもらうこともできなかったんじゃないかと思います。
 ああいう人のことは、いいところだけを会社で活かしてもらって評価してもらうということができたら良かったのかな、というのはありますね。
 結局、彼も離婚したあとで仕事も辞めちゃってたんですけど。

正田:ふーん…。

広野:営業は自分の裁量でできることも多いですし、実績を上げれば予算もくれますよね。ですからそれは結構得意分野だったんですね。だからちょっと可哀想だな、という部分もあります。ただ上に行けば行くほど無理な面は出てきただろう、と。

正田:そうでしたか…。
 今ごめんなさい、不謹慎なんですけど、綾屋紗月さんっていらっしゃいますね、アスペルガーの当事者の本を書かれてる方。その方のお話を思い出してしまって。あの方も確かだんなさんのDVで離婚されてますね。

広野:ええ、ええ。
 DVで離婚は結構多いんですよ(笑)私もそのアスペルガーが入ったタイプで、そして当事者同士で共感できるところもあるので、くっついちゃうんです。
 そして2人でいる間はいいんです。勝手に自分の好きなことをやっているだけでいいから。だけど社会生活、子供を育てなきゃいけないだとか、役割をしっかりお互いが果たさなきゃいけないとなってくると、ぐちゃぐちゃになるんです。お互いが相手を思い通りにできないし、もちろん子供も思い通りにならないんですけど。
その辺で「私はこういう特性がある」と自覚して自分を直していったんですけど、彼はある意味会社で認められてる部分もあったので、もう私のことは「頭のおかしいヤツ」呼ばわりでしたね。ほんとに。
言ってることが、「特性があるから分かったほうがいいよ」と、本も渡したんですけど、「お前らと一緒にするな」。
 なまじ出来ることがあるとそこにしがみついて、あとのことは認めたくなくなる。


■引きこもりと発達障害


広野:今は大阪府のおおさか仕事フィールドというところがあるんですけれど、キャリアコンサルタントの資格を取って、そこでニートの発達凸凹の個別の就労支援をしています。あとは一般、企業向けの講演。

正田:大事ですね、キャリアコンサルの方の発達障害の方についての知識、理解というのは。

広野:そうなんです。でも私も資格試験を受けましたけれど、発達の勉強なんか一切ないですから。ほとんど。発達障害というのがあります、とテキストに数行書いてあっただけ。試験にも出ませんし。だから厳しいなーと思いながら。


■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


正田:私はやっぱり未診断の部下をもったマネジャーの側から話をきくことが多いのですが、本人は悩んでますね。マネジャーの悩みのほとんど9割はそこ、という感じです。もう寝ても覚めても「その人」のことを考えている、わるい意味で(笑)やっぱり何かあった時、自分の責任問題になりますから。
 最近きいたのがもう50代の未診断の方で、親が死んで天涯孤独になって、という部下に対しては何ができるんだろう、と。未診断で自覚がない、結婚もしてない人で。

広野:うんうん。まあ、本人さんが何か好きなことがあって、趣味のコミュニティに出入りできていれば、それはそれで上手くやっている人はいますけれど。

正田:なるほどね。その人は釣りの仲間はいるって言ってました。

広野:あ、そうですか。それがあれば大丈夫ですよ。釣りがあれば。そこを大事にしてもらえれば。
 逆に親がいると邪魔になる(笑)、介護できないのに親が歳取っていくとどうしようもなくなることがあるので。

正田:要介護の親を見捨てるケースなんかもひょっとしてそれでしょうか。

広野:そうでしょうね。だって、多分自分のこともできないのに、親の介護まで無理だと思うんです。「あ、無理かな」と思ったときに助けが外から入ってこれるような地域のシステムが必要なのではと思います。
 景気が良かった時代に見過ごされてきている凸凹の方というのは、今50代60代で非常に多いと思うんです。だからうちの会にも50代、60代の方が増えてきてるんです。
 まあそれはそれで、ここで楽しくやってくださる方は、文句言いながらでも生きていけると思います。
 自覚がなくても、野球の応援が好きだとか釣りが好きだとか、そういう何かがあるとやっていけると思います。まあその人の程度にもよりますけど。
 本人が孤立しても全然平気なタイプの方もいらっしゃるので、好きなことで誰かとつながっていて、自分はそれ以上の関わりを特に求めていないという方であれば、それで安定すると思うんです。
ご本人がそれについて問題意識があるかどうかですね。その方の特性の強さによって「もっと自分はああしたい、こうしたい」と思う方もいれば、「自分は友達もいなくても平気だ、たまに困った時に行ける先がいくつかあればそれで構わない」という方もいる。


3.「凸凹部下と凸凹上司、どうつきあう?」に続く)



広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは





※2015年春、インタビュー第二弾
b>広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら





100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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