いくつか去来する考え。

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 感情に溺れるということ。

 このブログでは数年前、繰り返し「感情」に重きを置く某コーチング研修機関のプログラムを批判した。

 その当時、その研修の「信者」の方々との間で、「約束をすっぽかす(ドタキャン)」「責任を放り出す」といった問題が多発した。たまりかねてある時期からその研修機関の人を出入り禁止にし、そこのプログラムを推奨しないことにしてしまった。


 その人たちというのは、自分の感情を大事にするあまり「お子ちゃま」なのである、わたしからみると。自分の感情をドロドロ表出する、「自分の都合」のかたまりになる、しかし他人の感情を同じように大事にしているか。人は誰にも同じように感情があって、都合があって、それらを調整して社会が成り立っている。調整してかつものごとを動かしていかなければならないから、ルールや責任という概念が出てくる。


 そのルールや責任に「感情」が優越する、と強調するような教育をすると、あまりに自分の都合ばかり振り回す人ができる。行動したがらない、ものごとが全然先にすすまない。

 当協会の「行動承認」+「Iメッセージ」の手法は、そうした過去の教育プログラムで起きた現象をつぶさにみて、それへの反省からできた。

 仕事の中では、仕事の全体像がわかっている上司から「行動承認」をすることで「何が称揚される行動か」を提示してやり、プラスアルファ「Iメッセージ」で感情の温かさを付け加える。「Iメッセージ」はプラスアルファ程度に使うとバランスがよい。


 「行動承認」をすることで「まず行動を尊ぶ」という姿勢を提示する。「行動」は本来痛みを伴うので、「感情」を強調すればするほど怠惰になり行動しなくなってしまう。(ある脳科学本では脳の「感情優位」な状態というのは仕事で疲れ切った深夜の脳の状態で、抑制が効かない状態だという)

 「行動」に重きを置く限り、人はおおむね「喜んで行動する」ので行動量が増え働きものになる。また脳の実行機能がフルに動き、自己抑制なども適切に行われる。「信頼関係のある上司からほめられれば責任感がアップする」というのは2008年ごろ有名になったJR西日本の安全レポートだけれど、責任感が増す現象もよくみられる。

 それでも「行動、行動」ばかりでは味気ないので「Iメッセージ」(助かっている、嬉しいなど)をプラスすると人間味や誠実さが加わる。

 「感情」を添付するのはそのぐらいのさじ加減でいいのだと思う。
 ただアスペルガーの傾向のある人にはその「感情を添付する」というのも大仕事なのだけど。

社会や仕事は、大半は「理性」でできている。「理性」は学校教育や社会人時代を通じて長い時間をかけて前頭葉を発達させるので、ゆめゆめ「理性」をおろそかにすべきではないのだ。

 当協会方式で人々が働きものになり業績が上がるのは、色々と過去の教育プログラムへの反省に基づいてプログラムを作っているので、おおむね問題が起きないのだと思う。

 逆にこれ以上あまり手を加えるとバランスを崩すし、ほかにも有効なプログラムがあるかもしれないと探していて当協会方式の「型」が崩れるとたちどころにおかしくなる。

 「行動」と「感情」のバランスを大事に。


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 「他の研修が80点なら承認研修の価値は1000点」

 これは今年8月にNPO理事会でわたしが言った言葉だけれどおおむね間違ってないと思うのだ。


 本来数値化しにくいことだけれどこれまでの「承認研修」での効果の出方をみると、それぐらいの点数の開きがある。要は、ほとんどの研修の類は効果があったとしても部分的なことにしか効かないが、「承認」は雪崩式にすべての問題に効いてしまい、そして人々が伸びて業績が上がってしまう。


「承認研修」の正しさに反発してほかの手法に乗り換えればたちどころに1000点から80点ひょっとしたら0点に墜ちる。

 その「1000点」のものを、従来人びとが「1000点」のものなんて想定もしていない見慣れていないのを、いかに安売りせず「1000点」の価値のまま売るか、普及させるか、というのがわたしたちのやってきたことだった。


 そしてもちろんそれは人びとが一気に幸せになるやり方だ。


 せっかく今目の前に「1000点」のものがあるのだから、利用可能なのだから、有効に使おうよ、という。

 
 そしてこれも不遜なことだけれど、その「1000点」のものの価値を十分にわかり、あますところなくリーダー研修で人々に伝え、人々に行動してもらうことのできる講師は今のところわたししかいないのだ。


 「承認研修」は要点をシンプルに絞ったものなので、学んだ人は「これを自分も教える側に回ることもできるかもしれない」と思いやすい。
社内講師の立場の人なんか、すぐそう思う。


 でも「1000点」のものを限られた時間でリーダーに伝えている、というとき、その伝え方にはたくさんの暗黙知があるのだ、ということを、よその色んな研修をみたりわたしのコピーを意図したらしい人をみながら思う。コピーしても大抵はごく一部しかコピーできず、コピーできなかった部分があることでリーダー層に説得力を持たなかったりする。


 1つその「暗黙知」の例を挙げると、わたしは「行動理論」の話をするときに必ずアメフトの常勝監督・武田建(関西学院大学名誉教授)の名を出す。この手もいつまで使えるだろうかと思うのだが。彼がアメフトを指導している風景をイメージしてもらいながら話す。そこで「ほめて伸ばす」という一見優しげな、お母さんがやることみたいな手法に、男のスポーツ・アメフトの骨太なイメージや「勝つ」という目的のために合理的な方法だということを伝える。いわば、行動理論をただの理論ではなく「属人的」な色をつける。そのほうが同じ理論でも頭に入りやすいのだ、ということを、やりながら学んだ。

 そして、単なる行動理論でなくアメフトや禿頭の武田建のイメージがあることで、リーダーたちに「自分たちが取り組むこと」だという身体感覚をもってもらえるのだ。


 かつ、その行動理論を紹介するときに、正田自身がちょっと身体を使ったアクションをする。

 そのことも受講生さんへの記憶に残りやすいようだ、というのはあるとき2年前に受講した上司が自分の部下を研修に派遣していただき、あとでその上司の方が「彼(部下)に感想をきくとあなたのアクションを使った教え方のところが記憶に残っていたようだ。『あそこが記憶に残っているなら合格だ』と話した」と言ってくださった。この上司さんは、「承認研修」のことを「過去の研修ベストスリー。他の2つは品質と安全」とも言ってくださり、コミュニケーション部門1位にしてくださったのは光栄なことだった。

 
 身体を使って印象づけながら教える、というのも武田建氏本人から学んだ。いちど同氏を講演に招いたとき、同氏がやったのは、「行動理論」の始祖スキナーのことを説明しながら、当時実験動物になったのはハトやラットやイヌである、と話し、イヌのところでいきなり四つん這いになってイヌのまねをやってみせたのだ。

 どぎもを抜かれたけれど、武田氏はアメフトの「武田コーチング」の人としてビジネスコーチングより前の時代からビジネスパーソン向けの講演に行っていて、そこで「ほめて伸ばす」という当時最先端のことを伝えるのにやはり腐心したようだ。そんな中で「大学の先生が意表を突くようなアクションをする」という奇抜な方法を編み出したようだ。


 そういうやり方を(イヌのまねではないけれど)わたしも有難く取り入れさせていただいた。やはりそうして記憶に残るフックをつくると、全体のことが芋づる式に思い出されるようである。


 その2つは最近思い出した暗黙知の1例である。こうやってときどき「自分は暗黙知としてこういうことをやってるな」と思い出す。そしてわたしをコピーしようとしている人たちがそこまで注目していないことを残念に思う。


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 そしてわたしは素朴に(みる人によっては少女っぽい表情で)過ごす。これも外界にいつも好奇心を向けていたほうが見落としがないからだ。偉い人然とはみえないと思うがそういうあり方で過ごすことでほかの人が見落とすいろんなことが見えてきた。


 「承認」の世界の住人でなくなった人は残念ながら表情が変わる。

 攻撃性、嫉妬、卑しさ、いまいましさ、嘲り、そうした表情が入れ替わり立ち替わり現れる。


 まったく違う感情世界の住人になったのだ。

 男性はそうなるのはすぐだ。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp