プレゼンのときの心のあり方について。


 正田の話し方というのは、1つ前の記事でみるような、研修により見込まれる大きなリターンを念頭に、
「この研修で学ぶことを学び逃したら受講生様は一生の損」
という考え方からできています。


 つまり、生身の人間が話し、それを耳で聴く作業を通じてもっとも効率よく学ぶには話し手はどう話せばいいのか?という発想で成り立っています。


 それは、以前にも書いたように、究極の「伝達」の作業です。自分が話したいように話せばいいものではありません。頭に思い浮かんだことをしゃべり散らかしていいものではないし、相手が段階を追ってロジックを吸収してくれるよう、あらかじめ設計したロジックに沿って話すことが必要です。


 また、「反発を買わない話し方」というのも大事です。とりわけ女性の正田の場合、「あたしえらいのよ」という態度はたちどころに反発を招きます
(スピーカーが男性コンサルタントの場合、「自分はこんなにえらい、あんなにえらい」というマウンティングのようなフレーズもよく入りますが)
 人は、自分が反発している人の言葉は耳に入らない。先日のプレゼン大会のような場で、1人、極端に攻撃的な態度で話し話題にする人を次々貶めるような人がいましたが、その人には質疑の時間、とうとう質疑の手が上がりませんでした。また、会場参加者にインタビューしたところ、その人の話の内容は印象に残っていませんでした。


 人に何かを教えるときどんな心のあり方で話せばいいのか、を以前、「人に教えるということ」という記事にまとめました。

 http://c-c-a.blog.jp/archives/51754001.html


 この記事を引用するのはもう何回目になるでしょう・・・、

 
 要点としては、

(1)人に教えるのは自分を大きく見せるためではない。虚勢を張らず、かといって自己卑下することなく、等身大の自分を引き受けて話せ
(2)「相手のために」という気持ちを濾過して絞り込んだものを話せ

ということを言っています。
 これは話す内容が正しいかどうか、とは別の話であります。正しい内容を話すことは大前提であります。


 わたしのみたところ、ほとんどのコンサルタントの先生は(1)がだめです(だから偉そうにはみえるけれど内容は頭に残らない)
 また、ほとんどの大学の先生は認知能力の偏りがあるせいか、(2)の「相手のために絞り込んだものを話す」ということができません。知識をひけらかしあれもこれもとしゃべり散らかして要点がわからなくなり、忙しい現場のマネジャーがどう行動したらいいのか、一貫した指針を与える、ということに気持ちが向きません。


 人が生身の人から真摯に「学ぼう」と思うときは、(1)の「偉そうにみえるマーキング」は要らない、むしろ邪魔なのだと思います。(これは情報として全然要らないというのではなく、指導実績がサイド情報としてよそから耳に入っている、というのが望ましい。錦織圭選手がチャンコーチの言うことを「指導実績のある人だから」と素直に取り入れたように。なので事前告知や講師紹介は大事なのです)


 ただ少し脱線しますと、恐らく人事の人は「自分が内容を無心に学べるか」よりも、「偉そうにみえる人を会社に連れてくるか」を気にかけるので、「偉そうなマーキング」があったほうが嬉しいのだと思います。それは肝心の最終ユーザーであるラインマネジャーが喜んで学ぶかどうか、とは全然別のロジックであります。


 スピーカーとしてのわたしの性格上、いくら「人事の人」が「偉そう印」が好きで必要だ、と頭ではわかっていても、自分の行動として「自分は偉いんだ」ということが言えるかというと、うーん。
 「この教育プログラムで12年、1位マネジャーを作ってきました」
ぐらいは事実として言えますけれどそのへんが精一杯ですね。

 


 さて、脱線から戻ります。

 上記の記事「人に教えるということ」は、読んだ人にオキシトシン―セロトニン的な心の平穏をもたらすようです。それで、プレゼン前の緊張している人に読むよう勧める、ということもします。その助言に従った人はいいプレゼンをするし、従わなかった人は、何のために話しているのかわからないようなプレゼンをしました。ということで効果てきめんなわけですが、、


 
 人前で話をすることが、ドーパミン的な、つまり承認欲求過剰的な、「ボクを見て、ボクを」という心の状態をもたらすことがあります。
 そうした神経化学作用はたぶん個人差があるのですが、人によってその傾向がとても強い人がいます。
 たとえばその1つの症状で、話すスピードがどんどんゆっくりになってきます。
 推測すると、内容は一緒でもスピードを落とすことで、話す時間を長引かせることができ、その分人が自分に注目してくれる時間を引き伸ばすことができるんです。
 しかしそれは内容のなさが一目瞭然ですし、スピードがある程度以上ゆっくりになってしまうと、聴き手は内容を聴き取るのに困難を生じます。
 結果的に何を聴いたのかよくわからないプレゼンになってしまいます。情感豊かなのは伝わったかもしれないですけどね。演歌みたいなものですね。理屈はまったくない、感情だけの世界になります。


 もう一方には、テストステロン―ドーパミン的な、攻撃的で底意地のわるい、オレがオレがの悪質なナルシシズムに陥る人がいます。これは先ほど言った、あの人もこの人もこき下ろすような話の仕方になります。まあ政治家とか政治評論家にもいますしお笑い芸人にもいます。TVには最初からそういう人があふれているかもしれませんが。TVがそうだからといって普通の社会人がそのまねをしていいわけではありません。そういうものに影響されるのは若者が2ちゃんねるに影響されてとげとげしい攻撃的な物言いになるのと同じようなものです。いずれにせよそのタイプのプレゼンは人々が聴く耳を持ちません。そういうのは自然の摂理で上手くできている、と思います。


 いずれにしても、良い心の状態で話すということは絶対条件です。たとえ直前に嫌なことがあってもそれと目の前のプレゼンを切り分ける。話している最中に自分の中にナルシシズムが湧いてくるのを意識して抑制する。心のありかたはスピーカーが発散するエネルギーの質になって、いいにつけ悪いにつけ会場に影響を与えます。


 「承認研修」の場合は当然、会場に美しい感情が流れるよう努力します。人びとをリスペクトし、幸福を願い、仕事が効率よく回り上手く循環することを願う態度で臨みます。自分より他人に意識を集中します。


 その発露として、また次の段階、論理的に組み立てたり頭に残るようなフックを作ったり、会場の人々とオープンな態度で対話して、ということをするのですが。


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 NPO法人企業内コーチ育成協会の団体理念。

 もう、これを書くのも最後になるでしょう。


ミッション

■承認中心コーチングを応用したリーダー育成により、活き活きした人の創出と経済活性化に努めます。
■上記の目的に資するため、承認中心コーチングの活用事例や成果を社会へ向けて発信します。
■自主・尊重・友愛の精神に基づき、人と人とのよりよい関わりを模索します。


 行動規範

○私たちは、組織の上下、内外にかかわらず、互いに尊重し、承認しあいます。私たちは、   人としての基本の敬意、礼節、思いやり、誠実と正義を大切にします。
○私たちは、約束を守り、行動する勇気を重んじます。私たちは、つねに自己責任の感覚をもち、社会、顧客、仲間、自己それぞれに対して力の限り責任を果たします。
○私たちは、理性と感情の両方を重んじます。私たちは、よき社会人として節度をもち、法令を重んじ、倫理と規範ある行動をとります。私たちは、他者の感情を思いやり、自己の感情を認識し制御し、適切な形で伝えます。
○私たちは、つねに謙虚に、あらゆる場面で学び続けます。




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp