「研修副作用」について書き始めてしまったので、もう一方の対極にいる「正しくないし、めんどくさい人たち」のことも書いておこうと思う。


 これはここ数日のうちに会った人たちとは何の関係もないことだけれど―、


 当協会のやっている「よのなかカフェ」では、何度となく「高齢者男性が正しくない発言をする」という現象があった。

 そのうちの1つの例は、去年の夏、「承認」をテーマにした回のもの。


 わたしが直前の製造業での「承認研修」前後の統計数字などをとりあげ一通り説明したあと、参加者には感銘の声もあれば、文脈に関係なくワークライフバランスについて語る人もいれば、反発して「お嬢ちゃんには現場に入れないよ(入りましたけど、直前の研修でも)」という声もあれば、


 そして終了まぎわ、ある70歳代の男性参加者が言ったこと。

「承認が作ったおかしな人格、その典型的な例が元首相のHYですよ」

 妙に確信をもって決めぜりふ風に。

 おやおや。
 HY氏は確かに変な人格だと思うが、わたしからみるとそれは「承認」とは別に関係がない。宇宙人のようなキャラと原色の変な色調の服、あれも「当事者の会」の人がみたらどうコメントするかなあと思うが…、
 たぶんに先天的なものだとわたしは思う。多少は甘やかされて強化されたところがあるかもしれない。そのことも、わたしたちの基準では「承認」とは言わない。


 でも、この根拠薄弱な変な発言が出たとき、その日の司会(これも70歳前後、男性)は「承認の権威、エキスパート」であるわたしにコメントを求めず、時間切れとしてよのなかカフェを終了してしまったのだ。

 結果的に、「HYのおかしな人格は承認が作った」という根拠薄弱発言が、その場全体の決めぜりふのように印象づけられてしまった。わたしからみると50歳女性のわたしの出すエビデンスに対する悔し紛れの捨てぜりふに過ぎないゴミ発言が。


 高齢者男性は往々にして間違ったことを言うし、言ってしまったら引っ込みがつかない。そのめんどくさいプライドを尊重すると、場全体が間違ってしまう可能性があるのだ。

 この回のよのなかカフェは「疲れた」ので、とうとう詳報を上げなかった。


 これはあくまで一例で、よのなかカフェはそれまでにも、団塊世代の男性の発言内容や発言マナーがあまりにひどいので、一時期「60歳以上お断り」にしてしまったことがある。

 ―彼らはバブル期の営業方法を身につけているので、権限をもった立場の人に媚びを売って楽しい会話をするのはやたらと上手いかもしれない―

 現在は「人を見て」門戸を開けている。



 さきほどの根拠薄弱発言の人は論語などを教えるその地域の「先生」だったが、それである程度見識のある人かと思って参加を許可したのだが、それでも「50歳女性の正しさ」の前には、そういう態度をとった。

 彼らは、正しいか正しくないかより、自分の優位を示したい一心で正しいことを言う人と違うことをあえて言うことがある。同意すべきものに同意せず、向こうを張る、大上段に。要はマウンティングが目的の発言、ナルシシズム発言なのだ。


 
 もちろん高齢者男性みんながそんな人間なわけではない。女性差別と高齢者差別、どちらも良くないことだ。
 ただし、世間にまかり通っている常識というか迷信というのは、「高齢者のほうが正しく、50歳女性の正田はそれに比べて正しくない」というものだ。


 わたしはこれまでの経験上思うけれど、「高齢者男性」と正田、もし意見対立が起こったら正しいのはおおむね正田のほうだろうと思う。正田はそもそも自分のよく知らないことについては「聴く」「学ぶ」「教えてください」というスタンスをとるので、対立自体が起こらない。

 逆に、正田が確信をもって「それは違います」と言ったら、かなりの確率で正しいのは正田のほうだ、自分の専門分野については誰よりも緻密に正確にみている人間だから。だからこそ「12年1位マネジャー」を作っているのだから。


 だから、恥をかかないでおこうと思ったら、高齢者男性も正田の専門分野に関しては素直に頭を垂れて学んだほうがいいと思う。自分の知らないこともあるのだ、と知ったほうがいいと思う。

 くれぐれも、正田のブログで読んだ知識を使って、当の正田先生に説教しよう、なんていう混乱した行動をとらないように。



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 「真摯な人」は瞳孔(黒目)が大きくなる。

 カラコンなどでごまかせそうだが、1人の人の経時的変化をみる、というお話。
 
 難しい計算問題をしているときの人の瞳孔の面積は、ふだんの時より50%大きくなるという。

 http://c-c-a.blog.jp/archives/51849252.html

 わたしがある人を「真摯だ」と判断しているとき、やはり黒目の大きさ(1人の人の中の変化)を無意識に参考にしていると思う。

 たとえば直前にわたしのやっている分野に関する面白おかしい新聞記事を読んだり話題にした人は、黒目の大きさがそれまで見慣れた大きさより小さくなる。それは、「知ってるつもり」になって、「ふん、この人のもってくる話題に関してはこの程度しか考えなくていいな」と、「認知的負荷」を無意識にケチるからだ。

 そして会話の質は低くなる。よく考えずに「反応的」に出て来た言葉が多くなる。話題への集中度合いが低くなる。


 申し訳ないがやはり貴重な時間を有効に使いたいので、目の前の人の「真摯さ」を、会話の推移と黒目の大きさを基準に判定したいと思う。


 なぜこの問題が致命的になりやすいかというと、正田のやってることというのが、恐ろしく大きな波及効果があり、それを意図して恐ろしく緻密な仕事のやりかたをし、要は認知能力をフル稼働しなければ行うことも理解することもできないことをしているからである。認知的負荷をケチった状態で理解できることではない、TV番組の「ネタ」レベルの話ではないのだ。




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp