わたしはよくこのブログで「アリとキリギリス」の比喩を使う。


 たとえば、こちらの記事


◇「認めて欲しい」から「認め合う」へ アリとキリギリス 「『絆』社会の幸福と焦燥」に寄せて

 http://c-c-a.blog.jp/archives/51827102.html


 イソップ童話のアリがせっせと働いているときにキリギリスは楽器を弾いている。

 人間にも「働く」ほうの人と「表現」の世界に生きる人がいる。

 遺伝形質としては、何対何ぐらいなのだろう―。

 キリギリスはパフォーマンスでお金をもらうけれど、それはアリが働いて余剰な富を稼いで払ってくれるからである。

 ぐらいのことは、わたしのようにお金に異様に疎い人間でもわかる。

 
 大学の先生、コンサルタント、ジャーナリスト、アーチスト等は「アリかキリギリスか」で言えば概ねキリギリスであり、とりわけ「アリの仕事の世界のロジック」について皮膚感覚でわからない。往々にしてすごく変なことを言う、「モチベーション」に関しても。


 上記の記事は、劇作家の方の書かれた「ロマンチックな」新聞コラムにわたしがかみついて反論したもので、我ながら嫌な人間だなあと思う。


 でもそういうキリギリスタイプの人ばかりが人目につくところで発言していたので、普通の素朴な人の仕事のロジックが日の目をみなかったのだ。


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 口では「未来」についての言葉を口にするが身体が動かなくなってきている。何かが変わってしまった。

 Nさんのインタビューだけでも完成させないと。