久々に明るい話題(批判でない話題)です。

 先日、「ブログ発・幸せな発達障害部下?」の記事に登場されたブログ読者の方(仮にY子さんとします)から、このときの部下の方について詳細なエピソードを綴った体験談が届きました。Y子さんのもとで仕事に自信をもち、障害とも向き合い人生全般幸せになってしまった、というお話です。
 

 能力の凸凹があり、ある部分ではすごく有能だけれど時間管理ができず、プロジェクトを完遂できそうにない部下。マネジャーとして初めて直面するタイプの部下に戸惑い悩んだすえ、Y子さんは自己流で、この部下のために「詳細なタスク分解をし、スケジュールを把握し、細かくGOとSTOPをかける」というやり方を編み出します。そのやり方は、「行動承認」の応用編のようなものでした。細かく分けたタスクを達成するごとに承認を与え、自信を持たせて前に進ませました。

 その結果この部下は、「生まれて初めてプロジェクトを1人で完遂できた」と言いました。
 だけでなく、自ら医療機関に赴き発達障害の診断を受け、障がい者手帳も取りました。職場でも障害をオープンにし、自分の出来ること、出来ないことを周囲に伝えて仕事をするようになりました。

 さらに半年後には結婚もし、今は幸せに暮らしているといいます。
 結婚式にもよばれたが上司のY子さんは都合で行けなかった。その後、「自分が障碍者を作り出してしまったのではないだろうか…」と悩み続けたそうです。

 一方で、「大人の発達障害」の本も読み、さらにこのブログの一連の発達障害に関する記事を読むことで、「あれで良かったのだ」と氷解したそうです。


 このくだりでY子さんの記述が心に沁みます:

私のとった方法が正しいものだったのどうかは、未だ自信が無い。ただ、Aさんがプロジェクトの完遂を成功体験として認識したことは、心から嬉しかった。そして、発達障害であることを受け入れ、その中で自分なりの働き方を見つけようとしてくれたことについては、驚きをこえ彼女の勇敢さに尊敬すら感じた。

彼女のことを思い出すと、仕事をする、働くということを通して人が得られる意味の重さ、その貴さの前に、跪いてひれ伏したいような気持ちになる。(太字正田)


 働くということの意味の重さ、貴さ。
 
 そうなのでした。
 人はこれほどに、働くという行為から人として自信を得、そこから人生すべてを変え得るのでした。

 そしてこの部分を読んで、わたしは思い出したのでした。なぜ、「マネジャー教育」というドメインを自分が選んだか。

 通信社記者、主婦、母親、医薬翻訳者、というそれまでの経歴から連続性がありません。でも、「いや、恐らくこれが正解だから、これをやるしかないんだ」と思ってきました。

 それは、人がもっとも人として誇りを持って生きられるのは「仕事」の場であり、それは上司のマネジャーからの働きかけによってもっとも効果的になされる、とわかっていたから、ではないでしょうか。

 もっといえば人が仕事の場で誇りをもった存在でいられるとき、その人は家庭、地域でもよいメンバーでいられ、ひいては子供さんたちにも良い影響を及ぼすことができる。
 子供たちの幸せは親御さんに大きく依存するのだけれど、じゃあ親御さんの幸せや誇りや子供を愛する能力を育めるのはどこか。それは「職場」なのだ。

 社会に幸せの連鎖を生む、その頂点は職場にある。もっといえばマネジャー(経営者を含む)に。決して、同じことをご家庭から発してできるわけではない。


 そういう「結果」が見えていたので、自分自身マネジャー経験がなくてもマネジャーに教える仕事をするという無謀な賭けに出たのでした。
 不思議なことにマネジャーたちはそんなわたしを許容してくれました。許容しなかったのは「間の人」たちですね。今でもしつこくその人たちに「主婦」って呼ばれますからね。

 長い間の「間の人」たちの無理解で、心や身体に随分ガタがきていますけれど、やはり「この教育」が人々に作り出すことのできる幸福のスケールの大きさは、それとは引き換えにできないものです。

 いえ、お蔭様でこのところ皆様に良くしていただいています。
 

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 上記の記事で「子供さんの幸せは親御さんに大きく依存する」ということを書きましたけれど、ちょうど昨日「小学生の暴力行為が過去最多」というニュースが流れました。中高生の暴力行為が減っているのに、小学生さんに増えているといいます。

 わたしなどは「ああ、スマホ(親世代の)だなあ」と直感的に思いましたし、また専門家の方々は様々に分析しておられるようですのでちょっと資料を集めたいと思いますが、
 大げさに言えば、「社会崩壊の危機」が、はじまっているのではないか、という予感があります。

 既に小学生さんになっているお子さんたちが前頭前皮質/実行機能の発達が大きく遅れ、行動抑制ができない、という事態だとしたら、何がしてあげれるのでしょうか。

 教育すべきはお子さんでしょうか、親御さんでしょうか。

 すっこんでろ団塊。いやなんで今それが出てくるの。

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 先日研修をさせていただいたベーカリーチェーン「リヨンセレブ」の牧田社長より、「正田の第一印象」を教えていただきました。

 牧田社長は今年5月の連休前後に史上初の「メールサポート」を受けて「行動承認の宿題」に取り組まれ、見事飯田GMほか社内の人との関係を改善され、その効果に確信をもって翌6月、当方に社内研修を依頼してこられました。

 さらに6月中旬、飯田GMとお2人で関西まで正田を訪ねてこられました。お忙しいトップとNO.2が日程を合わせて関西に1日来られるというのはそれだけで大変な決断だったでしょう、わあ「三顧の礼」ってこういうことを言うのかしら、と正田は柄にもなく感激しておりました。

 ちょうど新大阪で企業研修があった日の夕方に駅で待ち合わせてお会いしました。
 その日の正田の印象というのは―。

 ここからは牧田社長のメールからの引用です。

さて先生にお会いした時の印象は、品格もあり丁寧で印象の良い方だなと思いました。私はそういう方と話すのは実は苦手なほうで、(自分は品がないので)ちょっと緊張感が走りました。
その後お話ししていく中で、少し先生が引かれているのかなと感じる場面もありました。でもそんなことはないはずなのにと思い直したりしました。何とかやってもらえることになり、安堵して帰った記憶があります。
帰りに飯田GMの印象は、先生は自信がないようだったけど、大丈夫ですかね?と言ってきました。私の勢いに押されてしまわれたんですかね?でも社長の私の印象としては、「うちのような会社の講師経験が少ない事を心配されているのか?わからないけど、当社には必要なので先生にかけてみるしかないね」という結論で話は終わりました。その後、正田先生と当社とのやり取りの中で、机の位置やどこまでコーチングを社内に落とし込んでいるのか等のやり取りの中で、講習を充実した内容にしたいという先生の思いが伝わってきて、私も飯田GMも安心した思いがありました。現在は何の心配も無く、本当に良かったと思っています。



 「品格もあり丁寧」だって…その当時はあまりブログを更新していなかったので、最近のような悪口雑言の文章を牧田社長にお目にかけないで済んだみたいですね(苦笑)

 「自信がない」というのは多分本当にそうだったと思います。多分性格的に「自信のある」表情など一生できないのかもしれませんが―、

 ベーカリーチェーン様での講師経験がなかったというのも本当です。加えて「職人気質の人もおり、難しい」ということも伺っていたので、「どう難しいの?どんなわだかまりがあるの?」という疑問とプレッシャーが頭の中でぐるぐる回り、
(実際には研修でお会いした店長、リーダー様方は職人出身の人も気持ちのいい人ばかりだった)

 いつも研修前は情報収集をしたがるのですが必要な情報を事前に十分入手できるだろうか、とか、
 研修は水もの当日何が起きるかわからない、とか、

 要は、『行動承認』のせいで研修効果についての期待値が上がってしまっているので、事前期待が高ければ高いほど正田は自信のない表情になる、という現象なんですけどね。


 なので、これからお会いする方々も、どうか「正田の自信のなさそうな様子」は、あまり気になさらないでください。いつものことですから。多分本番になると腹をくくってしゃきしゃき喋るとおもいます。そして結果を出すとおもいます。


 牧田社長、わたくしからの変なお願いに応えていただきありがとうございました。


(一財)承認マネジメント協会
 正田佐与