先日、「コミュニケーショントレーニングは『徳』に至る手段c菊池省三先生」ということを書きましたが、

 やはり哲学・倫理の素養のある人もコミュニケーショントレーニングが必要、ということを最近思いました。

 たとえば、

「さえぎらず聴く」
「質問を発したら、待つ」
「話しながら激さない」
「自分ばかり一定時間以上話さない」
「会話の中でいくつもの話題を自分が話すときに入れない」
「相手が何かしている最中にあまり矢継ぎ早に話しかけない(相手の認知的負荷をおもんぱかる)」

など、「行動抑制」に関わること。当たり前だけどやっぱり大事なことです。恐らくトレーニングを受けないとできないことです。

 会社では、上司がこれらをやるだけで部下は疲弊してしまいます。
 そして上司になったらだれも注意してくれる人はいません。

(なお「正田は行動抑制ができてるのか?」というツッコミは、無視します)


 そして「行動承認」の場合は、前提として「みる」トレーニングが入ります。
 部下の仕事ぶり、行動ぶりを一定時間継続して「みる」。そして相手の行動の記憶を蓄積し、それを事実そのとおり言語化する。
 これらも、そういうものだとわかった上でトレーニングしないとできるようになりません。すごく単純なことではあるんですけれど。


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 「哲学」分野の人でよくいらっしゃるのが、「思考」の強みが優れていて、ものごとをすべて「認知のレベル」で理解しようとします。
 「思考」の強みが優れている人は、「感情」をバカにしやすい。女子供のめめしいもの、と思いやすい。
 こうした人と「承認」について議論しても、しょうがない。役人や記者にもそういう人がよくいます。

 ほんとうは「思考する力」と「感情認識力」は、トレード・オフ関係なのではなく独立した因子で、どちらも優れている人も世の中にはいらっしゃると思います。

 正田は決してそれほど「感情的」な人間ではなく、「論理8:感情2」ぐらいの人間だと自分では思っていますが(ほんとか?)
 それでも、こうした「思考」に偏った知覚感覚の人に対しては、
「あなた、頭だけで物事を理解してもしょうがないよ」
と思います。
 視覚や身体感覚も総動員して理解しないといけないものが、世の中にはあります。「承認」もその中の1つです。

 そして身体感覚は―、残念ながら、子育て経験のある・なしがかなり大きく影響します。「ない」人はかなり努力していただかないといけないかもしれません。

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 拙著『行動承認』は、現場のリーダーにも読んでいただきやすいようできるだけ平易な言葉で書き、かつ論理だけでなく、視覚や身体感覚まで総動員して味わっていただくことを狙って書きました。

 「承認」で幸福な状態になった職場を視覚的、身体的に味わっていただくこと。
 そこに行くまで暗中模索を繰り返しときには自己嫌悪、自己否定にまで陥ったリーダーたちのこころの軌跡も味わっていただくこと。

 残念ながらそれは読解力に依存したりもするんですけどね―、幸い、セミナーテキストとして読んでいただいた現場の方々には、それはリアルな物事として受け取っていただけたようです。

 わたしに対して「行動承認」についてのさまざまな質問を発したい方は、まず拙著を読んで視覚、身体感覚まで総動員してその幸福の世界を体験していただきたい。
 そこまでやって「これはリアルなものなんだ」と実感してから、理論上の色々なことについて質問していただきたい。
 
 そういう要求をするのは、決してわたしが傲慢なのではないと思います。

 あの本で言語による表現を尽くして幸福の状態をリアルに描いたものを、立ち話のような会話で再現できるわけではありません。230ページ分の情報量は、まずは読んでください。

 ひょっとして、「この教育」が実現してきたものは、ヘーゲルもカントも実現しえなかったものかもしれないのです。またしょってる発言。カントも勉強しよう。

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 シルバーウィーク、読者のみなさまはどんな風にお過ごしになりましたか。

 正田は1日和歌山方面に行って観光&友達に会い、
 最終日は、地元神戸・板宿の「井戸書店」さんに行って、寄席を聴いてまいりました。
 店主・森忠延社長の創作落語(桂三枝師匠の)「読書の時間」、お腹がよじれるほど笑いました。



(一財)承認マネジメント協会
 正田佐与