今年出た資本主義論の中の「白眉」である『ポスト資本主義』の著者、広井良典氏(千葉大学法政経学部教授、科学哲学専攻)より、新たに「承認論」について大変興味深いご示唆をいただきましたので、ご紹介したいと思います。

 ちなみに『ポスト資本主義』については、当ブログではこちらにご紹介しております

 アカデミズムからの責任ある論考、「福祉」と「環境」の興味深い相関―『ポスト資本主義』をよむ
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51921557.html

 ここでは、4つの自然観が最終的に帰結するものとして、また定常化社会に移行する時期に生まれるであろう「心のビッグバン」「文化のビッグバン」を経て「地球倫理」というものが生まれるとすれば、その候補になるものとして「アニミズム」というものに言及されています。ここから広井教授は、「鎮守の森エコプロジェクト」すなわち村の「神社」などに自然発電の拠点をつくる、というご活動を独自にされています。


 今回のやりとりの舞台はフェイスブックメッセージで、広井教授にお友達承認をしていただいた返礼としてわたくし正田が書いたメッセージから始まりました。

正田:「広井先生、ご承認ありがとうございます! FBページで広井先生のリアルなご活動の一端を知り、益々勉強になります。
このシルバーウィークの連休で熊野方面に参り、先生が仰った『アニミズム』をまだ体感できていないけれどこういうことかなあ、と思いました。これからも色々勉強させてください。よろしくお願いいたします。」


広井教授:「メッセージありがとうございます。それは幸いで、前から少し思っている点ですが、アニミズムや自然信仰(自然とのつながり)は、ある種の『承認』をもたらすもののようにも思います(自己の土台、よりどころのようなもの)。通常の意味の他者からの承認とは異なりますが、このあたりは結構おもしろいテーマかもしれませんね。」


正田:「広井先生、メッセージ頂き色々な意味でびっくりいたしました。
 あえてお伺いしてみたいことがあります。 広井先生にとって、自然信仰やアニミズムの対象物に向き合っておられるとき、自分がそこからある種の『承認』を得られていると感じるとき、その感覚を何と名づけますか?
 わたしどもでは、マネジメントの中で『承認されている』と感じたとき、『みていてくれてるんだなあ』という感覚がわき、幸福感につながり行動や成長につながります。この感覚に何かもっといい名前をつけられないか?と思っているのです」


広井教授:「メッセージありがとうございます。さすが正田さんで、根源的な応答をいただき感謝いたします。その点は私もまだ探究途上のものですが、『みていてくれている』というよりもう少し広い印象のもので、自分が生きている土台というか『根っこ』があるといった感覚でしょうか。また、『包まれている』という感覚ともつながり、さらに角度をかえて言えば『世界(宇宙)の中の自分の居場所』とでも呼べるかもしれません。 正田さんとのやりとりで『承認』のテーマが私にとって別のテーマだったもの(自然のスピリチュアリティ)とつながり幸いでした。」


正田:「広井先生 ありがとうございます!こちらこそ、本来広井先生が大事にしてこられ現実に『鎮守の森エコプロジェクト』のような形で取り組んでこられたアニミズムというテーマについて、『承認』との共通性を語っていただけたということは望外の喜びでした。別個のものとして在るのも仕方ないのでは、と思っていました。
 連休に友人と議論したことで、承認はドイツ観念論から生まれそこでは人はまず神から承認を受ける、神による承認を起点として人同士の承認が生まれる、と考えたのだから日本には根づかないというのが友人の説だったのですが、私はピアノやバレエやバイオリン等本来日本文化の中になかったものを受容して今は日本人が国際コンクールで優勝するようになっている、それと同様に日本的な承認の受容と発展があってもいいのではないかと思っていました。なので広井先生からのご示唆はタイミング的にも目から鱗で、そうか自然信仰を起点とした承認があり得るのだ、と思いました。」


広井教授:「書かれている点そのとおりで、私も承認というテーマは広い意味での宗教と深く関わると思ってます。以前ケアというテーマに関し、『絶対的なケアラーとしてのイエスとブッダ』ということを書いたことがありますが、ここでのケアラーは「(自分を)承認してくれる人」ともいいかえられると思います。
 ちなみに承認論を含むポジティブ心理学について、統合医療でよく知られたアンドリューワイルさんが『ワイル博士のうつが消えるこころのレッスン(原題はSpontaneous Happiness〕)』で評価しながら関連して『自然とのつながり』の重要性を指摘していますが、その中でリチャード・ルーヴというアメリカの作家の『あなたの子どもには自然が足りない』という本(アメリカでベストセラー)での「自然欠乏障害nature deficit disorder」というコンセプトを重要視しています。多少話題を広げてしまいましたが、私自身はこうした自然とのつながりが大きな意味をもっていると感じています。大変有意義なやりとりができて幸いでした。」


・・・やりとりは以上です。
 以前拙著『行動承認』について、「土台に哲学的な思考」と勿体ないような賛辞をくださった広井教授でしたが、今回はメッセージ中にもあるように、同教授ご自身の長年取り組んでこられたフィールドと共通するところに「承認」を位置づけてくださったことは、また望外の喜びだったのでした。

 自然から承認されていると感じるときの、
「包まれている」
「自分の土台、根っこ」
 こういう感覚の下位概念として、
「みていてくれるんだなあ」
を位置づけることができるかもしれない。
 「承認」の与え手が人間であるとき、そこに「みる」というフィジカルな行為が介在するので、「みていてくれるんだなあ」になるわけですが。
 古来、武将や僧侶や修験者たちは山に向かいましたね。
 崖っぷちに立って、「神仏もご照覧あれ」なんて言いましたね。

 6月ごろこのブログにも、
「私はクリスチャンだから、神様がみていてくれる、という感覚があるんです」
と仰ったリーダーの方がおられましたね。
 それが、「神様」をもたない平均的な日本人だとどうしたらいいか?というと、自然から発する承認を受け取ることができるかもしれない。
 それを起点として対人の承認をすることのできるリーダーや教育者の方もいらっしゃるかもしれない。

 不肖正田は、「この手法は人間社会を幸せにするんです!」と、誇大妄想かと思われるようなことをすぐ言います。そしてアカデミズムの世界でまともに評価してくださる方は、「承認論」以外の世界の方は皆無でした。とりわけ前にも言いましたように、経営学、経営教育論、心理学、等の方々はそうでした。


 あとは、感激して言葉が出なくなってしまったので、読者の方々の評価をまちたいと思います。

 でも受講生様方、大丈夫です。この道は正しい道です。太古から人類が歩んできた道の続きです。自信をもって、引き続きお取り組みくださいね。



(一財)承認マネジメント協会
 正田佐与