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 『21世紀の脳科学―人生を豊かにする3つの「脳力」』(原題’SOCIAL Why Our Brains Are Wired to Connect’、マシュー・リーバーマン、講談社、2015年5月20日)を読みました。
 「ソーシャルブレイン」「つながり脳」の系統の脳科学の本。この手の本が好きなのは決して広井教授に影響されたからではないと思います。わたし自身のもとからの選好だと思います。

 脳科学本としては“軽い”文体の本なのでささっと読んでスルーできるかと思ったらあにはからんや、正田の分野的には読み過ごすことのできない重要な知見、主張がたくさんありました。
 例えば「マズローの欲求五段階説」の解体、欧米的「自立した個人」の幻想、スティーブ・ジョブズのスピーチへの反論…。

 今回は二部構成として、まずは本書の内容を一通り押さえたうえで、別建てで正田のほうに引きつけた考察の記事を書きたいと思います。

 著者は、「カリフォルニア大学ロサンゼルス校心理学部教授、精神医学・生物行動科学部教授。社会認知神経科学分野において、世界で最も注目される研究者のひとり」と紹介されています。本書の中ではfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた実験が多数出てきます。若手研究者に贈られる賞を2007年に受賞したとありますが生年が書いてない…。たぶん若いんでしょう。まあいいや。

それでは恒例の抜き書きでございます。(特に断りのない場合は要約)今回はワード20pになってしまいました。職場活性化や教育現場への応用についても終章近くで触れているので、ご興味のあるかたはこの記事をうしろからお読みください。

●大統領選も「自分でなく、他人がどう思うか」に左右される。1984年、レーガンとモンデールのTV討論を聴いた人は、「レーガン健在」と信じたが、それはTVスタジオの聴衆の笑い声に左右されていた。

―アメリカのTV番組の聴衆って大しておもしろくないところで笑いますよねー。あれがいつも不思議でした

●「社会的思考」と「非社会的思考」の定義。
本書で述べる「社会的思考」とは、自分自身と自分を取り巻く周囲との関係や、社会のなかで自分がどう行動するのかを考えるための思考である。つまり、周囲のできごとや社会生活のなかで受け取った情報を処理して、自分自身を知ったり、相手の心の状態を読み取って他者を理解したり、周囲の人間関係について考えたりして、社会的に行動するための思考と言えるだろう。社会的思考に優れた人は、他者とうまく交流したり協調したりして、豊かな人間関係を築き、充実した社会生活を送る能力の持ち主である。
 
 一方の「非社会的思考」とは、文字通り、社会的思考以外のあらゆる思考を指す。そのなかには先にも述べた、チェスをしたり、微分積分を解いたり、ものごとを論理的に分析したりする抽象的な思考能力ももちろん含まれる。世間では、論理的思考能力や分析能力に優れた人を「頭のいい人間」と見なす傾向にある。

●社会的思考と非社会的思考とを脳はまったく別の領域で扱う。そのため複数の領域が連携し合って働く、それぞれのネットワークが発達した。しかもそのふたつのネットワークは、たいてい“互い違いに”働く。社会的思考のネットワークがオンになると、非社会的思考のネットワークはオフになってしまうのだ。

―ここです。少し前の記事で「論理的思考能力と感情認識力はトレードオフ関係ではない、両方優れた人もいらっしゃる」という意味のことを書きましたが、現実には両方優れている人は珍しく、とりわけ学者さんやコンサルタントさんの業界は論理的思考能力「だけ」が強い人が大半を占めている。その人たちがモチベーションを語ると非常におかしなことになる、ということを正田は前から言っていたわけですが。
「両方優れた人」というのは、相当意識してトレーニングした人たちなのかもしれないです。

●自己とは、私たちが考えるような“難攻不落の砦”に囲まれたものではない。それどころか、周囲の考えや価値観を簡単に取り入れる“スーパーハイウェイ”のようなものだ。自己という概念を生み出す脳の同じ領域を使って、進化は、私たちのなかに社会の信念や価値観をうまく取り入れる仕組みをつくり出した。こうして、私たちは自分でも気づかないうちに外部の信念や価値観を自分自身のものと思い込み、社会規範に従い、集団や社会との調和を図ろうとする―そしてそれこそが、進化が私たちに与えた第3の脳力「調和する力」である。

●私たちが言語を獲得したのは約5万〜数十万年前と考えられている。それに対して、私たちの祖先が社会性を獲得したのは、少なくとも哺乳類が地球上に初めて誕生した約2億5000万年前にまでさかのぼる。つまり私たち哺乳類の祖先は“社会的動物”になることで、厳しい生存競争を勝ち抜いてきたのだ。…となると、人類が持つ優れた特徴とは、言語でも理性でも拇指対向性でもなく、進化が私たちに与えた「社会性」と言えるのかもしれない。

●第一の脳力「つながる」。哺乳類が初めて誕生した時、進化は私達の祖先に「社会的苦痛」と「社会的喜び」という、ふたつの基本的な動機を与えられた。未熟なままで生まれ、ひとりでは生きていけない乳児は、常に養育者とつながり、世話をしてもらう必要がある。そこで乳幼児の脳は、養育者から放って置かれるという社会的な分離を、「社会的苦痛」として感じるように発達した。一方の養育者の脳も、我が子の世話を報酬と捉え、「社会的喜び」を感じるように発達した。…しかも、養育者と常につながっていたいという乳幼児期の欲求は、成長後も失われず、生涯にわたって私たちの考えや行動を決定づけるのだ。

●第2の脳力「心を読む」。人や集団や社会とつながり、また他者と戦略的にやりとりするために、進化は私たちに、もっぱら他者の心の状態を読み取るための脳のネットワークを与えた。相手の考えや目的や意図を読み取る脳力のおかげで、私たちは協力し合って難しいアイデアを実現したり、周囲の人間の望みや欲求を予想したりして、集団をスムーズに運営できるのだ。まず「心の理論」、さらに「メンタライジング系」と「ミラー系」という2つのネットワークはそれぞれ異なる機能を持ち、たいてい相互補完的に働く。

―共感の回路。2つのネットワークのそれぞれの役割も後の章で注目です。ちなみに「行動承認」はそこで何をやっているのかというと…。

●第3の脳力:「調和する」:自己観―「自分とは誰なのか」という概念―を生み出す脳の領域は、私たちが周囲の影響を受け、社会の規範や価値観を取り入れるルートでもあるのだ。脳はその同じ領域を用いて、当の私たちも知らないうちに、外部の信念や価値観を私たちのなかにこっそりと運び込んでいる。こうやって私たちの脳は、社会の規範を内面化し、その上に自分自身の自己観をつくり上げ、私たちが外部の信念や価値観に従って考え、行動し、社会の調和を生み出す仕組みをつくりだしたのである。

―「規範の内面化」に関する興味深い考察。後の章では「トロイの木馬」という比喩も用いられています。実はここも、「承認をするとなぜ(部下の)規範意識が高まるか」という点で要注目です。


●脳の「デフォルト・ネットワーク」。1977年、神経学者のゴードン・種ルマンはPET(陽電子放射断層撮影)を用い、「認知、運動、視覚的弁別課題を行っていない時に活性化する領域」を発見した。これを「デフォルト・ネットワーク」とよぶ。何かの課題が終わったときに“デフォルト(初期)設定として現れるネットワーク”という意味。このネットワークと脳の社会的認知ネットワークとがほぼ一致する。休み時間、脳は活発に動き、社会のできごとや周囲の人びとにまつわる情報を処理する認知プロセスに忙しい。

●人間はこの世に生まれるとすぐに、生後2日の新生児の脳でも、デフォルト・ネットワークが活性化する。

●人間と他の霊長類を分ける特徴のひとつとして、脳のサイズがあげられる。とりわけ私たち人間は、前頭前皮質と呼ばれる、目のすぐ後ろに当たる前頭葉の前側の領域が大きい。前頭前皮質は、ほぼどんなソフトウェアでも搭載できる汎用コンピュータによく喩えられる。

●一般的知性や一般的な認知能力と関係がある領域は脳の外側の表面である。一方、社会的知性を働かせる時には、たいてい脳の内側の領域が活性化する。
 さらに、社会的思考を支えるネットワークと、非社会的思考を支えるネットワークは、“シーソー”の両端のように互い違いに活性化する。

●人間の脳は、脳化指数という指標を用いるとバンドウイルカの1.5倍、チンパンジーやアカゲザルの4倍近くにもなる。また人間の前頭前皮質は他の動物と比べても飛びぬけて大きい。

●大きな脳はどんな脳力を提供してきたのか。専門家の3つの仮説は:1.「個人の問題解決能力」。2.「他者の真似をする、個人の社会的学習脳力」。3.「互いにつながり、協力し合う能力」。

●1990年代初め、進化人類学者のロビン・ダンバーは、新皮質比と群れの規模との間には相関関係があり、新皮質比が大きければ大きいほど、群れも大きいという事実を発見したのである。


●マズローの間違い。1943年、心理学者のアブラハム・マズローは、人間の欲求を5段階のピラミッドで表す「マズローの欲求5段階説」を発表した。最下段から「生理的欲求」、「安全欲求」、「社会的(愛と帰属の)欲求」、「承認の欲求」そして「自己実現の欲求」である。マズローは、これらの5段階をすべて実現した人を「自己実現者」と呼んだ。

●ところが乳児を例にとると、乳児にも水や食べ物や安全が必要だが、乳児は自分ひとりではこれらの欲求を満たせない。そのため、生まれた瞬間から哺乳類の赤ちゃんにとって必要なのは、「生理的欲求」と「安全の欲求」とを満たしてくれる養育者の存在である。とすると、マズローのピラミッドは間違っている。乳児にとって最も重要なのは「社会とつながり、誰かに世話をしてもらう」という欲求だからだ。つまり、ピラミッドの底辺は「生理的欲求」ではなく、「社会的(愛と帰属の)欲求」でなければならない。人はつながりを渇望する。なぜならつながりは、私たちが生き残るうえで最も基本的な欲求と深く結びついているからである。

―マズロー5段階欲求説をひっくり返す説。元々wikiにもマズロー説には科学的厳密さがないとの批判が載っているが。わたしもこのところ、マズローのカテゴリ区分や重要性の順位を見直す必要があるのではと感じていたので、大変タイムリーでございました。食べ物の前に愛が必要なわけございますね。

●ボウルビイの愛着理論。当ブログでも再三ご紹介したでしょうか。フェミニズムからは批判されたが、今日ではほぼ定説。
 愛着理論とは、泣いたり、まとわりついたりして愛着を求める乳幼児の欲求に養育者が積極的に答えることで、ふたりの間に強いきずなが結ばれるという考え方である。ボウルビイによれば、乳幼児は生まれ持った“愛着システム”によって、常に養育者との距離を監視し、愛着関係が脅かされるとすぐに警報を鳴らすという。警報は内面的には“不快な痛み”となり、外面的には“分離苦痛の泣き声”となって現れる。そして、激しい泣き声を聞いた母親を急いでそばに呼び戻すのだ。乳幼児期に私たちを大泣きさせたこのシステムは、のちに成人した私たちを、泣きわめく我が子の元へと走らせる。愛着システムは失われない。養育者とのつながりは、乳児にとって生き残りをかけた欲求である。だがその代償として、私たちは「愛されたい」という欲求を命尽きるその日まで持ち続ける。私たちが生涯を通して味わう社会的苦痛は、すべて乳児の頃の生き残りをかけた欲求から生まれたものなのだ。

●1978年、感情神経科学者のジャーク・バンクセップは、「社会的愛着は身体的苦痛系に便乗し、オピオイドによって機能する」という説を発表した。バンクセップは、動物の母子に見られる愛着行動とドラッグとの類似性を指摘する。動物の母子を分離すると、ドラッグを中止・減量した時の離脱(禁断)症状のような苦痛を引き起こす。その一方で、母子を再び引きあわせると、双方のつながりが痛み止めのように作用して苦痛が和らぐ。しかも両者の間には、依存と呼ぶにふさわしい満ち足りた愛着関係が存在する。イヌを使った実験では、親から引き離されたときモルヒネを与えられた子イヌは、ほとんど鳴き声をあげなかった。さらに分離後に再び母子を会せると、母イヌと子イヌの両方でオピオイドの分泌量が増した。この実験結果は、「身体的苦痛と社会的苦痛とを脳が同じように扱う」という仮説を裏付けた。

●背側前帯状皮質の機能。私とナオミはこの領域を脳の「警報系」と名づけた。「問題を検知し」「警報音を鳴らす」というふたつの機能を持つ領域として捉えた。この領域は情動をも引き起こし、私たちの苛立ちや不安といった情動を強く感じれば感じるほど、強く活性化する。

―預言者カサンドラはいつもイラついている、またイラつくからまた色んな悪い兆しに敏感になるというお話。このブログの読者の方の中にも、心当たりはないでしょうか―。ひょっとしたら福島原発の事故を未然に予測した人もイラついていたかもしれません(ひょっとしたらそれで周囲からイヤがられていたかも)

●死別や失恋、他者からの批判、あるいはただ単に相手の咎めるような表情を見た場合でも、背側前帯状皮質は活性化する。

●いじめがもたらす苦痛。「サイバー・ボール」というコンピュータゲームで仲間外れにされた経験をすると、被験者はそれがプログラミングであるとわかっていても社会的苦痛を感じずにはいられなかった。いじめは広く蔓延する社会的拒絶であり、アメリカ、イングランド、ドイツ、フィンランド、日本、韓国、チリで行われた調査では12〜16再の生徒の約10%が日常的ないじめを受けている。しかもその85%は身体的な暴力を含まず、心無い言葉を投げつけたり、噂話の標的にしたりという陰湿ないじめだ。いじめられたほうは長く苦しむ。抑うつ状態に陥り、自殺まで考える。1989年にフィンランドで5000人以上を対象に行われた調査では、8歳の時にいじめに遭っていた人が25歳までに自殺する割合は、いじめられなかった人の6倍にのぼった。

●公平に扱われると報酬系が活性化する。fMRIと「最後通牒ゲーム」を使って測定したところ、公平な扱いを受けた被験者の脳では報酬系が活性化していた。また別の実験では、金持ちグループの被験者と貧乏グループの被験者との金額差が縮まり不公平さが解消された時には、金持ちグループの被験者の脳で報酬系が活性化していた。利己的な計算よりも公平さが優先されたのである。

―不公平感・公平感は霊長類にも表れる感情で、倫理観の一番基礎だという知見も前にありましたね。あれは『共感の時代へ』だったかな。このパラのあとの方の知見は、金持ちグループと貧乏グループがペアを組んでface to faceの関係であることに注意が必要でしょう。相手が目に入らないとき平気で「1人勝ち」を志向する人はいっぱいいますから。

●一次強化子と二次強化子。一次強化子とは人間の基本欲求を満たし、生命を維持するために必要な水や食べ物、体温調節といったもの。二次強化子とは、それ自体は報酬の働きを持たないが、やがて学習や経験によって報酬を“予測できる”ために強化子となる要素である。人間にとって最も身近な二次強化子といえば、やはりお金だろう。

●自分に関する感動的な手紙を読むと、水や食べ物などの報酬を得た時と同じように、大脳基底核にある腹側線条体と呼ばれる領域が活発に反応する。

●褒め言葉は好意的な評価といった社会的報酬は、一次強化子と二次強化子の両方と言えよう。

●哲学者のホッブズとヒュームは、人間は自己の利益を優先すると述べた。しかし囚人のジレンマとfMRIを使った実験では、これとは異なる結果が出た。Bのプレイヤーが協力を選び、その選択を知って同じように協力を選んだAの脳では、協力しないを選んだ時よりも、(自分の取り分が減ったにもかかわらず)報酬系である腹側線条体が活性化していた。腹側線条体はどうやら、個人が手に入れる金額よりも、双方が手に入れる合計金額に強く反応するらしい。さらに言えば、協力を選んだ時、社会規範に従う時に活性化する外側前頭前皮質に反応はなかった。つまりプレイヤーは社会規範に従って協力を選んだのではなく、本心から協力を選んだのである。

●利他主義。人に役立っていると感じると報酬系が活性化する。カップルを対象に、女性がMRIのなかに入り、恋人の男性はそのすぐ外で電気ショックを受ける。MRIのなかの女性には、「恋人の腕」か「小さなボール」のどちらかを握ってもらう。すると、ボールよりも恋人の腕を握っていた時のほうが、自分が恋人の役に立っているという感情を女性は強く味わった。さらには、電気ショックを受けている恋人の腕を握っていた時に、女性の脳の報酬系が最も強く活性化したのである。大好きな恋人が痛がっているに違いないと思いながら腕を握っている時、自分が恋人を支えているという満足感を女性は強く感じたのだろう。

―意味深な実験だ。恋人が痛がってるのに快感を感じているなんてエゴイスティックにも見える。時々、お叱りを受けるかもしれないけれど慈善行為や災害ボランティアにもその匂いを感じることがある。あんたも行くじゃないか災害ボランティア。よく、「だめんず好きな女性」というのがいるけどあれもこの傾向の強い人なのかな。

●2種類の社会的報酬―「人から好意を持たれる時」と「相手の世話をする時」―には、それぞれ脳の違うプロセスが関係している。人から好意を持たれる時には、オピオイドによって“快”の情動が生まれる。一方、相手の世話をする時には、快感物質であるドーパミンの放出に伴ってオキシトシンが分泌される。

―ここは、ポール・ザックの本の記述と食い違うかも。ザック本では、オキシトシンの分泌に伴ってドーパミンが分泌されると言っているから。どっちが先なんだろう、どっちもありなんだろうか。

●子の世話をしたいという感情は、脳の腹側線条体と腹側被蓋野―どちらも報酬系だ―で作用するオキシトシン濃度と関係がある(腹側被蓋野は脳幹の上部に位置する領域)。一説によると、腹側被蓋野でオキシトシンが分泌されると、その刺激によって腹側線条体でドーパミンが分泌されるという。また、腹側線条体と隣り合った中隔野でオキシトシンが作用すると、恐れの感情が和らぐ。

―最後の一文、ほらね、「承認されると勇気がわく」メカニズムってあるでしょ?本書では言っていないけれど「信頼されたと感じるとオキシトシンが分泌される」っていうメカニズムがありますからね。

●オキシトシンには「世話」と「攻撃性」両方の働きがある。人間では、オキシトシンを投与すると、囚人のジレンマのような行動経済学のゲームに参加する時に気前が良くなる反面、人種の違うプレイヤーに対しては攻撃的になりやすい。このようにオキシトシンは、自分が属する内集団のメンバーをひいきにし、“よそもの”である外集団のメンバーに対しる敵意を促す。

●霊長類かそれ以外の哺乳類かによって、敵味方を分ける境界線が大きく異なる。霊長類以外の哺乳類では、オキシトシンが働くと、内集団以外の相手をすべて潜在的な脅威と見なし、その敵に対して攻撃的な態度をとる。一方、人間の場合は、相手を少なくとも3つのカテゴリーに分ける―「好きな集団のメンバー」「嫌いな集団のメンバー」「どちらに属しているかわからない、見知らぬ相手」。オキシトシンを投与すると、好きな集団のメンバーには親切にする傾向が強まり、嫌いな集団のメンバーに対しては敵意が強まった。それでは、見知らぬ相手に対しては?好きなメンバーの場合と同様に、親切にする傾向が見られたのである。

―オキシトシンの内集団びいきの傾向。だから宗教戦争はコワイのだ。うちらの心理学の教団同士も大変です、なんでそんなひどいことできるの?っていうこと平気でしはります。このへんは要研究課題です。
「味方か敵かわからない相手には親切にする」というのはちょっと救いですね。

●“偽の利己主義”の正体。社会的報酬について、私たちはつい脳の反応とは反対の答えを言ってしまう。
社会心理学者のデイル・ミラーは、この“偽の利己主義”の根本的原因を突き止めた。「利己主義こそがあらゆる動機の源泉だ」というホッブズやヒュームの主張が「自己充足的予言」になってしまったと、彼は言うのだ。自己充足的予言とは、無意識のうちに、周囲や世間の期待に応えるような行動をとってしまい、結果としてそれが現実のものになってしまう現象を指す。偉大な哲学者が「人間は利己的だ」と述べたせいで、社会全体がその期待に沿うように行動してしまった。つまり、「人間は利己的だ」と教えられてきたために、私たちはその文化規範を遵守しようとし、利己的に見える態度や行動を取ってしまうのだと、ミラーは考えたのである。

―なるほどー。でも幼児の世界をみていると「自然状態」っていうか思い切り利己的にふるまいあっているようにも見えるんですけど、そこはミラー先生、どうでしょ。
ただ「利己的」と暗示をかけることによって(要は暗示ですよね)大人が利己的に振るまい合っているという部分は確かにある気もします。わが国では「団塊教」という宗教があり、そこでは「人間社会は競争で成り立っており他人を押しのけて自分ひとりが勝ちを取りにいかなければならない」と教えています。それで大分企業組織が傷んでいます。また「内発と自律論」との関係も悩ましいですねー。あれも自己暗示になるとちょいと困ります。

●私たちは、利己的な動機と利他的な動機の両方を持っている。霊長類は、なんの物質的な見返りもないとわかっている時でさえ、他者を助けようとする。見返りを期待するかどうかにかかわらず、人を助けると、助けたほうも心地よい幸せを感じる。
 利他的に人を助ける行為は、利己的な行為と同じくらい自然である。学校でそう教わり、その事実を良く理解していれば、利他的に行動する時に味わう“後ろめたい気持ち”を感じずに済むのではないだろうか。

―「人間は利他的だ」という暗示を教える。おもしろい提言だ。北欧かどこかでやっているところがあるのではないだろうか。

●演繹法か帰納法を用いて論理的な思考を巡らせている時には、脳の外側前頭前皮質と外側頭頂皮質が活性化する。外側頭頂皮質は、「ワーキングメモリ(作業記憶)」と深い関係がある領域だ。

●心の理論も外側前頭前皮質や外側頭頂皮質と関係があるのではないか?実はそうではない。メンタライジングの必要がないセンテンスを読むと、言語やワーキングメモリと関係のある外側前頭前皮質が活性化する。ところがメンタライジングの必要な文章を読む時には、背内側前頭前皮質(DMPFC)や側頭頭頂接合部(TPJ)、後帯状皮質、側頭極が活性化する。。側頭頭頂接合部は、側頭葉と頭頂葉とが接する領域を指す。後帯状皮質は帯状皮質の最後部に位置し、側頭極は側頭葉のいちばん前の部分である。

●この15年間、たくさんの専門家が同様の実験を行い、次のように結論づけた。第1に、メンタライジング能力を働かせている時には、ほぼ例外なく背内側前頭前皮質と側頭頭頂接合部が活性化する(後帯状皮質と側頭極もかなりの割合で活性化していた)。そのため、私はこの領域を「メンタライジング系」と名づけた。第2に、ワーキングメモリや非社会的思考、流動性知能に関係のある領域は、これらの実験の間、ほとんど活性化していなかった。つまり進化は、社会的思考と非社会的思考とにまったく別のネットワークを与えたのである。

●冒頭で述べたデフォルト・ネットワークを強く活性化させてきた人ほど、社会的な思考に優れていることが証明された。安静時に背内側前頭前皮質が強く反応していた被験者は、メンタライジング課題をこなすスピードが速かった。この領域を最も強く活性化させていた被験者は、活性化の度合いが最も弱かった被験者と比べて、課題を終えるスピードが10%も速かった。この10%という数字は、実社会の色々な場面で大きな影響をもたらすはずである。

●戦略的知能指数と人の心を読む社会的知能との関係。神経経済学者のジョルジオ・コルセリは、戦略を要するゲームをしたあと被験者の“戦略的知能指数”を計算した。他の被験者の戦略的な度合いをどのくらい考慮して―すなわち他者の心をどのくらい読んで―それぞれの被験者が数字を選んだかを計算したのだ。その結果、戦略的知能指数の高い人ほど、メンタライジング系である背内側前頭前皮質が強く反応していた。その一方で、非社会的な知能指数と関係のある外側頭頂皮質は活性化していなかった。

●1996年、イタリアのパルマ大学で「ミラーニューロン」を発見した。以降、これは心理学の難しい問題を何でも解決する“流行りの仮説”としてもてはやされた。心理学のいろいろな現象、言語能力や文化、真似、他者の心を読む能力、そして共感もミラーニューロンによって説明できるとみなされた。

●現在、ミラーニューロンはふたつの役割―「他者を真似る能力」と「他者の心を読む能力」―を担っていると考えられている。

●ミラーニューロンは「モノマネ細胞」とも呼ばれる。1999年、神経科学者のマルコ・イアコボーニが論文を発表し、人間の脳にも“ミラー系”が存在するという初めての証拠を明らかにした。人間の外側前頭皮質と頭頂領域は、マカクザルのミラーニューロンと同様の特徴を持っていると考えられる。だがfMRIでは個々の神経細胞の活動までは直接とらえられないので、人間の脳にミラーニューロンそのものを発見したとは主張できない。そのため人間の場合、前頭葉の運動前野や頭頂間溝前方部、下頭頂小葉は、ミラーニューロン系ではなく、あくまでも“ミラー系”と呼ばれる。

●ミラー系を一時的に損傷すると、被験者は何度も真似に失敗した。また複雑な行為を学ぶときもミラー系は関与する。リゾラッティは、ギターを弾けない被験者が複雑なコードの押さえ方を初めて真似た時にも、やはりミラー系が反応していた。

●ミラーニューロンは「他者の心を読み、相手の意図や目的を理解する能力」の役割を果たすだろうか。リゾラッティと共にミラーニューロンを発見したパルマ大学のヴィットリオ・ガレーセは、「ミラーニューロンはシミュレーション説を脳神経レベルで実行する」と主張する。シミュレーション説とは、私はその状況に“置かれた自分”を想像し、「自分ならどう反応するか」を考える。「他者の心を直接的な体験によって理解する根本的なメカニズムは…観察したできごとを、ミラーメカニズムによって直接シミュレーションすることだ」。

●ガレーセ説によれば、誰かがカップに「手を伸ばす行為」を見た時、あなたと相手の「手を伸ばす時に発火する」神経細胞は活発に反応する。ガレーセはそれを「運動共鳴」と呼んだ。相手が体験している運動状態と同じ運動状態をあなたも神経レベルで体験しているのなら、あなたの脳は本質的に相手の脳の重要な側面を模倣(シミュレーション)していることになる。だからこそ、相手がなんらかの行為をしているのを見ただけで、相手の心の状態も自動的に理解できるのである。

●言い換えればミラーニューロンは―相手の心の状態を理解しようとするか、しないかにかかわらず―他者の心を自動的に読む、魔法のような装置を与えてくれたことになる。

●ミラー陣営とメンタライジング系の両陣営の最大の違いは、それぞれが説明しようとしている目的の種類にある。ミラー系の陣営が重視するのは、低レベルの運動意図である。(「彼がスイッチを入れたのは、明かりをつけるためだ」など)。一方、メンタライジング系の陣営が重視するのは、もっと高レベルの意図である(「彼がスイッチを入れたのは、期末試験の勉強祖するためだ」など)
 運動共鳴という考え方は、私たちが低レベルの意図を理解する方法を説明する。

●他者の心を理解する時にミラー系がすることは高度なマインドリーディングではない。朝っぱらからウィスキーをあおっている人のパーソナリティや動機を探るのは、ミラー系でなくメンタライジング系の仕事なのだ。
 ミラー系は、メンタライジング系が高レベルの意図を理解するための土台となる働きをしている。ミラー系は、人が「何を」しているのかを理解する。つまり、私たちのからだの“動き”を“行為”として認識する。ミラー系は私たちのように心がある動物の世界を、運動ではなく行為の点から捉えるのである。ミラー系の働きは本質的に、メンタライジング系が論理的に働いて「なぜ」の問いに答えるための前提を提供することだ。運動の世界を行為という心理的な要素にまとめ直し、メンタライジング系が作業しやすいようにお膳立てをする―それこそがミラー系の重要な働きなのだ。

●自閉症の原因は、「彼らが周囲の世界に鈍感なせいではなく、外界の刺激に過敏なあまり、社会との接触を子供時代に充分に体験できなかったせいである」―このような考えを「強烈世界仮説」と呼ぶ。外界からの刺激が強烈すぎるために、彼らは周囲に背を向け、ひとり静かに過ごせる世界を好む。そしてそのせいで、メンタライジング系の発達を促す重要な機会を逃してしまうのだ。

―このブログでは過去に綾屋皐月(あややさつき)さんの著書からの引用で、ASDの人の体内感覚の世界をご紹介しました。強烈でしたねえ…

●最近の研究は、自閉症と扁桃体の関係を指摘する。自閉症の子供は他の子供と比べて扁桃体が大きい。扁桃体は側頭葉内側の奥に位置し、神経細胞がアーモンド形に集まっており、恐怖や不安といったネガティブな情動体験に敏感に反応する。これでは“過敏な社会情緒メカニズム”を持って歩き回っているようなものだ。


●1641年、哲学者のルネ・デカルトは「精神と身体とは別物で、このふたつは決して交わらない」という「心身二元論」を発表した。このデカルト的二元論は、過去数百年にわたって広く知られ、私たちに深く染みついた。現代の科学では、心を生物学的で物質的な存在として捉える。

―哲学者の人って過去には随分間違ったこと言って世間を惑わしてたんですねえ(;^ω^)

●自己意識には脳のどの領域が関わるか。鏡に映った自分の姿を見ている人間の脳をfMRIで調べたところ、右半球の外側表面が活性化していた。前頭前皮質と頭頂皮質の頭蓋骨に近い脳の表面である。

●「礼儀正しい」「話好き」といった形容詞を見せ、「形容詞が自分自身に当てはまる」と判断したグループの被験者の脳では、自分の姿を鏡で見た時と同じく、前頭前皮質と頭頂皮質が活性化していたが、その中の活性化した部位はことなった。今回活性化していたのは頭蓋骨に近い外側表面ではなく、脳の内部に位置する内側前頭前皮質(MPFC)とけつ(木偏に契の字)前部だったのである。すなわち、鏡に映った「自己の姿を認知する」時と「自己を概念的に捉える」時とでは、別々の領域が使われるのである。

―自意識にはどこが関わるか。あ、ずっと知りたかったんです、そこ。いえ、知ったって何かいいことが起こるわけじゃないんですけどね。今までの脳科学本には不思議とこれが出ていなかったんじゃないかなあ。承認欲求、ナルシシズムの源もそこなわけじゃないですか?

●私たちが自己を概念的に捉える時、ブロードマン10野に当たる内側前頭前皮質が活性化する。(すぐ下には報酬系の領域であるブロードマン11野に当たる副内側前頭前皮質(VMPFC)がある)あなたが額の“第3の目”と呼ばれるあたりを指で差す時、そこが“自己”という感覚をつくり出す内側前頭前皮質である。

●人間以外の霊長類では、脳全体に占める内側前頭前皮質の割合が0.2〜0.7%だったのに対して、人間の場合には1.2%だった。言い換えれば、人間の内側前頭前皮質はチンパンジーと比べて2倍のスペースを占めるのだ。他の霊長類の脳と比べてこれほど大きな割合を占める人間の脳の領域は、内側前頭前皮質を覗いてあまり見当たらない。この領域はまた、神経細胞の密度が低いため、膨大な数の神経細胞同士がつながりやすい。

●私たちの考える自己感―自分とは誰なのかという感覚―もトロイの木馬と同じではないかと、私は思うのだ。西洋人は、自分を特別な存在だと考える。そして自己を、自分自身の中心にあって、個人の目標を達成したり自己実現を果たしたりするためのものと見なす―しかも、大切な宝物箱のなかに仕舞われ、自分以外の誰にもアクセスできない難攻不落の砦に囲まれたものだ、と。だが実のところ、自己とは、私たちが集団の規範に従い、社会に調和して生きるために、進化が巧みに仕組んだ策略の道具なのかもしれないのだ。

●ニーチェも、自己感とは本質的に内面的なものではなく、自分という存在の中心を成すものではないと捉えていた。ニーチェは自己感を、私たちの人生に関わりのある人間によって組立てられ、私たちのためではなく、彼らのために働く“秘密諜報部員”だと論じたのである。

●人間が本来持っている衝動に社会的な衝動を補い、社会の調和を生み出す手段として、自己は存在するのだ。社会は、私たち自身や道徳について、あるいは生きる価値のある人生についていろいろ教えてくれる。人は、それらの考えを自分自身の信念であり、自分の内面から生まれた価値観だと思い込んでいる―集団の持つ信念や価値観をただ理解するだけでは充分ではなく、自分自身のものとして内面化する必要があるからだ。こうして私たちは、社会の信念や価値観や規範を、知らず知らずのうちに自分のなかに取り込み、“その土台の上に”自己を作り上げた。

●直接的評価(「私は自分を頭がいいと思っています」など)と、反映的評価(「友だちは私を頭がいいと思っています」など)について13歳の思春期の子どもと成人のふたつの被験者グループに訊ねると、どちらのグループでも、直接的評価の場合には内側前頭前皮質が、反映的評価の場合にはメンタライジング系が活性化していた。
 ところが思春期の子どもの場合、「直接的評価を考える時には、内側前頭前皮質だけでなくメンタライジング系も」、また「反映的評価を考える時にも、メンタライジング系だけでなく内側前頭前皮質も」活発に反応していた。すなわち、思春期の子どもは、直接的評価と反映的評価のどちらを考える時でも、内側前頭前皮質とメンタライジング系の両方が活性化していたのだ。思春期の子どもは「自分が自分をどう思うか」を考える時でさえ、自己の内面を探るよりも他者の心に焦点を当てて、「自分とは誰なのか」という問いに答えているのかもしれない。

●内側前頭前皮質は本当の自己を探る近道ではない。それは自分自身について教えてくれる、いろいろな情報を反映する領域である。そのなかには、個人的で内省的な情報もあれば、周囲が自分をどう思っているかという反映的評価から生まれる情報も含まれる。つまり「自分とは誰なのか」という自己感は、社会的に作り上げられたものであり、そのプロセスに関わっているのが内側前頭前皮質なのである。

●暗示にかかりやすい人とそうでない人をfMRIにかけ、催眠術にかかっている時の脳の活動について調べた。催眠術で課題の混乱を防ぐような情報を与えたところ、暗示にかかりやすいグループのほうが課題への取り組みが速くなった。ふたつのグループで脳の活動を調べた結果、暗示にかかりやすい被験者の脳で、内側前頭前皮質が活発に反応していたのである。

●説得に従うプロセスをみる実験で日焼け止めを使うかどうかをみた。被験者が実際に日焼け止めを使用したかどうかと関係があったのは、彼らが米国皮膚科学会の報告を見ていた時の脳の活動だったのだ。その時、内側前頭前皮質が活発に反応していた学生ほど、日焼け止めを使っていた。しかも、実際に日焼け止めを使用したかどうかと、質問にどう答えたかの間には、ほとんど関係がなかった。被験者は自分でもまったく気づかないうちに、日焼け止めを使うか使わないかについて影響を受けていたのだ。私たちが態度や行動を変えるかどうかは、内側前頭前皮質が広告や説得にどう反応するかによって決まるのである。

●これらの実験は、「自己とは他者と自分とを明確に区別し、私たちを特別な存在にしてくれるものだ」という考えにとどめを刺したと言えるだろう。なぜなら、私たちの概念的な自己感をつくり出す内側前頭前皮質は、「私たちの考えや行動に影響を与える情報を、外部から取り入れるルートでもある」からだ。

―おもしろい知見。「説得されやすさ」「影響されやすさ」は、経験的にも個人差があるが。広告や説得に反応する領域と、自己感をつかさどる領域が同一だというのは、「行動承認」で規範意識が向上する現象の説明となりそうだ。自分を承認してくれる上司に対しては内側前頭前皮質が活性化するから、その説得を取り入れ内面化することもしやすい…。

●2005年、スタンフォード大学の卒業式に招かれたスティーブ・ジョブズは次のような名台詞を残した―「他人の意見という雑音(ノイズ)で、心の声を掻き消してはならない……勇気を持って自分の心と直観に従ってほしい」
 だが内側前頭前皮質の働きを考えれば、ジョブズは間違っている。自己感―彼の言う心と直観―とは実のところ、私たちが集団の規範に合わせ、社会の調和を生み出すための“仕掛け”なのである。自己は、私たちが集団にうまく溶け込むために働く。ジョブズにとっては納得し難いかもしれないが、ほとんどの人にとってはそれが真実なのだ。
 人は誰でも利己的な衝動を持つ。その一方で社会的な信念や価値観を自己の一部として取り入れ、内面化している。このふたつの間でせめぎ合いがあるにしろ、それはジョブズが考えたように自分対社会ではなく、自分対自分の闘いなのだ。

―わ〜、伝説のジョブズのスピーチが否定されちゃった。実はこのスピーチは、他にも「自分が納得できる仕事をしなさい」と、困ったキャリアカウンセリング的なことも言っていて、感動的ではあるけどどうかなと思っていたのだ。
 この章が本書でもっとも“革命的”な章ではないだろうか。自立した個人という、欧米の想定した人格モデルの常識を覆してくれる。内発と自律論者どうするかな。

―このあとは「自制心」の話になり、例の「マシュマロ・テスト」などが出てきます。

●認知自制とフレーミング課題の実験で抑制をしていた時、、右腹外側前頭前皮質が活発に働いた。

●抑制と再評価は、どちらも腹外側前頭前皮質と関係がある。抑制の場合、腹外側前頭前皮質は動揺が始まって少し時間が経ってから活性化する。再評価の場合には早い時期に活性化する。抑制の場合、腹外側前頭前皮質が活性化すると顔の表情をうまく隠せるのに対して、再評価の場合には扁桃体の反応と情動が和らぐ。

●情動のラベリングには暗黙の自制効果がある。情動を言葉で言い表すと、右腹外側前頭前皮質が活性化して扁桃体の活動が弱まるのだ。

―感情認識を苦手とする人々よ、感情を言葉で言い表すことをおぼえてください。変に抑制しているとおかしな形で出るよ。

●私たちは「評価され」「自制心を働かせ」「社会規範に従う」動物である。この3つのプロセスは、どれも右腹外側前頭前皮質と関係がある。

●社会に評価される可能性があるだけで、私たちは自制心を働かせる。周囲の人間にどう思われるかと考えただけで、右腹外側前頭前皮質が活性化する。この領域のなかで、「評価され」「自制心を働かせ」「社会規範に従う」という3つの機能がなぜ結びついたのかについては、今後の詳しい研究を俟たなければならない。

●自制心とは、個人と集団との間で目的や価値観が衝突する時、集団の目的や価値観を優先させて、私たちを社会規範に従わせるメカニズムである。アメリカ人は、同調する人を見るとつい、「群れに従う意志の弱い人間」と判断しがちだ。ところが最近の調査によれば、ある状況では、自制心の強い人のほうが同調しやすいという。

―大事ですねー。正田が過去からブログで某心理学セミナー受講者さんに逸脱行為が起こりやすいというのをぶちぶち言う、それはそのセミナーさんに「ルールに従うな。自分の心に従え」「誰一人として、間違っている人はいない」という教えが埋め込まれてるからなんですが、セミナー主宰者の思いに反して人間性に反することをやっていることになります。えっ正田自身が抑制的な人かどうかはちょっと棚に上げます。

―ただ日本人の場合、外部の価値観を過剰にとりいれやすいという別の問題は確かにある気がします。それについては本書は答えてくれてないですね。承認研修のばあいは、正しい価値観を知っているリーダーが承認することによって相手に正しい価値観をしみこませるというモデルをとっています。結局それぐらいしか解はないのかしらん。リーダーが間違っていたらどうするかって?どうしようもないですね。

―このあとは社会や企業を活性化させる仕組みづくりについての提言。ご紹介してもいいけどまあ「『組織や仲間に認められたい』という気持ちは強いインセンティブとして働く。しかも、何度でも使える無限の資源だ」と、要は「承認論」のお話だからとばしますね。

●リーダーシップについての知見。リーダーシップで最も大事な要素は「対人能力」だ。
 リーダーシップの専門家であるジョン・ゼンガーは、優れたリーダーの能力を5つにまとめた。「個人的な能力(知性、問題解決力、専門知識、訓練能力)」「最後までやり抜く力」「人格(高潔さ、信頼性)」「組織を変化させる力」「対人能力」の5つである。そして、どの要素をふたつ組み合わせたときに、リーダーシップが向上するかについて分析した結果、「対人能力」と他の要素とを組み合わせた時に、上司の能力が最大限に発揮されるとわかった。たとえば「最後までやり抜く力」で高く評価されても、上位20%の「素晴らしい」上司にランクされる可能性は14%しかないが、同時に「対人能力」を高く評価された上司が、「素晴らしい」上司入りする確率は72%にまで跳ね上がったのだ。

●SCARFモデルを提唱するロックは述べている。「いつも決まって耳にするのは、専門知識に優れた人間ほど社会的スキルに欠けるという指摘ですね。だから、彼らが管理職かリーダーになると問題が生じやすいのです」

―これはリーダー育成上よくみること。名選手必ずしも名監督ならず。冒頭近くで「社会的思考」と「非社会的思考」はシーソー状態で働き同時に現れることはない、という知見を考えると、仕事の遂行能力(i.e.非社会的思考)に優れた人はそればかり使ってしまうので社会的思考が発達しにくい、ということが考えられるかもしれませんね。

●リーダーシップの中で社会的思考と非社会的思考が補完的に働かない理由の1つは、「非社会的思考を支えるネットワークが活性化する傾向が強く、その偶然の副作用として、社会的思考のネットワークがあまり活性化しない人間がいる」という考え方。遺伝のせいかもしれないし、長年、社会的思考より抽象的思考を重視してきたせいかもしれない。
 第2の理由として、リーダーという仕事を彼らが非社会的な側面で捉えるからである。うまくいかないプロジェクトで、職場の対人関係に目配りが利かないリーダーは、メンバーどうしの人間関係のトラブルを理解せず、「彼女は仕事をやり遂げる能力が足りないのだ」と判断してしまう。
メンバー全員に帰属意識を持たせ、愛着をつくり出す―それが優れたリーダーの姿である。

―リーダーシップについての誤解。アメリカもいまだにそうなんですね。よく見る議論で、「リーダーシップを映画から学ぶ」というと、「ダイ・ハード」の例が上がる。本来高い職位でない、ブルースウィリスのような人物が「自分がやらなければ」と火事場の馬鹿力を発揮する、それをリーダーシップと呼ぶ。研修メニューでも、中堅向けに「自分リーダーシップ」とか「全員リーダーシップ」といったタイトルで入っている。
 ブルースウィリス嫌いではないが、そういうヒーロー的人物を「リーダー」とは言わない、実務では。現実には、不愉快かもしれないけれど、「承認研修」を徹底してやるのがものすごい業績向上効果がある。不愉快さを越えて現実を直視したほうがいいのではないだろうか。
 詳しくは、当ブログ記事
 男性的リーダーシップと女性的リーダーシップ
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51834972.html
などを参照。
 
●人と人のつながりを強化するプログラムに政策的に投資すれば、生産性が高まり、犯罪率の低下や医療費の抑制というメリットも生まれる。しかしそのようなプログラムは、道路や鉄道のインフラ整備といった大義よりもわかりにくいために、ほとんど理解を得られない。

―あたしと同じようなこと考えるな、この人。

●アメリカ人の3人に1人がアパートで暮らす。アパートに「大学の学生寮」のような懇親を産む仕掛けを組み込んではどうか。アパートの各フロアで戸数をひとつずつ減らして、その代わりに交流を促すオープンスペースを作ったらどうだろう?そして政府は、そのようなアパートを開発する業者に対して税を優遇するといった策を打ち出すのだ。

―それおもしろい。

●学校での「つながり」感を学力向上に生かそう。
 帰属意識を高めると学力向上に資することを示す実験がある。心理学者のグレッグ・ウォルトンとジェフ・コーエンは、イェール大学の学生のアフリカ系アメリカ人とヨーロッパ系アメリカ人を対象に、帰属意識を高めるような文章(上級生の手紙)を読ませたところ、その後3年間にわたって成績評価平均値が上がり続け、3年後には0.4も向上した。

―おもしろいですね。日本の大学では、松本茂樹先生のいる関西国際大学で教授陣が「朝のあいさつ」を励行したところ退学者が3分の1に激減した、という例があります。

●社会的報酬は脳の報酬系を活性化させ、私たちを幸せな気分にしてくれる。社会心理学者のアリス・アイセンは実験を通して、ポジティブな感情が思考力と意思決定力を高める現象を何度も目にしてきた。プラスの感情を味わうと、人はいろいろな考えの類似点や相違点を素早く見つけられ、ワーキングメモリの働きも向上する。
 
●神経科学者のグレッグ・アシュビーは、ポジティブな感情も思考力もドーパミンと関係があるからだと説明する。いい気分を味わえ、やりがいを感じる行動を取ると、脳幹の腹側被蓋野からドーパミンが放出されて腹側線条体へと投射される。この時、ドーパミンの影響を受けるのは腹側線条体だけではない。ドーパミン受容体が多く存在する外側前頭前皮質もその影響を受ける。前頭前皮質のドーパミン濃度が高まると、ワーキングメモリの働きが向上するのだ。つまり、「社会的報酬を感じている時に放出されるドーパミンの量が、授業中に前頭前皮質のコントロール力を高めて、成績を向上させる」というのがアシュビーの考えである。

―このブログでもよく「承認の世界の人はあたまがいい」などと感覚的なことを書きますが、それは立証可能なようです。彼ら彼女らは承認と関係のない場面でも、問題解決能力が高いです。

●思春期を過ごす子供の頭の中は周囲の世界のことでいっぱいだ。この時、大いに活躍するのがメンタライジング系である。進化的に見れば、それは単なる気晴らしではない。彼らにとっては、それこそが最大の関心事なのである。
 その強い欲求に対して学校が「“つながり脳”のスイッチを切ってください」というのは得策ではない。それでは腹を空かした者に、食欲のスイッチを切れと言っているようなものだ。

―食欲の比喩でてきた。うわ〜

●“つながり脳”を敵視せずに、学習プロセスの一部として取り入れればいいのだ。メンタライジング系は記憶系としても働くため、一般的な記憶系以上に強力な効果を発揮する可能性があるのだ。情報を“社会的なデータに変換”した場合に、記憶力が高まる。この時に活性化した領域は一般的な学習系ではなく、メンタライジング系のCEOとでも呼ぶべき背内側前頭前皮質だったのである。

―おもしろい知見。昔の「3年B組金八先生」の中の論争を思い出す。金八先生が何かの仕組みを人形や箱などを使って物語風に解説する授業をし、生徒には大好評だった。しかし金八先生のライバルの数学の先生「カンカン」が、「すべての教師が同じことをできるわけではない。人気取りはしないでください」とかみついた。
 どちらも非常にまじめな問題提起だと思ってみていたが、学力向上に資することがわかっているなら、取り入れられる範囲で取り入れればいいのではないだろうか。

●子供同士教え合うことの価値。1980年、心理学者のジョン・バーは、“教えるために覚える”効果を測定した。テストのために情報を覚えるグループと、誰かに教えるために情報を覚えるグループに分けて、記憶力の違いを比較したのだ。すると、誰かに教えるために覚えた被験者のほうが、記憶テストの成績が良かったのである。著者の研究室が行った実験では、教えるという社会的な動機だけでもメンタライジング系が活性化するというかなり確かな証拠がある。

―なるほど。「人に教えることでよりよく学べるんですよ」というフレーズの起源はここからきているのか。
 また別のことを連想してしまった。「社内講師」「内製化」がらみの話。「内製化推進」の人びとはよく上記のフレーズを振り回すのだが、ジョン・バーの実験で教えたのはあくまで数学や科学といった非社会的な内容である。かつ、教えた側にメリットがあったことははっきり出ているが、教わった側のメリットは明らかではない。これでは「社内講師予備軍」の人びとだけが得をする仕組みではないか。

●自制を教えること。著者の実験で、「ストップ・シグナル課題」を試した被験者は3週間に8回の実験終了時、感情をコントロールする能力がずっと向上していた。運動の自制能力が向上していた被験者ほど、感情の自制能力も向上していた。

●中学生が自制心を身につける方法はこのほかにも、「マインドフルネス」などがある。


 抜き書きは以上です。

 非常に重要な知見を惜しげもなく盛り込んでいる本書。このところ「意識と脳」の関係の本が大量に出ているのに今ひとつ食指が動かなかったのは、それらが人間の脳の活動をAIで再現するために「情報処理」に焦点を合わせていたからで、本書はそれとは全然切り口が違うようです。
 
 惜しいのはそれぞれの実験に出典が付されていないので、検証がむずかしい。検証が必要な場合にそなえて、実験した学者の名前(カタカナですが)はできるだけ残しておきました。

 共感するところも多く、本書の主張がメインストリームになることを願います。

(一財)承認マネジメント協会
 正田佐与