久しぶりに「発達障害」関連の読書です。

 「自閉症スペクトラム4%」ついに、こういう数字が出てきました。その背景に潜むものとともに、考えたいものです。

 『発達障害の謎を解く』(鷲見聡、日本評論社、2015年4月)。

 以下、本書からの抜き書きです:

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●自閉症スペクトラム(ASD)4%は、2012年発表された浜松市出生コホート研究の暫定的な集計。354名の幼児のうち14名、約4%の子供がASDと診断された。精度、正確度ともに優れた手法で、わが国で進行中の疫学研究のうち最も質の高い研究の速報値。

●さらに高い数値が横浜で出ている。横浜市港北区の小学1年生におけるASDの発生率は4.2%、有病率は5.4%。
 
(発生率と有病率とは、本書によれば、「発生率とは一定期間にある集団で病気・障害が発生する割合で、有病率とはある集団におけるある時点での罹患者の割合である。有病率は転出入などの社会的要因の影響を受けやすく、支援ニーズの把握には有効であるが、学術的視点から見れば、発生率の方が重要である。」)

●ASD増加の原因の解釈は、I 見かけ上の増加(診断基準の拡大やスクリーニング体制の充実)、II 真の増加(生物学的要因、生育環境の悪化)がある。

●ADHDは子供の場合100人に数人、大人では100人に2,3人という報告が多い。大人の有病率が低いのは、小児期にADHDと診断された子供たちの中に、その後診断基準を満たさなくなるケースがいるためと考えられる。

●(高機能)ASDも一部は成人に達するころには適応(寛解)すると推測される。現在ある調査では、ASD児の約1割程度は症状が軽快している。

●しかし逆に、ASDの子供時代には困難さが顕在化せず、大人になってから初めて支援が必要になる場合もあるかもしれない。
―大いにありそうですね。

●アメリカでのADHDは増加傾向である。1990年代の有病率調査では5%に満たない数値が多かったが、2000年以降は増加。アメリカ疾患管理予防センターの報告によると、2003年は有病率7.8%(男児11.0%、女児4.4%)、2007年は同9.5%(男児13.2%、女児5.6%)。原因は見かけ上の増加、真の増加両方考えられる。
わが国では継続的なADHDの疫学調査は行われていない。

●発達障害の遺伝要因。ASD、ADHDともに「多因子遺伝病」と考えられる。これは典型的なメンデル型遺伝病(一つの遺伝子の変異が発症につながる)と異なり、いくつか原因遺伝子の変異があり、それに環境要因が複合した場合に発症する。

●「増加」は多様性への理解をもたらしただろうか?
 「早期発見を焦るあまりに『定型発達から少しでもずれる乳幼児は問題である』という誤った発達観が関係者に広がりつつあるのではないか」と著者は危惧する。
―確かに、昔なら「ちょっと変わった子」と受容されていた子が今は「障害」になり問題視されている感は否めない。それは社会の狭量さに拍車をかけ、余計「生きづらい」社会になってしまう。

●社会学的にも「人間社会は本来多種多様な特徴をもつ人間からなる」という考えが以前から唱えられていた。さらに、最新の科学研究、ヒトゲノムプロジェクトなどの進展によって、人間には予想以上に遺伝的多様性が存在することが明らかにされた。例えば、病気の罹りやすさや薬物代謝の多様性(個人差)であり、その多様性を前提とした医療が検討され始めている。それらの事実を踏まえ、「人間には多様性があることを前提として、お互いが尊重し合う社会を構築すべきである」という新しい理念を人類遺伝学会が発表している。したがって、子どもたちの発達についても、人間の行動特性についても、さらに、私たちの文化に関しても「多様性が存在する」という大前提に立つべきであると筆者は考えている。(この項はすべて引用文、太字正田)

●遺伝と環境の相互作用。
 脳の発達には、遺伝子からの情報が重要な役割を果たすが、環境要因も「エピジェネティクス」や「刈り込み」というメカニズムを介して大きな影響を与えている。

●未分化な細胞が多数の神経細胞へ変化するのは遺伝子の指示による。このステップでは遺伝子の影響が大きいが、胎児期に晒される化学物質がエピジェネティクスを介して影響を及ぼすこともある。

●シナプスによって神経細胞同士が接続する、すなわちネットワークが作られる過程でも、主に遺伝子からの情報が元になるが、より効率的なネットワークとして完成するためには環境からの刺激も重要である。

●「刈り込み」というプロセス。生後1歳頃にシナプスの数は最も多くなるが、あまりにも多いためそのままでは効率的に機能しなくなる。そこで、環境からの刺激の有無により、使われるシナプスが残され、使われないシナプスは失われる。一例として、生まれてから一定期間、視覚刺激が全くない場合には、視力に関連するシナプスが失われ、視力の障害をきたすことが知られている。

●ASDの様々な特徴の中には、遺伝要因の影響が大きいものもあれば、環境要因の影響が大きいものもあるとみられる。認知機能の偏りと感覚異常に関しては、遺伝要因の影響が非常に大きい。同様に、コミュニケーション能力も遺伝的影響が比較的大きいと思われる。ただし、コミュニケーションや対人関係のスキルの獲得には、経験の積み重ねや相手の反応が重要なので、環境要因も一定の影響を及ぼすと考えられよう。あるいは、エピジェネティクスなどのメカニズムを介する影響もあるかもしれない。また、興味の限局やこだわり行動については、両方の影響がともに大きいのではないだろうか?一方、かんしゃくやパニック、自傷行為などは、その時点の環境要因の影響が大きいと思われる。さらに、自己肯定感の低下や、様々な精神疾患の合併に関しては、長期間におよぶ環境要因の影響の積み重ねが大きいと推測している。

●環境決定論、遺伝決定論、この両極端な考え方が子どもたちを苦しめてきたのではないだろうか。変えることのできない部分に対しては、いくら努力しても報われない。そういう場合は、周りの大人たちが、それを「個性」として認める必要がある。一方、変わる可能性がある部分でも、そのために必要な体験がなければ、変化は起こらない。子どもたち1人ひとりの個性を理解して、それぞれに応じて適切な成育環境を与えることは、大人としての重要な使命であると筆者は考えている。
―重要な、かつハードルの高い問い。変わらないもの、変わり得るものを見極めよ、後者について適切な体験を与え、前者については個性と認めよ、という。しかし確かにこういう切り分けは必要なのだ。でなければどんな体験を積ませてやるのが適切なのかわからない。どんな希望をもつのが正しいのかわからない。1つ前の項で著者が推測と断ったうえで例示したが、今後こうした「遺伝要因のもの、環境要因のもの」が特定され、どんな関わり方が適切か、指導者にも適切なガイダンスが与えられるのが望ましいと思う。

●発達障害の関連遺伝子は多数ある。またASDとADHDの関連遺伝子がオーバーラップする。したがって、遺伝子と病気が1対1で対応する古典的な遺伝病と異なり、多数の遺伝子が多数の発達障害と関連している(多数対多数)。さらに、発達障害の関連遺伝子と様々な精神疾患の関連遺伝子も、それらの一部がオーバーラップしていると報告されている。
―最後の一文はやはり要注目。発達障害であると、精神疾患リスクは高いと思っていいようです。

●自閉症に関する間違った環境要因説。自閉症心因論、MMRワクチン説、自閉症水銀説。科学的根拠がない情報が一気に拡散し、当事者・家族に大混乱をもたらした。


―ここからは、発達障害の原因として「遺伝と環境」に絡め、生活習慣の影響について論じられます。そこでは今どきの家庭教育、子どもたちの育ち方、電子メディアの影響なども…。スマホ依存も顕著になる中、気になるところです。

●幼児の1日当たりテレビ視聴時間は2000年ごろに平均2時間40分でピーク。以後微減傾向で2013年には2時間を切っているが、ビデオの視聴時間が増加した。

●小学生での「インターネット2時間以上使用」が2008年には3.7%、2013年には6.6%に増加。中学生では同14.0%と24.5%、高校生では同15.1%と42.8%。

●2002年、テレビ・ビデオ視聴による言葉遅れについての報告が出された。言語発達や社会性の遅れのある幼児の中には、テレビ・ビデオの長時間視聴によって言葉遅れなどが生じ、視聴をやめると改善がみられた例がある。その後2004年にも、テレビ・ビデオ視聴が4時間以上で言葉遅れの頻度が9.6%と、視聴時間が長いほど言葉遅れの頻度が高いとの調査が出た(岡山県・1歳6カ月児健診対象児約1000名を対象に調査)。

●電子メディアは発達障害児にはどのような影響を与えるのか。一般の子供たちでさえ電子メディア視聴の影響を受けるのだから、元々コミュニケーションが苦手な発達障害児により悪影響があったとしても不思議ではない。しかし推論の域を出ない。

●ここ30年の変化としてはこのほかに”睡眠習慣”の変化がある。夜更かし型の生活をする幼児の比率が激増した。夜10時以降に就寝する2歳児は、1980年には30%弱だったが、2000年には60%弱までになった。起床時間は7時頃で変化ないので、睡眠時間が短くなっている。専門家は、このような睡眠習慣が発達に悪影響を与えることを危惧する。体内時計の調子が悪くなると、心身に様々な悪影響が出てくる。幼児期の睡眠不足は肥満のリスクになる。また、睡眠不足の子供では学業不振に陥りやすい、抑うつ、イライラなどの精神症状を示しやすいという報告もある。諸外国との比較で日本の幼児の睡眠時間は短く、日本の幼児の睡眠時間は17か国の中で最短時間だった。

●発達障害児の生来の特徴として睡眠障害がある。ASDに睡眠障害が合併する比率は報告によって幅があるが、約30%から90%と、少なくとも一般の子供集団より高率である。ASDの場合、例えば神経過敏性などが関係し、入眠困難、中途覚醒、睡眠随伴症などの問題が生じる。

●ADHDにも高頻度で睡眠障害が合併する。入眠困難、中途覚醒、日中の過眠、むずむず脚症候群など。

●生来、睡眠障害を伴いやすい発達障害の子供が生活習慣として不規則な睡眠習慣を続けた場合、さらに悪影響が出たとしても不思議ではない。

●セロトニンの関連。近年のPETを用いた研究では、高機能自閉症では脳の広範囲にわたりセロトニン・トランスポーター濃度の低下が明らかになり、濃度の低下の程度と強迫症状との関連も示唆された。

●セロトニン神経の重要なポイントは「生活環境の影響を受けやすい」点であり、適切な生活習慣で毎日を過ごしていけば、子どもたちのセロトニン神経の働きが向上する可能性がある。

●外遊びの減少。子供たちの運動能力は長期的に低下傾向であり、11歳男児のソフトボール投げの平均値は1986年33.7mだったのが、2006年には29.5mにまで低下した。発達障害児に協調運動障害が合併しやすいことはよく知られており、そのような子供たちが運動不足になれば、協調運動障害が深刻化するかもしれない。またASD児の場合、元々室内遊び(ゲーム等)を好む傾向があるので、運動遊びの減少が一般の子供以上に進んでいる可能性もある。

●ここ数十年の子育て環境の急激な変化に専門家は警鐘を鳴らす。子育ての変化が始まってから2世代目になっていることに着目し、より深刻な影響が出ることを懸念している。親からの語りかけ等が少ない時代に育った子供が親になれば、その子供に対してさらに偏った子育てをしてしまうという懸念である。そして、その無意識の偏った子育てが、発達障害に類似した行動を示す”境界領域”の子供たちを増加させているという仮説を述べている。自閉症心因論は否定されるべきだが、元々の軽い偏りに、偏った子育ての影響が加わって問題行動が顕在化する可能性はある。


―自閉症の概念、発達障害の概念が変わりつつある。

●自閉症の概念が変わりつつある。フランセスカ・ハッペらが2006年、ネイチャー・ニューロサイエンス誌に発表した論文では、「自閉症の原因は病態は1つではないので、一元的な説明は不可能である。それぞれの原因、病態、症状を探求する方が有用である」と主張した。そこから、「対人関係障害」「コミュニケーション障害」「興味の限局等」にはそれぞれの原因があり、3徴候それぞれに対して評価を行い、それぞれ別の診断分類として独立させるということにもなりかねない。それは自閉症の概念の解体にもつながることである。

●ウィリアム・マンディらは統計学的手法を用いて3徴候を徹底的に調べ上げ、対人関係障害とコミュニケーション障害を合併させた1つのグループと、興味の限局等のもう1つのグループにする、つまり、主要3徴候の代わりに主要2徴候にするべきであるという論文を発表した。このため、DSM−5ではASD症状を2つの徴候、「社会的コミュニケーション」「興味の限局等」にすることとなった。

●2014年に発行されたDSM−5の日本語版では、新たな名称「神経発達症群」が採用された。

●神経発達症群は、二者択一ではとらえられない。「障害にも個性の範囲内にもなり得る」「広い意味で治る(寛解する)場合がある」「遺伝と環境の両方が重要」「医療にも教育にも関係する」という中間的な答えが妥当だろう。

●神経発達症群の特徴を簡潔に述べると、「生まれつきの発達の偏りがあり、その後の成育環境の影響も受けながら多様な経過をたどるため、社会的不適応と精神疾患のリスクが高い子ども(人)たち」となる。

●ここ10年の発達障害ブームで神経発達症群に対する支援は確実に進んだ。しかしいくつかの問題はある。1つは、発達の多様性に対する許容範囲が狭くなってきたように感じられる点。発達の個人差と言える凸凹まで問題視してしまう場合がある。また、支援において能力面の向上を過剰に追求する姿勢。レオ・カナーはアメリカ精神医学会賞の受賞講演の中で親や教師の過剰期待を強く戒めた。


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 抜き書きは以上です。

 「子育ての変化」については、正田の20年以上前の子育て時代にもひしひしと感じていました。「遅寝遅起き」「おやつ食べさせ放題」これらが、ママ友同士の過剰な人間関係(ダラダラ1日中つるんでいる)に合併していたことがフラストレーションで、あえてお付き合いを切り上げて子供を早くに寝かせていたものだから、そんなことだけでママ友のいじめの対象になったりしました。

 その世代の子たちが今就職年齢になっています。

 子供時代を母親たちのお付き合いにお付き合いして生理的にも不自然に過ごしていた子が大人になって、どんな社会人になるのやら。

 会社は「育て直し」の場になるのではないか。幼児時代からの間違った子育てを矯正する(不完全にせよ)場となるのではないか。諦念と希望の織り混ざったわたしの予感です。

 あ、でもそれは発達障害の話題の本筋ではなかったですね。

 とまれ、「ASD4%時代」を受けた本書の主張、

「私たちの多様性への感度を上げるべきだ」

には、大いに賛同します。このブログでおなじみの単語(漢字2文字のやつ)も、そこに資するはずです。

 


正田佐与