読者の皆様、3が日をいかがお過ごしですか。

 暖かかったですねえ。

 わたしはそんな中、色々無理がたたって(苦笑)少し風邪気味です。


 このブログの目的を確認しておきますと、これはマネジャー向けに「承認研修」を行う研修講師・正田の、現在過去未来の受講生様方へ日々、愛をこめて送り続けるメッセージです。

 ここでは、

1.「承認研修」のもつもう1つの意義―「適切な厳しさ」の復権
2.高業績を生み続けるもう1つの要素―異論を叩き続ける正田の「先生仕事」
3.教員定数削減に関する思いと、「承認企業の職場が若者の最後のセーフティーネット」

という、お話をしたいと思います。

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1.「承認研修」のもつもう1つの意義―「適切な厳しさ」の復権


 読者の皆様はご存知のように、「行動承認」を中心とする独自の「承認研修」は2003年以来10数年にわたり、「業績1位マネジャー」を生み続けてきました。

 マネジメントの中で1つの手法が成果を生むというのは、
〇マネジャーたちにとって学びやすい・習得しやすい、
〇人間性の根源に触れるものであること、
それに
〇問題が起きない
〇続けやすい
ということなどが相まっての結果であります。これらのうちのどれを欠いても、わたしの受講生様方がなしとげてきたような数年、長い人では10年以上もにわたる成果につながってこないだろうと思います。

 4つ前の記事に書きましたように、マネジャーたちは「承認」の大原則以外にも、マネジメントの中でいくらでも補助線を引きます。「傾聴」や「質問」もそうですが、「叱る」や「ビジョンを語る」もそうです。「社内政治」などもその1つかもしれません。―なにが「幹」でなにが「枝」なのか見極める眼をもちたいですね―

 実はわたしは「叱る研修」をもう7年ぐらいやってないのですが、「承認研修」を採用されたお客様で「叱る研修」までを必要とされることは少ないです。ほとんどの受講生様は、最初の「承認研修」だけで、「承認」と「叱責」、あるいは「承認」と「説諭」などを上手く組み合わせて問題解決することを会得してしまわれるんです。「承認研修」だけで、「優しさと厳しさのバランスのいいマネジメント」を習得していただけることになります。宣伝抜きで、すごくコスパのいい研修です。

 もともと、正田流「承認研修」の理論的根拠の1つ、「行動理論」の「オペラント条件付け」は、「行動したことをほめる」ということで、実はほめることに条件をつけているんです。何もしないでいたらほめないよ、という含意もあるので、「なんでもかんでもほめる」のとは違って、結構厳しいものなんです。

 ―もちろんそことは別に、「あなたはいてくれるだけでかけがえのない存在だよ」という「存在承認」もあって、そことは今ひとつ整合性を説明しきれないんですが、受講生様の中では上手く共存しているようです。ホネットの3定義もそうですよね―

 行動を尊び、行動を奨励する。それは、スマホ時代でともすれば実体験が少なくなる現代においては、いくら強調してもしすぎないほどです。
 そして、やっていただければわかりますが、「行動すること」は子供たちの「自律」をつくっていきます。理性の前頭葉を発達させ、セルフコントロール力を育んでいきます。
 親御さんが「行動承認」をしてくれるお子さん、してくれないお子さんでは、とりわけ今の時代では全然行動の経験値も、精神的成熟度も違ってくるはずです。
 ありがたいことに、「承認研修」受講後のマネジャーたちは、子供さんのいる人はほぼ例外なく子供さんにも「行動承認」を使ってくれています。


 そしてまた、「承認研修」はマネジャーたちに「叱る力」をも与えます。

 「承認研修」の中では(受講されたかたはご経験済みと思いますが)、「承認プログラム」の最後に「過失の重大性に応じた対応」というタイトルのプリントを1枚「ぺらっ」とお渡しします。そこではごく短い時間で、部下の軽微な過失から重大・悪質な過失までに応じて、無視・指摘・質問・叱責・怒る などの対応法を紹介します。

 よく「叱るのはOKで怒るのはダメ」などと言われますが、
「怒るのも否定はしませんよ、本当に確信犯か、慢心かで、会社の理念にもとるようなことを部下がしたときには怒ってもかまいません。ただ怒るのは伝家の宝刀みたいなもので、1年に1回ぐらいにしておいてくださいね」
と講師のわたしは言います。

 そうですね、わたしがいまだに後継者を作れていない理由はいろいろあるんですけど、ひとつにはこの、

「承認って厳しさも包含したものだよ」
「先生は承認って言ってるけどベースはすっごく厳しい人だよ。ダメなことやったら怖いよ」

というのを、言外に空気で見せられるか、というのもあると思います。
 ともすれば、「承認研修の講師になりたい」って言ってこられる方は、ベースからポジティブで優しくて、自分のポジティブさや優しさを商品として売りたい、優しい楽しいだけの研修をしたい、かつ自己顕示欲も満たしたい、という方が多かったですね、一昨年ぐらいまでの傾向は。昨年からちょっと変わってきたかんじですね。

 で、実際に研修中に受講生さんを叱るのもやぶさかではないです。最後に叱ったのは昨年の初めだったかな、腕組みして半身の姿勢のまま実習に参加していた部長級の人を叱りました。
「あなたも部下の方に色々なことを指示したり要求したりされると思います。今このとき真剣に学ぶべきことを学ばなかったら、あなたは部下に何かを要求できる資格はないですよ」
 一期一会の研修講師、叱ると全体の予後はかなり悪くなりますから、本当は叱りたくないです。でも必要な場合は腹をくくって叱ります。

 まあ受講生様方や長い読者の方々なら先刻ご承知のことをつらつら書いてしまいました。


 で、繰り返しますが「承認研修」は優しいだけの研修ではありません。むしろ「承認」の実践を通じて「適切な厳しさの復権」ひいては「規範維持」までをも狙った研修です。

 こういうのはすぐにわかっていただけることではなくて、お客様がブレずに一定期間やり続けてくだされば、そうした全体の意味あいがわかってこられ、メリットを享受していただけると思いますね。
 最近も、「承認研修」数か月後に「LINE禁止令」を出したお客様の話をご紹介しましたね。

 なんども言いますように、人の脳の「自己意識をつくる部位」が同時に「外部の規範を取り込む部位」でもあるので、「承認」で相手の自己意識に働きかけながら規範を叩きこむ、というのは極めて有効なやり方です


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2.高業績を生み続けるもう1つの要素―異論を叩き続ける正田の「先生仕事」


 このブログでは最近「批判記事」が急増していまして、まあ批判しなければならない、「承認欲求」と「ほめる」をターゲットにした「邪悪かつダメダメな言説」というのも急増しているのも事実です。

 1つ前の記事もそうでしたが本記事の次の記事も批判記事になる予定です。

 で、「承認ファン」(などという人がいらっしゃるのかどうかわかりませんが)の方の中には、当然、

「せっかく人を肯定する、明るく楽しく優しい『承認』というものに魅かれたのに、正田さんは厳しすぎ、トゲトゲしすぎる。楽しくない、イヤだ」

という方もいらっしゃると思います。入り口の空気とあまりに違いすぎますよね。

 しかし。と、わたしは思います。

 「承認」というものが人の世を幸せにするためには、実践者のかたが単なる気まぐれでなく、未来永劫使い続けてくださらなければなりません。
 いや、効果を得るにはそんなに長くかからないですよ。実践を始めて1週間から数週間で、初期の成果は得られます。でも、「やめたら落ちる」。つねに意識的に努力し続けて初めて維持できるんです。そして部下や子供、弱者の側からしたら、上司や親が気まぐれで一時的に「承認」をやり、そのあとやめてしまう、というのは、不幸のどん底に叩き落されることです。やり始めたら、やり続けてほしい。業績がグワーッと上がった後やめたらストンと落ちた人のお話、けっして脅したくないんですがやっぱりそういうものです。


 そして今どきの目立ちたい一心の「おバカ論者」たちが、「ほめ育てはいけない」「承認されたいと思ってはいけない」などのコピーを使いたがることといったら。それらの言説はキャッチーなので、正しくなくても売れてしまうんです。「もう古いよそれ、オオカミ少年少女ちゃん」と言いたいんだけれど。ほんと、この手のことを言う人は例外なく人格がわるいと思っていいです。

 それをこのところ短いサイクルで繰り返していますので、せっかく「承認研修」の機会を持たせていただいても、以前より定着がわるいと感じることが多くなってきました。
 次の世代をたくましく育て、先細りぎみの日本人をよい方向に進化させる、ほとんど唯一の道筋だというのに。

 「おバカ論者」たちはまた往々にしてすっごい高学歴です。次の記事に登場する「先生」も、東大卒です。でも言っていることの辻褄が全然合っていません。
 
 で、正田は、感情的な悪口ではなく、書き手のロジックをきっちり追ったうえで叩き続けます。ダメなものはダメ、鬼デスクと化して。最近はだれもそういうことを精査しなくなったみたいですが、正田は言います。

 申し訳ありませんが、次世代の健全育成をダメにしてしまう言説を弄んで自分の夜遊びとかブランドバッグ用のお小遣いを稼ごうなんていう「おバカ論者」さんがたは、このブログで面目丸つぶれになっていただきます。たくさんの子供さんや若者たちの将来のほうがその人たちよりずっと大事です。


 「叩き記事」は一時的に読者のかたの気分を害するかもしれませんが、何よりも実践者の方々の誇りのことを思います。実践者の方々がだれか知り合いに、「慶応准教授のだれそれさん(この人は慶応の恥ではないのだろうか)がこう言ってたよ」と言われたら、「あ、でもその議論はこういう風に間違ってるってうちの先生が言ってたよ」と、涼しい顔で言い返せるために、ネタをご提供し続けます。涼しい顔で言い返さなくても、流されず引き続き誇りをもってやり続けていただくために。


「ブログ読んでいますよ」
 こう言ってくださる受講生の方が、ほぼ実践を継続し成果を生み続けていらっしゃいます。
 それは、こういう今どきの論壇の荒涼たる風景がその方々にもみえていて、その上で正田ひいては承認を支持してくださるのだと思います。読んでない人は、恐らく例外なく「おバカ論者」とその取り巻きのほうにのまれていきます。

 情報の多い、そして無価値なガセ情報のほうが目立つところで飛び交う時代、この隠れ家的なブログを読み続ける根性のある人々だけが、成果を手にし続けられます。

 あ、あと正田の「汚れ仕事」をさげすむような人は、後継者に指名しないですからねー(笑)手伝えとまでは言いませんけれども。

 
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3.教員定数削減と、「承認企業の職場が若者の最後のセーフティーネット」

 
 2016年度の公立小中学校の教職員定数について、政府・自民党は15年度よりも3470人超減らす方針とのこと。
 この教員定数削減については、1つ前の記事でも述べましたが、「エビデンス」を盾に女性学者さんが何を言おうと、そもそも今どきの諸般の事情で指導しにくい子どもたちをみるのに、40人学級とか35人学級は無茶苦茶なのです。あんたがみろよと言いたい。いいんじゃないですか、40人35人学級でOKだと思ってるひとは、自分が介護受ける側になったとき利用者40人に介護職員1人の施設に入れば。きっと、「エビデンス」は「それでOKだ、問題無い」と言ってくれるでしょ。

 わたしの持論で、日本の45人学級とか40人学級とかは、団塊の世代が50人学級だった時代の名残にすぎなくて、子供がイヤというほど生まれてきた時代に少々の落ちこぼれが出てもいい、また発達障害が顕在化しなかった時代に子供というものはみんな一律の健常者だという前提で生まれたものだと思います。今、その前提がまったく崩れている以上、子供が減ったから先生をそれに応じて減らすというのは大きな間違いで、ゼロベースでクラスの人数を見直したほうがいいです。そして「40人を35人に減らしても成績が向上しないじゃん」というエビデンスがあったとしても、じゃあ30人ならどうなの?20人ならどうなの?20人ぐらいが本当は妥当なんじゃないの?先生の数が増えたら学校のマネジメント体制を見直し、先生7人ぐらいにマネジメント1人、の体制にしてマネジメントの育成機能を強化すればいいんじゃないの?と思っています。

 まあ広井教授流に言うと、日本の子供が人生前半の福祉を受けられないことは目を覆わんばかりです。(先日のメールのやりとりでは、「ギリシャ、イタリアに似た、非常にまずい状態です」と言われていました。)でもおカネの配分の問題はそう簡単には解決しそうにないので、

 ひとつ福音は、
 そういう”不幸”な育ち方をしている若者たちが、「承認企業」に入るとイキイキと働くことです。行動をとり、責任を引き受け、開発をやり、元気な働き手となっていきます。
 
 たぶん昨年を通じてのわたしの感慨として、

「労働は、それ自体に人を『承認』するはたらきがあるのだ」。

 もちろん、労働そのものに付随して周囲や上位者やお客様に、その本人を「承認」する視線や態度、言葉がけがある状況のもとでです。労働の中のそれは、人生前半に十分な福祉を受けられず、親の早期教育熱に押し潰され、かつスマホの不安定な人間関係にすがり続けてきたひ弱な若者たちにとっても、かつてない質の高い力強い「承認」となり得ます。若者たちはそこで「育て直し」をされるのです。「生まれ変わり」といってもいいぐらいかもしれません。
 
 このメカニズムはまだよくわかっていませんが、今までのところそれは再現されてきました。これは某女性学者さんがバカにする「老婆の個人的体験」(この人、「老婆」っていう言葉を使っちゃうんですよね〜。びっくりしますね。あたしも52歳老婆ですけどね(笑))よりは、はるかに広範囲に長期間にわたって認められてきたことです。

 こんな高貴なすばらしいことを、なぜ大学の先生方は研究しようとしないんでしょうね。
 民間のわたしらのほうが、彼らよりはるかに歴史的で高貴なことをやっています。同志たちよ、そして受講生様方、それは信じていいですよ。

 だから、

「承認企業は若者たちの最後のセーフティーネットだ」。

おわかりいただけますでしょうか。


 ちょうど最近フェイスブックのお友達のご縁で、施設出身者や受刑者の就労紹介業のかたとお友達になったりして、この関係も、今後どう発展するか興味をもっています。ビジネスとしては期待できないでしょうけれど、お役に立ちたいですねえ。


2016年1月3日
正田佐与