あの日

 『あの日』(小保方晴子、講談社、2016年1月)を読みました。かの有名な、STAP細胞論文騒動の主役の手記。
 読まないって言ってたのにね。裏切者〜!って石投げられそうです。

 本日2月23日現在、Amazon総合ランキング16位、「科学史・科学者」「日本のエッセー・随筆/近現代作品」「科学・テクノロジー」の各カテゴリで1位。本屋さんにはずらり平積みで並んでいます。

 沢山の識者、専門家、コメンテーターの方々がこの本に言及しています。またAmazonのレビュー数は早くも500を突破しました。
 数字を論じるのが好きなかたのために内訳を言うと、560レビュー中★5つ321、同4つ52、3つ47、2つ12、そして★1つが128です。

 賛否両論あるなかで、まあせっかくの流行り物ですので、このブログでは、良識的な社会人、とりわけマネジャー層の読者の皆様にターゲットを絞って、「この本の正しい読み方」を解説していきたいと思います。


 この本を賞賛する人々は多くは前半を賞賛します。
 前半部分は、著者・小保方晴子氏の子供時代に始まり、高校、大学(早稲田)、修士課程(東京女子医大)そして米ハーバード大学のバカンティ研、ととんとん拍子に階段を上っていきます。
色彩感覚豊かで、画面に動きがあり、映画をみせられているような気分になります。著者の高揚感がダイレクトに伝わります。

 人材育成屋のわたしは、「この著者はどんな価値観・動機づけをもって生きている人か?」ということに関心が向くほうです。
 この本の前半部分、ハーバードに行って滞在中の前半までのくだり。ここの文章はなぜこんなにも輝きを放つのでしょうか。
 わたしはそれは、著者の価値観がもっとも顕著に出ているからなのだと思います。

 著者の価値観とは、何か。
 読み取れるのは:上昇、希望、鮮やかな色彩(とりわけ「金色」が度々出てきます)、世界の最高峰への移動、憧れ、挑戦、華々しい、美しいものへの賛美、頭の良さへの賛美。
 上位者からのまなざし。「褒められる」こともたびたび出てきます。
 「優しい」という言葉も度々出てきます。
 「細胞のふるまいの自由さ」(p.50)という印象的な言葉もあるので、「自由」ということ、また細胞の時時刻刻の変化を見守ることも価値観なのかもしれません。
(ほかにもありますか?是非、読者の皆様、ブログコメントでもFBメッセージでも、「私はこういうのも価値観だと思う」というのがありましたら、ご教示ください)

 これらが同時に連動して現れるのがこの本の前半部分です。こうした価値観を多少なりとももつであろう大部分の読者はその世界に引き込まれるでしょう。前半だけでも楽しい気持ちにさせてくれるので、この本は読む価値があると言えるかもしれません。
(この著者に印税を渡したくないという方は古本か立ち読みで十分です)

 その前半部分には、印象的な2つのエピソードが載っています。希望に満ちたこの本の前半を象徴するような、とても魅力的で美しいエピソードです。
 そのひとつは、子ども時代の病気のお友達の話。「第一章 研究者への夢」の冒頭部分に出てきます。
 この記事では、少し長くなりますが、あとで読み解くための材料として、このエピソードを丸々引用させていただきましょう:

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 私を再生医療研究の道に導いたのは、幼い頃の大切な友人との出会いだった。彼女が描いた絵や、作った工作作品は、たくさんの生徒の作品が並ぶ中にあっても、格段に目を引き、一目で彼女の作品だとわかるほど、抜群の才能を感じさせた。彼女の描いた明るい色使いのひまわり畑の絵や、細かな細工が施されたかわいらしい動物形の木工作品は、彼女の笑顔とともに、今でもはっきりと思い出すことができる。
 彼女に変化が現れだしたのは、小学校4年生の頃だったと思う。病名は小児リウマチだった。それから、彼女とは中学校3年生までずっと同じクラスで、担任の先生からも、「困ったことがあったら助けてあげてほしい」と言われていたが、彼女は病気の辛さを一切表に出さず、私はこれまでと同じように一緒に時を過ごしていた。
 中学校を卒業する頃には、誰よりも繊細で器用だった彼女の手が、だんだんと曲がっていく様子にも気がつきはじめた。痛みはあるのだろうか、どんな気持ちでいるのだろうか、と思うと、どう接したらいいのかもわからなかった。そんな私の心情を察してくれたのも、彼女だった。ある冬の日の放課後、「一緒に帰ろう」と私の座る席の隣に笑顔で立っていた。二人でゆっくり歩く、いつもの帰り道、「はるちゃんは頭がいいから、将来なんにでもなれるよ」と励ますように言った。助けてもらっていたのは、いつも心の弱い私のほうだった。何もしてあげることができなかったという無力感と、友人に訪れた運命の理不尽さに対する怒りや悲しみは、「この理不尽さに立ち向かう力がほしい、自分にできることを探したい」との思いに変わり、この思いはいつしか私の人生の道しるべとなっていった。(pp.6-7)

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 しばらく余韻にひたってみてください。いかがでしょうか。
 この本に魅入られた方は、ほとんどが「このエピソードに感動した」と言われます。そして、「こんなにお友達思いの小保方さんが悪いことをするわけがない」と言われます。
 このブログをお読みになっているあなたのご感想は、いかがでしょう。

 もし「感動した」という方ですと、非常にお気の毒なことをしてしまうかもしれないのですが、ここではこのエピソードを現役の企業のマネジャー、あるいは「かしこい採用担当者」の視点で、少々辛口に読み解いてみたいと思います。

 ここでは、印象的な表現が出てきます。
 幼い頃の友達。「彼女の描いた明るい色使いのひまわり畑の絵や、細かな細工が施されたかわいらしい動物形の木工作品は、彼女の笑顔とともに、今でもはっきりと思い出すことができる。」
 すごいですねー。この著者は基本、「視覚優位」なのだと思います。子供の頃の自分の作品ではなく、お友達の作品のことをこんなに細かにおぼえている。お恥ずかしいことにわたしはおぼえてません。全然。
 そして、「明るい色のひまわり畑の絵」この表現。ここでは、「何色」と色を特定していません。でもひまわりだから、誰もが「黄色」を思い浮かべるだろう。むしろ、「黄色」と言葉で特定しないぶん、読者の脳裏にはひときわ鮮やかな黄色が思い浮かべられるのではないか。すばらしい、文字表現の粋です。
次の「細かな細工が施されたかわいらしい動物形の木工作品」これも同じですね。動物なにかなー、クマさんかなーウサギさんかなーネズミさんかなー。明言しないことによって、読者に想像の余地を与えてくれます。むしろ自分の好きな動物のイメージをかぶせながら、いきいきと思い描くことができます。

 いや、「作文教室」の指導のノリになってしまいました。

 本題に戻ります。
 このあと、お友達は小児リウマチに侵されます。中学を卒業するころにはどんどん手が曲がっていったとある。そして先生からは、「困ったことがあったら助けてほしい」と言われていました。
 で、われらが小保方晴子さんは、どうしたでしょうか。じゃーん。
 どうも、全然何もしてあげなかったっぽいのです。

 小学校から中学までずっと同じクラス。これもある意味すごいことです。いくら少子化とはいえ、ベッドタウンの千葉県松戸市のことです。1学年1クラスということはない。だから、9年も一緒にいたら「因縁のお友達」というところだと思いますが、小保方さんは、
「私はこれまでと同じように一緒に時を過ごしていた」
「痛みはあるのだろうか、どんな気持ちでいるのだろうか、と思うと、どう接したらいいのかもわからなかった。」
というのみで、何かしてあげた形跡はありません。

 唯一、このお友達からある日「一緒に帰ろう」と言ってくれて、一緒に帰った。
「二人でゆっくり歩く、いつもの帰り道」
 これは、この二人がいつも一緒に帰っていた帰り道なんだろうか。いや、そうとは限りません。「二人でいつも一緒にゆっくり歩く帰り道」とは言ってませんもの。
 どうも、この二人はそれまでは別行動していて、この日だけお友達のほうから誘ってくれて、一緒に帰った。そういうふうにとれますね。
 でこのあと、
「何もしてあげれなかったという無力感」
とも言ってますし、たぶん本当に何もしてあげなかったんでしょう。

 なんでこういう意地のわるい読み方をするのか?
 なぜかというと、おそらくこのエピソードは、小保方さんのその後の各ステップごとに関門をくぐりぬけてきた、プレゼンの「定番エピソード」だからなのです。早大のAO入試、東京女子医科大学の修士、ひょっとしたらハーバード大バカンティ研の門戸を叩いたときも理研の門戸を叩いたときも?ずっと使ってきた、そして教授たちのハートをつかんだ「きめ」のエピソードだからです。
 このエピソード全体が言っているのは、子どもの頃仲の良かったお友達が、美しい繊細なものを作れる器用な手をもっていたのに小児リウマチに侵されその能力を奪われてしまった。自分は何もできなかった無力感。それがあるから医療分野の研究をして人類に貢献したいんだ、ということです。
 そのお友達を襲った運命の残酷さが、きく者の心を捉えます。とりわけお友達の小さい頃の作品をみる楽しさと「手が曲がっていく」ことの対比が。

 しかし。
 しつこいようですが、小保方さんはそこで何もしてないのです。
 これは、企業の採用の時に気をつけたい重要ポイント。
「あなたはそこで何をしましたか?」
と、「行動」に関わる質問をしましょう。
(詳しくは伊賀泰代『採用基準』など参照。もちろん拙著『行動承認』も)

 なぜ、「行動」を尋ねてほしいかというと、もし医療分野に従事するために重要な資質、
「病気や怪我、障害に興味がある」
「人の困りごとをみると助けずにはいられない」
(ストレングスファインダーでいうと「回復志向」ですネ)
があれば、そこで必ず何かするからです。小児リウマチというのがどんな性質をもった病気か調べたり、お友達に親身になってあれこれ世話をやいて、病気になるとはどんな気持ちなのか、どんな助けが必要か直接尋ねる、というようなことをします。
 そういう価値観のある人であれば、ほっといてもそういう行動をとり、それが喜びなのです。
 あるいは、「責任感」の高い人であると、先生から「助けてあげてね」と言われていれば、必ず人一倍お友達のお世話を焼くはずです。

・・・ちなみに、わたしは回復志向はないですが責任感だけはあるほうなので、子供時代いいことも悪いこともやりましたけれど、ある異様に無口なお友達にやたらちょっかいをかけ、ギャグツッコミをして笑わせて学年の最後のほうにはかなりしゃべるようになってくれていた、という思い出はあります。それも、「面倒をみてあげてね」と先生に言われていたからです。
 医療などはとくにしんどいことの多い仕事なので、そういう価値観とか強みをもった人でないと続けるのが難しいでしょう。ほっといても自然にそっちの方へ身体が動くという人であれば、少々のしんどいことも耐えてやり通すことができるでしょう。
 なので、適性があるかどうかをみるには、必ず「あなたはそこで何をしましたか」行動をきく質問をしてください。小保方さんはこの点、残念ながら落第っぽいです。

 ではなんで、このエピソードで「私はお友達のお世話をした」ということを、ウソでいいから入れなかったか。
 想像ですがひょっとしたら、「では具体的にどういうふうにお世話をしたか?」とつっこまれると、しどろもどろになってしまうから、でしょうかねえ・・・

 小保方さんにとって有難いことに、彼女の進学先は医療の臨床のほうではなかったのです。早稲田の応用化学、東京女子医大の組織工学。ほんとの医療ではないので、教授たちもそこまでつっこまなかったようです。単に、お友達を襲った残酷な運命、そして傍観者だった小保方さんが中学時代に一度だけこのお友達と一緒に帰った、それだけの物語で「すばらしい!」と感動してくれたっぽいのです。
 ・・・こういう採用をしちゃダメだ、という見本ですね・・・

 また、よく考えるとこのエピソードは、この本、『あの日』の構成全体の雛形ともいえるエピソードです。
 すなわち、希望と色彩感にみちた前半部分と、運命に巻き込まれ残酷な結末を迎える後半部分。
 こういうお話の構成をすると、読者や聴き手の心をつかめるようだ。
 彼女は人生を決める大事なプレゼンでこのエピソードで繰り返し成功を収め、学習してきたのではないでしょうか。そのノウハウを『あの日』で踏襲したのではないでしょうか。



蛇足 1.
 小保方さんのプレゼンする動画は、YoutubeにいくつもUPされているのでみることができます。
 たとえばこちら
>>https://www.youtube.com/watch?v=agyNRRITN-I
 残念ながらこの病気のお友達のエピソードを語ってくれてはいませんが、今見れば「青年の主張」のような小保方さんの語り口に、このお友達のエピソードは見事にぴたりとはまっています。

蛇足 2.
 中学時代にお友達から「一緒に帰ろう」と言われて一緒に帰った。
 どうもそれまでは一緒に帰ってなかったっぽい。さて、この日に限って何故、お友達が私の座る席の隣に笑顔で立っていたのだろうか。
 色々、大人なので裏読みをしてしまいます。
 これ言うとファンの方々におこられそうなんだな〜〜
 例えば、こちら。

「小保方氏の同級生が明かした『メルヘン妄想&虚言癖』」(東スポWEB 2014年3月19日)
>>http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/246439/
 ネイチャーのSTAP細胞論文の不正疑惑がどんどん明るみに出、共著者の若山照彦教授が論文撤回を呼び掛けたころに出た記事です。
 (報道けしからん!マスコミけしからん!という声もあるのですけどね、こういう理研とかの関係者以外の、現在の利害関係のない人から出た証言には一定の信憑性があります)

 上の記事は高校時代のお友達の談として、「小保方さんは虚言癖があり不思議ちゃんとして有名だった」「妄想、虚言の癖があるとみんなわかったから、仲の良かった女子の友達も離れていった」という意味のことを述べています。

 これはあくまで高校時代のお話ですが、ひょっとしたら中学までも同じようなことがあったかもしれない。何かのウソがばれて信用を失い、ほかのお友達がみんな離れていった、というような場面が。
 そういう場面に、病気のお友達が現れて「一緒に帰ろう」と言ってくれた、とすれば、このシーンは全然別の意味を持ってくるのです。
「はるちゃんは頭がいいから、将来なんにでもなれるよ」
 このお友達の言葉もそう考えると意味深なのです。


・・・


 えーと以前から毀誉褒貶の激しいかたなので、このブログでもこうした辛口レビューをすると、「小保方さんへのバッシングけしからん!」とファンの方からお叱りを受けるかと思います。
 でこの本自体にも強烈な「報道批判」が盛り込まれているので、あえて、当時の報道とりわけ理研・若山氏サイドから出たとみられる情報は避け、同じ理由で『捏造の科学者』も読むのを避け、(本当はおさぼりしてるだけなのかもしれませんが)
 できるだけこの本、『あの日』と、プラス小保方さん自身が発信した、記者会見での発言、文章、などを材料に、現役社会人の読者向けに「小保方さんの人格とどう付き合うべきか」を読み解いていきたいと思います。

 あるいは、「『あの日』を100倍楽しむ法」とかですね、
 とにかく、高学歴の男性を次々破滅させた今世紀最大の悪女なわけですので、こういう女性と同時代を生きていることをとことん楽しみながら、大人として身につけるべき知識知恵を身につけたいと思うのであります。
(でも羊頭狗肉に終わるかもしれないですけど。そうなったらゴメンナサイ)

 すみません、実はまだ全体の構成を考えてないので、今から順次記事をUPしてから各記事にインデックスを追加していきたいと思います。


これまでの記事は:

●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―1位マネジャー製造講師・正田が読む・晴子さんのプロファイリングはVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(4)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.2 小保方さんの生育環境は
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935705.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(5)―プロファイリングVol.3 多彩な感情表現は人を被害者的にする!心理学セミナー、カウンセリングの副作用のお話
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935878.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(6)―「私の会社でも」読者からのお便り
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936058.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(7)―“惑わされる”理系男子:女性必見!もしもあなたの彼が「隠れ小保方ファン」だったら
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936162.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(8)―「キラキラ女子」の栄光と転落、「朝ドラヒロイン」が裁かれる日
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936340.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(9)―「STAP細胞はあります!」は本当か?Amazonレビュアーが読み解くプロジェクトの破綻
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936570.html

●社会人のための『小保方手記』解読講座(10 )―再度「STAP細胞はありません」―「ウソ」と真実・ネット世界と現実世界のギャップ、社会人の分断リスク
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936986.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(11)― 騙されないためのケーススタディー:小保方晴子さんが使った「ヒューリスティック(自動思考・錯覚)」の罠
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937126.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(12)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(前編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937436.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(13)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(後編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937542.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(14)(最終) まとめ:あなたの会社から「モンスター」を出さないために―女性活躍、発達凸凹対応、そして改めて「行動承認」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html



●エイプリルフール特別企画・シリーズ番外編:社会人のための「小保方情報」解読講座
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937719.html