あの日


 小保方晴子さんの手記『あの日』(講談社、2016年1月)の読書日記 第13弾です。

 前回は、

1. 時系列でみる 小保方さんの「バブル世代おじさま」たち
2.「ええかっこしい」の系譜(1)常田聡氏の“教えない教育”
3.「ええかっこしい」の系譜(2)笹井芳樹氏の前のめりとイッチョカミの悲劇


という内容を取り上げました。
※詳しくは第12回参照
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937436.html
 今回は、残りの上司たちについて。

4.「無関心」⇒「擁護」⇒「放棄と紆余曲折」:若山氏
5. 闇の紳士たち?:大和氏、バカンティ氏、セルシード社


 この人たちを取り上げようと思います。
 それではまいりたいと思いますが、その前に。

 例の「告発状」について、結果が出ておりました。
 昨3月28日、「STAP細胞論文の研究不正問題に絡み、舞台となった神戸市中央区の理化学研究所の研究室から、胚性幹細胞(ES細胞)が盗まれたとする窃盗容疑で告発を受けていた兵庫県警は28日、容疑者不詳のまま捜査書類を神戸地検に送付し、捜査を終えた。」
との報道が出ました。
 このES細胞窃盗容疑の告発の件については、本シリーズでは「研究不正問題の本筋の話ではない」と考え、これまで触れないできました。
 正直、昨年5月の告発状受理以来これまで捜査が継続していたので万一、窃盗が立件されるようなことがあれば、小保方さんの研究の日常の一端がわかるかも?という期待があったのですが。
 シリーズの(9)でご紹介したパルサ説では、「STAP細胞はES細胞混入ではない」という立場をとっていることもあり、ここではこの告発の件を重視しないできました。
 ・・・と、少し言い訳めいているわたしです。

 それでは改めて本日の内容にまいりたいと思います―



4.「無関心」⇒「擁護」⇒「放棄と紆余曲折」:若山氏

【理研・2010〜2012】
若山照彦氏 1967年4月1日(48歳、理研チームリーダー=当時、2013年より山梨大教授)

 若山氏は、小保方晴子さんの手記『あの日』では、典型的な悪役として登場します。『あの日』だけを読まれ、他からあまり情報を得ていない方ですと、「若山氏がすべてを仕組んだ黒幕だ!若山氏は怪しからん!」と、なってしまわれる方も多いようです。
 私個人的には、あまり『あの日』の若山氏に関する記述をそのままここに引用するのは気が進まないのです。といいますのは、このシリーズの「プロファイリング編」でみましたように、小保方晴子さんの特性としてかなりの空想癖がありそうです。またこの本全体にも事実関係の異同が多く、実験データも正確に残していないことでもわかるように、物事を正確に記録・記憶するタイプの人かどうか疑わしい。カギカッコの言葉として書かれていることも本当にそう言ったのか、空耳や記憶違いではないのか、また本当だとしても単なる社交辞令ではなかったのか。はなはだ疑わしいのです。
 よって、それをここに引用することはかえって小保方晴子さんによる若山氏への攻撃に手を貸すことになってしまいそうな気がするのです。

 若山氏をよく知るという人物によれば、同氏は非常に実直な人物であり周囲から信頼されているという言葉が出ます。
 ・・・ただ、本シリーズではことSTAP研究に関しては、完全に「シロ」とも言い難いかな?という立場です。もちろん第一の責任者は小保方晴子さんです。

 また、『あの日』だけでは若山氏の研究業績全体は決して見えないだろうとも思います。
 手っ取り早く、Wikiの若山照彦ページのリード部分だけでも御覧ください。

若山 照彦(わかやま てるひこ、1967年4月1日 - )は、日本の生物学者。茨城大学農学部卒、東京大学博士(獣医学)[1]。
世界で初めてクローンマウスを実現した人物であり、マイクロマニピュレータの名手として知られる。2008年には16年間冷凍保存していたマウスのクローン作成に成功し、絶滅動物復活の可能性を拓いた[2]。更に2014年には妻の若山清香とともに、宇宙マウスの誕生に成功している[3]。また、2014年に騒動となった、STAP論文の共著者でもある[4][5][6]。
ハワイ大学医学部助教授、京都大学再生医科学研究所客員准教授、理化学研究所CDBチームリーダー等を経て、2012年より山梨大学生命環境学部教授、2014年より山梨大学附属発生工学研究センター長兼務[7]。日本学術振興会賞、文部科学大臣表彰科学技術賞、材料科学技術振興財団山崎貞一賞等を受賞。

>>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A5%E5%B1%B1%E7%85%A7%E5%BD%A6


というふうに、STAP細胞以外にも壮大な広がりのある研究をしてきた人です。

 またその研究の日常というのは、日々マイクロマニピュレータを覗きっぱなし、非常に集中力を要し目を酷使する作業であること。
 
 例えば、こちら

理研若山照彦氏インタビュー「試し終わらない毎日。」(2011年8月)
>>http://article.researchmap.jp/tsunagaru/2011/08/


「現在、僕の研究室では、マイクロマニュピュレータという機械を使ってマウスの卵子から核を抜き、作ったクローン胚を入れる実験を午前の日課にしています。マウスの卵子は、人の髪の毛の断面よりもやや小さい、80マイクロメーターぐらいのサイズ。でもマイクロマニピュレータを使うと手の動きをマイクロサイズの微細な動きに換えてくれるため、顕微鏡を見ながらいわばサッカーボールを扱っているような感覚で、操作ができるようになっています。3ヶ月ぐらい訓練すれば、手でできることは何でもできる機械です。しかし1日に100、200個と作業すると、集中するのでかなり疲れるんですね。昼にひと息入れて、夕方からは作ったクローン胚をマウスの子宮内へ移植するというのが研究室の通常スケジュールになっています。」

と、毎日かなりハードな実験ぶりです。

もう一つ注目されるのが、


「研究所内にも分子生物学の共同研究者がいますが、理論の仮説を作るにも、研究の材料になる情報が必要です。まずそれを最初に作る人間がいなければならない。そこで僕らはもう思いついたアイデアはすぐ試し、クローン作製に効果があるか確かめます。ほとんどの場合全く効果はなく、試行錯誤の連続です。」

ということを言っています。
 ありとあらゆるアイデアを試す。その精神の延長線上にSTAP細胞研究もあった、と読むこともできます。このインタビューは小保方晴子さんがポスドクの客員研究員として若山研に合流した後のものです。

 どうも、口ぶりからは「可能性がゼロに近くてもあるならやってみる」そんな感じにきこえなくもありません。
 ただし。ここは矛盾するところですが、小保方さんが若山研に籍を置くようになって以降、STAP論文を投稿した先はネイチャー、セル、サイエンスという一流誌でした。(ただし軒並みリジェクト)それをみると、どうも「可能性は低いが当たれば大きい」と若山氏が考えていたであろうことも伺われます。

 あるいは、こちら
生命科学DOKIDOKI研究室
「第11回 独自のアプローチでクローン技術の再生医学への応用をめざす」(2011年)
>>http://www.terumozaidan.or.jp/labo/interview/11/05.html 


 ここでは、
「マニピュレーターを操作するのは意外に体力がいるものなんです。午前中集中して操作すると、午後は3時間くらいなにもできないほど疲れてしまいます。研究というのは体力勝負なんですよ(笑)。」
ということも言っていて、どうやらマニピュレータ−を覗いてるか休んでいるか、という時間の過ごし方をしていたよう。職人さんですネ。

 「若山氏はなぜ小保方晴子さんをもっと管理していなかったか?」

 こうした疑問が出ますが、まず、小保方さんは若山氏の研究室の正規の研究員ではなく(身柄は若山研、雇用はチャールズ・バカンティ氏)という立場のいわば「外様」。もともとが違う指揮命令系統の下にいる人なのです。それに加えて若山氏のこの研究生活ぶりであると、小保方晴子さんの実験ぶりについては、見ている余力がなかったのではないか、と想像されます。

 言うなれば「放置プレイ上司」。ではありますがかなり同情できる、無理もないといえそうな事情であった、ということです。
(あ、わたしの受講生さんだったらやっぱり、「ちゃんと見ましょうね」と言いたいですね)



 研究室の見取り図というのがおもしろいことにネット上にUPされています。
「STAP細胞研究当時の若山研究室」
>>http://image.itmedia.co.jp/news/articles/1412/26/l_yuo_chosa_03.jpg

 これで見ますと、研究室での若山氏と小保方さんの席はかなり近い。しかし、若山氏の仕事の本筋であるマイクロマニピュレータは、この図の左上の「はい操作室」にあったと考えられるので、1日の大半をここにいると、小保方さんと接触することはほとんどなかったであろうと考えられます。


 『あの日』における、若山氏への批判材料は、大まかに以下の通りです。

1) STAP細胞研究に前のめりになり、「キメラマウスを作らなければ意味がない」と、自分が主導するかのような発言をしていたこと。特許の51%を要求していたこと
2) 実験にコントロールを置かない、論文にデータを仮置きするなど、不適切な研究方法をとっていた
3) 論文不正疑惑が起きたとき、途中から手のひらを返したように「豹変」し、論文撤回を他の共著者に呼びかけた
4) その後2014年3−7月にかけて頻繁に記者会見を行い、マウスの系統問題などで発言がコロコロブレたこと
5) 理研の再現実験に参加せず、自らキメラマウスを作製しなかったこと


 やはりこれらだけを読むと「若山氏怪しからん!」と、なってしまいそうですけれど。

 これについて、今わかっている若山氏側の事情を述べますと、

1) 若山氏の主導であるかのような記述。この記述は本来小保方さんが若山氏にキメラマウス作りを委嘱した経緯を、その直前に書いてあるにもかかわらず直後に捻じ曲げて書いてしまっています。委嘱した経緯は、このシリーズの(9)で述べたとおりで、小保方さんはSTAP細胞に多能性があることを証明するプロセスの第一段階第二段階までできたが雑誌に論文をリジェクトされたため、次の段階であるキメラマウス作りを若山氏に委嘱しなければならなかったとあります。ですので若山氏はあくまでリレーのアンカーを走っただけであり、リレー全体を構想したのは小保方さんです(『あの日』pp.53-64)
 また特許の配分については、小保方さんと若山氏の名の入っている国内でのSTAP研究に関する出願中の特許をこちらから見ることができますが、
https://www7.j-platpat.inpit.go.jp/tkk/tokujitsu/tkkt/TKKT_GM403_ToItem.action  この特許には7人の発明者がおり、請求項目が74あります。74の請求項目のうち、若山氏が関わったのが何項目あったかで特許配分が変わってくるでしょう。この特許配分をもって若山氏がこの研究の主導者だとみなすことはできないのです。

2)  不適切な研究方法:不明。(もし事実だとすればダメージが大きいかも、という気はします。しかし研究現場なんてこんなものだ、という声もあるのですね)

3)  2014年3月、論文撤回の呼びかけ。これは、このシリーズの(9)でみた通りであります。テラトーマがそもそもできていなかった。画像は博士論文からの転用とわかった。研究の根幹を揺るがす情報が出てきたこの時点で若山氏が「これはまずい」と思ったとしても不思議ではないのです。たとえ若山氏自身にも多少のまずい事情を抱えていたとしても。
 なお、若山氏は2014年2月中には複数の雑誌のインタビューに応じ、「自らSTAP細胞を作製したことがある、小保方氏立ち会いの下で」等と研究を擁護する発言をしています。この理由としては、・笹井氏の場合と同じく「目くらまし」が入っていた・理研の上層部からも「小保方さんを守れ」と指令が出ていたらしいこと ・若山氏自身がクローンマウス成功をNatureに掲載したとき、世界中で追試するもうまくいかず、自ら各国の研究室を飛び回ってやり方を指導し追試を成功させた経験の持ち主であること、等の要因が考えられます。しかしそうした要因があっても「守り切れない」と感じる決定的な情報が出てきたときには、撤回するのが自然だったのではないでしょうか。

4)  2014年発言のブレについて。若山氏は3月10日、6月16日、7月23日と、会見や記者発表を行いました。このうち3月10日は論文撤回の呼びかけ。6月16日は小保方さんに渡したマウスと小保方さんが作製したSTAP細胞が異なり、STAP細胞は若山研究室で飼育していたマウスのものではなく外部から持ち込まれたものだという、小保方さんによるES細胞混入説を裏付けるような発表。ところが7月23日にはこれを訂正し、以前に研究室で飼育していたマウスと特徴が一致するとしました。
 しかし、これは「陰謀」というレベルのことなのかどうか。わたしは首を傾げます。
「混乱していた」と説明してもよいことなのではないか、と思えるのです。
 若山氏にしてみると、4月9日の小保方晴子さんの会見、同16日の笹井芳樹氏の会見、いずれも「若山先生が」「若山教授が」と、若山氏に責めを負わすものでした。理研を離れて山梨大にいる若山氏にしてみれば、「オレはハメられる」「破滅させられる」と、恐怖感にかられてもおかしくありません。
 8月に入り、笹井氏の自殺の報に接した若山氏は、精神のバランスを崩しカウンセリングを受け始めた、と発表します。科学者にとっては長期にわたるSTAP事件への報道の過熱化、時間的な拘束、ストレスは小保方さんに限らず、苦痛な日々であったであろうことは想像に難くありません。
 一方でこの年の7月30日、若山氏は妻の若山清香氏(同大学助教)とともに会見し、「宇宙マウス」の誕生を発表しました。国際宇宙ステーションで冷凍保管し地上に持ち帰ったマウスの精子が、宇宙線の影響を受けず、受精し仔マウスが生まれた、というもの。実験精神は旺盛であり、若山氏としては本来はこちらに、あるいはその他の研究に神経を傾注したかっただろうと想像されるのでした。
これを「保身」と責められるのか―、読者諸賢のご判断を待ちたいと思います。

5) 理研の再現実験に参加しなかったこと。これはやはり本シリーズ(9)に出た見解ですね。「テラトーマができていない」これを2014年3月にわかった段階で、若山氏は「この研究には意味がない」はっきりとモードが切り替わってしまったのです。そこで、再現実験に参加する意義なし、としたのです。

 『あの日』で指摘された批判点についての回答は、以上です。読者の皆様、よろしいでしょうか?




 さて、それでは、「テラトーマができていない」にも関わらず、STAP論文用に若山氏が作ったキメラマウスとは、一体何だったのでしょう。

 本シリーズとしては、若山氏の疑義としてこの1点を指摘しておきたいと思います。人によっては「若山氏が小保方さん引き留めのため、ES細胞を使ってキメラマウスを捏造していたのではないか(いずれは正しいSTAP幹細胞ができると思っていたため)」という見方もあります。
たとえそうであったとしても、本シリーズで繰り返しお伝えしていましたように、
「一番悪いのは小保方さん」
ここは、変わりません。若山氏はうっかり小保方さんの
「テラトーマまで、できたんですう」
という言葉を信じて、危ない橋を渡ってしまった、ということになります。

 『あの日』での熾烈な「若山氏バッシング」に応えて、若山氏の側が口を開く日はくるのでしょうか―。

 なお、若山氏の受けた処分としては、理研の出勤停止相当、客員研究員委嘱解除。また2015年に山梨大発生工学センター長の職を3か月職務停止となっています(既に復帰)。

「和モガ」というブログで、若山氏の疑惑についてまとめてあります。もしご興味のある方はどうぞ
>>http://wamoga.blog.fc2.com/



5.闇の紳士たち?大和氏、バカンティ氏、セルシード社
【東京女子医大TWINS時代】
大和雅之氏 1964年生(52歳)


 「闇の紳士たち」。本シリーズとしては珍しく、物々しい言葉を使ってしまいました。
 STAP研究にまつわるインサイダー疑惑、利益相反は「知る人ぞ知る」話題。ここでは既に文献に出ている情報を中心にご紹介したいと思います。
 
 若山氏との出会いから4年ほど遡る2006年。小保方晴子さんは早稲田大学を卒業、修士に進学。早稲田と東京女子医大が合同で設立した先端生命医科学センター (TWIns)で外部研修生となり、東京女子医大の大和雅之教授の指導下に。再生医療、組織工学の研究者として一歩を踏み出します。

 この大和教授の学生になったいきさつがちょっと「訳あり」のようだ、というお話を、前回しました。
 また、学部生時代に動物実験の経験が全然なかった小保方さんが、修士1年目にして超難しい実験に挑戦し、見事成功、その実験系を確立して学会発表して回るに至る、というちょっとミステリアスなお話を本シリーズの(2)に書かせていただきました。
 そこには、何があったのでしょう。

 ひとつの種明かしは、岡野―大和ラインの「セルシード閥」です。

 新しい名前が出てきました。
岡野光夫(てるお)氏。1949年3月21日生まれ、67歳。日本再生医療学会の理事長を務め、東京女子医大教授を退職後現在、特任教授。株式会社セルシードの社外取締役であり大株主。細胞シートの発明者。

 この人が、小保方さんの指導教官・大和教授の恩師でもあり、また早稲田の応用化学科の出身で小保方さんの先輩に当たりました。という、3人は学問的には大先生、弟子、孫弟子のような関係に当たります。

 そして岡野氏がセルシード社の実質的な設立者ですが、弟子の大和氏もまた細胞シートの多数の特許を持ち、セルシード社と緊密な関係にありました。

 当然、岡野氏と大和氏は細胞シートを応用した研究をどんどん発表したい。
 また、岡野氏は早稲田の応用化学科の後輩である小保方さんに思い入れがあった可能性もあるし、大和氏は前回触れたような別の恩師のご縁で、小保方さんを大事にしたかった。

 そんな3人の思惑が一致すると、小保方さんが嘘のような難しい実験をこなして大舞台で学会発表…というマジックができるのもあながち不思議ではないですね。
 とにかく、小保方さんは「手術の練習をした」とは一言も言ってないのに、難しい手術をしたことになってますからね。

 2006年の間実験三昧であった小保方さんは、2007年に学会デビュー。2007−08年にかけて、日本再生医療学会総会で2回連続、またシカゴでのバイオマテリアル学会年次大会や大阪での国際人工臓器学会年次大会など、学会発表を繰り返します。まるで、細胞シートのプリンセスのように。

 岡野氏、大和氏とも、セルシード社と密接な関係にありながらその「細胞シート」を使った論文において「利益相反」つまり、営利的な行為と公正な学術研究の立場が相反することを申告していなかった、という疑義が持たれています。これは大和氏が共著者として名を連ねるSTAP論文も、また両氏が共著者である、2011年に「ネイチャー・プロトコル」に掲載された(のちに撤回)小保方さんの論文でも同様です。

 単純なことのようでこれは大変根深いことです。岡野氏などは日本再生医療学会理事長を務めた立場ですから、利益相反行為の申告の重要性を知らなかったわけではないはず。
 この点が「ナアナア」であるということは、怖いことです。
 例えば近年臨床試験に製薬会社社員が関わっていたことがわかった「ディオパン」の問題と同様、ある製薬会社やバイオベンチャーが産学共同で開発した医薬品や医療用具の有効性を、大学で実験して裏付けるときに、開発者が有利になるよう色をつけたデータを論文に盛り込んでしまう可能性があるということです。
 また、動物実験の段階で色をつけたデータの論文が通ったものは、次に臨床実験の段階になっても、担当者が良い結果を出そうと焦るあまり良いデータばかりを選び出す可能性もあるわけですね。そうして、効果が十分ではない、また副作用が検証されていない医薬品や医療用具が認可されてしまうことになります。おお怖い。
 
 研究不正とまで言えなくても、このような「データ操作」はまかり通っているのだそうで、再度科学研究の自浄作用を望みたいところです。

 ・・・で、小保方さんの修士時代の細胞シート研究は何かの「不正」の影はなかったのかどうか・・・(2)にも書きましたがどなたか究明していただきたいものですね。

 2014年1月、STAP論文の「ネイチャー」掲載が発表されると、翌30日、セルシード社の株はストップ高になりました。
 詳しくいいますとセルシード社は、2013年夏に倒産の危機に瀕していましたがUBS証券と新株予約権付き証券発行及び第三者割当増資引受契約を結び、UBS証券より34億円のファイナンスに成功しました。倒産の危機にある状態でそれまで付き合いのない外資系証券会社が34億円のファイナンスを行うことは普通考えられず、「特段の事情」があったことが考えられます。その特段の事情とは、恐らくその年の3月、小保方さんがネイチャーに投稿したSTAP論文が査読者とのやりとりが続いており、掲載される可能性が高いこと。また同4月にはSTAP細胞の国際特許が出願され、10月に公開されました。いずれも部外者には知りえない情報であり、ここにインサイダー取引が行われた余地が高い、とみられています。(『STAP細胞に群がった悪いヤツら』(新潮社、小畑峰太郎、2014年11月、pp.41-46)

 実はセルシード社はそれまでにも目玉商品の細胞シートの実用化のめどがなかなか立たないことから経営不振にあえいでおり、小保方晴子さんの細胞シートの論文発表のたびに瀕死状態から息を吹き返してきたという実態だったそうです。 小保方さんにおんぶにだっこの会社なのですね。

 岡野氏と大和氏、いずれも細胞シートの発明者ですが決して安閑としていられない立場だったといえましょう。日本再生医療学会を押さえてはいますが、その中であの手この手と細胞シートを売り込む手練手管を練る必要がありました。プレゼン能力のある小保方さんはどうもそこへうってつけの人材だったようであります。

 「欲得・不正系上司」とこのシリーズで名付けてしまった意味がおわかりでしょうか。
 ちなみに大和氏、2014年2月5日に脳出血で倒れ、その年の4月から東京女子医大
先端生命医科学研究所の所長に就任。しかし所長代行を立て、出勤できない状態が続いています。
 
 

 お話変わって、次の「欲得・不正系上司」のところにまいります。


【ハーバード・バカンティ研時代】
チャールズ・A・バカンティ氏 生年月日不詳
 
 2008年、博士課程となった小保方晴子さんは岡野氏、大和氏と2人の恩師に可愛がられていたTWINSを離れ、ハーバードのC・バカンティ氏のもとに短期留学します。

 ご存知のようにこのバカンティ氏も“曲者”です。本来は麻酔科医でありながら生体組織工学(ティッシュ・エンジニアリング)の先駆者で、1995年にマウスの背中に人間の耳をつけた「バカンティ・マウス」で有名になりました。(しかし、これは耳の形の金型で作成した軟骨細胞を皮下に移植しただけと後に分かりました)

 「ティッシュ・エンジニアリング学会」と学会誌を主催する立場でもあり、岡野氏・大和氏と同様、この人の指導下であればこの学会で発表するのは楽勝そうです。2002年よりブリガム&ウィメンズ病院麻酔科部長兼再生医科学研究室長兼ハーバード・メディカルスクール麻酔科教授。

 その1年前よりバカンティ氏は「スポアライクセル」(胞子様細胞)の仮説を提唱。これは生体内に眠った状態の小さい多能性細胞が存在し、刺激を与えることで初期化するというものでした。その仮説を忠実に再現しようとしたのが、われらがヒロイン小保方晴子さんです。

 小保方さんのバカンティ研での身分は、短期留学生、そしてどうやらバカンティ氏に個人的に雇われたアルバイトのような身分であったようです。(『STAP細胞に群がった―』p.54)『あの日』の中には、小保方さんがバカンティ氏のスポアライクステムセルの説を一歩進めた仮説をプレゼンすると、バカンティ氏が絶賛してくれ、そのうえで「これから先の留学にかかる生活費、渡航費は僕が援助する」と言ってくれた、という場面があります。
同窓生のヴァネッサから「アメリカではお金を払うという宣言は能力を認めたという意味なのよ。よかったわね」と喜んでもらった、とか。(『あの日』p.51-52)これがつまり、「アルバイトで雇いますよ」ということ。

 意地悪な見方をしますと、小保方さんは修士時代にやっていた、細胞シートを使った自家移植実験の続きはバカンティ研に来てからは何らかの理由で行えなくなり、そこで先生の年来の仮説を私がもっと「盛った」形で立証します!と、買って出て、バカンティ氏に気に入られた、というふうにみえなくもありません。意地悪ですねー。


 一麻酔科医がなんで人ひとりの生活費渡航費を面倒みれるんだ、というと、なんでも麻酔科医は向こうでは大変な高収入なのだそうですね。たまたま、「日米医師のお財布事情」というサイトを見つけました。
>>http://ameilog.com/atsushisorita/2012/08/06/223931

 これによると麻酔科医は整形外科医、放射線科医に次いで高収入トップ2位。2600万円とのことです。大病院の麻酔科長であればさらに推して知るべしですね。

 そしてバカンティ氏が取得した特許の数。Wikiには付与された特許、出願中の特許がズラリと並んでいます。「金になると踏めば、特許だけ申請して、あとは利益が転がり込んでくるのをじっと待つ。」(『STAP細胞に群がった―』p.81)

 ですので非常に「金」の匂いには敏感な人であり、山っ気のある研究者であったといえましょう。この人が豊かなイマジネーションで構想した「多能性細胞」のアイデアを、小保方さんは自分のテーマとして熱心に取り組みました。ただ、彼女が実験は行ってもデータを記録する習慣のない研究者であったことをどこまで見抜いていたかは謎です。

 小保方さんがのちにキメラマウスの作り手を求めて理研の若山氏を頼っていった背景には、理研の潤沢な研究資金を当てにしたバカンティ氏の意向があったと言われています。

 小保方さんは、尊敬するバカンティ先生のアイデアを形にするために、理研に「刺客」として送り込まれたのでした。
 そしてSTAP細胞のアイデアをネイチャーに投稿することにより、東京女子医大の2人の恩師・岡野、大和両氏の関係する会社の「インサイダー取引」にも貢献したことになります。


 バカンティ氏はSTAP騒動の続く2014年9月より「休職中」の身分となりました。
 小保方晴子さんに関わったばかりに高収入の麻酔科医の身分から無職へ。これも「破滅した紳士たち」の系譜であります。

 今年2月に米高級雑誌「ニューヨーカー」に掲載された記事"The Stress Test"でインタビューを受けたバカンティ氏は、(注:インタビュー時期は昨年7月末)「STAP理論は正しいと信じている。墓場まで持っていく」と断言しました。

 詳しくはこちらの記事を参照 "The Stress Test"
>>http://www.newyorker.com/magazine/2016/02/29/the-stem-cell-scandal

 「週刊現代」に掲載されたこの記事の邦訳
小保方さんの恩師もついに口を開いた!米高級誌が報じたSTAP騒動の「真実」
>>http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48272
(しかし、この記事についてわたしの感想を言わせていただきますと、かなり海千山千のバカンティ氏大和氏に丸め込まれ彼らの小保方さんに関する社交辞令をそのまま掲載せざるを得ず、インタビューからは核心に迫るような事実を最後まで得られなかった。かろうじてダレイという学者の「追試できなかった」という論文がネイチャーに掲載された、という事実を述べてお茶を濁している、気の毒なくらい苦心の作だといえます。「ニューヨーカー」が高級誌であっても、「狸」から決定的発言を引き出すことはできなかった、というお話です。)

(もうひとつこの記事の中で小保方さんが「日本の科学界で女性は…」的な発言をしておりますが、それについては多少かの国の「フジヤマ、ゲイシャ」願望に迎合したところがあるのではないかな、とわたくしは思っております。それについては次回に書きたいと思います)



 「小保方手記」上司編のまとめです。

 前回みましたように、小保方晴子さんは実力のないまま何故成り上がってしまったのか?


 上司たちの系譜でみると

ええかっこしい系 (早稲田大学・常田聡教授)
   ↓
欲得・不正系 (東京女子医大・岡野光夫、大和雅之両教授)
   ↓
欲得・不正系 (ハーバード大・チャールズ・バカンティ教授)
   ↓
無関心放置プレイ系 (理研CDB・若山照彦氏)
   ↓
ええかっこしい系 (同・笹井芳樹氏)


 このうち初期の2段階、「ええかっこしい系」常田氏と、「欲得・不正系」岡野・大和氏のところで、教育訓練あるいはスクリーニングをする必要があった。しかし諸般の事情でそれがなされないままその段階をノーチェックで通過してしまい、その後の段階では素通しとなってしまった。そういう経緯であるようです。


 前回みたように第一段階の常田教授のところをギリギリでクリアしてしまった小保方さん、第二段階の東京女子医大時代が1つのカギだったのではないかと思います。

 海洋微生物の研究をしていた大学時代から、動物実験での細胞シート研究花盛りの大和氏の研究室へ。何から何まで初めて尽くしだったはずです。そこで、細胞シートの操作法はテクニカル・スタッフから習ったとのことですが、それ以外のことについて「徒弟制」で教えてくれる人はいなかったのだろうか。学部時代にこうした実験をしていませんから、「1」から手取り足取り教えてくれる人が必要だったはずです。

 しかし「細胞のふるまいの自由さ」(『あの日』p.50)という印象的な言葉を使う小保方さん、手取り足取り教えてくれる人が仮にいたとしても、その人の下で神妙に徒弟制で学ぶことができたか、は謎です。
 そして大和教授による彼女への大抜擢。「シンデレラストーリーありき」の中で動いていると、地道に手を動かして実験をすること、少なくともデータを記録することを学びそこなってしまったかもしれません。

 この時期、「日曜夜遅くまで実験している、熱心な学生だ」と、岡野教授が称賛したという逸話が残っていますが、実は小保方さん、背を丸めて顕微鏡を覗くことはしていたがその間、空想の世界に入っていたのでは?という疑いが消えないのです。

 この段階で十分に学ばなかったのが、のちのち致命傷になったのではないか。わたしはどうもそんな気がします。
 このあとの段階、ハーバード―理研では、小保方さんはもはや完成された研究者として扱われてしまいます。

 それは、「欲得ありき」でプレゼン能力の高い小保方さんを重用したかった「おじさま」たちと、夢見がちだがつねに目立つ高みに昇りたい小保方さんの個性が、悪い形で上手く組み合わさってしまったのではないかと思えるのでした。
 
 


これまでの記事:
●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―1位マネジャー製造講師・正田が読む・晴子さんのプロファイリングはVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(4)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.2 小保方さんの生育環境は
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935705.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(5)―プロファイリングVol.3 多彩な感情表現は人を被害者的にする!心理学セミナー、カウンセリングの副作用のお話
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●社会人のための「小保方手記」解読講座(6)―「私の会社でも」読者からのお便り
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●社会人のための「小保方手記」解読講座(7)―“惑わされる”理系男子:女性必見!もしもあなたの彼が「隠れ小保方ファン」だったら
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●社会人のための「小保方手記」解読講座(8)―「キラキラ女子」の栄光と転落、「朝ドラヒロイン」が裁かれる日
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●社会人のための「小保方手記」解読講座(9)―「STAP細胞はあります!」は本当か?Amazonレビュアーが読み解くプロジェクトの破綻
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●社会人のための『小保方手記』解読講座(10 )―再度「STAP細胞はありません」―「ウソ」と真実・ネット世界と現実世界のギャップ、社会人の分断リスク
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●社会人のための「小保方手記」解読講座(11)― 騙されないためのケーススタディー:小保方晴子さんが使った「ヒューリスティック(自動思考・錯覚)」の罠
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●社会人のための「小保方手記」解読講座(12)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(前編)
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●社会人のための「小保方手記」解読講座(13)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(後編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937542.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(14)(最終) まとめ:あなたの会社から「モンスター」を出さないために―女性活躍、発達凸凹対応、そして改めて「行動承認」
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●エイプリルフール特別企画・シリーズ番外編:社会人のための「小保方情報」解読講座
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