1つ前の記事で「小保方晴子さんは、『研究不正』をした人です」と書き、それについて「研究の世界での判決のようなものが出ていますから」とも言いました。

 で、その「判決」のところをあまり詳しく言っていませんでしたので、それを少し詳しく書いた、Kindle本の中の一節を今日はご紹介しようと思います。ここは、ブログ連載では触れていなくて、Kindle本化するにあたり加筆したところです。

 第四講2.2)、「理研調査委報告書でみる、小保方さんの「捏造」「研究不正」という項目。

 Kindle本をダウンロードしてくださった方も、この箇所までは読んでくださらなかったんじゃないかなー。

 親しい友人と話していますと、今も「小保方さんのあのSTAP論文は単純ミスが重なったんじゃないの?」という見方に出会います。

 いえ、「公式に認定された事実」からすると、STAP論文は捏造だらけ、真っ当な部分がほとんどないような論文だったんです。そして10数か所も認定された画像の捏造あるいは間違い(不正とは断定できないもの)の責任はすべて小保方さんにあります。いわば「作りまくった」んです。そんなこんなで、「公式に認定された事実」と、「一般に信じられていること」とのギャップにがく然とします。

 その「公式に認定された事実」が、今からみる「理研調査委報告書(桂報告書)」です。理研側の文書やんけ、とは言わないでください。ちゃんとした外部専門家による調査委であり、この作成にあたっては小保方さんにもヒアリングし、小保方さんも少なくとも2つの捏造を自分がやったことを認めています。もちろん弁護士も入っています。

 これは、「研究不正」の世界で一般に判決のようなものとして通用するものであり、さすが敏腕弁護士を4人も抱える小保方さんもこの文書に関して異議申し立てをしていません。ですので、この文書に書いてあることは「事実」として前提としてよいのです。

 ここまで、よいでしょうか?

 最近でもこの「桂報告書」の内容があまりにも一般に知られていないことを知りました。小保方さんは、ここで認定された事実のほとんどを『あの日』には盛り込まず、ただ「ES細胞混入は自分ではない」の部分だけを主張しています。

 それだけをみると、「ES混入をしていない小保方さんは、潔白なんだ。不正なんてなかったんだ、全部冤罪だったんだ」とみえてしまうかもしれません。

 しかし、ES細胞混入以外の実にたくさんの「捏造」および「不正と断定できないがグレーの箇所」があり、その責任者は小保方さんなのです。ぜひ、そのことはブログ読者の皆様には知っていただきたいのです。
 
 それではその内容をご紹介しましょう―。


(以下Kindle本『社会人のための「あの日」の読み方』第四講2.2)
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2) 理研調査委報告書でみる、小保方さんの「捏造」「研究不正」

 今度の報告書は前回よりボリュームが多めです。A4、32ページのPDFです。
2014年12月25日、「研究論文に関する調査委員会」(桂勲委員長)が発表した「研究論文に関する調査報告書」。
http://www3.riken.jp/stap/j/c13document5.pdf

 ちなみに同じ内容のスライド資料はこちらです。24ページのもの。こちらのほうが要点がわかりやすいかもしれません。

http://www3.riken.jp/stap/j/h9document6.pdf

 ここでは、まず連続して「ES混入」の事実を突きつけます。これは各種解析により動かせないところです。
●STAP幹細胞FLSおよびFI幹細胞CTSは、ES細胞FES1由来である(pp.4-7)
●STAP幹細胞GLSは、ES細胞GOF-ESに由来する(pp.7-8)
●STAP幹細胞AC129は、129B6F1マウスから作製された受精卵ES細胞に由来する(pp.8-10)
●STAP細胞やSTAP幹細胞由来のキメラはES細胞由来である可能性が高い(pp.10-11)
●STAP細胞から作製されたテラトーマは、ES細胞FES1に由来する可能性が高い(pp.11-13)
 しかしだれがその混入を行ったかについては、
「若山氏の聞き取り調査から、当時のCDB若山研では、多くの人が夜中にこの部屋(インキュベーター)に入ることが可能だった。つまり…多くの人に混入の機会があったことになる。」(p.14)
「小保方氏をはじめ、いずれの関係者も故意又は過失による混入を全面的に否定しており、…委員会は、誰が混入したかは特定できないと判断した。」(p.15)
と、特定を避けました。
 このあと、マウスの系統が論文記載のものと異なっている疑義、FI幹細胞のRNA-seqのデータが二種類の細胞種を含んだサンプルに由来する指摘などが提示されます。
 これについての評価。
 「小保方氏が様々なバックグラウンドの細胞を寄せ集めてRNA-seq解析、ChIP-seq解析を行ったことは自明であり、…本来比較対象とならないデータを並べて論文に使用したことは不正の疑いを持たれて当然のことである。しかし、聞き取り調査などを通じて小保方氏は「条件を揃える」という研究者としての基本原理を認識していなかった可能性が極めて高く、意図的な捏造であったとまでは認定できないと思われる。」(p.17)

「一方、FI幹細胞データに関しては当初の解析結果が同氏の希望の分布をとらなかったこと、それにより同氏が追加解析を実施していること、当初解析結果と追加解析結果で使用したマウスの種類も含め結果が異なること、複数細胞種を混ぜた可能性が高いこと(故意か過失かは不明)から不正の可能性が示されるが、どのようにサンプルを用意したかを含め同氏本人の記憶しかないため、意図的な捏造との確証を持つには至らなかった。よって、捏造に当たる研究不正とは認められない。」(同)
 とこのように、「不正が疑われるが証拠がなく証明ができない、よって研究不正とは認められない」という箇所がこのあとも非常に多いのです。なんだかイライラする結論ですネ。
 調査報告書のこのあとのくだりでも
「小保方氏にオリジナルデータの提出を求めたが、提出されなかった。」
「オリジナルデータの調査ができなかった。」
という文言が6回出てきます。このことは、調査報告書のまとめの部分で、

 第二は、論文の図表の元になるオリジナルデータ、特に小保方氏担当の分が、顕微鏡に取り付けたハードディスク内の画像を除きほとんど存在せず、「責任ある研究」の基盤が崩壊している問題である。最終的に論文の図表を作製したのは小保方氏なので、この責任は大部分、小保方氏に帰せられるものである。(p.30)

という厳しい指摘につながっています。
 追及逃れのために元データを提出しなかったのか。それともそもそも実験を行っていないのか。それは不明です。
 そして、明らかな不正と認定されたのは以下の2点。

研究論文に関する調査委員会「調査結果報告」スライドp.21
(1)Articleの論文のFig.5c 細胞増殖率測定のグラフにおいて、ESとSTAP幹細胞の細胞数測定のタイミングが不自然な点。(pp.17-18)山中伸弥教授らのiPS細胞の論文のグラフと酷似しています。
ここでは実験をしたとされる時期に3日に1回実験ができた時期が、出勤記録と照合したところ見つからなかったとあります。
小保方氏は聞き取り調査で、若山氏から山中教授らのような図が欲しいと言われて作成したと説明したそうです(若山氏もそうしたやりとりについては認めた)。
このことの評価として、
この実験は行われた記録がなく、同氏の勤務の記録と照合して、Article Fig.5cのように約3日ごとに測定が行われたとは認められない。……同氏が細胞数の計測という最も基本的な操作をしていないこと、また希釈率についても1/5と説明したり、1/8から1/16と説明したりしていること、オリジナルデータによる確認もできないことから、小保方氏の捏造と認定せざるを得ない。
…小保方氏によってなされた行為はデータの信頼性を根底から壊すものであり、その危険性を認識しながらなされたものと言わざるを得ない。よって、捏造に当たる研究不正と判断した。(p.18)
大変に厳しい言葉ですね。
そしてもう1点、不正と認定された箇所があります。

同上 p.23
(2)Article論文のFig.2cメチル化実験の疑義。細胞は分化するとメチル化し、それが初期化すれば脱メチル化を起こします。細胞が初期化しており脱メチル化しているかどうかを調べるのは、その細胞が多能性を有しているかどうかをみるための方法の1つです。
この図ではメチル化を示す黒丸および白丸の整列に乱れがあり、またオリジナルデータとの不一致がありました。手動で作図され、また仮説を支持するデータとするために意図的なDNA配列の選択や大腸菌クローンの操作を行ったことが小保方さんへの聞き取りでわかりました。
「この点について、小保方氏から誇れるデータではなく、責任を感じているとの説明を受けた。」(p.20)

(1)(2)に関してどうして捏造、研究不正と認定できたかというと、(1)は出勤記録との照合ができたから。(2)はオリジナルデータが存在したから。のようです。
ES混入、2つの明らかな捏造。
調査報告書ではそれ以外に10数か所の疑義や間違いが指摘されましたが、「オリジナルデータの提出がない」ことが壁になって、不正と認定されるには至りませんでした。
調査報告書ではまとめとして、2報のSTAP論文は非常に不正や間違い、怪しいデータの多い論文であること、小保方さんの責任とともにそれを見落とした笹井氏、若山氏ほか共著者の責任、またプログレスレポートのあり方など研究室運営の問題にも触れています。



 さて、以上のように、理研の2つの報告書から、小保方晴子さんがSTAP論文作成に当たって行った「不正」についてみてきました。認定されなかった多数の項目も、単にオリジナルデータの提出がなく確認がとれなかったから不正と認定できなかっただけだ、ということもみてきました。
 これらをご紹介するのは残酷でしょうか。
 小保方さんの手記『あの日』には、不思議なほどこれら、認定された不正の事実には触れていません。自ら認めた不正もあるのに、です。ただ、鬱のような状態で聞き取り調査を受け回答した、という記述があるのみです。不正認定された「メチル化」という用語に至っては、実験段階でそうした解析を行ったという記述すら出てきません。
 そして、小保方さん同情論の人が主張するような「この報告書は理研が一方的に小保方さんを非難し潰したものだ」という批判も当たってはいません。例えば「ES混入」については、報告書では誰が行ったかは特定していないのです。後にある理研OBがES窃盗容疑で小保方さんを告発しようとし、結局「被疑者不詳」で告発が受理され捜査した結果「被疑者不詳」のまま検察送致となった、という経緯もありましたが、これは理研調査委の報告書とは明らかに「別件」です。報告書ではそこまでのストーリーを描いてはいません。共著者の責任、管理責任者の責任にも触れています。
 もしこの報告書をもって「理研が罠にはめた!一方的に小保方さんに罪を着せて幕引きを図った!」と主張したいのであれば、社会人として当然名誉に関わる、今後の進路にも関わることですから、小保方さんは理研に対して地位保全の申し立てをしたり、公文書偽造もしくは名誉棄損の訴訟を起こすのが正しいのです。もしあなたが小保方さんの立場だったら、当然そうするでしょう。小保方さんの場合は、有能な弁護士を4人も雇っていたのです。にもかかわらずそれをしない以上は、これらの報告書の内容を小保方さんも認めたことになります。
 言いかえればこれらの報告書の内容は、事実認定されたとして使ってよろしい、ということです。
 そして、STAP事件の事実は何か、という問いになります。
 報告書で認定されたことを事実としてみるなら、やはり小保方さんのしたことは「けしからん」のです。不正など頭をよぎったこともなく、地道に日々実験を行っている大多数の研究者からしたら、唾棄すべき行為でしょう。
現在、多くの実験系の研究者は『あの日』を黙殺していると言われます。もはや、「関わりたくない」の一言なのでしょう。あまりにも「論外」「問題外」すぎるのです。一部理論系の研究者には小保方さんシンパがいるといいます。
「実験はこういうものだよ。この通りやりなさいよ」
と、教え込んで基本動作を身につけさせる、あるいは先輩や指導者の言うことを素直に実行し練習してスキルを身に着けていく、そういうどこのラボにもあるありふれたOJTの風景をも、小保方さんの行為は嘲笑してしまっています。
 理研から追い出され寄る辺ない身の上になった小保方晴子さん。その彼女に対して同情の念が湧くのは、日本人の「判官びいき」の心情として、自然なことかもしれません。
 しかし、彼女のしたことの重大性、悪質性を事実に基づいて考えるなら、やはり同情すべきではないのです。「認定された事実」と「同情論」の間には、天と地ほどの乖離があります。
 小保方さんに同情する人たちは、ぜひ、このことをもう一度考えてみていただきたいものだと思います。彼女に同情することで、自分も普通のまじめな仕事の営為を嘲笑する側に立ってしまっていないだろうか?と。


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 ・・・今見るとこの文章も結構「感情的」になっているかもしれないなあ、と思います。「怒り炸裂モード」などとほかの人のことを言えません。

 やっぱり、「やったことの重さ」と、それでもなお『あの日』を書いて言い訳するメンタリティというのが、みればみるほど「信じられない」と口ポカンとなってしまうのです。

 でもまあ、世の中こういう人ばかりでなく、真っ当な良心的な人が大半だからちゃんと回ってるんだ、ということに感謝したいですね。

 小保方さんに同情する人は、普通の人たちが真っ当に仕事をしてわたしたちの生活を支えてくれることの有り難さを忘れがちになるんじゃないでしょうか。

 おとしより世代の方は、あなたがお世話になっているお医者さんや訪問看護師さん、薬剤師さん、ヘルパーさんの中にこういう人が一人もいないことに感謝してください。それは奇跡のようなことかもしれないのです。


「余話」をシリーズ化しましたので、インデックスを作ります

◆『社会人のための「あの日」の読み方』余話(1)二つの原風景の話

>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51938782.html

◆『社会人のための「あの日」の読み方』余話(2)『あの日』に至るまでのわたしの流れは

>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51939260.html

◆『社会人のための「あの日」の読み方』余話(3)じゃあなんで書きはじめたのか―科学者・科学ライターの「言葉」の限界

>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51939319.html

◆『社会人のための「あの日」の読み方』余話(4)「研究不正」した人が「アイドル」という現象が社会にもたらすもの

>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51939444.html

◆『社会人のための「あの日」の読み方』余話(5)「捏造」と「データ不在」のオンパレード――やっぱり基本情報”判決”を読んでみよう

>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51939558.html

◆『社会人のための「あの日」の読み方』余話(6)アリストテレス曰く、不正は嫌悪するのが正しい

>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51939831.html